「そういやおめぇ、何で俺と結婚したんだ?」
咀嚼していたツァンパを飲み下しサンボンネットの女に問いかけるが何故か微笑みかけられてしまう。
「さあ、何でだと思う?」
問いかけに問いかけで返され男の眉が寄るが、女はそんな様子を見てくすくすと笑い始めた。
何かを思い出しているのだろうが男に思い当たる節はない。
そもそも女は夫であるこの男、狩人の名前も知らない。
狩人は狩人で女が村へ来た経緯もそれ以前のことも何一つ知らない。
村人のひとりとして接し数回料理を振る舞われた、その程度の仲だ。
それがある日村長から『お前と結婚したがっている娘がいる』と伝えられ、了承した途端に村中が祭りの様相になり今に至っている。
「分からねえ。なんとなく、で俺だとも思えねえし。おめえが食い道楽だって噂くらいは聞いたことがあるからな」
オットーの旦那のところでしか振る舞われないようなケーキやサルマーレを惜しげもなく差し入れる、鍋ごと料理を持ち歩くサンボンネットの女、と言えば村で心当たりのない者はいないだろう。
畑にはあらゆる野菜が植えられ肉用ミルク用の家畜に数十頭を越える番犬、家に沿うよう並べ立てられたクライエ、チーズにハムソーセージにツイカに、村で採れるすべてのものが敷地内に揃えられている様を見れば想像するまでもない。
一年の半分は山で暮らし必要最低限のものだけあれば生きていける男とは真逆の嗜好、生活をしていることは明らかだ。
当然羊も大量に飼われているし敷地の一角に積まれた羊毛を見るにベッドカバーなどいくらでも用意できるだろう。
狩人が眉を寄せたまま思いあぐねていると女は夫の食事皿に好物である鳥のソテーを取り分けていく。
「あなたと家族になりたかったから」
聞き逃しそうな、いかにも当たり前のような言葉に思考が断ち切られる。
「覚えてる?初めてこれをあなたの所へ持って行った時のこと。優しい顔をして甘い、って言ったこと」
微笑む女に言葉が出てこない。
甘く柔らかい里の肉は菓子のようだと感じているのは事実なのでそう言ったこともあるかもしれないが、そんなにはっきりと覚えてはいない。
「料理を持って行く度に色々な話を聞かせてくれたこと。私の知らないことを教えてくれたわ」
だから、そんなあなたと家族になりたかった。
そう言いながら微笑む妻の顔があまりに優しく幸せそうで、伝染するように狩人も意識せず微笑みを浮かべていた。
結婚だの夫婦だの考えなくても、こうして話をして共に食事をして連れ添うのも悪くはないのだろう。
「聞きたけりゃまた話してやるさ。そうだな、今日は伝説の狼の話だ」
ソテーをツァンパと摘み口に放り込む。
味気ないと感じることもあったそれは男の知らない味で、しかしそれもいつかは懐かしい味になるだろう。
暖炉だけではない暖かい空気に微睡みを感じながら、それでも夜が更けるまで話は続くのだった。
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狩人との結婚生活が楽しくて。