その日、ルディはとても頭を悩ませていた。
ここ数日、花粉が飛び交っていて頭がボーっとしたり、鼻水が止まらなかったりすることが原因ではない。
最近は好天続きで、春陽があまりにも気持ちよく降り注ぐせいで、眠くなることが原因でもない。
原因は彼の主人、リーザである。
吸血鬼であるリーザが、館のある森に迷い込んだルディを保護してから早数週間。
メイド服が似合うという理由で、男なのにメイド服を常時着せられ、強制的に従者扱いされているルディであったが、ここの生活にも段々と慣れてきていた。
(ボク、少しは強くなれたかな……)
見た目が女子っぽいという容姿や、何事にも流されやすい弱い性格にコンプレックスを抱えていたルディにとって、それは少しだけ喜ばしいことであった。
それでも、まだまだ慣れないことも多くある。
その1つが、リーザの突然の命令である。
「おんし、明日の夜は茶会の用意をせえ」
昨日の朝食中、いつものように黒のタキシードを着たリーザが、冷たい目線をルディに向けながら放った一言が、これであった。
突然茶会といわれても、その手のたしなみが全くないルディにとって、それは困惑するもの以外何物でもなかった。
相談する相手はいない。 知識もない。
言い出した本人に聞いても「それはおんしの考えることじゃ」と言うだけで、全くヒントにもならない。
いっそのこと、吸血鬼の弱点をついて倒してしまう、という思いもわずかにあるのだが。
しかしリーザは、吸血鬼なのに陽の中で普通に活動もできれば、にんにくも大好物という変わり者であった。
それに、もしそのような不穏な動きを見せれば、「おんしの血でわらわの自慢の銀髪を赤く染める時が来てしまったようじゃの」くらい言われかねず、間違いなく実行に移される。 すなわち、今の彼にとって、その行動自体が自らへの死刑宣告そのものに他ならなかった。
(あのヴァンパイア……いつもいつも無茶なことばっかり言いやがって……!)
ルディは心の中で舌打ちする。
しかし、文句を言ったところで事態が好転するわけではない。
とりあえず、ルディは自分が知っている限りの『茶会』というものをイメージしてみた。
「茶会、だからお茶は必要かな……あとは……甘い物?」
ルディは思考を巡らせる。
お茶は幸い、ハーブティーのストックがある。
甘い物についても、昨日収穫した果実があった。
だが果たして、本当にそれだけで大丈夫だろうか?
「……まぁ、多分、大丈夫……だよね……」
最後は自分に言い聞かせるように、ルディは呟いた。
そして時は流れて夜。
陽は落ち、かわりに星空に浮かんだ月光が、地上を優しく照らす。
風がないため、森の木々も静かだ。
ベンチやテーブルを館から引っ張り出してきたルディは、その上に大きな布をかぶせ、そこにティーポットやらティーカップや皿や果実を乗せて、即席の茶会の準備をした。
(何とか間に合った……)
ルディはほっと溜息をつく。
「ほう。 ちゃんと準備はしておったようじゃな。 感心感心」
そこへリーザがやってきた。
銀髪が月光に照らされ、一段と冷たい妖艶さをかもしだしている。
ルディは一瞬悪寒に襲われたが、普段通りに振舞った。
「はい。 リーザ様のご命令通り、茶会の準備をさせていただきました。」
「うむ」
リーザは満足そうに頷くと、ベンチに腰掛ける。
ルディはティーポットを手に取ると、ゆっくりと傾けてティーカップへ注ぐ。
リーザは注がれたカップを手に取り、口元に近づけた。
「ほう……ハーブティーか」
「はい。 今日みたいに、月がきれいな夜はこのようなハーブティーがいいかと」
「ふむ……」
リーザはティーを口の中に一口分流し込み、カップをテーブルの上に置く。
「……50点」
そして、率直な感想を述べた。
「ダメ、ですか……?」
ルディは恐る恐る、リーザに尋ねる。
「香りは申し分ないが、いかんせん色が、な。 わらわの好きな赤ではないのでのう」
「…………」
それって血の色だよね、という言葉をルディはぐっと飲み込む。
「それに、焼き菓子がないではないか。 焼き菓子の無い茶会など、茶会ではないわ」
そして不満そうに、果実を口にした。
(だったら自分で用意してよ!)
ルディは心の中で叫ぶ。
しかし、リーザはそんなルディの心の叫びを察知してか、フッと笑った。
「まぁ、初めてにしては上出来じゃ。 とりあえず及第点じゃな。 それに……」
そして、ルディを見る。
「今のわらわのごちそうは、おんしじゃからな」
そして口を開き、鋭く尖った牙をルディに見せつける。
「ハ、ハハハ……」
ルディは青ざめながら、力なく笑うしかなかった。
そして――
ルディはその晩、一晩中悪夢にうなされることになるのであった。
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自サイトで掲載している小説「プルーム森の吸血姫」の番外編のストーリーになります。
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