リンクス戦争。
あの愚かな戦争から既に四年以上の月日が流れた。
だが世界の傷は癒えることなく、人々を導いてきた大企業は我先にと空へ飛び立った。
自らが撒いた「穢れ」を大地に残して。
クレイドルという閉塞した人類の新たな希望。
アルテリアと呼ばれるエネルギー供給施設によって運用される超巨大航空機。
その源となるエネルギー精製にはコジマ技術が利用されている。
それが意味する所は、今を生きる者であれば誰もが理解できるはずだ。
人類が今を生き延びるための箱舟であり、人類の未来を死へと導く棺でもある揺籠。
この矛盾を知りつつも、指導者たる企業は「穢れ」から目を逸らすことを選んだ。
流れに身を任せた民衆も、また同じだった。
未来を想うことなど、今の我々には夢語りでしかなかった。
これは、輝かしい人類の時代の始まりなのか。
それとも、愚かしい人類の時代の始まりなのか。
「答え」はまだ出ていない。
ARMORED CORE4 -Stardust Sunrise-
CHAPTER,01【Opinion Of The Way】
『北崎ジャンクションに屯する武装勢力、これの排除が今回の目的だ。
彼らは付近のコロニーに対し略奪行為を繰り返すだけのならず者で、ノーマル部隊でも排除できる程度の戦力しか持ち合わせていない。
平時であれば我々が首を突っ込む理由は無いが、我々の現状は君も知っての通りだ。
現在、我がBFF社はGAなどの大企業から多少の支援は受けているが、それでも現状は厳しいと言わざるを得ない。
そこで君のリンクスとしての力を他企業に売り込むプランが持ち上がった。
「アナトリアの傭兵」、その再現だな。
主要企業はクレイドル体制への移行に重きをおいており、余計な事で貴重な戦力を失いたくはない時期だ。
そんな中で君という存在は非常に使い勝手のいい手駒になる。
しかし有用性を示すには、まず君の力を十分に見せ付ける必要だ。
この程度の勢力に手古摺っていては未来などない。
故に敵勢力の短時間殲滅、これをミッション成功の追加条件とする。
君なら出来る筈だ。
くれぐれも、宜しく頼む。』
日が照りつける広大な砂漠に一つの影が映る。
それは遙か上空を優雅に飛ぶ、ネクスト輸送機のものだ。
密閉型のカーゴを腹部に持つ独特のフォルムは、内に抱えるモノの危険さを物語るかのように、何重もの隔壁が備えられた堅固な構造となっている。
それが目指す先には建設途中の高速道路や、崩れ落ちたビル群が荒れ果てた大地に打ち捨てられていた。
「北崎ジャンクション」と名付けられたそのポイントは、幾度となく企業間の戦闘が繰り返されてきた危険区域で、この周辺を根城とする武装勢力も少なくない。
その付近に差し掛かった輸送機のカーゴが、音を立てて開く。
中から姿を現したのは、二眼レフカメラのような頭部を持ったネクストだった。
ライフルとミサイル、そしてレーダーを装備した2脚ネクストは、カーゴのロックが解除されると眼下に広がる建造物を目がけて降下していった。
『敵機は大した数ではありませんが、一か所に纏まらず散開しているようです。少し手間がかかりそうですね』
内部のパイロットが首を鳴らしながらリラックスしていると、輸送機内のオペレーターから通信が入った。
ドン、という音と共にネクストが降下したのを確かめた後、リンクスはディスプレイの端に移るレーダーに目をやる。
画面上でパラパラと散在する光点を見て、彼は思わずため息をついた。
『エミールは“2分以内で終わらせろ”、と言っています』
「少し面倒だが……ま、せいぜい頑張らせていただきますよ」
不満げにオペレーターに返答すると、彼は直ちに機体のブーストをオンにして手近な光点に向かって突撃した。
その動きに呼応するように砂の波に飲まれたビルの廃墟から、敵戦力がおたおたしながら蟻のように這い出てくる。
予想外の出来事に混乱しているのが手に取るようにわかる、そんな動きだった。
『な、なんでネクストが……おい冗談じゃない!!』
『嘘だろ!!なんだってこんなことに……』
『だから早くずらかろうって言ったんだよ、畜生!!』
敵はオープン回線で通信をしているからか、リンクス側には会話が丸聞こえだ。
彼はその声を聴くと再度ため息をつく。
(一方的な戦いは本意じゃないが……まあこれも任務だしな)
手始めにリンクスは、最初に目についたMTに向けて左腕のライフルを発砲した。
適性距離ギリギリからの射撃だったが、機動性に乏しいMTや通常兵器では避けることはまず不可能だ。
何発か打ち込むと、呆気なくMTは爆散してしまった。
『ああ、もう無理だ、投降するしか……』
『馬鹿か!!企業が見逃すものかよ!!』
『くそ!撃て!!殺せ!!』
逃げる事を諦めたのか、武装集団も反撃を行ってくる。
豆鉄砲のような武装ではPAを剥がすことすら儘ならないというのに、それでも無抵抗でやられることはプライドが許さないのだろう。
そうして足を止めた機体から、次々と煙を上げて破壊されていく。
既に勝敗は決していたが、それでもネクストは追撃の手を緩めることはなかった。
(さて……あと、1分か…!)
「お疲れ様です、王(おう)さん」
ガレージにネクストを収容した後、休憩スペースへと向かったリンクスは待っていたかのように佇むオペレーターと鉢合わせした。
手にはコーヒーが2つ。
「ん、お疲れ」
王と呼ばれたリンクスの男性は差し出されたコーヒーを受け取り、そのままを口に流し込む。
ぼさぼさに撒き散らした赤い髪と三白眼気味の鋭い目つきで、些か近寄り難い雰囲気を纏っていた彼だが、コーヒーの熱さで咽ている姿はそんなイメージを一蹴するに十分だった。
その様子をしみじみと眺めながら、オペレーターが彼に話しかける。
「結局、1分55秒ですか。少しギリギリでしたね」
「げほっ……機体にもまだ慣れきってないからな。にしても時間をかけ過ぎたが…」
喉の熱さで眉間にしわを寄せながら王は返答する。
オペレーターもなるほど、という風に頷きながら顎に手をあてて少し考え込むような様子を見せた。
「やはり、慣れませんか?こっちのフレームには」
「……まあ、以前のモノと違って機体動作が硬く感じる。動きに遊びがない分、カッチリし過ぎて俺には扱い辛い」
「それでも目標をクリアできる程度にやれたのですから、及第点じゃないですかね」
「そりゃ、どうも」
そう答えながら王はコーヒーを飲み終えた紙コップを通路のゴミ箱に投げ入れる。
カン、という音と共に紙コップは見事、ゴミ箱の口に弾かれた。
王の何とも極まりの悪そうな表情を見て、傍に佇んだオペレーターは思わず口元をにやけさせてしまう。
「…笑うんじゃない、こいつめ!」
気恥ずかしくなった王はオペレーターの髪を、動物をあやすかのようにワシャワシャと掻きまわした。
「いやいや、すいませんつい」
その反応を見てオペレーターはますます笑顔を綻ばせながら、為すがままにされている。
彼は身長が成人男性の平均よりもかなり低く、10代前半の少年と見間違うほどで、王とじゃれ合う姿を見るとまるで親子か兄弟のようだ。
「まあ可動に関しては次回、もう少しルーズな感じに調節しておきます。とはいってもBFF製ですから、違和感は拭いきれないと思いますが」
しかし言動の節々には、少年の姿に似つかわしくない高度な才知を感じさせる。
王とは対照的な落ち着いた気性は彼の異様さをより一層際立てた。
「そうしてくれると助かる、イアッコス」
そう言って、王は彼の頭から手をどけた。
イアッコスと呼ばれたオペレーターの彼は、にこりと笑いながら頷いた。
話に区切りがついたところで王は捨てそびれた紙コップを拾いに行こうとしながら、ふと思いついたように「それと」と呟くとこう続けた。
「『オウ』って呼ぶのは止めろ。『ワン』なんだろ?俺の名前の呼び方」
「そういう読み方もありますから、いいじゃないですか。どうせ僕しか呼びませんし、その方が呼びやすいんです」
「…ったく、唯でさえこの名前に慣れてないってのに…」
彼らがネクストの話題から一変して名前の呼び方の話をしていると、ガレージ側とは反対方向の通路から足音が近づいてきた。
2人がそちらに目を向けると、一人の男がこちらへ歩いてくるのが見える。
王やイアッコスが着用している企業の作業用コートと違って、その男は整えられたスーツ姿の出で立ちだった。
歳は30代前半くらいに見受けられるが、白髪が多く混じる頭髪と眉間に幾重も刻まれた皺は、彼がこれまで歩んできた人生の壮絶さを思わせるかのようだ。
その雰囲気、身なりからはリンクスともエンジニアとも違う――戦場ではなく政事で戦っている人間だと一目でわかる。
王はそんな彼を物珍しそうに見つめながら声をかけた。
「珍しいじゃないか、あんたがこんなとこまで来るなんて」
「…どうやら、調子はそれほど悪くないようだな」
「おかげさまで、何とかなったよ」
男も2人の前に立ち止まって話しかけると、王はゴミ箱から外れた紙コップを拾いながら返事をした。
その様子を見つめながら彼はイアッコスにも目を向ける。
「ネクストの調子はどうか?」
「大きな損傷も無く、特に問題ありません。ただ彼が慣れるまでにはもう少し時間がかかりそうですね」
「実戦レベルにあるだけでも僥倖か…」
彼は顎に手をやり考え込むと、王に視線を戻した。
ゴミ箱に紙コップを捨て直すと、王はそのまま休憩スペースに備え付けられた椅子へ腰を掛け、再び男のほうへ向き直る。
「で、何の用だ?エミール」
スーツ姿の男、エミールはその問いに対して暫く間を置いた後、口を開く。
「“王大人(ワンターレン)”が来ている。君が欲しがっていたあの機体に関して都合が付いたそうだ。話は直接、本人から聞いてくれ。」
「……あのジジイ、今ここにいるのか?」
「ああ、このコロニーに戻ってきている。君たちを迎えに来たのはそのためだ」
(エミールがわざわざ出迎えなんて珍しいと思ったが、あいつが来てんのか…)
王は苦虫を噛み潰したような顔をしながらそう思っていた。
エミールが2人を先導するように通路へ歩き出すと、イアッコスが不機嫌な顔をしている王の手を取り立ち上がらせる。
「ほら、彼が苦手なのはわかりますけど、機体の事を聞かなきゃいけないのでしょう?行きますよ」
「ああ、わかったわかった、わーかーりーまーしーたー」
王は「ふう……」とため息をつきながら立ち上がり、重くなった足取りで王大人の待つコロニー中心部にある施設へと向かっていった。
地下に設置されたネクストガレージから長い通路を経由し、エレベーターで地上に出ると、雲一つない快晴の青空から太陽の光が三人に降り注いだ。
人工の光に慣れきっていた王は、その眩しさに思わず顔を顰める。
低温に保たれるACガレージ内で使う作業用コートを着ていても、ガレージ内と同様の肌寒さを感じさせる空気が、王の疲れ切った体をブルブルと震わした。
「……寒い。帰りてえ」
「わがまま言わない」
照り付ける日光以上の肌寒さに思わず愚痴る王だが、先を行くイアッコスにコートの裾を引っ張られながら、車に乗り込んだエミールの後を追う。
ふと元気そうな声が耳に入り、王がそちらを向くとコロニーに住む子供たちが寒空の下、広場でサッカーに興じている姿が目に入った。
ジャンパーなどの防寒着も着ずにはしゃぎ回っている子供たちを見て、王は再度ため息を思わずついてしまう。
「いいねえ、子供は元気で。お前も混じってきたら?」
「…はあ、冗談を言わない」
歩みを止めそうになる王を引っ張りながら、イアッコスは呆れたように返答する。
晴れ渡った空の下、子供たちの声が響き渡る穏やかな風景は、まるで戦争など遠い世界の出来事のようだと錯覚させてくれる。
イアッコスはそんなことを考えながら、王と共に再び歩き始めた。
“コロニー・ナルサルスアーク”。
旧グリーンランドに位置する北極圏に近いコロニーで、国家解体戦争からリンクス戦争初期にはアクアビットの統治下に置かれており、コジマ技術に関する研究を専門的に行っていたと言われている。
特にネクストに装備するコジマ兵装の実験に注力していたようで、地上・地下を問わず様々な場所にACが動き回れる広大なスペースの試験場や、コジマ対策が徹底された施設が整備されている。
リンクス戦争後期には人的リソースを他の重要拠点に移行させる過程で放棄されていたが、本社を失い敗走してきたBFF残党の一部にそのまま占拠されてしまった。
既に戦争の主役から脱落したBFF、そして蛻の殻となっていた僻地の存在を気にかける大企業は存在せず、戦中にはそんな余裕もなかった。
アクアビット亡き今、ここは企業統治機関である『企業連』にもBFFの所有するコロニーと認知され、終戦後もこうして活動拠点の一つとして公然と利用されている。
このコロニーは居住地区など生活拠点となる場所が湾岸部に集中し、内陸部に向かうにしたがって軍事関連の施設が多くなっている(例外的に、ACのガレージはコジマ汚染のリスクを分散させるため、居住地区から離れた湾岸部地下に造られている)。
その内陸部、何重にも設置された防犯ゲートを抜けた最奥には半球状の…まるで目玉焼きの黄身のような建築物が存在する。
ナルサルスアークの行政の心臓部であり、コロニー関係者からは通称“ヘミスフィア”と呼ばれている建物である。
一般的なビル状建築とは全く違った異形はさながら異星人のUFOが着陸している様にも見えるが、これもコジマ技術のリーディングカンパニーとして特徴的なパーツ群を生み出したアクアビットらしいデザインと言えるのかもしれない。
「…………………ぐう……」
最後の防犯ゲートを超えて、車はやっと目的地であるヘミスフィアに到着しようとしていたが、寒さに萎えた様子だった王はすっかり熟睡している。
そんな彼を尻目に車を運転しているエミールは、何本目かになる煙草に火を灯していた。
一方で手に持った携帯端末に目を落としていたイアッコスは、漂ってくる煙に反応してエミールへ咎めるような視線を向けた。
「最近、煙草を吸う量……多くなっていませんか?」
「……そうだな。以前は嗜好品などに頼るまいと思っていたが……」
エミールは煙草の灰を灰皿へ落としながら、何とも言えない表情を浮かべる。
「今では酒も、煙草も、欠かせない。……これほどまでに鬱屈した心情を和らげてくれるモノだとは思いもしなかった」
彼はそう話すと再び煙草を口にかざし、煙を思いきり吸い込んだ。
エミールがこのコロニーに来るきっかけとなった出来事を、この場所に縋るしかなかったという彼の境遇を知っていたから、イアッコスもそれ以上は言及せずに口を噤んだ。
言葉の無くなった車内には、濛濛と煙草の煙が寂しげに立ち込めるだけだった。
しかし―――
「……んが………ぐぅ………」
それでも空気が重くならずに済んだのは、王が呑気にいびきをかいていたからだろう。
暗い雰囲気を一蹴するような間抜けな声にエミールも、イアッコスも思わず苦笑してしまった。
「彼は悩みなど無さそうに見えるが、実際どうなのだろうな?」
エミールはふと、そんな問いをイアッコスに投げかけた。
彼には今の王の姿が羨ましく思えたのだろうか―――何時ものエミールらしくないなと思いながらも、イアッコスは間をおいてから問いに答えた。
「一見、悩むことなど知らない直情型の人に見えますが……あれでも、色々考えていたりするんですよ」
「……そうか、そうだな。」
静かにエミールも返答する。
彼だけでなく、王にもこのコロニーに来る以外の選択肢など無かったという事を彼自身―――理解していた。
苦悩しながら、進むべき道を模索している事を知っているはずだった。
それにも拘らず、聞かずにはいられなかったのはなぜだろうか。
(アナトリアの傭兵の再現、か……。この行為に迷いを抱いているのかもしれんな)
目前にはヘミスフィア地下へと続く連絡トンネルが、黒い口を開けていた。
彼の憂いを表すかのような暗闇が車体を呑み込むと同時に、薄暗いオレンジの光がおぼろげに行き先を照らす。
あの日を思い起こす、夕焼けのような儚い光―――。
またしても憂鬱になる心中を、エミールは煙草の煙を思いきり吸い込み、吐き出すことでどこかに追いやろうとする。
しかし澱のように残ったこの思いが、晴れることは一生無いだろうと彼は胸の内で感じながら、両手でハンドルを握り直すのだった。
ヘミスフィア最上層へと付いた三人は、件の人物が待つ執務室前に立っていた。
自動ドア上部に設置された監視カメラが、センサーライトを点滅させながら彼らの顔を伺うような動きを見せる。
暫くするとロックが解除される音と共にドアが開き、未だに眠気から覚めきらずに欠伸をしている王以外は少し緊張した顔持ちで部屋へと入室した。
「―――遅かったな。まあ、座りたまえ」
三人を招き入れた男は、机の前で静かに佇んでいた。
その顔にはエミール以上に多く、深く刻まれた皺と、冷静に獲物を伺う猛禽類の様な鋭い眼光を宿していた。
彼こそが王小龍(ワンシャオロン)―――多くの者は“王大人(ワンターレン)”と呼ぶ。
リンクス戦争以後のBFFで軍事のみならず、金融を始めとした様々な部門上層部を掌握しているとの噂もある、リンクスとしては異形の『策謀家』である。
現在のBFF再建を担う重要人物の一人であり、今回のアナトリアの傭兵を再現しようとする計画も彼の主導で行われている。
「テストは良好だったようだな、王守仁(ワンシュレン)」
促されてソファに座る三人に王大人は話の口火を切った。
先のミッションについての報告は確認済みらしく、不機嫌そうな王を見つめながら老人は口元だけを笑わせていた。
その作り笑いを見て、王はますます眉間に皺を寄せることとなった。
彼は腹に幾つもの策謀を抱え、どのような人物にも見定める様な所作を見せるこの老人を、初めて会った時から好ましく思えなかった。
元より信用できる人物などリンクスになってから数えるほどしか出会っていないが、王小龍以上に“信頼”という言葉には程遠い存在に会った事が無い―――と感じるほどだった。
「……ま、ご期待に添えたようでな・に・よ・り・です」
そんな心境を隠すことなく投げやりな返答をする王だが、王大人は特に気にする様子もなく部屋に設えられたモニターのボタンに手をやった。
そして電源が入った画面内にある情報が映し出されると、今までの気持ちが吹き飛んでしまったかのように王の目が見開かれた。
「……レイレナードの……!」
「“03-AALIYAH”フレームだ。もちろん内装も完璧に仕上げてある純正品だよ」
一式揃えるのには苦労したがね、と王大人は肩を竦めながら答えた。
「三時間後にガレージへ運び込まれる手筈となっている。さっそく君には機体の調整に取り掛かってほしいからな」
「…えらく急な話だな」
話の進め方に何となく妙な流れを感じた王は、再び不機嫌そうな顔に戻りながら老人を睨み付ける。
確かに機体を望んだのは自分だが、この腹黒がここまで手際よく手配してくれる……、という事実に違和感を拭い切れないからだ。
そんな彼の心中を察するかのように王大人は言葉を続けた。
「もちろん、この機体を用意したのは君のためだけではない」
今までACデータを表示していたモニター画面は、別の映像を映し出した。
そこには見たこともないネクストの機体図面が描かれていた。
海賊帽をかぶったような頭部、引き締まったフォルムをしたフレーム、遠距離武装ではないレーザーライフルやミサイル―――
(全体的なシルエットこそBFFっぽいが、武装面や機体構成は今までの設計思想とはまるで違うな……)
王はそんなことを考えながら画面に映し出された情報から王大人の企みを暴こうとする。
このネクストなら、どちらかというと中距離から近距離の戦闘が中心となるはずだ。
「…………………そうか、そういうことか」
「理解が早くて何よりだ」
“03-ALLIYAH”も近距離戦主体の機体で、画面に映っている謎のネクストも近距離よりの設計という事は―――。
「俺とこいつをデータ取りに使うつもりだな。新型ネクスト開発のための…」
うんざりしたような声色で、王は老人が望んだ通りの回答を口にした。
同時に王大人はやりとりを傍観していたイアッコスに視線を向けると、彼は待っていたかのように携帯端末を操作してモニター映像を変更した。
「その通りです。この機体を開発するにはまだデータが足りない、というのが開発部の出した答えです」
映し出されたのはリンクス戦争時に活躍していたネクストの戦闘映像だった。
No.01『ベルリオーズ』―――。
No.03『アンジェ』―――。
No.11『オービエ』―――。
No.17『K.K』―――。
No.27『ミヒャエル・F』―――。
No.28『シブ・アニル・アンバニ』―――。
No.33『真改』―――。
No.39『アナトリアの傭兵』―――。
No.40『ジョシュア・オブライエン』―――。
そして、イレギュラーリンクス『アマジーグ』―――。
殆どのネクストが近距離戦・高速機動戦を得意としていたリンクスのものばかりだ。
「先程のモニターにも映されていましたが、我々は新生BFFのフラグシップ機―――それも当社としては異例の前衛機開発を行っています。その際に過去の戦争から得ているデータから想定して構築をしてみたのですが、やはり映像や戦闘記録だけでは物足りない、正確な実動データが無ければ調整が難しい部分もあると今回で痛感しましたからね」
イアッコス―――彼はリンクス戦争の頃よりリンクスとして活動していたが、同時にネクストのパーツ開発を行う技術者でもあった。
当時から実際にネクストで戦場へ出るのはテストデータ収集時くらいで、本格的な戦闘を経験したのはリンクス戦争末期になってからであった。
現在もカラード登録こそ済ませているが、実戦に出ることなくBFF開発部で新武装の設計や王の乗るネクストの調整などを行う縁の下の力持ちとして活動している。
「王さんの感想も散々でしたからね」
「まあ、今まで遠距離偏重な機体しか作ってこなかっただけあるわな」
先のミッションで実際にBFFネクストへ搭乗した王としては、とても満足のいく動きではなく、不満しか残らなかった。
近距離戦用に再調整したと聞いていたが、以前搭乗していた03-ALLIYAHには程遠い運動性能というのが彼は率直な感想だった。
その感想を輸送機内で聞かされたイアッコスは、そのまま卒倒するしかなかった。
可能な限りの自分のベストを尽くし、三日間も徹夜して調整し続けた自慢の機体―――。
内心ドキドキしながら評価を聞いた手塩に懸けたネクストが「クソみたいな挙動だった」という一言で片付けられてしまっては、仕方のない事だろう。
ともあれ、過去の記録だけでは得られないデータをイアッコスが欲するには、そして王が進んで実験台になろうと決心するのに十分な出来事だった。
「あんたにホイホイ釣られるのは癪だが、やるしかねえんだろ」
どちらにしろ、今の自分は従う以外の選択肢はない、という事は王も十分承知している。
しかし少しでも意気地を見せないと、いよいよこの老人の掌で上手く踊らされている様で気持ちが悪いから、王は何時もこのような態度しか取ることができなかった。
そんな反応を見て苦笑いをするイアッコスと、どこか懐かしげに戦闘映像を眺めている王、その二人を静観していたエミールは会話が終わるタイミングを見計らって口を開いた。
「では話が纏まった所で、さっそく次のミッションを説明したいのだが、いいかね?」
「もう決まってんのかよ…。手際が良すぎるぜ」
思わず愚痴る王に、エミールは淡々と概要を説明し始めた。
「二週間後、ハイダ工廠跡でGAのリンクステストが行われる。君にはそれに同行してもらいたい」
「GAか。それで俺は何すりゃいいんだ?」
「君には敵ネクストとして彼らと交戦、あるいはミッション遂行の手助けをしてもらうことになる」
「……おいおい…」
どういうことだよ、という目線を王はエミールに送る。
「詳しい説明は後で行うが、今回のミッションでは進行状況に応じて君は必要な役割を演じ分けてもらわなければならん。」
「とりあえず、面倒だな」
「そして必ず守ってほしいのがリンクス候補の命……そうですね?王大人」
ここで話を振られた王大人は静かに頷いた。
「おいおい、もしかして場合によっちゃあ……ネクスト相手にパイロットをうまく殺さないよう加減しろってか!?」
何度となく浮かべてきた何とも言えない表情で、王は老人に声を張り上げた。
しかし彼の反応を気にすることなく、王大人は言葉を続ける。
「そうだ、やってもらう。君ならやれるはずだと、私は信じているがね」
あまりにも感情が籠っていない冷徹な励ましの言葉。
もはや呆れて言葉も出ない王は、大きなため息をつくしかなかった。
「……はぁ、わかったわかった。善処させていただきますよ」
口論する気も起きないという様子で、彼はいったん話を打ち切った。
「君には負担をかけるが、許してくれ。彼らにとっては大事に育てきた金の卵だ。なんとか、宜しく頼む」
そんな王に対して、意外にもエミールがフォローを入れてきた。
今までにない気遣いに王も思わず毒気を抜かれてしまったのか、素っ頓狂な顔で「お、おう」と頷くしかなかった。
これは王大人にとっても想定外な出来事だったらしく、珍しく驚いたような目をしていたのをイアッコスは見逃さなかった。
―――。
――――――。
――――――――。
誰もが口を開くタイミングを失い、会話の途絶えた部屋を奇妙な間が支配する。
ここで、もう部屋から出ていきたいという気持ちを隠しきれていない王を察して、イアッコスが助け舟を出した。
「では私と王さんはこれからネクストについて打ち合わせを行いたいので、またガレージに戻りますね」
「…ふむ、そうだな。早速取り掛かってくれ」
「はい。ミスター・エミールは?」
「私はもう少し王大人と話したい事がある。先に行ってくれて構わんよ」
王大人とエミールの言葉を聞くと、怠そうに立ち上がった王のコート裾を引っ張りながらイアッコスは部屋から退出した。
彼らが退出するのを見届けると、王大人は彼と相対するように反対側のソファに腰を掛ける。
「……しかし、君があんな言葉を掛けるとは思わなかったな。エミール・グスタフ」
「私自身、驚いています。まだ人を思いやる心があるとは思わなかった」
ますますエミールらしくない口ぶりに、怪訝な顔つきをする王大人。
そんな彼の表情を見たエミールは取り繕う様に咳払いをした。
「…申し訳ない。今日は不意に、昔を思い出して……少し感傷的になっていたのかもしれません」
「……コロニー・アナトリア、か…」
それはかつて存在した、コロニーの名だ。
リンクス戦争における一栄一落の象徴、その一つとして今を生きる人々に深く刻み込まれている。
泥沼化したあの戦争を終結に導き栄華を極めたコロニーは、戦後復興の最中、突然の襲撃によって崩壊へと追い込まれた。
原因は数年たった現在でも判明していない。
怨嗟の声が渦巻いたあの戦争で、あまりに目立ち過ぎた我々が標的にされる理由は幾らでも存在する―――とはエミールの談である。
「しかし、そのおかげと言っては何だが、優秀な政治家である君とアナトリアの技術者たちをBFFに迎え入れることが出来た。それにGAへのパイプラインを確保できたのも喜ばしい出来事だ」
「……あの時は藁にも縋る思いでしたから、我々としても感謝しています」
アナトリア崩壊後、途方に暮れるエミールたちの前にいち早く現れたのが、当時は敵対関係にあったBFFの残党軍だった。
もちろんエミールも胸中では彼らを訝しんでいたが、守るべきコロニー市民の事を考えれば、付いて行くほかに無かった。
「コロニー市民もここの環境に慣れてきたかね?」
「ええ、だいぶ馴染んできたようです。最初はアナトリアと違う肌寒い気候に戸惑いもしましたが…」
「それは何よりだ」
満足げに頷く王大人を見ながら、エミールはポケットの中から取り出した携帯端末から、放置されていたモニターに新たなデータを映し出した。
「よもやま話はここまでにして、本題に入りましょうか。……これがミッション後、我々にコンタクトを取ってきた企業です。」
「…なるほど、インテリオル、そしてイクバールか…」
「インテリオルは同盟を結んでいた縁もあるでしょうが、この結果ならミッションは成功と言ってもいいでしょう」
「そうだな。彼を拾ってきた甲斐もあったというものだ」
「……しかし、わざわざこんな手間のかかる事を始めなくても良かったのでは?」
不意に投げかけられたエミールの質問に、王大人は探るような眼差しで見つめ返した。
「傭兵ビジネスのこと、かね?」
「………」
エミールは無言で老人を同じように見つめ返す。
「BFFは現在も破綻の危機から逃れられていません。AF《アームズフォート》の建造費用も安くはありませんでしたから。そんな中で私がGAにBFFについての話を持ちかけた時―――彼らは巨額の支援を行う用意がある、と言ってきました。他に支援を申し出た企業よりもはるかに好条件です。傘下に入るのは不服でしょうが、この道しかベストな選択は無いと、私は思っているのですが…」
何故その話を保留してまで、傭兵などに手を染めるのか―――エミールは疑問に思いつつもこれまで口には出さずにいた。
あくまでも自分はコロニー指導者であり、企業関係者ではないのだから口を出すべきではないと彼は肝に銘じてきたからだ。
しかし、今日の彼は問わずにはいられなかった。
あの黄昏の光景を思い出した彼には、確かめずにはいられなかった。
BFFの目指そうとする道を。
「……私はまだ、見極める時期だと考えている」
暫くの間を置き、老人は静かに語りだした。
「リンクス戦争においてレイレナード・アクアビットが崩れたことで、どの企業もイニシアチブを取ることに躍起になっている。GAとて例外ではないし、近年ではローゼンタールを差し置いてオーメル・サイエンスの躍進が著しい。一方でインテリオルは旧勢力の残党と結託してトーラスという新興企業を立ち上げている。イクバールも管理下の砂漠で盛んに軍事演習を行っていると聞く」
そこまで言い切ると王大人はすっと立ち上がり、モニター画面に触れながら話を続ける。
「誰もが時代の勝者となるべく動き出しているのだ。このような混迷する状況だからこそ、一層慎重な対応が必要だと判断したまでだ」
「慎重…ですか」
「そうだ。傭兵として各企業に接触することで、彼らの近況と動向を探り出したいのだ。特に―――オーメル・サイエンス・テクノロジー」
その名を聞いてエミールも眉をピクリと動かす。
それはかつてローゼンタールグループの一員に過ぎなかった企業だが、リンクス戦争でコジマ技術によって頭角を現し、遂には盟主たるローゼンタールすら呑み込む勢いを身に付けていた。
戦争中よりGAグループ陣営で様々な黒い噂を抱え、アナトリア崩壊も彼らの主導で行われたという説すら存在する。
現在も不自然なほど急成長を続けており、今後の動向を見通すことが難しい企業の一つと言えよう。
「過去の遺恨のせいで、直接依頼をしてくることはまずないと思うが、ローゼンタールを通してなら接触は可能かもしれん」
「遺恨……金融ですか」
そのオーメル・サイエンスは国家解体戦争以前より金融部門でBFFと衝突を続けている。
支援を申し出たGAに関しても、かつては化石資源市場を巡っての対立が存在したが、エミールの取り成しで何とか協力関係を結びつけることが出来た。
しかし――――
「彼らには君のように橋渡しとなる存在がいない。しかも仲の悪さは全企業を見回しても最悪中の最悪だ。最も動向を探りたい企業ではあるのだがな」
そこまで話し終えた後、王大人は改めてエミールと向き合った。
「だからこそ、この傭兵ビジネスは時勢を見守る大切な機会となるはずだ。その中でどの道を選択すべきか考えるのも遅くはない、というのが私の考えだ」
「…なるほど、わかりました。今はその言葉を信じましょう」
この老人が全てを語る筈がない――――とエミールも理解していたから、それ以上の追及はせずにおいた。
「それでは私もこれで失礼します。まだまだやることは山積みですから」
「……ここをアナトリアにするつもりないさ、エミール・グスタフ」
部屋を出ようと立ち上がった時、王大人の口から不意に呟かれた言葉。
エミールは思わずその足を思わず止めてしまった。
「引き際は弁えているつもりだ。君もまた、間違うつもりは無いだろう?」
「…………」
彼の問いかけにエミールは答えなかった。
ただ無言で頷き、そのまま静かに部屋から退出していった。
その背中を見送りながら王大人は、再びモニターに表示された情報に眼を向ける。
「さて、これが吉と出るか凶と出るか…」
策謀家はまだ予測し切れぬ未来を憂いながら、モニターの電源を静かに落とした。
「おおぉ、懐かしいなぁ!!」
ガレージに戻った王は、今日一番の笑顔で子供のようにはしゃぎ回っていた。
そこではちょうど運び込まれた“03-ALLIYAH”が調整のためにガレージ内で組み上げられていた所だった。
黒光りする鋭角なフォルムに興奮を抑えきれない彼は、ネクストの感触を確かめるように装甲にペタペタと触れていた。
「これでやっとあの二つ目はお役御免だな!!」
「…いえ、“047AN”もまだまだ使ってもらいますよ」
イアッコスの台詞に、王は首がカクンとなってしまった。
「…まじで?」
「当たり前でしょう。今BFFにまともに戦えるリンクスはあ・な・た以外、いないんですから。データ蓄積と比較のためにまだまだ乗ってもらいます」
「…………」
今までの熱気が引いたように無言になる王。
そんな彼に溜息をつきながら、イアッコスは携帯端末のデータを彼の鼻先に突き付けた。
「これが機体のほかに用意された武装です。これでテンションを戻してください!」
「…なになに?“04-MARVE”に“01-HITMAN”、それに背中には“SULTAN”か…。よくここまで揃えられたな!」
にっくき王大人があれこれ手を回してくれた結果だが、今は彼に雀の涙ほどの感謝の心を捧げてもいいと王は思った。
だが彼は高まりすぎた気持ちのせいで、うっかり口を滑らしてしまった。
「てっきりBFFの微妙なライフルを使わされることになるかと…」
その言葉を聞いたイアッコスはビクンと震えた後、油の切れた機械の様なぎこちない首の動きで王のほうへ振り向いた。
「…今なんて言いました」
「……いや何も」
しまったという表情で王も目を逸らすが、既に手遅れであることは明白だった。
さりげなく後ずさりしながら距離を置こうとするが、クイックブーストのように詰め寄ってきたイアッコスの動きに圧倒され動きを止めてしまう。
「“047ANNR”のことですか、それとも僕も設計を担当した“051ANNR”のことですか、どうなんですか、というかミッションで使用していたのは後者ですからそうなんでしょうね、完成度ではあの銃に勝るものは無いと自負していたのですが、どこがご不満なのですか、連射速度ですか、しかし連射速度を上げれば精度が下がってしまいます、命中率を下げるのは本意ではありません、まあ接近戦では確かに“04-MARVE”に劣る可能性も無きにしも在らず、ですがうまく扱えばどの距離においても高い戦果を叩きだすはずです、いや出来ます、あなたは少し腕の運動性能に頼って銃を振り回しすぎなんじゃありませんか、違いますか、データを見ると―――――」
「ままままま待った!!…………俺は早急にエミールに確認しなければならない事を思い出した。機体の事は任せる!」
うっかり設計者のプライドを傷つけるという虎の尾を踏んでしまい、進退窮まった王は脱兎のごとくガレージから脱出した。
「あ!まだ話は……はぁ、まったく――――」
自分の設計したパーツを貶されると我慢がきかなくなる気性は何とかしなければ、とイアッコスは考えながら頬をパンパンと叩いて強く自制する。
「僕もまだまだ大人げないな。とりあえず、早速調整を行うとしますか」
気持ちを入れ替えたイアッコスは、逃げ出した王のことは保留して―――眼前の機体チェックを一から始めなければならないなと思っていた。
(王さんも、頃合いを見てこちらに戻ってくるでしょうし)
内心では久々に触れるBFF製ではないネクストに、王と同じく心を躍らせていたイアッコスは待機していた作業員たちに指示を出すために管制室へと足を向けた。
その背後で鈍い輝きを放つ黒いネクストは、新たに始まる戦いを待ちわびるかのように、悠然と佇んでいた。
CHAPTER,01 【Opinion of the Way】end.
おまけ
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AC4シリーズの小説です。
1って書いてあるけど2話目。
もしよければそちらから読んでみてください。
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