No.690713

機動戦士ガンダムINFINITTO SEED PHASE1 変わることのない人の憎悪

インフィニット・ストラトスによって歪み、争いの堪えなくなってしまった時代。そんな世界を変えようと必死に戦ってきた私設武装組織【ソレスタルビーイング】は、終戦と共に各国の被験者たちを連れて煙のように消えてしまっていた。
そして舞台はコズミック・イラ70。
コーディネイターとナチュラルという差別によって生まれた争いの世界にソレスタルビーイングが武力による介入を開始する!

注意!

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2014-05-31 23:46:28 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:5185   閲覧ユーザー数:5011

西暦2×××年。

女性にしか扱うことの出来ないパワードスーツ、『インフィニット・ストラトス』通称ISの登場によって、世界は女尊男卑社会に陥った。

いわれのない性別による差別は、ISの登場より七年の月日を掛けて、人類のおよそ半分……とどのつまりは男性たちによって結成されたテロ組織によるテロ行為が頻繁に行われるようになり、結果的に世界はその大地を、海を、空を、戦場へと変貌させてしまうこととなってしまった。

一度はISの圧倒的な勝利を信じて疑わなかった彼女たちIS側は、ISの使用を制限する『ISジャマー』のような様々な道具や作戦でISの力を封じ、徐々にその差を埋めていった。

後にこれは第三次IS世界大戦と呼ばれることとなり、六年間続いたこの戦争でおよそ七十億人以上いた人類は六十億にまでその数を減らしていた。このほとんどが男性であることに間違いはなかったが、女性側にも無傷とは言えない大ダメージを受けていた。また、世界には知らされていなかったが、この戦争の背景には第三の勢力が猛威を奮っていた。

 

元ロシア国家代表、更識楯無。

 

その妹の元日本国家代表候補生、更識簪。

 

元中国代表候補生、鳳鈴音。

 

元イギリス代表候補生、セシリア・オルコット。

 

元フランス代表候補生、シャルロット・デュノア。

 

元ドイツ代表候補生にして元ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』(通称:黒ウサギ隊) 隊長。ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

ISの産みの親、篠ノ之束。

 

その実妹にして、元IS学園所属の篠ノ之箒。

 

世界最強のIS乗りと謡われていた元IS学園教員、織斑千冬。

 

そして、その弟であり、世界初にして唯一のIS男子搭乗者、織斑一夏。

 

彼らはそれぞれ戦時中に機体を失いながらなおも人々が本当の意味でわかりあえるはずだと信じ、その手に武器を握り締めては戦場を駆け抜けていた。

しかし戦後、各国政府が血眼になって彼らの捜索を続けたものの、第三勢力、『ソレスタルビーイング』通称SBの構成員の発見、又はそれに関する情報は一切得ることは出来なかった。何故彼らをそこまでして捜索するのかというと、それは戦争後半の一年間、彼らが両陣営にてそれぞれ行われた違法施設を虱潰しに破壊していき、そこにいた被験者たちを全て連れ去って行ったからであった。

ちなみにこの違法施設は男性側が単体でIS一機を破壊できるよう肉体強化の薬品の投与を、女性側はよりIS適性向上のための薬物投与と、どちらとも薬物による人権を無視した強制的な行為に走ってしまっていたのである。その他にも、ISを体内に同化させる機械化や疑似ワービースト、IS適性が高いにも関わらず戦う意志が無い者を洗脳するなど数々の非道な行為がなされていた。

 

もし、このことが表舞台に明るみにでてしまえばと恐怖した両陣営だったのだが、一体どういう訳なのか、終戦から八年経った今でも彼らの行った非道な実験は明るみにでることはなかったという。

それは、ある意味では当然のことだったという事を彼らは知らない。

何故なら彼らは、とうの昔にこの世界から姿を……いや、存在そのものを消し去っていたのだから━━。

キータイピングの音がタップダンスを踊っている。

ヘルメットに内蔵された通信スピーカーから聞こえてくる音だ。ボリュームは微かだが、軽快なリズムが鼓膜を擽る。それが戦況オペレーターの夜竹さゆかと谷本癒子による二重奏である事を、ラウラ・ボーデヴィッヒは知っていた。彼女たちはコンピューターに必要なデータを打ち込み、システムを立ち上げようとしている。

無骨なコクピットの中でこの音を聞くのも、これで何度目になるのだろう。

今までのテストは全て失敗に終わっている。どうやら構築しようとしている新システムは、かなり難しいようだ。

ラグランジェ3。

地球から見て月の反対側に位置する重力場と遠心力の拮抗点。

そこに、ラウラはいた。

ラグランジェ3には他のラグランジェポイントと同様、多数の資源衛生が漂っている。スペースコロニー建設計画のために外宇宙から運び込まれたものだが、その中の一つに、内部をくり貫かれて建設された私設武装組織、ソレスタルビーイングの秘密基地があった。ラウラは今、その秘密基地の中で、薄紫色のパイロットスーツを身に纏い、全長十八メートル近くはある巨大な人型兵器のコクピットに座っている。

その名はモビルスーツ。

それはこの世界における、機動兵器。

数年前にとある財団が託してくれた特殊な粒子を放出する動力源とISのコアを融合させて搭載したモビルスーツ。

RX-0/GNIS ユニコーンガンダム。

それがこの機体の名だった。

直線と曲線を滑らかに繋ぎ合わせた全体のフォルム、額から突き出た一角のようなマルチブレード・アンテナ。全体から眩い白の光を放っている装甲。

現在はまだ装備されていないが、実戦時には二本のビームトンファーと一本の対艦刀、その他諸々の武装を持ち、敵に斬り込んでいく近接戦闘タイプの機体━━かつて共に戦った純白の騎士と同じコンセプトを持つ後継機にあたる機体であった。

しかし、今はまだその背部にある動力源は稼働していない。

インフィニティ・ドライヴシステム。

GNドライヴを提供してくれた財団が木星で造り上げた、モビルスーツに搭載されている特殊な粒子によって無限のエネルギーを供給するGNドライヴにISのコアを融合させ、ISのシステムに加えて戦う度に進化し続ける最強の機体へと誘うシステム。

GNドライヴを提供してくれた際に、一緒に送られたこのシステムは、現存するどんなモビルスーツをも遥かに凌駕した機体が出来上がるだろう。しかし、しばしば精密な機械が繊細であるように、インフィニティ・ドライヴシステムもその高性能故か扱いづらさは並大抵のものではなかった。

現在、ソレスタルビーイングの秘密基地では、インフィニティ・ドライヴシステムのマッチングテストが行われている。

簡単に言えば、GNドライヴとISコアの相性を試しているのだ。

格納庫に佇立するユニコーンの背部には、すでに自身のGNドライヴにシャルロット・デュノアの愛機、ラファール・リヴァイヴカスタムIIのISコアが載せられている。オペレーティングルームには、さゆかと癒子の他に、数名のオペレーターと、システム開発の実質的主任である篠ノ之束と五反田厳が詰めていた。

六つあるGNドライヴと八つある赤椿、ブルー・ティアーズ、甲龍、ラファール・リヴァイヴカスタムII、シュヴァルツァ・レーゲン、打鉄弐式、霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)、そして暮桜のISコアの組み合わせは、これで四十通り目……つまり、最後のマッチングテストということになる。それまでの組み合わせは全て、『不可』の診断が下されていた。

「何て好き嫌いの激しい(システム)だ。これが人間だったら誰も寄り付かねえぞ」とは厳の弁である。

だが、そうそう軽口も叩いていられない。もし、完成できなければ、不世出のシステムも、そのために用意された機体も、全てが無駄になってしまうのだから。

 

『ユニコーン、各部問題ありません』

 

ユニコーンのコクピットにさゆかの声が届き、ラウラは現実に目を向けた。

コクピットのサブモニターには、ユニコーン本体とGNドライヴ、そしてISコアの状況がリアルタイムで映し出されている。GNドライヴとISコアを本体システムへ接続開始する。個々に動いているぶんには何の問題も見当たらない。背中のGNドライヴも、その中に埋め込まれたISコアも、それぞれ異状を示すことなく両方ともアイドリング状態をキープし続けていた。

ここまでは何時も通りである。問題は、この先にあるのだ。

 

『GNドライヴ、及びISコア、正常に稼働です』

 

癒子の声が聞こえた。これはラウラというよりも厳たちに報告するものだ。

『うん』と束が応える。

 

『マッチングテストを始めるよ。お願いねらーちゃん』

 

「了解」

 

いい加減、そのらーちゃんとやらを止めて欲しいものだが、仕方なく指示を受け、ラウラがコクピットのコンソールパネルを操作した。

 

「GNドライヴ、ISコア。リポーズ解除」

 

インフィニティ・ドライヴシステムが走り始める。

二基の動力源と中核がそれぞれ回転数と光を上げ、猛り始めた。ヒュオオッという空気を切り裂くような音が格納庫の中に満たされていく。放出されるGN粒子の量とISから生まれる粒子も刻一刻と増していき、それが光の放流となって背中から羽ばたいていった。

 

『トポロジカルディフェクト、基低状態より高位へ推移。インフィニティ・ドライヴの粒子同調率、35、37……40……』

 

さゆかによる状況報告が入る。同様のデータはコクピットのサブモニターにも映し出されていた。ラウラは瞬きもせず、それを凝視している。

背中のGNドライヴの回転音が、徐々に高く鋭くなっていった。

 

『……47……49……』

 

80パーセントを越えれば安定領域に入る。設計データにもそう記載されていたし、これまで繰り返し聞かされてきたことだ。

しかし、その80という数値がシステムにとっての越えるべき見えざる壁なのである。

 

『……55……58……60パーセントを突破しました』

 

……行けるか?

ラウラの中にその思いが浮かんだ。これまでのテストでは、この辺りでノイズの入ることがあった。しかし今回はそのような兆候が見なれない。同調率はなおも上昇を続けている。

賽の目は良い方に転がりそうだった。

その時である。

 

『トポロジカルディフェクトでのインスタリビティーが発生です!』

 

癒子の叫び声が響いた。

 

『なに!?』

 

厳が反応したと同時に、同調率に変化が生じる。急激に数値が減少し始めたのだ。

70台に差し掛かろうとしていた数値は、見る間に30台に、20台に、10台に減じていく。暴走を防ぐための緊急停止プログラムが作動したのだ。

頭を抱えるような厳の自問が耳を持つ。

 

『なんでだ、なんで安定しない!?何が足りないっていうんだ!?』

 

その気持ちはよく理解できた。

ラウラの心の中にも荒波が立っている。「システムが完成させられない」という一語が何度も脳裏を掠めていき、その度に彼女の内側に冷たい汗が流れ落ちていく。平時であれば、もっと鷹揚に失敗を受け止められるだろうが、残念ながら彼女たちにはそれほど余裕がない。じっくりと腰を据えてテストを繰り返し、少しづつ完成に近付ければいいというほど悠長な時間はないのである。

 

C.E.(コズミック・イラ)70。

それが今、彼女たちが存在している世界の年号だった。

遺伝子操作を受けて生まれたコーディネイターと、遺伝子操作を受けずに生まれてきたナチュラルとの憎しみが憎しみを呼ぶ争いを続ける世界。

かつてISの存在によって人類が殺し合った世界を変えようと戦ってきた彼女らにとって、そのような世界を放ってなどおけなかった。

すぐにでも行動を━━。

その声は多く挙がったが、現在のソレスタルビーイングにはコーディネイターのザフト軍にも、ナチュラルの地球連合軍にも対抗できるだけの戦力がなかった。

ザフト軍にはIS以上の火力と強度を誇るモビルスーツ、ジンがおり、地球連合軍には戦闘機以上のポテンシャルを持ったモビルアーマー、メビウスと圧倒的な物量があった。

対してソレスタルビーイングはというと、あの世界での戦いの中でコアを残し、ISは全滅。それに対抗するために造り上げている機体も、つい先日ようやくモビルスーツが六機、ロールアウトしたばかりである。

そんな彼女らにとって、インフィニティ・ドライヴシステムは期待の新システムであった。完成すれば高いポテンシャルを持つモビルスーツが生まれるかもしれない。これから戦う敵との戦力差を一気に縮めることが出来るかもしれない━━。だが、それを完成させられないでいる。彼女たちの落胆が色濃くなるのも仕方のないことだった。

 

『これで、今ある全ての組み合わせは試したことになりますね』と嘆息めいた山田摩耶の声が聞こえた。

ラウラが願いを込めて呟く。

 

「……最後の望みは白式……白騎士の、ISコア……」

 

だが、その白式はこの世界にやってくる際にパイロット共々離れ離れとなっている上に未だに連絡がついていなかった。パイロットが生きているのならば何らかの形で連絡を取ろうとするはず、それがないということは白式ごとこの世界に来た直後に死んだと考えた方がいい。事実そう受け止めている者も多いが、ラウラは違っていた。

彼は生きている。

そして再び戻ってくる。

大人の理不尽で苦しめられてきた子供たちを身を呈して守り抜いたあの騎士が今もなお行方不明の子供たちを引き連れてこの戦乱に満ちた世界を見続けているのならば、動かずには居られない。

彼はそういう男だ。

ラウラは予感めいたものを胸に抱いていた。

彼は必ず戦場に戻ってくる。

歪んでいるこの世界を正すために。

━━織斑一夏は。

宇宙空間には、今日も星の光がたたえられている。

そもそも、そこは人の住む場所ではなく、また人の住める場所でもなかった。

呼吸に必要な空気もなく、太陽から放たれる宇宙放射線から身体を守ってくれるものも、食糧とするための農作物を育てる水も土もない。人が生きるには過酷すぎる極限の場所であった。だが、人類はそこに進出した。

広大無辺な宇宙の、ほんの爪先にも満たない一隅を間借りして、人工の大地を造り、生活空間を築いたのである。科学の力を駆使して。

ラグランジェ3にあるオーブ連合首長国の有する資源コロニー、ヘリオポリスも、そんな大地の一つだった。ヘリオポリスは旧来の円筒型コロニーだ。全長三十二キロメートル、直径三十キロメートルにまで及ぶ巨大な円筒を、太陽光線を集める三枚のミラーが、細長い花びらのように取り囲んでいる。この巨大な円筒を回転させ、遠心力によってコロニーの内壁に擬似的に重力を作り出しているのだ。ヘリオポリスを特徴づけているのは、なんと言っても付属している資源採掘用の小惑星であろう。遠くからこのコロニーに近づいていくと、まるで宇宙空間を漂う巨大な岩壁から、ぬっと生え出したもののように見える。

 

『オーライ、オーライ』

 

誘導員の振る赤い灯に従い、一台の宇宙用工作艇が五メートル四方の合板を骨組みに並べていく。宇宙用工作艇は、四角いコクピットにマニピュレーターとスラスターを取り付けた、その名の通り宇宙用の建設機械(ワークローダー)である。

そのコクピットの中で、一人の少女が慎重にマニピュレーターを操りながらぺろりと唇を舐める。少女は軽く緊張していた。それも無理はない。少女は宇宙へ来て仕事をするようになってから、まだ九ヶ月しか経っていないのだ。少女の名前はシン・アスカ。年齢は十四歳、細くさらりとした髪の下に柔和な面立ちをした若き技師である。一見すると、年齢も相まってやや幼い印象を受ける風貌だが、宇宙での作業員らしく着衣の下には贅肉の少ない引き締まった肉体を持っている。

 

『いいぞ。そのまま、そのまま』

 

誘導員をしている先輩作業員の声がヘルメットの通信スピーカーから聞こえ、シンはそれに従って、そろりそろりと合板を下ろしていく。ガコン、と合板のはまる振動がマニピュレーターを通じて伝わってきた。

 

『よーし、オーケーだ』

 

ぐるぐると誘導灯を回す先輩作業員の姿を見て、シンはほっと息を吐いた。

同時に、本日の終業を報せるメロディがヘルメットに届いた。それまで各所で散っていた火花が止み、作業員たちが競うように出入り口へと向かっていく。シンも、コクピットからは相手に見えないと知りつつも、先輩作業員に軽く手を振り、工作艇を格納庫へと向けた。十ヶ月前に、両親が事故で大怪我を負ってしまい、とても働ける状態ではなくなってしまったため、シンと五つ年の離れた妹のマユ・アスカは、両親の代わりに養ってくれる親戚もいないことから最初はプラントへ移住することも考えていた。だが、オーブを離れたくないというマユの希望から、シンは通っていた学校を辞めて、今こうしてモルゲンレーテの技師として働く道を選んだのだ。…………もっとも、ヘリオポリスに派遣されてしまった為に結局オーブ本土からは離れてしまう形となってしまったことに関してはマユにすまないと後ろめたく感じていた。新人の技師としてモルゲンレーテに登録し、三ヶ月の研修期間を経て、このコロニーへと派遣されてきたのは半年前だ。人生の中で初めての仕事なので覚えることも多く、宇宙での体調管理も厳しくて大変だが楽しく働けている。もうそろそろいっぱしの技師になれてきたかな、と思ったシンの自負は、だが一緒にロッカールームへと入っていく先輩作業員によって簡単に砕かれた。

 

「中々やるようになったじゃない新入りのシンちゃん」

 

「ここに来てからもう半年ですよ。いい加減、その呼び方止めて下さいよ」

 

無重力のロッカールームを漂いら先輩作業員の後ろをついて行きながらシンは口を尖らす。だが、同じモルゲンレーテの技師として登録している先輩技師は、軽く後ろに振り返ると意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 

「半年ですよ。なんて言ってる時点でまだ新入りよ。それにあなたはここじゃちょっとしたアイドルみたいなものなんだからいいじゃない。あたしなんてもうかれこれ五年はちゃん付けされてないのよ?」

 

「………………」

 

ずるいと思う。そんなことを言われていたら何時まで経ったって新入りのままじゃないか。軽い溜息を吐いて、先輩作業員の隣にあるロッカーの扉をシンは開けたところでふと、マユと二人で撮った写真が視界に入った。両親が事故に遭う数日日前に撮ったものだ。今は丁度学校が終わった頃だろうし、早く帰るとしよう。シンはそう思いながら作業服を脱ぎ始めた。

一方同時刻、ヘリオポリスにある工業カレッジのキャンパスにて。

 

『━━では次に、激戦の伝えられる華南戦線、その後の情報を……』

 

キラ・ヤマトは、いつの間にかあらぬ方をさまよっていた視線をコンピューターに戻し、投げやり気味にキーボードを叩いた。茶色い髪に黒い目の小柄な少女だ。まだ幼さを残す繊細な顔立ちは、東洋系のようだが、一見して人種を判別できない。

コンピューター画面の上方に開いた別窓の中では、アナウンサーが相変わらず深刻そうな顔で喋っている。

 

『━━新たに届いた情報によりますと、ザフト軍は先週末、華南宇宙港の手前の六キロの地点まで迫り……』

 

きらり、と、小さな翼で日光を跳ね返し、キャンパスの上空を一巡りして、トリィが戻ってきた。メタリックグリーンの翼を羽ばたかせてキラのコンピューターに止まる。トリィは小鳥を模した愛玩ロボットだ。キラの大切な、小さな友達。

トリィを見る度、キラの脳裏にはこれをくれた親友の面影が浮かんだ。

 

『━━父はたぶん、深刻に考えすぎなんだと思う』

 

別れの日、少年は大人びた口調で言った。黒い髪、穏やかで物静かな面差し、伏せられた目は印象的な緑だった。

彼とキラは四歳の時から、月面都市『コペルニクス』で幼年学校時代を共に過ごした。二人はいつも一緒だった。

 

『プラントと地球で、戦争になんてならないよ』

 

うん……と、キラは頷いた。

 

『でも、避難しろと言われたら、行かないわけにはいかないし』

 

キラはずっと、俯いていた。

彼らは賢明な子供だった。それでも所詮子供でしかなく、社会の情勢や親の意向に従うしかない。別れを受け入れることしかできなかった。

友は俯いたキラを励ますように言った。

 

『キラもそのうち、プラントに来るんだろ?』

 

その言葉に込められた希望が、少しだけキラを慰めてくれた。やっと目を上げて見ると、友は綺麗な緑の目を細めて笑った。その色が、キラはとても好きだった。

 

━━きっとまた、会える。

 

そう信じて別れた。あの時からもう三年━━。

 

「お、新しいニュースか?」

 

突然、ぬっと肩越しに覗き込まれて、キラは我に返った。

 

「トール……」

 

覗き込んできたのは、同じ工業カレッジのゼミに所属するトール・ケーニヒだった。隣には恋人のミリアリア・ハウの姿もある。コンピューターの画面では、ニュースの続きが映し出されていた。立ち昇る黒煙と爆音、逃げ惑う人々、ビルの立ち並ぶ街並みは半壊し、どこか近くで戦闘が続いている らしい。

去年、プラントの擁するザフト軍は、地球への侵攻を開始した。中立国オーブのコロニーであるここヘリオポリスでも、開戦当初はみな、地上で行われている戦況を息をつめて見守っていたものだが、最近はもうそれにも慣れてしまった。

 

『こちら、華南から七キロの地点では、依然激しい戦闘の音が……』

 

リポーターが上擦った声で報告する。

 

「うわ、先週でこれじゃ、今頃はもう陥ちてちゃってんじゃねぇの、華南?」

 

トールがお気楽にコメントする。キラは苦笑し、静かにコンピューターを閉じた。

少々軽率なところがトールの欠点だ。だが、開けっぴろげで裏のない彼が、キラは好きだった。いつも朗らかでしっかり者のミリアリアとは、似合いのカップルだ。

 

「華南って結構近いじゃない?大丈夫かな、本土」

 

ミリアリアは対照的に、不安そうな口調になる。

 

「そーんな。本土が戦場になるなんてこと、まずナイって」

 

どこまでも楽観的ななアセムの観測が、かつて親友の口にした言葉に重なる。キラはふいになんとも言えない不安を感じた。

それでも彼らは、『戦争』なんて、自分たちと関係ないものと思っていた。コンピューターを閉じたら終わってしまう、画面上の単語に過ぎないと━━この時は、まだ。

ヘリオポリス宙域に程近い小惑星の陰に身を潜める2隻の戦艦。その内の一つ、ザフト軍の高速艦ヴェサリウスのブリッジでふわふわと浮いてる人物がいた。

 

「そう難しい顔をするな、アデス」

 

その浮いている人物が話し掛ける。

 

「はっ……しかし、よいのですか?相手は中立コロニーですぞ」

 

艦長席に腰掛ける男、フレドリック・アデスが、仮面を被った男に問う。

 

「先に条約を違反したのはあっちだ。何も問題は無いだろう」

 

そう言って仮面を被った男、ラウ・ル・クルーゼは二枚の写真を投げる。写真は無重力を漂い、艦長の手に収まった。その写真のうちの一枚に映っているのは、はっきりとは解からないが明らかに兵器の一部。そう、モビルスーツと呼ばれる兵器の装甲の一部だった。しかしそれはザフトのものではない。つまり地球軍によって開発されたモビルスーツである。そしてもう一枚も、同じくモビルスーツの写真だったが、こちらはザフト軍の試作機だ。だが、この機体はつい半年前に何者かに奪取されており、写真はその時奪い返そうとした時のものである。

残念ながら機体は取り返せず、中破するまでに終わった。そしてこれこそが、今回彼らがここまでやってきた目的でもあった。地球軍が中立国であるオーブでモビルスーツを開発しているという情報と奪われた試作機が隠されているという情報を入手したザフト側は戦慄した。このモビルスーツこそが今回の作戦目標。地球連合軍がオーブの軍需企業『モルゲンレーテ』と手を組んで 開発した新型機動兵器。通称『G』。その入手した情報からザフトのMSを遥かに凌ぐ性能を誇るという。この『G』計画の阻止と新型機動兵器、そして奪われた試作機の奪取。それが今回の作戦の内容であった。

 

「地球軍の新型モビルスーツ、そして我が軍から盗まれた試作機、ペイルライダー。これが完成したら、戦局に多大な変化を与えるかもしれん」

 

ラウは肩まで伸びた金髪を靡かせ、明後日の方向を見る、

 

「はぁ、いえですがしかし、評議会からの返答を待ってからでも遅くは無いのでは」

 

アデスと呼ばれた男の言葉を遮るように、ラウが言う。

 

「遅いな、私の勘がそう言っている。華南が陥ちた以上、連中ももう手をこまねいている場合ではなくなるだろうからな」

 

「おお、流石は漆黒のブリュンヒルデですか。もう華南を陥としたとは」

 

感嘆するようにアデスが仄めかす。 ザフト軍には漆黒のブリュンヒルデと呼ばれる赤服でも屈指の女性パイロットがいる。彼女が参加した作戦は必ず勝利に終わることからこう呼ばれるようになっておりその異名通り、漆黒のモビルスーツを駆る彼女が地上に降りて僅か一週間で東アジアの拠点であった華南が陥落したのだ。

 

「ああ、その功績により彼女にはネビュラ勲章が授与されるらしい」

 

どこか揶揄するように呟くラウ。他人の功績に興味がないのか、その表情を読み取れない。

 

「我々もまたなさねばならぬことをせねばな。ここでアレを見過ごせば、その代価はいずれ我々の命で支払わなくてはならなくなるぞ?地球軍の新型機動兵器があそこから運び出される前に奪取しなければな」

 

どこか脅迫にも似た口調。上官の意図をはかりかね、アデスは当惑する。

 

「はぁ?そうですか……」

 

「ああ。ここで見過ごしたら、な。勘など現代では非科学的なものだがよく当たるのだよ。私の勘は、そう思わんか?アデス」

 

クルーゼが不敵な笑みを浮かべ、アデスを見る。作戦開始の時刻を静かに待つ2隻の戦艦は、まるで獲物を捕獲せんとする猛獣のような雰囲気を醸し出していた……。


 
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