―――HAJIME―――
「カナタ!!」
大声のすぐ後に、カキン、と乾いた音が球場に響いた。
『はじめ』は、打ったボールがファールラインを超えたのを確認してフーッと深く息を吐いた。危なかった、心底、冷や汗をかいた。
「遅いよ! もう終わっちゃうじゃない!!」
『カナタ』と叫んだ同じ声が、また大声をあげている。はじめはその声の聞こえた方向をキッと睨んだ。どうやら、女の子が携帯電話に向かって話しているようだ。この試合を一緒に観る約束でもしていたのだろう。
――ちょっと間違ったら終わっていたかもしれないじゃないか。
1対2。
9回の裏、ツーアウトランナー1塁。
アウトのランプは2つ。ストライクのランプは今のファールで2つ目になった。
はじめのチームは、負けている。
すべては、はじめにかかっていた。
――どうせなら俺を応援してくれよ。誰だよカナタって。
女とこんなとこでデートの約束なんかするな、しかも終わるころまで待たせるなんて最低じゃないか。はじめは心の中で“カナタ”を恨んだ。
――俺には彼女なんていないのに。
ひがみとしか思えないことを考える自分に、はじめは笑えてきた。
この場面でこんなことを考えられる余裕があったことに安心したのだ。
次に進むか、ここで終わるか、自分の責任になることが恐ろしくて仕方がなかった。できることなら、すぐにでも逃げてしまいたかった。
自分は弱いのだ。そう実感してしまった。
でも、それは今のファールボールを打つ前までだ。
この3年間、はじめは野球だけに力を注いできた。
それこそ女の子とデートするなんてことも、考えられないほどに。
エースになれるような才能は持っていないけれど、その分練習だけは誰よりも頑張ってきたつもりだった。
こんな重大な場面に出くわしても慌てることなどない。
そう、慌てることなんてないんだ。
はじめはふと、球場を見渡してみた。
チームのみんながあたたかい目で見守っていてくれる。
自分は弱くても、一人じゃない。
一緒に頑張ってきた、チームメイトたちだって、同じ場所に立っているのに。
そんなことさえ、忘れていた。
はじめは、改めてバッターボックスを踏みしめ、ピッチャーを睨んだ。
ピッチャーが振りかぶった。
はじめの心には、不安も恐れも消えていた。
カナタに感謝だ。
――彼方。いい名前だな。
どうせなら、次のボールは遥か彼方まで飛ばしてやろうじゃないか。
カナタが観られなかったことを残念がるような、最高のホームランだ。
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前回までお菓子シリーズで書いてきたのですが、今回から『HINATA』というシリーズを書いていこうと思います。HINATAという人がなにかしらの形で毎回でてきます。少しずつHINATAの人柄がわかっていくように書いていこうと思うので、読んでもらえたら嬉しいです。