「こいつに……刀向けたな?」
低く、怖いと思うくらい冷酷な声。
日番谷は、敵を睨み付けながら刀を鞘から抜きだす。
主の意思に共鳴しているのか、刀から氷の結晶が生えてくる。
『フッ……。餓鬼が強がりやがって。俺は女に用があるんだ』
「……ッ!田原くん」
日番谷の後ろで雛森が苦しげに声を出す。
五番隊の隊士は、それに反応した。
『ああ…。この死神は、お前に好意を持ってるんだよ、雛森副隊長』
「田原くんから…!田原くんから離れなさいよ!!」
ククッと歪んだ笑みを浮かばせながら、隊士は二人に近づく。
『嫌だね。この死神の体は、もう俺と一心同体なんだよ。
可哀想だからコイツが好きだったお前を殺して、
お前の力も得ようと思うんだ。…なあ、俺、イイ奴だろぉ』
「……くっ!」
日番谷は、駆け出そうとする雛森を手で制す。
「ひつ…」
「下がってろ雛森」
『だからな…、だから黙って殺されろよ!!雛森副隊長!』
身を刻むような霊圧を纏いながら、隊士は刀を振り下ろした。
キィ…ンッ
刀と刀がぶつかり合う音が響きわたる。
驚く隊士を見据えながら、日番谷は低く唱えた。
「霜天に坐せ……氷輪丸」
解号と共に、氷の竜が隊士の自由を奪いとる。
『な…っ!』
「終わりだ」
「待って…!日番谷くん」
日番谷が刀を振りおろす瞬間に雛森がその動きを止めた。
「雛森……っ!」
「あたしに…、させて」
背中から伝わってくる、雛森の意志。
しゃんと背を伸ばし、堂々と目の前の隊士を見つめている。
日番谷は苦々しそうに顔を歪ませて、深く息をはく。
「分かった……」
これは、雛森の副隊長としての役目なのだ。
刀を降ろすと、サッと後ろに下がった。
雛森は心中で、ありがとうと呟くと刀を抜く。
「五番隊副隊長として、貴方から田原隊士を解放します」
『解放だと…?無理に決まっているだろ…』
言葉を繋げようとする隊士に斬りかかる雛森。
ギリギリ避けた隊士は、体内から沢山の刃を投げつけた。
『死ねぇぇええ!!』
「いつまでそっちを見てるの?」
隊士の体が硬直する。
確かに…、確かにそこに女はいたのに。
いつの間にー…!
背後にいる雛森に振り向いた瞬間、激しい痛みが彼に襲い掛かる。
胸元にゆっくり視線を合わせると、刀が隊士の体を貫いていた。
『くっ………!!!』
隊士が血を吐くと、雛森の顔にべったりとくっつく。
雛森はそれを気にせず、ただ目の前の隊士を辛そうに見つめている。
『ひ……雛…森副隊長…』
「田原くん!?」
目を見開いて、震える手で倒れかける隊士を受けとめる。
息を荒くして、隊士は泣きそうな雛森に笑いかけた。
「大丈夫っすよ…。俺、雛森副隊長のおかげで…死神として今、こうやって…」
「田原くん…、ごめんなさい…あた、あたし…貴方を守れなくて… 」
「違いますよ…俺が悪いんです。すいませんでした…最後まで迷惑かけて…」
雛森は、何度も首を横にふる。必死に隊士の出血を止めながら。
その様子に隊士は、目頭が熱くなるのを感じた。
ああ…、やっぱり俺、この人がすごく好きなんだ。
「!! 嫌!田原くん…!」
消えていく隊士の体を、雛森は隊士を固く抱きしめる。
「雛森…副隊長…。俺…貴女の下で働けて本当に良かったです…」
あと、
ずっと好きでした
最後に口を開こうとすると同時に、隊士の姿は消滅した。
まるで何もなかったかのように静寂が訪れる。
「田原くん……っ!!!…っ」
ー…俺、雛森副隊長みたいに強くて優しい死神になりたいんです!
同じ五番隊として、いつも力を貸してくれた。
今だって思いだすのは、田原くんのたくさんの笑顔。
それを、あたしはこの手で容易く消した。
「雛森」
日番谷がゆっくりと近づいてくる。
背を向けたまま、雛森は口を開いた。
「分かってるよ、日番谷くん。泣くのは駄目だってことぐらい。
田原くんは…、そんなの望まないもの」
泣くのは失礼だ。
それは自分の気持ちを昇華させようとするものが含まれるから。
「死神として戦いで泣くのはいけない…。だから…、だからあたしは…!」
「バーカ」
「なッ!?」
思いもしなかった返答に、勢いよく振り向く。
日番谷はしゃがみこみ、わざとらしく肩をすくめた。
「そりゃ泣かない方がいいだろーが、
アイツは泣くのを我慢して無理するお前を見る方が辛いだろよ。
つーか、お前元々死神らしくねぇし」
「な、なな…!日番谷くんだって、隊長さんらしくないよっ今の言葉!」
「ああ。だから」
泣いてもいいんじゃねーの。
そう、告げると日番谷は雛森の頬についた血を拭う。
その行動があまりにも優しくて。
雛森は声を出さず、静かに涙をこぼした。
そんな雛森を見て、日番谷は眉をひそめて固く拳を握りしめる。
静かな、静かな時間。
命の重みをしっかりと、胸に抱いて生きていこう。
どんな苦しみも痛みも忘れない。
いつでも側に支えてくれる人が、あたしにはいるから。
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