No.688143

恋姫異聞録177 -虎舞-

絶影さん

少しは落ち着きましたので、SSを急いで仕上げました

今回は、秋蘭が活躍致します

この調子で書き続け、終わりまでいけたらい良いなぁ

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2014-05-20 21:10:48 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3975   閲覧ユーザー数:3305

 

井闌車の舞台で舞踊っていた昭の身体が跳ね上がり、床へとゆっくり崩れ落ちた

 

敵陣の中から弓矢を放ったのは黄忠

 

魏の兵達、そして蜀の兵達の視線が翆の放つ槍撃に集中した一瞬

 

思考が全て翆と春蘭、霞の動向に向いた僅かな意識の隙間

 

刹那を狙らった必殺の一撃

 

「昭っ!!」

 

見開かれる詠の瞳。同じくして、昭の動きに合わせて兵を動かしていた風と鳳は昭の名を叫ぶ

 

翆と蜀の軍師二人によって作られた乾坤一の一撃

 

兵たちも遅れ、軍師たちと同じ方向を、八風の中心に居るはずの昭へと視線を向けるがその全ては絶望の色へと染まっていく

 

「ちぃっ、軍を無理やり進めたんも、ウチらに重い一撃を放ったんも、全ては昭を殺すためかっ!!惇ちゃん、士気が下がる前に馬超をっ!」

 

「・・・」

 

「惇ちゃん?」

 

翆から視線を外さず、武器を構えていた霞は、返事のない春蘭の異変に気が付き振り向けば

 

視線の先に弟の崩れ落ちる姿を見た春蘭の瞳は釣り上がり、ギラギラとした朱の瞳は炎を灯す

 

「シィィィィィッ・・・」

 

足を大きく開き、腰を落とし、大剣を掲げるように構える独特の構え

 

チリチリと身を焦がす程の熱気の殺意が辺りを包み、満たしていく

 

息をゆっくりと絞り込むように吐き出し、春蘭の肉体は、【怒】ただ一つの言葉を強く大きく表す

 

「鈴々、さがっててくれ」

 

「鈴々も手伝うのだ!!」

 

「なら、あっちを抑えてくれ。夏侯惇は、アタシじゃなきゃ無理だ」

 

春蘭の変化を見て翆の槍が動きを変える。先ほどまでは、ピタリと春蘭と霞の間に穂先があるようにして構えていたのだが

今は、春蘭に穂先を向けてゆらゆらと的を絞らせぬように動いているのだ

 

脱力した肉体は、春蘭の殺人的な熱気を受けながらも適度な柔らかさを持ち、まるで柳のように

 

「そうか、結局は、ウチより上や言うことか」

 

唇を噛みしめる霞。春蘭の怒りを、先ほどの自分が張飛にしたように受け流すどころか肉体を弛緩させ、自分よりも上の段階で攻撃に備えている

 

何より自分より上だと思うのは、翆の言葉に全てが詰まっていた。一人でも春蘭と自分を捌く事が出来ると確信しているのだ

 

「惇ちゃん!落ち着け、惇ちゃんが突っ込んでも馬超には勝てん!まずは、張飛や。それから馬超を殺る」

 

今すべきことを考え、個人の感情は滅し盾としてどう動くかを考える。春蘭が剣ならば己は盾

 

目の前の翆も同様に、盾としての構えを、迎撃の体勢で待ち構えるならば、後の先を取るのが定石

 

張飛が飛び出させ、此方の動きを捉え斬り伏せるつもりだと霞は、肌で感じ取った

 

「おんなじ盾なら考えは読めるわ!」

 

張飛が地面を蹴るのに合わせ、翆は一歩二歩と小刻みに前に飛んで間合いを詰める

 

同時に、爆発するように地面を抉り飛び出す春蘭に飛びつく霞

 

「機をずらす。張飛の方が早い。馬超が気い付く前に張飛を叩くで!」

 

「解っている。後ろに飛ぶぞ」

 

「お?」

 

呆ける霞を受け入れるように抱きしめ、足を地面に突き刺すようにして踏ん張り、一気に後方へと大きく飛び退く春蘭

 

春蘭が来るものだとばかり思っていた張飛は、後方にさがった二人を見て気がついたのだろう、身体が強張り蛇矛を縦に構え防御体勢を取る

 

「遅いわっ!アンタも間に合わんで馬超!!」

 

張飛の目の前に待ち受けるは、極限まで肉体を捻り一刀に全てを載せた春蘭の剣撃

 

そして、同様に霞の肉体を弛緩させた所から急激に力と氣を開放させる剣撃

 

二つの牙が大口を開けて待ち受ける

 

「張遼がお姉さまと重なったか。お陰で鈴々が二人に向かって突っ走った形になっちゃったな。アタシと同じ盾か、面倒だ」

 

迎撃の体勢で間合いを詰めていた翆は、舌打ちを一つ。身体を反転させ、後の地面に向かって先ほどの槍撃を撃ち放つ

 

抉れた地面、舞い上がる土煙、爆音と共に翆は弾丸のように前へ

 

張飛を追い抜き、春蘭と霞の二人の間に槍を横にして突き出し、二人の武器へと激突させた

 

「つぅ~っ!柄と柄が当たっただけやっちゅうのに・・・」

 

「よくも合わせられるものだ、剣の柄と偃月刀の柄に同時に当てるなどと」

 

「反則やろ。あの槍撃、真桜の豪天砲と同じ威力かそれ以上って言いたいんか!?」

 

再び後ろに下がらされてしまったと、二人は馬超の技量に驚きながらも再び武器を構えた

この程度では、我らの心を折ることなど出来はしないと

 

「ごめんなのだ。鈴々、また・・・」

 

「いいって、今のは仕方ない。アタシも気を取られたみたいだ」

 

そういって目の前の二人の将の先を見つめる翆

 

「惇ちゃんは、怒りを飼いならしとるんやったな。いらん心配やった」

 

「そうでもない、アレが眼に入るのが遅ければ全てを無視して黄忠に斬りかかっていた」

 

「あれって?」

 

霞が言い終える前に、戦場を切り裂く雷鳴が響き渡った

 

音の元へと振り向けば、八風の右翼にて合成弓【雷咆弓】が極限にまで引き絞られる姿

 

春蘭よりも鋭く、身に突き刺さる感覚を遠くはなれていても感じるほどにばら撒かれる殺気

 

彼女を中心に凍土と化していく感覚を兵たちは感じたことだろう

 

「秋蘭か!」

 

「そういうことだ。すでに報復の一撃は放たれた」

 

秋蘭が構える鏃の先では、黄忠へ向かう矢を弾き、あまりの威力によろける趙雲の姿

 

「御姉様の弓術のほうが上か、紫苑だって相当の腕なんだけどな。それに、あの軍師。兄様よりも先に感づいた」

 

翆の視線の先では、床に倒れたはずの昭がヨロヨロと立ち上がり、肩に突き刺さった矢を乱暴に引き抜き捨て去る姿

 

「ガアアアアアアッ!!」

 

地和たちの歌すら掻き消す程の怒気を孕む咆哮を上げ、再び舞い踊る

 

「昭は無事やな、エライ怒っとるわ」

 

「ああ、稟が気づいたようだ。秋蘭の矢が、黄忠の矢の威力を殺した」

 

そう、全ての兵や将が翆の一撃に気を取られていた時、稟だけは、翆と蜀の軍師の思考を先読みし、僅差で秋蘭への指示を終えていたのだ

 

伝令を受けた秋蘭は、即座に自分の位置から昭の姿を視界に捉え、放たれた弓に対し神速の弓撃にて黄忠の矢の威力を殺していた

 

 

 

 

 

 

「・・・言ったはずだ、雲は二つ要らぬと」

 

「紫苑、夏侯淵は任せろ。なんとか防ぎきって見せる」

 

槍を構え直す趙雲に対し、そんな間など与えるものかと第二撃が寸分の狂いもなく黄忠の額へと襲いかかる

 

「お願い、少しでも彼女の気を引いて。そうでなければ、私の矢は、彼を貫けない」

 

「解っているっ!」

 

再び襲い来る強烈な弾丸のような矢を趙雲の二叉槍が下からすくい上げるようにして弾くが、矢は威力を失わずわずかに軌道を変えるのみ

 

「紫苑っ!」

 

「クッ!構わないでっ!!」

 

額を削り、美しい頬と唇を伝い地に堕ちる朱の雫

 

しかし、黄忠は表情一つ変えることなく弓を引き絞り、一息にて二つの矢を同時に放つ

 

「二つか、邪魔をするな趙雲っ!!」

 

昭に襲いかかる矢に対し、再び神速の矢を二つ放つが、黄忠を狙っている分、どうしても遅れが出てしまう

 

「昭っ!!」

 

一つは、完全に相殺したが、もう一つは、威力を落としながらも昭の肉体へと突き刺さる

 

「ぐぅっ・・・」

 

放物線を描く矢は、足を貫き床へと突き刺さり縫い付けた

 

「よしっ!もう一度だ紫苑!!」

 

次で討ち滅ぼせる、もう一度、次は三つ同時に撃ち放てば昭を殺し、魏の士気を下げることが出来る

 

そうすれば、王に近い打撃を魏に与える事が出来るはずだ

 

そう確信し、槍を構えるが肝心の黄忠からの返事がない

 

「紫苑っ!」

 

「・・・っ」

 

まさか、先ほどの矢が深い痛手にと振り向けば、黄忠の瞳は、遠く遠く魏軍の中心に

 

縫い付けられたなどという言葉では生ぬるい、囚われ、逃げ出すことすら叶わぬ牢獄へ閉じ込められ、その身を鎖で繋がれたように

 

「・・・っ・・・っ・・・嫌ッ!!」

 

じくじくとした痛みが腕から沸き上がる。一度、味わった腕に歯が喰い込む悍ましさが蘇る

 

「どうした!いったい何がっ!?」

 

「最早、昭に矢を撃つ事は出来ん。まともに今の舞を見たのだからな」

 

「このっ、かあああ!!」

 

狙いを変えた秋蘭の一撃が趙雲へと襲いかかり、先ほどとは違う、兵の犇めく間を抜く、心臓を直線で狙い撃ちする弓矢に防いだ二叉の槍が鳴き声を上げた

 

「どうして、どうしてまたあの時のっ!」

 

封じ込めたはずの恐怖。昭に植え付けられた定軍山での痛み。獣のようで、怒りの塊であった昭から与えられた忌むべき感情が再び蘇る

 

「あ、貴方は恐くないと言うの?それほどの矢を受けてっ、身体を傷で埋めてっ、次は必ず命を落とす一撃が来るというのに死が恐ろしくないと言うの!?」

 

黄忠の視線の先、井闌車の上で抉られた肩から流れる血をまき散らし、貫かれた足から血を吹き出しても舞を止めぬ昭の姿

 

心の奥底に刻まれた恐怖に理解が出来なくなる。なぜそこまで出来るのか、なぜそれ程までに命をかけるのか

 

なぜ、それ程までに怒りを撒き散らす事が出来るのか、心に植えつけるように

 

「止めろ、もう諦めろ。無駄だとなぜわからない」

 

「陣は広がれない、此方には真っ直ぐ進むしか出来ない。劉備様に近づくことなど、馬超将軍がおられる限り無理だ」

 

周りの兵たちも同様に、敵陣最強の八風の動きが鈍く翆の強さの前に手も足も出ない敵将をみて察したのだろう

 

だからこそ不可解に映る。昭が舞い続ける姿に、昭が血を流しても足を止めぬ事に

 

あと少し、翆が兵を前に進めれば、いや例え進めずとも次の黄忠の矢が昭に放たれればそこで終わる

 

たとえ覇王がいようとも、士気の低下がそれほどでなくとも、陣を固められ翆、並びに張飛、黄忠、趙雲、関羽と五虎将が開いた敵陣に雪崩込めばそれで終わるはずなのだ

 

「諦めて、何が残りますか?諦めた先に、望んだ幸せがありますか?全てを投げ捨てた先に、望んだ未来があるならば我らは望んで全てを捨てこの身を捧げましょう

ですが、捨てた先に望んだものなど有りはしない。残るものなど何も有りはしない。彼が舞うことを止めぬのには、理由がある。彼が戦うことを諦めぬには、理由がある」

 

昭の舞をその瞳に移す稟は、拳を強く強く握り締め、天に掲げた

 

「我らもまた同じ!諦めれば、戦わねば、剣を捨てれば我らの心はそこで死ぬのだ!故に我らは修羅、覇王の兵である!回せ、風を!渦巻け雲よ!日輪は此処に、我ら天の守護者なり!」

 

稟の指揮により翆に踏み込まれ鈍った八風の陣は、歪な形のまま回転を始める。先程よりも力強く、全てを巻き込む風となって

 

蜀の兵の眼に映るは赤龍。怒りと炎を纏いし灼熱の緋龍

 

うねり、鋭き眼光を向け、長く鋭い牙は火花を散らし、天に咆え大地を業火の朱へと変えていく

 

「なんと恐ろしいのでしょう。緋の龍など初めて見るわ。それにしても、やはり天などではなく人の親ね。背後に彼の玉を連れたのは、正解

しかし、紫華には、少々違うものが見えたよう。これも人であるが故、英雄や御使では無い証拠」

 

踏み込みで井闌車を揺らす昭を見ながら、水鏡は、口元を柔らかい笑みに変えて羽扇をゆるりと仰ぐ

 

その先には、黄忠の姿

 

次々に赤龍を視界に移し、恐怖に食われる蜀の兵たちを他所に、先程まで震えて居たはずの黄忠の手がピタリと止まる

 

「そう、そうね。大事な事を忘れていたわ。私も貴方と同じ、人の子を持つ者」

 

圧倒する舞に気圧され、怯え始める蜀の兵とは逆に、痛みを熱に、怯えを勇に変え矢を番えるは同じ人の親、黄忠

 

思い出されるのは、一人娘の輝かんばかりの笑み

 

経験は、彼女の心に鉄の支柱を創る

 

皆が只々、初めて目にする赤龍に怯える中、刻まれた恐怖を赤龍ごと喰らうのだ

 

人を生かすのは思い、人の足を進めるのは意思、守るべき者があるならば、そこに愛すべき己の血肉を分けた尊き存在があるならば

 

人は、何処までも何処まで強くなることが出来る

 

「だからこそ私は、此処で負けるわけにはいかないの。璃々の未来の為に」

 

限界まで引き絞られた弓は、昭の額を正確に狙う。井闌車の狭い舞台の上。逃げる場所など何処にあろうか

 

「任せろ、私が、いや私達がその願いを守る!蒲公英っ!!」

 

「ここにいるぞー!!」

 

趙雲の呼びかけに応え、現れたのは、羌族を率いていたはずの蒲公英

 

兵を両翼に散らせ、魏の動きを封じ、伝令に羌族と涼州の兵を混ぜることで迷当が討ち取られた士気を下げず、軍師の指示に任せ己は自由に動いていた

 

ガキンッ!!

 

秋蘭から放たれるバリバリと音を立て空気を切り裂く雷光の矢を、趙雲と蒲公英は槍を合わせ真っ向から叩き後方へといなした

 

「舞王、討ち取ったり!!」

 

叫ぶ趙雲。放たれる黄忠の俊足にして精密な矢の三連撃

 

「よっしゃ、やれ!梁ぉ!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

戦場に響く梁こと張雷公の叫び声。雷の名を持つ巨体の男から響く雷鳴のような咆哮に合わせ、井闌車の前に現れる蒼い影

 

「馬・鹿・野・郎ぉがぁっ!大将が隙つくったんならよぉ、応えるのが俺らの仕事だろうがぁ!!」

 

同時に迫る矢を短刀にて一閃

 

切り刻まれた矢の破片が中を舞う

 

梁より力任せに上空に飛ばされたのは飛賊、張燕こと統亜。昭の外套を模した蒼の衣服を纏い、空中で身体を捻る

 

「なっ!?」

 

「まだだ!まだ討ち取れる!!」

 

諦めるな、敵は一度矢を防いだだけで体勢が整っていない。間髪入れずに矢を叩きこめと叫ぶ趙雲

 

応える黄忠は、先ほどと同様の三連続射撃に加え、更にもう一度、僅かな間で三連続の射撃を

自身の限界を超えた弓術が統亜と昭を狙う

 

「これ以上やらせはせん!飛ばせ梁っ!」

 

「まぁ~かぁ~せぇ~ろぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

放たれた矢。それよりも更に早く、井闌車の下から再び雷鳴のような叫びが鳴り響けば

 

まるで示し合わせたかのように張三姉妹の歌声が重なり、宙へ飛ばされた苑路こと于毒が三尖刀で矢を砕き、統亜が苑路の肩を踏み台に続く三撃を叩き落とす

 

「・・・すぅっ」

 

静かに息を引き絞るようにして吸い込む昭

 

砕け散る矢を目の当たりにする黄忠、趙雲、蒲公英、そして蜀の兵たち

 

視線が集まるその時を待っていたかのように昭は、歌、咆哮、砕け散る凶刃を龍の一部へと変える

 

「雄雄雄雄雄雄雄雄雄ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

見よ、この躍動する龍鱗を。聞け、この雷のような咆哮を。焼き付けろ、全てを砕くこの牙を

 

表現する龍は更に凶悪さを増す。歌に合わせ、激しく雄々しく舞い踊り、咆哮に合わせ雄叫びを天へ

 

統亜と苑路が振るう刃を己の牙に、赤龍は天に叫び蜀の兵へ怒号と大顎を向けた

 

先の戦を彷彿とさせるかのように天からは雨が降り注ぎ、龍の叫びは更に落雷と豪雨を呼び寄せる

 

「あ、雨を呼んだっ!?馬鹿な、あの話は本当なのか!!」

 

「て、天の御使。龍を従える天を冠する舞の王」

 

蜀の兵が口を揃え、先の戦にて昭と風が創りだした幻想と雨乞いによる天の力を目の当たりにし、躰に震えが走る

 

「機を見るとは、正にこの事。不可思議な爆風、炎壁はこの為にあったかのように。舞王殿、貴方は、人のまま天を掴もうと言うの?」

 

眼に映る光景に水鏡は、唇を歓喜とも取れる形に歪ませ笑っていた

 

「くぅ、手が・・・動かぬだ、と?」

 

趙雲の瞳に映るは、己の肉体を戦場の全てを砕き貪らんばかりに無数の牙の大顎を空ける血色の鱗を纏う化け物

 

初めて感じる異質な恐怖、未知のものと相対した時の焦燥が趙雲の肉体を縛り付ける

 

恐怖に食われた黄忠のように

 

このままでは喰われる。身動きの取れぬ自分達は、井闌車に肉体を巻き付ける赤龍に、龍の赤雷に心を殺される

 

 

 

 

 

「伏せてっ、紫苑もっ!」

 

だが、ただ一人、異質な殺気と恐怖が迫る中、声を上げ、金の三叉槍が二人の視界を塞ぐ

 

襟元を引かれ、地面に伏せられる趙雲と黄忠の視界には、最早龍は消え失せ、黄金の槍を振るい兵の恐怖をなぎ払う蒲公英の姿

 

地面を銅鑼のように二度叩き、槍を掲げ己に視線を集め、昭と梁の声をかき消すように叫ぶ

 

「此処に、私は此処に居るっ!目に映るのは何だ!?その眼に映すべきは何だ!!」

 

光り輝く黄金の槍に視線は集う。蒲公英の言葉に折れそうになる心が再び蘇る

 

「龍など居ない!居るのは唯の人間だ!龍が居るというならば、真なる龍は我らの心!我らが群れた姿こそ、劉玄徳を頭に持つ龍だ!!」

 

再び視線を昭の下へ、槍へまとわせ集いし光を井闌車へと向けさせれば、兵たちの怯えなど霧散する

 

「昭が赤龍ならば、私は赤雷」

 

士気が再び回復する蜀の兵、そして武器を交わしせめぎ合う魏の兵達の中、一人静かに心を燃やし鉛のような冷たさと重さを持って呟くのは秋蘭

 

一直線であった。弓矢特有の軌道、放物線など描くことは無く、ただ真っ直ぐに

 

魏兵の肩を、首を、頬をすり抜け、蜀の兵の頭蓋を貫通し

 

放った唯一つの矢は、全てをすり抜け、目標を貫いた

 

「ぐ、うぅ・・・」

 

「まずは肩、次に足だ」

 

くぐもった声が響く。しかし、黄金の槍は倒れない。射抜かれたのは蒲公英では無かった

 

肉体を貫かれたのは黄忠。身を起こした瞬間、肩を射抜かれ再び地に伏せていた

 

百を超えるであろう兵、有に百間以上離れている距離で秋蘭の放つ一撃は黄忠の肩を、正確には昭が撃たれた肩と全く同じ場所を射抜いていた

 

「紫苑っ!」

 

「ダメっ!一緒に矢を防いでっ!!」

 

駆け寄ろうとする趙雲を止める蒲公英の声に反応し振り向けば、秋蘭は、通常とは異なる弓術

 

足を水平にして爪先を弓に掛け、足の側面を矢の発射台に己の身体の長さを限界まで利用し鋼の如き強度を誇る雷咆弓を引き絞る

 

「あんな撃ち方でっ!?」

 

理解の出来ない秋蘭の特異な弓術に昭の舞で揺さぶられた心が再びざわつく、背に冷たいものが流れ落ちる、全身の毛が総毛立つ

 

次の瞬間、此方に先ほどと同様に空気を切り裂く稲妻のような矢が襲い掛かった

 

疾すぎる矢は、最早眼では追うことなど出来はしない

 

「足っ!紫苑の右足を!!」

 

「そうかっ!」

 

先ほどは黄忠の肩、それも男が傷を受けた場所に対し報復であると言わんばかりに正確に

 

ならば次は、男の撃ちぬいた右足と同じ場所に、黄忠の右足に矢が来るはずだ

 

地面に伏せた状態の黄忠にどう当てるのかは分からない。だが、敵は必ず黄忠の足を打ち抜き復讐を果たすはずだと槍を重ねる

 

「うあっ!あああああああっ!?」

 

響き渡る黄忠の悲鳴。貫かれる黄忠の太腿には、秋蘭の放った矢が貫通し地面にその体を文字通り縫い付けていた

 

「や、矢が変化した!?」

 

「馬鹿な、矢が曲がるなど!!」

 

そう、確かに二人は、槍を重ね黄忠の右足に、撃ち抜かれるはずの場所に槍を重ね、軌道を塞いだはずであった

 

だが、矢は着弾の直前に槍を避けるように上にホップし、次に下へと落下

 

まるで生き物であるかのように矢が動き、槍を躱し、黄忠の足へと喰いこんでいた

 

矢の動きに無意識に手が震える趙雲。しまったと顔をしかめる蒲公英は、趙雲の手をすぐに握るが時すでに遅し

 

趙雲感じた恐怖は、蒲公英の取り去ったはずの恐怖は、黄忠の喰われかかった恐怖は、再び蜀の兵を喰らい始める

 

「す、すまない」

 

「大丈夫、大丈夫だよ!紫苑、後ろに居て、誰か紫苑を後方へ!」

 

趙雲の咄嗟の謝罪をかき消すように、そんな言葉は今は要らないと声を大にして兵に黄忠を任せ、秋蘭の射線へ立ちふさがる

 

「大丈夫、矢は生き物なんかじゃない。秋蘭お姉様は、すっごく器用だから。矢を見て」

 

「・・・羽か、羽を千切って変化を」

 

「そう、後はあの弓のせい。フェイが言ってた。合成弓って言うんだって」

 

まくし立てるように早口で秋蘭の矢について説明をする蒲公英の焦りに、趙雲は咄嗟に槍を構え直す

 

次が来る。早く心を立て直せ、兵にも伝わってる。矢を防ぎ、弾き、兵の士気が下がるのを止めろ

 

そう、蒲公英の裏の言葉が趙雲に突き刺さり、震えを無理やり止めるが

 

「くっ、疾すぎる!!」

 

「紫苑の心臓っ!」

 

今度は、いくら変化しようとも関係が無い場所での防御。黄忠の胸元に槍の穂先を合わせ、手に衝撃が走った瞬間、弾き返すように力を爆発させる

 

矢をかろうじて弾き飛ばしながら、蒲公英の思考は駆け巡っていた

 

星姉さまくらい凄い将に恐怖を植え付けたのにも驚いたけど、振り払ったかと思えば秋蘭お姉様に再び恐怖を与えられ、兵の士気までも下げられた

 

せっかく朱里達と、お姉様の策で敵の将を退かせて兵の士気を下げ、八風を止め、御兄様を討つ寸前までいったのにっ

 

これじゃ、呉がもっと上がって来ちゃう。どうにか、どうにかしないと、御兄様までっ!

 

「やはり蒲公英、お前が一番ここでは見えているようだ。昭が言っている。顔を見ずとも、姿を見ずとも、私は理解出来る」

 

「秋蘭お姉様っ!!」

 

「昭の心は、私の側に。いかに離れようとも言葉は私の心に届く。涼風を守れ、敵を砕け、我が雷を敵の身に刻めとな!!」

 

秋蘭の叫びに魏兵達は、生い茂る野に轍が出来るように道を、秋蘭の射線を開けた

 

見開く趙雲と蒲公英の瞳

 

秋蘭は、再び足を水平に、弓に爪先を掛け、今度は矢ではなく槍を番え蒲公英へと狙いを定めた

 

キリキリと悲鳴を上げるほどに引き絞られる弓と弦。番えた槍は、兵の長槍を中程で切り取った当座の矢

 

だが、その太さ、その切っ先は、矢など比べるまでもなく

 

「雄雄雄雄雄雄雄雄雄ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

昭と全く同じ叫び声を上げる秋蘭。鋭い殺気、猫科の靭やかさと体幹による弓術に、昭の龍に対しての虎を連想させる

 

朱の赤龍に対する白き虎。白帝、白虎の姿

 

シュッ・・・・・・・

 

風を切り裂く音は白虎の咆哮、雷を纏いし白帝の爪は、幼き華と星と共にある雲に襲いかかる

 

「蒲公英っ!避け」

 

叫んだのは趙雲。しかし、声など届くはずもなく。白帝の爪は音を超え、壁を突き破った衝撃波は辺りに傷を残し

 

土煙を上げて蒲公英の小さな躰がまるで木っ端のように兵を巻き込み後方へと吹き飛んだ

 

「蒲公英ちゃんっ!!」

 

「・・・・・・ば、馬鹿な。槍を放ったはずだ、矢よりも重く、長いモノがなぜ見えないっ!?」

 

最早、趙雲の震えは完全に恐怖へと変わった。限界まで引き絞られた合成弓に番えられた一振りの槍は、眼で追うことを許さず

 

蒲公英の肉体ごと兵を数十名巻き込み、吹き飛ばした。蒲公英が居た場所に残るのは、黄金の三叉槍が一振り

 

「がはっ・・・うぅぅっ・・・・」

 

咄嗟に武器を構えた事が蒲公英の命を救った。地面に落ちた槍に残る窪みは、蒲公英の行動の正しさを物語る

 

「いたぃ、いたいよぉ・・・」

 

しかし、蒲公英の脇腹には大きく抉られた痕が残る。まるで牙で抉られたかのように、左わき腹が半円の形に削り取られ

 

下敷きのようになっていた兵の肉体に風穴を開け、地面に穴だけを残して放たれた槍は埋まっていた

 

「痛ぃ・・・グスッ・・・すっごく、すっごく痛い」

 

顔を青ざめ、涙をボロボロと落とし、脇腹を手で抑えるが血はボタボタと地面を染める

 

「だ、けどっ!お姉様が最後にしてくれた事に応えるっ!蒲公英は此処から絶対に、絶対に退かないんだからぁっ!!」

 

思い出されるのは、新城にて優しく穏やかに過ごさせてくれた秋蘭の事。別れ際に向けられた武器

 

手心など無用。ここからは敵同士。だからこそ、最後に残った情を全て切り裂いた昭と秋蘭の刃に対する応えだと

 

蒲公英は、叫びと共に立ち上がり、射線の向こう。怯える趙雲と黄忠を視界の外に、秋蘭の姿を真っ直ぐ見据えていた

 

「星姉さま!紫苑っ!秋蘭お姉様を食い止める!だから手伝って!!」

 

此処から士気が下がり、広く蜀の兵全体に広がってしまう。御兄様を狙ったことで、お姉様の力が膨らんだ

 

此処で食い止めなければ、恐怖を御兄様との二人で撒き散らされ、兵の動きが止まってしまう

 

「そうなったら、後は蹂躙されるだけ。そんなことさせるものかぁ!」

 

将が全て集まれば、いかに翆といえど討ち取られてしまう。ならば、その前に勢いを殺すと、蒲公英は恐れず前に走り、槍を手に秋蘭へと疾走るが

 

「えっ!?」

 

瞳に映ったのは、秋蘭が先ほどと全く違う雰囲気を纏う姿。機微の少ない表情からは読み取ることは出来ない

 

だが、わずかではあるが日々を共に過ごした蒲公英には、かろうじて読み取ることが出来た

 

秋蘭が纏うのは、穏やかな安心、愛情、そして絶対の信頼

 

「兄様っ!!」

 

振り向いた蒲公英の瞳には、井闌車から飛び降りる昭の姿

 

宙を舞い、敵へ襲いかかる赤龍の姿

 

そして、昭が居た場所に座するは、左右を統亜と苑路を従えたもう一つの龍佐の眼の持ち主

 

「さぁ、ようやく私の出番となりました。最初で最後の大舞台。舞王殿ほどではありませんが、踊って差し上げましょう。貴女の為に」

 

水鏡が不気味な笑みを浮かべて遥か遠く、劉備の側にて指揮をする二人の弟子に視線を注いでいた

 

 


 
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