「これってあの竜よね・・・・・・」
キュルケが絵の竜神を指差し、呟いた。
ルイズと才人は何も言わなかったが、思っていることは同じのようだ。
「・・・・・・少なくとも同種」
タバサは俺をじっと見つめたまま短く返答した。
俺は我関せずの態度をとって目をつむった。
内心の動揺を悟られたくなかったからだ。
]また、“せいしんとういつ”で心を落ち着かせる目的もあった。
「け、けれど創作されたものっていう噂があるのよ? 偶然じゃないの?」
目をつむる俺の耳にルイズの疑問が聴こえてきた。
確かにルイズはさっき『実は創作されたものっていう噂の書』と言っていた。
それが確かならば、この竜神として描かれた絵が俺(神竜)になっているのは偶然というのも可能性としてある。
「・・・・・・その噂は間違った解釈のもとに成り立っている」
「え? どういうこと?」
ルイズの質問に対するタバサの返事は、短いものだった。ルイズが理解できないもの頷ける。
その時、目をつむりながらも感じる視線が、より一層、強くなった。
俺の一挙手一投足を決して見逃さないという気持ちが伝わってくる。
俺がただの旅人ではないと疑っているようだ。
もしかしたら“トリステインの書”の中に人になることやその容姿についても書かれてあり、それが俺の姿と似ているのかもしれないが、これは想像の域をでないことだ。
へたなことをして正体を感づかれでもしたら、目も当てらない。
ここは我関せずを貫き通すのが無難である。
そう考えた俺は、自分は関係ないという態度を崩さず、耳だけを会話に傾けた。
「・・・・・・トリステイン王立
「え、ええ、姉さまに教えてもらったけれど、なぜそれをあなたが知っているの?」
「・・・・・・その内容は?」
「はぁ。話すつもりはないようね。分かったわ。別に話してはいけないと言われてないし。えっと、姉さまの話では、“トリステインの書”に書かれた未知の魔法を研究した結果、それが系統魔法とも先住魔法とも違う魔法であり、現在において存在しないものであると結論づけられたってことらしいわ」
「ねぇねぇ。それが“トリステインの書”が創作されたものという噂とどう結びつくの? タバサ、もったいぶってないで教えてちょうだい」
「・・・・・・その噂は研究論文を見た貴族たちが『系統魔法とも先住魔法でもない魔法など、見たことも聞いたこともない。それに存在しないものが、過去に存在するわけがない』と解釈して、“トリステインの書”は創作されたものに違いないという結論に至った。それが噂となって広まった」
「・・・・・・一応、筋は通ってるように訊こえるぞ?」
「・・・・・・研究論文は“系統魔法および先住魔法とは異なる魔法であり、現在において存在しないもの”と表記しているだけ。現在、存在していないものが過去に存在するわけがないという解釈は間違っている」
「すると、あなたはその魔法が過去では実際に存在していていたと思っているのかしら」
「・・・・・・思っている。実際に見たことがある」
「「「え?(は?)」」」
『実際に見たことがある』というフレーズに思わず、ピクッとなりそうなる。
「・・・・・・召喚の儀、フーケのゴーレムとの戦い、
「召喚の儀・・・・・・」
「フーケのゴーレム・・・・・・」
「一昨日の授業・・・・・・」
俺は心の中で肩をすくめた。
それらの出来事で共通するのは、どう考えても俺しかいない。
どうやら“トリステインの書”にはドラクエの呪文や特技が書かれているらしい。
これは“ドラゴラム”についても書かれている可能性が大きくなったな。
はてさて、どうしたものか。
「・・・・・・あの竜が使用した魔法は、系統魔法でも、ましてや先住魔法でもない未知の魔法だった」
「そ、そうだわ。身体の大きさを変化させる魔法なんて聞いたことがなかったわ」
「ゴーレムを凍らせた攻撃も、ミスタ・ギトーの魔法を跳ね返した魔法も聞いたこともないわね」
「・・・・・・実際に未知の魔法が存在するのだから、噂の信憑性は非常に低いと言える」
「なるほどね。となるとヴィリエを吹っ飛ばしたのが、あの竜だというのもあながち間違いではないかもしれないわね」
「・・・・・・その可能性は大きい。あなたは(おーい。君たち)・・・・・・」
タバサが俺に話をふろうとしたとき、二階でワルドを看ていたギーシュの声がした。
タバサに訊かれた時の対処を考えていた俺は、目を開けてギーシュの方に視線を向けた。
このまま自分のことが話題にのぼらないで済めがいいが・・・・・・。
「話の途中で申し訳ないね。ルイズ。子爵が話があるそうだよ」
「ワルドが? 分かったわ」
ルイズは立ち上がると、階段をのぼっていく。
それを不機嫌そうに見つめる才人に心の中で苦笑した俺は、これがチャンスだとばかりに立ち上がった。
「さて、子爵どのが目を覚ましたようだ。私はこの辺で退散するとしよう」
「・・・・・・・・・・・・」
「では子爵どのによろしく」
じっと見つめてくるタバサを見返して、挨拶をした俺は酒場を後にした。
それからすぐに宿屋裏へと向かい、人がいないことを確かめる。
そして“レムオル”の呪文を唱えて姿を消すと、裏口から宿屋に戻ったのだった。
**********
「身体を起こしても大丈夫なの?」
自分の宿部屋の中に入ったルイズは、ワルドが上半身を起こして窓を見ていたので、そばに近づきながら訊ねた。
ワルドは顔を向けると、ルイズに微笑んだ。
「ああ。大丈夫だよ。心配をかけたね」
「・・・・・・良かった。あ、私に話があるって聞いたのだけれど何かしら?」
涙をこらえて自分のベットに腰かけたルイズは、そう訊ねた。
「それを言う前に教えてほしいことがあるんだ」
「なにかしら?」
「僕が倒れてからのことを教えてほしい。ギーシュくんは知らないと言うんでね」
「・・・・・・分かったわ。あなたが倒れたとき――」
ルイズはワルドの真剣な目に何かを感じて頷く。
そして一呼吸、間をおきワルドが倒れてから今までのことを話しだした。
「――ということなの」
「・・・・・・・・・・・・(あいつは学院を逃げ出したときに始末しておけばよかったな。まぁ、今言っても仕方がない。後で対処するとしよう。問題は、崖の上であったあの男だ。あの男の目的が今一つ分からない。なぜ僕を助けた?)」
「ワルド、大丈夫・・・・・・?」
ワルドが目をつむって顔をしかめていたため話し終えたルイズは、傷が痛むと思って、心配そうに声をかけた。
「大丈夫だよ。痛みでしかめていたわけではないんだ。君の護衛として同行したのに、君に心配をかけるようなことになってしまって申し訳ないと思ってね(まぁいい。なぜ助けたのか置いておく。やつの考えなど分からないが、僕の計画の邪魔をするなら叩き潰すだけだ)」
心の中の考えをおくびにも出さず、いつもの優しい表情に戻ったワルドは、ルイズを見つめて返事をした。
ルイズは、その言葉にフルフルと顔を横に振った。
「あなたのせいではないわ。誰もヴィリエの行動を予想なんてできなかったもの。あなたが助かっただけで、私は嬉しいわ」
「ありがとう。うれしいよ、そう言ってくれて(私の計画には君が必要だ。ここはどんな手を使っても、君を手にして見せるよ、ルイズ)」
邪悪な考えをルイズに悟られないよう振る舞って、ワルドは笑顔で答えてから、すぐさま真剣な表情でルイズを見つめた。
「ルイズ。僕が言ったこと覚えているかい?」
「え、ええ・・・・・・、覚えているわ。けど・・・・・・」
ルイズはワルドから目をそらした。
まだ心に引っかかったものが何であるのか理解できていないルイズは、答えを出せないでいたからだ。
「昨夜も言ったけど、今すぐに答えを言う必要はないよ。だけど、もう一度、僕の気持ちを伝えることを許してほしい。ルイズ。この任務が終わったら結婚してほしい。これは嘘偽りのない僕の気持ちだよ」
ワルドはルイズを自分のものにするための
それを部屋の前で訊いている人物に気付かずに・・・・・・。
(なるほど。ケガという不測の事態にも計画の変更はしないつもりのようだね、“トレチャラス・ヴァイカウント”)
*****
話は数分前―シェンが宿屋を後にした直後―にさかのぼる。
「どうしたんだい?」
ギーシュが今までルイズがいた席について、シェンが出ていった入口をじっと見つめているタバサに声をかける。
それを待っていたかのようなタイミングで、タバサは才人たちの方に向き直ると口を開いた。
「・・・・・・なんでもない」
「そうかい? ところで僕が寝ている間に何があったんだい?」
「・・・・・・・・・・・・」
明らかになんでもなくはないが、ギーシュは気にせずに次の質問をした。
しかし、タバサはテーブルの上の“トリステインの書”をとると、黙って読み始めてしまった。
「何があったんだい? 一体」
「さぁ? なにがあったんでしょうね?」
「俺は知らねぇよ」
ギーシュは同じ質問をキュルケとサイトにもした。
しかし、キュルケは興味がないという態度でとぼけて、爪の手入れをし始める。
才人もまた、不機嫌そうに階段を見つめたまま、ぶっきらぼうに答えた。
「やれやれ。何があったのやら・・・・・・」
ギーシュは肩をすくめて呟く。
しかし、何が何でも訊きたかったというわけではなかったのか、そのまま黙って、バラの花の手入れをし始めた。
それから数分後、不機嫌そうに階段を見つめていた才人が、ふいに立ち上がった。
「どこいくの? ダーリン」
「自分の部屋で寝てくる」
「それなら僕も戻るとしよう」
「そうね。タバサ、夜になったら起こしてちょうだい」
「・・・・・・・・・・・・(コクリ)」
タバサはちらっとキュルケをみて頷くと、すぐに目線をもとに戻した。
それを確認したキュルケは、一足先に階段を上っていく才人とギーシュを追いかけるように階段を上がり始めた。
**********
「・・・・・・おそらく、あの人は・・・・・・」
ひとりになった時、私はそう呟いた。
そして誰もいないことを確かめてから、“トリステインの書”のある頁を開いて読み始めた。
(竜神がいなかったら、我は子を成すこともできずに死んでいただろう。竜神と初めて会ったのは、我が不治の病で余命幾ばくもないときだった。床に臥せっていた我の前にとつぜん竜神が現れ、人の姿となりて我に『お前をこのまま死なすわけにはいかない』と言った。そして竜神は、我の額に手をおくと何か言葉をささやいた。その言葉は残念ながら聞き取れなかった。しかし、『お前の病は治った』という竜神の言葉で、全てを理解した。我は助かったのだと)
ここまで読んだ私は、左頁に描かれた絵を見る。
そこには青い帽子をかぶり、青いマントを身に着けた若い人物が、描かれていた。
私はさっき目の前にいた彼の姿を思い浮かべる。
彼もまた、この絵と同じ格好をしていた。
(・・・・・・もし彼がこの人物と同じであったら・・・・・・)
四人には言わなかったが、彼とは崖の上で一度会っている。
あの時、私を眠らせた魔法が何なのか分からなかった。
しかし、もし彼があの竜が変身した姿としたら納得できる。
もし彼が竜神で、ここに書かれているのが、本当にできるとしたら・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・(フルフル)」
私は今考えたことを頭を振って、外へと追いやった。
それを期待してはいけない。
彼が本当に竜神である証拠は何一つなく、ここに書かれてあることが本当にできるのかも分かっていないのだから。
「・・・・・・決して期待などしてはいけない。私が私でいられなくなる」
私はそう呟いて、自分の心を偽り続ける。
それから私は、いつもの自分に戻るまで目をつむり続けた。
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死神のうっかりミスによって死亡した主人公。
その上司の死神からお詫びとして、『ゼロの使い魔』の世界に転生させてもらえることに・・・・・・。
第二十二話、始まります。