第10幕 同盟宣言、そしてデート?
朝 春日山城 評定の間
一揆鎮圧から3日後。
ひとまず落ち着いた長尾家はこれからの方針を決める評定を開いていた。
「此度の武田との小競り合いですが――」
評定が始まり、秋子が切り出す。
「何が小競り合いだ!あれは武田からの立派な宣戦布告、今すぐ戦だ!」
「ならぬ!今は軍資金も兵糧も物資も足りておらず、御大将も家督を継いでまだ日も浅い。ここは煮え湯を飲み、来るべき日に耐えるのだ!」
「なにが来るべき日だ!そう言って機を逃し、武田にでかい顔をさせるのだぞ!」
「機などまだ来ておらぬわ!」
「なにおう!!」
家老をはじめとした諸将たちが一斉に野次を飛ばし合う。
美空は目を閉じ、なにか考え事をしているようで注意もしない。
剣丞は美空に一番近い端にいたので、言い争いの渦にはまだ巻き込まれていなかったため、先日の出来事について考える余裕があった。
(この前の鬼・・・いや、ザビエルか)
白いローブの人物を思い出す。
思えば妙だった。
(敵対心が無かった・・・それに警戒心も)
包容力という言葉がピッタリだった。
まるで母親が我が子を抱くように、恋人が抱き合うように。
七刀斎の言葉が無ければ恐らくその手を取っていただろう。
(七刀斎、お前は何か知ってるのか?)
『・・・いや、わからねぇな』
七刀斎も妙だった。
気絶から醒めてから呼びかけても考え事をしているかのように反応が薄いのだ。
(何であの時止めたんだ?お前らしくもなく)
剣丞を止めた時の七刀斎の声色は、いつもの凶暴なものではなく、もっと落ち着いたものだった。
故に冷静になれたということもあったが。
『さぁな。てか考えりゃわかるだろ。相手はバケモンだぜ?』
七刀斎は取り繕うようにそう言うと、それきり反応を返さなくなった。
(だけどあのザビエルとかいう奴・・・)
再び思い出す。
(どうして俺はあの時、あいつに惹かれてたんだ・・・?)
驚くべきは剣丞自身にもあの時敵意がないことだった。
「静まれぇぇーーーーーッ!!」
未だ喧噪の止まない評定の間に飛ぶ1つの声。
全員が一斉にそちらを向くと、美空が腕を組んで仁王立ちをしていた。
「意見はよくわかるわ。あの足長娘にここまでコケにされた・・・私も正直はらわたが煮えくり返る思いよ」
開戦派の将たちが表情を明るくさせる。
「しかし、今の当家に力が無いのも事実。とても戦争なんてできないわ」
今度は穏健派の将たちが顔を綻ばせた。
「でも武田にはどうにか一泡吹かせてやりたい・・・でもそんな余裕がない。ならどうするか」
美空は既に答えを用意しているようだった。
皆の喉がゴクリと鳴る。
「何も戦は力と力のぶつかり合いだけではないわ」
1歩前に出る。
それだけでも美空の姿は何倍にも大きく見えた。
「同盟よ!」
おおおぉぉという感嘆の声が返ってくる。
「御大将、どことですか?」
「北の最上は信用ならず、越前の朝倉にはその気はないようですが」
実際越前に放った草は誰一人として帰ってきていない。
更に最上家もなんからうさんくさいから嫌だと初めに言ったのは美空だ。
近しい所にいる大名との同盟は到底無理そうだった。
「わかっているわ。だからもっと遠い所と同盟を組むのよ」
「その家とは?」
美空は関東から畿内にかけての地図を出させた。
もっとも、この時代の地図はまだ正確ではないため地理などは大ざっぱなものだが。
「今川義元が討たれたことによって、武田・今川・北条の三国同盟は今や風前の灯よ。このままいけば自ずと同盟は瓦解していくわ」
美空は関東に指をさしながら説明していく。
「それにこの三河の地。恐らく混乱に乗じて松平が独立するわ」
「確かに、元々は松平の治めていた地ですからそうなってもおかしくはないですね」
秋子の補足に諸将も納得した。
「ならその独立した松平はどうするか。恐らくまだ力を蓄えたいからどこかと同盟を組むでしょうね。その相手というのが――」
美空の指さしている三河の地は主に3方向の道がある。
1つは今川の領地。
だが今川から離れて独立した以上軽々しくまた同盟など組めるようなことは無いだろう。
1つは武田の領地。
弱まったとはいえ三国同盟はまだ続いている。ここもとても入り込む余地は無いだろう。
そして、残ったのは・・・
「ここ、織田家よ」
「ふむ、是非も無し」
再び感嘆の声が家臣たちから漏れた。
「だから私達は、織田と同盟を締結させるわ」
今度は感嘆と驚き、両方の声が聞こえてきた。
「え、ええっ!?」
違う意味で驚いたのは剣丞の方だ。
田楽狭間に降りたという新田剣丞は間違いなく織田にいるだろう。
もし織田と長尾が同盟を組んだとしたら、非常にやりにくい気持ちのようなものがあった。
「なによ七刀斎、異論でもあるの?」
「い、いやそれはないんだけど・・・」
「拙者はありますぞ」
声をあげた男性は長尾の老将、
その顔には既に皺が深く刻まれてあり、何十年という歴史を感じさせてくれる。
「あら繁長、何故?」
「織田には既に浅井家と斎藤家との同盟がありまする。はたしてこちらの提案を聞くでしょうか」
その言葉に家臣の何人かが頷く。
「浅井とはともかく、斎藤なら心配しなくてもいいわよ」
「ほう、それは何故ですかな」
「今朝の草からの報告を聞いたところ、斎藤家の竹中半兵衛という将が稲葉山城で謀反したらしいのよ。この隙を織田が突かない訳がないわ」
「だが同盟相手を攻めるというのも・・・」
「ハァ・・・繁長」
美空が呆れた顔でを見た。
「織田と斎藤の同盟関係は斎藤の方から破棄してるわ。前の評定の報告にもあったはずだけど・・・」
「むっ・・・」
「もう年だから忘れちゃったのかしら?」
あざけるように言うと、家臣たちの中から笑い声があがる。
繁長は顔を真っ赤にして下がってしまった。
(うわぁ・・・)
剣丞はその様子を大人しく見ていた。
(なんか全然まとまりがないんだな)
『まだ家督を継いだばかりだからな。それにあの性格もあって家中を1つにするなんてまだまだだろ』
それに繁長は開戦派の中でも過激な方に位置している。
考えを同じとする家臣にも繁長の失言や美空の嘲笑は気分の良いものではなかった。
「異論反論はかまわないけど、まだ私の話は終わってないわ。反対するというのなら終わってから言ってちょうだいね」
気を取り直して話を進める。
「恐らく織田はすぐに稲葉山城を攻め落とすでしょう。で、次に考えるのが同盟よ」
美空が考える方針はこうだった。
まず、終わりと美濃を統一した織田は足場を固めるために味方を求める。
だが浅井と松平がいかに精兵とはいえ、どちらも強大な武田の前には心もとないだろう。
そこで、力を持った長尾家が4つの国による連合、長尾・織田・松平・浅井の四国同盟を作り武田に対する包囲網にしようというのだ。
長尾にとっては武田への牽制や意趣返しにもなり、織田にとっては後顧の憂いなく畿内を臨める。
それに尾張と越後では距離が離れているため同盟が逆に足枷になることも無い。
どちらにも利益がある話だった。
「で、誰か反対意見の者はいるの?」
筋の通っている話に反対の意見を出す家臣はいない。
が、手をあげる男が1人いた。
「あら、何が不満なのかしら、
男の名は
彼もまた開戦派で歴戦の勇士であった。
「長尾家は同盟などに頼らずともじゅうぶんにやっていけます。すぐ北の
血気盛んな高広に賛同するように首を縦に振る家臣もいる。
だが、美空はそんな意見も繁長のように切って捨てた。
「あんたねぇ・・・本当にそれ、武田や他の大名にも言えるの?」
「言えますとも!」
「言えないからこんな評定を開いてるんでしょーが!!」
「ひえぇ!」
美空の一喝に驚き仰け反る高広。
「それに神保家や新発田家なんて私たちだけで倒せて当然なのよ!でもあの馬鹿足長娘は悔しいけど倒せないの!わかった!?」
一気にまくし立てられて勢いに呑まれた高広は、コクッコクッと首を縦に振るしかなかった。
「ふぅ・・・もうないわね?」
再び評定の間を見渡す。
今度は誰も反対意見を述べようとしなかった。
「反対は無いわね。じゃあ秋子、織田への同盟の使者よろしく頼むわね」
「了解です。機を見て使者を送りますね」
「ありがとう。では方針も決まったことだし、今回の評定は終了とするわ!」
美空の号令に、諸将は立ち上がり評定の間を出ていく。
だが彼らの中にはこれからの方針が決まったことに喜ぶのではなく、不服そうな顔をして出ていく者もいることに剣丞は気付いていた。
夜
風呂を済ませた剣丞は自室に戻ろうとするも、現代社会には到底無いような広い山城の春日山城内で絶賛迷い中だった。
「この城、広すぎるんだよなぁ・・・それに偉い武将じゃないから自分の館とか与えられてないし」
階級は低いものの、美空の親衛隊ということで城住みが許されている。
だがその城の本丸などがとてつもない広さだったのだ。
「くっそー、早く戻らないと湯冷めしちゃうぞ・・・」
トレードマークの制服も今は洗って干して箪笥の中だ。
簡素な和服は夜風を簡単に通していた。
そろそろ風邪をひくのではないかと思いながら歩いていると、通りかかった小屋の中に明かりが灯っているのが見えた。
(なんだ?この辺の小屋は倉庫くらいにしか使ってないって言ってたけど・・・)
気になって中を見てみると、数人ほどで話し合いをしているのが見えた。
「――まったく、どうなっているのだ御大将は」
「あれを御大将と呼ぶなど、我が人生最大の屈辱よ」
「どうするのだ、どこの馬の骨ともわからぬ軍師紛いの孺子まで来て」
「あれは幕府から斡旋された者であろう」
「しかし宇佐美どのを差し置いて軍師などと・・・宿将をなんだと思っているのか!」
「だがその宇佐美どのは穏健派で、その孺子の事も悪くは思っていないようだが」
「これだから老いぼれは・・・!」
(どこの世界でもあるんだなぁ、上司の陰口大会)
自分の事も言われているが、その辺は気にしないという意外と図太い剣丞であった。
「それでどうするのですか?」
他の者より一段上にいる男、本庄は他の者たちの視線を浴びながら閉じていた瞼を開けた。
「謀反しかあるまい」
(マジかよ!?)
「ええっ、む、謀反ですか!?」
その場にいた者で驚いたのは、先程美空に一喝されていた北条高広だけであった。
逆に他の将たちに動揺は見られない。
「うむ、それしかないだろううな」
「確かにこのままでは当家も危ういだろう」
「ここはやはり晴景さまがお戻りになられた方が」
「いやいや、ここは景勝さまを立てるべきだろう」
「何を言うか、景勝さまはまだお若い。とても大名など・・・」
再び口論になる。
「本庄どの、長尾家が嫌いなんですか?」
1人繁長にくってかかったのは高広だった。
「何を言う、拙者とて長尾家を思うがこその決断。お主もそうであろう」
「ええ、そうですが・・・いいのかなぁ」
(・・・明日美空に教えよう)
剣丞はそれきり、その場を後にした。
再び歩き出し、顎に手をあてる。
「大変なんだなぁ美空も」
『まぁわかる話だな』
「どういうことだ?」
珍しく七刀斎が口を挟む。
『あの本庄とかいうオッサンも、北条とかいう奴も長尾家が好きっちゃあ好きなんだよ。だが総大将のやりかたが気に食わない。なら謀反してテメェらの言うことを聞く総大将に鞍替えさせたいってのが本音だろ』
「そうだったのか・・・なんか、本当に長尾家の事を思ってるのか自分の事が大切なのかわからなくなってくるな」
『本庄は後者だな。腹ン中真っ黒だぜ』
「北条って人は?」
『ありゃただのバカ正直者だ。家が好きでたまらねーんだが何をしていいかわからず本庄に取り込まれた感じだな』
「そんな人が謀反を?」
『バカは言われたことをやっちまうんだよ・・・もう寝るぜ』
「お、おう」
そうこうしている間に部屋に着いていた。
七刀斎からの返事が無くなったところで襖を開け、部屋に入る。
屋敷にいた頃と違い、今は布団を用意してくれる人間がいなかったので身の回りのことはすべて自分でやっていた。
敷いた布団に入り、評定を思い出す。
「にしても、織田と同盟か・・・」
あまり戦国に詳しくない剣丞であったが、史実にこの時期でそんなイベントは無かったはずだということはわかっていた。
「まるで歴史が変わっちゃうみたいだな、ハハハ・・・」
≪――我々は調律者。乱れた流れを、元の姿に≫
「・・・まさかな」
先日のザビエルの言葉を思い出す。
もしこの同盟によって歴史が変わってしまうとしたら、何が起こるのだろうか。
(ひょっとして・・・流れって歴史の事か?)
瞼を閉じて考え込む。
ザビエルは剣丞の事を1度北郷と呼んだ。いくら同姓の人物がたくさんいようともこんな偶然はそうそう無いだろう。
そして、北郷に連なる者・・・それは親類縁者という意味合いなら辻褄が合う。
(歴史の流れを元に戻すんだったらこの同盟をさせないことだ・・・でもどうやって)
考えすぎのせいか、頭がボーッとしてきていた。
(・・・いいや、寝るか)
馬廻り組とはいえ明日も早い。
剣丞の体は睡眠を求めていた。
翌日
「あ、すいません。美空に会いたいんですけど」
「御大将ですね、少々お待ちください」
剣丞は昨晩見聞きしたことを美空に伝えるために目通りを願い出ていた。
軽々しく会えないのが下っ端の辛い所だ。
「今すぐなら話を聞くとのことですが、いかがなさいますか?」
「あ、じゃあそれでお願いします」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
小姓に連れられて美空の部屋に行く。
「御大将、新田どのをお連れしました」
「入っていいわ」
では、と小姓は去っていき、残された剣丞は襖を開けた。
すると部屋には美空の他に柘榴と松葉の姿もあった。
「あっスケベさんっすーやっほーっす」
「なんだ、スケベか」
「あれ、2人もいたんだ」
「この前の小競り合いで失った兵の補充について話し合ってたのよ」
見ると3人の周りには報告書や資料であろう竹簡や紙が散乱していた。
「まぁ大体の話はついたから、あんたがどうしても伝えたいっていうことを言ってもいいわよ」
「そうか?・・・じゃあ言うぞ」
剣丞は本庄をはじめとする将たちが謀反を企てていることを伝えた。
しかし、その話に美空はおろか柘榴と松葉も顔色をひとつ変えなかった。
「ふーん、で?」
「で、って・・・謀反だぞ!?やばいだろ!」
「謀反って言ってもっすねぇ・・・」
「いつものこと」
「ええっ、いや・・・ええっ!?」
一瞬こちらがおかしいのかと勘違いしてしまう。
「あのね剣丞。越後は内乱が多いのよ」
「多いって、謀反をいつものことにするくらいかよ!」
「そうよ?私が家督を継いでからもう3回くらい起こってるかしら」
面食らうどころではなかった。
むしろ今まで長尾家がよく続いているなという感心さえしてしまうほどだ。
「多分一週間後くらいには挙兵するだろうから、そん時に鎮圧してやればいいのよ」
「腕がなるっすー!」
「正直面倒・・・」
三者三様のノリにすっかり剣丞はあてられてしまっていた。
「それなら大丈夫なのかなぁ」
「大丈夫なのよ。あ、剣丞」
散らばった書類を片付けながら美空が剣丞を呼ぶ。
「なんだ?」
「あんた、昼から空いてる?」
「え?」
突然の質問にポカンとする剣丞。
「昼から暇かって聞いてるの!」
「あ、あぁ暇だけど・・・」
「ならいいわ。じゃあちょっと付き合いなさい」
「なんだよ、見回りか?」
「んーまぁそんな感じね」
その話に食いついてきたのは柘榴だ。
「御大将、スケベさん!何の話っすかー?」
「後で町を回ろうって話よ」
「おおー、補充は明日からの予定っすから柘榴もついて行っていいっすか?」
「ええ、もちろんよ」
「松葉も行くっすよね?」
話を振られた松葉は興味ないといった感じで聞いていたが、やがて答えた。
「行く」
「決まりっすー!昼飯はスケベさんの奢りってことでいいっすよね!?」
「なんで自動的に俺が奢ることになってんだよ!」
「あら、違うの?」
「違うよ!というか、俺ここに来てまだ1回も金を得てないぞ」
事実、剣丞の財布の中は長旅の影響を受けすっからかんだ。
人に奢るどころか今日の晩飯にも悩む始末だった。
「もうだらしないわね。じゃあ今回は私が建て替えといてあげるわ」
「本当か?」
「ええ、でもその分のお金はあんたの給金から引いとくから」
「そんな!」
君主パワーをひしひしと感じた剣丞は、結局美空の提案を呑むしかなかった。
春日山 城下町
「おおーすごいな・・・活気が溢れてる」
越後に来て数日、戦や評定などで城の外に出る機会の無かった剣丞にとって、この城下町をじっくりと見るのはこれが初めてであった。
(城に行くときにここを通った時は観察する余裕なんてなかったしな)
見回りと言っても警邏のように馬に乗って兵隊を連れてではなく、美空たち4人は徒歩で散歩をしているといった感じだ。
(これって、まさかこれがハーレムデートというやつなのか!?)
男は自分だけ。更に一緒にいるのは可愛い部類に入る女の子3人だ。
剣丞は電車で両隣に女性が座って来たような優越感を覚えていた。
そんな剣丞のことは露知らず、3人はこれからの予定を話し合っていた。
「御大将、昼飯はどこにするっすか!?」
「お腹空いた・・・」
「うーん、そうねぇ」
まるで姉に甘える妹たちみたいな構造だと剣丞は思った。
彼女らの姿に、屋敷での思い出がよみがえる。
≪お兄ちゃーん!昼はどこで食べるのだ?≫
≪ラーメン三郎とかどうかな、兄ちゃん!≫
≪あそこ、量少ない・・・≫
≪でも食べ放題のお店はもうこの辺に無いよ?≫
≪そうなのだ!鈴々たちが行った食べ放題のお店が軒並み潰れたせいでこっちは迷惑してるのだ!≫
≪一刀、また新しいお店に行こう・・・≫
≪ひええええぇぇぇぇ!!!!≫
(伯父さんたち、元気かなぁ・・・)
剣丞の一刀への印象は「だらしない」であったが、思い返してみると「かわいそう」と言った方が適当なのではないかと感じてきていた。
「剣丞は何が良い?」
先を歩いていた美空が振り返って尋ねてくる。
「そうだなぁ、この町の事あんまり知らないし美空のおすすめで頼むよ」
「むっ、中々生意気なこと言うわね」
「御大将の腕の見せ所っすよ!」
「長尾家の命運が懸かってる」
剣丞はこの散歩で町の他にも松葉についての印象を変えていた。
(めんどいとか言ってたけど、案外ノリがいいんだよな)
言葉は少ないが、気を使っていたり悪ノリしていたりと中々に皆と接する方だ。
「ん?どうしたスケベ」
ただ柘榴同様この外で呼んでほしくないあだ名だけは納得がいかなかった。
4人が来たのは大通りから少し外れたところにある定食屋のような所だった。
大通りにも店はたくさんあったのだが、こういう場所のをチョイスするあたり隠れた名店というやつなのだろう。
「さぁ、じゃんじゃん頼みなさい!全部私が出すから」
「でもそれ俺の給金からだろ」
「細かいことをいう男ねぇ・・・すいませーん、この店で1番高い定食をひとつ」
「おいちょっと待て!」
剣丞の財布破壊コースを躊躇なく頼む美空。
柘榴と松葉は自分の好きな物を優先させたのか、普通の値段の定食を頼んでいた。
「で、どう?町の感想は」
「そうだなぁ、堺ほどじゃないけど活気があったね」
「草の報告からも聞いてたけど、堺ってそんなに凄い町だったの?」
毎日がお祭りのような人だかりの堺は越後の町の4倍5倍ほどは賑わっている。
美空は悔しそうに唸った。
「尾張もかなり人がいるみたいだし、やっぱり楽市楽座が重要なのかしら」
「・・・なんだっけそれ」
小学校の頃に習ったような気もするがあまり覚えていない。
「座を撤廃して、誰もが自由に商売ができるようにすることよ」
「でも座は重要な資金源」
「そうなのよ。だから急にそんなことしたら後々は良いんでしょうけどしばらく収入激減なのよ」
「ふーん、難しいんだな」
「柘榴はそういった話に興味ないっすから別に気にしないっす。それよりご飯来たっすよー!」
店員が4人分の定食を器用に持って来る。
話も煮詰まってきたところだし、と剣丞たちは思い思いに箸をつけはじめた。
「おっ、うまーい!」
「ふふーん、でしょ!」
美空がドヤ顔するのも無理はない美味しさに感動する3人。
「越後は土地は痩せてるけど、その分工夫と料理の味ならどこにも負けないわよ」
「確かにここまで美味しい定食屋は堺にも無かったよ!」
金が入ったら通おう、と思う剣丞であった。
「でもこの店の名前変だったな。二発屋って」
「私はあんまり気にしなかったけど、確かにそうね」
「ほほぉお客さん目の付け所が違うねぇ」
腰に手を当ててやってきたのは、この店の料理人だった。
「ここは俺の兄の店を参考にして作ったんだ。お客さんが大声で褒めちぎるからついつい厨房から出て来ちまったよ」
「あら、うるさくしちゃったかしら」
「いやいや、嬉しいってことさ。ありがとうな、お蔭でますます自信がついたよ」
「超うまいっすよ!」
「美味しい」
一方はガツガツ、もう一方はモグモグと食べる2人も味を認めていた。
「そういえば、お兄さんのを参考にしてたって言うけど、そのお兄さんは?」
「ああ、尾張で店を開いてるよ。確か名前は一発屋だったな・・・この店もそれに肖ってんだ」
その瞬間、美空の顔が凍り付いた。
「いや~満腹満腹っす!」
「美味しかった」
「だな!あれ、どうした美空」
料理人が厨房に戻ってからというもの、美空はずっと無言でご飯を食べ続けていた。
「また尾張に負けた~!おのれえええええぇ!!」
店が見えなくなった頃に美空は騒ぎ出した。
「ええっ、おいどういうことだよ!?」
「だってあの店尾張の二番煎じなんでしょ?だったら負けたも同然じゃないのよ~!」
「おいおい人通りがあるところでそんなこと言うなよ!」
店の前で言わなかったのは美空なりに気を使ったのだろうが、それでもあまりよろしくない行為ではあった。
「むぅ・・・じゃあ気を取り直して、見回りの続きよ」
剣丞たちは町の市、農場、訓練所などを見て回った他、オススメの店や穴場の隠れスポットなどを紹介してもらった。
「こんなもんね、もう日もだいぶ傾いてきちゃったし」
「そうっすね、一通り回ったんじゃないっすか?」
「多分」
「ありがとう、3人は俺を案内してくれてたんだな」
柘榴と松葉はようやくわかったのかという反応だったが、美空はそっぽを向いた感じだった。
「そ、そうね。早く町に慣れてもらわないと仕事に支障も出るし!」
「といっても仕事なんて御大将の護衛しかないっすよ?」
「関係ある・・・?」
「あっ、もしかしてまた今度一緒に街を回るとか――」
「そんなんじゃないわよ!!」
「顔が赤いっすよ御大将ー?」
柘榴に冷やかされ、ますます顔を赤くする。
「よかったっすねスケベさん。御大将はスケベさんのこと結構気に入ってるようっす」
「よかった・・・のか?」
「よかった」
結局美空は顔を赤くしたままだったが、何事もなくその日を終えることができるのだった。
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どうもたちつてとです
ナンバリングでもついに10の大台に乗ることができました・・・!
私の中でもようやっとお話の大筋が決まったところでございます
問題はそれをうまく表現できるかどうか・・・
精一杯頑張らせていただきます
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