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真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第四幕(エピローグ・上)

お久しぶりです。今までスマホで作成していた文章を初めて購入したMacで打ち込んでいった結果、かなりの文章量になると予想しまして、エピローグも分割します。中途半端な区切り方になっているかもしれませんので、ご了承ください。

ある日の会話
翔「俺の職場にさ、8歳下の女の子がバイトで入ってきたんだよね」
喜「それがどうした?」

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2014-05-01 01:00:02 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1293   閲覧ユーザー数:1185

真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第四幕(エピローグ・上)

 

 後ろ手で扉を閉めた燎一は溜め息を吐く。

 俯いて瞳を閉じるその姿は何か重荷を下ろしたように。しかしどこか清々しくも見える。

 

「素敵だったわよ、燎一さん」

 突然聞こえてくる声に顔を上げる。発信源らしき左側に顔を向ければ、そこには一人の人物が。

 少々肌寒くなる夕暮れ時に近づき、その顔に影がかかっている。

 寒そうに少し身をすくめ、カーディガンを羽織るその姿は、彼が生涯愛すると決めた女性。

 優しく、そしてどこか困ったように微笑みかける自分の妻が。扉の横の壁を軽く背もたれにして、泉美が立っていた。

「……聞いていたのかい?」

「どんな話をするのか、気になっちゃって」

「盗み聞きなんて、趣味が悪いぞ?」

「あの子の母親ですからね」

 変わらず薄く笑い続ける泉美に、燎一は先ほどよりも深い溜め息を吐く。

「それなら、私も一刀の父親なんだがね」

「じゃあ、私たち三人とも似ているってことかしらね」

 そう言いながら、今度は何か諦めの入った笑いに変わる。

 その姿に、やはり変わらず溜め息を吐く燎一。しかしその呆れ顔には、微かに笑みを浮かべていた。

「ねえ、燎一さん」

「ん……?」

「カズ君、話してくれるといいわね……」

「……そうだな」

 言葉終わりに二人は扉に目をやる。

 その先。部屋の中の寝台には、自分たちの息子が物思いにふけっているのだろうか。

「一刀には、さっきの話をお前が聞いていたことを、黙っていようと思う。気にしていたようだからな……」

 泉美の表情が曇る。

 わずかに思い惑うように目を伏せて、ふうと息を吐くと再び視線を合わせた。

「……そうね。余計に気を病ませる必要もないし」

「あまり一刀を心配させないようにしよう。今後のためにも……」

「ええ……。“みんな”の秘密にしましょうね……」

 

 ここにいるのは、私たち二人ではないか? 

 泉美が発したその言葉の差異に燎一は首を傾げる。

 と、目の前にいる妻の視線がわずかに外れていることに気付く。

 自分の肩越しに後ろを眺めているようで、見てごらんなさいとでも言いたげに、何故か苦しそうに笑っている。

 彼女の思惑通り、燎一は後ろを振り向いた。

 

 そこには、二人の少女がいた。

 一人は彼の娘であり、一刀の妹である北郷佳乃。

 その胸の前で、白い湯気が上がる小さい鍋を盆に乗せ。

 居心地が悪そうに、申し訳なく笑っている。

 そして、もう一人の少女とは……。

 

「蓮華さん……」

 

 燎一がその名を呟いた。

 蓮華はその少女の真名と呼ばれるもので、本当に親しい人間しか呼ぶことを許されないものである。

 それが愛しい男性や、その家族からならば、その響きの輝かしさは際立っている。

 

 しかし、今の彼女の様子は。

 まるでその名を呼ばれることに嫌悪を抱いているように。

 顔を俯かせて。険しく、そして泣き出しそうに顔を歪ませていた。

 彼女の隣に立つ佳乃も戸惑うように、蓮華と両親の間で視線を交互に移している。

 そしてその戸惑いは、目の前の二人にも伝わっていた。

 燎一にしてみれば、予想外の人物がいたことに驚いてもいるのだろう。

 しかし、何よりも。

 自分たちの息子の恋人が、今目の前で、何かを訴えるように顔を伏せている。

 しかも、本来彼女が持っているはずの。

 息子のために作った料理を、妹に持たせるという無礼をしでかして。

 

 そんな彼女に、どうしたのか。と問いかける前に、蓮華がゆっくりと歩み出た。

 わずかに怯んだ燎一。

 しかしそんな彼に構わずに、蓮華はそのまま二人の前へ。

 いや。微かに、燎一の隣にいる泉美に身体を向けて立ち止まる。

 

「……お母様、お聞きしたいことがあります」

 顔を上げ、やはり口調も重苦しく話しだす。

 夫と同じく怯みながらも、泉美はいつものように笑いかける。

「何……?」

「一刀の部屋で、昔のお姿を拝見しました……」

 泉美の動きがピタリと止まる。

 沈黙はその一帯に伝わり、さらに重苦しい空気が増す。

 それでも、泉美は努めて笑みを崩さないようにしていた。

「……机の“写真”のこと、かしら?」

「……お母様、昔は……」

 

 蓮華が見た、写真の中には。

 十数年前の一刀と、彼の家族が写っていた。

 年齢はもちろん、それぞれ幼く、若い姿であった。

 皆が一様に、心から楽しそうな笑顔で。

 しかし、蓮華が気にしていたのは。

 

 泉美の体型であった。

 

 今の彼女の姿は、スラリとしていて。

 その穏やかな性格も相まって、母としての一つの風格を醸し出している。

 だが、写真の中にいた彼女の姿は……。

 

「……私、少しふっくらしていたでしょ? みっともない姿を見られちゃったわね」

 頬に手を当てて困ったように笑う。

 しかし、そんな和やかそうな雰囲気とは違い、蓮華の表情は曇ったまま。

 キッと見据えるように鋭い目線で、泉美にさらに問いかける。

「……一刀を、想っていたからですか?」

 

 またも動きが止まる。

 その表情も、ばつが悪いように微かに歪む。

 

 蓮華の疑問が、確信に変わった。

 この女性は、自分の息子のことを心配していた。

 何も告げずに行方知れずになった青年を、待ち続けていた。

 自らの身体を蝕むほどに。

 

 当たり前だ。

 我が子が突然姿を消したと言われれば、心配しないという方が嘘になる。

 自分だって、それこそ気が狂いそうになるだろう。

 

 しかし、彼女はそんな素振りを一度も見せてはいない。

 苦しんでいたことを、表に出そうとはしていなかった。

 自分たちの前で、気丈に振る舞っていた。

 母親らしく、皆の支えになろうとしていたのだ。

 今だって……。自分を心配させまいと、いつも通りに笑いかけてくれている。

 

 それなのに。

 自分はただ、少しでも良いところを見せようと見栄を張った。

 愛しい人に愛されようと、出し抜こうとした。

 

 何より……。一刀の家族に、嫉妬してしまった。

 

 彼らの強さに。

 彼らの覚悟に。

 

 自分たちに一刀を託そうとしていた、その意志に。

 

 悔しかった。

 自分の愛情よりも、家族の愛情の方が深く、強いことに。

 

 それも一刀だけではなく、自分たちに向けてくれていたものも。

 求めるものではなく。

 訪れた出会いと訪れる別れ。

 その全てを、ありのままを受け入れる愛情に。

 

 敵わないと、痛感してしまった。

 追いつけないと、恥じてしまった。

 

 その思いの強さに……。悲しくなってしまった。

 

「……私。皆様のことなんて、考えないで……。自分勝手に、舞い上がって……」

 徐々に涙声へと変わる。胸の前で握る手が震えているのは、その力の強さだけではない。

 声をかけようとする周りの面々。

 しかしそれより先に、その少女が小さくしゃくり上げる声を聞いてしまう。

「……私。自分のために……、皆様の、ためなんて……。思い込んで……」

 ポタリと地に落ちる雫。

 そのまま染み入っても。

 溢れ出したらなかなか渇かない想いと、途切れ途切れの渇いた掠れ声が。

 静かに。それでいて激しく。

 少女を、苦しめている。

 

「……蓮華ちゃん」

 ふと気がつけば、自分と更に距離を詰めた泉美がいた。

 

 そして。

 そのまま、柔らかく蓮華を抱きしめていた。

 緩やかに。そして心から落ち着ける。

 そんな温もりが蓮華を包み込んでいた。

 

「お母、様……」

「気にしなくてもいいのよ。蓮華ちゃんは……。ううん、誰も……、誰も悪くないのよ。ね?」

「……でも」

「蓮華ちゃんだけじゃない……。自分を優先しちゃうことなんて、誰にでもあるのよ?」

「でも……!」

「それに……。最初から何でも上手にできる人はいないの……。私だって、蓮華ちゃんの年には失敗ばかりしていたんだから……」

 

 ああ。その言葉の一つ一つが、とてつもなく優しい。

 やはりこの女性は、あの人の母親なんだ。

 あの人と変わらない、もしかすればそれ以上の愛で、自分を包み込んでくれる。

 肩先に顔を埋めた、このままで。

 心から甘えたくなるほどに。

 でも……。だからこそ、怖い。

 その温もりが。いつか失われることに。

 そして。あの人の心が、失意の暗闇に突き落とされるかもしれないことに……。

 

「私はね、蓮華ちゃん。みんなに……、あの子の傍にずっといてほしいって……。そう思っているの」

「……お母様?」

「いつか、私たちがこの世界を離れる時には……。あの子を支えてあげられるのは、蓮華ちゃんたちしかいないから……」

「そ、そんなこと……!」

 何かを言い返そうとする蓮華の身体を、泉美はわずかに強く抱きしめる。

「分かるの。もう、二度と……。皆には、逢うことができないって……」

「……嫌です」

「えっ?」

「そんなの、嫌です……! もう逢えないなんて、聞きたくないです……!」

「蓮華ちゃん……」

「我々には……。貴女方が、必要なんです……!」

 

 それは単なる我が侭ではない。

 互いに出逢って短い日数ではある。

 しかしそれでも、やってきた皆が心優しい人間であることは十分に理解できた。

 一刀が心残りを残すのが、当たり前と思うほどに。

 自分たちの及ばない力を持っていることが、痛いほどに身にしみるほどに。

 だからこそ、皆にここにいてほしい。

 そう願ってしまうのだ。

 

「我々の許に、いいえ……。一刀の傍に、いてあげてください……。このままじゃ、一刀が……」

「蓮華ちゃん」

 

 ぐずる子供を突き放すような、そんな語調で呼びかけられた。

 埋めた顔を上げれば、やはりいつものように優しく笑いかける彼女の顔が近くにある。

「そう言ってもらえるのは、すごく嬉しいの。私たちだって本当は、このままみんなと一緒に過ごせたらいいなって……。そう思ってしまうほどなのよ」

「で……、でしたら……!」

「でも、やっぱりそれはできないと思う。……天の国にはね。蓮華ちゃんと同じように、お友達とか、親しい人とか……。私たちにも大切な人たちがいるの……」

 蓮華の胸に痛みが走る。

 その言葉が示すものは、泉美たちに限ることではない。

 

 彼女たちの大事な家族の一員。

 一刀だって、同じことなのだ。

 彼が断ち切ったもの。

 友人。親しい人間。

 ……血の繋がった、家族。

 一番最初に、その絆を分かち合う人間。

 そのすべてを。今目の前にいる人達を。

 彼は、心の奥に押し込めてきたのだ。

 

「カズ君だけじゃなくて、私たちまでいなくなっちゃったら……。迷惑よりもなによりも、周りの人にすごく心配をかけちゃうと思うの……」

 今度は、その言葉の一つ一つが鋭く胸に突き刺さる。

 いつもと変わらない優しい口調が、それをなおさら強めている。

「こうやってまたあの子に逢えた。そして蓮華ちゃんたちに逢えたのは、神様がくれた最後の、そして最高の機会なんだって……。そう思って、私たちは今の時間を過ごしているの……」

「そんな、……そんなことって!」

「残酷かもしれないけど……。でもそう思わないと、余計に辛くなるから。みんなを愛おしいと思うほどに、それは強くなっちゃうから……。だからこそ、みんなに任せたいって考えているの。私たちにできないことが、蓮華ちゃんたちにはできるかもしれないなら……。それがあの子の支えになってくれるなら、私たちが離れたとしても、強く生きていってくれる。それは、私たちの願いでもあるの……」

「お母様……っ!」

 クシャリと歪んだ蓮華の顔。目元に溜めた涙が、その勢いでこぼれ落ちる。

「あらあら……。そんな顔しちゃ、あの子が心配しちゃうわよ?」

 スカートのポケットから出したハンカチは、部屋の中での一刀と同じように、蓮華の目元を拭っていく。

「蓮華ちゃんは綺麗な顔をしているんだから、笑った方があの子も喜ぶわよ……。ね?」

 

 どうして……。

 どうして、こんなに。強くいられるのだろう。

 

 どうして、自分は……。

 この女性みたいに、強くいられないのだろう。

 一刀がいなくなると考えただけで、胸が張り裂けそうなのに……。

 

「さあ、蓮華ちゃん。今はあなたのできることをしてちょうだい……」

「私、に……。できること……?」

 泉美からわずかに身体を離して向かい合う蓮華は、まだ少し目元に残る涙を指で拭いながら聞き返す。

「あの子に、あなたの作ったご飯を食べさせてあげること……。そして、今日はあの子の傍に、いてちょうだい。……たぶん、寂しくしてるでしょうから」

「それでしたら、お母様がお傍にいてくださる方が……」

 蓮華は言葉を返しながら女性の顔を見つめようとする。

 が、先ほどまで自分に向けていた優しい笑顔は、また苦しそうにその眉根を寄せていた。

「お願い……。あの子の傍に、いてあげて……。ね?」

 いや。苦しそう、ではない。

 それは今にもはち切れそうな想いを、寸前で堪えているような。

 必死に何かを押さえている。

 その想いは、いつも蓮華が。そして、おそらく彼女以外の誰もが感じていたであろう、泉美に相応しくない居心地の悪さ。

 しかし、それが今日はっきりした。道に僅かな光が射した。

 ならば、その先に歩んでいくことがせめてもの礼儀だ。指し示してくれた一刀の家族に払う、最大限の敬意だ。

 視線を逸らすことなく、蓮華はしっかりと頷いた。そうして泉美は、普段通りの柔らかい笑顔に戻っていた。

 互いの印象は違えど、何かを吹っ切ったような表情であった。

 

「佳乃、これは私が持っていく。手間をかけさせて、悪かった……」

 凛々しさを帯びた声の蓮華が振り返った先には、気にしないで良いと言うように薄く微笑む義理の妹の姿。

 佳乃と呼ばれた少女は、ゆっくりと鍋の乗る盆を手渡した。

 その様を見た蓮華は、またも少女に声をかける。

「お前にも、辛い思いをさせてしまって……」

 しかし蓮華が言葉を終える前に、目の前の少女は何も言わずにゆっくりと首を横に振っていた。

 初めて逢った時に感じた、微かにあどけなさが残る姿は影を潜め。

 今は内に秘めている意志の強さが、垣間見えた気がした。

 蓮華は僅かに下唇を噛み、少女に軽く頭を下げる。

 そしてゆっくりと振り返り、少女の両親にも同じように頭を下げた。

 緊張の面持ちで向かい合うのは、目的の人物がいる部屋の扉。

「一刀……。入るわよ?」

 重くはないが盆を持っているため、ノックの代わりに声をかけて中にいる人物へ合図を送る。

 聞こえてきた男性の声。その了承の返答にしっかりと頷いた蓮華は、もう一度周りにいる義理の家族に一礼した。

 扉の近くにいた燎一は、手の塞がる蓮華のためにゆっくりと扉を開けた。

 彼の厚意に。しかし中にいる想い人に悟られぬよう、蓮華は瞳で合図を送った。

 燎一のほうも、その意図を理解して薄く笑っていた。

 そうして恐る恐る室内に入っていく蓮華の姿を、残る三人は優しく見送っていた。

 

 部屋にいる人物たちの邪魔をしないよう、三人は足音を立てずにその場から離れていく。

 廊下を歩いていく彼らは、目線の先にある曲がり角で人影を確認する。

「何をしとるかと思えば……」

 その姿が明らかになる前に、人影のほうから話し出してきた。

 声の持ち主が、その場にいなかった自分たちの家族の一員であることを理解する。

「あまり感心せんな。立ち聞きなどという、品のない行動をするように育てた覚えはないんだが」

 そう言った老人。北郷耕作が渋い表情で見つめる先には、彼の娘である泉美がいた。

 泉美はその言葉に気まずい様子も見せず、どこか晴れやかな印象の微笑みをたたえていた。

 そして彼女が見つめ返す先。それは自分の父親の顔からは外れていた。

 彼女の瞳が見ているものは耕作の頭の上。彼が肩車をしてやっている、泉美の孫娘である孫登の楽しげな表情であった。

 そんな和やかな雰囲気とは対照的に、泉美の傍にいた燎一と佳乃は気まずそうに視線を逸らしていた。

「まったく。厄介なところは、親子揃って似てしまったようだな」

 険しい表情のまま、なおも苦言を続ける耕作。しかしながら、その言葉は三人の耳にはあまり入ってこなかった。

 それどころか、顔の筋肉が緩みそうなのを耐えているように、各々が口元をムズムズと動かしていた。

 肩車をしている幼い少女に、南国の民族楽器が如く白髪頭を叩かれている老人。

 これを目の前にしてどうすれば真面目に話を聞けるのか。耐性のある人間がいたら教えてほしいものだと一様に考えていた。

 少々異様な空気を察してか、老人は数回咳払いをした後に改めて口を開く。

「で、どうだ。一刀とは話せたか」

 問いに答えようと、彼の娘も同じく咳払いをした。

「まだ時間が必要かもしれないわね。あの子、やっぱり抱え込んでたみたい……」

「そうか。だが、そうのんびりもしてられん。ワシらはいつ日本に帰るのか分からんのだからな」

 半ば諦めたように呟く声に、泉美は視線を落とす。

 蓮華に言った通り、それはどれだけ足掻いても避けられない運命なのだ。

 一刀がこの世界に来たことがそうだというのなら。

 自分たちが招かれざる客であり、望まれて来たわけではない人間であるということも。

 一刀の恋人たちに対してではなく。あくまでこの世界に対してみれば、なのだ。

 これは試練だ。一刀にとっても、自分たちにとっても。

 お互いがどれだけその運命を受け入れられるのか。

 どれだけお互いの世界を受け止められるのか。

 厳しく、そして辛い試練だ。

 もはやこれが天から与えられた、運命に名を借りた悪戯のようにも思えてくる。

 盤上の遊戯や娯楽のように。

 自分たちが思い悩む様を、端から見て嘲笑しているような。

 自分たちが見えない力で、進む先を決められているような。

 そんな錯覚さえも感じてしまう。

 

 しかし、もしそうだとしても。このまま易々と悲劇に陥ることはないと、心のどこかで確信していた。

 悲劇に導かれているのなら、今までの日々をこれほど穏やかに過ごせるはずはない。これほどまでに優しく、そして心痛めるほどの温もりに満ちることはないのだ。

 だからこそ、自分たちはこれまで以上に親睦を深めなければいけない。

 まだ付き合いを深めきれていない、一刀の恋人たちがいる。

 強く、優しく、なかにはあまり素直に話してくれない。そして、いつ最後の出会いになるか分からなくなる、少女たちが。

 そんな彼女たちに、自分の家族を託さなければいけない。信頼しているからこそ、もっと知る必要がある。

 深く知るからこそ、その内に秘める想いが見えてくる。

 深く知るからこそ、その心の痛みに触れることもある。

 今日面と向かって話した、愛する息子のように。

 でも、まだ足りない。ちゃんと彼の言葉を聞けていない。こちらが一方的に話を進めていただけだった。

 思う以上に時間はかかるかもしれない。彼の秘める想いは、かなり強くなっている様子だった。

 何も無理に引き出すことはない。彼の意志を尊重して、今まできちんと話せなかった分をしっかりと受け取っていけば良い。

 ちゃんと向き合えなかったことを後悔するよりも、これから向き合える機会が増えることを喜ぶべきなのだ。

 

「……そうね。でも、あまり急かさないほうがいいわ。あの子、凄く苦しそうにしていたから」

 その言葉に、息が詰まりそうな感覚が全員を襲った。原因が何なのかを、口に出そうとはしなかった。

 かといって、このまま何もしないでいようとは考えてはいない。そうして全てを避けることが、余計に傷口を広げるのだと理解していた。

 不意に視線を上げれば、自分を心配して見つめている孫登の顔がある。手を伸ばして髪を梳くように頭を撫でれば、心地良さそうに目を細めていた。

「ちゃんと向き合いましょう。それがあの子の……、そしてあの子が愛している子たちのためだと、信じましょう……」

 触れたこの手で、壊してしまわないように。傍にある温もりを、奪ってしまわないように。

 幼子を撫でる手は、聖母のように優しく、慈愛に満ちていた。

「さあ。まず、今日私たちができることをしなくちゃ、ね……?」

 発した言葉に、残る全員が眉根を寄せる。

 発言者の女性が見つめるのは城門のほう。

 それに導かれるように目で追えば、そこには二人の人影がいた。

 愛しき男性と同等に猫を崇拝する黒髪の少女と、真面目で勉強熱心な片眼鏡の少女の姿が。

 楽しそうに言葉を交わしながら、目的の部屋へと歩いてくるのが見えてきた。

「これから、皆を説得しなくちゃいけないわね……。今日だけは、蓮華ちゃんのカズ君でいさせましょう……」

 そう言いながら溜め息を吐く彼女の顔は、多少疲れが見えるものの、何故か嬉しそうに見える。

 今日説得する少女は、いったい何人いるのか。

 その数が多いほど、自分の息子が愛されている証拠なのだ。

 そう思えば、これから成すことは苦ではない。むしろ楽しむべきことである。

 泉美はゆっくりと、その一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 ー続くー  


 
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