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黒外史  第八話

雷起さん

今回は何人か死んじゃいます。


初登場キャラ:袁術・張勲・田豊・???(シークレット)

2014-04-10 18:29:36 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:2404   閲覧ユーザー数:1990

黒外史  第八話

 

 

 宮廷では皇帝劉宏が狩りの勝者を祝う宴を催していた。

 于吉と左慈はその宴に出席せずに部屋へと戻っている。

 于吉は卓の上に卜占(ぼくせん)の道具を広げ、左慈は腕を組んでその成り行きを見ていた。

 

「間もなく………大きな動きが有りますよ。」

 

 薄笑いを浮かべる于吉に、左慈が憮然と応える

 

「時期的にどうせアレだろう。」

「ええ。駒は揃いましたからね。北郷一刀の運気を調査する又と無い機会。

外史の基点となるあの男。

今回の様な出鱈目な幸運を設定された時の対象法のデータ取りには最適です。

こうして内側から観られるのですからね。」

 

 一刀の運気は現れる外史によって様々だ。

 低い時は最悪、現れて直ぐに盗賊に殺されてしまうし、

良い時は体が三つに分かれて六十人近い嫁を手に入れ百人以上の子供をもうける。

 

「俺達があいつと戦うのはあいつの運気が高い外史になるのは必然だからな。」

「その運気の流れを我々の手で操れる事が出来れば…………」

 

 悪魔の様な笑顔を浮かべた于吉の眼鏡がギラリと燭台の炎を反射した。

 

 

 

 それから数日が経過した。

 劉備、関羽、張飛の三人は青洲平原に赴任して行き、孫堅親子も江東へと帰還。

 何進は毎日の様に一刀を狙い、策を弄して来るが、狩りの時の様に直接命を狙う物では無く、嫌がらせと呼べるレベルに留まっていた。

 例えて言うなら桂花が一刀に対して行っていた落とし穴レベルの物だ。

 何進の攻撃が一刀に向く事で協王子に対する暗躍が中断しているので、

一刀は何進の嫌がらせを放置する事にした。

 実際、実害も無く、時には嫌がらせと気付かない時も有るのだから無視しても問題が無かった。

 しかし、当の何進は嫌がらせが失敗する度に、皇帝劉宏からお仕置きされていた。

 最近はそのお仕置きが目当てに変わりつつある様だ。

 

 そんなある日の早朝。

 一刀はまた城内の庭を散歩していた。

 今回はひとりではなく、一刀が狩りの時に保護した五胡の少女も一緒である。

 正確には“少女”と言う表現は誤りなのだが、外見上こう表現させてもらう。

 一刀はその五胡の少女に『万里亜(まりあ)』と名付けた。

 万里亜を風呂に入れて体と髪を洗うと、外見は正に妖精と呼ぶに相応しい美少女になった。

 しかし、人の言葉をある程度理解はしても話す事は出来ず、獣じみた声を出すだけだ。

 更に服を着るのを嫌がった。

 いくら獣じみていても全裸でいさせる訳には行かないので、一刀は毎日何とか貫頭衣は身に着けさせていた。

 

「ノーパンノーブラで貫頭衣だけって…………お前、露出狂と間違われるぞ………」

 

 一刀は体中に引っかき傷と歯形を付けて溜息を吐いた。

 万里亜の身長は130cmくらいなのだが、その身長に見合わない胸の膨らみが貫頭衣を押上げ、脇からは横乳が溢れている。

 万里亜を落ち着かせる為に蜂蜜を大量に与え続けたら、見る見る大きくなってしまったのだ。

 一刀の読んだ文献に『胸に在る瘤は脂肪の塊で長期間食料を摂取しなくてもその脂肪で生き続ける』と在った通りだ。

 

「貧乳党には黙っておこう………」

 

 一刀は己の心に深く刻み込んだ。

 

「がうぅ………」

 

 万里亜は不満そうに鼻にシワを刻んで唸っている。

 そんな万里亜の首には黒い革で出来た首輪が巻かれており、頑丈な鎖が繋がれ、

その先を一刀が握っていた。

 これは張譲の助言で、一刀が仕方なくしている事だ。

 

『一刀殿が万里亜を養う事を帝がお許しになったとは言え、周囲の者は万里亜を恐れている。

この子を連れて歩く場合は必ず首輪をして、鎖で繋いで下さい。

それが万一何か有った時に亜璃西達を守る事に繋がります。』

 

 亜璃西を守る為と言われては断れない。

 一刀は万里亜が嫌がるのを覚悟で首輪と鎖を準備した。

 しかし………。

 

「何でお前は服着るの嫌がるのに、首輪と鎖はすんなり受け入れるの?

お前は俺を鬼畜変態野郎に仕立てあげたいのか?」

 

「がう?」

 

 一刀の言っている事が難しくて、万里亜には理解出来ず小首を傾げるだけだった。

 

 そこに慌ただしく駆けて来る足音が聞こえて来た。

 

「か、一刀さま!………一刀さま!」

 

 息も絶え絶えに現れたのは亜璃西だった。

 短パンの様な袴を履き男の子の姿をした亜璃西は上着が少し着崩れていた。

 

「亜璃西!!どうした!?まさか誰かに襲われたのかっ!?」

 

 一刀は慌てて駆け寄り、亜璃西の肩を支えて庇う様に辺りを警戒する。

「い、いえ……か、一刀さまに……火急の……お知らせを………」

 大量の汗を流し肩で息をしながら、切れ切れに言葉を絞り出す。

「先ずは落ち着いて。井戸の所に行って水を…」

 

「わ、私は大丈夫です……そ、それよりも……張譲様の…ところへ……お早く……」

 

 亜璃西は一刀の手を握って力を込めた。

 その表情に余程の緊急事態と一刀は悟る。

 

「何が有ったんだ?」

 

 真剣な顔をする一刀に、亜璃西は声を極力落として囁いた。

 

「(帝と何皇后が……お亡くなりに………)」

 

「なっ!!」

 一刀は自ら口を押さえて声を殺した。

 咄嗟に『暗殺』の二文字が脳裏に浮かんだが、決め付けるのは性急だと一刀は先ず心を落ち着かせる。

 

「(解った。これ以上はこの場で話すのは拙い。張譲殿の所に急ごう。)」

 

 亜璃西も真剣な顔で頷き返す。

 一刀は万里亜を連れている事を思い出したが、部屋に連れて戻る時間も惜しい。

 このまま連れて行く事にした。

 

「万里亜、朝ごはんはもう少し我慢してって、コラッ!服を破こうとするんじゃないっ!!」

 

 万里亜は一刀の気が完全に亜璃西に向いた隙を突いて、貫頭衣の襟元を引っ張っていた。

 

 

 

 

「張譲殿!事態の詳細を教えて下さい!!」

 一刀は十常侍の集う部屋に駆け込むと、挨拶もせずに本題を切り出した。

「北郷殿!?」

 張譲は亜璃西に、帝の死を口にしないで一刀を連れて来る様に言っていたので、

一刀の言葉に一瞬戸惑を見せたが、直ぐに亜璃西が伝えたと理解した。

 張譲は頷いて説明を始める。

 

「先に申し上げておきますが、暗殺では有りません。強いて言うならばこれは……事故です。」

 

「事故?」

 事故に見せかけての暗殺等は常套手段だが、今、話をしている相手はあの『十常侍』だ。

 そんな事は百も承知に違いない。

 

「今朝、帝と何皇后のお目覚めが遅いので、ご様子を伺いに行きましたら…………

昨夜もお楽しみでしたから、帝は気をやった時にお亡くなりになったらしいのです。」

 

「帝は心臓が弱かったんですか?とてもそうは見えませんでしたが………

それに何皇后も一緒に亡くなるなんて………」

 

「ここ最近、帝は何皇后を“お仕置き”するのを楽しんでおられました。

我ら十常侍も、その最中は呼ばれるまで近付けませんから、推測なのですが……

我らが発見した時には何皇后のお身体を荒縄で縛り身動きを出来ない様にされていましたので、

何皇后は我らを呼ぶ事が出来なかったのでしょう。」

 

「身動きが出来なくても声は上げられる……………上げられない状態だった?」

 

「はい…………何皇后の口には帝の男根が喉の奥まで入れられ…」

 

「いや、もういいです…………想像したくないので…………」

 一刀は脳内に描き出しそうになった画像を強制停止して、フォルダごと削除した。

 

 張譲は沈んだ顔で溜息と共に呟く。

「そうですな………いくら嗜虐趣味の最低な人だったとはいえ皇帝陛下なのですから、

貶める事はしたくありません。なので、帝と何皇后の死をどう公表したものかと

我らは頭を痛めているのです。」

 

 一刀は張譲を始め、この部屋に居る十常侍の面々がロリコンとは言え

この世界の住人でありホモに抵抗が無い事を再認識した。

 そして、ここである事に思い至る。

「あの、張譲殿。この事を何進派に伝えては………」

 

「いえ、まだです。騒ぎ出すのは明白なので、帝と何皇后の死に様が世間に広まってしまいますから…」

「それは拙い!彼らは直ぐに伝えなかった事をあなた方の隠蔽工作……

帝と何皇后を亡き者にしたのは十常侍と宦官達だと難癖付けて武装蜂起をするぞ!!」

 

 一刀は正史の宦官虐殺を知っているからそこに思い至ったが、

十常侍達は言われて初めて気付き息を呑んだ。

 

「確かに一刀殿の言う通りだ………あの脳筋共の短絡思考ならば有り得る………」

 

「蹇碩殿!西園上軍は直ぐに集まりますか!?俺は中軍を呼ぶので連携を取りましょう!」

 西園八校尉の筆頭、上軍校尉を兼任する十常侍の蹇碩が大きく頷く。

「上軍は元よりこの宮中の守りが役目です。直ぐに警戒態勢を取るように伝令を出しましょう。」

 

「俺は自分の将と合流して兵を纏めた後、城の出入り口を固めます!」

 一刀は扉へ早足で向かう。

 その背中に張譲が声を掛けた。

 

「董卓殿には我々から伝令を出し、一刀殿の援護に向かって貰います!ご武運をっ!!」

 

 一刀は董卓の名を耳にした一瞬だけ動きを止めたが、振り返らずに手を上げただけでその返答とした。

 扉の横で猫の様に丸まって寝ていた万里亜は、一刀が戻って来た事を察知して、嬉しそうに立ち上がる。

 

(董卓…………あいつの軍勢も宮廷に足を踏み入れるのか。

もしかして正史の霊帝の死から可皇后の死に至るまでの事件をひとまとめにした様な事が起こるのか!?)

 

 万里亜は自分の首輪に繋がれた鎖の端を差し出し、一刀は考え事をしていたので無意識に受け取り、自分の部屋へと早足で廊下を移動した。

 万里亜が一刀の後ろを楽しそうに走って付いて行くのだが、

貫頭衣の裾が翻り、生のお尻を晒しまくっていた。

 傍から見ればその姿は、露出プレイを強要し、鎖で繋いで引っ張り回すサディストの変態野郎にしか見えない。

 事実、それを何人もの文官武官が目にし、『天の御遣い様もそういう趣味の方なんだ』

という噂が広まる原因を作り出していた。

 

 

 

 

「なんやて!?帝と大将軍が揃って亡くなったって?ホンマかいな!?」

 

「霞どの!声が大きいのです!!どこで誰が聞き耳を立てているか分からないのですぞ!」

 陳宮に言われた張遼が口を手で塞ぐ。

 一刀が部屋に戻ると張遼、呂布、高順、陳宮の四人が来ていた。

 管理者組と合わせて八人に劉宏と何進の死を伝えた所だった。

 

「帝は心の蔵が止まり突然死。何皇后は窒息死だ。」

 

 高順が刑事か探偵の様な探る表情で一刀に問い掛ける。

「突然死?毒を使った暗殺なのでは?」

「いや……………それがなぁ……………」

 一刀は張譲から聞いた状況を嫌々ながら伝えた。

 

「あちゃ~、ホンマに“昇天”してしもたんか…………」

「情けないのぉ。御主人様の足下にも及ばぬ男であったか。」

「立派な身体してたのにねぇん。」

 紫苑、桔梗、祭の猛攻を始め、数々の修羅場を潜り抜けられる一刀と比べるのは酷かも知れない。

 

「今の時点で十常侍が帝と何進を暗殺する利点は………無いとは言わないが、

害の方が大きすぎる。

だが、頭に血の昇った何進派がそこに思い至るとは思えない。」

 

「筆頭があの袁紹やからなぁ………充分有り得る話や。」

 張遼は腕を組んで頷いていた。

「音々音。曹操は動くと思うか?」

 一刀の問い掛けに、陳宮が顎に手を当てて考える。

「そうですな………曹操は動かないと思うのです。

騒ぎに乗るよりも、後から出て来て漁夫の利を狙うと思うのですよ。

むしろ袁紹と一緒になって動きそうなのは…」

 

 その時、部屋の外から突如集団の上げる雄叫びと悲鳴が聞こえて来た!

 

「なんやっ!?まさかもう袁紹が動いたんかっ!?」

 

「詮索は後だ!」

 一刀を先頭に全員が騒ぎの聞こえてくる場所へと走り出した。

 

 

 

 

「最早これ以上、十常侍と宦官どもの専横を黙っていられませんわ!

三公を輩出した名門袁家の長たる、この袁本初が天に代わって正道を示して差し上げますっ!!」

 

 黄金の鎧を身に着けた袁紹は、千人の私兵を率いて正門から堂々と乗り込んで来た。

 袁紹が劉宏と何進の訃報を聞いたのは、一刀が亜璃西から知らされたのとほぼ同じ頃だった。

 持ち前の単純思考で一刀が危惧した通りの答えを導き出し、

また単純故の行動の素早さで即座に装備を整え、兵を集合させた。

 

「宦官は全て殺してしまいなさいっ!」

 

 袁紹の宣言を耳にした宦官達は驚愕した。

 何しろ彼らは劉宏と何進の死を知らされていないのだから。

 訳が判らなくとも己の身が危険なのは明らかであり、相手が『あの袁紹』では説得は不可能。

 と言うよりも、まともな会話にすらならないと判っているので、

今はとにかく生き延びる事が最重要と慌てふためき逃げ出していく。

 

「やつらを逃がすでない!一刻も早く弁王子を宦官どもからお救いするのじゃっ!」

 

 袁紹と共に号令を出す声。それは美羽と同じ物だった。

 声の主、袁術は白銀の鎧に身を包む貴公子の様な青年である。

 

「(これで良いのじゃな、七乃?)」

「(はい~♪劉弁さまを手に入れて即位させちゃえばこっちの勝ちですから~♪)」

 

 袁術は隣に控える七乃のコスプレをした髭のおっさん、張勲に小声で確認を取った。

 この様に袁術は『見た目は大人、頭脳は子供』という、残念系ダメ人間だった。

 

「おらおらおらああっ!汚物は消毒だあああああああああああっ!!」

「暗殺なんて卑怯な真似をする人達は、この顔良が地獄に送ってあげますっ!!」

 

 文醜と顔良の二枚看板も袁紹の言葉を信じて頭に血が昇り、次々と宦官達を殺して行く。

 二人の通った後には斬山刀で真っ二つにされた死体と金光鉄槌で潰された死体が転がり血の川が出来上がって行く。

 宦官では無い文官達は恐ろしさに身を竦ませ、抵抗しようとした武官も次々と殺された。

 

「先日の狩りの汚名、ここで返上させて貰うっ!」

 

 張郃も二人に負けじと剣を手に、逃げる宦官に襲い掛かった。

 

 

「いい加減にしやがれっ!てめえらっ!!」

 

 

 突然現れた一刀が張郃と宦官の間に割って入り、そのまま手にした剣で張郃の胴を薙いだ!

 大量の血と腸をぶちまけて張郃が吹っ飛ぶ。

 

「現れましたわね!北郷一刀っ!!」

 

 袁紹は怒りの形相で一刀を指さした。

 対する一刀も気迫の篭った目で睨み返す。

 

「袁紹!貴様のやっている事は反乱だ!帝と皇后の死は事故であって暗殺などではないっ!!」

 

「十常侍に尻尾を振った貴方の言葉など聞く耳持ちませんわっ!

わたくしの事も………弄んでおきながらっ!!」

 

「捏造すんなっ!そんな事実は無いだろうがっ!」

 

「まあっ!知らばっくれる気ですの!?初めて会ったその日に閨を共にする約束をして、

何度もお誘いしたのに!その都度用事があると断り続けたではありませんかっ!!」

 

「うっ!」

 一刀にしてみれば当たり前だ。目的がハッキリしているから一刀は逃げたのだ。

 

「不審に思い調べてみれば十常侍の元に通いつめていましたわね。」

 

 袁紹の口調が夫の浮気調査をした妻の様になってきた。

 

「その目的は十常侍本人たちよりも、その養子が目的なのでしょう!

あんな子供に誑かされるなど………別に若さに嫉妬している訳ではありませんわよっ!!」

 

 勝手に口を滑らせて本心を言ってしまう。

 一刀もそこには気付いたが、それ以上に袁紹が亜璃西の事も調べている事かが気にかかった。

 

「それに貴方はわたくしのこの決起が反乱とおっしゃいましたけど真の反逆者は十常侍ですわ!

わたくしは十常侍が五胡と通じている証拠を掴んでいますのよっ!」

 

「はあ?張譲殿が?」

 袁紹が何を以て証拠と言うのか、一刀はとぼけて誘導を図る。

 

「五胡の地へ頻繁に早馬で手紙のやり取りをしてますわ!

様々な物資を横流ししているのも知っていますのよっ!」

 

「はあぁあ!?」

 袁紹の答えに演技ではなく、本当に呆れた。

 手紙のやり取りは『五胡と』ではなく『五胡を調査する間者と』である。

 そしてその間者は百人近い部隊であり、その補給物資を送っているというのが真実だった。

 一刀も張譲から教えてもらっている話だ。

 十常侍の夢である亜璃西達の安心して暮らせる土地を手に入れる為、

『露利自治区』を築く為の準備だった。

 

「そんな悪の権化を確実に葬る為に選抜隊が十常侍の所に向かっている所ですわ!」

 

「なにいっ!!」

 一刀は動揺した。

 つまり目の前に居る袁紹の本隊は陽動でもあるのだ。

 まさか袁紹にそんな知恵があるとは、一刀は思ってもみなかった。

 

「ダメじゃないですか~、袁紹様。敵にそんな事話しちゃ~……まあ、袁紹様じゃしょうがないですけどね~♪」

 

 ダメ出しをするのはこの策を出した張勲だった。

 『七乃のポーズ』を取りながら言うので、一刀は余計にムカついた。

 

 そこに空から筋肉が二つ落ちてきて地面を揺らす!

 

「ご主人さま!ここはわたし達に任せて向かってちょうだい!」

「ふっふっふっ!御主人様の為にちょっとだけ本気の私を見せてやろう♪」

 

「貂蝉!卑弥呼!ここは頼むっ!!」

 一刀は迷わずこの場を後に走り出し、十常侍の元に向かう。

 途中呂布がひとりで文醜と顔良を相手に闘っている横を走り抜け、

目的地が見えてくると、今まさに二十人近い敵が十常侍の居る部屋に突入する所だった!

 

(くそっ!もっとだ!もっと早く走れよ!俺の足っ!!)

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 既に常人では有り得ない速さで走っている一刀は、筋肉が上げる悲鳴を無視して更に加速した。

 そして部屋に飛び込んだ一刀が見た物は…………。

 

 張譲と蹇碩を含む十常侍が斬られ、倒れて行く姿だった。

 

「ぐがあああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 獣じみた咆哮を上げ、賊の全てを一瞬で斬り捨てる!

 吹き上がる血しぶきで部屋が真っ赤に染まる中、一刀は張譲に駆け寄った。

 

「か、かずと……どの…………あ、ありすを……あのこたちの…………みらいを………」

 

 そう言い残し、張譲の伸ばしかけた手が床へ落ちた。

 

「張譲おおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 一刀は声を上げ、涙を流し、ロリに全てを捧げた漢達の最後を見送った。

 

 しかし、宮廷の中ではまだ争う音が聞こえている。

 

「………そうだ………亜璃西たちと王子たちを保護しなくちゃ………」

 

 涙を振り払い、一刀は立ち上がった。

 

『……一刀さま……』

 

 微かに聞こえた亜璃西の声に、三十体もの遺体が転がる血で汚れた部屋を見回す。

 壁の一部に不自然な繋ぎ目を見つけ、耳を澄ませばその奥から啜り泣く複数の声が聞こえてきた。

 

「亜璃西!そこに居るのか!?」

 

 壁に近付き声を掛けると、今度はしっかりと亜璃西の返事が帰ってくる。

 

『はい!一刀さま!私と他の子たちも!お父様たちからここに隠れる様に……言われ………まして…………』

 

 後半は涙声になる亜璃西の声に、見えなくてもこちら側で何が有ったのか察しているのが判る。

 

「……すまない………俺がもっと早く駆けつけていれば…………」

『一刀さまは何も悪くありません!………でも…すこしだけ…ないて……いいですか……』

 

「ああ…………悲しい時は思いっきり泣いた方がいい……」

 

 壁の中から先程までの啜り泣きとは違う、号泣する複数の声が聞こえて来た。

 一刀は壁に背を預け、天井を見上げる。

(くそっ!最低な外史だと思っていたけど………そうでもなくなって来ちまったじゃないかっ!

死に別れると涙が出ちまうんだもな………)

 

 一刀の耳に廊下を走って来る複数の足音が聞こえて来た。

 直様部屋の入口付近に移動し、敵味方を判別する為に耳に意識を集中する。

 

「一刀!そこに居るのか!?」

「一刀殿!一刀どの!」

 

 弁王子と協王子の声だ。

 一刀は瞬時に部屋を飛び出した!

 二人の後ろから近付く禍々しい気配を感じたからだ。

 

「弁王子!協王子!………………と、董卓?」

 

 二人の王子の後ろを歩くのは、巨大な剣を担いだ董卓だった。

 その更に後ろには華雄、賈詡、李儒が従っている。

 王子たちが一刀に抱きつき、一刀も跪いて二人を強く抱き締める。

 

「よう、北郷♪張譲に頼まれて連れてきてやったぜ。」

 

 弁王子と協王子が部屋の中を覗き込もうとするのを一刀は押し止めた。

 子供に見せるには余りに酷い惨状だ。

 董卓が一刀の横を抜けて部屋の中を確認する。

 

「って、当人はくたばっちまったか♪」

 

 笑って言う董卓に一刀はカッとなった。

「董卓!お前は!!」

「喚くんじゃねえよ。十常侍の奴らも覚悟してたんだ。そうじゃなきゃオレを護衛にして、

他の奴を王子の所にやったろうぜ。」

 

 一刀は言葉に詰まる。

(俺は選択を間違えた………正門での騒ぎに気付いた時に、十常侍か王子たちの所に行くべきだったんだ………)

 

「なんだよ?急にしけた顔になりやがって。まあ、どうせ自分の所為とか考えてんだろうが、

んな事より袁紹と袁術をどうにかすんのが先じゃねえのか?」

 

「そうだ!早く奴らを倒さないと…」

 

「お待ちください、北郷様!」

 立ち上がりかけた一刀を、李儒が制した。

 

「ここで賊をただ追い払っても問題の根本的解決になりません。

私の策ならばお二人の王子をお救いし、袁紹と袁術を大人しく下がらせ、

今後手出しが出来ない様にする事が出来ますが、お聞き下さいますかな?」

 

 一刀は李儒を見て頷く。

 

「先ず、袁紹と袁術の狙いは劉弁様を手に入れ即位させるのが目的です。

その際、劉協様は劉弁様から引き離され、いずれは殺されると見て間違いないでしょう。」

 

 李儒の話を聞き、二人の王子は一刀にしがみつく力が強くなった。

 

「我々が劉弁様を即位させても、元々何進派の袁紹と袁術に今後の宮廷での発言力を与える結果になります。

やはりここは劉協様が次期皇帝に即位されるべきでしょう。」

 

「僕が兄上を差し置いて皇帝に!?あ、兄上はどうなるのです!?」

 協王子は弁王子の手を握り、離れたくないという意思表示をした。

 

「通常ならば劉弁様に弘農王の位に就いて頂くのが良いのですが、それでは袁紹と袁術が

今と同じ事を繰り返す恐れが有ります。

そこで劉弁様、あなた様は先程の騒ぎで賊の凶刃にかかり亡くなった事に致します。

そして名を変え、劉協様の貴人となられれば、いつまでもお二人で暮らす事が出来ますよ。」

 

「ボクが…絹香の貴人…………では、いずれは皇后にも………」

「兄上!これならば僕と兄上は………」

 

 喜ぶ二人の王子を複雑な思いで見た後、一刀は董卓を睨んだ。

(これは月と詠を反董卓連合から救い出す時の、俺の常套手段じゃないか!

董卓のヤツ………李儒に吹き込みやがったな!!)

 

 董卓はニヤニヤ哂って一刀を見返していた。

 当の王子二人が喜んでいる以上、異を唱えるにはそれ以上の策を提示するか………

 

「弁王子が賊の手で殺されたとどうやって証明するんだ!?」

 一刀は精一杯の抵抗で問い掛ける。

 

「李儒が言っただろ。さっき袁紹の手下が来たんだよ。

オレがこいつでブッた斬ってやったけどな♪」

 董卓は肩に担いだ巨大な剣、文醜の斬山刀よりも肉厚な得物を軽く叩いて見せる。

 

「勢い余って柱までブッた斬っちまって、部屋が潰れちまったぜ♪

あの近くに居たのは宦官だけだからな。あいつらならこっちに話を合わせんだろ。」

 

「後は劉協様。あなた様が袁紹と袁術を糾弾して頂ければ成功致します。」

 李儒が協王子の目を正面から見て断言した。

 

「解りました、李儒。貴方の策に乗りましょう!」

 

 協王子も力強く頷き返す。

 一刀は何か心に引っ掛かりを感じながらも、その策に乗る事を決めた。

 

 

 

 

 正門内での戦闘はまだ続いていた。

「田豊さん!まだ弁王子をお助けできませんのっ!?」

 袁紹は馬上でイライラしながら怒鳴りだした。

「宮殿の奥に向かった隊からは何も連絡が有りません!」

「ならばわたくしが自らお迎えに上がりますわ!」

「な、なりませんっ!あの四人が現れてから、まるで先に進めなくなりました!

袁紹様の御身に何かあっては本末転倒でございますっ!!」

 

「それなら早く倒してしまいなさい!たった四人ではないですかっ!!」

 

 四人とは貂蝉、卑弥呼、呂布、張遼の事である。

 むしろ袁紹袁術の軍がまだ残っている事が奇跡と言えるだろう。

 四人は中に入り込んだ敵を押し返し、入口まで来た所で守りに入ったのだ。

 これ以上前に出れば死角からまた中に入り込まれるので、それを警戒しての防戦である。

 そのお陰で全滅せずに済んでいると、袁紹は当然気付いていない。

 

(全く!こんな作戦自体無茶すぎるんですよ!私が気付いた時には決起の準備が終わってたし!

斗詩もいつもなら麗羽様を抑える側なのに、一緒になって頭に血が昇ってるし!

猪々子と張郃と郭図は脳筋の猪だから我先に突っ込むし!

せめて紀霊殿が洛陽に来ていれば…………

くそっ!張勲め!あの性悪が裏で手を回してるに違いない!!)

 

 田豊は言いたい事が山ほど有ったが、ここまでやった後では、もう先に進むしか無いと溜息を吐いた。

 しかし先に進む為には立ち塞がる一騎当千の四人を倒さねばならない。

 

(こちらの主力の猪々子と斗詩をひとりで去なしているあの呂布という男、

この間の狩りでは実力を計りきれなかったけど、ここまで強い奴とは………)

 

 田豊はそんな感想を持っていたが、むしろ呂布を相手に文醜と顔良が今まで持ち堪えた事も奇跡だ。

 この外史でも袁家の幸運力が働いているという事なのか?

 

「文醜!顔良!この張郃が助太刀するぞっ!!今度こそ汚名返上だあああああっ!!」

 

 呂布が文醜と顔良の攻撃を打ち返した隙を突いて張郃が襲いかかる!

 

「……甘い。」

 

 呂布は電光石火の速さで方天画戟を繰り出し、張郃を頭から真っ二つにしてしまった。

 

「張郃さんっ!」

「張郃!……………無茶しやがって…………」

 

 顔良と文醜は一度距離を取って呂布の様子を探りつつ息を整える。

 

 

「袁紹!袁術!鉾を引けっ!!」

 

 

 その声は呂布の後ろの廊下から聞こえて来た。

 その場に居た全員の動きが止まり、声の発せられた場所に注目する。

 廊下から現れたのは、一刀と董卓を従えた協王子だ。

 

 協王子は喪服である白装束を身に纏っていた。

 

「協王子!?」

 袁紹は戸惑った。

 今まで弁王子に比べ、ひ弱で影の薄い子供と侮っていた協王子から威厳を感じたからだ。

 

「僕は…いや、朕は既に王子では無い!第十三代皇帝、劉協であるっ!」

 

 劉協の宣言に敵味方双方にどよめきが起こった。

 

「み、認めませんわっ!…………十常侍……そう!これは十常侍の謀略ですわねっ!!

弁王子、いえ、劉弁様はどうなさったんですのっ!!?」

 

 足掻き狼狽する袁紹に劉協が怒鳴る!

 

「黙れ!袁紹っ!!十常侍は貴様の放った暴漢により殺された!そして…………

 

そして我が敬愛する兄上をも貴様は暴漢を使い殺めたのだっ!!」

 

 この言葉に袁紹は言葉を失い、顔を青褪めた。

 そして劉協は更に畳み掛ける。

 

「貴様は父上と義母上を突如の事故で失った朕から兄上まで奪ったのだ!

いや!ここに居る董卓が守ってくれなければ朕も今ここに居なかったであろう!

貴様は父上が亡くなった機を見てこの漢帝国を簒奪する気であったか!!」

 

「そ、そんな…………わたくしは………劉弁様をお守りしようと………」

 

 袁紹の呟きは劉協には届かない。

 

「朕は元々、兄上に皇帝になって頂き、臣下としてお助けするつもりであった!

しかし!兄上亡き今、朕が皇帝を継いでその遺志を世に示さねばならない!

先代皇帝に孝霊皇帝の諡号を贈り、朕の皇帝としての最初の努めとする!

次にする事は逆賊を討ち払う事だっ!

 

皆の者っ!袁紹と袁術を捕えよっ!!」

 

 劉協の号令に、宮廷内から兵が溢れ出した。

 それは西園中軍、一刀率いる并州兵。

 そして董卓率いる涼州兵であった。

 高順がひとりで宮廷の外に向かい、兵を纏め裏門から中に入ったのだ。

 

「引け!引けええええっ!!直ちに洛陽から脱出するのだっ!!」

 

 田豊の叫びに袁紹軍は慌てて退却を始めた。

 

「わ、私達も退却です!美羽様をお守りするんですよっ!!」

 

 張勲の号令に袁術軍が防戦しながら退却する。

 

「な、七乃…ど、どういう事じゃ?………弁王子は………劉弁様がお亡くなりに………」

 

 劉弁に臣下以上の想いを持っていた袁術は茫然自失となり、

張勲に支えられて宮廷の外へ連れ出された。

 

「北郷一刀!この恨み絶対に晴らしてみせますわ!覚えていらっしゃいっ!!」

 

「袁紹様!お早くお逃げ下さい!殿はこの張郃が務めさせて頂きます!」

 

 怒りで我を取り戻した袁紹は、捨て台詞を残して宮廷を、そして洛陽の外へと逃げて行く。

 

 袁紹袁術軍が逃げ去り、并州兵と涼州兵も追撃の為居なくなった宮廷は静けさを取り戻した。

 血が飛び散り、死体が数多く転がり、空気も血の匂いで満たされてはいたが。

 

「絹香、立派だったよ。これでお前は名実ともに皇帝だ♪」

 

 廊下の奥から白装束を身に着けた劉弁が、宦官数人に守られ現れた。

 

「兄上………本当に……僕は兄上に皇帝になって頂きたかった………」

 

 振り返った劉協は目に涙を溜めていた。

 

「絹香………ボクはもう劉弁じゃない……伏寿…これがボクの新しい名前だ。そして……

帝の妻となる者の名前だよ。」

 

 微笑む劉弁、いや、伏寿に劉協は縋り付いて涙を流した。

「昭香兄さま………僕は貴方を妻として一生守り抜いてみせます……」

「絹香………ボクもお前を夫として一生支えて行くよ。」

 

 抱き合う二人を見て、一刀は本当にこれで良かったのかと自問を繰り返していた。

 

「一刀殿………これからも僕…朕を守り、この国を支えてくれ。」

 

 目蓋を涙で腫らしながらも笑顔を向ける劉協に、一刀は包拳礼をして頭を下げる。

「御意に。ですが皇帝陛下、もう俺には“殿”を付けず呼び捨てにして下さい。」

 

「う、うむ……判った。では一刀、朕からの命令だ。朕の事はちゃんと真名で呼ぶこと。

せっかく預けてあるのに、まるで呼んでくれぬではないか………」

「そうだ、ボクの事もだぞ、一刀♪」

 

(や、やばい!二人の事がマジで可愛く見える………このまま流されない様に気を付けないと………)

 

 一刀は引きつった笑顔を浮かべて言葉に詰まっていた。

 

 

 

 その光景を城の屋根から見下ろす影が二つ。

 左慈と于吉だ。

 

「ふむ、概ね予想通りの展開となりましたね。」

「董卓が出しゃばったお陰で、北郷のデータ取りは満足出来んがな。」

 

「おいおい、そう言うなよ。オレの気紛れもあいつの運気かも知れねえだろ?」

 

 いつの間にか二人の後ろに董卓が立っていた。

 しかし、左慈と于吉は気にした風もなく董卓に振り返る。

 

「よく言いますね。袁紹と袁術をここで逃がし、恨みを持つよう仕向けて置いて。」

「曹操も既に洛陽から出て行った。これも貴様の差し金だろう。」

 

 二人の言葉に董卓は哂って応える。

「決まってんだろ。こんな小競り合いでオレが満足するかよ。

次の狙いはお前らと同じさ♪」

 

「そうですね………次は反北郷連合です。」

 

 

 

 そしてまた別の場所。

 洛陽の城壁の上から宮廷を眺めるひとりの青年が居た。

 

「天の御遣いが袁紹と袁じゅちゅ………袁術を退けましたか………

やはり私がお仕えし、主君と仰ぐのは北郷一刀様しかいましぇん……いませんね。」

 

 手にした羽毛扇で隠された口元は哂っていた。

 

「これから巻き起こる戦乱の風を、この私が更に大きくしてあげましゅ……してあげます!

未来のご主君!貴方を真の覇王に導くのは私でしゅ…………私です!」

 

 城壁の上を強い風が吹き抜け、青年の着るクリーム色の背広の裾をはためかせた。

 

「はーーーっはっはっはっはっは………………はくちゅんっ!」

 

 どうやら体が冷えたらしい。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

今回の退場者ですが

これは登場させた時から考えていた事です。

これがなきゃ戦乱も始まりませんしね。

唯一、退場を考えていたのに生き延びたキャラは亜璃西です。

情が移ってしまいました…………。

 

減った分新たに登場したキャラですが

田豊は『恋姫†英雄譚』の情報を意識して書きました。

立ち絵だとパンツ丸出しなんですけど、

あのままだとここの田豊の姿がとても凶悪に………。

張郃が二回も死んでいるのは仕様ですw

なにせ『不死身の張郃』ですから!

そして最後に登場した謎のキャラ!

さて、一体誰なんでしょう!!

(スイマセン、白々しいですね)

 

 

今回の退場者 

 

劉宏(霊帝)・何進(何皇后)・張譲と蹇碩を含む十常侍

 

 


 
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