No.688935

ウチにおいで2

nounさん

『ウチにおいで』の続編です。
相変わらずほのぼの。前回よりはファンタジーしてます。
ちょっぴりBL要素あります。

2014-05-24 17:31:05 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:446   閲覧ユーザー数:446

 

 

 

「随分とご立派な、その、門構えで」

 

「代々、住んでる屋敷なんだ」

 

 

 

 ── やっぱり、僕と君とは住む世界が違うんだ。

 

彼の家の前に来て、そう思った。

だって、こんなよくわからない世界感の創造物が鎮座する門なんて。

僕は今まで生きてきた中でも、見たことないよ。

 

 

 

 

 

 僕、楓家未来(ふうか さき)は、クラスメイトの九結眞夜(くげつ しんや)に放課後呼び止められた。

 

 

「帰りにウチに来てよ。この間話してた、ゲームをしよう」

 

 

そう言われたので、何も考えずに「行く」と即答した。

それが良くなかったと、今は思っている。

 

考えるべきだった。

九結は自身を『バンパイア』と、明かすような人なのだから。

 

 

 後悔し始めたのは、「もう着くよ」と言われてから、長く続く塀の脇を歩く途中。

いつになれば着くのかと、不安になり始めてから数十分 ── どこの国かと思うほどの立派な門の前で、九結は足を止めた。

 

見た目が華やかで、どこか人間離れした魅力のある九結だけれど、まさかこんなにも……住まいまでこう、世間離れしているとは思わなかった。

 

 

「これはその、気軽に訪れて良かったのかなぁと、思うような感じだなぁ。何と言うか、日本的家屋ではないんだね」

 

 

ただただ、足がすくむ。

帰りたいとはっきりとは言えず、控えめな言い方をしていると、九結は苦笑を浮かべる。

 

 

「うん。悪趣味だよねぇ」

 

 

住んでる本人も、そう思うのか。

それならはっきりと、見た目が怖いので帰りたい、と言っても良かったのかもしれない。

 

 

 

 僕は視野に収まりきらないその門を、そろりと見上げる。

一般家庭では見なさそうなオブジェが、城かと思うような立派な門を囲い、アーチのようになっている。

 

そのオブジェがまた、大蛇が美女の喉を今にも噛まんとする、実にホラー映画のワンシーンかと思うもので、確かに悪趣味ではある。

月日で褪せているのが余計に、おどろおどろしい迫力に拍車がかかるようで、ただただ閉口してしまう。

 

ここに荷物を届ける宅急便屋さんなどは、どんな気持ちでこの門を訪ねるのかと、そんな想像までしてしまった。

僕なら、こんな屋敷のある地域の配達はゴメンだ。

 

 

「ささ、気にせず入って」

 

 

いや、もうそれは無理で、かなり気にしている。

僕は萎縮し始めていた。

外側がこれなのだ、内側なんてどうなっているんだろう。

 

門は鉄格子にはなっているものの、奥が見えにくくて、内側がうかがえない。

なんか、暗いんだ。

いや、暗いのか、黒いのか。

分からないけれど、何となく辺りが冷えてきた気がする。

 

 

 その厳つい門が開けて、くぐると、今度はきっちりとガーデニングされた庭と、小道が目の前に広がる。

色合いは、黒い。

そして、最も嫌な予感がしていた洋館が、奥に見えた。

その様子はまた……もうなんと言うか黒い。

 

 

 庭の薔薇は闇を思わせる黒と、血のように濃い赤で埋まり、小道だって黒曜石で黒光りしている。

奥の立派な洋館も、年代は感じるけどそれ以前に、色合いが薄気味悪くて暗すぎる。

門があれだけに、期待を裏切らない威圧感だ。

 

 

「あのさ、九結。僕、お化けとか苦手なんだぁ」

 

 

どことなく震えがきて、九結の後ろに張り付く。

すると振り返った九結が、微笑んで僕の手を取った。

 

 

「可愛いところが、あるんだね」

 

 

九結のような容姿の人にそう言われると、逆に虚勢を張りたくなる。

からかわれている気がするのだ。

それにナチュラルに手を握られてしまい、余計に焦った。

気があると言われてしまっている手前、触られるとつい焦ってしまう。

僕はさりげなくその手を振り切り、前に出て歩きだした。

 

 

「ちょっと変わった家だ、九結の家は」

 

「楓家くんの家は、どんな感じなの?」

 

「フツーです。よくある一軒家」

 

「フツーって、どういうのがフツーなの?」

 

「え、ええっと。三角っぽい屋根と、四角の箱っぽい土台で」

 

「ぼくの屋敷もそうだけれど……」

 

「大きさが、規模が違う」

 

「うーん、イメージがわかないなぁ。今度、見に行ってもいい?」

 

「そうだね、見た方が分かるよ」

 

 

って、自然にご招待してしまってるじゃないか。

はっとして九結を見るも、特に企んだようでもないらしく、いつもの笑顔だ。

ナチュラルに話し進めるとか、コミュニケーション力高い。

油断ならないな。

 

 

 屋敷の近くまで来ると、ここら辺ではあまり見ないカラスの大群が、屋根に並んで僕達を見下ろしていた。

カァカァと会話でもするように鳴いていて、注目されている気がしてならない。

 

 

「ここには、何か、いるのかな?」

 

 

思わず聞く。

九結はニコリと笑顔で答える。

 

 

「お化けはいないよ」

 

 

お化け『は』いないらしい。

じゃあ、何がいるのと。

そう聞こうとしたら、洋館の重そうな扉が、不気味な音をたてて開いた。

 

 

 

「眞(しん)、おかえり」

 

 

 涼やかな声をした青年が、中から出てきた。

青年で合ってるか、そんな中性的な容姿の人だ。

九結のお兄さん、なのだろうか。

九結とはまた違った雰囲気で、九結よろしく性別が不明の、端整な顔立ちではある。

 

細身の長身で、冷たそうな白い肌、少し垂れ気味な赤味のある瞳をシルバーフレームのメガネで覆っている。

どちらかというと欧米寄りな容姿だ。

九結も風貌がどちらかというと欧米寄りで、彼らは僕などと故郷(くに)が違うのか、混血なのか。

 

今度、気が向いたら聞いてみることにしよう。

まぁ、また『ぼくの かんがえた ばんぱいあ』な妄言を言われそうではあるけれども。

 

九結は普段が笑顔だからか、華やかで朗らかな印象だけれど、この青年は表情が冷たく、落ち着いた印象というか近寄りがたい。

 

 

 その青年は九結を見た後、隣の僕を見て少し眉を寄せる。

 

 

「眞、彼は」

 

「ぼくの、ええっと、お友達」

 

 

少し迷ったようにして九結は言った。

 

なぜ、迷った。

まさか嫁候補です、とでも言おうとしたんじゃないだろうな。

 

 

「楓家未来くんだよ。楓家くん、ぼくの兄です」

 

 

九結は僕に彼をそう紹介してくれた。

やはり、お兄さんだったか。

男で合っていたのが、少し違和感はするけれど。

しかし九結と素の表情が違うので、兄と言われても、あまり似た感じがしない。

僕は紹介されて、少し頭を下げた。

 

 

「どうも、初めまして」

 

 

そんな僕を、九結のお兄さんはジッと見ていて、その表情はどことなく険しい。

初対面でこれは、かなり焦る。

何か気に食わない事でもしてしまったかと、目線を上目に伺っていると、ようやく言葉を発してくれた。

 

 

白空(はくあ)だ。よろしく」

 

 

 落ち着いたトーンで名を告げてくれた。

思っているよりは、嫌がられているようではないらしい。

気難しい人なのか。

 

白空さんは、僕に手を差し出す。

こんにちはの挨拶かな、そう思って僕はその手を握った。

 

すると白空さんは、僕をまたジッと見つめてくる。

僕はよく分からないまま、見つめ返す。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

長い沈黙。

その内に、九結が僕の手を白空さんから剥がしてきた。

 

 

(はく)ちゃん、もういいよね?」

 

 

少し焦るように言う九結に、白空さんはまた眉を寄せて言った。

 

 

「変わった人だね、未来くんって」

 

 

変わった人とは。

そう言われた事なんて、全くございません。

むしろ平凡、目立たない方です。

 

 

「変わってますか?」

 

「うん。ちょっと、変」

 

 

そう言って、白空さんはチラリと流すような視線を寄こす。

その、チラリと見る感じが色っぽい。

ドキドキする。

妙な動悸を感じていると、それを察したように九結が手を引く。

 

 

「楓家くん入ろ。ぼくの部屋に、案内するよ」

 

「え、ああ、あの」

 

 

まだ、僕が変だという根拠をだね、聞いていないのだけれど。

そして、聞きたいのだけど。

 

変だなんて、ちょっと憧れる。

人に気にかけてもらえるほどの、特徴らしいものなんて僕にはないんだから。

 

しかし聞く余裕もなく、九結に引っ張られるようにして中に入った。

 

 

 屋敷の中はまた、暗かった。

いや、灯りはあるんだけれど、色合いが黒いので暗い感じがする。

 

 

「ここ、本当にお化け屋敷とかじゃ、ないんだよねぇ?」

 

 

失礼ながらも、確認せずにはいられない。

九結は曲線に段の重なった幅のある階段を上がりながら、僕に笑いかける。

 

 

「今はいないよ、大丈ぶ……」

 

「今!?今はって言った!?」

 

 

僕は聞き逃さなかった。

それにはっとした、九結の表情。

 

やっぱり出るんだ、この屋敷!

 

 

「── 今日はもう帰るよ、お邪魔しました」

 

「まだ、来たばっかりじゃない。さっきのは冗談だよ、冗談」

 

 

ニコニコ笑って言ってるけど、ちょっと焦りが見えてないか。

九結が無理に穏やかにしているのを、僕は見逃さなかった。

 

 

「そういえば僕、今日は、犬のポチに餌やる当番なんだ」

 

「ご家族がもう、あげてるんじゃないかな」

 

「いや、ポチは僕からしか餌を食べないんだ」

 

「ねぇ、ごめんねぇ。ぼくの悪ふざけだから、楓家くん帰らないで」

 

 

── 嫌だ。

 

だってもう、この雰囲気、限界だもの。

一々、怖いんだよ!

 

 

 階段の踊り場で騒がしくしていると、ふと腰に、何者かの腕が回された。

 

 

「ひぎゃぁあああ!!」

 

 

── ついに、出た!?

 

僕は堪らず、悲鳴を上げる。

すると背後のその何者かが、僕の口元に指を這わせて塞いだ。

 

 

「静かに。眞を困らせないで」

 

 

ねっとりと、熱の含んだような声が耳元でする。

耳に当たる息は温かくて、とてもお化けとは思えない。

 

というか、くすぐったくてゾクゾクと体が震える。

 

 

「ふぁあ!?」

 

 

僕は変な声をあげつつも、素早く抜けて、耳を押さえながら振り返った。

 

僕より少し背のある細身の青年が、そこに佇んでいる。

というか青年かな、また性別不明の人が現れた。

 

 

(くろ)ちゃん」

 

 

 九結がそう呼ぶ間に、僕は腕を引かれて彼に抱き寄せられてしまう。

 

 

「ふふ、美味しそうな肌色してるね」

 

 

彼は身を震わせるような声色でそう言い、見つめる。

これまた、九結に劣らずと美形、そしてその度アップ。

妖しく笑う顔は、九結に似てる。

少しタレ目で細身の体、抱きしめられると分かる、この人男だ。

 

九結のお兄さん、2人目。

この家には美形しかいないのか。

 

 

 

「すみません、離してください」

 

 

あまりくっ付いていても、恥ずかしい。

だけれど、彼は離してくれない。

 

 

「そう、固くならずに。ねぇ?」

 

 

また、ドキっとするような視線。

これは、誘惑されてるのか!?

 

違う、違うよ、僕はそういう類の人間ではないんです。

これだけの麗人だから、そりゃあ流されそうにもなるけれど、やっぱり男同士、友情以上は無理なんで!

 

 

「しょ、初対面じゃないですか。挨拶させてくださいよ」

 

「ふぅん?」

 

 

不可解そうな顔をする。

こっちが困っているのに、何か困らせたような顔で、ようやく離してくれた。

僕はさらに距離を取るように離れると、ニコリと笑いかけられた。

 

 

「わたしは、黒空(くろあ)。よろしく」

 

 

潤んだ瞳を薄っすらと閉じる。

少し派手さを感じる微笑み。

そして放たれる色気は半端ない。

 

 

 

それに気圧されないよう、耐えながら僕は笑顔で返した。

 

 

「楓家未来です、どうもよろしくです」

 

「未来ちゃん?ふふふ、可愛い名前」

 

「似合ってなくて、すいません」

 

 

こんな、希望の塊みたいな漢字をもらっても、地味なんだよな僕は。

そんなやさぐれからそう言うと、九結が間を割り込んできて僕に言う。

 

 

「そんな事ないよ、似合ってる。さささ、とりあえず部屋に行こう」

 

 

そう言ってこの場を過ぎようとする九結に、黒空さんは待ったをかけ、

 

 

「眞、きちんと紹介してくれないと。一度、応接間にいらっしゃい」

 

 

と、たしなめられた。

そう言われては九結も仕方なしと、多少肩を落とし気味に、僕に話を振る。

 

 

「そういうわけなので、楓家くん。いいかな」

 

 

僕はやむなくと、頷かざるを得なかった。

 

 

 凄たらしい内装の広間へ、案内される。

応接間ということで、装飾も良さそうなものばかりなのだが、その内容はまたグロい。

やたらと美女が噛みつかれているものが多く、悪趣味そのもの。

周りに目をやりようもなく、僕は目の前の3人に顔を向けるしかなかった。

 

 

「改めまして。未来ちゃん、初めまして」

 

 

 言い出しは、黒空さんからだ。

ゆったりとしたソファに足を組んで掛け、胸に手を当て自己紹介を始めた。

 

 

「わたしは九結家の長男の、黒空(くろあ)

 

 

その後、ソファの後ろに控える白空さんに手を向ける。

 

 

「次男の白空(はくあ)

 

 

白空さんは目を伏せ、会釈する。

黒空さんは一息置いて、最後、白空さんの隣に控えている九結に手を向けた。

 

 

「そして、三男の眞夜(しんや)と。わたし達は、三人兄弟でここに暮らしている」

 

 

ご丁寧にも、九結家のご紹介いただきまして。

ふと僕は疑問に思い、尋ねた。

 

 

「ご両親は」

 

 

言いかけてる途中に即答される。

 

 

「亡くなったよ」

 

 

亡くなられたと聞き、僕はすぐに詫びを入れた。

 

 

「それは、失礼しました」

 

「いいえ。もう何年も経つから。それより、きみと眞はお友達なんだって?」

 

 

聞き返され、頷いた。

そして補足する。

 

 

「はい、クラスメイトです。今日は、九結……、眞夜君に招いてもらって、ここに来ました」

 

 

緊張する。

敬語、間違っていないかな。

 

 

 

 ガチガチになりながら話していると、九結がお茶を運んで来てくれた。

辺りに漂う、紅茶の香り。

九結にいただきますと言って、僕はそれを一口いただいた。

ほどよい温度に、僕の口に馴染みのいいダージリンで、緊張が少しほぐれる。

 

 

「黒ちゃん、もう楓家くんと、部屋で遊んでいいかな」

 

 

九結がそう言うと、黒空さんは九結に微笑む。

 

 

「眞、後始末は自分でするんだよ」

 

 

── 後始末?

 

その不気味な言葉に、僕は背筋が凍った。

九結は慌てて黒空さんに言う。

 

 

「黒ちゃん、違うよ。楓家くんは、遊びに呼んだだけなんだ」

 

「そうなの?ついに眞も、吸血する時が来たのかと」

 

 

── 吸血、だと?

 

僕はさらに冷や汗が出始める。

そのやり取りの横から、白空さんも一言挟む。

 

 

「『吸血初め』は、見知った人がいいからね。彼は特に健康そうで、分けてもらうなら良さそうだ」

 

 

それには、黒空さんも納得と頷く。

 

 

「もう、ふたりとも、違うって言ってるじゃない」

 

 

九結は僕に気遣うようにしつつも、慌てている。

 

 

 

 吸血って……僕が知っている事だとすれば血を吸う事だと思うが、合っているか。

だとしたら、この2人もバンパイアということに。

 

まさか……『ばんぱいあ』は九結のコミュニケーションの一環で冗談、じゃないっていうのか。

本当に、バンパイアなの!?

 

またまた、ご兄弟そろってご冗談を。

でも、この2人が、真面目に冗談を言うようにも見えない。

 

3人に見据えられている。

特に兄2人は冷たい瞳を細め、僕を見定めるようにしている。

特に首筋を、どう噛もうかとそう見ているようで。

 

黒空さんが口角を上げ、舌舐めずりをした。

チラリと覗く紅い舌に、僕は恐怖で鳥肌と震えが全身を駆け巡る。

 

そして ── 僕は、ついにプッツン、切れてしまった。

 

 

 

「もしかして、ここの皆さん、バンパイアなんですか!?」

 

 

 度重なる恐怖、混乱から、僕は考えなしにそう聞いてしまった。

 

この前のバンパイアの話って、本当なの!?

冗談じゃないっていうのか!?

 

考えただけで、頭が。

頭が、痛い!

 

蒼白な顔の僕を前に、まばたきを多くする三兄弟。

そして長男の黒空さんが首を傾げた。

 

 

「知ってて来たんじゃ、ない?」

 

 

そして次男の白空さんが、三男の九結にきつく問う。

 

 

「眞、教えてないの?」

 

「ぼくは、言ったんだけどねぇ」

 

 

確かに、言われた。

でもそんなの、冗談だって思うじゃないか。

そんな、現実味がないもの。

 

 

 もっと混乱する僕に、ゆっくりと黒空さんが近寄り、そして隣に掛ける。

冷んやりとした、なんとも言えない威圧を感じて、僕は黒空さんをビクビクしながら見た。

 

 

「きみは、不思議な子だ。わたし達を前に、正気なんだね」

 

 

言っている意味が、分からない。

そう言いたいのが伝わったのか、黒空さんに微笑みかけられた。

 

 

「普通はこんなに怯えもしないし、わたしが言えば、すぐに首を晒してくれる。でも、きみは違う。きっと逃げてしまうんだろう」

 

 

そう言って、僕の首に手を添える。

 

 

「わたし達の吸血が終われば、その部分の記憶は抜け落ちて、また普通に暮らしていけるよ。だから……」

 

 

黒空さんの唇が、僕に近付いてくる。

綺麗な形をした唇が開き、よく尖った犬歯がチラリと覗いた。

 

このまま吸われてしまえば、この怖い体験も忘れられるということか……

それが本当なら、吸われてしまえば、楽にこの混乱から解放される……

 

 

「ダメだよ」

 

 

 ふと引っ張られる。

九結が寸でのところで、僕を黒空さんから引き剥がした。

 

 

「楓家くんはっ、未来くんは、ぼくの一生を一緒に遂げる人として、大切にするんだから」

 

 

こんなところで、また。

九結は本当に、まっすぐだな。

黒空さんと白空さんが、目を丸くして呆気にとられている。

最悪だよ。

 

 

「っ九結、おま、何を」

 

 

僕はそう突っ込むも、九結は眉をキッと吊り上げ、兄達に向かってさらに言う。

 

 

「黒ちゃん達には、吸血させないよ」

 

 

そう言い放ち、僕を引っ張って走り出す。

僕は混乱と焦燥と、わけわからない頭の中ぐちゃぐちゃのまま、九結に引っ張られるがまま、応接間を後にした。

 

 

 

 

 

 ああ、こんなよくわからない世界が、身近にあったなんて。

何か、振り回されてる気がする。

どうしよう、どうしようか。

 

頭をフル回転させるも、ついていけない。

気付けば、見慣れた公園のベンチに座っていた。

 

 

「はい、これ」

 

 

温かい缶コーヒー。

隣に九結が座る。

どこかの自販機で買ってきたらしい。

僕は少し頭を下げて礼をし、一口すする。

 

 

「ごめんね」

 

 

 いやに落ち込んだ声に、顔を向けた。

九結が頭を下げている。

 

 

「困らせるつもりじゃなくて。ただ、もっと未来くんと仲良くなりたくて、ウチに呼んだだけだったんだけど」

 

「僕……九結と、付き合うつもりは……」

 

 

ない、そう言いきる前に、九結の手に口を押さえられた。

 

 

「この前は、急な告白して悪いと思ってる。だけど、それはまだ……言わないで……」

 

 

悲しそうに眉を下げて、苦しそうな声を出して、九結は僕に言う。

それがあまりに可哀想で、僕は小さく頷いた。

九結はホッとして手を離し、また話しだす。

 

 

「未来くんにね、ぼくの事、もっと知って欲しいんだ。だから、ウチに呼んだんだけれど……兄達に警戒されちゃったね。でも、ああでも言わないと、未来くんが吸血されてしまうし」

 

「一生を一緒にって?」

 

「……友達だとしても、一生を一緒にで合ってるでしょう?」

 

 

合ってるかな。

まあ、一生の友達とは言うし、じゃあ、合っているんだろう。

感情を考えると、変に意識してしまってダメだな。

 

 

「兄達にはきちんと紹介もできたし、今日みたいに迫っても来ないだろうから、また……遊びに来てくれるかな」

 

「うーん、考えておくよ」

 

 

さすがに、快い返事はできなかった。

でも嫌とも言いづらくて、濁した。

それでも九結は、ホッとしたような顔をしている。

こんな僕なんかに、嫌われるのが怖いんだろう。

 

他にいなかったのか、と思うよ。

僕じゃなく、九結に見合うぐらいの奴が。

いや、見合うような奴、そうはいない。

けど、何も、僕でなくてもとは思うんだ。

せめて、九結を想ってくれている奴の方が、楽だったんじゃないかって。

 

 

「九結は、何で僕を」

 

「きみがいいからだよ。それに、前にも言ったけれど、きみはぼくに媚びないから」

 

「それって、九結の事、好きにならないって事だよ」

 

「意図せず好かれるぼくには、それが魅力なの。だからって、ずっと、そうであって欲しくもないけれど」

 

「難しいな。どうしたらいいんだぁ」

 

「いつもの未来くんでいいよ」

 

 

そう微笑んだ九結が、いつもの笑顔と違って見えた。

 

瞳を細め、緩やかな弧を描く唇。

それが人へ笑いかけるそれとは違くて、少し気持ちが入っているというか。

やや頬が赤らんでいる。

僕を好きなんだろうなと、熱の入ったそういう顔。

 

だから僕は、また、変に得意になってしまう。

 

 

 

 

自分が、優位にいるような錯覚。

九結は何が何でも、僕が最高だと立ててくれるだろうなと、そこまで思えてしまうのだ。

 

 

「まぁ、そうするよ」

 

 

だからこうも、偉そうな言い草になる。

ちょっと照れはあるけれど。

 

 

 少しの間の後、九結は僕と距離を詰めて、言った。

 

 

「白ちゃんが言ったの、覚えてるかな」

 

「何だっけ」

 

「『吸血初め』の事。『見知った人がいい』って、言ってたでしょう」

 

「ああ……」

 

「未来くんに、お願いできるかなぁって」

 

 

確かにそういう話はしていた。

すでにうろ覚えだが、そう言ってたのは聞こえてた。

でもあの時は混乱してたから、どんな事をするのかとか、そういう質問が全くできなかった。

 

冷静になった今、僕はまず、聞いてみることにした。

即答すると、ロクな事なさそうだから。

 

 

「どういうことをするの?それで、返事したいんだけど」

 

「うん。動脈あたりの首筋に歯を刺して、垂れた血を頂く、それだけだよ」

 

「なるほど。パス」

 

「もう少し、考えて」

 

「いやいや、痛そうだし、怖いし、死にそうだし」

 

 

慌てる九結に、首を思い切り横に振って拒否の態度。

大体、お化け怖い奴が、こういうの平気だとでも思うのか。

大抵は、セットで嫌だと思う。

 

 

「ね、ね、未来くん。今、ちょっと、やってみよう」

 

「何でよ」

 

「お願い、ね?ぼく、初めては、未来くんがいいから」

 

「っな」

 

 

初めて、とか。

そんな、そんなテンプレート的なお誘いの仕方で、九結に迫られたら困る。

 

九結の細い肩が、僕の肩にピタリと引っ付く。

そして、夜空を思わせるような深い闇の色の瞳が、僕の顔を覗き込んだ。

桃色の唇が、近付きながら囁いてくる。

 

 

「未来くんの、首に……口付けして、いい?」

 

 

頭に響いてきそうな、甘い声。

ドキドキと高鳴る、胸の音。

これは、バンパイアの力のせい……なのか。

 

 

「口付け、だけなら」

 

 

断りきれずに、許可を出す。

九結は、心底嬉しそうに微笑んだ。

その顔が卑怯な位、可愛らしくて。

見ていると何でも許してしまいそうな、その顔から目を背ける。

そして、黙って首回りのぼたんを外し、首を晒した。

 

 

「ありがと……っ」

 

「っん」

 

 

 首に触れられた唇が柔らかくて、僕の薄い皮膚に伝ってくる甘い感覚が、体を震わせる。

そして、鋭いものを当てられた。

筋に尖った犬歯が当てられたようで、チクチクとする。

それに段々と、背筋にヒヤヒヤとした寒気が走る。

 

 

「っ、九結」

 

 

怖くなって、九結の肩を掴む。

すると、唇が首の皮膚を吸いながら摘まんで、ちゅっと音を立てて離れた。

 

 

「んっ」

 

 

ビクッと体が震えてしまった。

それにクスっと笑う声。

 

 

「未来、くん……って、ホント怖がりだね」

 

 

そう囁く声に、僕はまた震える。

それは怖さではなくて、もっと快感的なもので……恥ずかしい!

 

 

「ふっ、っ九結、このっ!」

 

「首、弱いの?」

 

 

何てことを聞くのか。

そう思うも九結の瞳は澄んでいて、とてもいやらしい目的で聞いたようには見えない。

 

このイイコっぷりが、また卑怯だと思う。

僕だけ慌てて、恥ずかしい。

 

 

「く、くすぐったいよ、思ったより」

 

「実際、多分、痛くないよ。痛みはないって、黒ちゃん達も言ってたし」

 

「吸血する側の、言葉じゃないか」

 

「だって、された側は大抵、覚えてないから……」

 

 

ああ、黒空さんがそんな事を言ってたか。

じゃあ、悔しいな。

こんな気持ちいいとか思って、恥ずかしくなってるの僕だけなんて。

 

って、気持ちいいとか、何だ。

ああ、もう、シャクだ!

 

 

「九結も、吸われればいいんだよ」

 

「え?」

 

 

 了解を得る気もなく、僕は九結の肩を掴んで引き寄せ、その細い首に唇を付けた。

九結を真似たつもりで、柔らかい皮膚を吸い込む。

 

 

「あっ、ん!ちょっ、痛っ」

 

 

痛い?

同じように、しているつもりなんだけれど……唇の力が有り余ってしまったか。

 

僕は角度を変え、また同じ場所を吸う。

今度は舌を使って、皮膚の表面を舐めるようにしてから唇に挟んで吸う。

 

皮膚だけをつまんだつもりだ。

それなら痛くないだろう。

やったことないから、憶測だけど。

 

そしてくすぐったくて気持ち良くて、恥ずかしい思いをすればいい。

 

 

 九結は小刻みに震え、「あっ、うっ」と声を上げる。

かなり恥ずかしくなっただろうと、そう思ったところで、僕は九結のしたようにちゅっと音を出そうと、最後をキュッと唇に力を入れて離した。

 

しかし、ちゅっとは音がしなかった。

でも、九結のすごく恥ずかしそうで焦った顔が腕の中に残っている。

してやったり、そう僕は得意気にニヤリと笑ってやった。

 

 

「どう、吸われる気持ちは」

 

「どうって、そんな、……」

 

「覚えてないからって、適当に言うもんじゃないよ。僕は結構、恥ずかしかった」

 

「ああ、うん、恥ずかしいね」

 

 

九結は瞳を伏せて、僕が口付けたところをさする。

 

 

「それに、ちょっとヒリヒリするよ」

 

 

そう言うので見てやると、九結の白い首に朱くうっ血したように痕ができていた。

これは、もしかして……

 

 

 

「九結、その、あの、僕が悪かった。

なんか多分、九結のやったのと、ちょっと違うかもしんない。

ちょっとやり返そうと、でもそこまで深く恨んでやったわけではなく、ただ戯れというか、気持ちをわかって欲しいというか、そう思って軽くやったつもりだったんだけど」

 

「ええっと、なに?」

 

「……痕が、付きました。その、君の首に」

 

 

 僕は焦って、言い訳をずらずら並べ立て過ぎた。

これは紛れもなくキスマークで、しかも僕が付けた。

そして、とても目立つ。

これは非常によろしくない。

僕だとバレてしまったら、クラスメイト達からの総スカンが予想される。

 

慌てる僕とは対照的に、九結は非常に穏やかだ。

この状態が見えていない風の、よく分かってない九結が、笑顔で小首を傾げる。

 

 

「いいよ、未来くん。ぼくが、先にやったんだから」

 

「ほぁ!?あ、ありがと……」

 

 

変な声が出た。

水に流してくれるということだよね、ありがた過ぎる。

 

そう思っているところへ、

 

「でも」

 

と、九結は続け……

 

 

「吸血初めに付き合って欲しいな。あと、ぼくのことも、九結じゃなくて眞夜って呼んで欲しい」

 

 

そう、言った。

 

 

「あ、が……」

 

 

空いた口が塞がらなくなる。

九結は、本当に許してくれているんだろうか。

もしかしてイイコを装って、これの責任をとらせようと、そういう……

 

 

── 僕は、考えるのをやめた。

 

 

「うん、分かった。僕でいいなら、付き合うよ、眞」

 

「ありがとう」

 

 

ネチネチと細かく考えて頭悩ませても、仕方ないことだ。

キスマークを付けた事実は、変わらない。

しかも、好きじゃないと明言したくせに、ふざけてしたとはいえ、こんな痕をのこしたのだから。

だったら、それに見合う責任は取るべきだ。

 

そして二度とこういう失敗をしないよう、気をつけるべき。

 

 

「でも眞、誤って噛み殺さないでね」

 

「そんなこと、しないよ。一生、一緒にいたいもん」

 

「ははは。またさらっと告白するの、やめてください」

 

「ああ、そんなつもりじゃ」

 

「あ、そうか、友達は一生モノだからね。そういう意味だったら、深読みしてゴメンね」

 

「……そこまで拒否したいほど、ぼくはダメなの?」

 

「ダメ、じゃないけど、うん、そんな悲しそうな顔して見ないで、ね?ほら、性別的には、気になる部分だからさぁ」

 

「乗り越える壁が、色々あるんだねぇ。ぼく、頑張るよ」

 

「頑張って!って、何を頑張るのかなぁ?っうあぁ、何か頭痛くなってきた」

 

 

 ちょっと大変です。

僕の友達の、バンパイアとの付き合いは。

 

 

 

 

 

 そんな事があって、九結こと眞夜には、しばらくカットバンを首に貼るようにお願いした。

眞夜は誰も気にしないよと言ったけれど、そんなわけはない。

 

万が一、これが知られたとなれば、クラスメイトが発狂して、僕(犯人)を血眼で探すだろう。

そして火祭りにされる、そうなってもおかしくはない。

そういう場所の位置付けにいるのだ、眞夜は。

眞夜には煩わしいお願いだとは思うけれど、僕はまだ学生生活的に死にたくない。

 

 

 

 

 

 翌々日の放課後、誰もいなくなった教室で、僕は眞夜の首の痕の様子を見た。

カットバンをそっと剥がすと、痕はもうキレイに消えていた。

 

 

「ああ、もうないよ。良かった」

 

 

思わず、安堵の息が漏れる。

すると眞夜は、寂し気な息をついた。

 

 

「ちょっとしたふたりだけの秘密って感じで、楽しかったのになぁ」

 

「そーんなに楽しくなかったよ、僕は。ハラハラしてたんだから」

 

 

気が気でなくて、授業中、特に体育などは気を使って見ていたほどだ。

今だって、本当に消えたっていうのを確認でチラチラ見ている。

 

うん、ない。

大丈夫、もうない。

 

すると眞夜と目が合う。

眞夜がふと視線を反らして、呟いた。

 

 

「これでもう、未来くんは……ぼくのこと見てくれなくなるのかなぁ」

 

 

乙女、いや乙男(オトメン)ですか。

そんな残念そうに言って。

 

 

「そ、そんな事思ってるの?」

 

「そりゃあ……」

 

 

好き、だから?

もっと見ていてって……?

意外と眞夜さんって、情熱的なんですね。

ちょっと困るよ。

 

 

 どう言ってあげるべきか、悩んでいると微笑まれた。

また可愛らしく笑って、ちょっと妙に胸が鳴る。

僕はその顔に、少し、弱くなってきてる気がする。

 

 

「また、吸血してよ未来くん」

 

「僕は、バンパイアじゃないから」

 

 

でも、本当は少し名残惜しい。

君の首には、もう僕の痕がない。

 

だけどいつか、君に吸血されるのなら、その時はまた僕も痕を残して返そうかな。

 

── そう思った僕は、ちょっとおかしいのかもしれない。

 

これも、バンパイアの成せる技なのかな。

気にさせる能力とか、そういうの。

 

 

 

 

 

 僕はまだまだ、眞夜の事が掴みきれない。

だけど、眞夜はゆっくりと、僕の内側に入り込んできている。

このまま、気持ちを支配されかねないか、心配になりながら、夜を明かしている。

 

一応、窓辺には十字架を飾っている。

バンパイアの苦手なものと知って、買っておいたもの。

 

 

 

── 続く……? ──


 
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