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蓬莱学園の迷宮『第一話・旧図書館整頓隊55分隊』4 5 6/6

さん

N90蓬莱学園の冒険!の二次です。第一話完結しました。お付き合いありがとうございました。

2014-06-08 09:41:04 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:643   閲覧ユーザー数:643

★真央、戦う

 

まさに出合い頭。この部屋には先客がいたのである。数名の生徒達が室内に散らばっている本を無造作に拾い集めているところだった。

 

「ちっ! 整頓隊のやつらか」

「命が惜しかったらさっさとここから出ていきな!」

「邪魔しやがったたたじゃおかねーぞ!」

 

彼らは六名程。それぞれが銃を手にしており、銃口が五十五分隊の面々につきつけられた。

 

「他の整頓分隊、じゃなさそうね」

 

カーラがキッと睨みつける。

 

「どう見ても図書泥棒ですね」

 

一也が肩をすくめる。

 

「トカレフの粗悪品か。銃の構え方がなってないな」

 

敬介の眼鏡が冷たく輝く。

 

「よかったな真央ちゃん。出番だぞ」

 

アレクが真央に囁く。

 

「お任せを! 子供じゃないことを証明してみせます!」

 

そう言って真央がジリっと前に出ようとするのを、意外にももう一人の護衛員、一也が待ったをかけた。

 

「先輩、実はアレが完成しました。ちょっと試させていただけませんか」

「ほう」

「え! できたのか、すげーじゃん!」

「見たい見たい!」

 

「よし、存分にやれ」

 

「了解です」

 

何やら内輪で盛り上がっている。真央はカチンときた。

 

「織田先輩! あたしの見せ場を盗らないでくださいよ!」

「まあしばらく黙って見てろ。それ!」

 

一也は持ち歩いていた学生鞄を開くと、中に入っていた巨大な試験官を取りだし、図書泥棒たちに投げつけた。

慌てた彼らは銃を乱射する。何発かが命中し、試験官は入っていた液体を巻き散らしながら当然のように砕け散った。

「なんです? 化学兵器ですか? え?」

 

口を尖らせながら見守る真央。

だが試験官に入っていたのは液体だけではなかった。何か白い棒のようなものが飛び出すと、みるみる大きくなっていく。それはあっという間に1メートルほどまでに成長し、手足のようなものが生え、すっくと地面に立ち上がったのだ。

見た目は手足のついたダイコンのようで、頭と胴体の区別はないが、上から三分の一ほどの所に丸い穴のような目と口があった。

 

「なにあれ!」

「かわいい〜!」

 

女性陣の黄色い声を受け、ダイコンもどきはジリジリと図書泥棒に近寄っていく。

 

「ホムンクルスさ。この前に見つけた第四種閲覧禁止図書を参考にしたんだ」

 

一也が得意げに説明する。整頓隊員は自分たちが見つけた本を優先的に利用できる。それが閲覧禁止図書に指定される場合もあるので、最初に読めるという利点は計り知れない。

 

「錬金術研にとって旧図書館は宝の山さ。行け、トレース!」

「●△×□!」

 

ホムンクルス・トレースは一也の命令に奇声で応えると、図書泥棒たちに向って突っ込んでいった。

 

「うわあああ!」

 

得体のしれない怪物が自分たちめがけて駆け寄ってくるのに、図書泥棒たちはパニックになって撃ちまくる。

ホムンクルス・トレースは銃弾を巧みにかわし、また当たっても気にせず、手前の一人に飛びかかるや強烈な蹴りを喰らわせた。

 

「ぐは!」

 

見かけより力は強そうで、蹴り付けられた者は前歯を折られてひっくり返った。

 

「ひとり撃破!」

「もうひとつ! クァットゥオル、行け!」

 

一也は鞄に残っていたもう一本の試験官も投げつけた。そこから同じようなホムンクルスが現れ、別の図書泥棒に向って行く。

 

「凄い凄い! カプセル怪獣、カプセル怪獣ですね!?」

真央は大はしゃぎであるが、自分の勤めは忘れていなかった。図書泥棒たちの注意がホムンクルスに向いている。これはまたとないチャンスだった。

 

「真央、行きます!」

 

風のように駆け出すと相手の懐に潜り込み、いつの間に抜いたのか刀の切っ先を相手の持つ銃に擦り付けるようにして振り上げる。

 

「ぐあっ!」

 

真央に親指だけを半ばまで斬られ、男はたまらず銃を落とす。その相手の身体を別の者に突き飛ばし、盾にしながら巧みに接近すると、彼女はまたも素早く回り込んで斬りつける。ここでも指だけを狙い、敵の戦闘力だけを確実に奪っていく。

 

「ほう、新陰流か?」

「あいつやるじゃん!」

「そうだな、巡回班の推薦状は本物だったようだ」

 

分隊の大人二人が感心してる間に、図書泥棒たちは二匹と一人によってほぼ一掃された。

 

「先輩、終わりました!」

 

笑顔で手を振る真央。だがその声と同時に一発の銃声が響いた。

 

「!」

 

銃弾が真央の顔をかすめて飛んでいき、髪の毛が数本犠牲になった。

 

敬介の手に握られたワルサーP99の銃口が真っ直ぐ真央に向けられている。恐る恐る真央が振り返ると、図書泥棒の一人が肩を撃ち抜かれてうめいていた。最初に蹴り倒されたやつが意識を取り戻して真央を狙っていたのだ。

 

「油断するなと言っただろう」

「・・・先輩、銃火器研にも入ってたんですか?」

「今まではわたしが護衛員の兼任だったのだ。今後はわたしに銃を使わせないでもらいたいな。整頓に支障が出る」

 

表情は変わらないが、敬介はかなり怒っている。気温が一気に五度は下がった。眼鏡から冷気がほとばしっている。

 

「はい、すいません・・・」

「ま、まああれだぜ、それにしても凄いなその刀!」

 

しょんぼりする真央に気を使い、アレクが必死に場を取り繕う。

 

「いわゆるあれか、古今無双の業物ってやつか?」

「・・・いえ、違います。これは新刀です。入学のお祝いに、お母様がお友達に頼んで作っていただいたのです」

「つくってって、こんな凄いの作れるのは何人といねーんじゃねーか? お前のかーちゃんなにもんなんだ?」

「何者って言われても・・・ただの美人なお母様ですけど?」

「・・・・」

「え? なにか?」

「・・・いや、別に。それにしても惜しいな。その刀一振り売り払えば、一生遊んで暮らせるんだが・・・」

 

物欲しそうなアレクの目から、真央は大急ぎで刀を隠す。

 

「う、売りませんよ、絶対! それにそんな高いものじゃありません!」

「この男はまがい物の盗品を、ヨーロッパの金持ちに売り捌く術に長けてる。こいつにかかればその刀も三億にはなるだろう」

 

敬介の冷たい視線がアレクに向く。だが気温は少し戻ったようだ。

 

「ところで、その刀に銘はあるのか?」

「えと、はい、あります。銘は『いするぎ』です」

 

何気ない問いだったが、真央の答えに敬介の眼鏡が微かに動いた。

 

「『いするぎ』か・・・・なるほどな」

「先輩方! 悠長に喋ってないでなんとかして下さいよ!」

一也が悲鳴を上げて敬介らを呼んだ。そしてさらに悲鳴の大合唱をしているのが、床に転がっている図書泥棒たちだ。一也が「カーラが」と告げたとたん、大人二人に緊張が走った。

 

「あら、どうやら弾は抜けちゃってるのね。残念。じゃあとりあえず応急処置を・・・・」

 

「ギャー〜ーーー!!!!」

 

「カーラ先輩、悪者までちゃんと治療してあげるなんて! さすがは白衣の天使、保健室の女神さまです!」

 

真央は感動に眼を潤ませているが、他の三人に表情はない。

 

「まあ! 指が千切れかけてるじゃない! 素敵! お姉さんが治してあげますからね。アレク先輩! 患者さんを押さえてくださーい!」

 

「ちぇ、また俺がそんなつまんねー役かよ」

 

ぶつぶついいながらアレクは『患者』を羽交い締めにする。カーラもその腕を動かないように抱え込むと、ポーチから縫合用の針を取り出した。

 

「じゃあ行くわよ。あ、その前に消毒ね」

「ギャー〜ーーー!!!!」

「はい、がまんがまん。ちゃんとしとかないとばい菌が入りますからね。じゃあ縫うわよ」

「ギャー〜ーーー!!!!」

「大丈夫、指はちゃんと動くようにしてあげますからね」

「ギャー〜ーーー!!!!」

「痛くない痛くない!」

「いや痛いって・・・」

 

指に突き刺される針を間近に見て、アレクの顔から血の気が引く。

 

「あの・・・・ひとつお聞きしても?」

 

真央がさすがに小声で囁く。

 

「なんだ?」

 

「麻酔、しますよね。普通は?」

 

「普通はな」

 

ここで真央の顔色も青ざめる。

 

「麻酔薬がないとか?」

 

「いや、あれはワザとだ」

 

「ワ・ザ・と?」

 

「いいか朝倉。カーラの前でケガの話はするな。病気の話もだ。必ず治る。応急処置と外科手術に関しては凄腕の持ち主だ。しかし治ることは治るが、代償が大きすぎる」

「白衣の悪魔、保健室のサディスト。それがカーラの二つ名だ」

 

敬介と一也の説明に、真央はコクコクと頷くしかなかった。

 

「あら?ア レク先輩もケガしてませんか? お薬つけましょうか?」

「いらねーよ! お前のつける薬は滅茶苦茶痛いんだよ、しみるんだよ!」

「良薬口に苦しですよ、せーんぱい?」

「物には限度ってもんがあんだろ!!」

 

そんなことを言っているうちに、縫合手術もなんなく終わったようだ。指先に包帯を巻き、道具を片付け終わった時・・・風が吹いた。

★真央、悪戦苦闘す

 

「ええ!?」

 

唐突に空気が変わったのが真央にもはっきり分かった。

敬介の氷眼鏡とはまったく異質な、身体の芯まで凍えてしまいそうな冷気が一気に背筋を駆け上がった。発熱の前に感じるような悪寒がまとわりついて離れない。健康な者でもいきなり病気になってしまいそうなほど空気が淀んでいる。瘴気とはこういうものを言うのであろうか。

アレクとカーラも敬介の側に急いで駆け寄る。

 

「これ、やばくない?」

 

「やばいな、すこぶるやばい」

 

空気が重い。さっきまで呻いていた図書泥棒たちは、怪我した仲間を担ぎ上げると脱兎のごとく逃げ出した。彼らの血の跡が点々と続く。

 

「なかなか機を見るに敏だな」

 

「先輩! 感心してる場合じゃないですよ! なにか近寄ってきますよ!?」

 

微かな物音がどこからか伝わってくる。何かが軋み、たわむような音。何かが這いずるような音。それは次第に大きくなり、得体の知れない何かが近寄ってくる気配は濃厚だった。

 

「血の臭いにひかれてきたか」

 

床にはかなりの血が流れており、一部は床下に染み込んでいる。敬介はここで血を流したことを今さらながら後悔した。

 

「どうするんです? 戦うんですか?」

 

真央が刀を構え直す。手に汗が滲んでいる。

 

「いや、我々もやつらにならう。逃げるんだ」

「ええ?」

「本来怪異は人が挑むべきものではない。逃げられる時は逃げ、かわせる時はかわす」

「そうと決まれば急ごう! トレース、クァットゥオル、行け!」

「みんな俺について来い!」

 

ホムンクルス二体とアレクが先頭になり、一也とカーラが真ん中、後衛を真央と敬介が受け持って、一行はより安全そうな来た道とは反対側に走り出した。

 

「今、悲鳴みたいなのが聞こえなかった?」

「聞こえましたね、確かに」

 

それは図書泥棒たちの声だっただろうか。

「やつら、喰われたな」

「いやー! あたしは聞いてません、聞こえてません!」

 

「お前ら気をそらすんじゃねぇ! しっかり俺について来ないと道を間違うぞ! そら右だ。真っ直ぐ!」

 

アレクの指示を頼りにして、その背中を全員が必死で追いかける。

 

「突き当たりを左へ。そこの階段に飛び込め、上だ! ちっ、行き止まりか。この階に出ろ。廊下左だ」

「先輩、この階は真っ暗です! なにも見えません!」

「ライトあんだろ、灯けろ! ・・・眩し! こっち向けんな! そこ穴あんぞ気をつけろ。右側の教室、突っ切るぞ。そこじゃない、右だ。そうそれそれ。そこから向こうに・・・よしOK。そこの階段上がるぞ! もうひとつ上だ! ここで終わりか。仕方ない右だ。走れ! 道なりだ! そこ左に行け! うわ、なんだ、どうした!?」

 

アレクが何かに躓いたようにバランスを崩した。一緒に先頭を走っていたホムンクルスが、いきなりアレクの足に飛びついてきたのだ。

 

「先輩! ストップ、ストップ!」

 

一也もアレクを止める。

 

「この先もヤバそうです。こいつらが行きたがらない。別の何かがあるみたいだ」

「ちっ、しょうがねーな。さっきのやつはまいたか?」

 

みんなは息をひそめて辺りの様子を伺う。

 

だが・・・・。

 

「なにか聞こえます!」

 

それは何かが這いずりながら移動する音だった。あの音である。しかも音は次第に近づいてくる。

 

「ダメだ。しっかりついてきてます!」

「どういうこった? こんなしつけーやつ初めてだぜ!」

「恐らくあいつらを喰って活性化してるんじゃ・・・」

「ひーっ!」

「それにやつらと接触した我々にも執着してるんだ。味を・・・覚えたんだ」

 

「俺たちゃたんなるおかわりかよ!」

 

「まさに前門の虎後門の狼ですよ。どうします?」

 

最後の決定を敬介に託す。

 

「なんとかやり過ごす。一也、結界を」

 

一瞬考えた後、敬介は決断した。

 

「了解!」

 

一也は鞄から道具をとり出すと、大急ぎで床に魔除けの文様を描きはじめる。

 

「これでで私たちを見失ってくれるといいけど・・・」

カーラも不安を隠せない。そっと自分の身体を抱きしめる。

這いずるような音はますます大きくなり、重量があるのか床や壁が軋む音や破壊音のようなものまで聞こえてくる。

その音から察すると、それは巨大な蛇のようでもあり、吸盤を備えた大蛸の腕のようでもある。そんな不気味な想像を頭を振って追い払う。

 

「しかし無事にやり過ごせたとしても、あんまり凄いもん見ちまうと持ってかれるぜ」

 

アレクが頭を掻き回す。持っていかれるのは精神か、魂か。一也の描く模様はようやく半分というところだ。

 

「大体、なんでこんな物騒なやつが軍艦図書館のすぐ上にいるんだよ! 第四図書回廊じゃねーっての。こんなの聞いてないぜ!」

 

第四図書回廊。通称『死の回廊』。旧図書館で最大の危険地帯である。

 

「同感だ。戻ったらλ(ラムダ)指定を進言しておく」

「ああ! 無事戻れたら、ぜひそうしてくれ!」

 

不安からアレクですらそう叫ばずにはいられない。

這いずる何かはすぐ下の階まで迫ってきたようだ。

皆の緊張が高まり、魔除けを描く一也の手元に視線が集中する。

 

「え?」

 

その視線の先を、何か黒いものが横切った。あきらかに場違いなものが。

 

「にゃあ」

「クーちゃん!」

 

それは入口で見つけたあの黒い子猫だった。子猫は魔除けの模様を悠然と横切ると、こちらを振り返ってにゃあと鳴き、またトコトコと歩き始める。まるでついて来いと言わんばかりだ。

 

(だが待てよ)

 

頭の中に疑問が渦巻く。

 

(あの子猫はいったい今までどこにいた?)

 

(真央が抱き上げ、肩口でうずくまったのまでは見た)

 

(その後ずっとそこにいたのだろうか? あんな黒いものがそこにあっただろうか? 今までずっと?)

 

だが脳が痺れたような感じで、考えがまとまらない。

 

(・・・いや、あったのだろう。いたのだろう。でなければ話が合わない)

 

(そうでなければ、子猫がここにいるはずがないではないか)

 

そんな葛藤があったのを知ってか知らずか、子猫を追いかけて真央が駆け出す。

 

「だめだよクーちゃん、危ないよ!」

 

そんな真央につられるようにして、皆は結界の外に一歩踏み出す。

その途端、足元に突然口を開けた穴の中に、彼らは真っ逆さまに落ちていったのである。

 

★真央、暗闇の中で

 

「あれ?」

 

しばらくして、あるいは一瞬の後、真央はゆっくりと目を開いた。

周囲は完全な闇で、天井も壁も見ることは出来ない。あるいは何も無いのかもしれない。足が床についている感覚もない。

世界は完全な静寂と闇に満ちていたが、自分の姿を見ることはできた。ぼんやりとした光が自分自身を照らしていたからだ。

 

「ここは?」

 

辺りを見回すと、仲間たちの姿も同じように見ることができた。全員気を失っているのか目は閉じたままだ。

 

「みんな! よかった無事だったんだ! 先輩! 高城先輩!」

 

「・・・朝倉。無事なようだな」

 

真央の声に敬介がゆっくり目を開いた。それに呼応するかのように、他の三人も目を覚ました。

 

「ここは、どこ?」

「さてね。ところでこの灯は・・・」

 

奇妙なことに、それぞれを照らす光の色が違っていた。真央は赤い光、敬介は緑の光というように、一也は青、カーラは黄色、アレクは白だった。真央は赤い光のさす方向になんとなく目を向け、一気に目が覚めた。光っているのは彼女の手だったのだ。

 

「ひー! なんですこれ、これなんです!?」

 

正確には、光っているのは彼女の手にくっついている、五百円硬貨ほどの大きさの硝子玉だった。それが淡く赤い光を放っていた。真央は手を振り回して外そうとするが、外れる気配は全くなかった。

 

「なんだこれ・・・」

「綺麗・・・」

 

皆が違う色に包まれ、その手の輝きを見つめていた。硝子玉はゆっくりと手の中に沈み込んでいくようであり、よく見ると中に何かが見えた。

 

「文字?」

 

硝子玉の中に、一文字の漢字が浮かんでいたのだ。

 

「僕のは『水』と読める」

 

一也は水。

 

「あたしのは『火』です」

 

真央は火。

 

「『土』かしら?」

 

カーラは土。

 

じっと見つめる敬介の手の文字は『木』であった。

 

「へへ『金』とは俺様の好みをご存知でいらっしゃる」

 

アレクのは金。

 

「それは五行のひとつで金属を現す記号だ。マネーとは違うぞ」

 

敬介がアレクをたしなめる。

 

「ごぎょう? 五行ってなんぞ?」

「木、火、土、金、水。古代中国の思想で万物はこの五つの元素からなるという物だ」

「はあ? なんでそんなものが手の中に?」

 

「『応石』だ」

 

「『おうせき』?」

「そうだ。これは応石のうちの『行石』と呼ばれるものだ」

「ちょっと待て。応石って、九十年動乱の時に出現したってあれか? 伝説の?」

「そうだ。この行石の出現が動乱の始まりだったと、記録にある」

「マジか・・・・」

 

アレクが自分の手で白く輝くモノをじっと見つめる。

 

「こいつは面白くなってきやがった!」

 

「なんですか?応石ってなんですか?」

「詳しいことは分からん。九十年動乱の記録はあまり残っていない。だがこれは始まりだ」

「始まり?」

「そうだ。これから何かが学園に起こるということだ。凄いことがな」

 

そして彼らが見つめる中、応石はゆっくり手の中に沈んでいき、同時に輝きも薄れていく。石が完全に手に呑み込まれると光も消えた。

それを合図にして、糸が切れたように彼らは再び暗闇の中を落下していった。

★真央、天井から落ちる

 

突然部屋に人間が降ってきたら、いったいどんな騒ぎになるだろうか?

 

「うわああああああああ!」

「ぐは!」

「痛い!」

「どけ、どいてくれ! 重いー!」

 

残念ながら五十五分隊の面々が落ちてきたのを目撃した者はいなかったが、落ちてきた彼らが騒々しいことこの上なかった。

しかも彼らが落ちてきた衝撃で床に積もっていた埃や紙屑の類が舞い上がり、周りの様子すら何も見えないようなありさまだった。

 

「げほげほ、みんな居るか? 無事か?」

「朝倉、生きてます!」

「僕も、大丈夫です」

「あら、みんなケガはないのね。もちろん私もOKよ」

 

どうやら全員無事のようだ。かなりの距離を落下したように思えたが、誰もケガをしている様子はない。

落ちた場所に本の成れの果ての紙屑などが堆く積み重なっていたのが、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

「ここはいったい・・・」

 

しばらくすると舞い上がった埃もようやく薄らぎ、あたりの景色が見えるようになってきた。

どうやらまだ旧図書館の中らしい。かなりの広さの閲覧室のようだ。周りには朽ち果てた椅子や机が並び、見上げると天井には大穴があいていた。

 

「何か見覚えがって、あれ、ここは!?」

 

そう、ここは彼らが以前大発見をし、今日も最初に訪れたあの部屋だった。彼らが見上げていたあの天井の穴から、ここに戻ってきたのである。

 

「一将功成らずして万骨涸る、か」

「ふりだしに戻る、だな」

 

天井の穴を見上げる敬介の肩をアレクがポンと叩く。

 

「ふりだしに戻ったらまた進めばいいさ。全くの無駄ではなかったしな」

「・・・そうだな」

 

そして彼らは自分の手を見た。今そこには何もない。だが予感はあった。

なにかとてつもなく面白いことがおこりそうだ、という予感が。

 

【第二話へ続く】

 


 
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