第16幕 七刀斎vs剣丞
余興の仕合が始まってから最大の緊張感が訓練所を包み込む。
片や麦穂や三若の2人を倒した謎の仮面の男。
片や家中随一と名高い強さを誇る猛将。
誰もが固唾を飲み込む仕合だった。
「準備はいいな・・・はじめ!」
「ではいくぞ」
「ッ、ああ」
初めの合図がとられ、壬月の周りに氣の気流が発生する。
剣丞はそれに呑まれないよう、素早く距離をとった。
「まずは小手調べだ・・・はぁっ!」
壬月が人の身長ほどもある巨大な斧を軽々と振り、剣丞へと突進する。
それを受け止めるなどという選択肢はとれない。ここは後ろに跳ぶか屈むかだった。
(ここは・・・屈む!)
横に振られた攻撃を屈んで回避する。
剣丞は大振り故に生まれる隙を見つけようと壬月を見るが、その狙いは軽々しく打ち砕かれた。
「なっ!」
通常、獲物が重ければ大振りになりその重さに引っ張られて体勢も崩れやすい。
だが壬月にそんなことはなく、彼女は既に次の攻撃の初動へとはいっていた。
「はぁぁぁぁッ!」
返す刀の勢いで再び斧が剣丞へと襲い掛かる。
これは流石に屈むこともできず、剣丞は後ろに思い切り飛び退くことになった。
剣丞が先程まで立っていた所は抉れ、その攻撃の重さを物語っている。
「くっ、これじゃ刀を抜く暇も無い」
そう呟いている間にも、壬月は斧を構え剣丞に向かって来ていた。
「ほらほら!さっさと反撃しないと抜かぬまま負けるぞ?」
巨大斧での連撃という現実離れした光景を次々と見せられてはいるが、剣丞は反撃こそできないものの全てを避けきっていた。
一発でも喰らえば下手したらあの世いきだろう攻撃を避けるのにはかなり神経を消耗する。
しかし、迂闊に刀で受け止めようものなら折られるのは必至だ。
剣丞はこの一方的な展開で、なんとか活路を見出す事を優先とされていた。
「な、七刀斎さんが危ないですよ!あんなの一発でも当たったら・・・」
「うるさいわねぇ秋子。もうちょっと静かに見れないの?」
「御大将こそどうしてそんな落ち着いて見ていられるんですか!?下手したら七刀斎さん死んじゃいますよ!」
「あの柴田勝家がそんな真似するわけないでしょ。それに・・・」
美空はどこか拗ねたように言った。
「あいつが負けるわけないじゃない」
「今だ!」
長い防戦の末、ようやく壬月の動きを見極めた剣丞は、居合の要領で剣を抜いていた。
「クッ、ようやくやるようになったか!」
「あんだけ動きを見りゃ、ほんの少しの隙でも突ける!」
斧を振り切った瞬間を突いて刀を繰り出す。
壬月は嬉しそうに一笑いすると、初めて距離をとった。
「これ以上同じことをしても恐らくはそちらが勝つな・・・なら」
壬月が再び斧を構える。
だが今度は、すぐ攻撃してくる気配は無かった。
「なんだ?あの人の周り・・・氣がさっきよりも渦巻いて」
『剣丞、ちーと代われ』
「ハァ!?またかよお前!もう代わらねぇぞ」
『ほう?じゃあお前にはあの技を受け止められるってのか』
七刀斎はどうやら壬月が次に何をしようとしているのかわかっているようだった。
『ありゃあ確か五臓六腑とかいうかなりの破壊力を持った技だ。今のお前じゃ死ぬ、だから代われ』
「そんなん、やってみなくちゃわからないだ『ああうるせぇ!お前は黙って体を差し出しゃあいいんだよ!』あっ、おま・・・」
ガクンと首を下に向けた剣丞がその体勢のまま、首だけ糸の切れたマリオネットのように刀をもう1本抜き二刀流の形をとる。
「ほう、二刀も使うのか」
「お望みとありゃあ、何本でも使ってやる」
七刀斎が仮面の下でニィと笑う。
それに笑い返した壬月は、頃合いだと氣を解放した。
「ほう、あの孺子はたじろいでいたが・・・お前は違うようだな」
壬月がチラリと舞台外を見る。
その視線の先に居る孺子と呼ぶ男は、壬月の氣の余波に仰け反っているところだった。
「へッ、いつでも来やがれ!」
「おうさ!新田七刀斎!!」
壬月の渾身の一撃が七刀斎へと襲い掛かる。
その攻撃が当たる前に、七刀斎は不敵に笑いながら一気にジャンプしていた。
「乱心したか!上空にいれば避けることはできないぞ!」
振り切った壬月が再び斧を振りかぶる。
「焦ったな。攻撃を避けるなら上空へ跳ぶなど愚策」
「ああ、なんとなくわかる」
久遠と織田の剣丞の話を横目に聞きつつ、美空も焦る。
「ああ~!七刀斎さんが!」
(剣丞・・・!)
1人を覗いて、観客の誰もが壬月の勝利を確信する。
七刀斎はいつもと変わらない笑みを浮かべ、重力に引かれ壬月へと接近していった。
「見てろ剣丞・・・攻撃は振る前に止めちまえば、出せねぇ!」
両手に持った刀を2本とも壬月へと投げる。
驚いた壬月が急いで斧で飛んでくる刀を弾いてる間に、七刀斎は着地と共に脇差を抜いていた。
ガキィンという音と共に、七刀斎の脇差と壬月の斧の柄がぶつかり合う。
「ぐぐ・・・!」
「・・・ハハハッ!」
鍔迫り合いの中、七刀斎が刀の
突然の手への攻撃に、壬月はたまらず斧を手放した。
七刀斎がその隙を見逃すはずもなく、壬月は脇差を突き付けられ、両腕を上げた。
あまりの急展開に10秒ほど続いた沈黙は、秋子の声で破られた。
「か、勝ったー!」
秋子以外の者は、「おおおぉぉぉ!?」と驚いた声をあげていた。
「ま、まさか・・・壬月さまが負けるなんて!」
仕合とはいえ、織田家随一と言われた壬月が負けたことに家中は動揺を隠せない。
これには先程までポーカーフェイスを貫いていた久遠も目を丸くしていた。
「どーぉぅ?ウチの護衛役は」
「ぐ、ぐぬぬ・・・まだだ!まだ和奏がおる!」
「久遠さまー!」
美空に煽られて歯ぎしりをする久遠のもとにやって来たのは、その和奏だった。
「おお和奏!戦いを前に主君に挨拶に来るとはいい心掛けだな!さっそくあの仮面の男を倒しに行くのだ!」
「そ、それが~その~」
和奏はどこか歯切れが悪かった。
「ボク、ちょっとお腹の調子が悪くて・・・戦えないというかなんというか」
「は?」
ポカンとする久遠の後ろから、先程剣丞と戦っていた三若の2人がひょこっと出てくる。
「いやいや!和奏、それはズルいよ!」
「そうだよー、雛達ちゃんと戦ったんだから。いくらヘタレの和奏ちんとはいえ逃亡は許されないよー?」
「お、お前ら!」
仕方ないだろー!ずるいずるいー!などとギャーギャー騒ぐ三若を尻目に、久遠はプルプルと肩を震わせて声を出した。
「ひよ!」
その声に反応した少女が、床几から転げ落ちんばかりに久遠のもとへとやって来る。
「は、はいぃぃぃーー!?」
「剣丞の刀は?」
「こ、ここに・・・」
ひよと呼ばれた少女は大事そうに持っていた刀を久遠に見せた。
「うむ、剣丞!」
「ん?」
「和奏は体調不良だ。代わりにお主が行ってこい!」
「はああぁぁぁぁぁぁ!?」
のほほーんと座っていた織田の剣丞は、ひよに負けず劣らずの勢いで立ち上がった。
「いや、行ってこいったって・・・アイツは壬月さんより強いんだぞ!?」
「・・・お主なら大丈夫だ」
「何が大丈夫だ!おい目を合わせて言え久遠!」
とにかく行ってこい!と言われ渋々刀を受け取る織田の剣丞。
その光景を見て七刀斎の中の剣丞も、「アイツも苦労してるんだな」という言葉を呟かずにはいられなかった。
織田の剣丞が仕合を終えた壬月とすれ違う。
「お疲れ様、壬月さん」
「ああ、孺子か」
負けた壬月の顔に影は無かった。
「ビビった和奏の代わりだよ、まったく」
「あの阿呆め・・・孺子、あの新田七刀斎という男は力押しだけでは勝てんぞ。気を付けろ」
そう言うと壬月は剣丞の肩をポンと叩き、任せたぞと言って下がっていった。
第5試合
「お前か・・・」
七刀斎が対峙した織田の剣丞を見る。
見たところ、彼が体を借りている剣丞とはあまり違いが無さそうだ。
「よ、よろしくおねがいします」
織田の剣丞がペコリと一礼してくる。
それに倣って七刀斎も礼を返した。
(武器は刀1本だけか)
『あの刀、俺が持ってた刀と同じだ!』
織田の剣丞が持っている刀は、剣丞がこの世界に来た時に共に飛ばされてきた7本の刀と同じデザインをしていた。
(てこたぁ本当に剣丞か、面白れぇじゃねぇか!)
七刀斎と織田の剣丞が腰の刀に手をかける。
それを見て準備良しと判断した久遠は、本日5回目となる開始の合図を送った。
「はじめ!」
同時に刀を抜き、上段で横に振る。
2人の頭上で刀がぶつかり合った。
「ほえー、まるで鏡みたいに動きが似てるねーやっぱりあの人は剣丞君のご先祖様なのかな?」
雛の言葉に、久遠達は確かにと七刀斎を見た。
「そういえば、あやつの姓は新田だったな」
「背丈や体格はほぼ同じに見えますし、会談の場での雰囲気もどことなく似ていたような気もしますね」
「だが私と戦っている途中からの雰囲気はまったく別物のように感じたがな」
思い出したように言う麦穂の言葉に返したのは壬月だ。
外野から見ていた久遠や麦穂も、そのことにはどうやら薄々と気付いているようだった。
「戦ってる最中に何か入っちゃう人とか?」
「となると随分危ない奴になるが・・・」
織田家に危ない奴認定されそうになっていることは露知らず、七刀斎と織田の剣丞は刃を交えていた。
「お前とは1度やってみたかったぜ!」
「はぁ?どういうこと、だぁっ!」
七刀斎が二刀流の形で攻め、織田の剣丞がそれを凌ぐ。
勝負は今の所拮抗しているように見られた。
「剣丞ぇ!もっと本気でやれい本気で!」
久遠のヤジに応える暇は無く、2人は鍔迫り合いの体勢になった。
「クッ、やりにくい・・・アンタ、新田って」
「お喋りしてる余裕は無いぜ!」
鍔迫り合いを解き、七刀斎は更に攻撃を加えようとしたが、織田の剣丞はそれよりも速く後ろに跳び退いていた。
「チッ、ちょこざいな所も同じかよ」
『おいさりげなく俺をディスるな』
七刀斎は刀を剣丞に向け、いつでも来いと言わんばかりに動きを止める。
一方織田の剣丞は先程壬月に言われたことを思い出しながら、鍔迫り合いで感じた七刀斎の力を思い出していた。
(確かに力じゃ歯が立たない・・・なら、手数とスピードか)
グッと腰を落とし、足に力を込める。
(体格は同じ。なら多く刀を背負ってる分あっちの方が動きが遅いはずだ!)
瞬時に駆け出し、七刀斎の隙を突くべく高速で動く。
織田の剣丞が後ろに回り込んだ時、彼は七刀斎と目が合うのがわかった。
「いい速度だ。俺はアイツほど目は良くねぇからな、危ないところだったぜ!」
刀が振られ、織田の剣丞を捉える。
織田の剣丞は手に持つ刀でそれを防いだが、攻撃の勢いは完全に削がれてしまっていた。
「クッ!」
「とっとと終わりにすっか!」
七刀斎の猛攻は、有利に勝負を運べていた。
しかし、その攻撃は当たることなく、織田の剣丞は全て避けきっていた。
(クッ、なんだ?この野郎避けやがる)
「ハァッ!」
織田の剣丞が七刀斎の攻撃の合間を縫って突きを顔目掛け繰り出してくる。
七刀斎はそれを頭をずらすことで避け、両者は一瞬動きを止めた。
(オレが速さで負けてるだと・・・?)
続けざまに迫る連続突きを避け、後ろに跳んで距離を取る。
(いや、速さで負けてるだけで総合的にはオレの方が上だ。だがアイツ・・・)
七刀斎は確信した。織田の剣丞は武装の重さを差し引いても自分より速いと。
ため息をついた七刀斎は、持つ刀を鞘に収めた。
「チッ、しゃーねーな・・・参った」
その瞬間、「へ?」という声が外野、目の前、そして意識の中から聞こえてきた。
「おおー!剣丞!やはりお主は我の夫だなー!」
「え?あぁーうん・・・」
ポカンとした織田の剣丞に駆け寄ってきたのは、いち早く状況を理解した久遠だった。
そのやりとりを見て、他の者達も七刀斎が降参したのだと理解し始める。
『お、おいお前!なんで降参するんだよ!?』
(ちょっと興味が湧いてな)
『ハァ?まさか、アイツ超強いのか?』
(んなわけあるか、お前と同じで弱っちぃがちょっと気になってな。まぁいいじゃねぇかよ、もう日が沈む。余興はこのくらいでいいだろ)
その言葉を最後に、七刀斎は意識を剣丞に返した。
「・・・あの野郎、勝手しやがって」
剣丞がまず思ったのは、これでは美空に怒られるなぁということだった。
美空の性格上すぐにズカズカとやってくると踏み、彼女が居る方向を見る。
だが美空は、つまらなそうにため息をつくと、秋子と共に訓練所を後にしていた。
「あ、あれ?」
1人取り残される剣丞。
そのまま麦穂に案内されるまで、彼は突っ立ったままボーッとしているのだった。
岐阜城 食事の間
普段は会食などで使われるこの場も、今は来客もあり賑やかな宴会場と化していた。
久遠と美空をお誕生日席のようにして並び、家老がその近く。他の将達はとりあえず並んで食べるという席の形をとっている。
その席順から、壬月と麦穂の2人と秋子は久遠と美空の近くで食べていることになる。
一方剣丞は、これから美濃で過ごすということもあって織田家の面々と近い場所に席を用意されていた。
「いやー、にしてもお兄さん強かったねー!」
「うんうん、雛も歯が立たなかったしびっくりだよ」
三若に絡まれ、居心地が悪そうに食べる剣丞。
だが3人はそんな剣丞のことを気にせず目を輝かせて話していた。
「ふ、ふん!まぁボクにかかれば一発だろーけど、たまたまお腹が痛くなっただけだからな。いい気になんなよ!」
「またまた和奏ちん、そんなこと言って~」
「和奏、たまにヘタレるよね」
顔を真っ赤にして2人に抗議をする和奏。
そんな光景を遠く見ながら、剣丞はもてなしの料理を食べ続けた。
剣丞の隣には三若。
そして向かい側の列で食べているのは織田の剣丞とその周りにいる少女達だった。
(さっき刀を持ってきてた子にくせ毛の子、あとは前髪で目が隠れてる子か。くっそう織田の俺め・・・何人も侍らせやがって!)
絶えず話しかけられながら食べる織田の剣丞を睨まずにはいられなかった。
「お、お頭お頭。あの人睨んでません?」
「こらひよ!そういうこと言っちゃ聞こえるでしょ!お客さんなんだから」
(聞こえてるよ・・・)
剣丞は心の中でさめざめと泣いた。
美空の方を見ると、久遠と楽しそうに話をしていた。
どうやら同盟国の君主同士だけでなく、友人としてもやっていけそうだと剣丞は思った。
秋子はというと、近しい年齢の壬月と麦穂を見て「なんで慌てないんですか!?」と絡んでいた。
それぞれが何かをする中、剣丞だけ居場所が無いように立ち上がった。
「ちょっと表に出るか・・・」
「あ、じゃあ風通しのいいところがあるんで案内しますよー!」
外の風を浴びようと席を立つと、たまたま厠へと行こうとしていた犬子と同じタイミングだったのか、東屋へと案内された。
「ここなら誰も来ないし落ち着けますよ!それじゃ犬子はこれでー」
トイレに行こうと急いでいた犬子をわざわざ案内させたのだ。
ここで引き止めるのも悪いし引き止める理由もないため、剣丞は手を振って犬子を見送った。
「ふぅ、騒がしすぎるってのもアレだな」
すっかり日は沈み、街灯の無いこの時代では月明かりだけが頼りだ。
だがその月光だけでもこの東屋の一帯はよく見えた。
犬子の言う通り、ここはとても風通しがいい場所だ。
少し熱気のあった食事の間で汗ばんでいた剣丞はマントを外し、東屋の中にあった机の上に放り投げると風を全身に浴びるために伸びをした。
「あー涼しい・・・しばらくはこっちで暮らすのか」
「そうね、ついでにアンタは空の護衛をしながら新田剣丞の部隊、通称剣丞隊の一員として客将をやってもらうから」
「どわぁ!?」
月を見上げながら呟くと、気配がしない後ろから声が聞こえてきた。
ビックリし急いで後ろを向くと、そこには美空が腕組をしながら立っていた。
「な、何でここに!?」
「ちょっと外の空気が吸いたくてね。アンタが女の子と2人で歩いていくのが見えてついて行ってみたわけ」
ジト目で睨まれる。
だが今はその睨みに鋭さを感じられなかった。
「なんだよ、やきもちでも焼いてるのかー?」
いつになく大人しい美空に違和感を感じ、からかうように言ってみるが反応はほとんど無い。
「ねぇ、剣丞」
今だけではなく、今日は一体どうしたのかと尋ねようとする剣丞を止めたのは、「七刀斎」という言葉ではなかった。
それは剣丞に誰かに聞かれたらどうするのだという言葉が瞬時に浮かんでこない程に、真剣な呟きだった。
「アンタは、長尾の将よね?」
「?なんだよ、当たり前だろ?」
答えを聞いてもなお、美空は続ける。
「武田にも織田にも行かない、長尾家の新田七刀斎よね?」
「どうしたんだよ、そんなこと聞いて――」
何を今更、と聞こうとした瞬間、剣丞は美空の言葉に動きを止められることとなった。
「アンタは、私の物でいてくれるのよね・・・?」
誰も通らない静かな東屋に、小さな声が絞り出された。
その言葉を咀嚼し、受け止めると、剣丞は弾かれたように美空を見る。
「美空・・・」
見ると美空は今にも泣きそうな顔で剣丞を見つめていた。
「心配してるわけじゃない・・・けど、今勢いに乗ってる織田や関東に手を伸ばそうとしている武田。その両家に比べたら越後はまだまだ小さいわ。アンタは武藤や三若といった発言力のある将に気に入られてるから、もし引き抜かれでもしたらどうしようって・・・」
美空は思いの丈をぶつけるように、一気に言った。
「美空、それって・・・」
「べ、別にアンタが好きだから心配なんじゃなくて、もし有能な人材がいなくなったらどうしようってそれだけで!」
剣丞はフフッと笑った。
短いながらも、越後で過ごした日々は彼に美空の性格がどういうものかを教えている。
人一倍素直になれない彼女が、人一倍の勇気を振り絞って自分の気持ちを伝えたのだ。
そして剣丞も、美空のことを君主としてではなく、もっと深い所で好意を持っている自分のことを伝えるべきだと思った。
故に剣丞は返す言葉に困らなかった。
「美空。俺はどこにもいかない。しばらく離れるけど、俺はずっと長尾家の・・・美空の七刀斎だ」
「・・・本当?」
強く頷く。
その後無言が続き、不安そうに剣丞を見つめ、目を閉じる美空。
剣丞はその動きを見て、彼女が今どうしてほしいのかを感覚で知った。
「こ、こんなことするの、アンタだけなんだから・・・!」
顔を真っ赤にした彼女は東屋の周りに咲いているどんな花よりも美しく、剣丞という蜜蜂を誘っていた。
「美空・・・」
「剣丞・・・」
しばし躊躇い、それでも美空に近づいていく剣丞。
やがて両者の距離が0になり――――
≪剣丞さん――≫
突如脳裏をよぎった声に目を見開いた剣丞は、美空の唇に近づく動きを止め、瞬時に美空を力強く抱きしめた。
「きゃ!っちょっと・・・」
「やっぱり接吻の方がよかった?」
「ッ~~~~~~~~~~~!バカ!!」
更に真っ赤になった顔を剣丞の胸に沈める美空。
言葉はキツかったが、その腕はしっかりと剣丞の背中に回されていた。
「・・・ねぇ」
「ん、何?」
抱きしめ合いながら話す2人。
「私、アンタのことが好き」
「・・・俺もだ」
「まだ世は乱れてるからできないけど・・・いつか、アンタを私の夫として迎えるわ」
「護衛はお役御免かな?」
「そうよ、もっと腕の立つ護衛役を手に入れてみせるもの」
「あはははっ」
一切体勢を変えずに話し合っているにも関わらず、2人の表情は和んでいた。
「もしかして今日機嫌が悪かったのってずっとその事考えてたから?」
「ッ、そうよ!悪い!?そんくらい心配だったのよ!」
もう心配いらないよ、という言葉の代わりに抱く力を強める剣丞。
すると美空はホッとしたように脱力した。
「そろそろ戻るわよ、秋子も1人で残しちゃったし」
「えー、もうちょっと」
「あっちょ、バカ!いきなりギュってしないでよ!」
「だって美空抱き心地いいんだもん」
剣丞に美空の顔を赤以外に染めさせる気はない。
そしてその術中にはまった美空も、もう少しだけならと剣丞に身を委ねていた。
どれくらい時間が経ったのか、頭上の月はその位置を随分と変えている。
もう少しだけと言っていた2人は未だに同じ体勢で抱き合っていた。
「流石にそろそろ戻った方がいいかな?」
「当たり前よ、バカ・・・」
これでは心配した織田が人をやるかもしれないと思った2人は、お互い未練がましく離れ、食事の間へと戻っていった。
その途中、美空はついに自分の思いを打ち明けられたことで明るい表情をしていたが、剣丞はどこか複雑な表情を浮かべていた。
(キス、できなかった・・・いや、しなかったんだな)
美空の唇に自分の唇を触れさせようとした瞬間のことが頭に残る。
思い出すのはかつて寝食を共にした女性。
(そうだな、ファーストキスの相手は決まってるもんな・・・エーリカ)
翌日 岐阜城大手門
「それじゃあ、後は頼んだわよ。七刀斎」
「ああ、任せろ」
同盟が締結され、使者である美空と秋子は人質となる空の護衛役である剣丞を残して早々に越後に帰ることとなっていた。
夜遅くまで続いた宴のため、出発は昼過ぎとなったが今は久遠が君主自ら見送りのために大手門へと来ていた。
「世話になったわね、久遠」
「なぁに、気にするな。これから同盟国としても支え合っていくのだ。このくらい世話には入らん」
別れの挨拶を終えたところで、秋子は馬を美空の馬へと近づけた。
「御大将、今度はちゃんと飛騨を通って帰りますからね!」
「はいはい」
このままではまた武田領地内ルートを通って帰りそうだと見かねた剣丞は、秋子に助け舟を出した。
「美空」
「ッ、なによ・・・」
「駄目だよ?秋子さんの言うこと聞かなきゃ」
「うぅ・・・わかってるわよ。ばーか!」
捨て台詞を残し馬を走らせる美空。
「あ、御大将!置いていかないでー!!」
その後を追いかける秋子。
剣丞はその光景を微笑んで見守っていた。
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どうも、たちつてとです
色々展開が進んできた今作品、これからも暖かい目で見守ってやってください
キャラのパワーバランスですが
七刀斎(主人公剣丞)はパワー重視スピード軽視
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