No.68729

不思議系乙女少女と現実的乙女少女の日常 『雨の日のコンチェルト 2』

バグさん

華実は聞いた。
『ヤカさんって、オカルトに詳しいのでしょう?』
話をしていく中で、ヤカは華実が考えていたよりも話しやすい事に気が付いた。

今回で30枚程度・・・。

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2009-04-14 22:52:01 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:451   閲覧ユーザー数:428

 ゴミ捨てはすぐに終わった。華実と合流した地点からゴミ捨て場までは本当にすぐだったので、会話の暇すら無かった。

 

「んで、なに?」

 

ゴミ袋を捨てて、手と手を叩いて軽く払う。

 

ヤカが問うと、華実は

 

「ん…………」

 

と、やや言い辛そうに言葉を濁した。真剣な話なのか、その瞳には彼女が普段見せない『重さ』の様なものが感じられた。

 

 華実が反転して歩き出すので、ヤカもそれに従う。別に従う言われは無いのだが。話をしたいと誘ってきたのは華実だし、それに乗ったのはヤカだが、『本人が話しづらい事を聞く』義理は無い。このまま教室まで会話が無ければ、そこで帰るのが妥当だ。あるいは、華実がこちらに背中を見せている間に教室へ先回りして逃げても良い。明日、どうして途中で居なくなったのか、などという事を追求しては来ないだろう。

 

だが、そうはしなかった。教室に着いても、華実が『やっぱりさっきの無し』とでも言わない限り、ヤカは彼女の言葉を待ち続けるだろう。

 

興味があったからだ。

 

本人がはなしづらい事を聞く義理は無いが、華実がわざわざ2人の時間を作ってまで話したい事の内容が気になった。ヤカの好奇心は何よりも勝る。その好奇心のために、お隣の幼馴染を泣かせてきたか分からないほどに。リコ曰く、『あんたの好奇心から引き起こされる行動は、鞭の様にしなりながら決して読めない軌道で私に襲い掛かってくる』のだという。それはムエタイでは無かろうか。

 

「いや、ね…………なんと言いますか。正直、聞きづらい事なんだけど」

 

 歯に物が挟まった様な言い方。とはいえ、話す気が無いわけでは無いようだ。計らずも会話の口火は切られた。

 

あのね、そのね、とやはり言いづらそうに右手の指を左手の指でにぎにぎしていたが、やがて、

 

「不死ってさ、どういう事なの?」

 

 空気が一瞬止まって、

 

「…………はぇ?」

 

 別に蝿がいたわけでは無い。居ても決しておかしくは無いのだが、別に居たわけでは無い。

 

突然の問いかけにしては、左斜め右上という若干の矛盾を孕んだ角度過ぎて、答えに窮したのだ。というより、質問の意味を噛み砕くのに、ちょっと時間が必要だった。

 

 うん、うん、と華実の問いを慎重に噛み砕き、

 

「えぇ? 私は不死なの?」

 

「いやそういうつもりで聞いたわけでは」

 

 ぶんぶんと手を振って、華実は否定する。当たり前だ。質問の核心をあっさりとスルーするのが、ヤカの特殊スキルの一つだった。

 

とはいえ、質問自体に説明が足りていない事に間違いは無いが。質問の意図があやふやで抽象的過ぎる。それ故に、本質的に知りたい答えが全くもって見えてこない。

 

「あの、ごめんなさい。私、ヤカさんがオカルトに詳しいって聞いたから」

 

「まぁ、自分で言うのもなんだけど、同じクラスになった人なら大抵知ってるかも」

 

 水晶やアメジスト等のパワーストーンを制服の裏に縫い付けている事など、これは最早、学校の怪談レベルの逸話も存在する。本人はこれで、「何時かは空も飛べる』と真剣に勘違いしていたりする。

 

「まぁオカルトに詳しいって一括りされるのは心外かも。私は不思議なものと素敵なものが大好きなんだぁ。ふわふわした熊さんのヌイグルミとか人魚のミイラとか一面に広がったお花畑と海面にポッカリと空いたブルーホールの底なし加減とか」

 

「へ、へえ、そうなんだ」

 

 ヤカの発言に引っかかる部分でもあったのか、顔を引きつらせて笑みを作る華実。

 

だが、突然笑みが消えて、華実は咳をした。咳払いでは無く、風邪の時に出るような咳。

 

「ん、風邪? 体弱いって聞いてたけど、大丈夫かな?」

 

「う、うん大丈夫。じゃ、じゃあ改めて聞くけど」

 

 話が逸れてしまう、とでも思ったのだろうか。華実はやや慌て気味にそう言った。胸に手をあてて、息を整えていた。

 

「不死の伝説って、結構多いのかしら」

 

「なんでそんな事聞くのっさ?」

 

 真顔で聞いてきた華実に、敢えて聞き返してみた。質問に質問で返すのは良くない、とは分かっていたが。

 

 華実は首を傾げて、少し笑う。

 

なんだか、何時もの笑みとは違う様な気がした。触れれば折れてしまいそうな、不吉な予感がする…………少し引っかかる笑みだった。

 

「興味があったから、かな」

 

 そんな笑みと共に届けられた言葉だから、その言葉にも少し引っかかりを覚える。今度は、その微笑みとは異なる種類の引っかかり。その引っかかりは、しかしすぐに霧散した。

 

どうでも良いか、と。

 

他人には他人の事情がある。それに、『興味があった』というのは立派な理由であるし。趣味というのは興味の産物だ。単に、オカルト趣味に目覚めた華実の、単純な疑問をぶつけられただけだろう。

 

「まあ、不死っていうのはDNAレベルで権力者の憧れだからねぇ」

 

 不死を求めて部下に不可能レベルの命令を下した為政者は多い。金欲と権力で頂点に立ったものならば、己の支配をより永久的なものにしたいという考えは当然あるのだろう。あるいは、それは宗教的考察が背景にあるのかもしれないが、ともあれ、不死というのはより『絶対的支配位置』に近い。民衆を支配する権力があっても、王は死ぬ。無限に近い金を手に入れても、あるいは病気で死ぬ。それでは意味が無いのだ。死を恐れた、より裕福で、より権力を持ち、それを宗教的選民思想と結びつけた者が手を伸ばすもの。

 

それが不死。過ぎた欲望。

 

 神に選ばれた者として。民衆を支配するものとして。永遠に己の財産を拡大させたい。

 

そしてあるいは、恋人と永遠に添い遂げたい。

 

「竹取物語にも不死の霊薬は出てくるしねぃ」

 

「え? あれってそんなお話だっけ」

 

 疑問符を浮かべる華実に、普通は覚えてないよねぇ、と笑う。いや、そもそも普通の童話にそこまで書かれていただろうか。

 

「古今東西、色んな不死の霊薬が存在するんだよねぇ。天から降ってくる甘露、ネクター…………あ、ソフトドリンクじゃないよぉ? ネクタルっていうギリシャ神話で神様が飲むお酒の事っさ。あと、黄金のリンゴとか。バナナと石を選ばされて、バナナ選んじゃったから人間は不死じゃ無くなった、とかいう神話もあるから面白いよねぇ」

 

 嬉々として語るヤカだが、相手に伝わってはいないだろう。分かるように話していないからだ。

 

とはいえ、これらのものは『そういうお話がある』というレベルの話であり、決して現実的なものでは無い。だからオカルトなのだ。

 

その事は、華実も分かっているのだろう。ヤカの話を聞きながら、納得したように頷いた。

 

「やっぱり、簡単に不死になる事は出来ない、という事ね」

 

「そうだねぇ。そもそも、無宗教国家国民の日本人で不老不死なんて、ちょっとおかしいかもねぇ」

 

 不老不死、とは『不老』で『不死』という存在を認識して初めて現実味を帯びる。具体的に言えば、神だ。神を信仰する事は彼に近付くことにはならない。しかし、神の属性に対して憧れは持てる。決して手が届くことは無い、と知りながらも。その一つが不老不死であるならば、無宗教人は宗教人よりも、より思想的な観点から見て不老不死に遠い存在だ。

 

「あーあ、残念。面白いと思ったのにな」

 

 肩をすくめて、華実は眼を細めた。

 

何が面白いのかは分からないが、ヤカは少し真剣な口調で続けた。

 

「人間には人間に相応の寿命があるよ。たぶん、200年生きるだけでも大変だと思うよぉ? だから、人間は死んでもいいんだよ」

 

「寿命、か…………」

 

 梅雨の湿気を取り払うかの様に、乾いた空気が流れた。

 

だが、それも一瞬の事で、すぐに粘りつくような空気に戻る。自然ですら一瞬たりとも止まっていないのだ。存在を固定する事など、人間如きに叶うはずが無い。

 

「それもそうよね」

 

 華実は、息を吐くように呟いた。

 

 

教室に戻って、鞄を取って。

 

放課後とはいえ、未だ16時を回った所だ。太陽は天上で輝きを忘れず、何処からか反射した光が黒板を照らしていた。

 

ふと、何処かで聞いた覚えのある声が何処かから聞こえて、ヤカは声の方へ眼を向けた。華実は、ヤカのそんな仕草に首を傾げる。彼女には聞こえなかったのだろう。

 

ヤカが眼を向けた先には校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下があり、その廊下を一人の女性徒と幼馴染であるリコが走っていた。

 

「どうしたのかしら、リコさん」

 

 華実もリコを発見したのか、唇に人差し指をあてて疑問の声を発した。そういう、ちょっとした演技臭い仕草がとても似合っていた。

 

「一緒に走ってたのは、確か科学研究部の部長さんだったかなぁ。なんかの実験でもしてるのかねぇ」

 

「え? リコさんって科学研究部に入ってたの?」

 

「うん。滅多に顔出さないから、半ば幽霊部員だけどねぇ」

 

 科学部なのに幽霊部員とはこれ如何に。

 

「ふぅん…………いいなぁ、部活」

 

 華実は本当に羨ましそうに言った。

 

華実は体が弱い。ヤカの知る限り、体育の授業を毎時間見学し、たまに学校を早退するくらいには。

 

つまり、ヤカの様に、望んで帰宅部になったわけでは無いのだ。本当のところ、クラブ活動というものをやりたくて仕様が無いのかもしれない。

 

そんな彼女を視て、ヤカは想った。と、いうより、華実に向けて、初めて言葉にした。

 

「良い顔するようになったねぇ。ほんと、変わったんだぁ」

 

「え?」

 

 華実は、一瞬何を言われたのか分からなかったのかもしれない。キョトンとした、無防備な表情を見せたからだ。

 

だが、すぐに満面の笑みを浮かべた。それは何の笑みだっただろうか。

 

「あは。皆気がつかないのに、ヤカさんには分かってたのね」

 

「なんとなくねぃ。前は、あんまり好きじゃ無かったんだよね」

 

「嫌われてたってわけだ」

 

「今は少し好き。安心してねぃ」

 

「ふふ」

 

 華実は言い当てられたショックからか、それともただ嬉しいのか…………どちらにしてもヤカの言葉に対する反応だが、鞄を抱きしめてその場で一回転した。

 

そして、今度は彼女が、ヤカを驚かせる事を言った。

 

「今度の課外授業、同じ班にならない? 私、ヤカさんの事、もっと知りたいわ」

 

思いがけない提案に、確かにヤカは驚いたが、決して嫌な気持ちにはならなかった。


 
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