~聖side~
「于吉の関与がありえる以上、単独行動は危険だ。それに、于吉と張譲が手を組んでいる可能性も否定できない。全員警戒を怠らないように、月と詠は特にだ。」
「今回のことで、張譲が逆恨みを晴らすためにボクたちを手にかける恐れがあるってことね…。」
「あぁ。そして、菖蒲。今聞いた通り、宮中は危険だ。必要な時以外は自室を出ないように、もし出るときは常よりも多くの人数の護衛を付けるようにしてくれ。」
「………私……なんだか怖いです………。聖お兄様、一緒にいてもらえませんか??」
不安の色に染まった瞳で俺に懇願する菖蒲。
出来ることならそれが一番良いのは分かっている。
だが……。
「………すまない。俺は奴らを探しに行かなければならないんだ。」
「………そんな……。」
「……ご主人様。何故、劉協様の傍にいてあげるのが駄目なんですか!? こんなにも、不安そうにしている人を放っておくんですか!?」
俺の言葉でますます不安顔になる菖蒲。
そんな菖蒲を見かねた偉空が、俺にその理由を問いた。
「………駄目ではない…。駄目ではないが、それだと全てが後手に回ってしまう…。奴らの目的が分からない状態で後手に回ってもより劣勢に立たされるだけだ…。」
そう。黄巾の時も人質を取られて後手に回った結果、あそこまで彼女たちを危険に晒してしまった…。
「あいつの目的がわかってない今、攻め込むのはむしろ逆効果なのかもしれない。でも、このままあいつ主導で物事が運ぶのはもっと危険だ。あいつの筋書き通りに物事が運んで良いはずがない………だから、わかってくれ。」
戦いにおいて、相手の手のひらの上で踊らされることがどれだけ危険か分かる偉空は、下を向いてぎりっと歯ぎしりをすると渋々ながら頷いた。
「………分かりました。私が不安ばかり訴えて、聖お兄様が集中して敵を倒すことが出来なくなるのは御免です。私も覚悟を決めました。」
その姿を見て、菖蒲もようやく覚悟が決まったようだ。
その顔は幼いお飾り皇帝などではなく、中華を背負って立つ本物の皇帝らしい強い意志がひしひしと感じられた。
「……ありがとう。俺がいない間はなるべくみんな固まって行動してくれ。その方があいつも襲いにくいはずだ。」
「……分かったわ。」
詠が頷いたのを確認したあと、俺は身を翻して扉へと向かう。
「…………聖っ!!!?」
扉に手をかけたところで後ろから詠に声をかけられ首だけ振り返る。
「どうした?」
「あんた…………死ぬんじゃないわよ………。」
心配そうな目をしながら俺に声をかける詠。
すると、それに続くように皆が俺に声をかける。
「聖さん…………お気を付けて……。」
「頑張ってください……お兄ちゃん。」
「………無事に帰って来なさいよ。」
「聖お兄様、ご武運を……。」
全員が全員自分のことで不安だろうに………。
それでも俺のことを心配してくれる所が、彼女たちの良い所であり、この中華に必要な人物であることを物語っている。
こんなふうに彼女たちに背中を押してもらった俺が、ここで俺が彼女たちを不安にしていいわけがない。
「任せろ!! 直ぐに終わらせて帰ってくる!!」
笑顔でそう言って俺は扉を開け放った。
廊下に出た俺は、まずは城内を探そうと一つ目の角を曲がる。
すると、向こうから息を切らせながら董卓軍の鎧を着た兵士がこちらに向かってくる。
あの慌て様から見て、何か問題が起こったに違いない。
「おい!!どうした!? 何があった!?」
俺の声に気づいた兵士は、そのままの勢いで俺の下まで駆け寄ると、荒く息を吐きながらではあったが報告を始めた。
「はぁはぁ……報告します!! 城内鍛練場にて、謎の白服の男を確認!!」
何っ!? 謎の白服の男だと!!?
そいつ……于吉の可能性がどうやら高そうだ…。
しかし鍛錬場だと……??
城内とは言え、城の端っこで何をしようって言うんだ……??
まぁ、今は考えるよりも先に体を動かすべきだ。
一早くあいつの驚異を削がなければ、被害は増す一方だからな……。
「分かった。直ぐに鍛錬場に向かおう!! 案内してくれ!!」
「はっ!!」
廊下にけたたましい音を響かせながら、俺は城の北西にある鍛錬場へと向かうのだった。
~麗紗side~
お兄ちゃんは出て行く瞬間満面の笑みで出て行きました。
その笑顔は私たちの不安を軽くし、心に余裕を作ってくれました。
その余裕は“彼に任せておけば安心だ”と言う過信を作り出し、私たちは安堵してしまったのです。
…………敵がすぐ近くにいるかもしれないというのに……。
「…………行っちゃいましたね。」
「出来ることなら、私たちの護衛としてご主人様にはいて欲しかったけれど……。」
「しょうがないですよ。聖さんの言うことも最もですから。」
「としますと、私たちはこれからどうするのが良いのでしょうか??」
「情報の整理と収集かしらね…。今まだ行方の分かってない張譲の居場所を私たちの所の兵士が探しているから、情報が入り次第取捨選択の上、聖に伝えに行くように支持を飛ばしたりすること。それから――」
詠さんのこれからの展開を聞くとほわぁ~と思ってしまう。
自分ではこの場所に留まって情報を待ち、入り次第伝えることしか思いつかない。
だが、詠さんの考えを聞くと、この状況で一番大事なのは情報の整理であることがわかる。
間違った情報や信憑性の低い情報をお兄ちゃんに伝えるのがどれほど非効率的であるか、私は考えなかった。
とにかく目撃証言をもとに虱潰しに探していくことが確実だと考えたのである。
しかし、もしかしたらその情報をもたらしたのが変装した敵であるかもしれない。
そうなれば、お兄ちゃんに的外れな情報を与えて私たちから遠ざけ、その隙に月さんと詠さんを手にかけるかもしれない。
そのことまで詠さんは考慮し、情報の取捨選択を行う必要があると言っているのだ。
軍師というのは物事の成功と失敗のその次まで考えて行動している。
それを見ると、やはり私なんかでは到底及ばないんだなと思う。
改めて思い知るこの差に、私は胸が痛むのを感じた。
そして同時におこがましいとも思えた。
軍師でもない私が、その差を知って胸が痛むなど、自分を過大評価しすぎなのではないかと。
私にそんな能力がないことは私が一番分かっているはずだというのに……。
「麗紗!! どうしたのそんな青い顔をして!! 体調でも悪いの!?」
私が思案していると、その様子がおかしいと感じた偉空ちゃんが話しかけてきた。
流石は長い間水鏡塾で一緒にいただけのことはある。
私の些細な変化に気付いて彼女なりに心配しているのだろう。
だが、これは私自身の問題。
私が解決しなければならない問題なのである。
偉空ちゃんに頼るなど言語道断なのだ。
「……ううん。大丈夫…。ちょっと考え事をしていただけだから……。」
「……そう。なら、もし体調が悪くなったらちゃんと言ってね。」
作り笑いを浮かべながらの返答ではあったけれど、どうやら彼女はそれで納得してくれたみたいだ。
私との会話を中断すると、直ぐに詠さんと何かを話し始めてしまった。
それを見て私も気持ちを切り替えないといけないと思う。
今は、こんなことを考えている場合ではないのだ……。
「確か、聖お兄様の軍の孫乾さん……でしたよね??」
「ひゃぁ!! えっ!? はい、そうです!! いえ、そうでございます!!」
いきなり話しかけられたことに驚き、その話しかけてきた人物にさらに驚かされた。
まさか、あの劉協様が私などに声をかけてくださるとは……。
「あっ……そんなに固くならないで結構ですよ。歳は私の方が下ですので、普段通りにお話ください。」
にこやかに語る劉協様を前に私は、気を遣わせていると分かり恥ずかしさから顔が真っ赤になる。
「も………申し訳ございません。それから、私のことは麗紗とお呼びください。」
「それは……あなたの真名ではなくて??」
「漢王朝に仕えるものとして、さらにお兄ちゃんが真名を許している方に対して、真名を差し出すのは当然の礼儀でございます。」
「そうですか……。なら、私のことも菖蒲とお呼びください。」
「そんな!!!? 劉協様の真名を預かるなど、私には恐れ多いことでございます。」
「良いのですよ。聖お兄様のお仲間の方になら、喜んで真名を差しあげます。」
「は……はぁ……。分かりました……謹んでお預かりいたします…。」
両手を左右に振りながら、いやいやそれはだめでしょうという表現をする私に、満面の笑みでそう言い切る劉協様。
その笑顔を見て断りきれるはずがなく、私は劉協様の真名を頂くことになった。
「良かった。断られたらどうしようかと思っていました。」
ほっとため息をはきながら話す劉協様を尻目に、劉協様の真名を受け取ることを断る不届き者などこの世界にいるはずがないと思う私。
そもそも、この部屋には私以外にも人がいるというのに、なぜ私に声をかけたのか……。
謎が謎を呼ぶ……。
「あぁ~もう!!! どこに行ったっていうのよ、あのじじい!!!!!」
私が劉協様について考えていると、怒りの混じった声で頭を抱えながら詠さんが唸るのが聞こえた。
「そうですね……。万が一のことを考えて、秘密の通路を多く作ってあるこの城……。どこに隠れているのか、確定するのはとても困難なことです。」
「せめて地図でもあれば良かったんですけどね……。」
頭を抱える詠さん、月さん、偉空ちゃん。
その三人に向かって、予想外の所から予想外の発言が飛び出す。
「地図なら……もしかしたらあるかもしれません……。」
一斉にその発言者を見る三人。
発言者は六つの瞳に一斉に見られ、ビクッと体を震わした。
「ほ……本当ですか!? 劉協様!!!」
「え……えぇ……。私のお兄様…劉弁は大事なものは全て一つの場所に収める癖がありました。前はそれでよかったのですがしかし、お兄様が亡くなってから大事な物が見つからなくなってしまって……確かその中にこの城の地図があったと思います。 ……今の私の部屋は元はお兄様の部屋だったので、もしかしたら………。」
「それがあれば、相手の隠れていそうな場所をだいぶ限定することができます。もしかしたら、一気に方がつくかもしれませんよ!!!!」
「分かりました。では、私は地図を探しに行ってきます。一緒に来ていただけますか、麗紗さん??」
ちらりとこちらを覗き見る劉協様。
そのことで再びびっくりする私。
だがその申し出を断るなど私に出来るはずもなく、私は頷くしかなかった。
しかし、なぜ劉協様はまた私を誘ったのか……。
「では、劉協様に20人ほどの護衛と麗紗を付けるわ。もし何かあったら直ぐに連絡すること、良いわね。」
詠さんが何か言っているが、私の頭の中には何故、どうしてという疑問だけがぐるぐると回っていたのだった。
~聖side~
目撃証言を下に練兵場へとかけていく。
息遣いは激しく、鼓動はいつもよりも早い。
走っているのだから当然といえば当然なのだが、それだけではないと思う。
多分俺は緊張しているのだろう。
あの于吉と再び対峙するということに……。
不思議と磁刀を握る手に力が入る。
俺が黄巾の時に于吉を仕留めてさえ置けば、今回の事態はもしかしたら事前に防げたのかもしれない。
それを考えると、悔しい気持ちになるがそれは今は仕方ない。
だが、今回の事で分かったこともある。
于吉をこのまま野放しにするという事が、これから先大きな事件に発展する危険性を孕んでいるということだ。
やはり奴は今この場で仕留めなければいけない。
「徳種様、鍛錬場が見えてきました!!」
先を走る兵の言葉を聞き、思考を一度ストップして兵の指差す方を見る。
そこには、俺がかつて霞と戦ったあの鍛練場が見えてくる。
「よしっ!! 案内ご苦労!!! 君は戻ってこのことを賈駆将軍に報告!! そのまま護衛に加われ!!」
「はっ!! ご武運を!!!」
拱手して送り出してくれる董卓軍の兵士に頷きで返し、俺はそのまま鍛練場の扉を開けた。
その瞬間、俺は一瞬時が止まったように感じた。
扉を開けて目に入ってきた光景があまりにも神秘的であったからだ。
外から差し込む光に反射する白い修道服。
その反射光でさらに輝きを増す金髪。
その二つの輝く色に対してよく映える暗赤色。
あれは………血だ………。
あたりを見回せば董卓軍の兵士たちが横たわっている。
血はそれが原因だろう……。
やったのはあいつだろう。
だが、今目の前の光景は……。
無残に散った仲間のために、ひとり立ち上がる英雄の図のようであった……。
男の声がかかるまで、俺はしばらくその光景に見入っていた。
「やっと来たか……待ちわびたぞ。」
「………待ってくれと言った覚えはないが…??」
「ふん…。まぁ、こいつらのおかげで暇つぶしにはなったがな……。」
足元に転がる兵士の胸付近に足をやって、転がすようにしてどかす。
「……お前は于吉の仲間だな…?」
「あぁ。だが、あいつと違って俺はこそこそするのは好きじゃない。正々堂々、力の勝負で決着をつける。」
男はそう言うとニヤリと笑う。
その瞬間、俺はゾクリと嫌な予感がする。
こいつ…………強い………。
「………お前、名前は……??」
「殺される相手の名前なんて覚えても仕方ないだろうが、まぁ教えてやる。俺の名は左慈。覚えておくんだな。」
「ああそうかい。俺の名前は特種聖。冥土の土産に教えてやるさ。」
俺がニヤっと笑うと、左慈もニヤっと笑った。
「そうかい。じゃあ、早速で悪いが、早々に死んでもらうぞ、天の御使い!!!!!」
こうして、俺と左慈の戦いが始まった。
弓史に一生 第九章 第二十一話 新たな敵 END
後書きです。
ついに敵方の二人目登場!!!!!
一人目が于吉であった時点で予想できていたと思いますが、ついに登場です。
この戦闘狂を上手く書くことができるのかいささか不安ではありますが、頑張っていきたいと思います。
そして菖蒲様の謎発言が連発!!!
果たして何故麗紗が選ばれたのか!!!
乞うご期待ください!!!!
次話はまた二週間後。
六月頭を予定してますのでお楽しみに!!!!
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どうも、作者のkikkomanです。
第九章ももう二十一話ですか……。一体あと何話かけば九章が終わるのか……。まぁ、反董卓連合も終わりに近づいてきましたから、あと十話程度で終わると思いますが………。