行きとは違い日中のみを移動に使った帰りの道中は何も無く、無事に洛陽へと帰還した。
董卓殿への報告は呂布殿達が行うということで、そのままの足で自宅である屋敷へと向かう。
愛李は別行動だ。彼女には莉紗と想愁の手伝いに行ってもらっている。現在は主に武器の搬入作業だろうか……。もちろん、搬入先は洛陽ではない。
今後おそらく必要になるであろう場所へと、誰にも気付かれぬよう少人数で少しずつ、だ。
これからの動きを頭のなかで計算しながら、屋敷の戸を開けた。
どうやら司馬懿は屋敷を空けているらしい。
色々と話す事があったんだがいないなら仕方がない、それなら順番は変わるがもう一人の住人と話をするだけだ。
考えを改めた俺は屋敷の二階へと足を運んだ。
この屋敷は二階建てだ。そして二階の半分はその住人のフリースペースとなっている。
もう半分は莉紗と想愁の寝床だ。
二階に上がり左を見れば、廊下まで乱雑にガラクタが置かれており、右側はとても綺麗に掃除まで行き届いているのが見て取れる。
俺は迷わずガラクタをかき分けながら、その先の扉を開いた。
室内は窓を閉めきっているせいかどんよりとしていて、これが普段の光景なのだと知らない人が見れば、とても人が住んでいるようには見えないだろう。
廊下以上に溢れている、もはや瓦礫と化した山を避けながら進めば、目的の人物を発見した。
「起きろ、
……起きない。まぁ、これもいつものことだ。
遠慮無く近くにおいてあった、何かの設計図らしきものが書かれた竹簡で頭を叩いた。
「いっっったーーー!」
「おう、おはようさん」
声をかけながら移動し、窓を開ける。
「まぶしっ! ……うぅ~、いつもいつも君だけは私に優しくないね」
「対等であることを望んだのは自分だろうに」
「それはそうだけど……そうじゃないんだよなぁ」
「それと服、まだ寝ぼけてるのか?」
「っ!! そういうことは先に言おうか!」
盛大に乱れた寝間着を指摘すると、真っ赤になって背を向けた。
「こっち見るのも許可するまで禁止だよ!」
「はいはい」
適当に応えつつも視線は窓の外へ。
彼女の名前は曹仁。字は子孝。真名は先ほど呼んだ華煉だ。
ある日屋敷の前に行き倒れてた彼女。曹操よりも年が上なのに義理の妹なんだとか。
仕事中はキリッとしているのに普段はだらしがない、上手く表と裏を使い分ける
「……もういいよ」
いつの間にか着替えていた彼女は、先程はなかった眼鏡を掛けていた。
ただしレンズはない、伊達眼鏡というやつだ。
屋敷にいるときは掛けていることがほとんどだ。理由は知らない。
「で、進行状況を聞きに来たのかな?」
「それと洛陽城内の近況も」
「それは
「屋敷内にはいなかったんだよ」
「あー……、そういえば今朝方『兄さんを頼みますね』とか言ってたような気が……」
「…………」
ジト目だ。
なんで仕事での働きぶりを家で発揮できないのか。
研究に全力を注いでいるといえばそれまでなんだが……。
「じゃ、じゃあ詳しく話そうじゃないか!」
「はぁ……。じゃあまずは現在の進行具合から頼むよ」
「任された!」
華煉から聞いたのは、武器類運搬の進行状況及び洛陽城内に目立った動きはないかどうか。
進行状況は概ね良好。十常侍にも気付かれた様子はないみたいだ。
今日からは南陽へ出ていた愛李や梟達も加わる。このまま行けば一月もあれば想定数には達する見込みらしい。
洛陽城内では権力争いが活発になってきた模様。
そんなことをする前に黄巾党をどうにかしろという話ではあるが……。今回の黄巾党の騒動、結果がどうあれ、最終的には傀儡の帝へと責任を取らせるのは城内の様子を知っている者ならば一目瞭然だ。
当然、責任を取らされた現在の帝は失脚し、次の帝が誕生する。
次代への準備を始める、というのも仕方がないのかもしれない。
俺個人としては帝に執着する意味がわからないけどな。
次に俺がいなかった時の話を聞こうとしたら、突然両手で自分自身を抱くようにして震えだした。
「痛いのはいや痛いのはいや痛いのはいや---」
なるほど、曹操絡みで何かあったのか。
彼女がこうなるのは過去に受けたトラウマが原因となっている。そしてトラウマの元凶を思い出すと震えだす。
なんでも曹操から逃げ出してきて、辿り着いたのが家の前なんて言うのだから、数奇な出会いと思えなくもない。
と、このままでも埒が明かないので、先ほどの竹簡でもう一度頭を叩いた。
「ふぐっ」
女らしからぬ声を上げつつも正気に戻ったようだ。
そこへ、ちょうど茉莉が帰ってきた。
「わ、私は……」
「後は茉莉から聞くよ。……っと、そうだ。武器の方はどうなった?」
「え? あぁ、アレはもう少しで完成するよ。たぶん……いや、アレは私の中で最高傑作になる! 期待してもらってていいよ」
「そうか……」
「あれ? 反応が薄くないかい……」
彼女の最高傑作……楽しみだな。
なぜか気落ちしている華煉に向けて、彼女にとっての最高の謝礼を述べた。
「後で飯を持ってくるよ、華煉の大好物をな」
「
その声には答えず、彼女の部屋を後にした。
一階へと降りて行くと執務室へ向かう茉莉を発見した。
「おかえり、茉莉」
「ただいま帰りました、兄さん」
挨拶と同時に軽く抱擁する。身長はほとんど一緒だが抱擁時に髪を
位置的には俺の胸元に茉莉の顔が来るが、本人は全く気にした様子がない。それよか自分から強く抱きついてきている。
男に髪を梳かれながら、その男の胸で深呼吸をする女。他人がそんなことをしていようものなら、軽く引く場面ではあるが、茉莉とするのは不思議と嫌な感じはしない。
軽い抱擁のつもりがかなり長い時間になってしまったが、しばらく離れていたんだからしょうがない。
少し名残惜しいと思いつつも俺達は身体を離した。
妹成分と言ったら気持ち悪がられそうだが、何かが満たされた気がしたのは間違いない。
「……兄さん成分、補充完了です」
似たもの同士、ほんとよく言われるな。
いつまでも廊下にいても仕方がないので執務室に移動する。
莉紗と想愁がいないためやや大きめに作られた部屋は少し寂しい感じがする。
「華煉さんからはどこまでお聞きになられましたか?」
「搬入具合と城内の近況だけだな」
「ではここでの出来事は--」
「アレが発症して聞けなかった」
「あぁ……」
我が屋敷では華煉のトラウマはアレで通じる。それだけ根深く印象深いものになっていた。
「では、出立してからの事……といっても大きな出来事は曹操殿が訪れた事ぐらいになりますが、お話致します」
茉莉の話をまとめるとこうだ。
曹操がこの屋敷を訪れたのは、俺が出立してから三日後のこと。
司馬懿を自分の陣営へと勧誘しに来たらしい。
司馬懿に声を掛けたのはこれで二回目となるが、今回も断った。
曹仁の所在を探している、見かけたら連絡を欲しいと頼まれた。
そして俺の話を聞いた上で結論づけた。
「であれば、しばらくは勧誘をしてくることはないでしょう。借りは返すのが彼女でしょうし」
南陽へ赴き、黄巾党の首謀者である張角達に持ち込んだ提案はここに帰結する。
曹操は手柄を欲していた。彼女も今の帝が失脚すれば時代がどう動くのか、ある程度の予測ができているらしい。
名声に力ある者。司馬懿を諦める代わりに張角達を与えるのだ。
張角を討つにしても内に抱えるにしてもデメリットよりもメリットのほうが大きい。
討てば名声と褒章、抱えれば後々の大きな徴兵力となるだろう。
事実、黄巾党は大陸を揺るがすだけの規模となっていたのだから。
そしてこれは司馬朗による貸しとなる……はずだ。張角達が愛李から渡された書簡を、曹操に渡せていればだが。
気が付けば陽は傾き始め、茜色の空が見え始めていた。
何かが這いずりまわる音が聞こえ、執務室の扉のほうを見れば
「あ、ごめん。忘れてた」
そうだ、カレーを持っていくって言ってたな。
助けを求めようと茉莉を探すが、すでに部屋にはおらず--。
「食べ物の恨みは、怖いんだぞー!」
俺は残念系お姉さんに背後から抱きつかれた。
カレーを作って食べさせるまでその状態は続いた……。
十日後。
曹操が張角を討ったとの報が各地を駆け巡った。
これにより黄巾党は事実上瓦解、各地に残った残党はそれでも戦を起こしていたが、周辺の諸侯に続々と討伐されていった。
戦が収束され始めるのと同時に、各地へ放った梟より一つの急報が届けられた。
襄陽へと進撃する軍勢あり。
旗印は『孫』の牙門旗。
【あとがき】
おっそくなりました!
九条です
今回は出していなかった二階の住人と、司馬懿の真名の登場です。
武器職人的なキャラが恋姫にはいなかった(真桜は己の武器を制作していますが絡繰技師としての面が大きい)ので、
華煉さんには色々と働いてもらおうと思います。
主人公の真名は一体いつになったら出るのか……。
あと、前回のあとがきで黄巾党編はこれで終わり! みたいに書いちゃいましたがちょっと悩み中だったり。
次の話、一話で書ききれなければ新章とします。
ようやくいくつかの伏線を回収できたのでよしとしますか(適当
次回もあんまり遅くならないように書こうとは思います←
ではではまた次の話で会いましょう
ご意見ご感想お待ちしております~
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序章 黄巾党編
第五話「姓は曹」