怒気を含む俺様の声にも男は気にした様子も見せず、むしろ俺様の態度から合点がいく顔を向けた。
「ん、ああ。そうか、真田の忍びか」
小さいながらも口角を上げるから、俺様の眉根は歪み、心情を抑えるために奥歯を噛み締める。
徳川家康が俺様に直接何かをしたことはない。今だって、初見でこちらの素性を見破っただけだ。けれどどうしたって、あんたはいつだって、俺様の神経を逆なでさせる。
八つ当たりだって、分かってるよ。
一方で、もう一人の八つ当たり対象である伊達政宗はといえば、まるでこうなる展開を待っていたかのように呟いた。
「どうやら、色んな意味で杞憂だったようだな」
かつての東軍の武将同士は目が合うや、それだけで全てを理解し合う。
徳川家康は、苦笑混じりに息を吐いた。
「本当に、色んな意味でな」
安堵と思える表情に、鼻で笑う独眼竜。二人だけで成り立つ空間に、俺様の、腹の底の暗さが増した。
俺様の胸ぐらを掴んだまま動かない真田の旦那は、今も俯いて顔を上げてくれない。俺様を非難したいのは伝わるけど、発端が俺様ではないことを、二人の空気は証明していた。
「あんたら、真田の旦那に何したの」
不穏な声も何のその、二人は、というより独眼竜はシレッと答えた。
「何もしてねえぜ、なあ」
目配せする相手も、あっさり同意する。
「政宗の言う通りだ。ワシは真田に何もしていない」
多くを語ってほとんどを耐え忍んでいた、あの頃の俺様はどこへ行ったのかね。薄っぺらい笑みに諦めを乗せて、衝動をやり過ごしていた術を忘れたらしい。
俺様は、怒りに色を変えて咎める気で口を開く。
「何もしていない訳ないだろ、むしろあんたがっ」
ところが、俺様の怒りの起点である真田の旦那から横槍を入れられるなんて、想像もつかなかった。
「歯を食いしばれ佐助!」
元・東軍二人に当てていた焦点を旦那に戻す前に、拳が視界を掠めた。
「え、うそ」
覚えのあるフリのおかげか、無意識に舌を噛まないように身構えられたことを、誰か褒めて欲しい。
バキッと、それはそれは見事な拳を頬に食らい、俺様は屋上の地面に沈められた。俺様の体がめり込んだコンクリートから煙が立ったのを、独眼竜は楽しさを露わに、口笛を吹く。
「やるじゃねえか」
徳川の反応を感じないのは、多分驚いているんだろう。立つ煙を伝い、唖然とした空気が流れてくる。
そして、懐かしくも歓迎はし辛い鉄拳をくれた真田の旦那はといえば、俯いていた顔を上げ、俺様を一点に睨みあげていた。
怒っているんだろ、ならどうして、そんなに辛そうなのさ。
「佐助は俺に殴り返す気になるまで、そこで反省していろっ」
旦那は叫び、屋上から出て行った。
破壊されていないのが不思議な程の音を立てて、ドアを閉める。うん、ドアをちゃんと閉めるってことは、衝動だけで殴った訳じゃないのね。
とにもかくにもだ。
「……何この理不尽」
俺様の境遇を嘆くぐらいは許される筈。殴られる覚悟はしていたけれど、やっぱり先に理由を知りたかった。
めり込んだコンクリートに寝そべり、閉まったドアを凝視する。駆け下りた音は聞こえなかったから、まだ旦那はドアの向こうにいる筈。
徳川家康が何をしたにせよ、伊達政宗が何に絡んでいようと、早く旦那の元へ行かないといけない。
だのに起き上がろうとする俺様を制する気か、喜色満面の独眼竜が俺様を見下ろしてきた。
今度は何だと無言で見上げれば、「あいつ追いかけるにしても、理由知ってからでも遅くねえと思うぜ」と、割合まともなことを言う。
それでも真田の旦那を優先するべく起き上がった俺様に、伊達政宗が徳川家康を顎で指す。
「家康は今日から幸村のクラスメイトになる、転入生だ」
「転入生?」
一年と少し通っているから、在校生とは思っていない。真田の旦那が新入生で来た時に、他の一年生でも見かけなかったから、転入生と言われても不思議ではない。
俺様があえて聞き返したのは、他校に入学した男が二ケ月足らずで転入してくる荒業を、この独眼竜が問題なく教えてきたこと。
こいつ、どこまで関わっている?
勘ぐる俺様と同調したいのか、当事者の一人である徳川家康が腰に手を当てて微苦笑する。
「全く、政宗の手回しの良さは昔から変わらないな」
やれやれ、と言えば、偉そうに胸を張る。
「迷ってたなら早いに越したことはねえだろ」
「なら、政宗の好奇心に利用されたということにしておくさ」
「そっちの狸も変わらねえな、おい」
こっちを蚊帳の外にするくせに、この場から行かせてくれない様子に、遠慮もなく青筋を立たせる。
二人の空気にしたいなら、俺様はさっさと出て行きたい。だけど、ここまで来ると、きっちり聞いてからでないと納得いかない。
今回の件の首謀者は伊達政宗だと確定した。
こいつは、不本意ながらも現世においては俺様よりも長く、真田の旦那と一緒に過ごしている。
どこの神様だ、これと旦那を幼馴染にしたやつは。
つまり、幼馴染である旦那に無体を強いたも同然の事態を、俺様はきっちり聞かなければいけない。
「ちょっと、そこの大迷惑な東軍バカコンビ。この状況と旦那のこと、言いな」
暗器も毒も持てない世界では、独眼竜のご機嫌を殺せない。
「飲み込み悪いな。家康が転入してきたんだ、幸村のクラスメイトで」
「それはさっき聞いた」
わざとか、と罵る前に、わざとなのは明明白白。こういう場合は、こちらから質問を絞るに限る。
むしろ、これ以外はどうでも良い。
俺様は、伊達政宗ではなく、徳川家康に確認する。
「旦那……記憶よみがえったんだよね」
転入生は、元より隠す気など無いらしい。「ああ」と、躊躇いもなく頷いた。複雑な心理を顔に乗せるのは、どうやらこれから説明する展開にあった。
続
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◆当作品はコピーで発行済みですが、【9/21の戦煌!5 ス34b】にて前後の時期入れて出します。その場合「コピー本持参の方に限り、250円引き」で頒布◆
戦国バサラの学バサ設定の転生パロもの。一見、佐政や家幸ですが、立派な佐幸。そして家→三。
もしかして関幸もありかもしれない。