勝負は実にあっけないものだった。弾幕によって進路を誘導され、待ち構えていた最後の1機によって捕縛。実に息の合った、見事な作戦であった。
キャンサーから伸びるアンカーで潜水艇は固定され、そのまま彼らの母艦へと連行されていった。そうして少女の任務は失敗に終わり、逃亡もまた失敗に終わった。
カメラが破壊され、真っ暗になったスクリーンを眺めて彼女は溜息をついた。捕虜の扱いには一応の条約があったが、それがどれほどの役に立つことか。
海の底は暗く、彼女の気分もまた暗かった。
頭の後ろで手を組みながら、潜水艇から出る。出迎えは武装した兵士が五人。幼そうな顔立ちの者ばかりではあったが、銃口の前ではそんなものは関係ない。トリガーを引けば園児でも巨漢を殺せるのだ。
「あんた、地上の人間だよな?」
男の一人がそう問いかける。答えるべきか迷って、少女は眉を寄せた。もはやこの世界に国家は、地上の『アガルタ』、海底の『ワールドエンド』の二つしかない。ならば問いかける意味はないのだ。味方でないものはすべて敵なのだから。
「あなた方は海底軍ではないのですか?」
「ありゃりゃ……質問に質問で返されちまった。地上の人間はずいぶんお上品な教育を受けてんだなぁ」
少女は内心焦りを感じていた。この船は正規軍のものでは無い可能性が高くなってきたからだ。たしかにこの世界には国家は二つしかなく、軍隊もまた二つしかない。しかし、それは正規軍に限った話である。つまり盗賊、海賊の類は小勢ながら存在しているのだ。
そしてここがもしも海賊の船なのだとしたら、もはや両国の条約などなんの意味も無い。身包みはがれて殺されるか、どこかの変態に売られるか。とにかく碌な未来ではない。
「まぁ、ご想像のとおり俺たちゃ海賊だよ。でも安心しなって。とって食ったりしねえからよ」
肩をすくめて、男は笑った。そのちゃらけた仕草を半眼で眺めながら、少女は言う。
「シゼル・オールディス。地上軍伍長。これ以上は何もしゃべりません。海賊に通じるか分かりませんが、ジュネーブに則った捕虜の扱いを要求します」
そうしてシゼルは独房へと連行された。暗く空気の淀んだ場所。それは、まさに海の底と呼ぶに相応しい場所に思えた。
「そんで地上ってどんなとこなのよ?」
「黙秘します」
椅子の背もたれ側を前にして座った男が、にこやかに問いかけてくる。イオンと名乗ったその男は、どうやらこの船の船長らしかった。しかし、船長らしき威厳は微塵も感じられず、ただ軽薄な印象のみをシゼルには与えていた。
「俺ら気ままな自由業だけどさ、まだ地上って行ったことねえんだよなぁ。やっぱアレ? 空気がうめえの? うまい空気ってのは想像できねえなぁ」
「黙秘します」
かれこれ一時間ほどこうした不毛なやり取りが続いていた。捕虜に対する虐待などはなかったが、これはもう拷問なのではないか、とシゼルは思いはじめていた。それほどにイオンの会話に意味はなく、尋問、拷問の類を想定していた彼女を脱力させていた。
そんな状況に気が緩んだのだろうか、シゼルの腹の虫が盛大に鳴き、独房内に響いた。あまりの恥ずかしさに頬を染め俯く。
「そういやぁそろそろメシの時間だなぁ……ウチにはクソ不味いパンしかねえけど、まぁ我慢してくれよ」
「か……感謝します」
蚊の鳴くような声で謝辞を述べる。
と。
まるでその声に呼応するかのように、警報が鳴り響いた。
恐らく、敵襲。
「しょうがねえなぁ……まぁヒマな奴にでもパン持ってこさせるから、ゆっくり食って待っててくれよ」
そう言って、イオンは独房を後にした。シゼルはひとり、暗い世界に残される。
果たして警報が鳴るような状況でヒマな奴などいるのだろうか。空腹を訴える腹をさすり、シゼルはひとりごちた。
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ロボが好きすぎてむしゃくしゃしてやった。反省はしていない。