羽毛のように柔らかく軽やかな雪が大地に優しく触れ、お白粉を土気色の彼女の肌に塗した。
降りしきる雪は離れ離れだった大地と青空の手を握らせ、埋葬した。
これはAたちが中学生だった頃の話である。
全てが純白の雪に埋もれてしまった。
全てが雪という名の棺桶に放り込まれ、真実もまた雪に埋もれてしまった。
その日は卒業生であるIが教育実習生として数年ぶりに母校に舞い戻ってくる日であった。
一名を除いて生徒たちは給食や集会で使用される教室二部屋分の正方形のホールに集められ、1年生は前の列,2年生は真ん中の列,3年生は後ろの列というように学年ごとに「一」の字型の机に座らせられていた。
檀上に立つLは生徒の前で自己紹介をしたが、緊張のあまり呂律が回っていなかった。
その際、生徒たちは学年毎、机毎、近くの者と「実習生は美人だ」「彼氏はいるのか?」など年相応の議論に花を咲かせていた。
最近の改修工事によりホールは一面がガラス張りになっており、ガラスを額縁にし、
銀世界を鑑賞することができた。
対照的に、黒ずみ、時間の流れを感じさせる木造の床にはなぜか一切の手が加えられなかった。
ガラス越しに見る雪景色は、床の穢れた黒とその穢れを包み隠す雪の純白とコントラストにより、オセロを想起させ、その鮮烈さに観る者の網膜を刺激した。
実習生に興味を持たない少数派であったAはこの風景画に題名を与えるべきか否か逡巡していた。
絵画に題名をつけることは絵画の歴史という長期的な目線に立てば近代以降の奇習であるため中止すべきなのか?と悩んでいた。
題名など些末な話だと結論付けたAは、この景色を記憶に焼き付けることにした。
そのために席を立ち、風景がはっきりと見える後方へと足を向けた。
皆Aに少し視線を向けても、いつものことなので大半は視線を戻し、談笑を再開した。
物好きな連中やナゼかAに懐いている後輩はAの下へ行って何があったのかを彼に尋ねたり、雪景色に見とれる者もいた。
Lもまた雪景色に見とれていた。
ここでもう少しだけホールについて説明する。
ホールが位置するのは一年生の教室がある一階であり、ホールの真上には保健室があった。
この集会に集まっていない生徒Fは、保健室の窓から物憂げに地面を見下ろしていた。
ガラス越しに見えた実習生にFは少しだけ破顔した。
白粉で化粧した大地はその唇に紅を引き、僕らにそっと囁いた。
しかし、その囁きは決して誰にも届くことはなかった。
何かが空から去来し、砕け散る音とともにガラスを朱色に染めた。
静謐を漂わせる白地のキャンバスは、悲鳴と朱色に塗りつぶされた。
真っ先にLはFのもとへ駆けつけ、もうどこにもない頭部をスーツで包んだ。
Fは新品のYシャツが汚れることなど構わずに傷ついたFを抱きしめた。
Aはこれだけでは足りないと紫のジャージを亡きFに被せた。
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シブのほうでは挙げたのですが、こっちでは忘れてました。