No.677609

魏エンドアフター~錦三ツ~

かにぱんさん

原作を忘れつつあるなか、一体どう進んでいくのか自分でもわかりますん(・_・)

2014-04-09 22:16:47 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:11927   閲覧ユーザー数:7684

「は?」

 

「いや、あの……」

 

俺は今、皆に囲まれている。

これは今まで経験したどんな戦況よりも絶望的であり、突破は困難とみられる。

しかも今の俺の姿勢は両足を折りたたみ、膝の上に両手を乗せ、うなだれている。

……つまり正座をしている俺を皆がぐるっと囲んでいる訳なんだけど。

 

「つまり何か?ご主人様は急襲を仕掛けてきた見知らぬ女に接吻されて、

 捕縛はおろか攻撃にも移らなかったと?」

 

「だ、だからさ……」

 

「敵の色仕掛けにまんまと引っかかったと?

 皆が戦いに血を流している中、色呆けていたと?」

 

「…………」

 

愛紗による間髪入れない質問攻め。

質問をしているのに答える隙を与えないという、相手の精神に著しいダメージを与える高等テクニックを駆使してくる。

まるで圧迫面接を受けているかのような状況だ。

 

「まぁ今は主が戦闘中に敵である女と肉体関係を持ち更には籠絡された事実は置いておこう」

 

「置いとかないで!というかどんだけ盛ってんだよ!」

 

「ご主人様は黙っていてください」

 

ついに質問をされているはずなのに黙れとまで言われてしまった。

 

「ま、まぁまぁ愛紗ちゃん、ご主人様にだって何かわけがあるんだろうし……」

 

「戦闘中に敵と接吻し、惚ける事に何か訳があると?是非聞いてみたいですね」

 

大将である桃香にまで容赦がなくなっている。

朱里と雛里は頬を膨らませ、ぷいっと横を向いてしまっている。

霞はにやにやと俺の状況を見ながら酒を飲んでいるし、恋に至っては飽きたのか、出て行ってしまった。

何だろう。

実は俺嫌われてるんじゃないのか?

 

「何を申されます。可愛い嫉妬ではないですか」

 

「何も申してないんだけど」

 

この時代の人間は読心術でも身につけているのかと毎回疑いたくなる。

しかもお前のは絶対嫉妬ではない。

間違いなく場をかき乱して楽しんでいる。確信がある。

ちなみに何故あの事が皆にバレているのかと言うと、当然だが俺が自分で言ったわけではない。

凪はもちろんのこと、あの時、ちょうどこちらに走ってきた愛紗と星に見られた。

多分二人は俺と凪が率直に感じた”なんだこれは”という思考に至ったに違いない。

……俺達とは感じた状況が全く違うけど。

俺だって仲間が敵とディープな事をしていたら混乱する自信がある。

ちなみに凪はここでは何も言っては来ないが、あの直後に

”華琳様への報告が増えました”

と、冷えた笑顔だった。

 

「しかし厄介だな。あの砂塵が敵の妙術によるものだとすれば、こちらは目隠しで相手をさせられているようなものだ。

 それも主達の話を聞く限り、鈴々の蛇矛に引けをとらない程の巨大な得物を軽々と振るってくるような相手に、だ」

 

あの後、女が消えたと同時に俺達はすぐに城へ逃げ帰った。

勝利した戦いとはいえ、連戦したという疲労と、突然の襲撃による心労。

勝利の余韻に浸っていた高揚感などは跡形もなく、まるで敗走してきたかのように意気消沈のまま城まで戻ってきた。

 

「それに主を奪いに来る──と、言っていたな」

 

……そんなところまで聞いてたんですね。

しかし、確かにあの女が言っていたその言葉は無視出来ない。

今までのように俺の命が目的であるのなら、あの場で俺のみを狙っていればすぐにあの大太刀は俺の頸を落とせていただろう。

だけどそうはしなかった。

更には、過剰なスキンシップ。

冗談みたいな雰囲気でこうして説教をされている俺だが、実際問題奴の行動は謎に包まれすぎている。

まるで以前から俺を知っていたかのような口ぶりだった。

他の白装束……于吉や左慈も、俺の事を知っていた。

つまり、他の外史で俺と接触していた可能性がある。

 

「一応聞きますが、主。

 あの女の事を主は?」

 

「いや、知らない。

 初対面だったし、周りの連れていた奴らの気配からして間違いなく白装束の仲間だと思う」

 

「ふむ……」

 

「周りの奴ら、というと……ではその女の人は、ご主人様の言う”嫌な気配”ではなかったのですか?」

 

俺の不祥事よりもまずは敵の解明にと頭を切り替えた朱里がそう質問してくる。

そこだ。

俺が最も混乱している点はまさに朱里の言っている事なのだ。

 

「それなんだよなぁ……凪はどう感じた?」

 

「そうですね。確かに今までの白装束とは一線を引いた感じではありました」

 

「というと?」

 

「上手く表現は出来ませんが……確かに異様な気配という点は同じなのですが、素直に”悪”であるとは感じませんでした」

 

「……悪人ではない、ということですか?」

 

「いえ、明らかな敵意を持って我らを攻めてきた事は明確ですし、先程も言ったとおり、白装束の一員である事は間違いありません。

 強いていえば……子供のような」

 

「子供?」

 

「はい。悪を悪と認識していない、出来ていないような」

 

「んー……そういえば凪、あの時、敵の位置を感知出来なかったのか?」

 

「そういう訳ではないのですが……」

 

あの時の事を思い出し、凪は本当に不可解だという表情をした。

 

「隊長も感じていたように、奴らは複数いました。

 しかしあの妙な気配の女が──消しました」

 

「……どういうことだ?」

 

「あの女が、味方であるはずの白装束達をあの煙幕の中で一人ひとり殺していった……ようでした。

 あの気配と接触した白装束達から次々に氣が消滅していくのを感じたのです。

 最初は仲間の誰かがやっているのかと思いましたが、あんな氣を持つ者を私は知りません。

 なので一体何が起きているのかわからず……」

 

「ふうむ……」

 

そんな事があったのか……。

確かにあの女は複数の白装束達を従えて村へ向かっていた。

しかし俺たちに接触した途端、味方殺し。

 

「……全く、欠片も奴の真意がわかりませんな」

 

「あぁ……理解不能だ」

 

星がそうそうにさじを投げ、それに愛紗も同調する。

俺も全く意味がわからなかった。

 

「とにかく、今後いつあの女が襲撃してくるかわからない。

 どこかへ出かける時、何かしら行動するときは必ず最低でも二人でいる事」

 

「えー……」

 

愛紗の提案に、子供のような反応を返す星。

 

「お前……」

 

「一人でいる時間は貴重だぞ?仲間とはいえそんな一日中誰かに張り付かれていては気の休まる暇もない」

 

「お前がそんなタマか」

 

「これでも一応、乙女なのでな。女の努力は見られたくないものだ」

 

「女の努力というのは、警邏の途中でらーめん屋に立ち寄ることか?」

 

「馬鹿を言うな。あれは確かにらーめん屋だが真に至高なのはあの店主独自の製法で作られたメンマで──」

 

話が脱線していつもの流れになりつつあるのであっちは放っておこう。

愛紗もいちいち相手にするから面白がられてからかわれるというのに。

まぁ誰よりも真面目な子だから仕方ないんだろうけど。

……で、俺はいつまでこの体制でいればいいの?

というか今までずっとこの体制で真面目な話をしていた訳なんだけど、これについては問題ないのかな。

傍から見たらふざけているようにしか見えないと思うんだけど。

そして冷静に考えたら俺は自分より5歳も6歳も年下の女の子に正座させられて叱られてるんだよな。アホだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、皆が出した結論は”放置”らしい。

探るにもあまりに手がかりがなさすぎるし、何から手をつければいいのかわからない状態だからだ。

それとなくうわさ話に耳を傾けるように、くらいしか思いつかなかった。

 

「そこの方。少しよろしいか」

 

後ろから声を掛けられる。

一応周りを確認してみるが周りの誰かが止まる気配は無いので振り返る。

その声の主は、やはり知らない顔だった。

でも……なんだろうどこかで見た──というか、似てるというか。

顔の一部分にものすごく見覚えがあるが、どうにも思い出せない。

 

「はい。どうかしましたか?」

 

とりあえずそのまま無言で見つめていると憲兵を呼ばれそうなのでそう言葉を返す。

 

「行きたい場所があるのだが、どうにも迷ってしまったようで……案内をしてはもらえないだろうか?」

 

「はい、良いですよ。場所はどこですか?」

 

その女性の指定する場所へ俺は案内を買って出た。

しかし妙だった。

そして微かな予感があった。

まず、この人の指定する場所は店などは何も無く、只の民家が並ぶ場所だ。

それも、まだ俺たちが手をつけられていない、貧富の差から生まれたスラムのような場所だ。

次に感じた事は、この人は普通の人ではない。

愛紗や星に並ぶくらいに腕が立つ人……だと思う。

妙に堅い話し方もそうだが、一挙手一投足、細かい所作がいちいち綺麗すぎるのだ。

それに、悪人特有の雰囲気というか荒々しさというか、そういったものを感じない。

だから案内を買って出たっていうのもあるんだけど。

まぁ、数年前まで普通の学生をしてた俺の直感でしかないから、只の思いすごしである可能性もある訳なんだけど。

 

とにかく、放っておくわけにもいかないので相手の指定する場所へ向かう。

そして、徐々に人の気配が無くなり、やがて、俺達二人だけになった。

 

「そういえば、ここの太守をしている劉備殿には天の御遣いと守り神がついているという噂を良く聞きますな」

 

「あー、そんな噂も流れてますねぇ」

 

「その守り神はともかく、天の御遣いと呼ばれる者も腕が立つと聞いている。

 あの飛将軍と呼ばれる呂布相手の一騎打ちでも勝利を収めたとか」

 

「……らしいですね」

 

「更には、敵であるはずの董卓を救おうとその命を投げ出してまで戦火に身を投じたとか」

 

「…………」

 

何でそれを知っている?

恋との勝負を知っているというのならまだ納得は出来る。

しかし董卓は表面上では雪蓮に討ち取られたことになっているはずだ。

あの戦の真実を知っているのはあの場にいた人間だけのはずだ。

もしくは──白装束。

 

「そして──偽りの頸を上げることで董卓の救出に成功した、と」

 

……マズイかもしれない。

あの二人のことが公に出てしまえば、一番懸念していた事が起こってしまう。

せっかく皆が協力してくれたおかげで手に入れた二人の平穏が。

 

──崩れてしまう。

 

それと同時に背後から襲い来る、全身の毛が逆立ってしまうかのような”闘気”。

それを感じた瞬間、俺は身を屈めた。

直後、頭上を掠める”槍”。

どこに隠し持っていたのか、それとも予めこの場所に置いておいたのか。

とにかく、その女性は明らかな戦意を持って得物を振るってきた。

 

「ほう」

 

さして驚いた様子もなく、素直に感心したというような声を漏らした。

ここ最近こんな突然の襲撃が多い気がする。

しかも相手はどちらも同じ、正体不明の女性。

なんかもう、この不測の事態に慣れてしまっている自分が居る。

自分でもびっくりするくらい、この状況に対する驚きや焦りといったものが希薄である。

 

「……何が目的ですか?」

 

「…………」

 

「何故あなたがあの時の事を知っているんですか?」

 

「ふむ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──あの二人を、どうするつもりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

せっかく平穏な時間を手に入れた二人の、これからの日常を壊そうとしている相手に、確かな怒りを覚えた。

自分でも、熱くなっている事が理解できる。

 

「────」

 

俺がそう言葉を投げると、相手は何故か、そこで初めて驚いたような表情を見せる。

 

「……なるほどな。あの子が熱心になるわけだ」

 

「……?」

 

「ふむ……私の目的だったな。まぁ、特に勿体つける程のものでもないが──」

 

大きく、手に持った槍をまるで己の手足のように操り、振るう。

それだけで相手への威嚇にもなれば、その美しい動作や流れから、まるで演舞のようにもなっていた。

 

「私は武人。貴方もその動き、相当腕の立つ武人であると見受ける。

 ならばここは武人らしく行こうではないか」

 

「…………」

 

つまり、勝てば教えてやるということだった。

 

 

 

 

耳のすぐ横を掠める槍。

辛うじて避けてはいるがどれも間一髪といったところだ。

しかも風切り音が尋常じゃない。

多分、あれに当たったら刃がついていようがいまいが普通に死ぬ。

 

「避けてばかりでは勝てぬぞ御遣い殿よ!」

 

「やっぱ……!知ってたのかよ!」

 

どこの誰に何をどう聞いたってんだ……!

というか避けてばかりでって……!

 

避けるだけで手一杯だっての!

 

 

この人だったら恋と対等に……いや、下手をすればそれ以上に渡り合えるんじゃないのかとさえ思える。

攻撃の節々に全く隙がない。

普通、どんな手練だろうとあんな大きな槍を振り回していれば攻撃の後には必ず隙が出来るものだ。

もちろんそれは鍛錬によって変わってはくるが、この人はその一瞬の隙が見えない。

いや、こうして戦っている今、相手が攻撃をした後に隙が出来ているのは解る。

でも、解るのは攻撃が終わり、その隙が消えたあとなのだ。

自分でもこの人の動きには驚愕というか、もはや尊敬の念すら浮かんでくる。

隙を隙と見せない。

視線、肩、腕、腰、脚。

全ての動きがフェイントとなり、こちらの動きを牽制してくるのだ。

大きな得物を使う上で、これほど理にかなった使い方をしている人を俺は知らない。

戦っているうちにそれがフェイントだと解っても、相手を怯ませる程の視線と身体の流れ。

そしてフェイントにフェイントを混ぜ、今度こそという時には轟音の槍が襲い掛かってくる。

多分、愛紗や星も俺と同じような事を感じると思う。

この動きに惑わされずに戦える人がいるとすれば、盲目であり、且つ呂布並みの腕を持つような人間くらいだと思う。

 

「…………!」

 

いや、あるかもしれない。

”達人”という人種にだけ通用する手段が──

 

小さく、小さく!

無駄を省け!

相手の動きは読まなくていい、襲い来る刃に全神経を集中させろ!

反撃なんて考えるな!視界に入る脅威に全てを──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む──」

 

自分の攻撃を紙一重で、反撃の余地も無く避けているだけかと思っていた目の前の男の変化に気づいた。

さっきまでは確かに自分の事を食い入るように見つめ、一切の動作を見逃さんとばかりに視線を注いでいた男が、

どういうわけか、全くと言っていいほどこちらを見なくなった。

だというのに、こちらの攻撃を避ける動きにはどんどんと無駄がなくなっていき、鋭くなっている気がする。

通常では考えられないことだ。

相手を見ずに、襲い来る得物を”見て”から避けるなどという芸当が出来るのは精々そこらの野党相手か──”異常”な人間だ。

 

いくら隙が無いとはいえ、スタミナが無限であるはずもなく、疲労は押し寄せてくる。

一発でも当たれば致命傷を与える一撃に加え、隙の無い連撃。

普通は自分のスタミナを考慮しながら戦うものだが、この女にはそれが必要なかったのだろう。

しかし、今目の前にいる男は己の全てを出したと言っても過言ではない攻撃を避けきった。

流れるように止まることを知らなかった連撃は収まり、お互いに一定の距離を保ち、向き合う。

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……ふぅー」

 

全神経──身体能力の強化を図る一刀の氣を、全力で送り込んでいた”目”から、ようやく開放する。

目の奥に鈍痛のような痛みが絶え間なく襲い掛かる。

しかし痛みに悶えている暇はない。

 

「はぁ……ひとつ、解った」

 

「む?」

 

「貴方は悪人じゃない。俺にとっての”敵”じゃあない」

 

「ほう……で、だからといって私は手加減などせんぞ?」

 

「……そうですね」

 

「ならば──」

 

「でも」

 

鞘から刀を抜き、全身の力を抜く。

手は最低限、刀を持てる程度の力。

脚は最低限、立っていられる程度の力。

今まで相手に抱いていた”敵意”はなりをひそめる。

力では到底及ばない。

それは得物が空を切る音ではっきりしている。

 

「だからこそ、有効な手段がある」

 

「なに?」

 

「貴方が武人であるばあるほど、俺の動きは読めない。

 貴方の腕が立つほどに、俺の動きは見えない。

 貴方が悪人ではない程に、俺はそれに専念できる」

 

「何を言っている?」

 

「はは……でも初めてだし、上手くできるかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもうどこ行ったんだよ母様は」

 

「さっきまでそこに居たはずなんだけどなぁ」

 

「これから劉備のとこに行くっつーのに……」

 

「まぁそのうち戻ってくるんじゃない?おば様がどこかにふらふら行っちゃうのなんて今に始まったことじゃないし」

 

「子供かよ……とりあえずその辺の人に聞いてみるか」

 

「聞き込み?何かわくわくするね」

 

「いや、全然」

 

母を含め三人で来ていた二人は、見失った母を探すために街の住人に母の特徴を話し、行き先を知らないか聞いて回った。

そして数刻後、意外にあっさりとその情報は得られた。

どうやら母はこの街の、いわゆる貧困層が集中し、廃れている場所に男と二人で向かっていったという。

しかもその男は天の御遣い。

北郷一刀だ。

 

「もう何か……嫌な予感しかしない」

 

「えー?」

 

「絶対喧嘩売りに行っただろ……」

 

「大丈夫でしょ。おば様だってそこまで馬鹿じゃないよ」

 

「いやぁ……こっち来てみろ」

 

姉の言う事に従い、促された方へ駆け寄る。

すると、ほんの微かに、しかし確かに聞き慣れた、非常に聞き覚えのある音が聞こえてくる。

その音の発生地はここから距離があるし、気に留めなければ誰もが気づかないようなくらいの小さな音だった。

 

「……何とかしてね、お姉さま」

 

「あたしが!?」

 

「もともとお姉さまのせいでこうなったんだからね」

 

「いや……確かにそうだけどさぁ。

 でもまさか本人達に会いに行くなんて言い出すとは思わないだろ……」

 

「……そりゃあれだけ熱心に語られればねぇ」

 

「え?」

 

「なんでもない」

 

「とにかくこのままじゃ話をするどころか戦争になっちまうよ」

 

二人は急いでその場所へ向かう。

その途中、

 

 

 

 

ズズンッ!!!

 

 

 

「はぁ!?」

 

「な、何!?」

 

二人は目を疑った。

二人の視界には老朽化したであろう少し大きめの民建物。

おそらくは誰も住んではおらず、そのまま放置されている状態といった感じのもの。

それが、斜めに”ズレた”。

 

「ば──!?母様やりすぎだ!」

 

「うええええええ!?ちょちょちょ姉さまどうすんの!?どうすんの!?ねぇ!?

 御遣い様生きてるよね!?あたし達このまま捕まって処刑とかにならないよね!?」

 

多分、二人は今までにないくらいに全力疾走したことだろう。

そして己の母がいるであろう場所に辿り着いた。

二人は最悪の事態にはなっていないでくれと心から願いながらその場の光景を見た。

二人は自分の母の強さを身にしみて知っている。

あの呂布でさえ、迂闊に相手には出来ないであろう実力があることを知っている。

だから無意識に、母の一方的な展開になっていると思っていた。

そして熱くなりすぎると、その後のことよりも今その場の楽しみを優先してしまう事も知っていた。

しかし、そこにあった光景は二人の想像とは全く違った事態になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さすがに冷やっとしたぞ」

 

「いてて。やっぱり初実践じゃ失敗するか……!」

 

ガラリと音を立て、崩れた破片の中から一刀は這い出た。

 

「ふぅ……もういっちょ行きますよ」

 

またしてもだらりと力を抜き、ゆらりゆらりと小さく揺れる。

その体制を見た二人は、覇気も闘志も感じないあの男は一体何をしているのだろうと思った。

しかし、

 

「…………ッ!」

 

一度、その姿勢を見ている女は瞬時に警戒体制に入り、目の前の男を睨みつけた。

リズムを変えながらゆらゆらと、いつ来るかもわからない攻撃に対して、防御の姿勢を取ったのだ。

女は驚愕した。こんな事がありうるのかと。

通常、仲間だろうが敵だろうが、手合わせ、試合、死合となれば必ずその攻撃には”意志”が乗る。

負けるものか、必ず勝つ、殺してやる──人によってその感情は様々ではあるが、確かに発生する意志だ。

得物の動きを目で追うのが難しい程の達人に出会ったのなら、攻撃に乗るその意志を読み合い、攻撃をし、攻撃を避ける。

だというのに、今目の前に居る男の攻撃にはそれらがない。

いや、こちらの攻撃を避けている段階ではまだ感じられた。

だからこそ、経験で有利を得ている自分は先を読み続け、反撃の隙を与えることはなかった。

しかし、あの全身の力を抜いているかのような、傍から見れば舐めているのかと罵倒の声が飛んできそうなあの姿勢。

それが今は何よりも背筋を凍らせる。

目で追えぬ超速、それに加え、気配はなく、殺意など全く篭もらぬ刃。

しかし確実に己の命を刈り取りに来ているのだ。

長年を武人として生きてきた中で、見たこともない得物と武術。

そして、ひ弱でお人よしかと思えば、誰かの為に見せる強い意志。

なるほど、これが天の御遣いか、と強く思った。

女が浅く呼吸を吐き、瞬きをした瞬間、目の前に居たはずの男が視界から消えていた。

 

「まず──!」

 

視界から外れ、気配からも探れないとなればもはや女の長年で培った第六感に頼る他なかった。

 

ギイイイン!!!

 

我武者羅に振るった槍の先端が、一刀の刃に当たった。

そしてまた、

 

ズズンッ!

 

と斜めにずれる建物。

女は直感した。

これ以上は受けられない、と。

一度目は彼の目測の誤りから。

二度目は我武者羅に振るった槍が偶然にも当たってくれた。

三度目は──ない。

 

そう思った矢先、

 

「おいおいおいおい!!何やってんだよ母様!!」

 

「おば様やりすぎ!!何しにここに来てんの!?」

 

「……あらら、見つかってしまった」

 

二人の声が響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?」

 

「「本当に申し訳ありませんでした!」」

 

城へ戻り、俺の服がところどころ傷つき破れているのを目ざとく発見され、質問という名の尋問をされたので

先ほどの事を一通り話し終えた結果、今の状況が出来上がった。

つまり、愛紗再臨である。

何だろう。

愛紗って戦っているときよりもこうして説教をして前に立たれる方が威圧感があるんじゃないのか。

ともあれ、母、叔母の暴走に必死に頭を下げる二人。

あの馬超が頭を下げるなんて相当な事だと思う。

肝心の本人はと言えば

 

「ほう、ではお主が昇り龍こと趙雲か。

 噂は聞いていた。一度は会いたいと思っていたのだ」

 

「いかにも。まぁ、貴方ほどでは無いにしろ、この趙子龍、腕には多少の自信がありますからな」

 

「無類のメンマ好きでもあると聞いた。私もこう見えて、食には通ずる者。

 特にメンマに至っては我が食の生涯に置いて欠かせぬ酒の共だ」

 

「ほう!」

 

……何か仲良くなっていた。

突っ込むのもアホらしいのであっちは放っておこう。

今は俺も愛紗達の方へ混ざったほうが良い。

この三人が何をしに来たのかも知らないし。

 

「こちらの愚母が本当に申し訳ない事をしまして、もう言葉では表しきれないほどの謝罪の念で埋め尽くされております」

 

馬超を指さし、馬岱が深々と頭を下げて謝っている。

冗談なのか本気なのかわかりづらいなこの子。

愚母って。俺の人生で初めて聞いたぞその言葉。

しかもその本人はどこ吹く風だしな。

まぁ相手は華琳がどうしても欲しがっていたあの馬騰さんだし悪人じゃないのは解ってる。

それでも俺に対してああいうふうに仕掛けてきたってことは何か訳があるんだろう。

しかしこの三人、あまりにそっくりである。

顔立ちが似ているのは血縁関係がある以上当たり前の事だが、それにしたってある部分が似すぎている。

何だあの眉毛は。分身でもしたのか。

見覚えある眉毛だと思っていたがなるほど。似ているとかいう次元ではない。同じだ。

 

「で、来てくれたこと自体は歓迎するけど、何か用事があったの?」

 

「いや、それは母様に聞いてくれ。

 あたし達も突然『劉備の元へ行く、準備しろ』って言われて無理やり引っ張ってこられたようなもんだし」

 

「ね、蒲公英も訳がわからないまま駆りだされたもんだから準備も何も無いよ。

 お金だってお財布に入ってた分しかないし」

 

正座で頭を下げた状態で顔だけをこちらに向けながらそう話す馬岱。

あの状態の愛紗を前にしてその態度を取れる人間ってのはなかなか居ないと思う、誇っていい。

 

「うむ、ならば話そう。

 改めて、我が名は馬騰、字名は寿成という」

 

そして突然話に入ってくる馬騰さん。

想像していた感じとは全く違うが、あの二人の親だと言われればしっくり来るかもしれない。

馬超も連合を組んでいたとはいえいきなり陣地に来ちゃうような子だしな。俺だったら無理。怖すぎ。

 

「曹操が本格的に動こうとしている」

 

「なに?」

 

馬騰さんに真面目スイッチが入ったのか、真剣な顔になり、愛紗もそれを察し、さっきまでのお説教モードは解除されている。

 

「近々ここへも来るだろう」

 

「わざわざそれを言いに?」

 

「いや、違う」

 

すると馬騰さんは桃香の前で突然片膝を落とし、頭を下げ

 

「先程の御遣い殿への無礼、大変に申し訳ない。

 娘から予予話は聞いていたが、やはり自分が実際に見ないことには真実はわからない。

 処刑というならば大人しく従おう、だがその前に私の話を聞いて欲しい」

 

「いえ、貴方ほどの武人が闇討ちをしようなんて卑怯者では無いことは解っています。

 何より私達は先の戦で貴方の娘……馬超殿に救われています。

 処刑するつもりなど毛頭ありません。

 どうかお顔を上げてください」

 

桃香はその行動に一瞬だけ面食らった様子だった。

しかし命を掛けた覚悟をして、ここへやって来たのだという事を理解したのだろう。

淡々とした様子ではあったが、相手の誠意に応えるように、そう返した。

 

「ありがたい。しかしこちらの願いを聞いていただけるまでは頭をあげるわけにはいきませぬ」

 

「願い、ですか?」

 

「こんな身勝手な上に願いを聞いてもらおうなどと厚かましいにも程がある事は重々承知。

 しかし、貴方がたの話を聞き、私自身がこの目で見、感じ、最良の手はこれしかないと感じた次第」

 

「私達にその願いが聞けるかはわかりませんが、言ってみてください」

 

「は──我らを貴方のもとへ仕えさせてはもらえないだろうか」

 

「……へ?」

 

さっきまでちゃんと対応してたのに、ここに来て間の抜けた返しをしてしまう我が大将。

しかしそうか。

馬騰さんが劉備軍へ──

 

「はぁ!?」

 

「わぁ!?」

 

俺の突然の大声に近くに居た桃香が驚いた声を出した。

しかしそれ以上に驚いたのは俺だ。

 

は?え?馬騰さんが劉備軍に?

いやいやいや、おかしい。

だって馬騰さんは俺が居た前の外史では華琳に攻められて屈するくらいならって毒を飲んで

あーやばい混乱してる。

すっごい混乱してる。

どうなるんだこの場合?

少なくとも馬騰さんは華琳に攻められるまではどこにも屈してないはずなんだけど……ん?

 

「もしかしてかり……曹操から手紙か何か来ましたか?」

 

俺の問いに、馬騰さんは驚いた表情を見せた。

 

「それとも使者が来て……何か言われたんじゃないですか?」

 

「……そのとおりだ」

 

時期が早い。

早すぎる。

華琳が本格的に馬騰さんを自分のものにしようとするのはもっと先の事だったはずだ。

あっちの世界では劉備軍と一戦交えた後だったはずだ。

しかしこの外史ではどうやら前に居た場所や正史とは異なった進み方をしているようだし、ありえない話ではない。

何よりも、俺はともかく、この世界の曹操は凪の強さを目の当たりにしている。

それが原因か?もともと人材集めが趣味のような華琳だったが、これについては焦っているようにも思える。

それはまずいんじゃないのか?俺たちが原因で歴史を書き換えていることになるんじゃないのか。

 

「しかし貴方程の誇り高い人が、頭を下げてまで何故ここへ?

 卑屈になるつもりはありませんが、しかし贔屓目に見てもここは大きな軍とはいえません。

 ここよりも有力な場所はあったはずです。

 貴方程の人ならすんなりと受け入れもしてくれたでしょう」

 

「私とて武人だ。そんな脅しに屈するつもりなど毛頭ないし、来るならば迎え撃つまでと思った。

 しかし思い出したのだ。私の娘は頭は足りないが、人を見る目は確かだ。

 その娘があんなにも熱心に私に話した男がいたのを」

 

「……あたしら馬鹿にされてる?」

 

「姉さまと一緒にしないでよ」

 

「おま──」

 

「このまま迎え撃てば我らは負ける。それは問題ない。

 戦いの中で死ぬのだ。武人としてこれほど本望な事はない。

 だがそれ以上に賭けたくなった。見てみたくなった。

 もし、劉備殿が曹操に打ち勝った時、一体その先にはどんな世界が広がるのだろう、と」

 

二人の余計な茶々が入ったが、それを気に留めない程に真剣なのだろう。

 

「討ち取られるはずだった董卓を、正体不明の集団、更には連合軍を相手に救い出した者達が、

 これから先、この大陸をどう変えていくのかを」

 

「い、いやでも」

 

「ここへ通される前に二人組の侍女がいるのを見かけた。

 身に纏う雰囲気は到底侍女ではない。

 しかし一生懸命に仕事を覚えようと、恩に報いようとしている様がすぐにわかった。

 娘に聞いて解った。あの二人がそうなのだろう。身も心も救われた者にしか出来ぬ表情だった。

 もしも、何かしらの交換条件をつきつけられてここに居るようならば、あんなに嬉しそうな表情は出来まい」

 

馬騰さんの口から矢継ぎ早に出る言葉。

この人は自分の全てをこの国に──桃香達が作り上げていく国に捧げるつもりでいる。

それを理解したのか、

 

「ありがとうございます。

 私達は貴方を迎え入れることに何ら異論はありません。

 むしろ来てくれて光栄に思います。

 ですからお顔を上げてください」

 

「……ありがたい……ありがとうございます」

 

そう呟き、馬騰さんはやっと顔を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何かものすごい重要な事をあたしら抜きで決められた気がするんだけど」

 

「……そうだね。でももう決まっちゃったね。仕方ないね」

 

「まぁ劉備のとこなら別にいっかー」

 

「姉さま……あたし達が頼んで迎えてもらう形なのに何でそんな上から目線なの」

 

「別にそんなつもりはないって。

 それに曹操達の目的はあくまで母様なんだし、涼州が無駄に荒らされる心配もなくなるし、ありがたい限りだ」

 

「へぇ、解ってるんだね」

 

「あったりまえよ」

 

「それにしてもあのお姉さまがねぇ……こんなあっさり認めるなんて」

 

「ん?」

 

「なんでもなーい。というかいいのかなぁ、おば様の独断でこんな事決めて。

 五湖だって活発になってきてるし、涼州が荒らされる心配はなくてもそっちは全然解決になってないよ」

 

「何か手紙をしたためてたみたいだし、何かしら手は打ってあるんじゃないのか?」

 

「え、そんなことしてた?まぁそれならいいんだけど……でも涼州が取られちゃうのは……嫌だなぁ」

 

「こいつらなら……劉備達なら、いつか曹操を討ち取ってくれるさ。

 その為にあたし達もここに来たらしいし。

 誇りは生きていれば取り戻せる。汚名は生きていれば晴らせる時が来る。

 だけど死んじまったら元も子もない。あいつらだって解ってくれるさ」

 

「らしいって……でもお姉さま、何か変わったね」

 

「何が?」

 

「んー、馬鹿じゃなくなった?」

 

「おまえ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ”あ”あ”あああああぁぁ~~~~~~~~~~~~」

 

一日の疲れを取るにはやはり風呂だ。

この時代だと毎日という訳にはいかないが、時折こうして焚いてもらう。

というか最近はいろんな事が起こりすぎて気を使ってくれているのか、愛紗が結構頻繁に用意してくれる。

あの子も俺と同じくらいかそれ以上に疲れてるだろうに……あんまり気を使ってほしくはないんだけどな。

しかし素直にありがたいのでこうして愛紗の厚意に甘えてしまう俺がいる。

 

「あ”あ”あああぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~」

 

しかし何だろう。

何故こうして湯に浸かると謎のうめき声が出るのだろうか。

昔から日本のマンガやアニメ、ドラマなんかを見ていても、

温泉などに浸かっている時はたいていのものが呻いている気がする。

 

そんなくだらない事を考えていると、後ろからひたひたと足音がする。

 

「ん~?」

 

湯船に寄りかかりながら、首を回すのも億劫になっていた俺はだらんと首を後ろに垂らし足音の方向を見た。

 

「私も失礼してよろしいか?御遣い殿」

 

俺の視界は衝撃的な映像でいっぱいになっていた。

想像してほしい。

一糸まとわぬ人妻を真下と行ってもいいほどの視点から見上げた光景。

 

「……ちょっと待って下さい」

 

俺はそのままゆっくりと頭まで湯船に沈んでいった。

急な刺激に息子が大暴れしそうになったが、何とか落ち着きを取り戻し

 

「……どうぞ。できれば迅速に浸かってください」

 

「ふふ、そうしよう」

 

絶対分かっててやってるだろこの人……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……良い湯だ」

 

「えぇまぁ」

 

「北郷殿に、ちゃんと謝っておかねばならないと思いまして。

 昼間は試すような事をして本当に申し訳なかった」

 

「いや、ああいうのはまぁ……慣れてるんで。

 それに貴方の事情も知りましたし、人生どころかいろんなものを背負った上での一大決心ですからね。

 というか別にもともと怒ってないですよ」

 

「ふふ……そうか?だが確かに貴方の憤怒を私は感じましたぞ」

 

「ん、あれはまぁなんというか。

 あの二人に何かしらの危害が加えられる可能性があったもので」

 

「……そうか」

 

またしても大きく息を吐きだす。

疲れがその吐息と共に抜けていくようで、やはり風呂はいいものだ。

こうして混浴してしまっているのに暴走しかけたのは一瞬だけで、こうして落ち着いてしまっているところを見ると

俺も年を取ったものだと思う。

 

「やはり、娘の目に狂いはなかった」

 

そんな事を考えていると、馬騰さんはそう口にした。

 

「娘、というと、馬超ですか」

 

そう、だよな?正史じゃ馬岱は甥って書かれてたもんな。

 

「うむ。反董卓連合から帰ってきてからというもの、あの子の口からは貴方のことばかりだ」

 

「俺の事……ですか」

 

「凄い奴がいる。真実を見て、自分の信じた道を行く奴だ。綺麗な奴なんだ、本当の意味で、人を救う事が出来る奴なんだ──。

 他にもいろいろ言っていたが、聞きたいかな」

 

「……いえ、結構です」

 

「ふふ……しかし、それは娘の言うとおりだった」

 

「過大評価ですよ。その勝手な行動のおかげで軍を危機に陥れてしまった」

 

「だが関羽殿や趙雲殿──他の皆は貴方の行動は間違いではないと、貴方についていったと聞きました」

 

「皆優しいですからね」

 

「私の娘も貴方の言葉を聞いて、思わず飛び出したと言っていた。

 あれは確かに抜けてはいるが、他人の人情に流されて自らを危機に陥れるような馬鹿じゃあない。

 ましてやあの時は私の代理だったのだ。それを理解した上で、あの子は貴方がたについた」

 

「……やっぱり、過大評価ですよ。

 最初は俺一人で行くつもりだったのに、結局は皆を巻き込んでる。

 そもそもあれは……俺が原因みたいなものですから」

 

「ふむ……」

 

腕を掛け、空を仰いでいた馬騰さんが首を持ち上げ、こちらに視線を向ける。

 

「その体中の傷跡も、その一際目立つ左腕の傷も、貴方のいう”勝手”で負ったものなのかな」

 

「まぁ、そんな感じです。皆みたいに強くは無いですから、どうしても体に傷は残ってしまいますね。

 凪……楽師みたいに誇れる傷じゃないですよ」

 

「ふーん……なるほどな」

 

一人でうんうんと頷き、何やら納得しているようだった。

 

「確信を得た。

 女からすれば、貴方はとても魅力的だ」

 

「……はい?」

 

いきなり、一体なんの話だ?

全く変わった話の流れに、少し混乱した。

 

「当然でしょう。

 強く、優しく、真っ直ぐで、そして”天の御遣い”という謎に包まれている。

 謎がある人間は怪しまれる事が大半だが、しかし貴方の人柄を知れば、その謎もたちまち魅力に変わる」

 

「はぁ……」

 

「少なくともここに居る女子(おなご)達は、皆貴方を慕っているでしょう」

 

「まぁ、信頼はしてくれていると思いますけど」

 

「そうではない。女として、貴方に惹かれているだろうという事です」

 

「皆がですか?それはいくらなんでも。

 大体俺がいつか居なくなることは皆に伝えてありますし、俺がここに来てから彼女達には迷惑かけ通しですよ」

 

それに華琳の目が届かない場所で色恋なんてしようものなら口にするのも恐ろしいような仕打ちが待っている事は間違いない。

 

「ふふ……まぁ、そんなところもまた魅力なのだろうな……」

 

それからまた無言になり、ゆっくりと湯に浸かった。

しばらくして、

 

「さて、私は上がるとしよう。貴方と話をしておきたかっただけだしな」

 

「あ、はい。俺はもうちょっと浸かっていくんで」

 

「そうか──時に北郷殿」

 

「はい──うお!?」

 

すっかり油断していたからなのか、馬騰さんがすぐ目の前まで迫っていることに気付かなかった。

そのままずいっと顔を近づけ、

 

「”この手の届く場所に居る人を、全力で守る”

 ……その言葉に、あの場に居たどれほどの者が胸を打たれたことでしょう。

 その”勝手”を行ってきた貴方が言い、その”勝手”を見た者がいればそれは尚更だ」

 

そう言いながら、馬騰さんは俺の手を救い上げ、両手で包んだ。

 

「はぁ」

 

「その場に居たのが娘でなく私だったとしても、飛び出したことでしょう。

 我が真名は椿という。どうか受け取って欲しい」

 

では、と言い残し、馬騰さんは風呂から上がっていった。

 

……?俺が言ったのか?それ。

あれ、ていうかさらっと真名預けられたけど……今度から呼んでいいのかな、俺。

やばい、結局あの人が何を言いたかったのか全くわからん。

 

「あ!ちょっと待った!」

 

「ん?どうかされたか?」

 

風呂場を出ていこうとしている馬騰さんを寸前で呼び止めた。

この人の体を見た時から思っていた事がある……いや、やましい気持ちではなく。

 

「近いうち、貴方を医者に連れて行きます」

 

「……本当に、貴方は天から遣わされた者のようだ」

 

そう言い、馬騰さんは風呂場から出て行った。

さっき手を握られた時、周瑜さん程ではないにしろ、何かしらが体を蝕んでいる事はすぐに解った。

体調だって悪かったはずだ。

だというのに、無理を押してまでここへ来て、俺と仕合いをした。

それくらい、自分の全てを預けようとしてくれたって事に、応えたい。

 

 

 

……それにしてもこの世界の人って一定の歳まで行ったら外見が変わらないのですか?

どう見ても20代、高く見積もっても30代前半にしか見えないんですけど馬騰さん。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

 

ところどころ「?」って場所があってもこれは外史での出来事なのでスルーしてください。

馬騰さんが脳筋風味なのもそのためです。

それにしても自分でも驚きの間隔で出来ました。

しかし次は毎度の事ながら未定です。

 

 

 

追記

 

コメントありがとうございます。

ご指摘頂いている吊し上げの部分というのは出だしのところでしょうか?それとも翆達が謝っているところでしょうか?

前者であるのであれば、恋姫をやっている人ならば”あぁこの流れね”って冗談な雰囲気を感じて欲しかったのですが、それが伝わらなかったのであれば残念です。これは私の表現不足でした。

もし後者であるのなら、一刀は誰にやられたのかを聞かれただけで、翆たちのように正座もしていなければ謝ってもいません。どちらとしても私の文才の無さが致すところです。申し訳ありません。

 

同行条件というのは、一刀が消えるまで、彼が精一杯手伝う、と言ったことでしょうか。

それとも大将は桃香で自分はあくまで肩書を貸して立ち上がるのを手伝うと言ったところでしょうか。

自分で書いているのにわかっていなくて申し訳ありませんが、彼は彼なりに、彼女らは彼女らなりにお互いに接しているように書いているつもりです。

名目上の大将は桃香がやるが、自分達は一刀を主人だと思って行動するとも書いております。

先の事はこれから書いていくつもりなのでわかりませんが、こういった時系列や流れ以外に不自然な箇所があればバンバン指摘してやってください。そういった箇所をなるべくなくしては行きたいと思っていますが、どうしても素人なもので出てきてしまいます。

コメント欄で返信をしたかったのですが、文字制限があるためこちらでかかせていただきました。

 

投稿間隔が空いているにも関わらず、見て頂けて嬉しく思います。


 
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