第14話 梅雨の日のカフェ
景一Side
「よく降るな…」
ブラックコーヒーを飲む私と隣に座りアイスコーヒーを飲む詩乃に、カウンター越しからエギルが言葉を投げかけてきた。
よく振るというのは雨のことで、現在は6月で梅雨ということもあり、外では雨が降りしきっている。
「……梅雨だからな。明日まで降り続くそうだが、少し止んでもまた降り出すだろう」
「
「そういう冗談を言う時に真顔はやめた方がいいと思いますよ」
エギルの真顔ジョークに詩乃が苦笑しながらそう言ったことで、彼は冗談を言えるような表情を作ろうとしているが、
どれをとっても子供が怖がりそうなものばかりなので、私も詩乃も思わず笑みが零れる。
エギルは私たちの反応を良いものだと感じ取ったようで、その表情を浮かべている。
その時、店のドアが開いたことでベルが鳴り、1人の青年が入ってきた…和人だ。
「…おい、エギル。その顔で客を迎え入れようって言うのならやめといたほうがいいぞ。
毎回やっていたらすぐに客足が途絶えるはずだからな」
「い、いや、違うぞ。いまのはジョーク用のとっておきだ」
それも違うだろう、間違いなく私たち3人の胸中は一致したはず。
和人は傘を傘立てに置くとカウンター席の私の隣に座り、カフェ・シェケラートを注文した。
手短に私と詩乃に言葉を掛けたところで、彼の僅かな変化に気が付いた。
「……和人、お前痩せたのではないか?」
「もっと食べた方がいいわよ」
「事情というべきなのか…実は金土日の3日間、飲まず食わずだったんだよ」
普段の生活において3食きっちりと食事を取り、運動を欠かさない和人がどうしたことかと思ったが、
あとで説明すると言われ、一先ずは納得することにした。
それから私たちは新川恭二の居る医療少年院へと赴いてきたことを話した。
面会は叶わなかったものの、徐々にカウンセラーの問いかけに答えるようになったと聞いた。
彼のGGOにおけるアバターのシュピーゲルが消滅したことにより、
現実に向きあう準備が整い始めたのだと、詩乃が判断したそうだ。
そして和人は詩乃に問いかけた…銃のPTSDは大丈夫なのかと。
「銃への恐怖が無くなったわけじゃないし、かといって無くそうとは思ってないわ。
そもそも、銃への警戒心なんてなくしちゃいけないものだもの。
だけど、写真や映像で銃を見ても、強烈な拒否反応は間違いなく消えてくれた。
最近では友達も増えたし……まぁ、その理由がケイなんだけどね…///」
「良かったじゃないか。ま、これで
2人の話に自分の頬が僅かに緩んだことを自覚したが、同時に和人の言葉に対して喉に引っ掛かるものを感じた。
けれどすぐにその引っ掛かりを理解した…まだ捕まっていない
その存在が“事件”そのものが解決していないことを示している。
だが、確かに詩乃にとっての死銃事件は終わったのかもしれない。
和人は詩乃にこれ以上事件を意識させないように配慮してそう言ったのだろう。
それからエギルは先程からいい香りを発していた料理を私たちの前へと置いた。
なんでも奥さんの故郷の味らしく、ボストン風ベイクド・ビーンズというものらしい。
食べてみれば非常に美味い、さすがはエギルだな……と、
隣を見てみれば余程空腹だったのか珍しく外聞を気にせずにガツガツと食している和人。
普段はそれなりに綺麗に食べている和人なので、私や詩乃、エギルとしても珍しいものを見た気分で思わず苦笑した。
料理を食べ終えると、今度は先週行われた『第4回バレット・オブ・バレッツ(通称:BoB)』の話しになった。
「そういえば、詩乃にはまだお祝いを言ってなかったな。
悔しかったとは思うけど、キミが全力だったのは俺たちが知ってる。3位入賞おめでとう、シノン。
ハジメも、改めて優勝おめでとう」
「ええ、ありがと」
「……ああ」
敢えてプレイヤーネームで言葉を送る辺りは和人らしいというところだな。
そこからはサトライザーについての話になった。
第2回大会より、BoBはサーバーがUSとJPに別れて行われることになったのだが、
サトライザーはあろうことか日本側の方で参加してきた。
ブロックを回避したのか、それとも
どちらにしても日本側のメンバーはみな歓迎していた。
結果は私の優勝ということになったが、それまでの日本勢の経過はあまり褒められたものではなかった。
サトライザーは素手で本選に出場し、武器類は一切装備せず、代わりに《
シノンを含む12人を蹴散らし、私との決戦を繰り広げた。
サトライザーは他の出場者の行動を完璧に先読みし、潜伏してからの
銃を向けられる前に仕留めていたのだ。
その洞察力たるや、私は勿論、リアルタイムで観戦していた『神霆流』組も舌を巻いたほどである。
「だが
「うん、私もあのあと明日奈たちから聞いたけど、みんな『アレはないよ』って言ってた」
「……和人。お前は
「問答無用でぶち殺す」
即答だな、私と変わらないではないか。詩乃もエギルも顔を引き攣らせているぞ。
そんな2人の様子を軽快な笑みを浮かべて見ていた和人だが、スッと眼を細めてから真剣な表情へと変えた。
「景一、お前から見てサトライザーはどう映った? 俺は十中八九、
「……同じく、私も奴は
「ちょっ、ちょっと待ってよ、2人共……なに、サトライザーが本物とか、プロって…?」
和人と私の会話に詩乃が割って入る。正直どう言えばいいのか悩むものだが、和人が口を開いて話し始めた。
「本職、仕事において銃で戦う訓練をしているような人間ってことさ。警察の特殊部隊や兵士ってところかな」
「そんな、幾らなんでも…」
「……詩乃、別に有りえないことじゃない。
和人から聞いた話では一部の国の軍隊で訓練の一環でVRMMOを利用することもあるそうだ。
それを考えれば、個人的に自主訓練、腕試しのつもりでGGOのBoBに参加したのだとしてもおかしくはない」
驚きに声が出ない様子の詩乃に対し、話しを聞いているだけのエギルは何処か納得している様子だ。
そこはやはり大人と学生の違いか……ん、私と和人はまた別としてだが…。
すると詩乃の顔色が僅かにだが悪いことに気が付いた。どうやら、最悪の路線について考えてしまったようだ。
「……なんであれ、サトライザーの正体など関係無い。
VRMMOはその世界を楽しむためのものだ…次に奴と相見えた時は全力で倒せばいい。そうだろ、詩乃?」
「…ふふ、そうね。次は私がアイツを潰すわ」
詩乃は私の言葉にキョトンとしたあと、笑みを浮かべて力強く意気込んだ。あぁ、それでこそ詩乃だ。
しかし、今回は私と和人の失態だ……このような話しをここでするべきではなかった。
そう、サトライザーのもう1つの可能性、それは警察や兵士と相反する存在……“殺し屋”だ…。
まぁそういう可能性もあるという話であり、警察や兵士に準ずる者かもしれず、本当にアマチュアなのかもしれないが…。
「さて、そういうわけだから私としては今度こそ、どうしてもケイと決着をつけたいわけ。
邪魔なサトライザーは誰かさんにお任せした方がいいかなっと思うのよ」
「それで俺を……ま、俺としてもサトライザーとは殺り合ってみたいとは思ったが…」
くくくっと良い笑顔を浮かべて言う和人に今度こそ詩乃とエギルは引いている。
気持ちは分かるが、私も割と本気で奴を潰しに掛かった分、口を挟めなかった。
表情を戻した詩乃はもう1人に声を掛けていると言い、その言葉だけで和人は何かを悟ったのか、
自身の携帯端末を取り出し、苦笑している。
何事かと思った私と詩乃に彼は端末の画面をみせた…そこにはこの喫茶店を中心とした御徒町の地図が表示され、
駅から店までのルート上に点滅する青い光があった。
「この
「……っ、まさか和人、これは…」
「待ち人来たる、ってな……あと100m」
私は気付いた、これが
そして和人の言葉通りこの光点はこの店を目指しており、ついにこの店と光点が重なった。
瞬間、店のドアが開いてベルが鳴り、入店する者が現れた。
「やっほー、シノのん! それに景一君も!」
やってきたのは、予想した通りの少女……明日奈だった。
景一Side Out
和人Side
明日奈は詩乃と景一に挨拶を交わすと俺の隣の席に腰を下ろし、エギルにジンジャーエールの辛口を注文した。
そこで詩乃がカウンターに置いたままにしている俺の端末を見ながら言葉を掛けてきた。
「お互いのGPS座標をモニタリングするなんて、随分と仲が良いわねぇ~」
「俺の方は明日奈の端末が存在する座標で、明日奈が操作すれば不可視にすることも可能だよ。
ただ、明日奈の端末の方はすごいぞ」
詩乃の軽い皮肉が篭った言葉にそう返事をし、
明日奈に視線を向けてみれば彼女は笑顔でバッグから自身の端末を取り出し、それを景一と詩乃に見せつけた。
画面には赤いリボンが掛かったハートマークが表示されており、1秒毎に規則正しく脈動している。
ハートの下には数字が2つ並んで表示され、1つは“62”、もう1つは“36.4”となっている。
ふむ、いまの俺はそういうものなのか…。
「これって…」
「……まさか、和人の脈拍と体温か?」
「さすが景一君、鋭いね」
明日奈が笑顔で応えると2人は驚きに目を丸くしている。まぁ当然か、普通はそこまでしないからな~。
どんな仕組みかと訊ねられたので、俺の胸の中央部分に5mmほどの超小型センサーがインプラントされており、
それが脈拍と体温をモニタし、無線で俺の端末へデータが送られ、
さらにネットを介して明日奈の端末にリアルタイムで情報を送っていることを教えた。
「……生体センサーか…」
「まさか、浮気防止のためとか…?」
「そうなんだよ、明日奈が俺に女狐が近づかないようにってさ。俺って信用ないかな…?」
「「「明日奈…」」」
「ち、違うよ! 和人くんがバイト先の人からインプラントを勧められただけなの!
もぉ、和人くんも出鱈目なこと言わないでよ!」
「くくっ、わるいわるい」
ちょっとしたジョークを言ったのだが、景一も詩乃もエギルも割と本気で受け取ったようだ。
明日奈は必死で弁解し、可愛い怒り顔で俺を睨んできたので苦笑しながら答える。
それからインプラントの理由を話し、バイタルデータを欲しがった明日奈に話したことでアプリを製作し、
彼女の端末にそれを組み込んだことも話す。
一方、明日奈は俺の体のデータを会社に独占されるのを嫌がり、センサーを埋め込んだこと自体が賛成的ではないといったが、
暇があると画面を眺めていると嬉しそうに語っていたことを漏らす。
「だ、だって、和人くんの心臓が動いてるって思うと、和んじゃって……トリップしちゃうんだよね///」
「さすがにそれは危ないと思うよ…」
「俺としては明日奈が見てくれているって思えて、結構気に入ってるけどな」
「……分からないでもないが、相変わらずお前達の愛は深いな…」
少々危ないと思われる明日奈の発言に詩乃は引き攣っているが、俺はむしろ大歓迎なので嬉しかったりする。
景一は苦笑しながら言っているが、お前も俺と大して変わらんだろう。
そんな一幕もあったが、詩乃は気を取り直すと明日奈に『第5回BoB』の出場について話し、彼女はそれを快諾した。
その話しも終わりになると、一息吐いた景一が口を開き、俺に言葉をかけてきた。
「……では、そろそろ聞かせてもらおうか。和人、お前がやっているバイトとはなんなのだ?
どうやらVRMMO関連のものであるのは違いないようだが…」
「半分正解で半分不正解。正確には新型フルダイブ・システムの
答えると景一も詩乃も、カウンター越しにグラスを磨いているエギルも軽く目を見張ったくらいだ。
ま、来月の東京ゲームショウではレクトから『アミュスフィア2(仮)』が発表されるから、
俺と明日奈はそこまで驚いてはいない。
「ちなみに言っておくが、会社はレクトじゃないからな。RATHと書いてラースって読む会社。
家庭用のマシンでもなければ業務用の物でもない。今のところはVR技術を発展させるためのものとしかいえないな」
「それじゃあ、中の世界とかは現存の物とは何か違うの?」
実状を知らない明日奈も疑問に思ったのか聞いてきたが、正直なところなんとも答え難い。
しかしちゃんと話しておかないといけない、また泣かしたくないし。
「さぁ? 機密保持のためにVRワールドでの一切の記憶をリアルに持ち出すことが出来ないんだ。
記憶を持ち出せないように、思い出せないようにロックを掛けられているようなものだな」
そう言うと3人は驚きに表情を変え、俺は話せる範囲で『ソウル・トランスレーター』、
通称『STL』やそれに関する事柄について説明を始める。
少年説明中………(詳しくは原作「ソードアート・オンライン」9巻と10巻、簡略化は本作第1話を参照)
人間の心、その形と本質、量子脳力学、マイクロチューブル、光子『エバネッセント・フォトン』、
量子場という人の魂、『Fluctuating Light』の通称『フラクトライト』、魂に情報を書き込むこと、
記憶的視覚情報『ニーモニック・ビジュアル・データ』形式、0から構成されたものの情報取得、
VRワールドでありながらのリアルワールド、『思考クロック制御信号』、『アンダーワールド』の存在、
そしてSTL最大の機能『フラクトライト・アクセラレーション』、それらについて話した。
途中、“ケーキ”や“アリス”という言葉に引っ掛かりを覚えたり、
無性に何かをしなければならない使命感に駆られるなどあったが、
おそらくは
「こんなところか…まぁ、そのバイトで長時間ダイブを行っていたからか、
ダイブ終了直後から今日にかけて、色々なものが久しぶりだとか懐かしいって感じたよ」
「……精神的に10日ぶりとはいえ、少し大袈裟ではないか?」
「あんまりこっちを不安に煽らないでよ…」
そう言うと景一と詩乃が顔を顰めながら返してきた。
「和人くん……もうそんな無茶はやめて。
体にだって負担が掛かってるはずだし、だいぶ痩せたようにも見えるもの…それに、記憶を操作されてるなんて。
バイトの話を持ってきたのも菊岡さんなんでしょ…? 正直、信頼どころか信用もできない…」
俺たちの影響なのか明日奈はもちろん、里香や珪子、スグや詩乃たちも菊岡への警戒心が非常に高い。
明日奈は菊岡がまるでヒースクリフ、茅場のようだと言うし、詩乃も以前の対面から警戒を解かず、
里香と珪子とスグでさえも怪しんでいるのだ。
俺を除く『神霆流』の面々に至っては信用の色は一切無い……苦労するな、菊岡…。
「大丈夫だよ、明日奈。長時間連続運転試験は大成功だったし、基礎設計上の問題点もオールクリアだ。
次は実用化に向けての段階だけど、数年の間は俺が中心に関わらなくても実動は可能だしな」
これは本当のことだ。
以降の長時間ダイブはないと菊岡たちも言っていたし、マシンの方に関しても問題ないと凜子さんとタケルからのお墨付きだ。
しばらくの間は身内でテストを続けてから、徐々に実用化へ向けていくとのことだ。
「……しかし、僅かとはいえ自分の身を削ってまで実験に取り組むということは、信頼はあるのか? そのラースとは…」
「まぁ凜子さんも居るし、テスト中の体調管理は安岐さんがしてくれた。
タケルも悪い奴じゃなかったし、菊岡もいまではそれなりに信用できる関係にまでなったからな」
景一の問いかけに答えると、3人とも意外そうな表情をした。
それもそうだろう…一番菊岡を怪しんでいた俺が信頼とまではいかなくとも、信用するようにまでなっているのだから。
さらに凜子さんは伝えていたが、安岐さんの名まで出てくれば驚くだろう。
「和人くん、いつから菊岡さんに信用を置くようになったの…?」
「バイトを紹介された時から。詳しいことは言えないけど、アイツのことに関してはある程度教えてもらった。
それを聞いて、少なくとも信用はすることにしたんだ。
タケル…あぁ、茅場とか凜子さんの後輩なんだけど、そいつは単純にVRMMOが好きで、
それでいてちゃんとした考えの持っている奴だから、そっちも信用はできる」
仕事を受けるに至って、菊岡から俺の仲間への情報は簡単なものならば話しても大丈夫だとは言われている。
というか、さっき話したことを理解できるのはそうはいないからな。
加えて俺が菊岡を信用しているという事実がアイツにとってはありがたいものらしいし、
明日奈たちからも僅かな信用は得たいとのこと。
「そういうわけだからさ、少しでもいいからアイツを信用してやってくれ。
それが無理なら、アイツを信用している俺を信じてくれ」
「うん。和人くんを信じるよ」
「……明日奈に同じく」
「以下同文ね」
うん、菊岡、お前への信用は俺が居るかららしい…少し同情する。
とりあえず、俺が今日話すべきことはこれくらいかな。あとはこの時間を楽しむとしよう…。
和人Side Out
To be continued……
あとがき
今回は景一が介入していたり、会話内容を変えたりなどはしましたがほとんど説明回に近いものでした。
そういうこともあって物足りなく感じる方も多いとは思いますが、次の話はそこそこ期待できると思います。
この話のあとといえば原作でやつが現れるところですからね・・・次回、『雨露の襲撃者』を楽しみにしていてください。
では・・・。
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第14話です。
今回は原作において和人と明日奈と詩乃がダイシーカフェで話しをするシーンです。
本作では景一も加わって4人で話しをすることになります。
どうぞ・・・。