紅と桜~涙の女~
雨泉 洋悠
愚かなる女、マリヤ・マグダレナ
罪深きもの、罪の女
真の愛、復活の日
目覚めよ、救われよ
「えりち、はい、どうぞお召し上がり下さい♪」
真剣な表情で書類と向き合うえりちの口元に、差し出すチョコ一つ。
穂乃果ちゃんからもろた、あんこ入りチョコやんな。
「ん、ありがと。んん、あ、美味しい」
そう言いながらも、書類から目は離さないえりち。
いつも通り、もうあんま特別な反応もないけど、うちはうちのやること全部、当たり前のように受け止めてくれるえりちが好きや。
最近のえりちはミューズに無事入れたおかげか、精神的にも大分余裕が出て来て、皆のこと自然と気にかけた上で、生徒会の仕事とかも全部真面目にこなして、皆を守ろうとする感じがして、魅力三倍増しや。
今日もにこっちの誕生パーティーの為に、仕事を早くこなして部室に行こうと頑張っとる。
うちももちろん、ちゃんと仕事で両手動かしとる。
「ねえ、希」
手を止めることもなく、視線を書類から外すこともないまま、えりちが唐突に話を始める。
真面目モードのえりちは生来のながらモードやねん。
「うん?何?」
うちは手を動かしながらも視線はそのままえりちに向けとる。
「にこと、真姫。あの二人って、何時からなの?」
ああ、その話やね。
今のえりち、本当に何でも見えるモードになってんねんな。
出来た余裕の分、自分の事じゃなく、新しく出来た仲間の事、最優先に考える。
「うん、にこっちからは6月の梅雨の時期に初めて会ったって聞いとる。その直前からミューズの写真とかで見てはいたみたいやけど、えりちと、雨上がった話をした辺りやな」
えりちの綺麗な薄い青色の瞳が少し、揺らぐ。
また、えりちにはまだどうしようもなかったことなのに、引っかかっとるんやね。
えりちのそういうとこ、素敵なとこやけどね。
「そう、私本当にあの頃、気ばかり焦ってて何も見えていなかったのね」
えりち、素敵なとこやけど、もう戻れない時間の自分を反省しても、戻れないんよ。
「仕方ないんよえりち。あの時間はえりちの為にも、ミューズの為にも必要な時間だったんよ。そうやって昔の自分をちゃんと見つめ直すのがえりちのいいところやけどね。それにうちにもあの時期はあれ以上出来なかったし」
今日初めて、えりちの手が止まる。
「そうね、それは解ってる。私にも時間が必要だった。でも、何で神様はこんなにも残酷なの。あの二人には、何よりもその与えられた時間が、余りにも少ないわ」
えりちが持つ、時折見える正教の片鱗。うちにはないものだから、未だに新鮮さを覚える。
「うん、そうやね。初めて出会ってからも1年無い、あのタイプの二人が0から始めるには余りにも少ない時間やね。えりちはどうして気付いたん?」
ちょっとばかり、表情が険しくなってきとるな。
えりちは、本質が優しいから相手の気持を受け取りすぎる時がある。
「心は躍りに現れるから。練習、ライブ、1回では解らなくても、何度も見ていれば、どれだけ隠そうとしていても、解ってくるわ。多分穂乃果はともかくとして、他は皆程度の差はあれ、気付いているでしょうね」
えりちでもさすがに一回では解らなかったか、本来はそうやねやっぱり。
「私がもう少し早く、皆に心を開けていれば、もう少し何か、出来る事があったかもしれないのに」
そこはしょうがないよ、えりち。
「今からでも出来る事はあるし、多分これから色々えりちにしか出来ないことが出てくるよ。うちはその時にえりちに頑張ってほしいと思うんよ」
その頃には、うちは余り力になれないかも知れへんし。
「今日だって穂乃果ちゃんの提案にえりちが積極的にのってくれたの凄く良かったと思うよ」
あー本当はえりちにはミューズ頑張ってもらって、うちが全部引き受けとこうと思っとったんやけど、えりちにもやっぱり見えてしまうんね。
「うん、本当は解ってるの。今からだって二人の力にはなれる。でもね、残りの時間が少ないことは変えられない。もし二人がちゃんとお互いに深く理解し合えたとしても、にこはそんな真姫を、ここに置いていかないといけないのよ。卒業してからも逢えるなんて事は解ってる。でも、私にだって解る。この学校に一緒に入られる時間の、人生においての貴重さぐらい。神様はどうして、あんなにも通じ合える可能性を持った二人に、同じ時間を与えて下さらなかったの」
ああ、えりちまた受け取り過ぎや。えりちは本来は、自分の事よりも人の事で泣く子やからな。
だからうちは、えりちの傍に居たいと思ったんよ。
「えりち、うちもその事について絶対の安心をえりちに与えられるような言葉は持ってないんよ。でもな、うちの今の精一杯で言えることがあるとすれば、真姫ちゃんには凛ちゃんと花陽ちゃんがおって、にこっちにはうちとえりちがおるやん。うちらの場合は凛ちゃん達と違って絶対の信頼、優しさだけで寄り添う関係は柄じゃないけど、これから二人の間に何かあっても、うちらなりの形で力になれる方法はあると思うんよ」
もしくは、ミューズに、何かあった場合でも、な。
えりちは顔を上げて、ちょっと泣きそうながらも笑ってくれる。
そんなえりちだからうちは、一緒に居たいんよ。
「希、今日の日の守護聖人、知ってる?」
ほんまに、えりちの中にはロシアと正教がちゃんと根をはってるんやな。
「誰なん?うちでも解るような人?キリストさんについては、うち専門外やけど」
えりちがちょっと調子を戻しながら言う。
「そうね、でも希でも名前は聞いたことあると思うわよ。日本の暦では、マリヤ・マグダレナ。日本語では一般的にはマグダラのマリアって呼ばれているわね」
おお、何か聞いたことあるわ。感心してえりちの言葉の続きを待つ。
「私達のキリスト教圏では『罪の女』としても認識されているわね。でも私的に敢えて好意的に解釈するなら、心に傷を追った『涙の女』って感じかしら。にこの印象と少し重なるでしょう?」
えりちのこういう時の知識の広さは本当に感心する。特に和にどっぷりのうちには新鮮でたまらないんよ。
「で、そんなマリアを救うのはイイスス、日本で言うイエス様なんだけど。これが上手く出来過ぎていることに、イエス様は復活後に最初にマリアの前に現れるのよ。その復活する日はイースターって言って、毎年固定の日付な訳ではないんだけど、何と4月19日もそのイースターに当たることがあるのよ。流石に今年ぴったりとかそう言う出来過ぎたことはなかったけど、私はここに少し希望を見出したくなるの。きっとにこを土壇場で救うのは、真姫だって」
ああ、えりちは感覚だけでそこまでの答えに辿り着いたんやねえ。
凄いなあ、やっぱりえりちには敵わんわ。
「素敵やんえりちの話。うちもにこっちを助けだすのは、真姫ちゃんしかおらんと思うとるで」
思わず顔が綻んだら、えりちもちょっと驚いた感じで微笑んでくれたんよ。
「さて、仕事も大体片付いたし、そろそろ部室に行きましょうか」
そうそう、こうやって真面目な話をしている時にもほとんど手を止めないえりちがうちには堪らんのや。
満面の笑みで答えたるで。
「うん、ほな行こか」
部屋を出る所でえりちが最後にこっそり言った。
「あ、希、そのさっきみたいなことは皆の前ではやらないでよね。流石に恥ずかしいし」
えりちの顔、赤くなってるやん。ごちそうさま。
「そうやんな、もううちらも二人だけの時間少なくなるんやし」
えりちが複雑そうに微笑んだところで、今日も充電完了や。
次回
何時から気付いてたの?
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にこまきと見せかけておいてのぞえり、のぞえりと見せかけておいてにこまき。
希ちゃんと絵里ちゃんていいですよね、多分ミューズの中で一番大人な関係。
二人が入ることで、多かれ少なかれにこちゃんがある程度抱えていた、
ミューズ唯一の最上級生・部長としての重荷を、
当たり前のように一緒に持ってあげる二人が素敵だなと思うのです。