「えっ、もやしって豆からできるの!」
アクセサリーショップでジェリービーンのようなガラス細工を物色しながら、美希はやよいの豆知識に感心しきりだった。
「このアクセも水に漬けて置くと芽がはえるのかも」
「でも、食べられませんよ」
当たり前だ。
お店の商品をそんなに触るなよ、お前ら。
「なぁ、見てくれ! これカワイイぞ!」
がしゃーん!
響が振り返った瞬間、後ろ髪が美希に当たり、美希が小物の入れ物を引っくり返してしまった。
「もー、何やってんだよ!」
俺達は床に落ちたガラス細工を拾い始めた。
店員が駆けつけてきたが、ここは自分達で片付けますと言った。
「ごめんよ美希! 悪かったぞ!」
「ううん、気にしないで」
勘弁してくれ。
俺は棚の下に転がった小物に指を伸ばしながら、昔の似たような風景を思い出していた。
子供の頃、こんな風に床に落ちた玉を拾っていたっけ。
俺にとって子供の頃の週末の思い出と言えば、パチンコに行く親父に付いて行くことだった。ゲーム機を買ってもらってはいたが、ちょっと大人びた場所に行きたかったことと、普段話せない親父の傍に居たかったので、無理を言って連れて行ってもらっていた。
大音量の音楽が掛かり、様々な年齢の男女がタバコを吸いながら台に向かっていた。ホールを忙しなく走り回る黒服が、子供の頃の俺にはちょっとカッコ良く見えた。
家事の手伝いもろくにしなかった俺だったが、一度床に落ちていた玉を拾って親父に渡すと褒められたことがあって、それ以降、俺は親父のために玉を拾い続けた。
それが子供の頃の俺と親父のコミュニケーションだった。
人生にとって全く無駄な時間だったかも知れない。
そんなことを思い出しながら、俺は少し呆けていた。
「コラ! プロデューサー!
さっきやよいのパンツ見てただろ!」
俺は我に帰った。
え、ちょっと待て。そんなアホな。冤罪だ。
気が付くと、床に堕ちたガラス玉は全て回収されていた。
床に落としてしまった手前、俺はそれを全て買い取ることにした。
気前よく買い物をしたにも関わらず、やよいは怪訝な顔をして俺を見つめていた。
まったく今日はついてないなぁ。
帰り道、俺は話題を逸らす為に、デビュー前の話を彼女達に振ってみた。
しまった、三人の表情が沈んでしまった。
「その……、正直、この半年間を無駄にしてきたようで、焦ってるぞ」
「なんか伊織ちゃんとの差がどんどん開いている気がします」
「この半年はふやけてたって感じ」
俺は足を止め、、さっきショップで買ったガラス細工を手に取り、彼女達に語りかけた。
「お前ら、さっきやよいからもやしの話を聞いただろう。
もやしだって数日は水に漬かってから芽を伸ばし始めるんだ。
……確かに今までは無駄に思える日々だったかったかも知れない。
だが、これから急成長するための準備期間だったと思ってくれ」
分かっている。
こんな偉そうなこと言える立場じゃないよ。
「ただの豆じゃない、お前らは輝く原石だ」
俺はガラス細工を彼女達の手に渡した。
「俺は信じている」
俺がそう信じたかった。
あまりにも自分が言っていることがキザだったので、俺は話題を変えた。
「そこで、明日から毎日10キロの走り込みを始める」
ええーっとざわめく三人。
「そんないきなりひどいの」
「だって、ほら、もやしは炒めるのが一番だからな」
「そんなくだらないだじゃれで走らされるんじゃ、たまらないぞ!」
「いや、お前らちょっと太っただろ? これでもプロフィールには目を通しているんだ」
三人は黙り込んでしまったが、やよいが口火を切った。
「私……、がんばります!」
よし、やよい、よく言った。
「でもプロデューサーさんは私たちのことをよく見てくれているんですね」
当然だ。
あれ?
美希ちゃん、響ちゃん、どうしてそんな目で俺を見るの?
翌日、初の走り込みでクタクタになった三人ではあったが、再び昨日のショップに足を運んだ。
なんでもガラス細工を連結するためのチェーンが必要だというのだ。
「あっ!
見てくださいプロデューサー!」
昨日、ガラス玉が置いてあった場所に、ガラス細工の飾りを載せたヘアピンが置かれていた。
「芽が出てますよ!」
やよいはそう言ってヘアピンを手に取った。
店員がニヤニヤしている。どうやら昨日のやよいと美希の会話を聞いていたらしい。
俺は店員を見て小さく舌打をした。
「いやーん、かわいいの~」
そう言って、美希はやよいの髪にヘアピンを付け始めた。
最初はキャッキャしていた2人だったが、悪乗した美希が次々とヘアピンをやよいの頭に差し込み始めた。
「ちょ、ちょっと美希さん……」
「うん、かわいいの~」
困り果てたやよいを救出すべく、俺は美希を制止した。
「馬鹿! 髪に刺したら売り物にならないだろうが」
「えっ、だったら全部買って~。美希、今日すっごくがんばって走ったよ」
ふざけるな。やよいより遅れてたじゃないか。……でも仕方が無いか。
美希と響は適当なチェーンとやよいを連れてレジに向かった。
「これ、全部ください!」
店員は笑いを堪えつつ、やよいの頭に刺さったヘアピンにぶら下がっているバーコードにリーダーを当てて精算した。
ピッピッというレジの音に合わせて、やよいはパチパチとまばたきをしていた。
さて、小鳥さんにどう説明するかな……。
実際ヘアピンは髪の長い三人がランニングする時に役立ったみたいだ。
最近はランニングの効果も少しずつ現れてきているようだ。このまま力強く伸び続けてくれればいい。
あの時に買ったジェリービーンのようなガラス細工を、彼女達がずっと肌身離さず持ち歩いていたことを知ったのは、解散コンサートの時だった。
「プロデューサー、今までありがとう。
これ、覚えてる?」
彼女達が床から拾い上げ、紡ぎ上げた小さな宝石は、彼女達の誓いの証として彼女達を支えていたのだという。
そして、解散コンサートが終わった楽屋で、俺は彼女達の宝石を受け取った。
俺はその小さな宝物を強く握り締め、人前はばからず泣いた。
親父、あんたと過した週末は、無駄じゃなかったのかも知れない。
三人もつられて泣き出してしまった。
馬鹿、この後の撮影はどうするんだよ。
どんなに腐って見える世の中でも、俺達が目を凝らせば見つかる宝石がある。
どんなに人が笑おうと、このガラス細工のネックレスが、俺にとっては一番輝いているのだ。
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