「はぁぁぁぁ!!」
日輪が最も天高く上った時分、遠征として許昌より大きく離れた山の麓に位置する比較的大きな村落に、最近白昼堂々出没するようになったという賊の討伐の為、その村の近辺の荒野にまで駆り出されていた張遼、霞は気合を込めた横薙ぎ一閃のもとに眼前のならず者数人を切り伏せる。しかしその後の表情は敵を倒した達成感にあふれるものはでもなく、まだ己とは随分距離のある前方から獲物を振りかざして突っ込んでくる新手に対する警戒心からくる険しいものでもなく、落胆に近い不満げなものでついでにと言わんばかりに大きな嘆息を漏らす。
「この程度の相手では物足りないか?霞」
そんな彼女の隣、数本の矢を横に構えた愛弓 “餓狼爪”に番え正面に狙いを定める、鮮やかな青に着色された鎧を身に纏った大人びた女性、夏候淵妙才。真名を秋蘭という、口元には薄い笑みが浮かんでおり十分なまでに射程圏に敵を引き込むとほぼ同時、空に矢を走らせる。最前列を走っていた賊は例外なくのどを貫かれ、二列目にいた者達も前にいた仲間が倒れた事にひるみ、足を止めようとする前に第二射によって全員心の臓を打ち抜かれ、吐血を噴出して絶命した。
「…………まぁ、其れもあるんやけどね…………其れと一緒にちょっと昔の事、董卓軍の頃を思い出してもうてなぁ……っと戻りながら話そか」
少し罰が悪そうに苦笑しながら頬をかき、“飛龍偃月刀”を肩に担ぐとこれ以上自分の出番は必要ないと感じたのか、踵を返し本陣方面へと歩を進める霞。事実当初はそれなりの規模だった山賊達も、主だった頭分は既に討ち果たしており、今しがた相手をしていた小隊を最後にあらかた片付く。一度突撃を仕掛けておきながら恐怖心に駆られ背を向けて逃げ出しているところを見るに恐らく彼らは敵兵を見ても戦わずにただ逃走を図る。そんな輩を追い回すつもりにはなれないし必要も無い、既にこの辺りには完全に包囲されており程なくして兵卒辺りに見つかりその場で討たれるか、もしくは捕縛されるかで終わりだろう。視界から豆粒ほどに遠ざかった賊たちを最後にそっと一瞥すると静かに目を瞑り小さなため息をついた。
「………霞………?気分でも優れないのか……?」
「……っあ、ああ。いやごめんごめん、なんでもあらへんよ?………さっきも言うたけど董卓の所におった頃の話やねんけど、ええ意味での好敵手て呼べる奴がおってなぁ」
自ら言っておきながら中々話題に入らない霞に、何かしら手傷でも負ったのかと思い違いをしたのかすこし心配そうな表情で尋ねてくる秋蘭。そんな隣を歩く戦友を安心させるように白い歯を見せて笑い、気持ちを切り替えて話を掘り起こす。昔を語りだす表情はまるで自慢話をするかのように嬉々としたものになっており、秋蘭もその言葉に若干興味が生まれたのか“ほう”と軽く目を細めた。
「…………………ふむ、呂奉先か……風の噂で聞いている、姉者ではないが私も一人の武人として一度手合わせして欲しいものだな」
「……ぁ~ちゃうちゃう、れ………呂布はあくまでも目標やからな。うちが言うてるんはその副官の事」
一拍の間をおいて思案してやがて納得したように一人頷いている秋蘭の様子に霞はで笑いをかみ殺しながら手を軽く振り、対する秋蘭は否定された事が意外だったのか軽く目を見開いた。同時に顎に手を当て軽く俯き内心小首を傾げる、董卓軍に“曉将”、“神速”と謳われる相手に其処まで言わせる者が他にいただろうかと勿論自分は当時部外者なので知らないといえばそれまでなのだが。気がつけば霞が苦笑しながら此方を覗きこんでいた。
「まぁ、知られんくても不思議は無いわ、名を馳せるとかいうのには無関心な奴やから。多分身内以外の奴は聞いたことも無いと思うで?」
「……成る程な、ではこの際だから聞いておこうか?」
会話をしている内に辿り着いていた本陣前で穏やかな笑みとともに首をかしげる秋蘭に、霞はあえて視線を向けず此処ではない遠い虚空の彼方を見上げ満足げな笑みを浮かべた。
「高順………それが鬼神の腹心の姓名や(……何処で何をしてるか今は知る術なんてあらへんけど、もしまたお互いに生きてあう事があれば、決着付けようや。…………なぁ零夢?)」
一方徐州彭城内、職務室の一室へ場所は変わり
「だ!か!!らぁぁぁぁ!!!恋殿も零夢殿も、あの助平衛太守に甘すぎるのです!!」
職務机を両手で思い切り叩きつける幼女とも思える小柄な少女、陳宮公台音々音の怒声が響いた。彼女の脇には既に書簡が山のごとく築かれており、怒鳴られた零夢の傍らにもまた同様に大量の書簡や報告書の類が重ねられている。ちなみにこの二人の主人の恋だが今朝職務室に入り用意されていた書類が目に入るなり
『……恋………用事思い出した』
と呟くと二人に背を向けて庭のほうへと向かっていったきり二人は姿を見ていない。新しい書簡を凄い形相で睨みつけながら、なおも延々と小言呟いているねねに零夢はすこし困ったように笑い手元にある広げられた書簡に筆を走らせる。これも余談ではあるが二人とも既に頼まれていた自分たちの分の仕事は終わっており、今着手しているものはお裾分けという題目で押し付けられた太守北郷一刀が本来すべき書類処理である。十数巻両手に抱え頑張って一人で持ってきた鳳士元雛里はねねが何かを言う前に既に泣きそうな顔になっており、流石にというかやはりというか見かねた零夢が相方の口と身体を押さえている間に帰した。
「何を笑っておるのです!?聞いておるのですか零夢殿!!繰り返すこととなるのですがあの太守は恋殿だけでなく城中の女に色目をつかっているではありませぬか!それもご丁寧に美女・美少女ばかり!!けしからん男なのです!!その内ねねや零夢どのにまで毒牙が伸びてきますぞ!!」
視線を上げたその先には何故か苦笑を漏らしている零夢に聞き流されていると思ったのか一層声を荒げるねね、それに対し特に悪びれた様子も無く穏やかに微笑み、ねねを優しく見据え
「それでは」
「その通りよ!!話は聞かせてもらったわ!!」
言おうとした言葉は勢い欲開けられた扉の音と、突然の乱入者の声によって遮られる。入って来たのは天の国にある“冥土服”という衣服を纏った二人の少女、そのどちらにも馴染みがあった。片や一時は自分の主だった物静かで心優しく、それでいて芯の強い少女 姓を董 名を卓 字を仲頴 真名は月 片や同じく月を主人にし、軍師として自分や恋を含め多くの将兵に策を与えていた、負けん気が強く、若干男勝りで基本素直じゃない、その実月のためなら自分がどうなろうと一向に構わないという信念のもとに身をおいている、月の幼馴染 姓を賈 名を駆 字を分和 真名は最近知り詠という。
「あの色惚け太守!!月やボクだけじゃ飽き足らずに恋にまで手を出してたのね!?噂じゃ桃香は勿論愛紗や星、果ては朱里や雛里に鈴々までたらしこんでるっていうじゃない!!ほんっと女にはだらしない、月もなんであんな奴をいつもかばうの?」
「詠ちゃん、ご主人様にそんなこと言っちゃ駄目だよ。それにご主人様は誰にも贔屓をした笑顔を向けてない、たくさんの人と仲良くしているのは本当に大切に思ってるからじゃないかな?」
入ってきたときから予想できた事だが、凄い勢いでまくし立てる詠。立場が同じ軍師というところもあるからかこの少女とねねは性格が根本的に良く似ている、その割に 否それ故仲はあまり良くなく董卓軍の頃から良くぶつかり合っていた。そんな彼女とは対照的に若干困惑した表情で、かぼそくもしっかりとなだめに入る月、再開した当初は一刀に懐いている様子を見て面食らってしまった、芯が強いと知ったのは投降した相手に使用人の如く奉公している様を見てからで、それまではどちらかというと人見知りをする御仁と感じていた。だが後になって二人の成り行きを聞き、落ち着いて考えてみると得心のいく点と点が意外と簡単につながった。
幼い頃より親とは別離した世界で生きてきた→周りにいる人間は一部を除いて大抵自分を食い物にしようとしていて信用できない→すぐ側に一人信頼できる存在があるがそれでもやはり心細い→ある日戦が勃発!結局は敗れ逃避中に劉備、北郷達に発見される→(当事者二人の証言には相違点が多く含まれるが此処は月の意見を重要視し)噂に聞いていた天の遣いから優しく降伏勧告を出される→重責に縛られず、新しく信用もでき甘えられる事が出来る存在を発見→極端に言えば父親もしくは兄のような人を見つけた
とこんな所だろう、つまり一刀は意識せずして月の心の隙間を埋めた事になる。こうなると彼女がこれからどんな感情を持つようになるかも想像でき、思わず苦笑を浮かべながら零夢は未だに終わりそうに無い自分たちの主人たる男の不満をぶつけ合っている二人に中断した言葉を繰り返す。
「……お二人とも?先ほどからの内容ではまるで月様と詠殿、もしくは恋様のみを愛していただけるのならば許せる、というように聞こえてしまうのは私だけでしょうか?」
「「ん゛な゛ぁっ!!!!?」」
全くの同時に凄い声を上げて、これまた同時に凍りついたように動かなくなるねねと詠。やはり二人は良く似ていると胸中で笑いながらも表情には出さず、涼しい顔で最後の行を書き終えた書簡を慣れた手つきで丸めると、脇にある小山となったそれらの一番上に崩れないように置き、細い息を吐き出し下ろしていた腰を上げ、視線を月へと向ける。月は表情を隠すことなく固まった二人をにくすくすと控えめながら楽しげに笑い眺めていたが、零夢が自分を見ているのに気がつくと穏やかな笑みで返した。
「月様はこの後も我が君のご奉公へ向かわれるので?」
「ううん、たまには息抜きも必要だから今日はもう自由にしていいってご主人様が、だから詠ちゃんとお昼ご飯を食べに行こうと思ってたんだけど……」
其処まで言って再び視線を向けなおす月に映るのは全く微動だにしない二人、此処まで動かないと冷静に考えれば感心するか又は心配するかなのだが月はやはり楽しげに笑うだけで。零夢もまた彼女にしては珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「では代わりにというわけではありませんが私と恋様がお供してもよろしいですか?」
「恋ちゃんも一緒なのはいいけど、何処にいるか零夢さん分かるの?」
別に断るような様子はないが、ここにいない人物の名が挙がるのは意外だったようで少し驚いたように目を丸くする月に零夢は微笑みながら頷いた。
「恐らく城庭あたりでセキト達と戯れておられるでしょう、一応念のために私は得物を持ってまいりますので一度自室に戻ります、門の辺りでお待ちいただけますか?」
返事はいうまでも無く快い承諾のもので、そこで一度月と別れた零夢は自室の壁に立てかけてある自分愛用であり専用の得物を手にする、最も付き合いが長い戦友であり数え切れないくらいの命の恩人でもある、柄の両先端、左右対称に偃月刀の刃を付けられた物、呼称は色々とあるようだが自分は“双龍偃月刀”と呼んでいる。一応しっかりと整備をしているが念入りに刃こぼれなどが無いか確認すると、待たせているであろう今でも主と呼べる二人の元へと足早に向かった。
「─────と言ってみました所、お二人とも完全に固まってしまいまして」
「あれは零夢さん少し意地悪すぎたよ、もしかしたらまだ元に戻ってないかも」
程なくして門にたどり着いた先には笑顔で手を振る月と、若干眠そうに軽く目をこすりながらも空いた手を同じように振っていた恋が迎えてくれ、三人は市中でも美味で評判な中華店の卓を囲み、長椅子に腰を下ろして先ほどまでの事のあらましを月と零夢が語り談笑していた。因みに月は炒飯、恋は小籠包十人前(食事開始から現在五分、八人前制覇)、零夢は餃子を注文している。この城に来てから、いやもしかしたらこうして三人で食事をすること事態初めてかもしれない。和やか雰囲気に聞き覚えのある声が掛かる。
「あれ………?恋と零夢に…………月?」
「ふむ、これは随分珍しい組み合わせだな?恋と零夢はともかく………月よ、詠はどうした?」
「確かに、月の側に詠の姿が無いのは稀だな、初めて見たかも知れん」
声のある方向に振り返る零夢、そこには驚いた様な顔をした件の北郷一刀とその背後に護衛としてか二人の女性が控えていた、先に口にした青い髪をした少女は姓名を趙雲 字を子龍 真名を星といいもう一人は黒髪の一部の人によっては“美髪公”と呼ばれている少女、姓を関 名を羽 字を雲長 真名を愛紗という
「っ!?んっ……んぐぅ!?」
「これは我が君、愛紗殿と星殿も。お食事ですか?」
「ああ、午前を通して町の警邏済んだことだしね、いい具合にお腹も減ってきたから前々から聞いていた評判の店でお昼にしようってことになったんだ。迷惑じゃなかったら一緒になってもいいかい?」
意外な第三者の登場に口に含んでいた炒飯をのどに詰まらせ、瞳を涙で潤ませながら脇にあった茶をすする月、そんな彼女の背中を優しくさすってやりながら苦笑を浮かべながら一刀に尋ねる零夢。一刀もその様子に同じような苦笑を作りながら、軽く小首を傾げる。
「は、私としましては我が君と食事をご一緒させて頂く由は喜ばしい事。どうぞご遠慮なく、月様、恋様は───」
「…………っ!!………っ!!………っ!!」
言葉には出来ていないが必死に首を縦に上下させている月と
「………………………………………………………………………零夢」
空となってしまった最後の小籠包の籠をどこか悲しげに見つめ、ゆっくりとすがるような子犬のような視線を向けてくる恋を一目見て視線を一刀達へと戻した零夢は”歓迎します“だそうですと付け加え穏やかに微笑む。其処へ丁度いい具合のこの店の店主が厨房から顔を出してきた。
「おっと、これはこれは太守様に趙将軍、関将軍ようこそおいでくださいました。ご注文の程はお決まりですか?」
「っといいところに来てくれたねおっちゃん。俺は炒飯と麻婆豆腐をお願い」
「では私も主と共に随伴させてもらおうか?店主よ、私はラーメンだメンマ大盛りでな」
「私もご一緒させてもらう。店主、餃子と麻婆茄子、それと小籠包を頼む」
それぞれ注文していく三人を羨ましがるような目で眺めていた恋は再度すがる子犬の目で自分の副官へと向き直る、それにあえて零夢は視線を合わせようとせず静かに目を閉じ重いため息をつくだけで済ませる
「零夢…………おかわり…………欲しい」
「駄目ですよ?最初にそれだけにしておくとお約束いたしましたよね」
「おかわり」
「駄目です」
「おかわり」
「駄目」
「…………………………………………………………」
「そんな顔をしても駄目なものは駄目ですからね?恋様」
まさに取り付く島もなく即答で否定されると流石に落ち込むところがあるのか何もいわずに項垂れる恋、そんな主にも此処は決して甘い顔をしてはいけないという事も、長い付き合いで零夢は熟知していた、そしてそれはあくまでも彼女のみで、恋の向かいの席に腰を下ろした愛紗は知る由も無い。流石に見かねたのか苦笑しながら恋に助け舟を出してしまう“美髪公”
「流石に其処まで頑なに厳しくする必要も無いだろう?恋、先ほどから何をねだっているのだ?」
「……………愛紗…………小籠包…………まだ、欲しい」
優しくかけられた声にぴくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げる表情はやはり何かをねだるような子犬のようなもので、刹那零夢は皿に視線を落としながらも戦慄を全身に覚える。非常にこれはまずいと、このままではまた一人恋様による犠牲者(違う意味で)が出てしまうと。いや違うこんな事を悠長に考えている場合ではない 胸中で自身に舌打ちする。──はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく。早く出て私の言葉!!そして動いて私の体!!── しかし世の中は非常というものが乱世では当然であり。
「~っ………!!愛紗殿、馴れていないうちは直視されてはいけません!」
この言葉を言い終えたときには既に全てが遅かった。先刻の二人と同じく全く動かなくなったその姿はまるで愛紗のみ時が止まったかと錯覚さえ覚えさせ、ついでに表情は何故か妙な影が宿りよく分からない。その場に居合わせた月、星、一刀、店の店主もまたいきなり声を荒げた零夢に何事かと動きを止め、ただ一人当事者にあるにもかかわらず事態を分かっていない(実際に分かっているのは現時点では一人だけだが)恋が小籠包の籠を自分のそばに置き全員を見渡しながら軽く首をかしげた。後一人の少女の時間は再び動き出す、鼻腔から紅い筋 即ち
「っぶはっ!?…………っ…………っ……っ!!」
鼻血を盛大に流しながら片手を卓の上に置き大きく項垂れて、もう片方の手で胸をつかみ荒く苦しげな息をはいては吸っている、そして置いた手の脇には何滴もの血が滴り落ち速くも小さなたまりを作っていた
「「「愛紗(さん)!!?」」」
「関将軍!?」
普段からかっている星だが流石にこれは何か危険を感じたのだろう、一刀、月と声を揃えてそばに駆け寄り、少し遅れて店主もその後に続く。しかし零夢はそっと視線をそらし何か諦めたような笑みを浮かべ静かに目を閉じる、そのまま胸中で合掌し“ご愁傷様です”と声に出さず呟く。そして最後に恋だがひたすらに目の前の小籠包の相手をしていた。
「愛紗!!気分が優れないか!?何故もっと早く言わなかった!?そんなことまでからかう気など私には毛頭ないぞ!?」
「愛紗さんしっかり!!とにかくどこか落ち着いた所で、出来ることなら横になったほうがっ」
「あいや、まってくだせぇ!!確かにちと片付いてねぇが寝る分なら問題ねぇ座敷が奥にありまさぁ!是非つかってくだせぇ!!」
「恩に切るぜおっちゃん!!じゃあ俺は医者を呼んでくる!!」
四人が同時に軽く頷き会い、今まさに一刀が駆け出そうとした時、愛紗が鼻を押さえながらゆっくりと顔を上げる、相変わらず息は荒く肩が上下に動いており、頬は紅潮し恋のみを写す瞳には───危ない光が宿っていた。
「…………れぇぇぇぇん」
「「「「は?」」」」
「……………………………………………?」
恋にどこかイってしまった視線を向けながら呟かれた言葉に、それまで緊迫とした空気にはあまりにも場違い、あまりにも間抜けな声を上げ今度は四人がかたまり、名を呼ばれ小首を傾げる恋の手元には一杯だったはずの小籠包は消えており空となった籠だけが残されている。
「………………愛紗…………もう少し、頼んじゃ…………駄目?」
「はぅあっ!?……っはぁ……っはぅぅうあ……好きな、だけ………頼……め………」
まだ食べ足りないのか、今度は狙っているのか天然なのか軽く涙ぐみながらねだるように見上げる恋の視線と合わせた瞬間、押さえていた手の指の隙間からは血(鼻血)が噴出し、一層に動悸が激しくなる愛紗は何とか搾り出すように言い切ると横に小さな音を立てて倒れた。未だに一刀、星、月、店主の四人はかたまったまま動かず、唯一正常零夢は片手で額を軽く抑え、大きなため息をついた。
「ぁ~………我が君、星殿、月様は愛紗殿を先ほど仰っていた店奥の座敷まで、もし眼を覚まされた時まだ恋様が物足りていなければ大事に至ります。店主殿は小籠包を四、いえ五つお願いできますか?私は恋様がお腹一杯になり次第できる限り速やかに城にお連れします」
「「「「全力で承知」」」」」
淡々と告げられた指示に一同は親指を”びしっ!”と突きたてそろって即答で答える、因みに四人の表情は先ほどの愛紗と同じく妙な影のせいではっきりとしない。
現代の時間にして三十分程たった頃、恋は零夢の膝を枕に寝息を立てていた、零夢はその寝顔を愛しさも含んだ穏やかな表情で眺めつつ頭を優しく撫でている、卓の上には少なく見ても二十以上の籠が積み重ねられておいた。そこへ店奥から一刀が姿を現し、様子を見ると苦笑を浮かべた。
「やっとご満足してもらえたか………それにしても零夢は随分対応に馴れてたな?」
「は、恥ずかしながら幼少の頃から となってくれば流石に。昔から武芸の鍛錬にお付き合いさせて頂いた後に、空腹を訴えられ先ほどの如くねだられたことは数を知りません」
くすくすとやや苦笑気味ながらも楽しげに昔を語る零夢に一刀をつられるようにして笑い、少ししてふと気がついたように小首をかしげた。
「ん?ってことは零夢は小さい頃から恋の武とも隣り合わせ立ったことだよね?」
「ぇ?…………ええ、幼き日から始まり割と頻繁に模擬線の相手役を勤めていましたし、我が君のもとに参ってからはともかく月様の軍にいた頃でも何度かお手合わせいたしましたが、それがなにか?」
別段これは自慢するような事ではないし副官として知られているのでなんとなく伝わっているのかと思っていたので少し意外そうなに眼を丸くするが、すぐに穏やかなもの戻して頷き最後には軽く首をかしげる零夢。対する一刀は何かを思案するように軽く俯き顎に手を当て、聞こえないほどの小さい声で何事か呟いたかと思うと、やがて答えが出たのか小さく頷いた。
「唐突で悪いんだけどさ、今度から時間があるとき俺の武術の特訓に付き合ってくれないか?前々から星達にもお願いしてたんだけど鈴々は加減知らないし、愛紗は………何故か手加減できないっていうより故意的にしてない感じがするんだよね、んで星は城中奔放して探すだけで時間掛かるし、見つけたら見つけたで話しているうちに何故か話が脱線しちゃうんだよね、恋だと差がありすぎて特訓になんないし。何より師匠は多いほうがいいだろう?」
「………なるほど、そのような事情があるのでしたら、私でよければ喜んでお相手させていただきます、此方はいつでも構いませんのでいつでもお呼びください」
本来なら呆れ半分で笑うところを零夢は穏やかに笑う、何の裏もない純粋に優しい笑みでうなずくと、気持ち良さそうに寝ている恋を起こさないように慎重にゆっくりと頭から膝を抜き出し、そのまま出来る限り音を立てずに自分の主をおぶり壁に立てかけている“双龍偃月刀”を手に取る、普段ならともかく今は恋をおぶっているので少し、結構格好ついていない。
「では、我が君お先に失礼させて頂きます」
しかしそんなことは全く気にしていないというように穏やかに微笑み、背中を向けて自分たちの“家”へと戻っていくその後姿に姉妹のようなものを感じて一刀もまた微笑んで見送った。───その背後に立つのは長身で黒髪の女性、関雲長愛紗その人。
「のわっ!?あ、愛紗……気配を殺して後ろに立たないでくれ、心臓に悪いよ」
「ぁの……………ご主人様、その………一つ宜しいでしょうか?」
存在に気がつき、驚きの声をあげて思わずたじろぐ一刀だが愛紗は特に気にした風も無い、というよりもどちらかというと耳に入っていない感じで居心地悪そうに視線を泳がしており、その様子に一刀も少し心配になり続きを待った。
「……私は、一体何をしていたのですか?……どうも店に入った以後の記憶が飛んでおりまして、もしかするととんだ粗相をさらしたのではないかと」
この言葉によって一刀の思考は再び止まる、まさか“恋のねだり顔の可愛さに愛紗の中の何かを破壊されて鼻血を出してはぁはぁ萌えまくっていた”なんて本当のことは言えず、どうしたものかと言葉を捜す。そこで眼に映るのは店奥の座敷から顔を出している愛紗を看ていた二人、月は申し訳なさそうに頭を下げ星は───笑っていた、楽しそうに。
瞬間合点が入った、なぜわざわざ自分に聞いてきたことに。恐らく二人にも同じような事を聞かれ月も答えに困っていた所に星が面白半分に“主が全貌を知っている”的発言でもしたのだろう。相変わらず自信でも必死に記憶を掘り起こそうと首をかしげている愛紗、それを楽しそうに眺めている星、一人困ったようにおろおろしている月。三人の主人は内心で頭を抱え大きなため息をつき、事態に馴れている零夢を先に帰らせたことに小さな、そしてこの店で食事をしようとしたことに大きな後悔を覚えたが時は元には戻らない。彼が帰路につける事になるのはまだ少し先の事となる。
~そして本来明かされることの無い裏歴史、即ち舞台裏~
星「やれやれようやく終わったか。二回目というのに妙に時間が掛かったな。(大きく伸びをしながら控え室と部屋の中に入ってくる)」
愛紗「うむ、もう少し円滑に仕上げて欲しいものだ、頭の中でだけ物語が出来ていても意味がない(星の後に続いて入ってくる)」
月「まぁ……作者さんにも時間の都合がありますから、あまり急かしてばかりは酷とは思いますけど………あれ?詠ちゃんたちはまだ戻ってないんですか?(最後に入ってきて扉を閉める、苦笑ながらもあまり否定する気はないらしい、部屋を見渡して詠とねね、零夢や恋の姿が無い事に首をかしげる)」
桃花「あ~星ちゃん達お疲れ~!詠ちゃんとねねちゃんならシャワーを浴びて来るそうだよ?(控え室に備え付けられている和菓子(芋ようかん)を口にしながら笑顔で出演者組を迎える)
鈴々「お疲れなのだ~!そんで零夢たちはまだ戻ってきてないのだ、さっきトイレに行ったときジャーマネ(作者)に呼び止められて何か言われてたの見たからもうすぐ返ってくると思うけど(桃花おなじく和菓子を食べながらやはり笑顔で迎え、義姉の言葉に補足をつける)」
(ドドドドドド………)
「「「「「ん?(妙に荒い足音に一同そろって廊下のほうに顔を向ける)」」」」」
零夢「(ばん!)大変です皆様!!(勢いよく扉を開けて駆け込んでくる)」
恋「一大事………(やや遅れて零夢続いて入ってくる)」
桃花「ど、どうしたの零夢ちゃん、恋ちゃん?(勢い良すぎる登場に目を見開いて尋ねる、勿論他の一同も眼を丸くしており)」
零夢「先程ジャーマネとプロデューサー(作者)の身勝手な独断により当面控え室のプレートをこれに変えて、部屋自体の用途もそれに乗じるよう兼用するようにと!(そういって一同の前に見せるのは控え室/閑話室と書かれたプレートで)」
星・愛紗「なんだそれは!?(あからさまに怪訝そうに顔を顰める)」
恋「遅くなった分…………他の人に無い要素で補うって………捨て身戦法をとるって」
零夢「する事は主に作者の気分で作品に出てくる地域や人物の史実の簡単な説明、並びにコメントを私達がお返しし最後に次回予告となります。リクエストがあればそれにお答えする事があるかもしれないので臨時募集と伝言も頼まれました」
星「説明とコメント返し、次回予告はぎりぎり許せるとして最後のリクエストは明らかにネタが思い浮かばなかったときの保険だろう(ため息をついて)」
恋「…………今回は…………試験みたいなもので…………風当たりが強かったら…………控えるって」
鈴々「そんじゃコメント返しはあったら次にまわして、早速説明のほうにいくのだ!(一人何故か乗り気で)」
月「それで一体何に対する説明をするの?零夢ちゃん」
零夢「今回は我が君が治められている徐州について、ジャーマネとプロデューサーから渡された資料を基に説明させていただきます」
恋「始…………まる」
零夢「徐州は我が君の時代でもその名を残し、古くは彭城と呼ばれ彼の項羽が楚の故地で故郷に近い事から都に定めた地域になります。後漢の末期では陶謙が揚州と共に支配し割拠したとありますね」
愛紗「陶謙といえば確か曹操の……」
桃花「曹操さんのお父さんを陶謙さんの部下が殺しちゃって、怒った曹操さんが徐州の人たちを大量虐殺しちゃったんだよね………」
零夢「……………………(気を取り直すように小さく咳払い)次に地形の説明に入りますが、徐州は華北平原の東南の位置し地域一帯では平原の中に丘陵地が点在している事が特徴的です。なかでも徐州の街は四方を丘陵に囲まれており要害の地とされ、騒乱の世では常に戦火に巻き込まれていたそうです」
鈴々「どの時代でも守りが堅い町だからずっといろんなところから狙われたのか~なんか変な話なのだ~」
愛紗「落としにくい場所であるが故に戦国乱世では持っていない誰もが望み奪おうと動き、もっているものは当然堅守する。長所が逆に戦の火種の原因になるとは………皮肉な話だ」
零夢「まだ他にも歴史や地理などの説明は残っているのですが、それを全て語るとものすごく長くなってしまいますので、其方は興味のある方にご自分で調べていただくとして。次に参りましょう」
恋「………………本当は…………コメント返しだけど……………前の回で作者がもう答えたから………………省略」
愛紗「では最後に次回予告だな!次回では夏候惇率いる曹操の軍団10万と博望坡の新野城で対決するという話」
桃花「あ、待って愛紗ちゃん!皆が舞台(作中)に出てるときジャーマネ(作者)さんから次回は急遽ご主人様と零夢ちゃんの特訓を主にした小話に変更って連絡来てたよ?」
愛紗「なっ!?またあの人は勝手に………」
星「まぁそういうな愛紗よ、そろそろ正真正銘最後のようだから皆で挨拶をして締めようではないか」
愛紗「う、うむ」
鈴々「それじゃ、いくのだ!せ―のっ」
一同「今回も最後まで閲覧いただきありがとうございました!次回もわれわれ一同がんばりますのでこれからも作者共々よろしくお願いします!」
鈴々「なのだ!!」
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前回シリアスになったので今回はギャグ………になっていたりいなかったり;今回はおまけみたいな間隔で付録のようなもの作ってみました。正直な感想お待ちしてます!^^