No.677492

戦国†恋姫~新田七刀斎・戦国絵巻~ 第5幕

立津てとさん

どうも、たちつてとです
長尾家は戦恋でも特に好きな勢力ですので、書いてて楽しいです



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2014-04-09 04:03:52 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:2541   閲覧ユーザー数:2266

 第5幕 越後の龍

 

 

 

 

 

 

既に日は沈み、月明かりが京の町を包み込む。

この地を統治する室町幕府の御所ですら油代を節約しているのだが、ある通りだけ松明の明かりが辺りを赤く照らしていた。

 

対峙する1組の男女と、それをどこからか持ってきたのか松明を持ってナイターのようにしながら囲むチンピラの男達。

 

「いいぞー兄ちゃん!」

「誰だか知らねぇがあの女やっちまえー!」

 

銀のツインテールをなびかせる女性と、多くの刀を持つ男。共通点といえば顔に笑みを浮かべていることだ。

2人を見て、周りを囲うチンピラたちは固唾を飲んだ。

 

「誰よ、アンタ」

 

女性が刀を構え、男に向ける。

七刀斎は小刀を拾い鞘に納めると、今度は背中の長刀を抜き、構えた。

 

「新田七刀斎・・・テメェの鼻っ柱を折る奴の名前だ」

「ふぅ~ん、私はねぇ・・・」

 

女性は刀を構え、低く姿勢をとる。

 

「長尾美空、景虎よッ!」

 

その一瞬後、バネのように跳んだ彼女の刀は七刀斎の首筋を完全にとらえていた。

 

(殺ッた・・・ッ!?)

 

「ほーう長尾景虎か・・・なら飽きるこたぁねぇな」

 

七刀斎は脇差で美空の刀を防いでいた。

 

「脇差で私の刀を止めるなんて・・・やるわね」

「なぁに、簡単だッ!」

 

脇差を逆手に持ち、景虎に斬りかかる。

しかし美空は軽々とそれを避けた。

 

「いいじゃない!今は秋子もいないし、好き放題暴れさせてもらうわ!」

 

2人の刀が再度交差する。

実力は拮抗しているように見えたが、様々な刀を使う七刀斎に美空は一瞬怯むこととなった。

 

その隙を、七刀斎は見逃さない。

 

「もらった!」

「甘い!」

 

七刀斎が突き出した刀をいなし、美空が斬りかかる。

彼女の斬撃は七刀斎の防御の間を縫い、彼の二の腕を捉えた。

 

「グッ、やるじゃねぇか・・・」

 

傷が深いのか、顔を顰める七刀斎。

 

「どう?今降参すれば土下座で許してあげるけど」

 

勝ち誇った笑みを浮かべる美空に対し、七刀斎もまた、笑顔を見せた。

 

「終わりだ・・・?」

「そうよ、終わりよ。あなたは負けたの」

「・・・ハハハッ」

 

思わず七刀斎は声を出してしまった。

美空はその笑い声の理由を聞こうとしたが、その間もなく七刀斎が動いた。

 

「終わりなわけ、ねぇだろ!!」

「なッ!?」

 

長刀を納めた七刀斎が刀で下から美空を斬り上げる。

突然の攻撃に、美空は思わず後ろに跳んだ。

 

「油断したなぁ雑魚が!」

「なんですってぇ・・・!」

 

素早く体勢を立て直し、七刀斎を見るべく正面を向く美空。

しかし、彼女の視線の先にその姿は無かった。

 

「消えた?」

「遅せぇッ!」

 

七刀斎の声が後ろから聞こえてくる。

 

「クッ・・・!」

 

咄嗟に後ろを向くと、すぐ目の前には七刀斎の姿があった。

 

七刀斎が両手に持った刀を一気に振り下ろす。

美空は刀を横向きに構えることでその攻撃を辛うじて防いだ。

 

「なんて速さなの・・・!」

「良い反応だなぁ、女!」

「ッ!長尾景虎よ!!」

 

七刀斎の言葉にムッと来た美空は腕に力をこめ、2本の刀を押し返した。

お互いに後ろに跳び、距離を取る。

 

「そうこなくっちゃな!」

 

刀を納め、嬉々として長刀を構える七刀斎。

対して美空の表情には驚きの色があった。

 

「ん?ぁ、あああぁぁ~!!」

 

一気に涙目になり、手に持った刀に顔を近づける。

見ると美空の刀の刃はボロボロで、鍔や柄の装飾に似合わない物となっていた。

 

「わ、私の刀がぁぁぁ!幕府から無理矢理うばっ・・・譲り受けた大事な刀がぁぁぁぁぁぁぁ!!」

『な、なんだぁ?』

「・・・そういや長尾景虎は刀コレクターで有名だったな」

 

狼狽える美空を見て呆れたようにため息を漏らす七刀斎。

美空はひとしきり騒ぎ終わると、恨めしい目を目の前の男に向けた。

 

「ゆ、許さない・・・許さないわ、新田なんちゃら!!」

 

美空は刀を鞘に納めて地面に叩きつけると、七刀斎をキッと睨みつけた。

 

「もう謝っても許してなんかあげない!あんたはあの星のお仲間になるのよ!」

 

美空が遥か上空にある星々を指さす。

その目は少しだけ悔し涙に濡れていた。

 

それと同時に、美空の体を先程の白いオーラが包み込む。

 

「お、おいアレ・・・」

「ああ、なんかヤバそうじゃないか?」

「に、逃げろぉ~!」

 

美空のあまりの迫力に押され、チンピラたちが我先にと松明を投げ出して逃げ出す。

2人だけとなった通りを、地面に落ちた松明の火がパチパチと照らす。

 

「私を怒らせたことを後悔しながら死になさい!長尾家お家流・・・」

 

『お、おい。なんかヤバそうじゃないか?』

「何言ってやがる。これからが面白いんじゃねぇか」

『どんな技か知らないけど絶対避けろよ!俺はまだ死にたくない』

「心配すんな、俺は負けねぇ」

 

七刀斎は最初から変わらない不敵な笑みを浮かべて美空を真正面から捉えた。

 

「三昧耶曼荼羅!!」

 

その言葉と同時に、美空の周りに5人の人影が現れる。

それらの人影は1人1人特徴を持ち、美空を守るように囲んでいた。

 

『あ、あれは一体・・・』

 

七刀斎の表情は変わらない。

 

「慄きなさい、護法五神に対峙したことを。そして誇りなさい、護法五神に命を奪われることを!」

 

美空は高らかに勝利を宣言する。

しかしそれでもなお、七刀斎の表情は揺るがなかった。

 

「なるほどな、護法五神ね・・・」

『知ってるのか?』

「人から聞いた話だがな。広目天、多聞天、持国天、増長天という護法神四天王に帝釈天を加えたものを確か護法五神っていったような」

『ええっ!それって結構有名な神様たちじゃねぇか!』

 

いずれも剣丞が1度は耳にしたことのある神々の名前だった。

 

「あの技・・・なんだかわからんがおもしれぇじゃねぇか・・・!」

 

七刀斎は長刀を両手で持ち、剣道のように構えると真っ直ぐに美空を見据えた。

 

「ふぅん、この技を見てもなお逃げないその度胸だけは買ってあげる。でもこれで終わりよ!」

 

美空が振り上げていた手を七刀斎に向け、指をさす。

 

「行きなさい護法五神!あのにっくき男を討ち取り、私に勝利を――――」

 

美空の号令を受け、臨戦態勢を整える護法五神。

今まさに七刀斎に襲い掛かろうとする、その時だった。

 

「ちょおっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっす!!」

 

 

 

突然の水入り。

その声に美空も、七刀斎も動きを止めざるを得なかった。

 

「この声・・・」

 

美空が目に見えて嫌そうな顔をする。

通りの向こうから聞こえてきた声の主は、今まさに2人――美空に向かって駆けてきていた。

 

「やっぱり柘榴・・・何をしに来たの?私は今この不届き物を葬ってやろうとしてたとこなんだけど」

「何が葬るっすか!町中で三昧耶曼荼羅なんてしたらこの辺一帯が吹っ飛ぶすよ!足利との関係を破滅に追い込みたいんすか!?」

 

柘榴と呼ばれた女性はプンスカという音が聞こえてきそうな程怒っていた。

 

「まったく、今回は秋子がいないからって調子に乗りすぎっす!帰ったら叱ってもらうっすからね!」

「なによ、あんただっていつもは乗り気のくせに!」

「今は場合が違うっすー!柘榴激おこっすよー!」

「わ、わかった。わかったわよ。止めればいいんでしょ止めれば!」

「わかればいいっす」

 

柘榴の勢いにたじたじになった美空は、素直に護法五神を戻した。

 

「あ?なんだやらねぇのか?」

「ええ、本当に、本ッッ当に不本意だけど止めてあげる」

「ヘッ、ビビってんのかー?」

「ぬわぁんですってぇ!?」

 

再び白いオーラを出す美空。

 

「だーだー!御大将やめるっすー!そこのお兄さんもこれ以上御大将を刺激しないでほしいっす!」

「ヒヒッ、わぁーったよ」

 

爆発寸前な美空を抑える柘榴を見て、七刀斎は剣を納めた。

 

「興が醒めたな。後は任せたぜ剣丞」

 

七刀斎は目を閉じると、バタリとその場に仰向けに倒れた。

突然のことに驚き、美空と柘榴が彼の下に向かう。

 

「ちょ、あんたどうしたのよ!?」

「大丈夫っすか?」

 

上から覗き込んでくる2人に対し、剣丞は1つの言葉しか発することができなかった。

 

「は、腹減った・・・・・・」

 

 

 

 京の町 長尾家宿泊所

 

「まったく、こんな男を拾ってくるなんて・・・我ながらどうかしてるわ」

「コイツ・・・誰?」

「なんかわからないけど、御大将が負けそうになった人っす」

 

負けてないわ!と言う美空を尻目に、傷の手当を受けた剣丞は1人遅い夕食をガツガツ食べていた。

 

(京は薄味っていうけど・・・ホントに薄いな。ただケチってるようにしか思えない)

 

現代や堺の食文化に慣れていた剣丞にとって、京の料理の味付けは物足りないものだった。

 

「で、新田なんたら」

「剣丞だ」

「あら、さっきは別の名を名乗っていたじゃない」

「アレはなんていうか・・・そう、通り名だ」

「なるほど・・・7本の刀を使うから七刀斎と号してるわけね」

「ちゃんと覚えてるじゃないか・・・」

 

ここで美空はひとつ咳払いをした。

 

「さっきも言ったけど、私は越後領主、関東管領長尾景虎。通称は美空よ」

 

凛とした声で自己紹介をする美空。

それに続いて隣で控えている2人も名を名乗る。

 

「申し遅れましたっす。柘榴は柿崎弥次郎景家、通称は柘榴っす!お見知りおき願いますよ、お兄さん」

「甘粕景持、通称松葉・・・終わり」

 

3人の自己紹介に釣られ、剣丞も慌てて名を名乗った。

 

「あ、俺は新田剣丞だ。新田でも剣丞でも好きな方で呼んでくれ」

「じゃあ新田さんっすね!」

「新田・・・」

「そう、ところで剣丞」

 

自己紹介も終わったところで、美空は早々に剣丞に尋ねた。

 

「さっきのあんたは何?」

「えっ、な、何って?」

「とぼけないで。私と戦ってた時のあんたと今のあんた、まるで別人じゃない。剣を抜いたら性格が変わるの?」

「うわ、二重人格っすか・・・」

「危険人物・・・」

 

3人にドン引きされた目で見つめられ、たじろぐ剣丞。

 

「いや、そういうんじゃなくって・・・なんというかだな」

「じゃあ何よ」

「・・・・・・秘密だ」

 

さすがに自分の中に七刀斎という人物がいて本当に二重人格だと言う訳にはいかない。

まだキ●ガイ扱いされたくないのである。

 

「はぁ?何よ秘密って!助けてやったんだからその恩に報いなさいよ!」

 

回答に納得のいかない美空は剣丞の胸ぐらを掴んで激しく前後に揺らした。

 

「ば、バカ!出るっ出ちゃう!お口からリバース&リリースしちゃう!」

 

剣丞の死にもの狂いの抵抗のかいあって、なんとか胃からの逆流を防ぐ剣丞。

 

「あ、危なかった・・・本当に言えないんだ!恩に報いろというなら他の事で返すから!」

「ふぅん、他の事ねぇ・・・」

「ああ、他の事ならなんでも・・・」

「ふぅぅぅぅん!何でもねぇぇえぇ!?」

 

言った後で後悔した。

剣丞はこの目を知っている。

姉たちもこの目をするときには大抵無理難題が押し付けられるのだ。

 

「あ、やっぱ今の――」

「なら、ウチに仕官しなさい」

 

その提案は、唐突であった。

 

「・・・・・・え?」

「えええええぇぇぇぇぇーー!?」

 

あまりに突然なことに言葉が出ない剣丞の横で、柘榴が大声をあげる。

 

「柘榴、うるさい」

「そうよ。どうしてあんたが驚いているのよ」

「いや、なんかここは柘榴が盛り上げた方がいいかなって思ったっす!」

 

まるで漫才のようなやりとりを前に、剣丞は必死に美空の言葉の裏に隠された真意を見抜こうとしていた。

 

(何でさっきまで殺し合いをしてた奴に仕官をすすめるんだ?味方のフリしてグサーか?)

 

その考えを読んだかのように美空が言う。

 

「別に変な理由は無いわ。わざわざ京まで来て公方に挨拶してやったんだから、いい手土産がないか探してたところだし」

「手土産って・・・」

「あんたの能力は買っているのよ?いくら手加減・・・手・加・減していたとはいえ私に最終奥義を出させるくらいですもの」

 

「御大将、立ち合いで負けた?」

「違うっす。負けてはなかったけどかなり危なそうだったっす」

「そこ!聞こえてるわよ!!」

 

ヒソヒソ話をしていた柘榴と松葉にキツい叱咤が飛ぶ。

 

「とにかく!あんたみたいな笑って殺し合いをするような戦闘狂を野放しにしてたら、日の本の民が夜歩けないでしょ!」

「俺は妖怪か!」

 

あまりにも理不尽なことを言われ、つい反論するも、美空の言うことに間違いはなかった。

 

「それに、堺から来たってことはあんた東に行く予定だったんでしょ?ここであんたを逃がして、もしあの甲斐の足長娘の戦力が増えたりしたら厄介だし・・・」

「足長娘?」

「ッ何でもない!で、どうなのよ。受けるの、受けないの?」

 

理由はわかった。

となると後は剣丞の返答次第だった。

 

「・・・・・・悪いけど、断るよ」

「ふぅん、なんとなく予想してたけど・・・理由を聞いてもいいわよね?」

 

美空は残念そうな顔を見せないように髪で隠しながら尋ねた。

 

「俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ」

「やらなきゃいけないこと?」

「ああ・・・この日の本を回って、乱世を鎮める。それが俺の・・・役目な気がする」

 

役目という言葉にしっくりくるものを感じた剣丞は続ける。

 

「俺はこの世界に来て、堺から京までのことしか知らない。もっと見聞を広めるべきなんだ」

「この世界?一体なんのことよ」

 

聞かれて剣丞はしまったという顔をした。

実は違う世界から来たなどということを言うくらいなら二重人格だと言う方がマシなくらいなのだ。

しかし、1度口から出てしまった言葉はある程度の意味を持つ。

剣丞の放った言葉の意味を、美空たち3人は知りたがっていた。

 

「じ、実は・・・」

 

剣丞は未来から突然この時代に来てしまったということを告げた。

 

「っぷ、プーッフッフッフ!新田さんッ、つくならもっとマシな嘘をつくっすよ!プフーッ!」

「・・・新田、不思議ちゃん?」

「反論できないけどやめて!」

 

柘榴と松葉の反応は、概ね予想通りだったので心的ダメージは少ない。

しかし予想外だったのは美空の反応だった。

 

剣丞の話を笑い声ひとつあげずに真面目に頷いて聞いていたのだ。

美空は少し考える素振りを見せると、やがて口を開いた。

 

 

 

「・・・剣丞、田楽狭間の天人の話知ってる?」

「ん?まぁそれなりには・・・」

「そう・・・剣丞、越後は土地も痩せてて交通の便も良いとは言い切れないわ。尾張や堺が羨ましいくらい」

 

美空がいきなり何を話し始めたのか、剣丞は不審に思いながらも止めることなく聞いた。

 

「でもそれなりに情報収集はしてるつもり。そしてね、中にはこんな情報もあるの」

 

柘榴と松葉も聞くのは初めてのようで、静かに美空の話に耳を傾けている。

 

「田楽狭間での勝利後、織田信長がその現れた天人を婿にしたって」

 

それを今話して何になるんだと尋ねたくなったが、真剣な美空の目を見ていると邪魔できなかった。

 

「そして、その婿の名は・・・新田剣丞」

「「「ッッ!?」」」

 

3人が全員、驚きを顔に貼り付ける。

 

「最初はただの同姓同名かと思ってたんだけど、今のあんたの話を聞く限りでは、あんたと織田の新田剣丞の間に関係性が無いなんて思えないのよ」

 

美空がズイッと顔を近づけてくる。

その整った顔立ちに見とれる前に、剣丞は気圧されてしまっていた。

 

「あんた、何者?」

「俺は・・・・・・」

 

何者なんだ?

自分をうまく説明できる言葉がない。

 

「あんたの目的は?どこかから差し向けられた刺客なら、さっき私に戦いを挑んできたのも自然だし」

「俺の目的はさっき言った!」

「そう、あとそれ以上に大切なこと。別人なのか本人なのか影武者なのか・・・いずれにしろあんたの返答次第でこの刀の行き先が決まるわ」

「ッ、俺の刀を・・・!」

 

剣丞の首筋には、いつのまに抜いたのか剣丞自身の刀が当てられていた。

 

「ちょ、ちょっと御大将!?何してるんすか!」

「黙ってなさい!飯時だからってその辺に放っておく方が悪いのよ。それで、どうなの?」

(どうする・・・?)

 

下手に嘘をついてもこの物知り少女のことだ。すぐにバレて斬られるだろう。

ならばどうするか。

おぼろげながら、剣丞の中で答えは決まっていた。

 

「・・・わからない」

「は?」

「わからないんだ。田楽狭間の天人の事は知ってたが、ソイツの名前とか、織田とどうなったとかも今知ったし、何よりソイツが誰なのかすらもわからない」

 

美空は刀を動かさないままだ。

 

「・・・それで、どうするつもり?自分はその新田剣丞とは無関係だから見逃してーって?」

 

氷のように冷え切ったその眼を前にして、剣丞は一瞬目の前にいる人物が先程まで騒いでいた美空とは別人のような錯覚を覚える。

 

「そう言うしかない。本当に知らないんだ!」

「そう・・・」

 

ググッと首に金属が当たる感触。

 

「じゃあもう一度聞くわ。あんたは何者?」

 

剣丞は言葉を選び、言い方を選んだ。

そして、自分を見つめた。

 

「俺は・・・俺は新田剣丞だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただそういう存在なんだ」

 

本音を言うと、未だに自分が見えない。

田楽狭間の新田剣丞が本物なら自分は偽物?いや、向こうが偽物なのかもしれない。

それとも両方本物か・・・

答えは見えないがこれだけは言えた。

 

「俺は俺だ。他の誰がどうだなんて知ったことか」

 

氷のような眼を見つめながら言い放つ。

 

「・・・・・・ふぅん」

 

剣丞は首に当たっている刀がスウッと引かれていくのを感じた。

 

「美空?」

「ならいいわ。信じてあげる」

「本当か!?」

「ええ」

 

美空は今までの冷たい眼が嘘のような笑顔で、刀を鞘に戻して剣丞に返した。

 

 

 

「よかったっすねー新田さん。御大将に信用されたみたいっすよ」

「信用?」

 

首に傷がついてないか見ていた柘榴が剣丞に耳打ちする。

 

「はいっす。御大将、昔から信じるときはとことん信じて疑う時は冷徹に・・・人は愛が深く憎も深いと評価したっす」

「そ、そうなのか・・・」

 

美空は大きなため息をついてから再度剣丞を見た。

 

「剣丞、話の続きよ。ウチに仕官しなさい」

「えっ・・・?」

 

既に1度断った話だと剣丞は油断していた。

 

「さっきも言った通り、長尾家はそれなりに情報収集ができるわ。1人で各地を回るよりよっぽど効率的よ」

「確かにそうだけどさ・・・」

 

美空からの提案は剣丞にとって間違いなく良いものだった。

 

「それに、私たち長尾家はあんたを信用してあげる。どこの馬の骨ともわからないあんたをね」

 

ある意味、問題はそこだった。

いくら各地を回って見聞を広めたとしても、乱世の鎮圧は1人ではままならない。

ならば放浪の後、適当にどこか強い所に仕官しようかなというのが剣丞の考えでもあった。

 

だが田楽狭間の天人である織田の婿の新田剣丞の方が有名ならば、自分はただの経歴の怪しい男になってしまい、仕官は難しくなる。

 

更に美空は剣丞だけに聞こえる声で言った。

 

「それに、あんたの中にいる修羅もね」

「ッ!何で・・・」

「気づかないとでも思った?」

 

美空は最初に通りで出会った時と同様不敵な笑みを浮かべた。

 

「俺は・・・」

 

今だけで何度目になるのかわからない言葉を口にする。

 

「柘榴も新田さんなら大歓迎っすよ!なんか楽しくなりそうっす。ねぇ松葉?」

「どっちでもいい・・・」

「ちょ、そこは嘘でも嬉しいって言う所っすよ!」

 

手を取ってよいのだろうか。

剣丞は自分の手と美空の手を交互に見つめる。

美空もそんな剣丞の視線を察したのか、彼に向かって手を差し伸べた。

 

「ほら、来なさいよ」

 

眼は逸らされていたが、彼女の細い腕だけは真っ直ぐこちらを向いていた。

剣丞はその手を取ろうとし――

 

 

「わかったっすーーーーーーー!!」

 

それを横にいた柘榴に邪魔された。

 

「な、何してんのよ柘榴!」

「御大将、この柿崎景家・・・謎をすべて解いたっす!」

「はぁ?謎って何よ」

「ズバリ、色仕掛けっす!!」

 

今度こそポカンとなる美空と剣丞。

柘榴は嬉々として話し、松葉は我関せずといった感じでお茶を飲んでいた。

 

「い、いいい色仕掛け?」

 

あまりの脈絡の無さに剣丞の方がどもる。

 

「そうっす!ここまで説得してもなお断る、ということはやっぱり新田さん・・・あんたも好きっすねぇ」

「何がだよ!?」

「ここはおっぱいのひとつでも触れば、今までのちっぽけな悩みは吹っ飛んで御身は長尾家の物になるっすよ!というわけで早速美空様のを」

「何で私がこんな奴に胸を触らせなきゃいけないのよ!」

 

自分の胸を両手で隠しながら睨みつける美空。

 

「それなら松葉のを触らせればいいでしょう!」

「松葉は絶対嫌って言うし「嫌」ほら、それに触るなら御大将のが良いに決まってるっす!」

「私だって絶対嫌よ!というか柘榴、あんた私より大きいもの持ってるくせに何で自分のを使わないのよ!」

「えーだって、柘榴のなんて触っても楽しくないっすよー?」

 

柘榴は自分の胸をふにふにと触ってキョトンとしていた。

 

「ムキー!なにその言い方、見下してんの?えぇッ!?」

「・・・柘榴、新田にも聞いてみよう」

 

意外な松葉の提案に、柘榴は身体ごと剣丞の方を向いた。

 

「新田さんは柘榴の胸どう思うっす?」

「え、ええっと・・・どうって」

 

いきなりお鉢が回って来た剣丞はそっぽを向きながらチラチラと柘榴の胸を見た。

元々露出の高い服を着ているため、引き締まった健康的な体に付属するそれは人一倍の大きさが強調されている。

 

「触ってみたいっすか?」

「さ、触って?そりゃあ触れるなら触ってみたいけど・・・」

「本当っすか!?じゃあ早速触ってみるっす」

「えぇっ今!?」

 

考えてみればこの3人とは今日が初対面なのだ。

ここであまりに酷いことになると、最悪首を斬られてもおかしくない。

 

(冷静になるんだ剣丞、クールダウン・・・)

「ええいまどろっこしいっす!」

「え?ってあぁッ!」

 

剣丞が思案していると、柘榴は彼の腕を取り、自分の胸に押し当てていた。

 

「えええぇぇぇぇーー!!?」

「んっ・・・どうすか?仕官するんすか?しないんすか?」

「し、しますします!させていただきますー!!」

 

だから放してー!と剣丞が懇願すると、柘榴は素直に手を放してくれた。

 

「やりました御大将!新田さんの登用に成功したっす!」

 

喜びを体全体で伝えながら報告をする柘榴。

しかし美空は、そんな話を聞いていなかった。

 

「けぇ~ん~すぅ~けぇ~!」

「ひっ、み、美空?」

 

怒りに満ちた美空の接近が、剣丞には悪鬼が近づいているように見えた。

 

「私の再三の説得は無視して柘榴の胸を揉んだら了承するってどういうこと!?」

「い、いや違うんだこれは・・・ってか揉んでない押し当てられただけだ!」

 

「えー新田さん、ちょっと指動かしてたっすよ」

「新田、スケベだ」

「そうっすねぇ・・・あっ!新田さんはこれからスケベさんでどうっすか?」

「賛成。スケベスケベ、新田のスケベ」

 

外野のスケベコールを受けながらも、剣丞は今度こそ命の危険を感じた。

 

「そこに直りなさい剣丞!やっぱり私があんたの首を刎ねてあげるわ!」

「ひいいぃぃぃーー!」

「頑張って生きるっすよースケベさん」

「頑張れスケベ」

 

こうして剣丞は京の都で、就職先と屈辱的なニックネームを獲得したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

新田剣丞(七刀斎)が使う刀まとめ

 

・長刀x1 装着場所:背中

一般的な刀の1.5倍ほど長く、主に七刀斎が好んで使う。その長さと重さ故に使い手を選ぶが、七刀斎は慣れた手際で軽々と使うことができる。

 

・刀x2 装着場所:両サイド腰(下)

一般的な形の刀。剣丞が良く使う。

 

・脇差x2 装着場所:両サイド腰(上)

一般的な脇差の形をしている。用途が広く、小回りが利くので剣丞、七刀斎共によく使う。

 

・小刀x2 装着場所:腰後部

刃渡り20cm程の小さな刀。主に投げナイフの要領で使われる。

 

 

いずれも鞘を含め強度が高く、切れ味もとんでもないので絶大な攻撃力を誇る。

 

 

 

 

早くも就職が決まってしまった剣丞君ですが、そこは北郷の血。

あっちへホイホイこっちへホイホイさせたくあります。

いつもご閲覧、ありがとうございます。

 

立津てと


 
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