No.689290

コードヒーローズ~魔法少女あきほ~

銀空さん

魔法少女が覚醒する感じ
※小説家になろうにも投稿しました

2014-05-25 23:24:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:283   閲覧ユーザー数:283

 

コードヒーローズ魔法少女あきほ編

第一話「~開 幕~ハジマリの終わり」

 

 

 

 

 

 空にはぽつりぽつりと光るものがある。星だ。夜空には星が数えるほどしか見当たらない。それもそうだ。眼下に広がる街は、夜にも関わらず。いや、夜だからこそ煌々と輝いていた。街の明かりは人の往来の多さ、賑を現す。しかし――。

 夜。普段は仕事終わりの会社員が行き交う時間帯だ。しかし街には人影も、気配すら感じられない。ただ、電光だけが光続けていた。

 ――人が居ないのだ。街には警報が鳴り、電光掲示板には「巨大な空間震動を感知。避難指示発令。最寄りのシェルターに避難せよ」と書かれていた。

 人は居ない。だが、街には別の何かがいる。黒い何かが蠢く。

 突如大きな音と共に空間が揺れた。景色の湾曲と共に黒い何かが更に出現する。黒い影が光を浴びて浮かび上がった。虫のような生き物だ。

 顔は蜘蛛のように複眼を持ち、その目は青黒い。口と思われる部分には牙が2本。足は6本。先は針のように鋭く、歩く度に容易くアスファルトに穴を開けていく。胴体は小さく。尻に当たる部分が蟻のようであった。腕と思しき部分には、鎌を彷彿とさせる。鋭い刀身は鈍い輝きを放つ。大きさは大人の腰くらいまでだろう。もちろん均等な大きさではなく、大きな個体も小さな個体も見られる。

 瞬く間に虫のような生き物が辺りを埋め尽くしていた。ソレらは「キィキィ」と、耳障りの悪い鳴き声を上げる。さらに空間が揺れるとその数を増やしていく。まるで仲間を呼んでいるかのようだった。

 青黒い瞳に光が灯る。複数の目が鏡のように景色を反射していた。

 そこに漆黒の拳が迫る。

 一瞬にして複数の音が響き渡る。何かが砕ける音と、液体を撒き散らすような音、そして断末魔と思しき甲高い音。

 仲間の死に周囲の虫は殺気立つ。そこに現れた者を取り囲んだ。

 そこに現れた者は一見ロボットのようにも見える。鎧は黒く。機械的だ。バイザーと鎧の各所で光る部位がある。蛍光色の桜色。

 黒と桜色の戦士だ。

 拳を構え周囲に視線を向ける。今にも飛び出しそうな巨大な黒い壁を前に、戦士は特に動揺した様子も見せない。それどころか、まるでリズムでも取るかのようにステップを踏み始めた。

「さあ、舞い散れ」

 戦士は短く言うと、霧の様に消える。否、あまりの速度にそう見えただけだ。消えたと思ったその瞬間、黒い残骸が周囲に降り注ぐ。

 

 

 

 

 

 テレビにはLIVEと表示され、今まさにその光景を流していた。それを少女は食い入るように見ていた。

 手に持っていた茶碗には一欠片の白米が残っており、おかずもわずかだが残っていた。味噌汁に至っては半分残っている。台所からは水が流れる音が響く。

 少女が見入る姿を横目に少年は食器を洗っていく。

 テレビに突如人が映る。リポーターだ。

 カメラに向かっているだけにも関わらず息が乱れている。

 リポーターも、映し出された戦士と似たような、機械的な鎧を身につけていた。ただし、ヘルメットはつけておらず、顔を出している。リポーターはカメラに向かって叫ぶ。

『ブラックブロッサムが、自身の持つ撃破記録を! 更新する勢いでファントムバグを倒していっています! 今その場に居合わせられたことを光栄に思います!』

 少女は「凄い」と声を漏らす。対して少年は「やれやれ」と溜め息混じりに言う。

「最近多いね」

「都内を越えて、地方にも出るようになったらしいな――」

 少年の情報に少女の表情は嫌悪を示す。

「――その内、ヒーローがうちの方にも来るかもね」

「ヒーローが見られる日が来るかもしれないんだ……それはそれで嬉しいけど、嫌だね」

 少女の言葉に少年は「そうだね」と答えた。少女はようやくご飯を食べ終えてないことに気づき、箸を進める。

「今はファントムバグだけじゃないんでしょ? なんとか生命体ってのも出てるってお母さんが言ってたよ」

「超常生命体な」

 その時テレビから、爆音にも似た音が響く。少女は慌てて画面に視線を向けると、別の戦士が現れていた。

 それを確認した少女の表情は更に暗くなる。

『反ヒーロー連合です! 反ヒーロー連合が現れました! 満宮のヒーロー達と戦闘に入りました! 我々はこのまま報道を続けるべく――』

 少女は暗い表情のまま言う。

「なんか嫌だな……本当に多い」

「そうだね」

 チャンネルを変えようと回した先でも、怪異事件なるものを取り上げていた。少女の表情は曇るばかりである。

 そんな少女の空気を感じ取った少年がテレビを消す。

「そういや明日の夜はどうなってんの?」

 少年の質問に少女はハッとなって携帯を開く。次の瞬間諦めたように笑う。

「明日も帰ってこれないって」

 少年は柔らかく笑う。

「そっか。明日の晩御飯の希望は?」

「ハンバーグ! チャレンジしないハンバーグがいい!」

「たまにはチャレンジさせてくれ」

「いーやーだー」

 先ほどまでの暗さはなくなっていた。2人の笑い声がその部屋を満たす。

 

 

 

 

 

 いつも始まりは突然なんだ。

 

 

 

 夕焼け日差しが黒い霧に越しに見える。その霧の中に1人の少女がいた。

 彼女の周囲の家々は、爆撃されたかのように崩れ、破片をそこかしこに撒き散らしている。

 少女は苦悶の表情で地面に崩れ落ちた。顔には玉のような汗を浮かべ、瞳には大粒の涙。それらが彼女からこぼれ落ち、地面を濡らす。

 彼女は左手のあたりを抑えながら、苦痛の声を漏らす。

 左手を覆う右手の隙間からは黒い光が溢れ出ていた。

 その光は見ている者を不安にさせる妖しい光。

 そんな少女の姿を楽しそうに見る者がいた。空に浮遊する男は楽しそうに笑う。

 筋骨隆々。豊かな体躯。男は両手を広げると、楽しそうに吠える。

「いいぞいいぞ。それだ! それこそだ! さあ闇に堕ちて我らが同胞になる時が来たのだ」

 少女の近くに黒猫が近寄った。不安そうに少女を覗きこむ。

 少女は猫を安心させようと笑おうとして――

「ひぐっ! うぅうううううううっ!」

 ――失敗する。

 苦痛が頂点に達したのか、悲鳴を上げながらのけぞり、左右に止めている髪を振り乱した。

 巨躯な男は少女が闇に堕ちていく様を笑って見ている。

 突如光が走った。闇を切り裂く光が辺りに満ちる。周囲を、天空を、桜色に染め上げた。

 巨漢はその事態に驚愕し、目を剥いた。

「しまった! まさかこの小娘?!」

 桜色の光がすべてを満たしていく。

 

 

 

 私は思う。もしかしたら違う運命もあったのかもって。

 

 

 

 桜色の光は柱となって黒い霧を、そして空に立ち込めていた暗雲を貫き吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 どこまでも暗闇の空間に火が灯る。火は周囲を茜色に照らす。

 火は薪で燃やされたりしたものではなく、空間にポツリと浮遊している。ふわふわと踊るようにその場を火が跳ねた。

 火は徐々に大きくなり、バスケットボールくらいの大きさになったところで、大きくなるのが止まる。

 光を得た空間は部屋であった。

 部屋は円柱形でできており、その外周部に豪華な装飾を施された椅子が等間隔に12個並べられている。床には赤い絨毯。金の刺繍により、きめ細やかな絵が描かれていた。壁には壁画が描かれており、戦士の戦う姿と思しきモノが描かれている。

 扉のようなものは見当たらず、その部屋は密室空間にしか見えない。

 風が吹き、火が揺れる。

 それまで空席だった椅子に白い影が椅子の数に合わせて12現れた。

 椅子ひとつひとつに座っているモノがいる。全員が白い布と金の刺繍が施されたローブを纏っていた。

 ローブは体と顔全体を覆っており、中の姿まではわからない。1人が天井を見上げる素振りを見せた。

 それに倣うように他のモノも見上げる。天井の真ん中には大陸や海などが描かれており、その上を光の玉が複数個浮かび浮遊し始めた。

 動きは不規則で、何かを探すようにも見て取れる。その場で回って見せたり、上下したり、蛇行してみせたりしていたが、やがて霧散した。

「やはりエデンに向かった可能性が高いか……」

 部屋を支配していた静寂が消える。老人のようなしわがれた声がそれを崩したのだ。周りいるモノたちからは溜息が漏れる。

 最初に喋ったモノとは別のモノが口を開く。

「最悪の事態だな」

「魔石も大量に持ちだされたと聞く」

「エデンに、古より伝わりし秘術が漏れるのは何としても防ぎたかったが」

「彼らの目的は?」

「おおよそ見当がつく。エデンで軍備を整えて、こちらで戦争をするつもりだろう……」

「それはなんとかして阻止せねば……」

 彼らはあれやこれやと、意見を交わす。

 しかし具体的な解決法を思いつくモノは誰もいない。全員が口をつぐみ再び静寂が部屋を支配し始めた頃――。

『私がエデンに参り、事態の収拾を図ります』

 ――女性の声が響き渡った。同時に部屋の真ん中に姿が浮かび上がる。浮かび上がる姿は少し半透明であり、激しく揺れているため、声で女性としか判別できない。

 ローブを纏った者たちはそのことに関して不審に思うことなく会話を続ける。

「なるほど君が向かってくれるか、エイダ」

「確かに。以前エデンに行ったこともあり、彼らをよく知る君ならば適任だろう」

 エイダに対して口々に賛同の声を上がる。それがひと通り終わるまで待ってから1人が声を発する。

「なんとしてもルワークの野望を阻止してくれ」

『はい』

 力強く凛とした声を部屋に響かせる。真ん中に浮かび上がっていた姿は、お辞儀をすると消えた。

 再び静寂が部屋を満たす。

 1人が腕を動かすと部屋の真ん中に半透明な青い球体が現れた。

「エデン……穢れ無き聖域」

 ローブを纏った男は静かにつぶやくと、部屋に光を与えていた火は消える。

 後には煙だけを残し、部屋は暗闇に戻った。

 

 

 

 

 

 ――ショッピングモールはクリスマスに彩られていた。大小様々なイルミネーションが輝いている。誰もが笑顔になる世界。そんな世界に、泣き声が響きわたっていた。

 1人、幼い女の子が泣いている。

 両親とはぐれた不安からか泣き叫んでいた。悲鳴にも似たその助けを呼ぶ声に、誰も手を差し伸べない。

 行き交う人々はそんな少女の声を無視し、それぞれの目的の場所へと足を進めていく。少女がさらに大きく、強く、泣き出すも助けは来ない。

 それどころかその声に苛立ち、睨む者も現れ始めた。そんな空気を感じ取ってか、少女の顔は恐怖に歪み、その場から逃げ出す――

 

 

 

 

 

「ん……またあの夢」

 見知った天井が薄ぼんやりと見える。私の部屋だ……。

 幼い頃に体験した出来事。その夢を見る日は何かが起きる前触れなんだ。いいことか悪いことかわからないけど、今までも何かが起きてきた。

 何度も見る夢に少し心がくすぐられるような感覚になる。そんな感覚から逃げるように布団の上で体を左右に転がしながら、布団から出ようか出まいか悩んでいると、時計が目に入る。

 午前7時20分と針は指していた。それを脳内で反芻する。

「いけないこんな時間!」

 私は慌てて飛び起きる。

「嘘! 嘘だよこんな時間なんて! どうして起こしてくれなかったのー!」

 急いで学校に行く準備を始める。制服に着替えてカバンの中に教科書とノートをしまっていく。と、不意に手が止まってしまう。

 宿題の進んでいないノートを確認して溜息が漏れる。

「ああ……どうしよう? どうしよう!」

 頭を抱えそうになった。ヒーロー関係の宿題は苦手だ。

 いつも手がつかないのはなんとかしたい。したいんだけど、なんとか出来ないのである。

「やれやれ」

 背後から声が飛んでくる。私は驚いて飛び退いた。振り向くと部屋の入り口に見知った少年がいた。気だるそうに私を見つめている。

「明樹保……やっぱり宿題終わってなかったのか」

 というか慣れっこなんだよね。

 早乙女 優大。私、桜川 明樹保の頼りになる幼馴染であり、隣人である。

 腰に手を当て黒い髪をかいている。朝食の用意ができたので私を起こしに来てくれたのだろう。

 ようやく体から緊張が取れる。溜息して――。

 って、違う!

「大ちゃんいつも言ってるでしょ! ノックぐらいしてよ!」

 私の抗議の声を「ノックしたよ」で遮って、そのまま下の階に降りていく。

 それでも返事を待ってから入って欲しかったな。もう。

 急いで準備しようとして、散らかった部屋を見られたことにげんなりする。いつものこととは言え少しは遠慮してほしいな。

 そして最後に真っ白なノートを見てさらに気が重くなる。

 

 

 

 

 

 明樹保がリビングに顔を出すと、朝食の準備はすでに整っていた。1人分のご飯が並んである。

 朝食の内容は、白いごはん、お味噌汁、卵焼き、タコさんウインナー、切り揃えられたキウイフルーツ。

 明樹保はそれらを目の前に、鼻で大きく息を吸い込む。

 朝食の香りを楽しむと、満面の笑みになった。次に朝食を端から端までゆっくり見渡す。

 朝食の内容を確認した彼女のお腹が、早く食わせろと大きく音を立てて要求した。明樹保は顔を赤くする。視線だけを動かし、優大の様子を伺う。

 彼に聞かれたことを恥ずかしく思ったのだろう。が、当の優大は、慣れた様子で気にも留めていなかった。今は台所で調理器具など洗い、片付けている。

 明樹保は急いで席について両手を合わせた。

「いただきます」

 

 

 

 大ちゃんのご飯はいつも美味しいな。こんな風に料理できたらいいんだけど……。前に大失敗しているし……。お母さんにも「これ以上壊されると困るから、しばらく台所に立つのは禁止」と言われちゃったし……。

 ため息を吐き、勢い良く朝食を流し込んでいく。

 それにしても美味しい。美味しいけど、たまに失敗するから怖い。最近はチャレンジ料理なんかしなくなったから安心だけど。一時期は料理に慣れ始めるとアレンジを加えようとしたりして、大失敗の繰り返しだった。あれこれ工夫をして化学兵器にしてしまうことがたくさんあるんだよね……今夜の晩御飯も大丈夫かな?

「わからなくもないけどね……」

「ん? なんか言った?」

 私は「なんでもないよ」と言いながら、食事を続ける。大ちゃんも特に気にも留めず、洗い物の続きをしていく。

 お母さんの味の再現……か。

 

 

 

 明樹保は慌てて食べているため、時々喉に詰まりかけていた。

 優大は彼女のそんな様子を見ながら、電子レンジのタイマーを止め、中からピンクのコップを取り出す。

 中身は牛乳だ。小さいスプーンを取り出し、砂糖を掬う。そして牛乳の中に入れ、かき混ぜる。明樹保が喉につまらせたと同時にそれを横から差し出す。

 彼女はそれを視界の端で確認すると、勢い良く口の中へ流し込んでいく。

 そんな姿を横目に、優大は席についてテレビをつける。明樹保とは向き合う形だ。

 テレビ画面はニュース番組を映し、堅苦しい声を流していた。

『――で起きていた怪異事件はファントムバグとの関連性が低いとし、市はヒーローの出動を要請しないことを決定しました。被害者や遺族は市の決定に抗議をし、引き続きヒーローの出動を要請することを強く訴えております。続いてのニュースです。各地で起きているファントムバグ大量発生に対して、ヒーロー企業各社は連携をとってこの事態に――』

 明樹保は食事の手を止め、テレビの画面を驚いたように見入る。そして優大に視線を流した。

「今のって、隣町の?」

「そうだね。昨晩もこの近くで、この事件絡みのなんかあったらしい。気をつけてね」

 予想外の回答に明樹保は目を白黒させる。

「えっ?! 嘘だ!」

「嘘じゃないよ。神代さんから聞いた」

 

 

 

 大ちゃんの言葉に頭が一瞬真っ白になった。

 隣町の出来事だと思っていた出来事が、この近くでも起きている。その事実が体を震わせて胃が落ちそうになる。目の前の食べ物を見るだけで吐きそうになった。

 もう少しで食べ終わるし、せっかく作ってもらったので残さずに食べる。だけど、少しだけ胃からせり上がる感覚に、目眩がする。

 最近私たちの住む街、命ヶ原の周りでは、怪異事件と呼ばれる事件が多発していた。

 その事件に巻き込まれた人たちは神隠しにあったかのように忽然と消えちゃうらしい。そして消えた場所に体の一部を残して消えてしまうから、みんな化物に食われたという噂をしている。

 考えただけで体が冷たくなった。

「本当に化物なんているのかな?」

「ファントムバグみたいな化物がいるのに――化物なんているのかな?――って言われてもね」

「わかっているけど、テレビでしか見たことないもん」

 私の言葉に大ちゃんは「それもそうだね」と笑う。

 ヒーローを間近で見たことなんてないように、ファントムバグも生で見たことがない。見たくもないけど。そんなのが家の近くにいるかもなんて……正直怖い。

「なんかあったら任せろ」

 大ちゃんは笑って言う。

(また助けられちゃうのか……)

 

 

 

 明樹保は意を決すると朝ごはんを勢い良く、無理矢理押し込んだ。

「ごちそうさまでした」

 明樹保の気が沈んでいることに気づいた優大は、すぐにテレビを消した。そのまま中身のない食器を手早く片付けていく。

「早くしないと直に怒られるぞ?」

 彼女は指摘されると、慌てて時計を見た。みるみるうちに顔色は青くなる。

「もうこんな時間だ!」

 明樹保は勢いよく立ち上がる。沈んでいた気分は一瞬で吹き飛び、待ち合わせの時間に遅れるということで頭がいっぱいになっていた。

 彼女は残っていた牛乳を一気に飲み干す。

 机に置いたと同時に優大はそれを手に取り、流れるように洗う。

「うぇ! 早くしないと!」

 慌てて玄関に飛び出した明樹保は自分の身の回りを確認して何かに気づく。

「髪を結ぶのを忘れた! カバンも部屋に置きっぱなし!」

「報告はいいから、はよ取ってこい」

 慌てふためく明樹保の姿を尻目に、優大は3つの弁当箱を並べた。青、緑、ピンクのチェック柄のテーブルナプキンで包んでいく。

 その背後で明樹保は勢い良く上の階へと駆け上がっていく。

 しばらくすると上の階からは彼女の悲鳴と、物が崩れる音が激しく家を響かせていた。

 優大は明樹保の部屋がある当たりを見上げ、少し苦笑する。彼は胸のあたりをさすり、何かを確認していた。

 優大は準備を終えて玄関に向かう。下駄箱を棚代わりに明樹保の弁当を置いておく。

 彼が振り返ると、明樹保が階段を勢い良く降りてくる。

 白いリボンで髪をツインテールに結んだ髪は、急いで結ったせいか歪んでいた。

「明樹保、鏡見たほうがいいよ。髪がちゃんと結えてない」

「え? 嘘?!」

 彼女は慌てて洗面所に飛び込み、鏡で確認すると、呻き声を上げた。

「ああ、時間がないのに……!」

 急いでリボンを解いて、結ぼうとする。しかし彼女は慌てているためか、リボンを上手く結べず、その状態が少し続いて更に慌ててしまうという悪循環に陥った。

 それを見かねた優大は明樹保の背後に立つ。有無をいわさずに頭を掴み、あっという間に髪を綺麗に結い直す。

 明樹保は申し訳なさそうに、少し顔を俯かせる。

「忘れ物はないな?」

「弁当以外は大丈夫……」

「なら弁当忘れずに入れておくように。行くか」

 明樹保は言われるがまま、素早く弁当を掴む。

 少し手間取りながら弁当を鞄に詰め込む。弁当を入れ終えると、勢い良く立ち上がる。

「うん。今日も頑張ろー」

 明樹保の掛け声を聞いて、優大は慣れた様子で「おー」と返す。2人は玄関を飛び出ると、駆け足で学校へと向かう。

 

 

 

 

 

 桜並木の坂道を学生たちは登っていく。眠そうにしている者や、友人とふざけたり、楽しそうに話をしながら登校している。

 その道端で、男女2人の生徒が壁にもたれかけていた。

 ざっくばらんな赤い髪。赤い瞳。後頭部に手を回して空を見上げている少年。

 茶色の短い髪を綺麗に切り揃え、眼鏡をかけている少女。その手には本が開かれていた。

「遅いな」

「いつも通りなら、そろそろ来るよ」

 少年は少女の手にする本の題名を見て顔をしかめた。彼女はその視線に気づき、本を見せつけるようにする。

「さて、この本はなんの本でしょうか?」

「いっつも何読んでいるのかさっぱりだわ。それ、しかも英語だよな?」

「ぶっぶー。フランス語です」

 少年は「なんだそれ」と笑う。少女もつられて笑う。

 

 

 

 お決まりのクイズ、お決まりの回答を聞いて、私たちはお決まりのように遅れてきている幼馴染たちを待っていた。

「しかし直。あいつら遅くはないか?」

「烈君も今日は遅れてきたでしょ?」

 私がそういうと、冨永 烈は眉根を寄せる。そして面白くなさそうに空を眺めた。

「いやいや、こうして俺も待たされているから、俺は遅れてない」

 などと子供じみた回答をしてみせる。

 内心溜息を漏らしつつ、いつものことなので「仕方がない」で流していく。

 とはいえ、言いたいことは多々あるので釘を差しておく。

「それ、五十歩百歩だよ」

「なんだそれ?」

 私はしばらく説明しようかしまいか、悩み。本に視線を落とす。

「遅れたことには変わりがないってこと」

「うぐッ……いや、しかし聞いてくれ、昨日は大変だったんだ」

 すぐに「大変だった」という内容に思い当たる節が有った。

「怪異事件?」

「まあ、な」

 それとなく聞いてみたけど、烈君は答えてくれた。

 機密とか、大丈夫だろうか? いや、そもそもうちもお父さんもよく家では漏らしているか。

 細かいことを流していく。

 最近そういう話が増えてきていた。学校でも誰それの家族が犠牲になったとか、そういう話を聞くことが増えている。

 事件が起きる前にどれも共通しているのは、黒い霧が立ち込めるということ。それが神隠しの前触れ。

 最近では教師も口を揃えて「黒い霧を見たら逃げなさい」と言うようになった。でもどこに逃げればいいんだろうね。

 私は不安から烈君を見やると、彼の表情は芳しくない。

 そこで上手く行っていないことを察して、今朝のお父さんのことを思い出す。

「それでお父さんは、最近出ずっぱりなんだ」

「親父さん。また仕事に?」

 私はうんざりした気分をそのまま言葉に乗せて「そう、また」と短く低く答えた。

「今日も朝に帰ってきたと思ったら、着替えまとめてすぐに出かけてね。それだけならいいのに、一言多くてさ」

「また喧嘩したのか」

 私の父は刑事だ。怪異事件のことは詳しくは聞いてない。聞いても教えてくれないし。どうせ勝手に愚痴るし、口を開くと喧嘩になるしね。

 刑事であるが故に、家に居ないことが多いのは昔から。だけど、仕事の鬱憤とかを持って帰ってくるのはやめて欲しい。ましてやそれで、私に八つ当たりするとか、最悪。

「また、2,3日したら不機嫌な顔のまま帰ってくるよ」

「大変そうだな」

「よくお母さんはあんな人と結婚したなって思う」

 烈君は困ったように笑うと「あんまり言ってやるな」と言った。よく周りの人は言う「数少ない家族なんだから」と。それは私の事情も、家の事情も知らないから言えるだけ。

 黒い感情が胸の中で渦巻いた。

 私は小さく「大変で面倒なだけだよ」とつぶやく。

 烈君はそれ以上、何も言わなかった。

 沈黙がこの場を支配する。

「しかし遅いな」

 烈君は沈黙に耐えかねて話を切り出す。

「そうだね」

 私も同じだったので、コレ幸いとその話に乗った。

「少しはしっかりするとはなんだったのか」

「明樹保以外はわかってたじゃない」

「ですよねー」

 私たちの幼馴染である桜川 明樹保は「学年が上がったんだから、少しはしっかりするよ」と、進級した当初に豪語していた。

 明樹保以外の全員が「ダメだろうな」と思っていたので、案の定ではある。

 私は少し遠くを見るように目を細めた。

 やれやれと思いつつも最近は少し羨ましく思う。変わらないでいられる明樹保の素直さは、私の目にはすごく輝いて見える時があるのだ。

「待ってよー! 大ちゃーん!」

 私はようやくきた友人たちを迎えるために本を閉じ、カバンにしまう。烈くんも壁から背中を離し、曲がり角に注視している。

 

 

 

 曲がり角に最初に姿を表したのは優大であった。彼は直と烈のいる場所まで素早く歩み寄る。その姿を見て直と烈が少し笑う。

 その笑みの意味をわかってか、優大は少し苦笑いする。少し遅れて明樹保も3人のところにやってきた。

「おうおう優大、朝から大変だな」

「まったくだ。たまには俺を起こしに来て欲しいよ。俺の知っている話だと、男女の幼馴染で隣人って言えば、普通は女の子のほうが起こしに来て、色々やってくれるはずなんだがな」

 優大は冗談を交えながら、2人に「おはよう」と挨拶する。思い出したかのように明樹保も挨拶し、直と烈は笑いながら挨拶を返した。4人は登校しながら会話をする。

「直ちゃん烈くんごめんね」

「「「慣れてるし」」」

 3人は声を揃えて言った。

 明樹保はそんな3人に面食らったのか、少しむくれて目つきを鋭くする。

 当人は凄んでいるつもりなのだろうが、あまりにも迫力がなく、その表情はおかしなことになっていた。そんな彼女の姿に3人は声を上げて笑う。

「もう! 大ちゃんだって私と一緒に遅れたじゃない!」

「ゆう君は、ほら……ね?」

「ああ、被害者だし」

 明樹保の言葉に、直と烈は意地悪く笑いながら優大をフォローする。

「被害者って何よ!」

「色々と大変そうだな優大」

「いやまったくもって、毎度俺は余裕で出れるようにしているはず、なんだけどね」

 明樹保の話を無視して、烈は優大の肩に手を置く。そして何度も小さく頷く。

 そんな烈に優大も合わせて、何度も頷いて答えた。

 その様子に、茶化されているとわかって、明樹保は顔を赤くする。

「明日こそは早く起きるもん! 明日からは大丈夫だよ!」

「ああ……ゆう君、明日も頑張って」

 直は顔に手を当てて、首を横に降った。

「……ああ」

「何? 今の間は何? 明日こそは大丈夫だよ」

 明樹保は納得がいかないと追いすがるが、優大は答えない。

「ダメだこりゃ」

 烈は言いながら肩を竦める。

 

 

 

「でも、ごめんね」

 私が謝ると、烈くんは「いつものことだからいいさ」と、直ちゃんも笑いながら「気にしなくていいよ」と手を振る。大ちゃんは意地悪そうに笑っている。

 ちょっぴりヘコむ。進級したから頑張るって言ったのに、こんなんばっかなんて情けない。

「でも今日も部屋に入ったら起きてたから、少しずつ進歩しているよ。最近は部屋行くと起きていることのほうが多いし」

 大ちゃんは「そろそろ出てくるまで待つかな」と私を横目で見ながら言った。

 少しだけ嬉しくなる。ちゃんと成長しているんだって「もっとしっかりしなくちゃ」って思える。

「そうだ。ゆう君。怪異事件のことで近々話し合いがあるって」

「やっぱりか」

 大ちゃんと直ちゃんは、怪異事件の話をしはじめる。そんな話に烈くんは嫌そうに顔をしかめている。私も気づけば眉間に力が入っていた。

 少し寒気みたいのも感じて嫌な気分になる。大ちゃんと目が合う。

 大ちゃんは笑う。

「さて、遅刻しないうちに学校に急ぎますか。マジでやばい」

 

 

 

 優大は気分が沈み始めている幼馴染に気づいて話題を変えた。直は少しだけ顔を俯かせる。

 他の2人は我に返り、時計を確認する。「やばいぞ」と烈が呻くと、歩きから走りに切り替える。

 周りを見れば生徒の数がまばらになってきていた。明樹保たちと同じく、走っている生徒もいる。

「こんな時間かよ!」

 烈は思ったままを口に出す。

「本当にごめん!」

 明樹保は少し気不味そうに言うが、言うほど他の3人は気にしていなかった。

 直はメガネの位置を正すと、口元を緩めて言う。

「じゃあ今度、明樹保にはパフェでもおごってもらおうかな?」

「今お金ないよ! ああ、でもパフェ食べたいかも」

 言いながら明樹保は恐る恐るといった様子で優大を見る。

「なんで俺の顔を見るんだよ……」

 すぐに気づいた彼は、少しげんなりとした様子で対応する。その先の言葉がわかったのだろう。嫌そうにそっぽを向く。

「大ちゃんもパフェ、練習したいよね? ね?」

 優大はため息混じりに「やれやれ」と言うと、続けた。

「失敗してもいいならやるよ」

 明樹保は喜びの声を上げながら、一足先に駆け出す。それに追いつこうと、3人も走りだす。

「味見は任せてよ。慣れてるから」

「食べたいだけでしょ!」

 明樹保が誇らしげに言うと、直は隙かさずツッコミを入れる。明樹保の頭頂部に手刀が入った。明樹保は頭を押さえながら「えへへ」と笑う。

「成功するといいな」

「やれやれ、気楽に言ってくれる」

 意地悪く言う烈に、優大はさらにげんなりとして答えた。

 坂道を、4人は急いで駆けていく。それが彼らのいつもの日常である。

 

 

 

 

 

 明樹保達は教室について、すぐにすれ違ったクラスメートたちに挨拶を交わしていく。挨拶を返す生徒たちも笑顔であり、その笑顔に明樹保たちも元気をもらうように笑顔になった。

 急いで走って来た疲れなどが吹き飛んだようだ。

 烈は到着早々に鞄を投げると、男子数人とふざけ始める。週刊誌の話で盛り上がり始めた。

 明樹保は隣にいる優大を見上げて言う。

「直ちゃんにだけ任せてよかったの?」

「プリントだけなら、直に任せて大丈夫だよ」

 直はこの場にいない。

 優大は鞄を2つ持っていた。1つを机にかけた。直の席のようだ。すたすたと歩き。自分の席に鞄を置くと、弁当を取り出した。

 彼はそれを手に、とある席に向かう。弁当は緑のチェック柄のナプキンに包まれている。優大の接近に気づいて、1人の女生徒が立ち上がり首を横に振る。

 首を振る度に度にうなじあたりで束ねた髪が揺れた。少し茶色味がかかった髪は尻尾を彷彿とさせる。隣の席には寝ている女生徒が1人いた。上体を机に預け綺麗な寝息を立てている。

 首まであるボリュームのある髪は茶色。日差しを遮る強力なカーテンとなり、彼女の眠りを守っていた。

「おはよう早乙女君。凪ちゃんは……こんな感じです」

「おはよう神田。一足遅かったか」

 優大は腰に手を当てて、溜息を吐く。その後ろで明樹保は手早くカバンの中身を机の中にしまい。彼らの近くまで寄ってくる。

「凪ちゃん鳴子ちゃんおはよう」

「おはよう明樹保ちゃん」

 

 

 

 私が鳴子ちゃんとまとめて挨拶すると、凪ちゃんは辛うじて聞こえるか聞こえないかの声で「おやすみ」と返してくる。「これはお昼休みまで起きないよ。ごめんね」と鳴子ちゃんが、少し焦っていた。

 凪ちゃんの爆睡っぷりは学校でも有名で、学年主任の先生が怒鳴っても起きないくらい眠りのスペシャリスト。寝てばかりいるのに試験では常に学年ナンバーワンだから、先生たちも厳しく言えなくなってきて、去年の最後の方では誰も注意しなくなった。

 寝てても頭がいいなんて羨ましいなぁ……。

 大ちゃんは凪ちゃんの肩を掴んで揺らすけど、まったく起きる感じはしない。

 凪ちゃんと鳴子ちゃんは去年からの付き合い。去年の2学期の時から大ちゃんが凪ちゃんの分の弁当も作るようになったんだ。作らないと大ちゃんか私のお弁当がなくなっちゃうからなんだけど。

「じゃあ神田。この弁当後で渡しておいてもらえる?」

「うんわかった。いつもありがとう」

「弁当作る手間が、1人増えようが2人増えようが、今更関係ないからね」

 大ちゃんは私を見ながら意地悪そうに言う。それに負けじと抗議の目線を返すが迫力がまったくないらしく。鳴子ちゃんに笑われてしまう。

 私の視界の端に立っている人がいた。

「おはよう!」

「おはようございます」

 凛として透き通った声が聞こえてくる。挨拶をすると微笑みながら近づいてくる。鳴子ちゃんは少し肩肘張って緊張しているように見えた。

「おはよう雨宮」

「おはようございます」

 大ちゃんは特に気にした様子もなく挨拶をする。

 ふと視線を周りに向けると、視線がこちらに集まっていた。

 みんないつも水青ちゃんには距離を置いて接している。

 そういうのを水青ちゃんは結構気にしているみたいだから、何とかしたいんだけど、どうしたらいいのかな……。

 水青ちゃんの歩き方はまるでモデルのようで、背筋をピンと伸ばし、ブレることなく歩いてきた。

 機械のような歩き方みたいと言う人もいる。だけど、実際モデルのように綺麗に歩いていて私はすごいと思う。

 黒絹のような長い髪は、歩くだけで輝きを振りまいてなびいているように見えた。顔は日本人形みたいに可愛くて、肌も白くてすべすべしてそう。きっと絹のような肌。

 絹を見たことも触ったことも無いけど。

 そんなちょっとした仕草にクラスメートの男子たちは目を奪われている。烈君たちもおふざけをやめて、遠目からみーちゃんの行動を眺めていた。

「みーちゃんどうかしたの?」

「みー……あのその……」

「どうかしたの?」

 私は期待に胸をふくらませて、水青ちゃんの言葉を待つ。

 だが、期待した言葉は返って来ることがなく。「いえ」とだけ言うと、俯き加減になった。

 うーん。今日もダメか。

「みーちゃん。お昼ごはん一緒にどうかな?」

「お誘い有り難うございます。ですが、お断りします」

 またこれだ。

 遠慮しているのか、いつも誘っても断られてしまう。

 このままだと孤立してしまうとわかっていた。だから、なんとかしたいんだけど。水青ちゃんはどうも、それがわかっていて孤立しようとしているところがあった。

 大ちゃんも直ちゃんも、そして先生もそれを気にしていて、なんとかしようとしているんだけど、水青ちゃんは頑なである。

 こうして私達に話しかけてくれているから、水青ちゃんも仲良くなりたいと思ってくれていると思う。けど、怖がっているんだと思う。

 去年のクラスでかなりひどいいじめにあっていたのは、学校でも有名だ。

 なんでも初めの頃仲良くしていた友達たちが、こぞって彼女をいじめるようになり、ついにはクラスが水青ちゃんをいじめるようになった。

 担任も止めることがなく、最後は一緒にいじめに加わっていたみたいだ。最終的にそれが問題になって、その人は教師をやめちゃったけど。

 そんないじめがあっても水青ちゃんは、他人事のように淡々と過ごしたらしい。

 そもそも「みーちゃん」と呼ばれるのが嫌なはずなのに、それを受け入れてしまっているのがかなりまずい。

 自分の事なのに、諦めているのかも。それだけ私達と違って辛いことを色々と経験したのかもしれない。

 どうしたらいいのかな?

 今はまだクラスで完全に孤立しているわけではないし、大ちゃんと直ちゃん、それに私もいるからいじめなんて発展することはないけど、なるべく早く手は打っておきたい。

 なにより私が友達になりたい。なんとかキッカケが欲しいな。

「早乙女さんが葉野さんの、お弁当もお作りになってらっしゃったのですね」

 大ちゃんは笑いながら答える。周りの男子からは羨望の眼差しで見られているけど、大ちゃんはどこ吹く風で気にせず会話を続けていく。

「そういえば、昨日はお兄様がご活躍しておりましたね」

 一瞬私の心臓が跳ね上がる。

「お陰様で記録更新のようだ」

 去年の大ちゃんなら、こういう返しは出来なかった。

「凄いよね! 凄いよね!」

「お、おう。神田、落ち着け」

 鳴子ちゃんが暴走しかかったのを、大ちゃんは止める。ヒーローの話になると、鳴子ちゃん暴走するからね。朝のホームルーム前に暴走されたらマズイ。

 水青ちゃんは周りのクラスメートからの好奇な目に気づく。少し気まずそうに大ちゃんを見やるが、やはり動揺はない。

「おーい。早乙女―! こっちこいやー!」

 大ちゃんは烈君達に呼び出される。

 大ちゃんは私に視線を向けると、そのまま水青ちゃんの前に押し出す。

「んじゃ雨宮。明樹保の事よろしくな」

「なんで唐突に私が出てくるの!」

 もちろん私の抗議は無視される。

「は、はい。桜川さんの事、承知しました」

「なんで承知されるの?!」

 

 

 

 優大は明樹保と水青を置いて、烈たちのグループに近づいていく。早速クラスのお姫様に話かけられたことを問われている。席に座らされ、警察が取調室で事情を聴取する様な形で周りを囲まれていた。

 周りの男子の瞳には羨望と嫉妬が混ざったている。しかし本人は興味無さそうに質問の内容に答えていた。

「そういえば、桜川さんは現代社会の宿題をなさいましたか?」

「うっ!」

 明樹保の脳裏に真っ白なノートがよぎる。顔を青くして視線を水青から外していた。

「まさかお忘れになったのですか?」

 明樹保は水青に向き直り、「はい……」と答える。

「宿題を忘れていたことを思い出した。うう、どうしよう! 休み時間の間にでっち上げるしかないよね」

 明樹保が対策をアレコレ考えていると、横で鳴子ちゃんも慌てていた。

「大丈夫ですか? 現代社会は1時限目ですよ?」

 一瞬、明樹保の動きが止まる。

「え? 1時限目?! どうしようノート真っ白だよ!」

 進級して、新しい時間割に慣れていないのか、明樹保たちは完全に失念していた。

 さすがに水青も困ったように微笑むことしかできなかった。

 明樹保は慌ててノートを取り出すが、時計を見て諦める。

「もう時間がないー。どうしよう……」

 明樹保が頭を抱えていると、教室の扉から直とスーツを着こなした女性が入ってくる。その姿を確認して1人が「やべ先生来た」と言って飛び退く。優大にちょっかいを出そうとしたのを断念していた。

「みんな席について」

 教師が入ってきたため、烈たちは全員渋々と自分の席に戻っていく。明樹保たちも周りの生徒たちも、それぞれやっていたことを中断して席についていく。

「如月先生。緋山さんまた……」

 1人の女生徒が言う。

 このクラスの担任である如月 英梨は教室を見回し、一つだけ空席の席に少し眉根寄せる。

「それでは出席を取りますよ。といきたいとこだが、緋山暁美はまた遅れてきているのか」

 少し教室を見回し英梨は優大と目が合う。

「優大、お前なんか知っているか?」

 さも当然と彼女は優大に件の生徒のことを問うが、優大は「緋山の面倒まで見れないです」とこぼすと、クラスにドッと笑いが湧く。

「先生ー。こっちは番長確認できませーん」

 窓側にいる生徒が外を確認して来てない旨を英梨に伝えた。

「しょうがないか。とりあえず出席をとるぞ。あ――」

 最初の生徒の名前を呼ぼうとした瞬間。教室の扉が勢い良く開かれた。教室の入口には女生徒が立っている。

 肩で息をしている様子から、全力疾走したのだろう。

 茶色の髪は腰まであり、制服を改造したのか。他の女生徒よりスカートが長い。先は足首まで伸ばしていた。俗にいうスケバンみたいな格好である。

 その姿を見てクラスの皆は「またか」という表情で緋山 暁美を迎えた。

 彼女はそんなクラスの様子など無視して、無理矢理笑って口を開く。

「めんごー英梨ちゃん。遅れた」

 暁美はそのまま誤魔化しながら、自分の席へと向かう。

「めんごで済むか。進級してからせめて1回くらいは間に合うように来い」

「めんごめんご」

 拝むように手を顔の前に差し出して軽い調子で謝る。暁美は悪びれずに席につく。全力疾走したのか、朝の手入れをしてないのか、髪の毛が乱れに乱れている。

 さすがに見かねた英梨は、懐から小さなバッグを取り出し、櫛を取り出した。

 そのまま暁美の席まで歩き机の上にソレを置く。

「髪の毛を整えなさい」

「いやいや、いいですよ。アタシにそんなの柄じゃないんで」

 櫛を差し出して整えるように促すが暁美はそれを拒否した。

 英梨は教壇まで戻ると、呆れるように言う。

「私はお前に女らしくしろと言っているんじゃないぞ? 身だしなみの話をしているんだ」

 その言葉に暁美は「むぅ」と唸って櫛を手に取るが、扱い方が雑だった。すぐに櫛が髪に引っかかり、それを強引にひこうとして四苦八苦し始める。そんな姿にクラスは奇異な目で彼女を見ていた。英梨も見入ってしまい、朝のホームルームが滞る。

「優大!」

「サー! イエッサー!」

 さすがに見かねた英梨は優大を名指しする。呼ばれた優大の行動は迅速だった。櫛を奪うと、流れるように後ろに回って、暁美の頭を掴む。

「なっ――」

「じっとしてて」

 そう言うと髪をとかし始める。その手際は慣れたものだった。毛先からゆっくりととかしていき、徐々に根本まで上がっていく。それらを繰り返していき、いつの間にか根本から毛先まで櫛が滑るように通っていた。

「ほら、綺麗な髪なんだから、粗末に扱うのはもったいない」

 恥ずかしさからか、彼女は顔を真赤にして優大を怒鳴りつけた。

「お、お前なぁあああ!」

「やれやれ……」

 そんな姿に呆れたように溜息を吐いて席に戻る。

「……なんでもできる奴とは聞いていたけど、こんなのも出来ちゃうのかー」

 英梨は出席を取るのを忘れるほど呆気に取られていた。優大はもう一度溜息を漏らす。

 

 

 

 

 

 現代社会の宿題は「ヒーローの歴史を自分で調べて簡単に感想を書きなさい」という、国語のような内容だった。おかげでクラスの大半は混乱し、結果宿題を提出できた生徒は半分くらいであった。

 それがわかっていたのか、教師も「そのうち出してくれたらいいよ」と言う有り様である。

 授業開始直後から、生徒たちは宿題に関する雑談で騒がしくなっていた。

 そんな騒がしさを心地よさそうに眺め、教師は授業を始める。

「この宿題は君たちにヒーローの歴史と有り様を知ってもらい、考えて欲しかったから出した」

 有沢 卓也は、力強く説いた。ほっそりとした弱々しい体には似合わない力強い声だ。「日常を守っているヒーローたちのことを少しでも考える機会を持って欲しかった」と続ける。

 明樹保はそんな言葉を聞いて、優大の席を見る。当の本人は、遠くを見るように話を聞いている。そんな様子に彼女は胸を撫で下ろした。

「私が軽くヒーローについて話をしよう。少しつまらなく堅苦しい内容かも知れないが、最後まで聞いて欲しい。大切なことなんだ」

 懇願するように言った。そんな先生の姿に生徒たちは少し動揺する。

 有沢 卓也は教室を見回し、爆睡している凪とポカーンと口を開けている暁美に苦笑する。他も同様だ。そんな生徒達の姿に満足そうに確認すると、「ではいくぞ」と一呼吸入れてから口を開いた。

「この教科書と、皆が知っている事はファントムバグと戦うモノたちのことだろう。現代のヒーローは、主に企業に属する者を指すことが多い。もちろん例外もある。色々な組織が成り立ちそれぞれの得意分野で活躍しているので、実際にはひとくくりにできないくらい複雑になっている。君たちがよくテレビで目にするヒーロー以外にも色々といるんだ」

 有沢 卓也は「この内容は追々習うことだが、必要なことなので今教えておく」と続けた。

 教室は静まり返り、誰一人口を開くものは居ない。

「例えばローカルヒーローとカテゴライズされているヒーローもいる。これは企業ではフットワークが重く、対処できないことに対応することが多い。企業のヒーローたちは、強く、優秀だが、一つの戦場に縛られやすい傾向にある。それがみんなの知っている埼玉戦線だ。あそこが主な戦場だろう。また首都付近も対応することが多い。そのため比較的軽い事案や、地方で起きている事件などはローカルヒーローたちで済ますことが多い」

 有沢 卓也は「だから、この街に企業のヒーローは派遣されることはない」と強く言い切る。

「そ、そんな……」

 1人の男子生徒が呻くように言う。

「だが、心配することはないよ。ちゃんとヒーローはいるんだ」

 烈はつまらなそうに教科書を閉じる。直はノートを取り出し何かを書いていく。優大はぼんやり窓の外を見ていた。明樹保は優大を気にしながら周りを伺っている。

「このローカルヒーローというのは、特別な事案にのみ特化していたり、街を守ることを専門としている場合が多い。この街にもいるぞ」

 女子生徒数名が安堵の声を漏らす。

「そんな奴らいるのか」

「ああ、いるとも。公表することはないし、マスコミも取り上げることはないな。一昔前は結構取り上げられていたんだが。時代だな」

 有沢 卓也は少し寂しさを滲ませるようにつぶやく。

「そしてもう1つカテゴライズされているヒーローがある。それがアウターヒーローだ。これが我々の今知っているヒーローの原初だ――」

 その言葉にわずかだが、優大が反応を示す。もちろんそれに気づくものは誰も居ない。

「――これは企業や組織に属さず、己の理念で戦い、人々を守るヒーローたちのことだ。ネットなどの書き込みで目にしたこともある生徒もいるだろう」

 先生の言葉に生徒たちは驚き、教科書と睨めっこを始めた。喋っている内容を探すがそんな項目はどこにも見つからなかった。

 有沢 卓也は今、教科書にない話をしている。

 彼は言葉を切り教室を見回す。生徒たちの反応は多種多様であった。

「さてここで、どうやってヒーローになれるかを簡単に説明しよう。少し科学とオカルトのお話になるぞ。ヒーローになる方法は簡単だ。第一に特別な能力を持っているかだ。陰陽術を使えるか、使えないかとかそんなものだ」

「そんなやつ居たりするんすか?」

 卓也は真面目な声音で「いるんだよ」とはっきりと言う。

 質問を投げた生徒は、閉口してしまう。

「第二にスキルデータをインストールする、だ。これは君たちが一番知っている内容だろう」

「先生、いいですか?」

 生徒が手を上げる。

「なんだ? 質問か? いいぞ」

 有沢 卓也は嬉しそうに生徒の質問を受け付けた。

「スキルデータってなんです? いや知ってはいるんですけど、なんていうかどういった形で作用するのかなって、うちのクラスにも早乙女と冨永がいるじゃないですか――」

 生徒たちの視線が優大と烈に集まる。

「――彼らは親から受け継いでいるって話を聞いたことがあります」

 有沢 卓也はしばらく考える素振りを見せた後、口を開いた。

「説明しよう。スキルデータというのは何か。人間の体に特別な情報が入ったデータをインストールするんだ。具体的な話は複雑になるから省かせてもらう。簡単に言うと力の元となるモノを体に直接入れるようなもんだ。元となるモノを受け取った人体は能力を得る、それを得た者は身体能力などが発達する。そして稀に特別な能力を発現することもある。またこのスキルデータというのは遺伝することもわかっている。早乙女君と富永君も親から遺伝しているのだろう」

 明樹保はその話を心配そうに聞いていた。忙しなく優大を見ては、どうしたものかと手を動かしていた。

「ヒーローになるのは難しく、先ほど述べた2つの条件以外に、企業の欲する人材であるか否かというのがある。これが一番大きいな。こうして企業に就職して、ある程度人気を得たものがテレビに優先的に映しだされ、君たちに届けられているのだ。それがスターダムヒーローなのだと知ってもらいたい」

 

 

 

 

 

「しっかし不思議な授業だったよな」

 暁美は購買で買ってきたパンを頬張りながら言う。凪と鳴子はそれに首肯していた。

 明樹保は弁当を開いてはいるが、箸を進めず視線を落としたままである。そんな様子に直は溜息を漏らす。

 

 

 

 お昼は暁美ちゃんと凪ちゃんと鳴子ちゃん、直ちゃんと私だけだ。大体はこの5人。

 進級してからの毎日のお決まりになってきている。

 暁美ちゃんも水青ちゃんと同様の理由で誘った。

 不良として有名で、喧嘩でヒーローを倒したことがあるということからみんな距離を置いていた。

 水青ちゃんと同じく孤立していて、それでもいいやっていう感じで居たんだよね。

 私はそれだけじゃないって知っていたから、すぐに話しかけたけど、最初は少し怖かった。水青ちゃんより全然話に掛け合ってくれなかったから。時間かかると思ったけど、意外と早かった。

 暁美ちゃんもここに来てくれるようになって嬉しい。

 私達と仲良くなってくれたお陰か、クラスでも取っ付き易い存在になったみたいで、当初の刺々しさはない。

 

 

 

「ちょっと待て凪。お前寝てただろ!」

「私の特技。寝ながら授業が聞けるの」

 暁美の鋭い指摘を凪は軽やかに返す。「マジかよ! すげーな」と言う暁美に凪が不敵な笑みを浮かべる。鳴子はそんな2人の様子に、気が気じゃない様子で見ていた。

 明樹保はぼんやりとしている。箸を進めず何度も溜息ばかり吐いていた。

「どうかしたの? 明樹保ちゃん」

 鳴子が心配そうに明樹保を覗きこむ。

「明樹保はゆう君のことを考えているんだよ」

 直がすかさずフォローを入れるが、年頃の女子である鳴子と暁美が勘違いするには十分すぎるほど情報不足であった。

 そう2人は恋愛的なことだと思い込んだのだ。

「なっ! 明樹保! お前マジか?!!」

「ど、どんな感じなんですか!!?」

 2人は身を乗り出し明樹保に詰め寄る。彼女は突然の出来事にパニックに陥っていた。凪はそんな3人を不思議そうに見ている。

「ごめんごめん。勘違いさせちゃったね。有沢先生の授業で明樹保は、ゆう君のことが心配になっているんだよ」

 直は眼鏡の位置を正しながら続けた。

「立ち入った話になるから詳しくは話せない。気になるなら本人に直接聞いたほうが早いよ」

 

 

 

 私は直ちゃんの言葉に置いて行かれるようなモノを感じた。

 暁美ちゃんと鳴子ちゃんは、それ以上深く聞かずに午後の授業の話をしていた。私も直ちゃんも、それ以降その話題は一切触れずに会話に加わった。

 

 

 

 大ちゃんの両親は有名なバディヒーローだった。一時期日本一のスターダムヒーローと呼ばれる存在だったのだ。

 だけど2人はもういない。

 私と大ちゃんが幼い頃、2人は亡くなったのだ。原因は聞いてない。怖くて聞けなかった。

 それ以来、大ちゃんは「ヒーローになるのをやめる」と言って、ヒーロー専門の学校に進学する事をやめたのである。

 それどころかお父さんとお母さんを、恨むようなことも言うようになった。一度お母さんが話をしに言ったけど、大変だったらしい。

 大ちゃんは二世ヒーローとして、周囲からかなり期待されていたので、多くの大人が説得に来ていた。

 それでも大ちゃんはそれを曲げずに、逆に来れば来るほど頑なに拒んだ。

 結局大ちゃんは、スターダムヒーローになることを自ら捨てた。

 私はそれが凄くショックだった。私にとって大ちゃんは憧れのヒーローにも似た存在だったから、自分の夢が失われるような感覚を今でも覚えている。

 

 

 

「そうだね……。大ちゃんと話さないとね……」

 明樹保は遠くの空を見て心中つぶやいた。

 

 

 

 

 

 そうと決まれば行動だ。

 ホームルームが終わり、生徒たちは我先にと教室から出ていく。家路につく者、部活に行く者、帰りに友人と寄り道する者。色々といる。そんな生徒の姿を如月 英梨は優しく眺めていた。

 烈君はなんだか忙しいみたいで、ホームルームの後、挨拶することもなくどこかへ行っちゃった。直ちゃんも「今日は買い物して早く帰る」って、ホームルームが始まる前に言いに来た。ので、今が絶好のチャンス。

「大ちゃん。あのね今日――「悪い。今日は生徒会の会合に顔を出さなくちゃならないんだ。先に帰っててくれるか?」――え? 生徒会?」

 大ちゃんは「おう」と返事する。そんな話は初耳である。

 いつの間になったのかと聞くと、進級してしばらくたった頃に生徒会長に呼び出されたらしい。

「えっと、つまり?」

「今の生徒会は全員3年しか居なくてね。引き継ぎの関係で生徒会になれそうな奴を先行して配属させて、引き継ぎをスムーズにしたいんだと」

 大ちゃんはそれを引き受けたのだ。

「話は帰ってからでいい?」

 大ちゃんは私が話をしたがっていることをわかっていた。それが大事な内容だと気づいてくれている。目が真剣だ。

「うん」

 私はうなずいてカバンを手に取る。足取りは少し重い。出鼻をくじかれたような気分になる。

 教室から出ようとした背中に。

「気をつけて帰れよ。昨日の今日だから、なるべく早く帰るんだぞ」

 きっと怪異事件のことだろう。

「うん。ありがとう。大ちゃんも気をつけてね」

 大ちゃんは「はいはい」と言いながら教室を飛び出していく。

 

 

 

 明樹保は暗い表情のまま下駄箱にやってきていた。

「明樹保ちゃんどうかしたの?」

 背後から優しい声が彼女を包む。

 明樹保は声の主を知っているのか、満面の笑みになって素早く振り返る。

 そこにはふんわりとした茶色の髪、瞳。女性らしい体つき。スーツを着た女性が立っていた。

「保奈美先生!」

「あら、私の気のせいだったかしら?」

「え?」

 明樹保が問い返すと、答えづらそうにしていた。それを誤魔化すように微笑んでいる。

「その、今、元気が無さそうに見えたから」

「えっとその……」

 明樹保が露骨に反応を見せると、保奈美先生は心配そうに覗きこんだ。

「お話する?」

 明樹保はしばらく話すべきか、話すまいかと悩んだ後に小さく頷いた。

「でも、その……ここじゃ」

「わかったわ」

 

 

 

 保奈美先生はすぐに空いている教室を見つけた。

 今私たちがいる教室は、物置として利用されている教室だ。なので、教室の半分は使われない机や椅子が並べられていた。

 時折清掃もされているのか、使われていなくても綺麗なままである。

「何があったの?」

 保奈美先生は心配そうに私を見つめる。

「何があったとかいうわけじゃなくて……今まであったというか、そのままにしていたというか」

 桜木 保奈美。去年の私たちのクラス担任だ。先生も私達のクラスを受け持ったのが初めてだったらしく。最後のホームルームは泣いていた。

 卒業式でもないのに、みんなそれにつられて泣いて。烈君と鈴木君、それに井上君にも呆れられてたな。

 大ちゃんは「いい思い出が出来たね」と嬉しそうに笑っていた。

 保奈美先生は、私達生徒の話を親身になって聞いてくれて、他のクラスの子の話もよく聞いてあげていた。

 そのせいか赴任1年目にして、私達の学年では人気教師の1人である。

「やっぱり何かあったの!?」

「ち、違います」

 勘違いしそうになっていた先生に、私は大ちゃんと私の話をした。

 話し始めのころは、微笑んでいたが。大ちゃんのお父さんとお母さんが死んだ話に入ってからは、真剣な表情になっていった。

「――だから、その……さっきも勢いで聞こうと思ったんですけど、それができなくなって、どう聞けばいいのか、もっとわからなくなって」

「そうね。難しいわね」

 保奈美先生は天を仰ぐように、教室の天井を眺める。

 しばらくして視線をまっすぐに私に向けた。

「前に早乙女君は言っていたわ。――明樹保がいたから、今がある――って」

「え?」

 私は驚いて頭の中が真っ白になった。

「明樹保ちゃんは優しすぎるから、早乙女君のことを壊さないように聞かなかったのかもしれない。でもそれを気にし過ぎられても、早乙女君は辛いだけよ。きっと早乙女君はもう自分なりの答えを出しているわ」

「どうして?」

 どうしてそんなことがわるのか? だってそんなの大ちゃんに聞きでもしないとわからない。

「だって、早乙女君。去年の1年で凄く変わったもの」

 それは私も感じていた。

 それまでの大ちゃんは、人を突き放すような雰囲気だったけど、今は違う。

「それが話しておきたいことなら、話しておかないと後悔するわよ。二度と話をすることができなくなるなんて、いくらでもあるんだから。例え辛く、哀しいことでも、誤解をさせてしまうことがあっても、話をすることは大事よ。だって、そうでもしないと、想いは伝わらないわ」

 保奈美先生は私を励ますように、優しく抱きしめてくれた。

 なんだか胸の奥が温かくなり、なんでもできるような気がする。

「はい」

 

 

 

 

 

 公園のブランコを椅子代わりに、夕焼けの空をぼんやりと眺めていた。公園には私以外いない。

 夕焼けのオレンジが私の影を大きくする。

 今いる公園は遊ぶには少し狭い。

 それでも幼い頃の私には、この公園が物凄く広く感じた。ここで大ちゃんと大ちゃんのお兄さん、直ちゃんと直ちゃんのお姉さんたちとよく遊んだ思い出がある。

公園の端には一本の桜の樹があった。

 今よりお父さんとお母さんが忙しくない時に、この桜の樹の下で、大ちゃんたちも含めてお花見をしたりもした。

 明樹保の視線は公園の遊具から隅まで流れていく。

 ここで、この公園で大ちゃんは苦しそうに言ったんだ。

――ヒーローになるのをやめる――

 その後会話をした記憶があるけど、なんだったかな? なんか大切なことをお話したような気がする。

 ふと腕時計を見ると、時刻はすでに五時を過ぎていた。考え事をする時はどうしてもここに来て、長居してしまう。

「早く帰らなくちゃ」

 誰に宛てたものでもなく、自分自身に言い聞かせて私はブランコから立ち上がる。

 

 

 

『助けて』

 

 

 

「え? 誰?」

 振り返るが誰もいない。そもそも声ではなく直接頭の中に文字が見えた気がした。

 気のせいかな? 考えすぎてちょっと疲れているのかもしれない。早く帰って――。

 お腹に響くような衝撃が地鳴りを伴って襲ってきた。

「じ、地震?」

 私はその場にへたり込む。視界の端でゴミのようなものが撒き散っていた。

 視線をそっちに向ける。

 それを家の残骸だと認識するのには時間がかかった。そう気づいた瞬間、私の中で時間も思考も止まる。

「え? 嘘…」

 残骸と一緒に人も飛んでいた。顔は恐怖と驚愕に染まり、そして残骸と一緒に他の家の影に消える。

 私は突然別の国に、世界に来たんじゃないかという錯覚に襲われる。でも、どこを見渡しても私がよく知った町並み。

 さっきの家の方角は、確か去年同じクラスだった井上君の家が近くにあるはず。

 どうしようという疑問よりも、何が起きているのかわからず、得体のしれない恐怖に足元が震えた。動けない。

 

 

 

『――助けて。早くしないと』

 

 

 

 まただ。また頭の中に文字? 声だ。なんだか弱々しく、だけど今度はしっかりと聞こえた。

 ふと私の脳裏に今朝の夢がよぎる。あの日、全てがなくなって世界から孤立したような気になった。いや、確実にあの時の私は世界から放り出されていた。

 お父さんとお母さんとはぐれ、不安で泣いたけど、誰も助けてくれなかった。でも1人だけ助けてくれた。

 助けたい。私があの日助けられたように、この声の人を助けたい。

「大丈夫だよ」

 私を縛り付けていた恐怖はどこかへ消えていた。私は声がする方へと走る。それがどんなに危険なことかもわかっていた。それでも助けたい。

 私はどこかでその助けを呼ぶ声と、幼い頃の私を重ねていた。

「待ってて! 今行くから」

 

 

 

 周りを黒い霧に覆われていることに明樹保は気づかなかった。

 

 

 

 

 

 逃げ惑う人の波に逆らって私は駆けていく。横道に入り角を曲がった。最初に視界に飛び込んだのは、残骸の山。地震か戦争でもあったかのようだ。

 辺り一帯が爆撃されたかのように、家も道路も粉々に砕かれていた。その残骸が山のように積み上がっている。一部に火が燃え移りはじめ、煙をあげていた。

「ひどい……」

 無意識に言葉が漏れでた。

 残骸の山の手前に怪我した黒猫が倒れているのに気づき、急いで駆け寄る。私は猫を抱え上げる。呼吸は弱いがまだ息はあるみたいだ。

 他にも誰かいないか辺りを見渡す。しかし人の姿は見えない。下敷きになっている人がいないか、残骸の隙間から覗くが、人の姿は見えない。

 あの声の人はどこだろう?

「誰かー! 誰かいませんかー!」

 精一杯声を張り上げるが、返事はない。何度も繰り返し呼びかける。

 もしかしたら残骸の向こうで助けられる人がいるかもと思い、山を超えられそうな場所を探す。

「誰か! 誰かいたら返事してください!」

 何度目かの呼びかけをした後、不意に空気が震えたような気がした。嫌な感じがして足を止める。あたりを見渡すが何もない。

 これが怪異事件なの? もしかしてヒーローさんたちが戦っているファントムバグ?

 確か空間震が起きてから空に穴ができるって……。

 私は空を見上げて穴がないことを確認する。そして別のモノが見えて足が震えた。その時初めてここに来たことを後悔する。

 明樹保は全身の毛穴が開く感覚に襲われる。空を覆い尽くさんと大きな影があった。

「大きな……犬? 狼?」

 家よりも大きな黒い狼が私を睨みつけていた。私を見る目は獲物を見つけた獣のようでもある。その圧倒的な威圧感に恐怖して一歩下がった。

 一歩下がるのだけでも足が震えて、上手く動けない。

「あ……」

 狼の口元に赤黒い液体がこびりついていることに気づいて戦慄する。想像して胃の中モノが逆流する感覚に襲われた。それを必死で抑えた。

――化物に食われたんじゃないかって噂――。

 周囲を見渡すと黒い霧がドーム状に覆っていた。

――黒い霧が神隠しの前兆なんだって――。

 知らず猫を抱える腕に力が入る。猫は怪我が痛いのか腕の中で動き――。

「い、痛い」

 私はさらに混乱した。目の前の大きな狼もそうだが、抱きかかえていた黒猫が「痛い」と今確かに喋ったのだ。

 猫は抱えている私と狼と周りを見た。

 猫はすぐに叫ぶ。

「早くここから逃げなさい!」

「え? え?」

「ここは任せなさい! あの魔物なら少しだけなら抑えられるから」

 猫さんは私の腕から飛び降りて狼と向き合った。猫がしゃべる度に思考の混乱に拍車がかかる。

 ね、猫。猫が喋る? 猫って。それにこの大きな黒い狼は何? 何の? さっきまでこんなのなかったよ!

 私は今言われた言葉すら忘れて、混乱し続ける。

「そ、そんな事言われても何が何だか」

「命があるなら生き残るために全力を出しなさい。まだ結界は完成していないわ!」

 私はふと周りを見渡し、この一帯を覆うかのように霧が全域を覆っていないことに気づいた。

 霧がない部分の……あれのこと?

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 咆哮が耳を刺す。周りの民家のガラスが次々と割れていく。その咆哮に腰が崩れ、地面にへたり込んでしまう。

「早くなさい!」

「そうはいかんな。なにせこれから同胞になるんだからな」

 上空から声が降ってくる。上を見上げると男の人が空を浮いていた。

 

 

 

 狼より高い場所に男がいた。正確には空に浮いている。

 筋骨隆々の男が浮いていた。金の肩章。赤い飾帯。腰には西洋を思わせる剣。西洋の軍服に似た紺色の服を身にまとい、紺色のマントをはためかせている。

 明樹保を見る表情は狂喜に歪む。

「オリバー! 貴方、自分が何をしているのかわかって?」

 猫の言葉にオリバーは嘲笑う。そして猫を見据える。

「わかっているからこそ、こうしているのだ。我らが主の望みが、我が望みだ。さあ我らが下僕よ! 敵を排除しろ!」

 狼は主の指示を受け動き出す。跳躍。その巨体が飛び上がる際に巻き起こる風圧で、明樹保は吹き飛ばされる。

「ああ!!」

 猫は顔の前に若草色の光を収束させる。それは円形になり壁となった。

 壁を展開したまま猫は明樹保の前に立つ。

 直後に狼の巨体がその壁めがけて突進してくる。上空からの勢いそのままに光る壁に激突する。壁はそれに耐えたかのように見えた。が、亀裂が走る。

「こ、壊れちゃう!」

「ふっ!」

 猫が息を吐くと壁から電撃が走った。狼はその電撃に吹き飛ばされる。咆哮だけを残して地面を転がっていく。その巨体が転がる度に家が残骸となり、破片が飛び散る。アスファルトは巨体が打つたびに砕け散っていく。

 猫は素早く上空を見上げるが、先程までいたオリバーはいない。

「しまった!」

 猫が振り向いた時、すでに彼の目的は達成させていた。

 

 

 

 私が起き上がると、先程まで空にいた男の人が目の前に立っていた。右手には黒い宝石のようなものが握られている。

 すぐにそれが危険なモノだと理解した。

 逃げなくちゃ。アレは危険だ。

 けれど体はすぐに反応してくれない。恐怖でいうことが聞かない。

 次の瞬間黒い宝石から黒い光が輝く。私は逃げようとするが、恐怖と混乱から体がうまく動かない。

 宝石が徐々に迫る。

「恐れることはない。君は我らが同胞になるのだ」

 優しい声に困惑する。

 声を上げることもできずに、ただ宝石が迫ってくるのを見ることしかできなかった。咄嗟に両腕で宝石の接近を防ごうと構える。

 左手に触れたと思った瞬間。体全体に熱と痛みが走る。

 

 

 

「――――ッ!」

 明樹保は苦痛に顔を歪ませ、体をくの字に折る。立つこともできずに地面に崩れ落ちた。

 猫は明樹保を助けようとするが、狼に邪魔される。

 激痛から自然と声が漏れ出す。そんな姿を見て、オリバーは高らかに唄うように吠えるように言った

「いいぞいいぞ。それだ! それこそだ! さあ闇に堕ちて我らが同胞になるときが来たのだ」

 狼を再度吹き飛ばすが、突進の勢いを殺しきれず猫も地面を転がる。転がる勢いを利用してそのまま明樹保の近くまで駆け寄り覗きこむ。

 明樹保は猫を安心させようと笑おうとする。

 失敗した。

 絶叫しながら空を見上げるほどのけぞる。

 

 

 

 頭から足の先まで巨大な針が貫かれるような痛みが走る。地面を見ていたはずの私はいつの間にか空を見上げていた。視界の端に左右に結った髪が振り乱れている。

 そういや今日は大ちゃんに結んでもらったんだった。

 視界が白と黒に明滅し始める。

 苦痛の中で自分が死ぬことを悟った。その瞬間これまで経験したことが走馬灯のように駆け巡っていく。

 烈君。直ちゃん。直ちゃんのお姉さん。大ちゃんのお兄さん。大ちゃん。お父さん。お母さん。大好きな友だちと家族の顔が流れていく。ごめんね私――。

 

 

 

――大丈夫だよ――

 

 

 

 体に走っていた熱と痛みが突然消えた。温かいものにくるまれるような心地よさ。体の奥底から力が湧いてくる。

 それが体の奥底から噴き出し、光となって私を包んだ。

 桜色の光が視界を埋め尽くした。

 

 

 

 明樹保の目が見開かれる。

「しまった! この小娘!?」

 先ほどまであった余裕は消え去っていた。オリバーはこれから起きる事態を予見し、体に紺色の光を纏わせる。

 狼は光に視界を奪われ動けなくなっていた。動けずそのまま光に飲まれる。

「そんな! 覚醒したというの?」

 オリバーは体に紺色の光を纏い、自身の居場所を素早く転移させていく。

 猫は「させない」と叫び、若草色の光を纏い、光の玉を撃ちだしてそれを妨害する。

「なんのぉおおお!!!」

 オリバーは光の玉を受けながらも、明樹保に突進しようとする。

 しかしそれより早く、桜色の光が全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 光が消えて、視界が回復すると。残骸の中に私はポツンと立っていた。黒い大きな狼も大きな男の人もいなくなっている。私を中心に何かが爆発したかのように、アスファルトの地面がめくれ上がっていた。

 猫さんを探して辺りを見渡すと猫さんが瓦礫の中から飛び出しているのを確認して安堵する。

 怪我をしているから手当してあげないと。でもすごく疲れた。

 

 

 

 明樹保の左手の中指には指輪が黒と桜色に輝く。

 

 

~次回に続く~

 

 

 
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