会談を終え、周囲に人がいないのを確認した私は軽口を叩く。
「いやはや、張勲殿の交渉術は天下に並ぶ者はいませぬな」
相手に主導権を寸分も与えず、完全に掌の上だ。
「そんな事ないですよ。趙雲さんの絶妙な援護が相手の自尊心を満足させてますし」
よく言う、そのように話を持って行ってる張本人が。
私と張勲殿の微妙な空気を察した月殿が慌てて場をとりなす。
「と、とにかくこれで、王允さんの腹心である士孫瑞さんの助力を頂ける事になりました。宮中の事を蔡邕さんから聞いたところ、董承さんは態度が軟化してきたとの事です」
「馬超さんが来てくれたのが大きいですねえ、王允さんや董承さんが頼ろうとしていた馬家がこちらの味方になりましたから」
「あたしはこういうの苦手なんだけどなあ、まあ、立ってるだけでいいんなら何とか」
「妾は座ってるだけじゃがの」
袁術殿の言葉に皆して笑う、確かな手ごたえを掴みはじめた事が気持ちを軽くしていた。
そんな我々の下に、一人の軍師と二人の将を失った報告が届く。
「真・恋姫無双 君の隣に」 第17話
「くっ、まだだ、まだ私は負けていない」
「そう?もうボロボロじゃない、貴女の兵達と一緒でね」
孫策の言葉に私が後ろを振り返ると、そこには無残な兵達の姿があった。
馬鹿な!私と共にあれ程鍛え上げてきた兵達がこうも簡単に。
「当たり前の結果よ。率いる者が自分の事だけ考えて指揮を執らないんだから。戦場で一対一の戦いしかないとでも思ってるの」
「貴様、卑怯な手を使ったな。それでも武人か!」
「卑怯、卑怯ねえ。もういいわ、これ以上は時間の無駄だわ」
孫策が動けない私の横を通り過ぎる。
くそっ、力が入らない。
「何の真似だ、勝負はまだ付いていないぞ」
「お断りよ。これ以上、南海覇王を貴女の血で汚したくないわ」
「孫策~~~~~~」
姉者と張遼の激闘を止めたのは、殿の兵達に指示を出していた董卓軍の軍師、賈駆だった。
「ここまでよ、霞」
「詠」
「もう一刀たちは追っても間に合わないところまで進んでる。これ以上の犠牲は不要よ」
「さよか、悪いな惇ちゃん、ここまでや」
「夏候惇将軍、夏候淵将軍、投降するわ、兵達への攻撃を止めて欲しい」
私は受諾し、兵に指示を送る。
「むう、張遼、私はまだまだ闘いたかったのだがな」
姉者が至極残念そうだ、ああ、そんな姉者も可愛いなあ。
「今日のところはここまでよ、春蘭。貴女達の闘い振り、素晴らしかったわ」
「「華琳様」」
「賈駆、張遼、貴女達の投降を承服するわ。誰にも手出しさせないと誓いましょう。そして私の臣下となり、大陸の王となる力になって貰うわ」
「投降した身よ、好きに使ってくれたら良いわ。でも心は渡せない、捧げるに相応しいと証明されてからよ」
「そういうこっちゃ、あと悪いけど二つだけ頼みがあるんや」
「聴きましょう、言ってみなさい」
投降者の態度ではないが、私や姉者に咎める気は起こらない、彼女達は敬意を払うに値する将であり軍師だ。
華琳様も楽しげに聴かれている。
「一つは今回の戦いにウチらに何も聴かん事、させん事」
「もう一つは、今回は仕方ないけど、月に、董卓に刃を向けることがあれば、僕達はあんたの敵になる」
益々華琳様は楽しげだ。
「董卓に次があるのかしら?」
「あるわ!あの娘は必ず生き延びる。一刀が護ってくれる!」
賈駆の発言は華琳様にとっても望む事なのだろう。
「フフ、そうね、私も期待してるわ。私も貴女達の主に相応しい者だと必ず証明してあげる。華琳よ、そう呼びなさい」
「僕は詠」
「ウチは霞や、よろしゅうな」
「姫様、孫策軍が汜水関を攻略しました。後、曹操軍が撤退している軍を追撃して董卓軍の将を捕えたそうです」
この報告を聞いて喜んでくれたらいいけど。
「・・面白くありませんわね」
ああ、やっぱりそうきた。
「斗詩さん、猪々子さん、虎牢関はわたくしの軍が陥としますわ。華麗なわたくしの戦い振りを諸侯に見せつけて、誰が一番人の上に立つに相応しい者かを知らしめてあげますわ」
「おっしゃあ、やっと出番だぜ」
姫様、文ちゃん、確かに汜水関は陥ちたけど、一刀さんの軍はいなかったから無傷だよ。
向こうの兵力も今では十万以上、強固な虎牢関に籠城されたら、連合軍が総力を挙げても相当厳しいよ。
昨日の火計で兵糧は二ヶ月分もないから、力攻めするしかないのも事実だけど。
「行きますわよ。雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわ。」
「おお、いっくぞ~!」
駄目、分かっていたけど止めれそうも無いよ。
でも向こうは籠城してるから、無理に攻めなかったら損害は抑えられるよね?
来たのです。
予想通り先陣は盟主の袁紹、華雄を破り汜水関を陥とした事で調子に乗っての先陣でしょうが、我等が本来なら何一つ負けていないという事を思い出させてやるのです。
我等董卓軍の過ちを一人で背負おうとしている一刀殿の為にも。
「恋、陳宮、すまない。君達の仲間を敵の手に落としてしまった」
「一刀、悪くない」
「恋殿の言う通りなのです。華雄の馬鹿が全て悪いのです」
華雄の軽率な行動には呆れてものが言えないのです。
詠と霞が敵を抑えてくれなかったら、戦は既に終わってたのです。
「だが、俺が華雄将軍にしっかり言い含めてたら、こんな事には」
「無駄なのです、華雄は元々人の話など聴いてるようで聴いてません。自分の感情が最優先なのです」
ねね達はよく知ってるのです、だから今迄は単純な突撃での配置しかしてなかったのです。
「詠達の事は心配ですが、今は向かってくる敵の対処をしなければいけないのです」
「分かった、今は防衛の事を考えよう。陳宮、虎牢関の指揮を頼む」
詠が居ない以上、ねねが全体の指揮を、戦術を考えなければいけないのです。
ねねは詠にはまだまだ及ばない、分かっているのです、ですが事実を踏まえた上でやってみせるのです。
恋殿に頼りきらず全体の勝利を考えてみせるのです。
「御遣い殿、ねねの真名は音々音なのです。ねねと呼んでほしいのです。ねねが詠に代わり御遣い殿を支えると真名にかけて誓うのです」
御遣い殿が手を差し出してきて、
「俺は一刀だ。ねね、改めて頼りにしている」
一刀殿の手をしっかり掴んで、
「任せてほしいのです」
ねねの最初の提言は、野戦で一撃を与える事なのです。
数が劣るとはいえ、崖に挟まれたこの地形ならば単純な力勝負。
こちらが籠城と決め込んでるであろう連合に、董卓軍の最大の力で攻撃し機先を制するのです。
武神と謳われる恋殿が率いる董卓騎馬軍の恐ろしさを骨身に刻ませて、詠と霞の借りを返させてもらうのです。
「蒲公英殿、董卓軍の援護をお願いするのです」
「了解だよ。そっちは突撃でこっちは撹乱だね♪」
「恋殿、そのお力、ねねに御貸しくだされ」
「任せる。手加減しない」
詠、必ずやねねが董卓軍の軍師として月殿をお護りするのです。
どうして布陣してるの?
籠城じゃないの?
あれは、真紅の呂旗、あの呂布将軍!
「姫様、急いで後ろに下がってください!文ちゃん、急いで防御の陣形を整えて、早く!」
「斗詩さん、いきなりどうしましたの?」
「斗詩、何そんなに慌ててんだ?」
「急いでっ!」
敵は、もう動いてる。
武神。
以前に彼女、恋の戦い振りを見たことはあった。
凄まじい武なのは理解してたけど、それでも眼前の光景が現実とは思えない。
味方なのに身体が震える、本当にあの大人しくて優しい娘と同一人物なのか?
出会ったばかりの俺にいきなり真名を呼ぶようにお願いしてきて、一緒に居る時はずっと引っ付いてた娘と。
「なあ、大将、恋てホンマにウチらと同じ人間か?」
「こ、怖いの、怖いの」
「武神、天下無双、正にその通りです」
凪達の感想に誰も異論はないだろう、俺も思わない訳じゃない。
連合の兵を草を刈るが如く薙ぎ払い、恐怖のどん底に突き落としている恋の姿は天災と変わらない。
蒲公英が撹乱して、ねねが的確な指示を送り、恋が武を存分に発揮する。
袁紹軍は瞬く間に壊滅状態だ、袁の牙門旗が急ぎ後方に退いていく。
圧倒的だった。
恋達が帰還して虎牢関は沸きに沸く。
そんな中、恋が俺の傍に来て引っ付いてきた。
恋が俺の目をジッと見てきて、そんな姿に心が温かくなる。
馬鹿だなあ、俺、恋は恋だろ。
セキト達と日向で昼寝してるのが似合ってる女の子だろ。
「ありがとう、恋」
恋の頭を撫でたら嬉しそうな顔をしてくれた。
「一刀殿、ねねも頑張ったのですぞ」
「蒲公英もね」
「勿論だよ。二人もよくやってくれた、ありがとう」
二人の頭も撫でる。
「な、撫でて欲しい訳ではないのですが、甘んじて受けてやるのです」
「えへへ~、こういうのもいいね♪」
俺が幸せな気持ちになってると、後方から不機嫌な声が聞こえてきた。
「予想通りやけど、ウチら撫でられた事はまだ無いよな」
「あの種馬はいっぺん去勢した方がいいと思うの」
「・・明命殿、恨みます」
今度機会があったら撫でるから、許してください。
「袁術さん、お味はいかがですか?」
「美味しいのじゃ、董卓はお茶を入れるのが上手なのじゃな」
「子供の頃からよく入れてたんです、両親に美味しいって言われたのが凄く嬉しくて」
次の会談まで少し時間があるのでお茶にしているのですが、董卓さんの様子は以前通りですね。
汜水関の報から数日、親友らしき賈駆さんと張遼さんが曹操軍に投降したと聞いた時は、今にも倒れそうな顔をしてましたのに。
「のう、董卓。このような事を聞くのもなんじゃが、賈駆達の事は心配ではないのか?」
美羽様の言葉に董卓さんは穏やかに応えます。
「はい、心配はしてます。ですが私は詠ちゃんや霞さんの取った行動を誇りに思います。そして信じてます、詠ちゃん達とまた一緒に居られる日は必ず来ると」
目にも言葉にも、強い意志が表れてます。
本心ですね、やはり一刀さんが見込まれたとおり、この人も王としての器を持つ人ですか。
「董卓は凄いのじゃ。やはり人の上に立つ者は強い心を持っておるのじゃな」
美羽様?
「いえ、私は弱いです。御遣い様のように確固たる意志を持たず、流されていた私の弱さが今の事態を引き起しました。今の私は全てを受け止めてこそ、償いの始まりだと考えています」
董卓さんの真摯な思いを聞いて、私は素直に感心してます。
趙雲さんも馬超さんも同じなんでしょうね、この人を失うわけにはいかないと思ったのは。
それにしても、美羽様はどうしたんしょうか?
「袁術さん、何かお気になる事でもあるんですか?」
「うむ、董卓のような立派な王でもうまくいかない事があるんじゃなと思うての」
「そんな、立派だなんて。私は皆に大変な苦労を背負わせてしまいました」
「じゃが誰も文句は言わんのじゃろう?皆が董卓の事を好きなのじゃと妾でもわかるのじゃ」
「へう」
美羽様に褒められて董卓さんが照れてます。
分かりません、美羽様は何が言いたいのでしょうか、こんな事は初めてです。
「董卓、七乃、聞いて欲しい事があるのじゃ」
「袁術さん?」
「お嬢様?」
「妾はの、一刀に王を譲りたいと思っているのじゃ」
「お嬢様!」
まだ美羽様には一刀さんの考えを伝えてはいないのに。
「袁術さん。私は天水の地を両親から受け継ぎ、領地全てが大事な思い出であり宝物です。貴女にとっても同様と思います、どうしてその様に思われたのですか?」
董卓さんは美羽様の真意を聞こうとしてます。
私も倣いましょう、聞かせてください、お嬢様。
「妾の事は此処にいる皆が聞いた事があると思うのじゃが、一刀が現れるまで妾は自分の事しか考えぬ我儘な王じゃった。世の中は妾を中心に回ってると本気で思っていたのじゃ」
自嘲する美羽様は、普段の明るい様子からは想像も出来ないものです。
「今なら分かるのじゃ。あの頃の妾とまともに接してくれていたのは七乃だけじゃった。当然なのじゃ、相手の事をを知ろうともしない者の相手なぞ誰もせんのじゃ」
それは私も同じです、美羽様以外の人など眼中にありませんでした。
「それでは駄目だと教えてくれたのが一刀じゃ。怒るでもない、諭すでもない、自分で気付くように導いてくれたのじゃ」
はい、私が止めていた美羽様の時間を動かしました。
「気付き始めた頃から、嫌いじゃった勉学も、周りにいた家臣の事も、街に住んでいる民の事も、いつも新しく知ることがあったのじゃ、そして妾が今迄何をしていたのかもじゃ」
董卓さん達は黙って聞いてます。
私は自分の所為だと言いたいのをこらえます、美羽様はそんな事望んでいない。
「王を一刀に譲ろうと思うのは罪滅ぼしではないのじゃ。民や家臣と一緒に笑って、無理やりではなくて自然に導いてくれる一刀こそ王に相応しいと、妾が思ったからなのじゃ」
「それでは、袁術さんはどうされるのですか?」
「妾は家族を失った子供達の力になりたいのじゃ。家族を失う悲しみは妾もよく知っておる。子供達に色んな事を知ってもらいたいのじゃ、悲しい事だけではなく、嬉しい事も楽しい事もあるのじゃと。一刀が妾に気付かせてくれた様に」
美羽様の決意を聞き、私は言葉がありませんでした。
董卓さんが立ち上がり、美羽様の傍に来られ笑顔になられます。
「袁術さん、私の真名は月と申します。どうか受け取ってください」
美羽様も立ち上がって、
「ありがたく受け取るのじゃ、妾は美羽、受け取って欲しいのじゃ」
趙雲さんと馬超さんも傍に来られて、
「私は星と申します、お見事な決意、感服しました」
「あたしは翠、受け取って欲しい」
「ありがとうなのじゃ」
董卓さん達と真名を交わす美羽様を眺めながら私は思います。
一刀さん、早くこの戦を終わらせましょう。
今日の事を直にでも伝えたいんです。
そして、美羽様を褒めて上げてください。
一刀さんの気持ちを受け止めて、ご自身の足で歩み始めた美羽様を。
そして、私の感謝の気持ちを伝えさせて下さい。
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