「魔王はシルフィアを説得する」

 

 

 

 

 

「シルフィア。これが貴方の魔神騎ですか?」

 宰相の声は震えていた。見上げるは巨人兵器メアドロイド。黒い装甲。肩も腕も足にも突起物があり。それらが目の前の巨人を禍々しく印象付けさせた。

 メアドロイド。古代の人々が作り上げた兵器だ。それ故に遺跡跡地などから見つかることがある。出土したり、封印されていたりだ。そしてシルフィアという少女が持ち込んだメアドロイドの魔神騎もその類だった。

「そう。これをあげるから私を魔族にしてよ。サキュバスとかサキュバスとか。後、サキュバスとか!」

「周りくどいですね。サキュバスになりたいと言えばいいじゃないですか」

 宰相の声音はまだよくはない。念入りに、注意深く眺めている素振りだ。周りで作業している者達も同じく、おっかなびっくりといった具合で触っている。

「シルフィア」

「はい」

「これは動かせるのですか?」

「うん」

「本当に遺跡で?」

「そう。私と一緒に旅してくれたサキュバスのお姉さんが言ったの――」

 シルフィアの話は簡単だった。これを持って魔王のいる国へ行けと。そのサキュバスに言われたそうだ。戦争で身寄りをなくしたシルフィアはサキュバス族に付いて行った。その道中、魔族ということで追われた時に遺跡に飛び込み動かしたのだ。

「遺跡の最深部に?」

「うん。追いかけてきた騎士の人たちが遺跡の罠を起動させちゃってね。遺跡の床が全部崩壊。サキュバスのお姉さんは飛べたから私達は無事だったけどね」

 遺跡の床が崩落したことにより、地下への入口を発見。そこから不思議な声に導かれるままに進んだ所で、古代の魔神騎を手に入れたという。

「それでこれが」

 宰相は顎に手を当て考える素振りを見せた。そこへ作業をしていた者の1人が口を開く。

「ダメだね宰相」

「ツグミでもダメですか」

 作業の班長。ツグミと呼ばれた女性が首を振る。眉間を人差し指で書きながら唸った。

「びくともしないよこれ。装甲がはがせない」

 ツグミが鼻で息を吐いている背後で、男たちが機器を運び出していく。それらは掘削機などのような工具だった。正確にはだったモノというべきだろう。それらは役目を果たせないほどにボロボロに壊れていた。

「この黒光りする装甲……」

「オリハルコンだな」

 そこへ魔王がやってくる。彼はシルフィアの飛びつきに華麗を受け流す。受け流された彼女は魔王の後ろで魔族にしてくれと何度も言う。しかし魔王は一向に取りつかない。それはすでに慣れたやり取りなのか、周りも特に気に留めない様子だ。

「やはりそうですか」

「ああ、大方自己修復能力があるだろうから、整備などは考慮しなくていいのはありがたいな」

 ツグミは古代の魔神騎から技術を盗めないことを嘆く。古代のメアドロイドは現代のメアドロイドと比べにならないくらい強いことがある。実際、魔王達が目の前にしている魔神騎も相当の代物らしい。うかつに戦闘で使えないと魔王は言う。その背後でシルフィアが不満を漏らす。

「どうして?」

「少し話が飛ぶがいいかな?」

 シルフィアは首肯する。魔王はそれを確認してからは話を始めた。

「簡単に言ってしまえば色々な火種になるからだ。隣の中立国リュミエールは、上手くやっている。最初から他国にその技術を見せているんだ。学園を通してだがね。もちろん核心的な部分はこれっぽちも見せていないだろう。そうすることで他国に襲われないようにしている。色々と出土しているからこそ、出来る立ち回りだな」

 シルフィアは魔王にも同じようなことをしてみてはと提案する。魔王はその提案を即却下した。

「なんで?」

「理由は我が国が戦争状態にあるからだ。すでに戦争している中、更に相手に攻撃させる理由を与えるのは得策ではない。戦争が終わるまでは隠匿だよ」

「倒せばいいじゃない」

 宰相が首を振った。シルフィアに止めるためだ。

「我々が戦争するのはカンクリアンだけではない。その同盟国のエメリアユニティとも戦争せにゃならんのだ」

「彼我の戦力差は歴然なのだ。だからこそ魔神騎を使いたいが、使えばもう一つの火種が巻かれてしまう」

 魔王は一呼吸置く。そして目の前にある魔神騎を忌々しそうに眺めた。

「マナを撒き散らす魔神騎は、下手をすれば大地を荒れ果てさせてしまう」

 シルフィアは初めて聞いたようだ。それに驚き、目を点にしている。

「え? でも、マナの濃度が濃い土地は動植物が育ちやすいって」

「短期的にです」

 宰相が補足する。マナの濃度が高ければ、それを吸収して育つ動植物などが育ちやすい。だが、それは短期的であり、育った生物はマナを大量に撒き散らす。結果マナが高濃度が維持される。

「ですがそれは、マナの結晶化現象を引き起こします。これは起きると、大地は荒れ果て結晶化したマナがマナを撒き散らし、さらなる悪循環を引き起こします」

「特に古代の魔神騎は危険だ。マナの放出量が、今の魔神騎と比べ物にならないくらい撒き散らす。その分攻撃力、機動力、防御力は常軌を逸するが。使い方を誤ればこちらの首を絞めるだけのモノになるだろうな」

「相手の国にやってもダメなの?」

 魔王と宰相は頷く。

「ダメだな。結局大気中のマナが増えてしまう。長期的に見るとこちらにも毒牙を剥くだろう」

 シルフィアは渋々納得する。それを励ますように魔王は付け加えた。

「超短期決戦でなら使えるのは、事実だ。迂闊に戦闘では使えないだけだ。時期と機会が合えば命じるさ」

 シルフィアは目を輝かせた。そこで一件落着。魔神騎を使わない方向で話を進め。彼女を魔王直属の魔神騎乗りとする。

「ま、普段は宰相の仕事を手伝ってくれたまえ」

「わかりました! 魔族にはいつ?」

「永遠にない」

「なんで?」

「魔族になるってことは君自身の魂を書き換えることだ。それは君の生き様を否定することになる。私はそんなことしたくないね。それに魔族なんかより人間のほうが発想も繁殖力も段違いでいいと思うよ」

「むぅ……でも、諦めませんから」

 魔王は笑う。彼は「そうかい」と言う。ツグミと2,3打ち合わせをした。

 

 

 

 

 

「宰相様」

「なんです?」

 シルフィアと宰相は書類を整理していた。羊皮紙、竹簡、紙。それらを分けていく。

「この国がカンクリアンと戦争するのはわかるよ。長いこと確執があったのは、遠い国でも聞いたことがあるよ」

 宰相は「ええ」とだけ答える。そして無言で続きを促した。

「でもなぜ、エメリアユニティはこの国と戦争する必要があるのかなって?」

 同盟国だからと言って、戦争に参加する必要性はない。彼女はそう言う。

「その通りです。ですが、この機に乗じて彼らは我らが持つものを奪いたいのですよ」

「それって?」

 宰相は紙を綺麗に揃えた。そこで少し間を置く。竹簡を丸めて紐で縛る。その中に宰相の目に留まるモノがあった。そこには魔界で取れた物資の一覧が記載されている。宰相はそれを眺めながら言う。

「魔界の資源です」

 

 

 

 

 

~続く~


 
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