No.695714

ARIA (古ぼけたカメラ と 風追配達人‐シルフ-)

まぁさん

大分前にイベントで参加したときに書いたARIAのお話です。
続編を近頃思い出したように書いているので目標というわけではないけど今回、載せようと思いました。
作品自体古いので・・・でもよろしくお願いします。
(※お話には作品のキャラは出てきません)

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2014-06-22 01:26:01 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:320   閲覧ユーザー数:320

 

 

                      冬の寒い海…

                   僕は冷たい水の中にいた。

                 水の中から空を見上げてみたんだ。

 

               水に沈んだ都の上を魚達が優雅に泳いでいた…

                 もう…あの頃の風景は見られない。

 

                        けど…

 

               でも、資料でしか知らなかった場所に僕がいる。

                   それだけで嬉しかった。

                 しばらく泳いでいるとふと思った。

         沈んだ街並みを上から見下ろしながら…まるで空を泳いでいるみたい…と。

        失って始めて気づくこと…僕にはまだわからないけど、それはきっと悲しいこと…

                    明日もきっとこよう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものように空を泳いでいつものようにお届け物を届ける。

それは…毎日同じ仕事、変わらない時間。

下を見ればいつもと変わらないネオヴェネチアの町並みの風景が見えるだけ。

なりたい仕事だったけど…なんだか退屈。

 

…生きがいだったのに…

 

なんでだろう…こんな気持ちになるのは…

風追配達人(シルフ)で働いている少女は本日もエアバイクで今日の最後の荷物を持って待っている人の家に向かうのであった。

 

 

涼しい風…私は小さな白い小箱を抱いて空を眺めていた。

私が幼い頃、よく祖母に昔話を聞かされていた。

祖母からいつも聞かされた昔話を今になっても信じている…箱に入った小さなカメラを祖母は大事そうに取り出して、私のひいひいおばあさんにあたる人の昔話を始める。そして「…私の未来の親友に渡してね…必ずね…」と呟いて昔話は終わる。

その時の祖母は嬉しそうに笑うのを記憶していた。

それから私が祖母の家に毎日遊びに行く日が日課になっていた。学校の帰りに、朝からずっとだったり…そんな事が当たり前になるころ、祖母が入院した。中々会えない時間が続き、せめて私に出来ることをと思い祖母の家を掃除したりして帰りを待っていた。そして…私が働き始める頃、祖母が息を引き取った。

ただただ泣くことしか出来ず、悲しみに暮れていると母から祖母の遺品を受け取った。

「…ずっとね、枕もとに置いて…ヒロコ…あなたに渡さなきゃ…って呟いてたわ…。」

母はそう言って見慣れた箱を私に預けて部屋からでていく。

「もう…いないんだね…」

一人、祖母の部屋で長い時間ぼんやりと虚空を眺めていた。

ふと思い出したように箱を見つめて蓋を開ける。

中にはいつも祖母が大事にしていたカメラと一通の手紙が入っていた。

 

「…いつも明るい笑顔をありがとう。貴女が毎日遊びに来てくれていたから私は全然寂しく無かったわ。それと、どうか私の宝物を大事にしてね…」

涙が出た。もう会えないと解っていても会いたいと願ってしまう。

その日はずっと泣いていた…

 

 

…心地良い風が私の髪に触れる。

遠い記憶…私は寝ていたみたい。

 

そよ風が吹く空に一匹の小魚が私のもとへやって来た。

「おばあちゃーん!」

風追配達人になった孫が元気良く私のもとへ泳いでくる。

「あらあらいらっしゃい。今日はどうしたんだい?」

小箱をテーブルに置いて孫に笑顔で迎えた。

「お届けものだよ。おばあちゃん!」

茶色の包みを受け取った。

「浮島のおじさんからだよ。いつものだって…」

そう言いながらエアバイクから降りて向かいの席に座る孫は古い箱が気になり席を立ったヒロコに訪ねた。

「おばあちゃん、この古ぼけた箱は何?」

二つカップに珈琲を注いで戻ってくると椅子に座り、目を閉じて昔話を話し始める。

まるでかつての祖母と同じように…

 

「これはね…まだアクアが火星と呼ばれている頃のお話…」

 

「来ちゃった…憧れの場所…」

数日間休みをもらって行きたかった場所に旅行で訪れた。

僕は船でかつて繁栄していた水の都の上を進んだ。

今は水の底に沈んでいる。

僕がまだ小さい頃はここも人の生活や営みがあった…と親に聞かされていた。

でも今は画像や映像でしか知ることが出来ない。

 

僕はただただこの活気に満ちていた頃の水の都に、思いを馳せていたんだなと確信した。

今のヴェネツィアを記録しようと僕は先日買ったカメラでシャッターを押していた。

そしてボートを止めて沈んでいる街並みを上から覗く。人が住んでいた都は今、魚の群れや水の住人達が往来していた。

しばらく海の上にいた僕は冷えた体に心地よいココアを流し込むと体が暖まるのがわかる。

「はあぁー…」

白い息を吐き出して岸に戻ろうとボートを動かす。

チリー…ン

微かに鈴の音が遠くから響いてきた。

辺りを見渡してもあるのは海と空だけでボートや船も見えない。

「…気のせいかな?」

再びボートを止めて目を閉じる。

チリー…ン、チリン…トトト…

遠くから響いていた鈴の音がこちらに近づいてくる。鈴の音に混ざって足音も聞こえる…幻聴だろうか?

音色も一つが二つ、三つと増えていく。

ボートの周りを数匹の何かが取り囲んだままこちらを見ているような感じがする。

しばらくそのまま目を閉じていたが、聞こえてくる鈴の音と足音が気になったのでゆっくりと目を開けようとした。

すると視界に飛び込むように何かが僕の横を通り抜けると同時に突風が吹き抜ける。

「うわっ!」

再び目を瞑り風が止むまでそのままでいた。やがてあたりは静寂に包まれていき風も止んだ。

僕は目を開けて呆然とする。

そこには透き通った水に細い水路。西洋風な建築に知識として知っていた街並み。

沈んだ街が…水の都がそこにあった。

「はぁー…」

(景色に見とれる…何にも考えられない…)

頭真っ白な僕に唐突に声をかけられたんだ。

「あらあらどうかしましたか?」

声は僕の乗るボートから聞こえてくる。

思考が今の状況に追いつくとまたも驚いた。ボートだと思っていた乗り物がゴンドラになっていたんだ!

「え?えっ!えぇーっ!」

挙動不審だったに違いない僕を先ほどからいたであろう素敵な女性が微笑んでいる。後ろではあわあわわとパニックになった女の子…多分ゴンドリエーネがいた。

「はい…どうぞ。」

優しい笑みで金色の髪の女性は温かい紅茶を注いで僕に差し出す。

反射的に受け取って紅茶を飲み干すと気持ちが落ち着いていく。

「…ありがとうございます。」

コップを返すと静寂が訪れた。

 

 

「…作り話みたい。」

話を聞き終えた孫は珈琲を飲みながら小さな箱を開ける。

古びたカメラを手に持つと色々いじってみた。

「私もね…最初はそう思ったのよ。でもね…」

ヒロコは孫を優しく見つめながら話す。

「楽しく、懐かしく…思い出しながら話す祖母がね…なんだか嬉しく思ったの。」

「ふぅん…」

いじっても動かないカメラに興味をなくした孫は箱に戻してそろそろ仕事に戻ろうと席を立つ。

「おばあちゃん、ごちそうさま。そろそろ行くね!」

ヒロコはそんな孫に優しく微笑んで見送った。

「うふふ、行ってらっしゃい。気をつけてね。」

「うん!また昔話、聞かせてねー!」

エアバイクに乗ると手を振りながら別れた。

 

 

「えぇっ!!そんなにいらないですよ!食べ切れませんから!」

「いやいやこんな珍しい硬貨をくれるんだからもらってくれ!」

奇妙な体験をして水没したはずの水の都にいた僕はゴンドラから降りて、水路を歩き回った。

そして少し小腹がすいたので近くにあるパン屋があったから立ち寄ったのだが…

「でででも!くれるのは嬉しいですが…」

普通にパンを買おうとして財布からお金を出したとき、店主が身を乗り出して手に持った硬貨を見てきた。

なんでも珍しい硬貨を集めるのが好きでたくさん持っているんだそう。

「いやいやいやこれぐらいじゃたりないくらいだよ!」

(店主の目が輝いて見えるよ…)

「はい!パン落とさないでね。ありがとう!」

「…どうも。」

はぁ~…ため息をしながら空を見る。

(いい天気だなぁ…)

両手に大量のパンを抱えてしばし歩くと木陰の下にベンチを見つけたので座った。

僕は袋からサンドイッチを取り出して一口食べてみた。

(おいしい…)

久々に食べたサンドイッチはここに来る前に食べたパンより美味しい。

「…なんでここにいるんだろう。」

目を開けたらゴンドラに乗ってて…なんでかわからずパニックに陥ってて、綺麗なゴンドリエーレの女性からお茶もらって…謝りながら降りたらお腹すいて…そんで…

そんで…今、空見てる。いい天気だなぁ…

 

なんだか夢見てるような気分…

なんでかな、現実味がない。

 

しばらくぼーっとしてると小さい物が空を飛んでるのが見えた。

バイクに見える物は段々とこちらに近づいてくる。

僕の座るベンチの前に止まるとバイクみたいな乗り物から人が降りてきて僕を睨みつける。

年はそう僕と変わらない…スタイルがいいその女性は長い髪を左右二つに結んで、頭には帽子とゴーグルをつけていた。

綺麗な顔が今は般若のように怒っている。ぼーっとした僕はまだ現実味が無くてただただ彼女の後ろに見える空を眺めていた。

「…あなたね…」

わなわなと震えながらキッと僕を睨みつけて手を腰にあてる。

「私が楽しみにしていた朝食返しなさいよ!」

ベンチに置いたパンの袋を見つめて…今度は泣きそうな顔になる。

「あそこのサンドイッチ美味しいんだから!何とか言いなさいよ!」

呆気にとられた僕は空の包みを見せた。

「…食べちゃった。」

「うぅ~…」

(な、泣くほどなの!?)

「ほ、他のパンならまだ沢山あるよ!ね?えっと…その…」

パンの袋の中を彼女に見せると目を擦りながら溜め息混じりで僕の隣に腰を下ろした。

オロオロしている僕を見て今度は笑顔になって袋の中からクロワッサンを取り出して食べ始める…表情豊かな子だなぁ。

一口食べ出すと店主から頂いたお茶を彼女にすすめた。

「…ありがと。」

よほどお腹が減っていたんだなぁ…そんなことを思いながらまた僕は空を見上げた。

完食した彼女は無言のまま僕を見つめる。

「ねぇ…」

彼女は空を見続ける僕に声をかけてきたので彼女のほうを向いた。

「あなた…観光でここに来たの?」

「え…まぁ…うん…」

手提げ鞄にパンの入った袋に足についた小さなバッグ。

彼女は僕の荷物をじっと見つめて否定した。

「…違うね。大きな荷物は?ホテル?」

「いや…無いよ…」

大きく溜め息を吐いてここにきた経緯を話した。

信じられない話だが事実だし。

これで変人決定!と一人思ったり、信じて欲しいなーとか思っていたり…

「わ…笑ってもいいよ?てか変な話だよね…」

気づいたら顔が赤くなってた。

「なんで?信じてないけど…その話が本当だったら私は楽しいよ?」

僕はきっとマヌケな顔をしていたんだろう…彼女が「なあに?その変な顔…あはははは…」と指差しながら笑っていたから。

「あ~可笑しい。あははは。」

「もおぉ~…笑いすぎだから!」

手を組んで怒る仕草をしてそっぽを向いた。

「ごめんごめん…って自己紹介まだだね。」

そういえばそうだった…

「私はサエ。ここで風追配達人…シルフの仕事をしているの。あなたは?」

そう言って彼女…サエは僕に微笑んだ。

「僕は…相原ゆの。"ゆの"でいいよ。」

僕も彼女に微笑んだ。

「今の話が本当なら宿とかないよね…ん~うちに来る?」

サエはそういうと僕の荷物をバイク?の後ろに入れてから僕を呼んだ。

「早く乗って!まだ私、仕事あるんだから!」

彼女のもとへ近づいても乗り方がわからない。

「もぅ、後ろ!後ろにある金具に足乗せて、手は椅子に付いている金具ね?こうよ。やってみて。」

乗り方を指導してくれたのでその通りに乗るとサエは運転席に乗って動かした。

エアバイクは徐々に高度を上げて移動する。

僕は上から見る景色が先ほどまでいた、沈んだはずの水の都を思い出していた。

 

 

 

私はおばあちゃんに荷物を渡してからいつも買うパン屋さんへ向かった。

あそこのタマゴカツサンドが美味しいのだ!

到着するともう開店しているはずのお店が閉まってる…私はエアバイクから降りてお店の前で呆然と立ち尽くしていた。

「なんで?どうして…?」

楽しみにしていたタマゴカツサンド。いつもなら買って帰って遅めの朝食をとるのが日課なのに…

ぼーっとしているとお店から店主が張り紙を持って出て来た。

「いやぁ~ごめんねー…」

張り紙を貼りながら店主は笑顔で謝ってきた。

「あの…もう売り切れなんですか?」

震える声で訪ねる私に店主は事情を話してくれた。

珍しい硬貨についつい興奮し、サービスにお店の残りの品(まだたくさんあったらしい)を渡した。

店主曰わく「以前にも男性からもらってねー…ほんと、最近ツいてるよ!」

話を聞きながら怒りがこみ上げてきた。

「…どっちに行きましたか?」

怒りを抑えて訪ねると変わらず笑顔の店主は私が来た道の反対を指差して、まだ遠くに行ってないと教えてくれた。

「ありがとうございます…」

エアバイクに乗って素早くその場から立ち去る。しばらくしてそうお店から離れていないベンチに座っている人を見つけた。何だか空を眺めている。

両側にはたくさんのパンが入った袋があった。

(あの人だ…私の…私のタマゴカツサンドを…)

彼が座っている前にエアバイクを止めて睨みつけた。それでも彼は私を無視しているみたいだった。

…そして今、彼を後ろに乗せて私の家に向かっている。

彼…ゆのが誰かは正直どうでもいい。

いつも同じつまらない毎日から抜け出せたのがなんだか嬉しかった。

あれこれ考えていたら私の住んでいる家に着いたので家兼事務所に通すとゆのは手に持ったカメラを確認していた。

「ゆ…ゆの。この部屋空いてるからここ使って。」

私は一階の奥にある客間に案内した。掃除好きなので部屋はきれいだが…家に人を招待したのが初めてなので…き、緊張する…

「うわぁ…ここ…本当にいいの?」

キョロキョロしたり、ソファに座ったりして落ち着きがない。

「私がいいって言ったんだから、いいのよ!もぅ…どうして落ち着きが無いの?」

これ以上付き合っていられないから客間を後にした。すると、お店のほうから声が聞こえた。お客だ。

「いつもありがとね、サエちゃん。」

「こちらこそ!毎度ご利用ありがとう!おばちゃん。」

荷物を受け取って送り先を記入してもらっている間、他愛ない話で盛り上がる。

私が働いてる会社「風追配達人" 猫の抜け道"」はメンバーは私だけの小さな会社。

主に小物類をお届けするのが私の仕事。

エアバイクもせいぜい大人三人分の荷物までなら積むことが出来る。

「はい、よろしくね。」

私は書いた紙と荷物を受け取ってからいつもの笑顔でいつもの言葉を言う。

「ありがとうございます!またご利用下さい!」

そしてお客は帰るのだが、たまに例外もあったりする。

「あっそうそう、今日サエちゃんに渡すものがあったんだわ!」

渡されたのは新鮮な野菜と取れたて卵。あと、叔母さん家でとれたハーブだった。

「忙しいけど、ちゃんと作って食べなさいね。」

この人はいつも私のことを気にかけてくれる。

「うん!ありがとう。」

お客が帰るといつもの私に戻る。

奥からゆのが顔を覗かせた。

「へー…風追い配達人は宅配の仕事なんだね。最初聞いたとき解らなかった…しっかりしてるんだね。」

ゆのが笑って私にカメラを向ける。そしてシャッターを押した。

「え?あっ撮るな~!!」

絶対今の呆けた顔を撮られたはず!

私はゆのを追いかけた。顔は真っ赤だったに違いないはず。

(むぅ~…調子が狂うよ!もう!)

なにせ、彼はまた私を撮ったのだから…

 

 

「えぇ!?いやいや、さすがにそれはないよ!…冗談だよね?」

午後の仕事に入る前に昼食を二人で食べていた。

「本当よ。ここはマンホーム…地球でなくてアクア。ゆので言うとこの火星なんだから。」

今日何度驚いたんだろう…どうやら沈んだあのヴェネツィアから火星のネ…ネオヴェネツィア?に来てしまったらしい。なんなんだ?

「どうやったら帰れるんだろう…」

途方に暮れながらサエが入れてくれた珈琲を飲んだ。いくらか気分を落ち着かせることが出来た。

「ん~…まぁそのうち帰れるよ。それまでここにいていいよ。私は全然構わないから。」

仕事に向かおうとしているサエは笑いながら食べ終えた食器を片付けていた。

「うん…じゃあお言葉に甘えて…片付けは僕がやるね。」

僕が使った食器を持ってキッチンに行った。スポンジに洗剤をつけて泡立てるとお皿を洗い始める。

そんな僕を見つめてサエはエアバイクがある車庫に行った。

「うん、ありがと。」

車庫は2階の事務所横にある。

僕しかいないキッチン…食器を洗いながらふと気づいた。

風追配達人…サエはシルフと言っていた。風の精霊…だよね?

他の精霊もいるのかな…?

そんなことを思いながら洗い終えると荷物を積み終えたサエが戻ってきた。

「ね、風追配達人が風の精霊シルフって言っていたよね?じゃあ他の精霊もいるのかな?」

サエに珈琲を渡しながら聞いてみた。

「ん?いるよ?」

きょとんとした顔で返事をするサエ。

僕はわくわくとドキドキが収まらない。

「どこに?どこにいるのかな?~~なんだかわくわくする!」

興奮気味の僕に対して冷めた目で見つめるサエは運河を指差して説明する。

「あそこにゴンドラを漕いでる人いるでしょ?」

僕は指差す先を見てここに来たとき、乗っていたゴンドリエーネだ。

白い服を着て軽やかにオールさばきを見せる。

「ゴンドリエーネでしょ?それがどうしたの?」

「うん。あれが水の精霊…ウンディーネよ。水先案内人て呼ばれているわ。」

「え?水先案内人…?」

水の精霊…ウンディーネと聞いてもピンと来ない。

「僕には観光客を乗せたゴンドリエーネなんだけど…」

「ここでのゴンドリエーネは女性しかなれないの。人気も高く憧れる人もいるわ。」

サエは少し寂しい顔をして目の前を通るウンディーネを見つめていた。

「代表的な職業に精霊の名が使われているの。観光業にウンディーネ。で、ここネオヴェネツィアは狭い路地が多いし…車とか禁止されているから私たち配達業のシルフが大事なの。」

明るく話すサエは帽子とゴーグルを着けて2階にあがる。僕もついて行く。

エアバイクに乗ると後ろを指差した。

「実際にシルフの仕事を見学…する?」

「うん!」

エアバイクの後ろに乗るとサエは発進させた。

「ねー!あれ見えるー?」

今度は空に浮いている島を指差す。

「見えるよ!」

「あれは浮き島って言うの!気候制御ユニットとしてあるんだよ!」

運転しながら先ほどの残りの精霊を話しているサエ。僕も浮き島を見てみた。

「アクアではまだ人力なんだよ!あそこにある…ええと…大きい釜を燃やしていて大気を熱して人が住める環境を作ってくれているのが…」思い出しながら一生懸命説明するサエ。

答えがわかったので僕は先に答えた。

「サラマンダーでしょ!」

ちょっと驚いてこちらを振り返るサエに笑ってみせるとすぐ前を向いてしまった。

なんとなく頬が赤かった。

「そ、火炎之番人。サラマンダーだよ!」

それからはお互い無言になって…シルフの仕事…配達に専念する。僕は荷物を渡したりして手伝う。

サエは荷物を渡す人達に同じ言葉、同じ顔で対応している。

(まるでロボットみたい…)

今日一緒にいて初めて見た顔だった。

仕事を終えるころには日が暮れようとしている。

夕日が沈みゆくころが一番僕の好きな時間。

エアバイクが高く上昇し始めた。

「ちょっと寄り道するね。」

前を見ながらサエが言った。

エアバイクがさらに上昇する…みるみるうちに街が小さくなっていった。頬にあたる風は冷たくて…でもほんのり温かさを含んだ春の風。僕は目を閉じてしばし鼻歌を口ずさんでいた。

「着いたよ。」

速度を落としてゆっくりと空を泳ぐ。

サエの声で目を開けて見ると着いた場所は360度見渡してもオレンジ色に染まった空と雲しかない。

「…何もないよ?」

僕の呟きに答えるようにサエは振り向いて下を指差す。

「した…?」

顔を下に向けてみた。

そこには小さくなった街が夕日に照らされてオレンジ色に染まっていた。

「仕事の帰り道にね…必ず見に来るんだ。」

振り向くサエはいつもの…僕の知っているサエに戻っていた。

ちょっと照れながら笑う顔についカメラを向けてしまった。

(綺麗だな…)

夕日と同じく頬を赤く染める彼女はどことなく寂しく見えた。

「また撮った…まぁいいや…そろそろ帰ろう。」

辺りはもう暗くなり街に灯りがつき始める。

あのオレンジ色に染まっていた街はもうどこにもなかった。

 

 

私は嘘をついた。

本当は寂しい時にあの夕日に照らされた街を見に行くの。

 

それは泣いても誰にも見られないから。

それは泣き声を聞かれたくないから。

 

遠回りしてなるべく家にいる時間を無くしたかったから…1人には広すぎる家にいると私の心が寂しさと悲しみに染まっていく。

寝ずにベッドで、ソファで、小さく丸くなって…朝を迎えたりしていた。

そんな毎日を迎えていた昨日の私はいない。

後ろにいる彼…ゆののおかげで今の私は照れながらも笑えているから。

「到着!」

エアバイクをガレージのある2階に着陸させる。

「シルフの仕事見学は楽しかったぁ!今日はありがとう!」

相変わらず笑顔な彼に照れながらも返事をする。

「どういたしまして。んしょ!」

ガレージのシャッターを開けてエアバイクを片付ける。

もう辺りは暗くなって明かりがないと彼の顔がわからない時間。不意に今日の夕飯の事を思い出した。

それはゆのも同じらしい。

「夜ご飯どうしようか?」

エアバイクを片付けてシャッターの鍵をかけながら朝、おばさんからもらった食材を思い出した。

「確か今朝に食材もらったのがある…あと冷蔵庫にもあるはずだよ?」

私は事務所の扉を開けて電気をつけた。

ゆのは何か考えているみたいで時折頷いたりしている。

事務所から家に続く階段を下りてキッチンに行こうとしたらゆのに止められた。

「サエ、僕が作るよ!先にお風呂入ってくつろいでいて。」

「えっ?いや…でも…」

「サエは疲れてるんだから。居候だからじゃないよ?何か手伝えたらな…って思ってたんだ。」

背中を押されながらキッチンから追い出された。

私がまだ言いたそうな顔をしていたのか彼は「大丈夫!料理は多少出来るから。」とキッチンに入っていった。

言葉に甘えよう…そう自分に言い聞かせて私はお風呂に向かった。

ゆっくりとお湯に浸かっているのは久しぶりかな。

キッチンのほうから鼻歌が聞こえた。

ゆのはいつも明るい。どうして笑顔でいられるんだろう…?

ぼーっとしているといろいろなことを考えてる。意味ないことだったり、そうでないことだったり…

むぅ…気づくとゆののことが気になる。

「ち、違うよ?絶対!」

フルフルと頭を振って先ほどの考えてることを追い出す。

「ゆっくりしているから変なことばかり考えるんだよね?うん…あがろ。」

顔が赤いまま扉を開けて体をバスタオルで拭いていく。

用意していたお気に入りのパジャマに袖を通して髪を乾かす。

キッチンから漂う美味しそうな香りに私のお腹が鳴った。

部屋に入ったらテーブルには二人分の料理が並べてある。

「ちょうど良かったね。さぁ食べよう!」

そう言って私の向かいに座るゆの。私も座る。

「いただきます!」

「いただきます…」

恐る恐る口に入れる。ゆのはじっと私を見つめてる…恥ずかしいな…

「…おいしい。」

普通においしい。彼を見たら胸をなで下ろした様子。

「良かったぁ!実は自信無かったんだよ。」

「自信無いもの食べさせるの?」

今度はハーブのサラダを口にする。こっちもおいしい。

「あはは…親しい人以外に作るのは初めてでね…僕も食べよう!お腹すいた!」

食事の間、ゆのは自分の家族や友人などこっちに来る前の世界を話してくれた。

趣味で絵本を描いてはまだ幼い妹に読み聞かせたり、旅行したり…

知らない場所で知らない人と話すのが楽しかったりするらしい。

「憧れだった街に来れたのが今一番嬉しいんだ。」

と語るゆのはほんのり頬が赤かった。

「…」

そんな彼を見つめて改めて私には何も無いと実感した。

まず私だったらパニックになるだろう。(最初彼もパニックになってたけど)

そして絶対もといた場所…世界にすぐ帰りたいと願うはず。

でも彼は「そのうち帰れるよ。」と笑って答えた。

「それまでお世話になります。」

ゆのは笑ってお辞儀する。

「うん…よろしくお願いします…」

やはり照れてしまう…

私は照れ隠しに食器を持ってキッチンへ逃げ込んだ。彼はやはり笑っていた。

夕食を食べた後、私は使った食器を洗う。彼も手伝うと申し出てくれたがそれを断った。

本当…調子が狂う…

ゆのは今お風呂に入って歌なんか口ずさんでる。

「ふぅ…」

洗い物を済ませてキッチンを出るとテーブルには冷めてしまった珈琲が置かれていた。隣には「冷めないうちに」と可愛らしい字で書かれた紙切れが…む?可愛らしい?

疑念を振り払ってもう冷めた珈琲を飲み干す。しばらくぼーっとしてるとゆのが出てきた。

「冷めてたでしょ?」

2つカップを持ってキッチンへ入っていくゆの…しばらくして出てくるとカップを置いて向かいの席に座った。

珈琲の香りが部屋に漂う。

私はお砂糖3つとミルクを入れてスプーンで軽くかき混ぜる。ゆのはそのまま飲んでいた。

「…何も入れないの?」

「え?うん、僕はいつもブラックなんだ。」

考え事していたらしいゆの。私はちょっと甘いほうがいいのに…

「たまにミルクは入れるよ?あははは…!」

むぅ…本当によく笑う。頬を膨らませてすねてみた。おそらく私の顔は火が出るくらい真っ赤に違いない…

「もぅ!知らないから!」

少しぬるくなった珈琲を飲み干して部屋へと戻った。

「ありゃ…笑いすぎたかな…?」

部屋に戻った私はベッドに横になって天井を見上げた。

今日1日を思い出して目を瞑る。

(ふふふ…はは…あははは!)

あ~可笑しい。お腹を押さえて笑う私…1人のときには考えられない!

でも彼の前ではまだ笑えないかも…ふぅ…眠いな…

 

「…おいしい。」

次の日、シルフの仕事を済ませて、私はのんびりとお昼ご飯を只今満喫中。

今日はゆのが昨日たくさんもらったパンでサンドイッチを作ってくれた。

タマゴにハムにチーズに野菜とバリエーション豊富なサンドイッチ。水筒には温かいココアが入っていてちょっぴり贅沢気分。

ゆのは只今観光中。

今朝、朝ご飯を食べている時に数日観光を楽しみたいと言われた。

彼曰わく「もぅ~わくどきが止まんないんだよ~!楽しみだよ!」と朝からテンション高くて大変だった。

テーブルの上には朝食の横にカメラと街の地図が置いてあった。

「あと、家事は任せてっ!!」

珈琲を注ぎながら私に笑う彼。

「…買い出しはどうするの?」

疑問をそのまま口にしてみた…案の定彼は不安な顔をしてたのを思い出して可笑しくなる。

「ふふふ…ごちそうさま。」

お昼ご飯を食べ終えて仕事に戻る。

あのあと彼に必要な分のお金を渡してあげた。

エアバイクに跨って電源を入れる。

そのまま次の配達先まで空を泳ぐ…吹き付ける風はまだ少し肌寒かった。

途中ゆのを見つけた。

地図を片手にいろいろ見ているみたい。

今は「元祖カフェラテ」で知られるカフェフロリアンでのんびりと空を見上げてる…お?私に気づいた。手を振ってくれた…もぅ、恥ずかしいな。

私も照れながら小さく手を振った。

「あ…行っちゃった…あれは照れてるね?」

カフェラテを一口飲みながらつぶやいた。

のんびりと空を眺めていたらサエが通ったので手を振ってみた。本当はカメラを向けたかったけどなんか…違うと思ったから諦めた。

彼女は照れながらも小さく手を振ってくれた。

僕はカフェラテを飲み干して店を出る。

午前中は色々見て回った。

映像や画像でしか知らなかった大聖堂にため息橋。あの大きな鐘の鳴らす建物も勿論登って空から街を見下ろした。

カメラにはもう数え切れないほど風景や温かい人達を撮り続けた。

途中買い物するため地図片手に市場を訪れる。やはりどこ行っても買い物は楽しい。

僕はキョロキョロしながら食材を選んで買い物を済ませる。

買い物を終えてサエの住む家に帰るが…やばい、また迷った…。

「…どうしよ。」

疲れたので近くにあるベンチに腰を下ろす。

昨日地図に記した家の場所を確認するがこう迷路のような道は方向感覚を麻痺させる。

「…はぁ…」

ため息が出てしまった。

空を見上げてあの空に浮かぶ建造物を確認する。

迷ったあと、あの建造物を見ると方角がだいたいわかるから。

地図を広げて今いる位置と周辺の建物を調べていたら声をかけられた。

「道に迷ったのですか?」

視線を声がするほうへ向けたら学生服を着た少女が影を踏みながら僕の前までやって来た。

「うん…泊めてくれている家にたどり着けなくて…」

困った顔をして少女に地図を見せた。

「場所は…ここなんだ。」

「ここですか?…子猫カッレですね。」

ん?カッレ…?聞き慣れない言葉に唖然となる。

「子猫カッレ?」

「はい。カッレとは小路のことです。この"子猫カッレ"の場合、子猫がたくさんいるからそう呼ばれています。」

「ふーん…なるほど、じゃあ他の小路にも名前があるんだね?」

今いる場所にも名前があるんだ…なんだか素敵な気分になる。

「そうですね。街を探索していると色んな発見がありますよ。」

では…と少女はお辞儀して別れる。少女は影を踏みながら行ってしまった。

「影踏みかなぁ…懐かしいなぁ。」

少女を見送ってから人に聞きながらやっとのことで帰ってこれた。

合い鍵でドアを開けて中に入った。まだサエは帰っていないみたい。

「よし!」

帰ってくるまでに夕食の準備にお風呂の掃除にまだまだやることがたくさんある。

何から始めようかな…

残りの仕事も終わって家に帰ると、スープかな?いい匂いがする。

「おかえり!」

リビングにはエプロン姿のゆのがいた。

相変わらずにこにこ笑顔だ。

「…た、ただいま。」

「お風呂沸いてるからさきはいってて。もう少しで夕食も出来るから!」

彼はそう言ってキッチンへ入ってしまった。

いつもだったら帰宅してからお風呂洗って料理して…お洗濯を片付けて。

それからゆっくりくつろぐ。

1人じゃないっていいな。

人がいるとこんなに温かい気持ちになるんだなぁ…と湯船に浸かりながら思っていた。

お風呂から上がるとゆのは席に座って待っていた。

ちょっと長湯だったかな…

「お?来たね。食べよう!」

私も向かいの椅子に座った。

楽しい夕食になった。

昨日と同様に私が食器洗いを担当している間、ゆのはリビングでなにやら始めている。

何やってるのだろう?

ちょっと覗いたら年代物のモニターをいじっていた。

あれは確か浮き島の骨董屋さんで見つけたものだ。珍しいデザインだったので譲ってもらったのだった。

「うーん…無理かなぁ…」

もう一度覗くとカメラとモニターをコードで繋いでいる。

おっと、食器洗わなくちゃ。

「やった!」

向こうは成功したみたい。

洗い物も終わってココアミルクを2つ持ちながらリビングに向かった。

アンティークと化していたモニターの画面にはネオヴェネツィアの風景が写っていた。

綺麗に掃除していて良かった…そう思っている私がいた。

「これから鑑賞会を行います!」

私は椅子に座ってテーブルに置いたモニターを見つめた。

「この画像は…」

1つ1つの画像を丁寧に話す…ゆのが知らなかった世界を私に話してくれる。

ときに楽しくいきいきと…画像は風景や街並み、人々が写っている。

どれも皆笑顔で幸せな雰囲気だった。

それにくらべて私は退屈してきた。

それは毎日見ている風景だからだ。

見飽きた街並みは私には何も感じない…ゆのが感じたものがどうしても解らなかった。

「でね…ん?」

私は考え事をしていたから彼の話しを聞いていなかった。だから、声をかけられたのも気づかなかった。

「サエ…?」

「えっ!な…何!」

彼は私の顔を見つめてつぶやく。

「つまらなかった…かな?」

そこにはいつもの笑顔は無く、悲しい顔をした彼がいた。

「ううん…つまらなくないよ?」

「そう?」

いつもの私…いつもの態度で…うん、大丈夫。

「うん。それと…もうそろそろお開きにしない?」

時計を指差すとゆのも時計を見つめた。時計の針は深夜の時間帯を差していた。

「ありゃ…夢中になりすぎたね。」

私は飲んで空になったコップを片付けに、ゆのは自分の持ち物をそれぞれ片付けてから自分達の部屋に戻った。

次の日からも数日間ゆのは観光を楽しんでいた。

その間家の事もしてくれて、大変助かったが…夜はもう恒例となった鑑賞会。

これだけは素直になれなくて…

僕が撮ってきた画像を見てサエはちょっと怒っているような顔をしながら聞いていた。

心配したが、彼女は大丈夫と言っていたから気にしないでいようと思う。

次の日には浮き島にいったり、街のゴンドリエーネ…じゃない、ウンディーネさんに聞いた開拓時代の建物を見にいったりして数日間を楽しんだ。

いつものようにお風呂洗ってお湯を入れて…そして、夕食の準備に入る。

今日は僕が得意と自負している和風料理。といっても簡単な料理ばかりだから得意とはいえないね…

下拵えも済んだし、あとサエが帰ってくるだけ。

…一緒にネオヴェネツィアの街並みを歩きたいな。

ふぅ…今日も美味しかった。

夕食を食べ終えてのんびりとココアミルクを飲んでくつろいでいた。

さて、どうしましょ?

私の目の前にはカメラが置いてある。

先ほど夕食のときにゆのから借りたのだ。

「サエ!」

「ん?」

私には珍しいお刺身を食べていたらカメラを渡された。

「…カメラがどうしたの?」

型は古いがまだまだ現役で活躍中のカメラを受け取って、ゆのの顔を見る。

そこには笑顔はなく、真剣に話そうとしている姿があった。

「明日からサエの仕事を手伝おうと思って…でね…」

チラリと私を見るゆの。

「サエに写真を撮って貰いたいんだ。」

「…ゆのを?」

カメラを向けると慌てて訂正する彼を見たら少し可愛いと思ってしまった…

「えっ!違う違う。街の風景とかお気に入りの場所とかをね!撮って貰いたいんだよ!」

「うーん…いいけど…」

まぁ…断る理由が無いしいいかな。

「よかったぁ~、サエが知っている場所や景色、綺麗と思ったり素敵だと感じた画像を見せて欲しいんだ。」

いつもの笑顔で語る彼は部屋へ入ってしまった。

「どうしようかなぁ…」

カメラをいじっていたけど私も寝ることにした。

「行ってらっしゃーい!」

翌朝、ゆのに見送られてシルフの仕事に出かけた。

カメラを持ってきたはいいけど何を撮ろうかな?

見飽きた景色に変わらない風景…私じゃ"素敵や綺麗"を撮ることが出来ないよ。

取りあえず、エアバイクでいつもの空から見るネオヴェネツィアの風景を撮った。

(まぁ…目に入ったものや景色を撮ってみよう。)

配達の途中に寄る猫がたくさんいる小路で日向ぼっこ中の猫を撮った。

画像を見ると欠伸している猫が写っている。

それからお客さんを撮ってみたり、休憩中のウンディーネを撮らせてもらったり…街の景色も撮ってみた。

エアバイクから屋根に降りて空と浮き島を撮る。

屋根伝いを歩きながらとか、屋根から降りて水路に広場に入り組んだ小路だったり…気づいたらカメラに振り回された1日だった。

いつもの景色にいつもの街並み…でもレンズ越しに見えた風景には少し違う景色や街並みが写っていた。

それはふと気にしないと見えない…ほんの僅かな変化だったりして私はまだまだ"ネオヴェネツィア"という街を知っている"フリ"をしていただけんだなと思った。

世界がオレンジ色に包まれる時間帯。

私は空高く泳いだ。

あの…お気に入りの場所へ向かうために。

沈みゆく夕日を背に街を見下ろす。

海からのびる夕日の光が街をオレンジ色に染め上げる。

一色に染まった街は短い時間だったが何となく綺麗だった。

いつもはここで悲しみに浸っていたが今日は違う。

レンズを向けてシャッターを押す。

確認のため撮った画像を見ると…よかった、ちゃんと撮れていた。

日が沈み辺りが暗闇に染まる頃、我が家へ帰ることにした。

エアバイクをガレージに入れて家のドアを開けるといい匂いが胃を刺激した。

「おかえり!」

エプロン姿のゆのがオタマ片手に私の所まで来てくれた。

「ただいま。」

恥ずかしく思えたこのやり取りも普通に感じられる…なんだか嬉しいかな。

今日のことを話ながらリビングに行くとテーブルには鍋が乗っていた。

美味しそうな匂いはこれかな?

「おっ!見つけたね?」

後にいる彼が中身を教えてくれた。

「中はビーフシチューだよ。今日来たお客さんと仲良くなってね、教えてくれたんだ。」

むぅ…聞いていたらお腹が空いてきた。

私は駆け足で着替えを持ってお風呂に向かった。

ゆのはキッチンに戻って知らない曲を口ずさんでいた。

「…やっぱりやらなくちゃダメ?」

夕食を終えてのんびりとする時間。

恒例の鑑賞会が待っていた。

ただ違うことは私が撮った画像や映像を一緒に見るということだけ。

「うん、楽しみにしていたんだよ?」

私が座っていた場所にゆのが座った。

隣にはお菓子と珈琲が2つ置かれている。準備万端だ。

「うぅ…わかった…」

すごい緊張するし、恥ずかしいし…でも私も教えてあげたい。

私が知っている街の素敵や綺麗を…ゆのが一生懸命教えてくれていたみたいに。

「ふう…」

深呼吸してゆのの隣に座ってモニターに写っている風景を説明する。

最初は空から撮った街並み。

続いて猫の画像に屋根から移した空や水路。

自慢のエアバイクからいつも食べるお気に入りの喫茶店。

たまに珈琲豆を貰ったりする…常連だ。

気になる小路や広場、なんともない水たまりだったり小鳥たち… 撮ったときの気持ちが画像を見るだけで思い出す。

なんだかもどかしいこの感じは何だろう?

水先案内人…ウンディーネが「希望の丘」と呼ぶ風車が並ぶ画像を見たときポッカリと空いた心に暖かい"何か"が埋まる。

どこかに置き忘れたその"何か"は水のように溢れ出す。

「希望の丘」にはウンディーネのダブル(両手袋)がシングル(片手袋)に昇格する姿が写っている。

私は何故この景色を写したんだろう?

疑問と一緒に懐かしい”思い”を思い出しそうになる。

次に写したのが私がよく行く場所だ。

ゆのと一緒に行った"夕日に染まる街"…同じ毎日を過ごすうちに忘れてしまった暖かさを求めて…たどり着いた場所が"ここ"だった。

それから必ず帰る前にここから夕日に照らされた街を眺めて帰るようになった。

無くした思いは日がたつにつれて寂しさに変わっていった。

人がいないこの広すぎる家で過ごすうちに寂しさが悲しみに変わった。

人の温もりを忘れた日から私は機械のように人と接するようになった。

それから夜が怖くなって…溢れ出す"何か"が心を満たしていく。

私はゆのに訴えるように思いをぶつけた。

過去のこと、気持ち、飽きた日々のことなど…ふいに懐かしい”思い”を思い出した。

初めてシルフになった気持ち、エアバイクに初めて乗ったことや仕事の失敗…そんなわくわくやドキドキした"初めて"に触れる当たり前過ぎて忘れていた…あの思いを。

今日レンズ越しに見えた景色に感じた思いが私の"飽きた日々"を変えてくれていた。

モニターは最初の一枚「空から写したネオヴェネツィア」を写している。

溢れ出た思いは私の目から溢れ出て頬を伝って零れ落ちた。

いくつも

いくつも

拭っても溢れ出る涙で目を開くことすら出来ず、嗚咽で言葉が出ない。

ゆのに体重を預けて肩で呼吸しながら感情のまま泣いていた…

 

「…ごめんね。」

気持ちも落ち着いてきたころ、ゆのから離れて冷めた珈琲を飲んだ。

「ううん…落ち着いた?」

「うん。」

きっと今の私の顔はひどいことになっているはず。

彼は私の顔を見ないでくれている…彼なりの優しさと思って甘えることにした。

「…もう寝るね。」

キッチンに行って顔を洗ってから自分の部屋へと戻った。

リビングでは片付ける音がしている…ベッドへ横になるとゆののことを思った。

子供のように無邪気に笑うゆのを見ていると自然と笑顔になれる…彼と過ごすうちに人の暖かさを私の知らないとこで思い出していたんだと気づいた。

もう…大丈夫。

目を覚ませばきっと…昔の頃のように笑える私がいるはず。

そのまま私は眠りについた。

 

深く濃い霧の中に僕は佇んでいる。

どこを通ってきたかも忘れた。

息も上がってもう歩けない…僕も寝ようと部屋へ行こうとしたとき、鈴の音が聞こえた。

あの…”ここ”へ来るきっかけになったあの音を。

帰りたい…そう思う自分とここの世界にいたい…そう思う自分も確かに存在していた。

 

「…おはよう。」

眠たい目を擦りながらゆのに朝の挨拶をする。

昨日あれだけ泣いたからかな?なんだか清々しい気持ち。

リビングに行くと、焼けたパンの香りとコーヒーの香りがして、私に気づいて笑って「おはよう」と言ってくれる彼が…どこにもいなかった。

 

 

 
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