太陽が元気に輝き、青空が広がる暑い日。風を通しても室内にはそこはかとなく暑さが残る。
そんな部屋の中で弩使いは数十枚の紙を前にして頭を抱えていた。
「…なにやってんだ、俺」
机に突っ伏しそう呟けば、澄んだ風が弩使いの頭飾りを揺らす。
風はそのまま机の上に散らばった紙を1枚攫い、開け放った扉の向こうへと連れ去っていった。
風に攫われた紙が向かった先には火炎召喚士と火炎の騎士。
ふよふよと風に乗ったその紙切れは、ぺしんと火炎の騎士の顔面を襲う。
「ぶっ!」
「…紙? あ、オレの手紙を読んでくレター?」
火炎の騎士に張り付いた紙切れを見て火炎召喚はぽんと手を叩きへらっと笑う。
その言葉を聞いて、顔から紙切れをつまみ上げた火炎の騎士が呆れたような表情を向けると火炎召喚士は「手紙をレターと変換させる高度なテクニック」と満足そうに笑顔を返した。
何か言いたそうに口を開いた火炎の騎士だったが、開けたままピタリと止まり、多少思案し、諦めたかのように口を閉じる。
そのままにこにこしてる火炎召喚士から目を逸らして、先ほど己を襲った紙切れに目を向けた。
「…『手紙』と表現したのも、なるほど納得したよ」
そう言って、火炎の騎士は紙切れと火炎召喚士を交互に見比べる。
騎士の手元にある紙切れには、みっちりと文字が描かれていた。
一瞬で「あれは文字が書かれた紙だ」と判断し、あの言葉遊びを生み出したのだから、火炎召喚士の観察力や発想力は目を見張るものがある。
…内容については一言物申したくなるが。
軽くため息を尽きつつも、火炎の騎士は紙に描かれた文字を目で追った。
火炎召喚士もひょいと騎士の横から覗き込み、同じように文字を読む。
そして同時に声を揃えて、同じ言葉を吐き出した。
「なんだこりゃ」
『問1・EX技を発動した際、ある人物の足が映ります。その人は誰?』
騎士と召喚士は互いに顔を見合わせ、再度紙切れに目を戻し、また顔を見合わせる。
『問2・王国や火山のある国の名前は?その国の隣国の名前は?また海や神殿のある国の名前は?』
「あ、これはわかるな」
「というか答えられないと困るだろこれは。自分の住んでる場所とその近隣国なんだから」
火炎召喚士が声を弾ませれば、火炎の騎士が冷静にツッコミをいれる。
『問3・壊れた懐中時計はどこの誰がくれる?』
「…これは」
「あ、これ引っ掛けじゃないか?壊れたのは船まで行かないとくれなかっただろ。普通に答えたらミスになるヤツ」
簡単だと言おうとした火炎の騎士を遮って、火炎召喚士は文の一部を指差しながら指摘する。
ああそうか、と火炎の騎士が納得したように顔を向ければ、火炎召喚士は突然ピタッと動きを止めた。
不思議に思った火炎の騎士が首を傾げれば、にししっと笑って火炎召喚士が言葉を紡ぐ。
「ミスったからって見捨てないで!」
「…今そういうのはいい」
火炎召喚士の言を容赦無く切り捨て、火炎の騎士は頭を掻いた。
形から読み取るにこれは手紙などではなくクイズの類だ。
しかし何故、こんなものがこんなところにあるのだろうか。
顎に手を当て小首を傾げる。ふたりがいるのは城の中でも多少奥まった場所にある廊下。
風に飛ばされてきたとはいっても、外からということはないだろう。
不可解そうに呟いた火炎の騎士に、火炎召喚士は首を傾げ返す。
「近くの部屋からじゃないのか?強風は恐怖だし、ただ飛ばされてきただけだろ?」
「いや、この辺は資料室だから人はあまり寄り付かないんだ」
「そうか。それは資料がないから知りようがないな」
火炎の騎士の言葉を巧みに拾い言葉遊びに結びつける火炎召喚士を軽く引っぱたき、火炎の騎士は辺りを見渡した。
人はあまり寄り付かないとはいえ、自分たちのように資料を取りに来た人間がいるのかもしれない。
そう思った火炎の騎士が辺りを探ると、ひとつだけ扉が開け放たれた部屋のなかで、紙の束に囲まれぐったりしている弩使いの姿が飛び込んできた。
「おーい…」
火炎の騎士が恐る恐る声をかけると、弩使いはピクリと反応し頭を起こす。
軽く瞬きをし騎士と召喚士を確認した弩使いは、力なく「…よう」と挨拶を返した。
なんでこんなところにいるのかと火炎の騎士が問えば、弩使いは資料室に資料を見に来ちゃいけないのかと若干やさぐれたような声を発する。
どうにも機嫌が悪いらしい。
どうしたものかと火炎の騎士が困っていると、火炎召喚士が机の上に散らばっている紙を手に取った。
「これ…」
火炎召喚士が掴んだ紙には、先ほど飛ばされてきた紙切れと同じように文章がみっちりと書かれている。
違うところといえば文の内容くらいだろう。
火炎召喚士が手にした紙をヒラヒラさせれば、それに気付いた火炎の騎士が「これもお前のだろう?」と持っていた紙切れを弩使いに見せた。
騎士の提示した紙切れを見た弩使いは、頭を掻きつつ小さくため息をつく。
「あー…。俺のと言おうかなんと言おうか…」
「?」
歯切れの悪い物言いに首を傾げると、弩使いは若干目を泳がせながら「狙撃手を知ってるか?」とふたりに問いかけた。
たまに見かけるから知っていると火炎の騎士は頷き、火炎召喚士はピクッと反応し目を逸らす。
変な反応だなと弩使いと騎士が疑問を浮かべれば、召喚士は少し遠い目をしてポツポツ語り出した。
「や、この間一緒に火の魔王んとこ行ってな」
それを聞いた火炎の騎士は「…魔王をやっちまおう みたいなノリか?」と思わず発し、弩使いに冷たい視線を向けられる。
視線を受け顔を真っ赤に染めながら、火炎の騎士は召喚士に続きを促した。
「…いや、まあ、魔王がムゥスっとしてっからひとこと言いに行こうと思ってな。行ったんだ」
「いろいろとツッコミたいがスルーしとく」
「ついでにヤキトリにしちまおーか!と冗談めかして言ったら、あいつ『じゃあ相手が動けないほうが焼きやすいですね』って、マヒ矢だけ持ってきて…」
その後は大方予想通り。
火の魔王にひとこと言って満足した火炎召喚士を尻目に、狙撃手はバスバスとマヒ矢を撃ち込み、魔王はほぼ身動き出来なかったらしい。
「オレ、コマンド召喚技ばっかなんだけどさ。いっこだけファイア設置してあるんだ」
いざという時用なんだけど、とくるくる髪を弄りながら火炎召喚士は語る。
召喚士なんだから召喚技多いほうがいいと楽しそうに技を並べていたから、弩使いも火炎の騎士もそれは知っていた。
「…これは空気読んで、魔王を、焼かないと、駄目だと、思って。いっこしかないファイアを必死に引いた」
でないと自身に矢が飛んでくるのではないかと軽く恐怖しながら。
狙撃手自身は別段プレッシャーをかけてくるわけではなかったのだが、あまりのマヒ率の高さに恐怖が倍増したらしい。
やらないとやられると思ったと、火炎召喚士は顔を手で覆い若干声を震わせた。
「んでオレがきっちり焼いたあと、狙撃手が矢の雨降らせて串刺しにして、魔王から二度と来んなとばかりにお金とムース貰って、帰ってきた」
そう語り終えた火炎召喚士は、ふたりに向かって「串に刺さって焼いてあって、ヤキトリだなうん。…ヤキトリ屋来とりますか」と若干死んだ目をしながら呟く。
トラウマ植え付けられてんなー…、と火炎の騎士は火炎召喚士の頭を軽く撫で、弩使いはあいつ本当に何やってんだと遠くを見つめた。
しかし一番の被害者は魔王な気がすると呟き頬を掻く火炎の騎士は、話を戻すように問う。
「その狙撃手がどうしたんだ?」
それを聞いて弩使いは、紙切れを手に取り軽く弾いてひとこと紡ぐ。
「…その狙撃手が作ったカルトクイズ、全100問」
具体的な数値を言われ、拾った紙に書かれていた文章を思い出し、騎士と召喚士は再度机の上に広がる神の束に目を落とす。
簡単そうで、しかし一筋縄ではいかなそうなクイズが100問。
うわぁと小さく声が漏れる。
「それを解けと言われたのか?」
「いや…」
問われた弩使いは頭を掻きながら目を逸らした。解いてみろと言われたわけじゃない、と口ごもる。
じゃあなんでやってるんだと疑問符を浮かべるふたりに対して、弩使いは歯切れ悪く説明をはじめた。
「…それが完成したあと、あいつクイズの紙束を速攻火にくべようとしてな」
「…は?」
「『きのこ焼きたいし、作り終えて満足したから』だとよ」
どうも狙撃手は作る過程に興味があっただけらしく、完成したら興味を失ったらしい。
終わったからもういいやとばかりに燃料にしようとした狙撃手をはっ倒し、奪って来たと弩使いは語った。
「なんか勿体ねぇと思っちまって」
「で、実際中身を見てみたら意外と難しかった、と」
城の資料庫に篭るくらいだもんなと火炎の騎士が指摘すれば、図星だったのか弩使いは言葉に詰まる。
簡単なのもあるにはあるんだがと弩使いはクイズの紙を1枚拾い上げ、騎士と召喚士に見せた。
『問46・魔法魂をくれるのは誰?』
『問47・朽ち地図、歪みレンズ、狂いコンパスを組み合わせると入手できるものは?』
『問48・ルフソウルの作り方は?』
『問49・悲竜のオルゴールは誰のもの?』
『問50・アテナは何をくれる?』
弩使いが指し示した箇所はアイテムに関わるクイズが集中しているらしく、比較的優しい問題が続いていた。
基本的な知識があれば簡単に答えられそうだ。
「ここら辺はあんま問題ないんだが…」
このあたりがな、と頭を掻きながら弩使いは紙束を漁り、数枚引き出し表に並べる。
どれどれと騎士と召喚士も寄って来て並べられたクイズに目を通した。
『問35・魂の効果は?』
『問36・ホワイトドラゴンの覚える技は?』
『問37・時空竜ビックバイパーを仲間にするには?』
『問38・鬼獣ランダを仲間にするには?』
『問39・コッコをバジリスクとコカトリスに成長させるために必要なものは?』
『問40・ヨーナシを仲間にするには?』
『問72・邪神ムウスを倒すと何Gもらえる?』
『問73・ボスを倒した際、もらえる金額の最低値と最高値は?』
『問74・商人アリ、大商人アリバ、財神アメト。共通点は?』
『問89・霊媒師キキカの勝利台詞は?』
『問90・邪拳士リュウロンの排出(Lv2~9)台詞は?』
『問91・3章のなかでタイトルコールをしないのは?』
示された問題とその周囲にあるクイズは、人によってはすぐに答えられそうだが正確さを求めるならば多少の資料が欲しくなる内容だった。
とはいえ膨大な資料の中から答えを見つけ出すのは困難を極める。
だから弩使いはこの資料室に篭っていながらも力尽きていたのかと、火炎の騎士は納得の意を示した。
問題用紙をパラパラとめくり、騎士はポツリと呟く。
「…俺、この辺りの問題ならわかるな」
「あ、じゃあオレこの辺得意だな。難問なら何問でも解くぞ」
様々なクイズを眺めているうちに興味が出てきたのか、それとも自分たちが答えられそうな問題を見つけたからか、ふたりとも弩使いに言う。
「答えさせろ」とキラキラした表情を見せながら。
それに気付いた弩使いは苦笑しながら「どれだ?」と顔を寄せ、ふたりの答えを聞きに行く。
そのままわいわいと三人でクイズに取り掛かり始めた。
ところ変わって、城の会議室。
資料を取ってくると退室したまま、一向に帰ってこない火炎の騎士と火炎召喚士が心配されはじめていた。
白騎士は頻繁に扉に視線を向けており、そわそわと落ち着かない。
そんな白騎士を眺めながら黄金の騎士は呆れたように声をかける。
「あいつらも子供じゃないんだから、そんなに心配しなくてもいいだろう?」
「…資料を取りに行っただけなのに遅すぎるだろ」
特に火炎の騎士のほうは魔に染まりかねない要因を持っているせいか、不安が増しているようだ。
彼が不安がっている原因のひとつには魔剣士の出来事もあるのだろうな、と黄金の騎士は己の顎を撫でる。
白騎士が以前「なんか俺の周りの人たちが軒並み人格変わる」と涙目で愚痴っていたことを思い出した。
何かあったのだろうかと心配そうな表情を浮かべる白騎士をみて、重装騎士は宥めるようにポンと肩を叩きながら言う。
「じゃあ、ボクが見に行ってくるよ」
任せてと柔らかく笑って重装騎士はポテポテと会議室から出て行った。
もしなんかあったとしたらぶっちゃけ君が一番心配なんだけどと叫ぶ白騎士を放置して。
ふたりのやり取りを眺めていた黄金の騎士は重いため息を吐いて、会議で使ったものの片付けを始める。
多分追いかけることになるだろうなと予想しながら。
重装騎士が資料室に向かいながら「あいつは心配性だなあ」と微笑ましそうに呟くと、先の部屋から大声が聞こえてきた。
驚いて思わず歩みが止まる。
白騎士が心配したように何かあったのかと、重装騎士は恐る恐る、警戒しながら資料室を覗き込んだ。
そっと確認すれば、探しているふたりと弩使いが若干荒んだ目をしながら紙切れや資料を囲んで力尽きている。
何があったのか皆目検討がつかず、彼らに声をかけても大丈夫だろうかと躊躇していると、重装騎士に気付いた火炎の騎士が顔を輝かせた。
「ちょうどいいところに!なあこれわかるか?」
「え? なに、何、なに!?」
腕を掴まれグイグイ引っ張られ、重装騎士は戸惑いを隠せない。
困惑しながら連れて来られた場所は机の前。1枚の紙が置いてある。
意味がわからずオロオロする重装騎士に、火炎の騎士は「これなんだけどさ」とひとつの文を指差した。
『問26・次の空欄を埋めろ。
( )は( )を( )じ。
( )は( )を( )つ。
( )は( )を( )み。
( )は( )を( )す。』
暗号かなにかかと目をパチクリさせる重装騎士に、火炎の騎士は「空欄が多すぎて穴埋め問題としては微妙だと思わないか」と少し不機嫌そうに問いかける。
重装騎士が「穴埋め問題?」とキョトンとした表情をみせると、火炎の騎士もキョトンとしながら「クイズなんだけどこれは解けなくて」と返した。
火炎の騎士が「思わず全員で「わかるか!」と叫んだよな」と残りのふたりに同意を求めると、ふたりがこくりと頷く。
さっき重装騎士が聞いた大声はこれだったようだ。
「…なんでクイズなんかやってるの」
「そこにクイズがあるから」
まっすぐな目で返されて、重装騎士は思わず怯む。
資料を取りに来たんじゃなかったの?とか、会議のこと忘れてるね?とか、問い正したいことは大量にあるものの、3人が3人とも楽しそうに言い合いをしているせいか口を挟める空気ではない。
困った重装騎士は示された文書に目を落とした。
どこかでみたことがあるような、と軽く己の頭を小突く。
「…あ」
重装騎士は小さく呟き、ひとつの本棚に近寄った。そこから一冊取り出しパラパラと捲る。
ひとくち齧られたようなリンゴの絵のある古い本。
その本のなかから目的のものを見付け出し、そのページを開きながら3人に向かって声を掛ける。
「これかな?」
「それだ!」
重装騎士が資料を提示した瞬間、全員の顔が輝いた。嬉しそうに空欄を埋めて行く。
こんなとこにあったなんてと火炎の騎士が頭を掻くと、古文書だからあまり知られてないんだよと重装騎士が苦笑した。
「それで、…なんでこんなことやってるの?」
「それがな…」
火炎の騎士が経緯を説明し、それを聞いた重装騎士は呆れたような表情を浮かべる。
クイズに集中しすぎて他のことを全部忘れました、と言われたようなものだ。
呆れながらも重装騎士は「他の人たちも心配しているし、一旦切り上げて」と言おうと口を開いた。
そんな重装騎士に弩使いが声を掛ける。
「お前これわかるか?」
そう聞かれたら気になるのが人情というもの。
例に漏れず重装騎士も「…どれ?」と輪の中に加わっていった。
「っ!」
場所は戻って会議室。
我慢しきれなくなった白騎士がガタンと音をたてて席を立つ。
資料を持ってくると退席した火炎の騎士も火炎召喚士も戻って来ず、そのふたりを探しに行った重装騎士も戻らない。
「ちょっと行ってくる」
「ああ、わかってる」
白騎士が振り向けば会議で使っていたものはきっちり片付けられており、机の上はピカピカと輝いていた。
あれっ?と惚ける白騎士に、意外ともったなと冷静に答える黄金の騎士。
「どうせお前は気が散って周りに集中出来なくなるだろうし、最終的にはお前も探しに行くことになるだろうし。…だったらとっとと片付けた方がいい」
「…人を阿呆みたいに…」
「実際私が片付けしてるのに気付いてなかったじゃないか」
あっさり論破されぐうの音もでず押し黙る白騎士に対し、黄金の騎士が呆れたような声で「いいから行くぞ」と扉の外を指差した。
君も行くのかと白騎士が問えば、少し笑って黄金の騎士が答える。
「私ひとり留守番させるつもりか? つまらんだろ」
そう言って歩みを進めながら、黄金の騎士は気持ちよさそうに伸びをした。
置いていかれるのはもう飽きたよ、と笑いながら。
白騎士と黄金の騎士、ふたりで城の廊下を歩く。
周りからは訓練でもしているのだろうか、賑やかな声と剣技の奏でる音が響いていた。
中でも目立つのは熱剣士の声だろうか。勝っても負けても応援していても楽しそうな声色だった。
そんな熱剣士に被って聞こえてきた声に、白騎士は苦虫を噛み潰したような表情となる。
「…ああなんか聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえる」
「隊長か」
戦士だったころ散々叱られた記憶があるせいか、未だに近衛隊長の怒鳴り声を聞くと自分が怒られているような気分になるらしい。
とはいえ近衛隊長が叱るときはちゃんと理由があり、かつ原因は自分たちだった。
つまるところ近衛隊長は一切間違ったことはしていないのだが、幼少時の怒鳴られた記憶はなかなか払拭できない。
嫌いというわけではない、むしろ尊敬している。が、つい身体が反応してしまうようだ。
「そういえば、この間隊長が君を眺めながら『金と紫の組み合わせもいいな』と言っていたから、そのうちカラーリングがお揃いになるんじゃないか」
「…並んだら目に痛そうだな」
そんな阿呆な会話をしながら、ふたりは資料室へと向かっていった。
自分たちの声の他に聞こえてくる穏やかな生活音。今日も平和だなと思わず頬を綻ばせながら。
今日も穏やかな日だと思っていたふたりが資料室に到着すればそこは混乱の真っ最中だった。
「あれだ!もう召喚しちまおーぜ!直で聞いたほうが早い!」
「待て待て待て!お前ここに魔皇召喚する気か!」
「もしそいつを召喚するならボクはきみを全力で殴る」
「熱剣士に聞くか? …いや、あいつ覚えてなさそうだな」
何かを召喚しようと詠唱しはじめる火炎召喚士を、火炎の騎士が必死に押さえ付け、若干目の据わった重装騎士がメイスを握りしめており、弩使いはマイペースに頭を掻いていた。
それだけではなく、机の上には紙が散らばり本が山積み。床にも冊子が積まれている。
カオスな状態の資料室を目にし、白騎士と黄金の騎士は呆気にとられ思わず入口近くに立ち尽くした。
現状は理解出来ないものの、白騎士はポキポキ肩を鳴らす。
「とりあえず全員一発殴っとくか」
白騎士が小さくそう呟いたかと思うと、すぐに金属と金属がぶつかる音や痛みを訴える悲鳴が響き、その後はすこぶる静かになった。
あいつ割とすぐ暴力に訴えるよなと一歩離れたところから黄金の騎士は静かに眺める。
我関せずを決め込んだ。
騒ぎが収束し、白騎士の眼前には正座した4人が並んでいる。
4人とも頭にコブを作っており、若干目に涙を浮かべていた。
「で、だ。騒いだ理由とここまで散らかした理由を答えろ」
「殴るまえに聞けよ…」
火炎の騎士がポツリと不満を漏らせば白騎士にキッと睨まれた。びくっと反応し火炎の騎士は目を逸らす。
ふたりのやり取りを眺めていた黄金の騎士は「あいつ最近本当に隊長と似てきたな」と目を細めた。
全く違うといえば違うのだが、ふとした仕草や行動が、一瞬隊長を彷彿とさせる。
ならば彼はこれからも叱るときは叱り、けれど仲間を大切にし仲間を護る人物へとなるのだろうと、黄金の騎士は小さく笑みを零した。
黄金の騎士がそんなことを考えているとはつゆ知らず、白騎士は4人に対し説明しろとプレッシャーをかける。
プレッシャーに押され全員が怯んだものの、比較的傷の浅い重装騎士が説明をしはじめた。
語られる内容を理解すると同時に白騎士と黄金の騎士の表情が難解なものへと変わっていく。
弩使いが「資料室貸してくれ」と言ってきたのはこのためかと納得はしたものの、クイズを解くために資料をひっくり返しましたといい年した人間から言われたら、どんな顔をすればいいのかわからない。
「じゃあ騒いでいたのは」
「…魔皇関連のクイズがわからなくて」
そう言って重装騎士は紙を手渡した。書かれているものは熱の魔皇に関するクイズ。
熱の魔皇に関することならば重装騎士なら粗方わかるんじゃないかと白騎士は首を傾げる。
その旨問えば重装騎士はぷいとそっぽを向いて頬を膨らませた。
熱の魔皇のせいでゴタゴタした身としてはあまり触れたくないらしい。
そのせいでクイズが解けず、じゃあ召喚して直接聞いてやろう、いや城に魔皇召喚するな、と今回の騒ぎになったようだ。
彼がここまで拒絶するのも珍しいと、白騎士は重装騎士をマジマジと眺める。
重装騎士がぷくっとあからさまに不機嫌を表す様は初めて見たかもしれない。
白騎士が友人の新たな一面を発見している間に、黄金の騎士は渡された紙を読みポツリと言う。
「これなら私わかるな」
その一言を聞いて、全員が黄金の騎士に驚いた顔を向ける。
白騎士が理由を問えば、黄金の騎士は少し恥ずかしそうに頭を掻いて答えた。
「…最近こっそりボス撃破の旅に行ってるんだ」
「…。もしかして、最近姿を消すことが多いのは」
「修行で全国各地を回ってる」
それで結構倒したから大体はわかると黄金の騎士が照れくさそうに語る。
ならばクイズの大半が解けるかと全員が目を輝かせた。が、ひとりだけ口をあんぐり開けたまま黄金の騎士を凝視している。
しばらくその状態で固まっていた白騎士は、全てを理解し黄金の騎士を睨みつけ、一度深呼吸をしたのちに容赦無く腹に拳を叩き込んだ。
鈍い音が辺りに響く。
突然響いた音と白騎士の凶行に部屋の中にいる全員がビクッと怯え身体を強張らせた。
そこそこのダメージをくらった黄金の騎士は腹部を押さえ軽く蹲る。
「それのせいか!!!」
ここ最近用事があって探したのになかなか見つからなかったのはそれのせいかと、白騎士は拳を握りしめたまま大声をあげた。
「全然いないわけじゃないからいいだろ」と息も絶え絶えに反論した黄金の騎士は、白騎士に「普段の見回りに貴重品忘れてくるやつが国外遠征に出るな」と反論し返される。
「もう君は仕事や緊急時以外は国の外に出るな! 俺がどんだけ探し回ったと思ってんだ!」
「え。でも次は海に挑戦しに行こうと思ってて」
食い下がった黄金の騎士は、白騎士からもう一発腹にキツイものをもらった。
くぐもった声が再度響く。
白と金の騎士の割と一方的な言い合いを眺めていた他のメンバーは、
「そういや国内で黄金の騎士をあまり見かけないし、たまに見かけたときは白騎士が傍にくっついてたなあ」
とぼんやり思った。
てんやわんやの騒ぎがあったものの、一応はひと段落。
今日はもう解散しろと白騎士が提案したものの全員から反対にあい、ふたりもクイズに参加することになった。
「ここまでやったのだから最後までやりたい」と強く言われれば協力せざるを得ない。
全員得意ジャンルが絶妙にズレているためか、サクサク残りが解けていく。
そしてついにラストのひとつ。
全員で資料や経験、知識を総動員して解答を導き出した。
弩使いが最後の答えを書き込むと、全員から歓声があがる。
「おわったー!!」
「おわったー!! ああ腹減った。クイズをしてると食いずらい!」
晴れやかな顔をしてハイタッチをしながら喜び合う火炎の騎士と火炎召喚士。
多少呆れた顔をしているものの、満足げな表情を浮かべる白騎士と重装騎士。
多様な反応を示す中、一番疲れた表情をしている弩使いに黄金の騎士が声をかけた。
「それ、どうするんだ?」
「ああ、…せっかくだからあいつに解いたぞと叩きつけたい」
解答を書いたクイズの紙をまとめながら弩使いは若干楽しそうに答える。
今回の騒動の元凶、このクイズを作成した狙撃手に全てクリアした旨を見せてやろうと森に向かうつもりらしい。
資料室から出ようと動いた弩使いだったが、火炎召喚士に止められた。
にっと笑いながら火炎召喚士は言う。
「オレの仕事はなんだと思う?」
言葉の意図に気付いた弩使いが何か発する前に、火炎召喚士は呪文を詠唱しながらホイホイと踊りだした。
「召喚しようかん!」と笑いながら杖を振りかざすと、その場にピカピカ光る魔法陣が現れ部屋全体を明るく照らす。
その光が収まり始めたころ、魔法陣の真ん中に目的の人物が現れた。
丸くなって眠っている狙撃手が。
「…いやなんで寝てんだよ」
少しばかり声をイラつかせ、弩使いが狙撃手を軽く踏む。ハタから見ていてもあまり体重をかけていないのがわかった。
そのまましばらくふにふにと弄んでいると、ようやく狙撃手が目を覚ます。
上半身を起こしつつ、うすらぼんやり目を開けて、弩使いと目を合わせたのちに辺りを軽く見渡して、
「………ぐぅ」
また寝た。
「寝るな起きろ」
屈み込んだ弩使いが狙撃手の頬を軽く叩く。
叩かれたからか起こされたからか微妙に不機嫌な声で狙撃手は「…夢でしょ?」と呟いた。
夢じゃないと弩使いが怒鳴りつけると、理解したのか、至近距離で大声を出されたからか、ようやく狙撃手が意識をはっきりとさせる。
目はきちんと開いたものの若干不機嫌そうな声色で、狙撃手はその場にいる全員に向かって問いかけた。
「なんで僕こんな時間にこんなとこに召喚されるんですか…」
「…え?」
火炎の騎士がキョトンと聞き返すと、狙撃手は窓の外を指差した。
全員でそちらに目を向ければ、そこには闇が広がっており、各所に置かれる篝火がチラチラと見えている。
いつの間にか日は落ちて夜になっていたようだ。
全員呆気にとられるなか「そりゃ腹減るわな」と火炎召喚士は呟いた。
欠伸をかみ殺しながら狙撃手は言う。
「それで、何かご用でしょうか」
「ほれ」
弩使いがクイズの紙を差し出しても、狙撃手は「ナニコレ?」と見つめ返すだけで受け取らない。
「お前が作ったクイズだろ」と弩使いが呆れたように言えば、狙撃手がああと思い出したような反応をして紙を受け取った。
存在を完全に記憶から消去していたらしい。
受け取った紙をパラパラと捲り、確認していく。
「全部解けたんですか」
「協力してな」
クイズに参加した全員に顔を向けながら弩使いが得意げに答えた。
その言葉を聞いて視線を向ければ、他のメンバーもそこはかとなく自慢げなのを見てとれる。
「んー…、簡単すぎましたか?」
頭を掻きながら狙撃手が呟いた。クイズ制作者としては全問解答されている=簡単だった、と思ったらしい。
狙撃手のひとことに全員が「お前この部屋の惨状を見てからもの言え」と盛大なツッコミをいれる。
総ツッコミを受けた狙撃手はビクッと軽く怯えたものの、全員に顔を向けた。
解答の紙と全員の顔を見比べて、狙撃手は少しばかり戸惑ったように頭を掻く。
「…えーと、全問解答おめでとうございます。あと、ありがとうございます」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
趣味で作ったものだから賞品とかはないのだけれど、と目を逸らす。
本人的には気まぐれに作り、作っただけで満足したシロモノだ。
解答する人間が出てくるなんて思っていなかっただろう。
弩使いも賞品やらが目的で解いたわけじゃないと声をかけようとした、が、火炎召喚士が手を上げる。
「あ、じゃあ今度なんか奢れよ。みんなでランチして乱痴気さわぎしようぜ」
その提案に火炎の騎士も賛成し「ごはん」とキラキラした目を狙撃手に向けた。
突然の提案に狙撃手が戸惑っていると王国騎士組も笑顔を向ける。
「ああそれはいいな会議潰されたし」
「!?」
「会場は海がいいな、行くついでに寄り道出来る」
「!?」
「そこならお土産も買えるなあ」
「!?」
王国騎士組も賛成の意を示し、狙撃手に反論させる間も無くサクサク決定していった。
トドメとばかりに「ついでに部屋の片付け手伝え」と言われ狙撃手の混乱が収まらない。
本人的には忘れていたものを勝手に解かれ、夜中突然叩き起こされたあげく片付けに借り出されるわけで。
理不尽に感じるのも無理はない。
混乱しながら涙目になりながら狙撃手は叫ぶ。
「ッ!
『問101・山浦先生の作者コメント、2年目のお正月は「オレ賀新年!」でしたが、1年目のお正月でのコメントは?』
『問102・後藤先生は2/3に何を蒔いた?』
『問103・出水先生の作者コメントキャラクターは?』
『問104・氷結精とともに雑誌に付属した攻略小冊子の名前は?』
『問105・オレカバトル稼働直前、雑誌に付属した「さすらいのタンタ」が付いた「オレカ開戦の書」。
そこに載っている大解説まんが「やろうぜ!!オレカバトル」の登場キャラクターの名前は?』
と、解けたら手伝う!」
最後の足掻きに5問のクイズを提示した。
調べたら出てくるかもしれない、しかしこれらはよっぽどでないとすっと答えられない内容だ。
クイズを聞いた全員は顔を見合わせ、口を開いた。
怒られるかと身を竦めた狙撃手だったが、聞こえてきた音は穏やかだった。
流れた声はクイズの答え。
その音を聞いた狙撃手は目を見開く。しばらく固まったあと、小さく小さく声を発した。
「…あたり」
答えられないだろうと思っていた狙撃手は驚いたような顔を浮かべる。
そんな狙撃手に白騎士は笑いかけた。
「俺は、…俺たちは『それ』とともに生き『それ』とともに成長してきた。わかるさ」
ぽんと狙撃手の頭を撫でて、少し遠い目をしながら呟いた。
だから偉いというわけじゃないし、
だから凄いというわけじゃない。
しかし過去の積み重ねがあったから、俺たちはいまここにいる。
ひとつクイズを出せば複数人が解答できるように
『それ』は誰かひとりのものじゃない。
そう言って白騎士は狙撃手の頭をぐりぐり撫でた。
撫でながら柔らかく「しかしよくこれだけ調べて作ったな」と微笑む。
狙撃手が目を逸らしながら「僕はゴタゴタから離れたところにいますから暇なんです」と言えば「暇に任せて大半の敵を倒しているから作れたんだろう?それは英雄の域だ」と白騎士は再度笑った。
「…まあ流石に、片付け手伝えは言い過ぎたか。寝てていいぞ」
「…皆さんが片付けしてる中寝てろってそれはそれで新手の苦行なんですけど」
手伝いますよと少し笑って、狙撃手はトンッと跳ねるように移動した。
少しばかり嬉しそうな表情で。
くすりと笑って白騎士も片付けを始める。
大勢で取り組んだおかげか意外と早く片付けは終わり、疲れ果てた全員はそのまま資料室で眠りについた。
朝が来て、全員で城の食堂に向かった。
実質丸半日何も口にしていないようなものだったので、朝食の消費量が凄まじい。
特に火炎の騎士と火炎召喚士は、その量どこに入っていっているんだと言わんばかりの食事を摂取している。
ふたりの食べっぷりを見て、呆気にとられながら狙撃手が全員に声をかけた。
「えっと…じゃあ食べたら僕帰りますね」
「では私が送っていくよ」
帰る旨を伝えれば、黄金の騎士がすぐさま反応した。
小首を傾げながらひとりで帰れると言う狙撃手に、送っていくと主張し続ける黄金の騎士。
根負けた狙撃手が了承すると、黄金の騎士は満面の笑みを浮かべた。
「ねえ、これ」
「うん、俺が『仕事以外で国外行くな』って言ったからかな」
重装騎士と白騎士がボソボソと会話する。
狙撃手を送っていく、本人も了承している、しかも待望の海。
黄金の騎士は言っていた。「修行の旅で次は海に行くつもりだった」と。
「多分あいつ海のボス撃破し尽くすまで帰って来ないつもりだ」
「禁止されたから手段選ばなくなってきたなあ…」
表向きは『狙撃手を送っていく』、しかし本心はおそらくきっと。
黄金の騎士の心情をあっさり見抜いた白騎士と重装騎士がため息をついていることに気付かず、早々に食事を終わらせニコニコしながらランスを手入れする黄金の騎士。
珍しく鼻歌を漏らしている。
見回りの穴埋めどうしよう、と白騎士は再度重いため息をついた。
狙撃手が帰る準備を整え終えると、弩使いもついて行くと言う。
それを聞いて黄金の騎士が一瞬表情を曇らせたものの、なにか耳打ちされると顔を輝かせた。
おそらく「邪魔はしない」か「手伝う」といったことを耳打ちされたのだろう。
3人揃って海へと向かった。
道すがら狙撃手は問う。
「そういえば奢らなくちゃですね。何が食べたいですか? オススメはカニ。赤いのと青いのありますが」
「なんでもいい。…つーか、俺半分出す」
今回の騒ぎの原因は狙撃手の作ったクイズだが、騒ぎになったきっかけはクイズを持ち込んだ弩使いだ。
弩使いとしては思うところがあったらしく、最初からそうするつもりだったらしい。
それを言うためついて来たようだ。
「別に大丈夫ですよ」と笑う狙撃手を弩使いは「こういうとき言う言葉はそれじゃないだろ」と軽く小突く。
キョトンとしながら狙撃手は少し考え、軽く笑ってひとこと紡ぐ。
「ありがとう」
END
「ああそうだ」
「?」
「敬語じゃなくていい」
「…?」
「いい」
「………。うん」
短く会話したあと、ふたりはへらっと笑いあった。
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弩使い中心、王国騎士多め。捏造耐性ある人向け。メタ通り越したなにか