「…なるほどな」
デルタに銃を向けられている状況でも、クライシスはいつもの落ち着いた雰囲気を見せていた。シルクハットを深く被ってから、カップの紅茶を口に含む。
「管理局への復讐を何よりも望んでいるお前の事だ。いずれは、こうなってしまう日も来るだろうと思ってはいたのだが……こんなに早く来るとはな」
「相変わらず呑気ですね……今では、そういう態度が余計に腹が立つ」
銃の引き鉄に、デルタの指がかけられる。
「言っておくが、お前の力で歯向かえるような相手ではないぞ……それでも歯向かうつもりか?」
「クライシス……俺はなぁ、飼い犬になる為に旅団結成した訳じゃねぇんだよ」
「お前はそういうつもりでなくとも、私はそういうつもりでいた」
クライシスが椅子から立ち上がる。
「私はなデルタ。お前なら他のメンバー達と共に過ごしていく内に、少しずつでも良い方向に変わっていくのを期待してしまっていた……そんな私のエゴが、お前をそこまで追い詰め、苦しめてしまったのかも知れないな」
「何の話だ」
「…今からでも変われないか? デルタ」
「あ?」
クライシスの言葉に、デルタは眉を顰める。
「お前は復讐の為だけに、自らの命をも消耗していこうとしている。だが何時までも復讐に身を投じていれば、お前はいずれ何も遂げられないまま全てが終わる事に…」
「知った事かよ」
クライシスの言葉をデルタが遮る。
「俺は復讐さえ遂げられればそれで良い。テメェのやろうとしてる事なんざに興味は無ぇよ」
「…もう一度だけ聞く。変わるつもりは無いか?」
「無ぇよ」
「…そうか」
クライシスは被っていたシルクハットを取り、持っていた杖を机にかける。
「初めて親友と思えるようになったお前に、こんなマネはしたくなかったが……仕方ない」
「あ? 今更何を言って―――」
-ドゴォンッ!!-
「ごはぁっ!?」
突如、デルタは大きく吹っ飛ばされて壁に突っ込んだ。そのまま壁に減り込み、デルタは自身を吹っ飛ばした人物を見据える。
「!? ソラか…!!」
「…すまないな、デルタ君」
デルタを吹っ飛ばしたのはソラだった。彼の右手拳から煙が上がっている事から、一発殴るだけで彼を殴り飛ばしたのだろう。
「テメェ…!! ゲホ…俺の、邪魔…ゴフッ…すんじゃ、ねぇ……よ…!!」
「俺も、家族を守らなきゃならないんだ……悪く思わないでくれ」
「がっ!?」
ソラは壁に減り込んだデルタの首を軽く締め、同時に彼の腹部を手刀で突く。直後、デルタは全身に電撃が走ったかのように身体を動かせなくなる。
「て、め……俺の、神経…を―――」
デルタは意識を失い、壁から出て来ると同時に床に倒れてピクリとも動かなくなってしまった。そんな倒れた彼を、クライシスが見下ろす。
「…すまなかった、親友よ」
クライシスは目元を隠すように、シルクハットを深く被り直したのだった。
そんな事も露知らず、
「ニューちゃーん、そっちに行ったよー!」
「うにゅー♪ 待て待てー!」
咲良やニューが蝶を追いかけたりして遊んでいるところだった。二人は虫取りアミを使って頑張って捕まえようとしているが、蝶はなかなか捕まらない。
「…平和な光景だね」
「確かに」
「アハハハハ…」
そんな光景を見ていたのは竜神丸、キーラ、スノーズ、そして咲良やニューの付き添いとしてディアーリーズやBlaz、更にガルムは大木の枝に乗ったまま寛いでいる。
「昔の頃が懐かしいね。孤児院で過ごしていた時は、本当に幸せに思っていたけど」
「えぇ。孤児院で過ごしてた時は、ね…」
「ッ…」
スノーズの言葉に竜神丸は昔を懐かしむような雰囲気を見せ、キーラは複雑そうな表情になる。
「スノーズさんも、昔は孤児院で過ごしていたんですか?」
「あぁ。といっても、僕の場合は過ごしていた期間が短いけどね」
「短かった? そりゃどういう事だよ」
「彼の場合、私達とは少し事情が違うんですよ」
Blazの疑問に、竜神丸が説明を加える。
「彼は私達と違って、孤児院に引き取られる時期が少し遅かったんです。そして機関の連中が孤児院にやって来た時、彼は誰よりも真っ先に連行されました」
「!? テストもせずにか!?」
「あぁ。僕が持つ、PSI能力の所為でね」
スノーズは右手から放った冷気で、周囲の草を一瞬で凍らせる。
「「寒っ!?」」
「これが僕のPSI、
スノーズが指を鳴らすと、一瞬で凍った草が元に戻る。
「生まれつき、僕はこのPSIを使えるようになっていた。そのおかげで、僕は孤児院に引き取られる事になってしまったのさ」
「! じゃあ、スノーズさんは…」
「捨てられたんだよ、生みの親にね」
スノーズの言葉にディアーリーズは驚きを隠せず、Blazやガルムは無言のまま話を聞き続ける。
「最初は普通に接してくれてたんだけど……この力があると分かった途端、僕を孤児院まで押し付けて自分達は何処かに消えちゃったよ。それだけ、僕の事が不気味に思えたんだろう」
「そんな!? 自分の子を捨てるなんて…」
「あの二人にとって、僕は所詮その程度だったという訳だ。挙句、その力が原因で親に捨てられた事を機関の連中は知っていたんだ。だから僕に対してはテストをする事も無く、直接機関の施設まで連行してくれた。そこからは僕にとって……いや、僕達にとっては地獄以外の何物でもなかった」
「ッ…!!」
「……」
スノーズが告げる“地獄”という単語にキーラは少しばかり悲しげな表情になり、竜神丸は無言のまま肘を突く。
「そんな地獄から抜け出したかった。これ以上苦しみたくなかった。だからこそ僕は、No.01の目的に賛同した、というか施設にいた実験体達は全員が賛同していたよ」
「…だから一緒に、施設から脱走したってか?」
枝の上で寛いでいたガルムがスノーズに問いかける。
「そう。ただし、それを実行する為には力も必要だった。だからこそ僕達は心を閉ざして、強くなるべく奴等の実験に耐え続けたんだ……そして、それには代償もあった」
「代償? それって一体…」
「感情の消失」
「!?」
「血の報復を実行する為に、僕達は奴等の実験に耐え続けた。耐え続ける為に、僕達は自分の心を閉ざし続けた……その結果、僕達は人間らしい感情の作り方を忘れてしまった」
「人間らしい感情、ですか…?」
「あぁ。そこの二人は泣き方を」
「「……」」
「そして僕は……笑い方を」
スノーズは首に巻いていたマフラーを下にずらし、隠していた口元を露わにする。その全体の顔は、あまりにも無表情な物だった。
「何時も無表情でいるものだから、周囲からも次第に不気味がられるようになってね。それ以来、自分の表情はあまり他人に見せないようにしていた。そしてどうやったら笑う事が出来るのか、それを考える事すら面倒に感じるようになってしまったんだ……ディアーリーズ君だっけ?」
「え? あ、はい。何ですか?」
「もし知ってるようだったら教えて欲しい」
「笑顔って、どうやったら作れるのかな」
「……」
スノーズの問いに、ディアーリーズは何も答えられないまま無言になってしまう。それはのんびりと話を聞いていたBlazやガルムも、同じ反応だった。
「…難しい質問だったかな? すまない、変な事を聞いた」
「あ、いえ…」
「それよりも聞きたい事があるのですが」
竜神丸が話を切り替える。
「結局、あなたは一体何をしにここまで来たんですか? まさか、下らない理由じゃないでしょうね?」
「シグマ君からOTAKU旅団の話を聞いてね。単純に君達の様子を見に来たんだけど……驚いたよ。僕の知らない内に、君達姉弟が仲直りしていたなんて」
「…色々と事情があっただけです」
「私はアルと共に過ごせて、とても嬉しいぞ?」
「む…」
((ほほう…!))
(あれ? キーラさん、どんどん積極的になってきてるような…?)
キーラが自身の頭を竜神丸の肩に摺り寄せ、竜神丸は困ったような反応を取る。それを見たBlazとガルムは面白そうな表情で眺め、ディアーリーズはキーラの行動に若干の疑問を覚え始める。
「元気に過ごしてるのならそれで構わないさ。今回は様子を見に来ただけだし、用が済めばすぐ帰るつもりでいたし」
「ん? ここには別に、滞在したって構わないぞ?」
「シグマ君に出会ったのも、旅の途中だったからね。ひとまず色々な世界を回って、僕が興味を持てそうな物を探してみるさ。君がTウイルスとやらに興味を抱いたようにね」
「そうですか。まぁあなたがどうしようと、私は大して興味ありませんよ」
「冷たい反応だね……まぁ、別に良いけどさ」
スノーズはベンチから立ち上がる。
「それじゃ、僕はそろそろ出るとするよ。機会があれば、また何時か会うとしよう」
「えぇ。ではまた何時か」
「あぁ、
スノーズは軽く手を振ってから庭園フロアの出口まで向かい、ガルムはそんな彼を外まで送るべく枝から降り立って後を追っていく。
「…やれやれ、無駄に話が長くなりましたね」
「そうか? 私はもう少しだけ、こうしていたいのだが」
「…姉さん、私はそろそろ研究室に向かいたいんですが? 何で腕に抱きついてるんですか? 何でそのまま離れようとしないんですか?」
「ほう、お困りだねぇ竜神丸」
「姉弟仲がよろしい事で何よりですよ~♪」
「そこの二人は喧しい」
「あだっ!?」
「のごぁっ!! 何で俺までぇっ!?」
キーラに抱きつかれたまま動けない竜神丸を楽しそうに見ていたディアーリーズとBlazは、彼が転移させた金タライで後頭部を思い切り強打する羽目になるのだった。
(笑顔の作り方、か…)
陰で、ロキが思い詰めていた事にも気付かないまま。
一方、スノーズを外まで案内しているガルムは…
「この先の道を右に曲がれば、外に出られるぞ」
「うん、ありがとう……一つ良いかな?」
「ん?」
スノーズによって、ガルムはある質問をされていた。
「君達は今…」
「危ない橋、何処まで渡ってるんだい?」
「…危ない橋、ねぇ」
想定外の質問をされて、ガルムは立ち止まってから考える仕種をする。
「まぁ、結構渡っちまってるかなぁ……けど、何でそんな事が分かったんだ?」
「僕も一応、テレパシーの能力を応用して他人の心を読み取れたりするんだけど……No.01と君の心には何故かプロテクトがかかってて、考えてる事を覗き込めなかった」
「!」
「他者に知られてはマズい情報を知っている……という事なんじゃないかと思ってね」
「…旅団における、最高機密情報だとよ。俺は別に自分の心にプロテクトをかけたつもりは無かったんだが……多分、うちの団長の仕業かもな」
「あぁ、内容は言わなくて良いよ? そんな重要過ぎる情報なんて、僕は命をかけてまで知りたくはないし」
「そりゃ助かる」
ガルムは小さく笑ってから、真剣な表情に変わる。
「まぁ、上手くやっていくさ。俺も今の日常を壊したくはねぇし、俺には早苗がいるし」
「早苗? 君の彼女か何かかい?」
「あぁ。故郷にいる皆もそうなんだが、俺にとっては早苗が一番大事な存在だ」
「そうか……彼女、ねぇ」
「? どうした?」
「いや、何でもない。それよりも、大切な人がいるんだったらずっと大事にしなよ……そういった存在がいない、僕が言うのも何だけど」
「…あぁ、肝に銘じておくよ」
スノーズの忠告に、ガルムは適当ながらもしっかりと返事を返すのだった。
某次元世界…
「がぁっ!? クソ…この、モブ…が―――」
また一人の不正転生者が、その命を絶たれる事となった。その首を、一本の剣によって一瞬で撥ね飛ばされたからだ。
『…雑魚が』
不正転生者を殺した戦士―――黒騎士は、剣を鞘に納めてから姿を消すのだった。
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笑顔の作り方