【クロース・エンカウンター②】
さーて、どうすっかな。
ランカちゃんをシェリルのコンサート会場まで送り届けたは良いがシフトまでもうちっと時間がある。
メシ食うにも微妙な時間だし…うーむ。
ふと空を見上げれば、広告モニターからシェリルのアップが映し出され、それに併せて歌も流れている。
こいつぁ確か…『射手座午後九時Don't be late』だっけか。前のコンサートの時のオープニングを飾った、あの歌。
嫌でも耳に残ってやがんぜ、あんだけ度肝を抜かれたのは久しぶりだったな。
はっ、シェリルの性格が良く表れているというか、まさにシェリル、って感じの歌だな。
…ん、決めた。今日は早めに出勤しとくとするか。
今は新統合軍がシェリルの護衛を受け持っているという話だし、ウチにも何かしらの依頼が来るかも知れねぇしな。
何も無かったら無かったでのんびり昼寝でもしとけば良い話だし。
バイクのアクセルを吹かし、元来た道を走り始める。
うはっ、対向車線は渋滞になっちまってやがる。人気あんだな、シェリル。
詰まってる対向車線側と違い、空いている道路を軽快にスピードを上げて疾走していく。
途中からメイン道路から地下へと続くS.M.S.隊員通行用の道路へと針路変更し、行き止ったところでバイクを降りる。
【……】
蠢くようなモーター音と同時に、『S.M.S.』とロゴが入った壁が開いていく。
光の方向に歩き始め、オレはマクロス・クォーターの甲板へと歩を進めた。
「ダイチ中尉、貴方が来るのを待ってたわ」
「あ、ジェシカ大尉。何かあったんすか?」
おろ、珍しいな。ジェシカがここに佇んでいるのは。
何かあったんか?珍しく職場モード入ってやがるし。
一応ここはもう職場なわけだし、ジェシカに対して敬語で応答する。
「ねぇ、何だか嫌な予感がするの。はっきりとは分からない、でも確かな悪意が、視線がこちら側を貫いているのが感じる。貴方にはいざという時、第2管制室付ではなくスネーク小隊付で動いてもらうつもりだから心の準備だけはお願いね」
…ふむ、一考を要するな。
ジェシカの勘の良さはバカにできないくらいの的中率を誇る。
本人はトランスとか言ってたっけ、精度が低い場合もあるが、大まかには合っている。悪意、視線ねぇ…
「艦橋行くついでに艦長に上申してきてはどうです?ジェシカ大尉の勘ともなれば、何らかの対策をしてくれると愚考するわけですが」
「…いいえ、これは私の勘違いかもしれないし。ピクシーとスカル、あとはニードルとブラッドの小隊にはそれとなく伝えておくわ」
相変わらずすげぇ人脈をお持ちで。
オレなんざオズマに絡まれるばっかりで、他の小隊の面々とコミュニケーション取った覚えが無ぇし。ピクシー小隊のメイなんかはよく話しかけてくれるがよ。
「…そろそろ時間よ、着替えてサロンに集合ね」
「了解」
そんなに不安そうにしなくても、オレ達が動けるのは依頼があるか相当最悪な事態に陥った場合のみだ、そん頃にはある程度情報も入ってくるだろう。
ま、コーヒーでも飲みながら待機しときますか。
※ ※ ※
「ッ…」
まただわ。やっぱり何かがこちらに向かってきている。私の全身を駆け巡る、この得体の知れない視線。
私の感受性は、『あの時』から増す一方。一回ゾーンに入ってしまえば身体が、そして神経がそれに慣れてきてその状態を維持することも可能になった。
強弱をコントロールすれば、人並みにまで落とすことも可能、普段はさすがにそうしている。
でも。
「2…5…ううん、まだ多いわ…」
得体の知れない何か。
どんどん近づいている。まずいわ、軍じゃ相手にならないかも。
バルキリーがある格納庫まで急いで行っておくべきね。
先ほどダイチ中尉にはサロンでの待機を言ったばかりだし…
「まったく、ままならないものね」
思わず愚痴が出てしまうのは仕方無いわね。
新統合軍の機体、腕ではある程度までしか期待できない。
私達が何とかするしか…でもすぐには行動できないジレンマ。
そう言えば、ミシェルは今頃あの『銀河の妖精』のコンサートの飛行アクションを務めている頃ね。あの子の腕がどれほどまでになったか、確かめてみたかったのだけど。
それに応じて、今回のスナイプの位置や攻撃援護範囲を私とで分ける。
6:4くらいかしら、若干私に負担がかかるくらいね。
そうするとして、今回のスネーク小隊の立ち位置は遊撃、ということで良いかしら?
後で艦長に伺って…
…って、はぁ。
まだ来ると決まったわけじゃないのに、私としたことが。
一応、腹案は持っておいて、いざという時にすぐに動けるようにしていれば安心ね。
サロンへと行きましょう、コーヒーでも飲めば落ち着くでしょうから。
熱くなった頭を冷やす意味も込めて…
※ ※ ※
「ブッ!?」
ら、ランカぁ?現在シェリルとやらのコンサートでアクションを行っているミシェル達のEXギアを通じて、会場の映像が送られてくる。
「ん?何かあったんですかい?」
「あぁ、いや。なんでもない」
ギリアムが話しかけてくるが、軽く返事しただけで吹き零したコーヒーを拭う。
やれやれ、とんだ失態を見せてしまったな。
どうしてもランカのこととなると必要以上に熱くなってしまうオレのこの性分…ランカを引き取った頃から始まって今も治っていないわけだ。
特にキャシーと別れてからは…拍車がかかっちまってダイチを始めとして色々なヤツに当った覚えがある。
映像を改めて見る。
観客席を後ろの方から見てるな…ん?
あの舞台脇にいるのは…キャシー?
何であんなところに…制服を着てやがるし、護衛の任務か何かか。
父親が大統領だからな…こういう任務があるのは頷ける。
チッ、ついさっきジェシカがあんなことを言いやがるもんだから何かあるんじゃないかって勘ぐっちまうな…折角今は訓練が一段落したところだ、ゆっくりしないとな。
『ALERT!ALERT!』
!?何だ?
『大統領府よりS.M.S.に出動要請。全小隊、スクランブル。ミッションコード:Victor3が発動された。繰り返す、Victor3が発動された。ただちに迎撃準備に移行せよ』
「Victorって…マジかよ…」
ギリアムが呆然と呟くのが耳に入る。そのお陰でいち早く正気に戻れた。
『諸君、残念ながらコレは演習なんかじゃあない。全機スーパーパックを装備、隊長機にはアーマードパックの使用を許可する』
艦長からの発進命令が下された。全機にスーパーパックとは豪勢だな…
オレはアーマードか、速度が抑えられることを念頭に置いていかなければ。
「ギリアム、ミシェル達に連絡を!カナリア!出るぞ」
「っ!」
力強く頷き、駆け出していくギリアムや他の隊員の背中を追いかけながら、オレはポツリと一人ごちた。
「ランカ…ダイチ。ついに来たぞ…!」
恐らくはオレの推測通り、『奴ら』だ。
10年前の借り…ここで返す!!
あの時のランカの哀しみ、晴らせてもらおうか。
お前もそう思うだろ…ダイチ!
※ ※ ※
「何だって言うんだ…?」
くそっ、どうなってやがる?!
シェリルのコンサートもほぼ中盤に差し掛かろうかという時、非常事態宣言が出されたとの放送が入った。
それを知らせたのはもちろん…
『みんな、良く聞いて。フロンティア全域に非常事態宣言が発せられたわ。急いでシェルターへと避難して!』
『大丈夫、慌てないで。外には軍人さんも待機してくれているわ。先導に従って、怪我をしないように移動してちょうだい』
『私はやられっぱなしで終わる女じゃないわ、リベンジライブをするから、その時は是非聴きに来てね』
…今までの、シェリルへの侮りが消えていく。彼女はオレなんかより、ずっと大人で、そして『プロ』だ。
歌手としてのプライドを無くすことなく、非常事態に陥ってもすぐに切り替えることのできる柔軟さを持っている。おそらく、護衛と打ち合わせでもしたのだろう、合図を送るだけで大勢の客を避難させてみせた。
オレには何がなんだか分からない。
ミハエルとルカはどこかと連絡を取っていたかと思えば、どこかに飛んでいってしまうし…
ここにいても埒が明かない、移動しよう。
幸い、EXギアがあればエネルギーが尽きるまで航空移動できるわけだしな。
そう思い、オレは会場の窓から飛び立ち屋根へと移動した。
そして…
オレは、『※※※※※』を体験することになる…
※ ※ ※
『諸君、残念ながらコレは演習なんかじゃあない。全機スーパーパックを装備、隊長機にはアーマードパックの使用を許可する』
げっ、Victor3って相当ヤバい状況じゃね?しかも普段は節制している装備まで大判振る舞いだしよ。
仕方無ぇ、正規配属しているクォーター・第2ミサイル管制室へと急ぐ。
他の奴らは…おっ、もう配置についてんな。
「室長、待っていましたよ」
「室長の命令が無ければ我々は動けないんですからね」
部下から口々に野次が飛ぶ。
「馬鹿野郎、いざというときはオレがいなくても動くんだよ。そういう訓練をやってきただろ?」
「それはそうですが」
「室長がいないときってバルキリーに乗るときですよね」
「あっはは、そんな状況が来た時点で懐まで入り込まれてますよ」
…こいつら、実状況だっつーのに自然体なのは良いことだが…
そろそろ喝を入れねぇと手遅れになっちまうな。
「よっしゃ、無駄口はここまでだ、状況に入るぞ。Victor3につき第1種戦闘準備!」
「了解、第1種戦闘準備に入ります」
「遠隔発射装置、安全装置解除」
「ミサイル照準始め」
「距離、およそ7500」
「モニター、出ます」
「unknownが数体、フロンティア船団に向け高速接近中」
「新統合軍は最終防衛ラインを突破されたようです」
「スカル及びブラッド小隊、接敵しました」
オズマ達か…オレは別命あるまではここで指咥えて眺めることしかできねぇ。
頼む、10年前の借り…お前ぇが晴らしてくれ。
あの頃と違い、装備も腕も格段に上げてきたんだ…あの悲劇を繰り返してたまっかよ!
今度こそ…守ってみせる。
【………】
ん?秘匿通信が…ジェフリーのおやっさん!?
これは…艦長、感謝すっぜ。
【敵地上襲来の時に備えバルキリー内での戦闘待機】
「……任務了解。お前ぇ達、ここは任せた」
「室長?!」
「特殊命令が発信された。オレはバルキリーで迎撃準備に当る」
「げっ、まさかの当りですかい」
「室長の発進まで、時間を稼いでみせます」
信頼できる部下共を持って幸せだな。
副室長に采配を任せ、急いで格納庫へと向かう。
そこには…あるはずだ。本来、有るわけが無いハズのオレンジカラーの『VF-25』が。
…ん?何だ、今オレは何を考えた?
まぁ良い。考えんのは戦闘が終わったあとにでもできるしな。
「スネーク2・鉄ダイチ、出る!!」
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平和なひと時に突如として響き渡る警報。
それは、異生物体との戦いの序幕を上げる狼煙だった。