目を覚ますとサンタクロースが死んでいた。
……いや。より正確に言うなら、北欧のサンタ村に住む「サン・タ・クロース」とい
う老人が死んでいたのだ。
そして僕は「トンナ・カイ」という名の青年で、通称「トナカイ」とよばれている。
サンの仕事仲間にして、事件の第一発見者だった。
――このままでは警察から疑われることは必死!
なんといっても第一発見者が疑われるのは推理小説のセオリーだし、そのうえ自分は
彼の保険金の受取人ときている。
僕はこのめまいのしそうな状況の中で、懸命にいままでのことを整理した。
焦る心の内とは裏腹に、記憶は断片的だが、脳内をゆっくりと駆けめぐっては消えて
ゆく。
――昨晩ケーキ屋でバイトをしていたサンとおちあって、そのまま彼の家へ直行した。
それから……クリスマスだということで、彼の副業を手伝った……
……サンタ村には掟がある。
80をすぎた老人は12/24~25の晩に、煙突のある家に忍びこんで、寝ている子供達の
枕元にプレゼントを置いてこなければならないのだ。
もちろん人間がやるのだから、ただなわけがない。
代金はあらかじめ子供達の両親からいただいている。
しかし80をすぎた老人が、寒空の中一人で多くのプレゼントを抱え配り歩くことな
ど実際にはむりなことなので、働き盛りの男どもがボランティアで助手についてやる
のが慣例だった。
自分も慣例に従って、サンの手伝いをしたまでだ。
だから12/24の夕べも、自分のアパートに戻らずサンの家にとまったのはそういった
事情があったからだった。
そして明け方まで一仕事終えた気楽さからどんちゃん騒ぎをして、二人してその場
で寝いってしまって……現在に至る。
――しかしそんなことをいったところで、警察は僕のせいにするんだろうな。
第一この状況では――と思う。
サンは台所の方を向いたまま、恐ろしげな表情で息絶えていたからだ。
散々苦しんだようで、喉と腹部に複数の傷跡がある。
そしてそこでは、なんと! 寝相の悪い僕が眠っていたのだ。
寝ている間中ごろごろと転がって、ぶちあたった先が冷蔵庫の扉だったらしい。
そんなわけで、僕の額には大きな痣がある。
だがそれもサンと争った拍子にできたものだと、いいように誤解されてしまうだ
けだろう。
そもそも悪いことに、僕にはアリバイを立証してもらえる人物が誰一人いない。
――絶体絶命だ!
僕は頭を抱えてしまった。
そうこうしている間にも、無情にも時間だけは過ぎてゆく。
しかし神は見放さなかったのか。
古い鳩時計が真夜中の12時を告げたところで、僕ははたとひらめいた。
――そっ、そうだ! アカ・ハ・ナーノの伯父さんに相談してみよう!
伯父のアカ・ハ・ナーノは今年123歳になる。
サンタ村の最長老だ。
若い頃には探偵業もしていた。
そんなわけで、引退した現在でも、難儀難問をかかえた村人達がひっきりなしに
訪ねてくる。
「アカ・ハ・ナーノの伯父さん!」
サンの家から伯父の養老院ヘ直行すると、伯父はすでに村の掟に従って真っ赤な
制服に着替え、白い大きな袋を抱えようとしていたところだった。
「おう、トナカイくん。ひさしぶりじゃのう」
伯父さんは厳寒のためにすでに赤くなった鼻をゆらして、フォッフォッフォと笑
った。
急な夜中の訪問にも動じない。
どこまでも豪傑な人なのだ。
「ちょうどよかった。今年は誰も若いもんがおらんでのー。少子化のせいかのおー。
それともピチピチギャルと一緒の方がええのかのおー。儂もセーラー服くらいは仮
装できるのにのおー。せっかく去年新調したことだし……なんてことはいいとして、
サンの手伝いはせんでええのか?」
「そのサンのことなんだよ!」
はたしてそのセーラー服はどこで調達したのか? という疑問はとりあえずおい
といて、僕は要件を切りだした。
「……云々といわけで(どーいうわけなんだか)。気がついたらサンが死んでいた
んだよ! でもこのまま警察に知らせるわけにはいかないし。どうしようと思って」
「おお、そうじゃのう。儂のかわいい甥が女子高生のコスプレする前に刑務所へ行
ってはかわいそうだからのう」
「は? コスプレ?」
「いや、そのその……なんだ……」
伯父はわざとらしく咳払いをした後で、
「たしかサンは借金に困っておったのおー」
白いあごひげをしばらくなでていたが。
「こうしていても何じゃ。儂も時間がないでの。どーれ、ついでだからサンの足跡
でも追うかいの」
ついてきなさいといって、伯父は僕に有無をいわさず白い袋を渡してきた。
そして自分は厳冬の闇の中へとことこと歩いてゆく……。
伯父は自分の仕事をいい加減に片づけると(つまり家の中に入らず、郵便ポスト
の中へ置いてくるだけですませたわけである)、昨晩の僕とサンの足取りを追った。
昨晩回った家は全部で、5件。
うち2件は煙突がないので、実質3件だった。
少ないように思えるがしょうがない。
足腰の弱い老人の足で、雪深い北欧の夜道をそう長々とは歩けない。
最初に向かったのは、小さな小屋とおぼしき家だった。
細いブリキの煙突が申しわけていどについている。
呼び鈴を押すと、のっそりと母親が出てきて応対した。
頬が青白く、小屋の地縛霊のような女だ。
プレゼントの件で子供達からアンケートを採りたいのだが、と伯父がもっともらしく
切りだすと、その女いわく。
「うちの子はトイレにこもったきり、でてきません」
「……そうですか」
伯父はしばらく宙を見て何ごとか考えていたようだが、
「いや、失礼しました」
問いつめるようなこともせずに、あっけなく立ち去った。
あとから「?」だらけの面をした僕がついてゆく。
2件目の家は住宅地の一角にあった。
土地の広さはそこそこ。建て売りの住宅を最近買いました、といった感じで、
真新しいが個性がない。
童話に出てくるような赤煉瓦の煙突がどっしりとついている。
その家の前には救急車が止まっていた。
近所の野次馬たちがばらばらとその周りを囲んでいる。
「なにかあったんでしょうかね?」
如才なく伯父が問うと、赤の他人の野次馬は白い目を向けて答えた。
「なんでもね。お子さんが病院に運ばれたそうよ」
「そうですか。失礼しました」
また同じ文句を言ってのけ、丁重に頭を下げると、伯父はさっさとその場から
立ち去った。
最後に訪れたのは、高級住宅地に立つ億ションだった。
城ような外装。
金箔を張り巡らせた外壁。
様々な色に瞬くクリスマス用の電飾。
ベランダからはあきらかに装飾品とわかる宝玉だらけの煙突がついている。
だが結果からいうと、僕たちはそのマンションを訪れなかった。
途中でマスコミと中継車からなる壁に阻まれてしまったからだ。
そしてその向こうからはすすり泣く人々の声と、牧師の説教がとぎれとぎれに
ながれてくる。
僕たちはいたたまれない気持ちになって、伯父の養老院へ足を向けた。
「まあしかし、これでトナカイの無実は実証されたがね」
伯父の謎めいた言葉だけが、虚空に舞う。
「それで、犯人はいったいだれなのですか?」
院について伯父の部屋へたどり着いたとたん、僕は思い切って彼に尋ねた。
「サンを殺した犯人ですよ」
伯父がああいった以上は、もう伯父には見当がついているのだろう。
そしてそれはすべての真実なのだ。
伯父はクローゼットの中からセーラー服をとりだし、散々僕に寝巻きとして着る
ように勧めていたが、
僕が必死になって固辞すると、
「……では、しかたないな」
といって、揺り椅子に腰掛け、
「問題は非常に緻密にして、繊細にして、奇異にして、大胆にして、複雑なのだ…
…」
わけのわからないことを重々しく呟きながら、あごひげをさすりつつ解説しはじ
める。
「……まず、子供達のようすから。トイレが関係ある。病院が関係ある。葬式も
関係している。ということは、何らかの病気が関係しているとは推測できないかの?
つまりその大変な病気のために『トイレ』にこもりっきりになってはき戻し、悪化
して『病院』ゆきとなり、手遅れになれば死にいたり『葬式』をだすことになって
しまう……と。そして野次馬は儂を見たとたん、冷たくなった。『お前』ではなく、
サンタの格好をした『儂』にな。そのことから一つの推論が浮かびあがる。あの子
供達は『サンタクロースの老人』からもらったプレゼントによって、窮地に陥ったと。
ここで、サンの件へ戻る。サンは多額の借金をしておった。その返済がこの年末
で滞り、苦し紛れに前払いをしていた子供達の親の金に手をつけてしまった。一方
で、サンはケーキ屋でアルバイトもしておる。
で、ここからは推測に粋になってしまうが……おそらくサンは苦肉の策で店で
売れ残ったケーキをただで分けてもらい、それを子供達のプレゼントにあてたんじゃ
ないかのおー。
ただここで1つ問題がおった。そのケーキが腐っていたということじゃ。なんせ
この景気じゃからのお。あんまり売れんで、かといって元手が入らないのにそう
そう新しい商品を作るわけにも行かず、腐ったのにも気づかぬまま陳列棚に追い
といたんじゃろう。
そのケーキを食って子供達は食中毒に陥り、甘いものに目がなかったサンも食っ
てオダブツになってしまった」
長い沈黙が押し寄せた。
伯父はのんきに鼻歌を歌いながら、揺り椅子を揺らしている。
「じゃあ犯人って、一体誰なんだい?」
僕が素朴な疑問を向けると、アカ・ハ・ナーノの伯父は一瞬面食らっていたよう
だが。
「そりゃー、お前……」
フォッフォッフォと豪快に笑いながら続けた。
「腐ったケーキだけに、『腐ケーキ(不景気)』なんちって!」
「…………………………」
おしまい。
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サンタ村のサンタクロースがクリスマス・イブの日に死んだ。
仕事仲間で第一発見者のトナカイ青年は、伯父のアカ・ハ・ナーノとともに事件の真相を探り出そうとするが……5分で読める短編。ほとんどオヤジギャグかも?(汗)