第二十九話「奇行者の預言」
「私の―――」
ドスリと遠坂凜の胸元に短剣が突き刺さった。
・・・え?
己の胸元を見た少女の目には吹き上がる血飛沫だけが映る。
「と、遠坂?!!!!」
背後からの悲痛な叫び。
「え・・み・・・あ・・・く」
己の胸に突如として短剣を突き立てた【何処から現われたのか分からない英霊】に凜は最後の力を振り絞って声を上げる。
「わたしのたーん・・・ど・・・ろー」
髑髏の仮面の内側から僅かな驚きが漏れ、呆然としていた衛宮士郎は後ろに倒れ込んでくる細い少女の体を受け止めた。
「ぁ・・・」
凜の腕に輝く紅のデュエルディスクが溶け崩れ、士郎の腕へと取り憑く。
「遠坂!? しっかりしろ!!?」
致命傷を受けた体はグッタリと力なく。
その重さが何よりも彼には恐ろしかった。
「・・・っ・・・・・・・・」
唯一残る希望か。
僅かな呼気がその唇から漏れた事に気付いたのは偶然。
そして、その理由が唸りを挙げるように彼を【儀式(デュエル)】へと急かす。
決闘者の絶対条件。
決闘者は決闘以外では死なない。
それがどんな不意打ちであれ、デュエルを始めた状態で攻撃を受けたのが功を奏した形だった。
「アサシンのサーヴァントですか・・・」
今正に戦おうとしていた少女の惨状に対して眉一つ動かさなかったバゼットが、全身黒尽くめのアサシンを睨み付ける。
「どうやら機を伺っていたようですが、貴方の失態は私の目の前に姿を現した事です」
もう嵌められていたグローブがギチリと鳴る。
構えたバゼットはすでに臨戦態勢。
もしも、アサシンが背中を見せて逃亡しようとすれば、即座に一撃を叩き込む準備が出来ていた。
如何な英霊とはいえ、執行者の中でも直接打撃戦闘において指折りである彼女に背中を見せてただで済むわけがない。
実体を解いて霊体に戻るよりも先に拳が体を打ち抜くのは必定。
残る選択肢は戦って逃げる隙を見つける以外にない。
そう暗殺者としての勘を働かせたアサシンだったが、己の背後から沸き上がる感情の本流に思わず意識を持っていかれた。
「オレは・・・オレは手札からフィールド魔法『始皇帝の陵墓』を発動!!!!」
「「!!?」」
バゼットとアサシンが同時に己の肉体のコントロールが利かない事に気付いた。
「此処でお前を倒す!!!」
その宣言に呼応するかのように彼らの周辺の景色が歪む。
何時の間にか。
其処はまるで時が止まったかのような石造りの神殿と化していた。
日本には在り得ない場所。
しかし、その景色が幻影ではなく確かに存在している事をバゼットもアサシンも肌で感じる。
そして、その神殿が只ならぬ力を秘めている事も直感的に脅威として認識していた。
「更に『二重召喚(デュアル・サモン)』を発動!! このターンに限り通常召喚を二回行う事が出来る!!!」
怒りに我を忘れそうな己を押さえ込み、士郎は次々にカードを展開していく。
「フィールド魔法の効果発動!! ライフを1000払い手札から『マテリアルドラゴン』を召喚!!! 更にライフを2000払い手札から『白竜の忍者』を召喚!!!」
眩い二つの輝きが神殿の奥から降臨する。
黄金の竜と純白の龍。
片や全ての効果ダメージを反転する者。
片や傍らの青年と共に全ての罠と魔法を守り抜く者。
出現したモンスターの脅威にアサシンとバゼットが同時に悟った。
目の前の未熟な男が確かに己と同等以上の力を持っている事に。
「あんたがどういう経緯で何を知っているのかはこの際どうでもいい。こっちは遠坂を早く治療しなきゃならない。もしも戦う気がないなら降参(サレンダー)してくれ」
「サレンダー?」
士郎の言葉にバゼットが目を細める。
「ああ、この決闘(デュエル)のルール上、一度始めた戦いはどちらかのライフの喪失か降参か逃走によって終わらせる事が出来る。そして、負けた者は一時的に全ての魔力を喪失し、自分の持ってるモノの中から最もレアリティーの高いモノを勝者に接収される」
「な?!」
バゼットの顔色が変わる。
今まで執行者として戦ってきた彼女の相手を確実に屠る宝具。
それが他者に渡る。
それは執行者としても魔術師としても看過できない事実に違いない。
「・・・何の儀式魔術か分かりませんが、この戦いで私が勝った場合はどうなるのですか?」
「英霊は魔力を失って消滅。後は今言った通りだ」
「そうですか。理由がどうあれ・・・このまま宝具を失うわけにはいきません。この無粋な侵入者を倒した後に貴方にも痛い目に合って貰う事になるでしょう」
「・・・ああ、ならオレも遠慮なくやらせもらう」
士郎がカードを一枚伏せた。
「オレはこれでターンエンド」
宣言と共にバゼットの肉体の自由が戻った。
(これは・・・一定のルールに縛られた儀式? ならば!!)
十メートル程離れていたアサシンに速攻が仕掛けられた。
「ッッ」
アサシンが応戦体勢を取る。
ヘビー級のボクサーを越えるただ只管に磨かれた拳が短剣と激突した。
「―――!!!」
火花が散るものの、もう片方の拳がアサシンの懐を捉える。
一撃。
まるでサンドバックを打ち抜くような打撃音が響き、後退を余儀無くされた暗殺者の足がふらついた。
暗殺者としては一流でも自力で英霊に勝るバゼットの拳は確かにダメージを与えている。
(もう一撃―――何!?)
追撃に掛かろうとした足が止まった。
止まるというよりは止められたというのが正しい。
それは決闘のルール。
一体のモンスターの攻撃は一ターンに一度まで。
更なる攻撃は何かしらの能力技能が必要になる。
嘗て連続して魔術を駆使し攻撃を行ったメディア。
英霊すらも超越する能力で四度攻撃を行ったアルクェイド。
一度の斬撃によって燕すら落とす佐々木小次郎。
彼らの如き能力を持たず人間としての限界に努力のみで近付くバゼットには未だ二回の攻撃は不可能だった。
動きの止まったのを機と見て反撃に出ようとするアサシンも動けずに再び拘束される。
そして、一分の壁がターンを運んだ。
「!!」
動きの戻ったアサシンが先程二人の間で行われた会話からまず倒すべき敵を定める。
アサシンが二匹のモンスターの背後にいる士郎へと短剣を投擲した。
その攻撃は二匹の合間をすり抜けて太ももに突き刺さる。
「―――ッッ!?」
本来ならアサシンの攻撃を投影魔術による剣で弾き落とす事が出来るはずだった。
(まさか、これは・・・直接攻撃!!?)
しかし、士郎はそうしない。
己が戦うという事は同時にフィールド上のモンスターとして己を決闘に挟み込む事に他ならないからだ。
決闘による戦闘において最も高いアドバンテージはライフがゼロにならない限り敗北しないという一点に尽きる。
だが、決闘という戦闘方法を持ち込んだ【彼】は英霊としてモンスターの扱いでありながらも、決闘上はマスターという立場でもあった。
モンスター扱いとして【破壊】されれば、その存在は死ぬ。
そのリスクを軽減する為に彼が使った手段はフィールドからの離脱。
【強制脱出装置】などによる手札に戻す効果によって己自身をモンスターという呪縛から逃がす事だった。
どんな局面だろうとマスターが【破壊】される事はない。
これはモンスター扱いで決闘をする場合にはない利点であり、未熟な士郎が即死級の攻撃を防ぐ意味でもかなりのアドバンテージとして働く。
「ぐ!!!?」
ダクダクと血が流れる太ももから短剣を引き抜いて士郎がアサシンを睨み付けた。
「早く倒れてもらうぞ。遠坂を安全に運ぶ為にも!!!」
一分の壁が再びターンを運ぶ。
「オレのターン!!! ドロー!!!!」
そうして彼は初めて己のドローを果たし、決闘者となる。
「ふふんふふ~~~ん♪」
廃工場の中、一人いや一匹の黒い獣が蟹を鍋で煮ていた。
「にゃにゃにゃ・・・やっぱり寒い日は鍋に限るよにゃ~~我輩の似非商品(近頃見かけません)が消えてからというものエリートネコ部隊を従えた我輩の鋭利なる活躍は留まる事を知らず。あの色物筆頭な白ネコからも搾取できる立場へ上り詰めるという快挙・・・我輩生きてて良かった(感涙)」
鍋に蓋をしつつ辺りを見回したネコ的生物ネコ・カオスが首を傾げた。
「おっかしいにゃ~~我輩こんな悪趣味全開な色物世界とか知らんのだが」
何時の間にか月の出る白銀の世界で鍋は最初に見た時から変わらずグツグツとコタツの上のコンロで煮えている。
「アンタねぇ!? サラッと人の領域に入ってこないでよ!!?」
振り返ったネコ・カオスが見たのは真白いネコ耳に紅い瞳の少女白レン・・・黒猫仲間である何処かの無口無表情な主にベッタリのネコとはまるで正反対な色物だった。
「人を色物にしないで頂戴!!?」
「メタ発現は控えめににゃー。そう言えば猫耳尻尾付きのコスプレ少女のフィギュアなんて持ってたようなそうでないような・・・ぶっちゃけ汝モノホン?」
「モノホンよ!? めっちゃくちゃ本物中の本物よ!?」
「いや、それおかしくね? ぶっちゃけ汝そのものがもう最初っからイミテーションというか。ゲラゲラ」
「何なのよ!? 人が蟹鍋しようとしてたら土足で踏み込んできて普通に罵倒されるとか!? ありえないでしょ!!? こんな展開!!?」
「にゃにゃ? ああ、お嬢さん(色物)にはこの高度なフリは分かり難かったかね」
「何かそのお嬢さんに悪意を感じるんだけど・・・」
「近頃、ウチの居候のせいで領域の隣接してる箇所が曖昧なんだよにゃ~~」
「何の話よ?」
「このやり取りとかがもうすでに何処にいるか暗示しているというか。一体どれだけ混ぜ込んだんだかにゃ~~」
「はぁ? 意味分かんないんだけど」
「まぁ、お嬢さん(色物)が気にする事じゃない。ちなみにこっちだとアレかね? 新しい殺人貴なご主人様に可愛がってもらってるのかにゃ?」
「ば、な、ななな、何言ってるのよ!?」
「ツンデ(ry」
「ちゃんと最後まで言いなさいよ!?」
「面倒臭くなってきたから帰るか・・・」
「何そのすっごい投げやりな態度?!!」
「こっちはご主人亡くして元鞘になったけど自暴自棄だからにゃー。色物の方が何かと幸せかもしれん」
「―――何言ってるのよ・・・」
僅かに白レンの眉が顰められた。
その様子にネコ・カオスが気付く。
「あぁ・・・気付いたから乗せられたままでいたいわけか」
「な、何よ・・・何言って・・・」
白レンが後ろに下がった。
「ちなみに【我輩の方にいる汝】と【此処にいる汝】はどちらも本物ではある」
「・・・気味悪いのよ。さっさと出てって」
顔を背けてそのままコタツに入り込もうとする白レンに黒猫は何処かの誰かが乗り移ったかのように嗤う。
「取り戻したくないかね?」
「・・・え」
振り返った白猫へ不吉の象徴がニタリと唇の端を吊り上げた。
「【此処】は所謂緩衝地帯。あの三度の夏を経た地に出来た【領域】だからこそ本来宿主を失い消滅する汝は可能性の欠片として召喚された。故にこの融合に因る【混沌】の狭間ならば・・・出来るかもしれない」
「何を・・・・・・」
「我輩に出来るのは【夏の夜】への参加権の譲渡のみだが、やってみるかね? 愛しのご主人の為に」
「・・・・・あいつを・・・取り戻せるって言うの・・・?」
「あの男と戦った者達が【彼】によってこの領域内部に【再演】された時、打ち負かし続けられるならばという但し書きが一応付くがね」
「教えて・・・どうすればいいのか・・・」
何処からとも無く黒猫がデュエルディスクを取り出した。
「打ち負かした者から最も価値あるモノを受け取る事が出来る。それが新たな夏の夜のルールだ。如何なものも例外はない。お嬢さんにとって最も価値あるモノ。それはあの男を消し去った勝敗の結果。なら、結果そのものを奪い取れば・・・残る可能性のみがこの混沌の狭間ならば真実と成り得る」
白レンがディスクを受け取る。
「これで・・・戦えばいいの・・・?」
「ああ、たった四十枚の紙束に全てを掛ける愚かさがあるならばだが」
「やってやろうじゃない・・・これで本当に・・・あいつを取り戻せるなら・・・」
「ふ、ふふ・・・ふははは・・・・お嬢さん。いいだろう・・・コレはサービスだ」
肉球がゴソゴソと五十五枚の紙束を取り出して白レンの手に乗せた。
「存分に戦いたまえ」
そのまま背を向けてスタスタ歩き出した黒猫が消えていく。
「・・・どうして・・・・?」
その声に答えはただ一言を持って返される。
「ただの気紛れだにゃー」
そうして二匹はその後再び出会う事は無かった。
【廃工場 10:32】
「・・・・・・」
「あ、ごちそうさま」
「先に頂きました」
「幸せな生き物もたまには良い仕事をするじゃないか」
「美味しかったです!」
「アトカタヅケ・ヲ・ジッコウシテクダサイ」
空っぽの鍋には食べかけのサバ缶が一つ置かれている。
「はっはっは・・・我輩がいない間に仲良く突き終ったと・・・・・・・にゃにゃぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?」
寒い夜に冷たいサバ缶で乾杯するネコ的生物が家出したのはそれから数分後の事だった。
To Be Continued
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それは無間地獄に落ちた英霊の・・・。