YURICIRCLEさ~くる
3年夏合宿の終わりの日。私はかなちゃんと境君の様子を見て気づいてしまった。
二人の仲は急激に進展していると。その時に私は自身で、もうかなちゃんを
抱きしめることはできないのかなと感じていたから。
「せっかくだから最後に写真撮らない?」
と持ちかけたのだ。合宿が終わった記念という体のいい言い訳を使って。
本当の意味での「最後」は私がかなちゃんを想っているこの気持ちに対してだった。
最初に境君たちを撮って不自然さを隠してから私はかなちゃんに抱きついて
その状態で撮ってもらった。かなちゃんの匂い、抱き心地とはもう離れなければ
いけない。
そんな気持ちから来る震えを抑えるのに少しだけ力を込めて抱きしめた。
かなちゃんは気づいてくれるだろうか。
いや、気づかせてはいけないんだ。この気持ちだけは…。
せっかく境君に向いた気持ちにブレーキをかけさせてはいけない。
『親友』である私の最後の役割は私の気持ちを『伝えないこと』にあるのだ。
「じゃあな、藤野」
「綾ちゃん、また部活でね~」
私たちは手を振りながら駅前で別れた。私はかなちゃんたちが見えなくなるまで
見つめていた。何だか力が抜けたような変な感覚が私の中に残っていた。
これは失恋というものなのだろうか。
「やぁっ」
「きゃっ」
ほぼ不意打ちのように後ろから肩を叩かれて思わず声を出してしまった。
慌てて振り返るとそこには帰ったはずの神田先輩が無表情で私のことを見ている。
「あ、あれ…。先輩、帰ったはずでは?」
「や、ちょっと気になることがあってな」
「そ、そうですか…」
しばらく向かい合ってから、神田先輩はいきなり私の頭を撫で始めた。
そこまでのアクションは一切見せずにするから、ただただびっくりするだけと
なってしまう。
「がんばったな。藤野」
「あ、あぁ…。合宿のことですか?」
「それもあるけど…なんだ。あの二人のことだよ」
「さ、さぁ…。何のことでしょうか…」
言葉が詰まる私の頭を軽くぽんぽんと叩きながら神田先輩はこれまでにないくらい
優しい声を出して言った。
「小金井のこと好きだったんだろう?」
「…!」
「たまには我慢しなくてもいいんだよ。特に私の前では…な」
「神田…先輩…」
「さ、私の豊満な胸でお泣き」
「…それ自分で言っちゃうんですか…?」
泣きたくて、ツボに入って笑いそうになって、泣き笑いのような顔を先輩に
見せた。場所や性格から思い切り泣くことはできなくて。
けれども私が落ち着くまで先輩が近くにいてくれて助かった。
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
少し目元がヒリヒリしたけど、先輩からもらったジュースをいただいたら少し
落ち着いた気がする。
「今日、藤野のとこ泊まらせてくれないか?」
「え、神田先輩。家はどうするんです?」
「もう連絡しておいた」
ドヤ顔をして持っていた携帯を私に見せた。私としてはここまで用意してあると
断ることもできないし、何より。心細い今の状態からだと嬉しい申し出であった。
家までの道中で少しの間無言で歩いていると、神田先輩は私の手に指を絡めてきて
握ってきた。柔らかくて暖かい感触。
「合宿の肝試しぶりだね」
「あの時は手握ってなかったですけど」
しみじみと言う先輩にそう返す私。あれから時間はあんまり経っていないのに
えらく長い時間が経過しているような錯覚をしていた。
私の住んでいる場所にたどり着いて、先輩を中へと入ってもらった。
暗い場所から急に明るくなって蛍光灯から放つ光が目に眩しい。
私がいつも過ごしている部屋の中を見て、少し散らかっているかな?と心配したけど、
神田先輩は綺麗になってるなって褒めてくれた。
夜遅かったから冷蔵庫に入っていた長持ちする残り物を使って軽い食事を作って
神田先輩に振舞うと、先輩は満足そうにしていて、私たちは最近の出来事を先輩が
いない時のことも話して楽しんだ。
いつもポーカーフェイスの人だけど、いつも私たちを見守るその目が温かくて
何だか心地良くなる。でも先輩ももう長くはいられないから、甘えてばかりも
いけないのかな…。
そう考えると少し切ない気持ちになってきた…。
「藤野…起きてる?」
「ん…なんですか、先輩」
夜、先輩の布団を用意して眠ったのだが途中で先輩の声で起きてしまう。
いや、正確には起きていた。意識がぼやけていてはっきりしなかったけど。
多分眠れなかったのだ。色々あって疲れていたのと、寂しさと切なさに。
「一緒に寝てもいいかな?」
「別にいいですけど…」
暗がりの中、私を見る先輩の眼差しが少し違っているように見えたのは
気のせいかもしれない。最初の内はそうやってお互いの気持ちを自分の中で
ごまかしていたけれど…。
一緒のベッドに入って声を落として話をしていると尚更離れたくない気持ちに
させてしまう。
「藤野」
私の首筋近くまで顔を寄せて話すから先輩の息がかかってこそばゆい。
「なんです?」
「藤野は可愛いね」
「…そんなことないです。好きな人を内心で素直に祝えないくらいは汚れてます」
「それだけ本気だったんだよ。だからというわけじゃないけど」
薄手の布団の中で先輩がそっと私の手を握ってくる。
「私たち、付き合ってみないかい?」
「え…?」
いきなりの問いかけに私は驚いて時間が止まったように固まり、沈黙してしまう。
それに表情も出てしまったのか神田先輩は少し困ったような表情をして。
「参ったな…、藤野を困らせるつもりはなかったんだが…」
「別に嫌ってわけじゃないんです…。ただ気持ちの整理がつかなくて」
「わかってる」
「先輩…」
「ただもう少し藤野に近づきたかっただけだ」
「あの…」
「そうだな、小金井達みたいにゆっくり私たちなりに育んでいこうか。
結論を出すのはその後で構わない。まずは友達からっていう体で頼むよ」
「はい」
私は先輩と目を合わせながら微笑んでそのまま目を瞑った。
冷えてしまった体を温めてくれる、そんな先輩が傍にいてくれてよかった。
目を瞑って少ししてからそっと私の体を先輩は抱きしめてくれた。
その温もりが気持ちよくて私はすぐに眠りに就けた。
その後の学園祭までの間、私は自分でも驚くくらいかなちゃんと境くんのことを
本当の気持ちで祝えるようになっていた。
表向きだけじゃなくて心の底から祝いたい。そんな気持ち。
引きずってないというと嘘になる。完全に切り替わったわけではない。
だけど、そんなものを抱いていても誰も幸せにはなれはしないから。
私を支えてくれる人たちのためにもがんばらなくちゃっていう考えがあって。
苦しかったのも今は一人じゃなく、時々顔を見せに来る神田先輩の視線をいっぱいいる
仲間の中から感じられてその重荷も楽になった。
これからは苦しいだけの時間を過ごさなくていい。
神田先輩がくれる柔らかなその貴重な時間を私は大切にしたい。
先輩たちが卒業してからも、神田先輩とは他の先輩たちよりも多く時間をとることが
できた。
今は甘えてばかりだけど。
いつかは先輩に答えを出さなくちゃいけない。
でもそれはとりあえず置いて。
今は心地良い一時を噛みしめて。
私と神田先輩は今日も手を繋いで歩いていく。
暗闇の後ろよりも前向きな未来に向かって。
貴女の喜ぶ顔を見るために…。
私は前を向いてがんばっていく。
お終い
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神田×藤野
マンガを読んでいて5巻の藤野さんを見ていると、あぁもしかして
失恋なのかな?と思って個人的に救済用として書いてみました。
二人の前に一緒にいて相性良さそうな神田先輩ならなんとかしてくれるに
違いないとこういう組み合わせになりましたw
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