紅と桜~光の花~
雨泉 洋悠
貴女のとなり、私のとなり。
私のとなり、貴女のとなり。
夏の夜に、儚く消える、光の花。
深みに残す、その面影を。
確かに感じる、その暖かさ。
夕ごはん、真姫ちゃんと二人で、メニューを決めて、真姫ちゃんと二人で、材料を選んで、真姫ちゃんがその拙い手つきで、頑張って手伝ってくれて、二人で一緒に作った晩ごはん。
降り積もり、揺れ動く、そよそよと、流れるままに、風に舞う。
真姫ちゃんが、凄く喜んでくれて、私にとって、とても嬉しすぎる時間で、そんな幸福に浸りながら、先ほどまで一点を見つめていた視線を上にあげて、私は放心したように、すっかり暗くなった天上を埋め尽くす、光を、ただ見上げている。
耳に届く音の中では、少しばかり離れていても、三人のはしゃぐ声が一番大きい。
その後ろで、静かに流れる、優しい音色。
秋を待ち侘びる、夜の声。
「にこっち、どうしたん、ぼーっとして、花火やらへんの?」
いつの間にやら、隣に座っている希、何よ相変わらず鋭いわね。
私は、視線を先ほどまでの一点に戻して、そのまま答える。
「うん、なんかね、今ちょっとにこは言葉では言い表すのが少し難しい状態にいるの、アイドルは繊細なのよ」
希が、何時もの顔をしているのが、解る。
「にこっち、いま、とても良い眼をしているね。アイドルらしくて、素敵やん」
希の言うことには、私は何時も上手く切り返せない。
理解られ過ぎていると言うのも、それはそれで、私の言葉を滞らせて、らしくない姿を露わにさせる。
「うん、皆に憧れられるアイドルだって、自分以上に輝いている者に、時に皆と同じ様に惹かれてしまうものなのよ」
今日の私は、とてもらしくない。
「にこっち、それだけやないんよね?今のうちに、うちに吐き出しとき。多分そのうち……まあ、何話しても、今はうちにしか聞こえへんから、大丈夫よ」
希の言葉は、らしくないだけではない、らしい姿すらも、包み込むようにして、表に引き出してしまう。
むしろ、だから厄介だ、防ぎようがない。
全く、私は本当は早く、今は穂乃果達と楽しんでる、貴女の大切な人の傍に、貴女を行かせてあげたいのに、まだまだ私にも、希が必要なのね。
希に導き出されて、私は思いのままに言葉を紡ぐ。
「希、今私嬉しいの、解るわよね?でもね、嬉しい事が重なっていく度に、少しだけ、本当に少しだけ、心の、遠くの方において来たものが、ほんの少しだけ切なくなるの。今抱いている気持ちとは違う、遠くの方に置いて来てしまったような気がする何かが、少しだけ疼くの」
私は多分、今日が今まで生きてきた中で、一番なくらいに嬉しくて、幸せで、なのに今の私の心は、少しだけ、憂いに至る前の、何かが、引っかかっている様な状態だ。
その何かの正体を、私はまだ希に頼らないと、上手く引き出す事が出来ない。
「にこっち、それは多分、今ここに至るまでの間に、にこっちが、頑張って抱えてきた、色んな思いやね。うちは、にこっちが今ここに至るまでの間に、どんな事があったか、どんな思いを抱えてきたか、知っとる。ずっと見てきたから。そういう自分の、辛かった姿や切なかった思いを、にこっちは今もちゃんと忘れないで、ずっと抱えて生きてきてる。にこっちは強いから、そう言うの捨てたりせえへん。それに加えて、多分不安もあるんよね。今の幸せの大元、それを失った時の自分を、そんなかつての自分の姿に重ねると、少しだけ苦しくなるんよね、きっと」
希の瞳に、いつもの光と少しだけ、憂いが混じってる。
どうしてこうも希は、私のことを解るのかしらね、本当に、いつもいつも。
「にこっち、うちはにこっちに、この先何も辛いことなんて無いよ、何て気休めにもならない様な、温度のない言葉なんて、にこっちには絶対に言えへんよ。だから、にこっちのそんな不安を完全に取り除いてあげることは、うちには出来へん。でもな、一つだけ忘れて欲しくない事があるんよ。この先、にこっちにどんな辛い事があっても、今にこっちが抱いている思いだけは、信じてあげて。にこっちに、この先どんなにか辛い事があったとしても、必ずその気持がにこっちを救い出すと思うから。忘れないでいてな」
希が真剣にこちらを見ながら言うものだから、しばしの間見つめ合って、少し切なくなった。
「と言った所でにこっち、やっと来たようやね」
少し視線をずらしていた間に、いつの間にか眼の前で揺れる、赤髪の房。
それを弄くる、しなやかな指先。
「何二人でこそこそ話してるのよ」
な、何かちょっと怒ってる感じがする。
「ないしょやで、ほなうちえりちの所に言ってくるわ。にこっち、うちの言ったこと、忘れんといてな。真姫ちゃん、にこっちのことよろしくなー」
ちょ、ちょっと希!いきなり真姫ちゃんと二人きりにして放置して行かないでよ!
ま、真姫ちゃん何かちょっと不機嫌だし、今の私にはちょっと、何だか、こ、困る。
仏頂面のまま、私のとなりの、希が座っていた位置に座り込んで、膝を抱える真姫ちゃん。
ああもう、しばし訪れる無音空間、真姫ちゃん何か怒っている感じだし、怖い顔してるし。
どうしたら良いのよー。
「……ねえ、にこ……先輩。希と何話してたのよ?」
不機嫌そうな顔で、私に聞いてくる真姫ちゃん。
うーん、まだ今日の所は私への先輩禁止はお預けみたいね、まあそれは気長に行くとしても、この場合は、どう答えたら良いのよー本当の事なんて死んでも言えないし!
ええと、ここは無難に。
「い、いやあ。去年の夏休みにはこんな合宿なんて無かったなあ何て話をね。ほら、家の部はまだ私一人の時だったし、なんかね、楽しいわねーって話してたのよー」
ど、どうだ、って、真姫ちゃん、こっち向いて、何か怒った感じが消えちゃった?
ちょっとだけ、何か苦しそうな、切なそうな感じ、どうしたんだろ、私の話つまんなかったかな。
「ご、ごめんね、真姫ちゃん。つまんない話しちゃって、二人のとこに戻って花火やってきなよー」
何だかもう、こういう時の自分の情けなさは、随分と板についてきた感じよね。
あれ?怒った感じになっちゃった?
「つまんなくなんか無い!ほら、皆の所に行きますよ!」
あ、本日三度目。
そのまま、蝋燭の近くに連れて来られて、さっきからずっと持っていたらしい花火を渡された。
「私と一緒のタイミングで」
真姫ちゃんに手を取られたまま、花火に火を着ける。
真姫ちゃんと二人、並んで花火の先を見詰める。
しばしの静けさから、徐々に弾け始める、夏の夜に咲く、光の花。
皆の声が、程々に耳に届く中で、真姫ちゃんと、その生き様を見届けた。
「にこ……先輩。今は皆が居るから、私も居るから」
光の花に照らされながら、真姫ちゃんが祈るように呟いた言葉が、いつもの香りと一緒に、耳に残った。
で、今度はこれはどういう事態なの?
ええと、先程までの私の意識の少し外で繰り広げられた会話を、再現すると。
「真姫ちゃん、今日はどこで寝る?」
「私、そこが良い。希、変わって」
「今日はどこでも良いじゃなかったね。ええよ、真姫ちゃんの成長に免じて変わってあげる」
こんな感じ、つまりは私の全く知らない所で、取引とも呼べないような、友好的な交換が成立して、こう言う状況に陥っていると。
「にこ……先輩、今日は昨日のは禁止ね」
さっきは私の至高のお肌ケアを禁止されるし、そんなことを禁止するよりも先に、真姫ちゃんこそ先輩禁止を徹底しなさいよね!
もう、今日は昔みたいに、希が隣と安心していたのに、とんだサプライズよ!
そうして、横になって、電気を消してみれば、真姫ちゃんがずっとこっちを見ている気がするし、ね、眠れない。
何とも、今日は夕方からこっち驚きと動揺と緊張で私の心が限界寸前よ!全く。
ああもう、ドキドキしすぎるから真姫ちゃん止めてー、いや、それはそれでちょっともやもやするわね。
「……寝ちゃった?」
そんな事をぐるぐる考えていると、不意に真姫ちゃんが、ひそひそ声を出してきた。
「ね、寝てないわよ。真姫ちゃんも寝れないの?」
答えながら、意を決して真姫ちゃんの方を向く。
窓の外から、自然の灯が差し込んでいるので、暗がりだけど、少しだけ真姫ちゃんの顔が見える。
綺麗な顔立ち、自然な灯の中で、良く映える。
真姫ちゃんの、歳相応の幼さが垣間見えるちょっとだけ物憂げな表情、この真姫ちゃんの表情が、私の心には何時だって強く届き、響く。
「私はまあ、寝るまではちょっと……」
うん?何だか歯切れの悪い良く解り難い回答だけど、まあ良いかな、もうちょっとお話したいかな。
「真姫ちゃん、さっきはありがと。皆でわいわい言いながらやる花火は楽しいね」
家ではたまにあるけれど、学校の皆と何ていうはじめてで、はしゃいでる二人や穂乃果達、それを落ち着いて見ている希や絵里が居て、今みたいにとなりに真姫ちゃんが居た。
とても、幸せな時間。
真姫ちゃんは、その憂う気な表情を横にしたまま、俯いた。
「にこ……先輩。さっきも言ったように、今は皆が私が、居るからね。一人なんかじゃないよ」
真姫ちゃんの瞳が揺れる、ああそんなにも貴女は、私の事を心配してくれていたのね。
「ありがとう、真姫ちゃん。ミューズの皆が、今この部に居てくれて、私は、とても嬉しいよ」
私は、もぞもぞと、布団の中で手を差し出す。
あ、真姫ちゃん解ってくれたみたい、今日四度目。
「私も、穂乃果のお陰で、ミューズに、この部に入れて良かったかなって思ってる」
そうだね、真姫ちゃんと穂乃果が、あの日出会っていなかったら、私は真姫ちゃんと会えなかったかも知れない。
あの日の、部室に居た自分を思い出すと、少しだけ切ないけれど、その時間を乗り越えた先に、今この瞬間が、真姫ちゃんのとなりに、当たり前のように居られる瞬間が、存在してくれて良かった。
私と真姫ちゃんが出会えたのは、やっぱり穂乃果のお陰だね。
その事は、ずっと忘れないようにしないといけないね。
「寝ようか、真姫ちゃん。このままで」
私はついつい、ニヤニヤ顔で、言ってしまう。
おお、暗がりでも赤くなっていくのって、解るんだなあ。
そして降り積もって、揺れ動き、心散らせる、ひとひらひとひら、ひとひら。
「べ、別に、にこ……先輩がそうしたいなら、そうしてあげてもいいけど?」
そうして横向きながら、ぷいっと横を向く、何時もの真姫ちゃん。
そう、真姫ちゃんの素直じゃない時の可愛さも、ずっと忘れずにいたい。
「うん、にこのおねがい。おやすみ、真姫ちゃん」
そう言って、私は先に眼を閉じた、このままいじらしい真姫ちゃんを見ていると、全てが溢れかえりそうで、危ないので。
「おやすみなさい……にこちゃん」
小声でそんな返答が聞こえたけれども、今日の所はノーカウントね、これもそのうちでいいから、当たり前に呼んでくれるようになってくれたら、嬉しいな。
真姫ちゃん、忘れないでね、今日の事。
貴女の心が、過去の私も今の私も全て、優しく包み込んでくれたこと。
それが私にとって、どれだけ嬉しくて、どれだけ幸せだったか、ということを。
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再び孤独な闘いに挑まねばならない貴女に、どうかもう一度だけ幸せな記憶を。
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今日はラブライブ!4にお邪魔して、氷砂糖とマシンガン購入させて頂こうかなと考えています。
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