No.66961

龍王放浪記:壱~鈴の音を聞きながら:後之二~

いよいよ最後です

オリキャラ注意

2009-04-04 02:50:16 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:4028   閲覧ユーザー数:3502

『龍王放浪記:壱~鈴の音を聞きながら:後之二~』

 

 

北郷と呉の決戦が終わり数ヶ月。

あの後、周喩による小さな抵抗があったものの、蓮華と北郷一刀自らによる説得により周喩も投降。白装束の一派もパタリと姿を見せなくなり(当たり前だが)天下を統一した北郷は本格的に大陸を安定期へと導き始めた。

そんな中、北郷一派は蓮華の懇願もあり未だ行方の知れない思春の捜索を続けていた。

 

 

揚州。建業からほど近くの山。

都市近郊でありながら山の深さ故にほとんど人の立ち入らないこの場所に、小さな庵があった。

傍らの炊事場であろうところからは煙が立ち昇り、そこに人が住んでいることを示していた。

その庵に近付く女が一人。

「龍志、獲物を獲って来たぞ」

野兎を二頭程ぶら下げて思春は庵の戸を開けた。

「やあおかえり、思春。ちょっと手が離せないから、捌いておいてくれないか?」

竹筒で竈の火を調節していた龍志が煤を頬に付けた顔を思春に向ける。

「……煤が付いているぞ」

「え?どこだ?」

手の甲で右頬を拭う龍志だが、汚れているのは左頬だ。

「そっちじゃない…じっとしていろ」

やれやれと言うように思春は手拭いで龍志の頬を拭う。

「む…すまない」

照れくさそうに龍志が目をそらした。

あの逃避行の後、夜の飛行で体を冷やしたのかそれとも傷から細菌が入ったのかあの後思春は高熱を出し、龍志と彼に呼ばれた蒼亀による懸命の治療で一命を取り留める。

そして龍志の勧めで療養の為にこの庵で生活していた。

最も、最近すっかり体力の戻った思春はリハビリを兼ねて狩りなどをしていたが。

小さな庵で二人だけで過ごす日々。

長くて短い数ヶ月。

この時間が永遠に続くことなどあり得ない。人を超えた龍志と人に過ぎない思春では時間の流れが違う。

いずれ別れの時が来る。それはお互いに解っていながらも、今だけは、今だけはと思い過ごしてきた。

そんな数ヶ月。

 

夕食の席。二人の前に並ぶのは龍志の作ったささやかな料理。

無論、思春が獲ってきた兎も調理され皿に盛られていた。

お互い声も無く食事が進む。

想いを打ち明けた後も、二人は以前とさして変わらない関係を続けていた。

変わったことと言えば、思春がよく笑うようになったことと龍志の口数が少し増えたことだろうか。

「……そういえば君がいない間に蒼亀から連絡があったんだが」

「蒼亀殿から?それで何と?」

「君が頼んでいた件だ。孫権殿は北郷の重鎮として呉の統治を任されたそうだ」

「そうか…なかなか大それたことをするな北郷という男は」

攻め滅ぼした敵の君主を引き続き統治にあてるのだ。

器が大きいのか馬鹿なのか…聞いた限りでは多分その両方なのだろうと思春は思う。

「それからもう一つ。孫権殿は未だに君のことを探しているらしい」

さらりと言った龍志。しかしその箸を持つ手が一度だけ震えたのを思春は見逃さなかった。

この暮らしを終わらせたくない。その思いは彼も同じ。

一つ屋根の下で共に起き、共に働き、こうして飯を食べ、明日を迎える。

ささやかで、とても幸福な生活。

「……そうか」

短くそれだけ応えて思春は止めていた箸を動かす。

まるで逃げるかのように。

しかしそれを龍志は許さなかった。

「……傷も病も癒えた。君は孫権殿の元に帰るべきだ」

この暮らしを求める反面、彼は思い続けてきた。

今の生活はお互いにとって足踏みにすぎないと。

「……なあ龍志」

再び箸を止めて思春は視線を膳から龍志に移す。

「うん?」

龍志もまたそれをしっかりと受け止めた。

「お前は…どうして私に惚れた?」

 

 

「……昔の自分を見ているようだったから。始めはそれからだった」

「君主に仕えていた頃のか?」

「ああ。自分で言うのもなんだが、ただひたむきに俺は主に尽くして来た。昔の俺はそれが喜びだった」

部下として男として、華龍を支え七国統一に燃えた日々。

その果てに得た、永劫の悲しみ。

「以前、外史の話はしただろう?その中にはお前が孫権殿と死に別れるものもあった。お前に拾われた俺は身を隠す為にお前の食客となったが、同時にそのことを思い出してこれも何かの縁だろうとお前の力に成れないかと思ったんだ。同じように主に尽くし、それを失った身としてな」

龍志があの時河を流れて来たのは、未だに龍志達をつけ狙う管理者の不意打ちで長江に転落したからだ。

「だがお前と過ごす内に…俺は昔の情熱を思い出した。主に忠誠を尽くす喜び、誰かの為に才を揮う充足……全てお前が思い出させてくれた」

五百年。その歳月はただ自分が生きる為に武を極め、智を磨く日々。

「その事に気付いた時、お前は俺の中で特別になった……最初は敬意や感謝に過ぎないと思っていたんだが……」

ふうと龍志は息をついて。

「恋愛感情だと気付いたのはお前の元を離れてからだ。正直……」

「辛かったのだろう?」

黙って話を聞いていた思春が口元に微かな笑みを浮かべて龍志の言葉を繋ぐ。

「私もそうだった」

その笑みは優しく、そして切なく。

『無くして初めて気付く』

使い古された常套句だが、これほど二人を表すのにふさわしい言葉があろうか。

例えその先に哀しみしか待っていないとしても。

「思えば馬鹿だな私達は。気付かねばこのような思いをせずとも済んだろうに」

「そうだな…想いを知ることがなければ、どちらかがこのような想いを抱かなければ……」

この生活も無い代わりに、別れの痛みも無かっただろう。

「……明日、山を降りる」

「そうか…」

思春の言葉に龍志は笑みを浮かべて目を伏せた。

解りきった未来。それ以外に選択肢など無いのだから。

二人の道はあまりに違いすぎるのだから。

「……だからその前にこれを渡しておく」

思春がそう言って差し出したのは、腰に結ばれていた鈴。

あの日、龍志に渡したのとは別の鈴。

「いや、それを貰ったら君の鈴が…」

「ある」

「え?」

「お前がいなくなったあの日、庭で見つけた…何時か返せる日があればと思い、家に置いている」

その言葉に龍志は目を丸くして。

「無くしたかと思っていた…」

「…置いて行った訳ではなかったんだな」

「当たり前だ」

言いきる龍志に、心の中で胸を撫で下ろす思春。

あの鈴は別れの印ではなかった。その事実がただただ嬉しい。

決意を鈍らせそうなほどに。

頭を軽く振り、誘惑を払う。

「だがそれは今手元に無い…だからこれを渡す。お前が私を忘れないように」

「了解…その代わりお前も忘れるなよ」

鈴をしっかりと受け取り、龍志がふっと笑った。

「無論だ。鈴の音が鳴る度に思い出してやる」

「鈴の音は黄泉路ではなく恋路に誘う導と言ったところか?」

「…らしくない軽口だな」

「俺もそう思う」

小さく、心から笑い合う二人。

山の夜は更けていく。

優しく、そして残酷に。

 

 

翌朝。

山の朝は早いとはいえ、木々に囲まれている以上はまだ暗い。

動物達もまだ眠りの中にあるであろうそんな時間に、庵の戸が開いた。

そこから出てきたのは、旅支度を整えた思春の姿。

庵の中では龍志がまだ横になっている。

それに一瞥を加えると、思春は戸の外に脚を踏み出し……かけてくるりと庵の中に戻った。

そして龍志が眠っているのを確認すると、じっとその顔を見る。

もしも同じ人間として出会っていたならば違った未来もあったかもしれない。しかし、龍志がただの人間のままであったらこうして出会う事も無かった。

恨むべきは運命か、それとも人を超えてしまった目の前の男か、超えられぬ自分自身か。

「…考えてもしょうがないことか」

ふっと自嘲気味に笑い、そっと思春は龍志の頬に手を当てる。

そしてその唇に静かに自分の唇を落とした。

とはいえそれは一瞬。僅かに触れるだけの短い時間。

「………」

何も言わず再び庵の戸へと足を進める思春。

戸口でまた龍志を振り返り、ポツリと一言。

「さらばだ…私が誰よりも愛した男。これまでも…これからも」

こんどこそ庵の外に足を踏み出す。

そして戸を閉めるとそのまま山を降りて行った。

ただの一度も振り返ることなく。

 

「……行ったか」

思春の気配が遠くなったのを感じて、龍志は身を起こした。

「挨拶も無しとは…あいつらしい」

苦笑を浮かべて思春が出て行った戸口を見つめる。

短く儚い、泡沫の夢の残滓を感じるように。

「…蒼亀。いるんだろ」

「……ばれていましたか」

誰もいない部屋の隅から声がしたかと思うや、道服姿の蒼亀が姿を現した。

「…見ていたか?」

「不可抗力で」

頬を染め唇を手の甲で押さえる龍志。

その姿にクスクスと身を揺すりながら。

「良かったのですか?あなたと縁を繋ぎ続ければ、彼女も不老の身…私達と同じ体になったかもしれませんが?」

「良いんだよ。この世界は平和になった、だが俺達の道は相変わらず修羅の道…連れていくことなどできないさ」

「そうですか…」

龍志の言葉に寂しげに笑う蒼亀。

龍志がこの道を歩むことになったのは、蒼亀が龍志を助けるために外史の狭間に彼を引き出したからだ。

それにより互いに縁をつないだ龍志と蒼亀は、片方が管理者に近い肉体となり、片方が管理者の業から解き放たれた。

それがこの永劫の修羅道の始まり……。

しかし。と蒼亀は思う。

逆にもしも龍志が外史の中の人間と縁を繋げたならば、彼もまたただの人間に戻れるのではないだろうか?

人外の力も異形の技も全てを捨てて。

「…蒼亀。次の外史への道は?」

「はい。どうやら予定の外史へ直接向かうのは難しそうです。二、三の外史を経由した方が良いでしょう」

「そうか…解った。身支度を整えたらすぐに行こう」

そう言って龍志は立ち上がる。

先程の少女と同じように、何かを振り切ろうとするかのように。

「はい」

その姿を見て蒼亀は思った。

いずれにせよ前に進むしかないのだと。

義兄が救われるにせよ救われないにせよ、自分はこの人と共に歩いて行くだけだと。

 

 

その後。

高楼の上から、思春は長江の流れを見つめている。

あれから幾度かの景色が巡り、思春の髪はさらに伸び、背と胸も少し大きくなった。

蓮華のもとへ戻った時、主は思春の無事を泣いて喜んだ。

敬愛する主を苦しめたことに胸を痛めながら、思春も涙を流して不義を詫びた。

そして思春は今も、蓮華の親衛隊長として日々を送っている。

相変わらず蓮華は呉の為に切磋琢磨し、天下統一という重荷を降ろした冥琳とも穏やかな日々を過ごしている。

北郷や旧魏の将や軍師達とはそれなりに楽しくやっているし、どうも気に食わない大陸の覇者も最近骨のある事が解ってきた。

蓮華を合意の上とはいえ手篭めにしたというだけで、そう易々と許す気にはなれないが、蓮華が北郷一刀のお陰で安らかに過ごせているのもまた事実だ。

(少し似ているかもしれないな…龍志に)

一応、武芸や知恵その他諸々は及ばんがな。と心の中で付け加えておく。

数年経った今でもあの時に勝る想いには出逢えていないし、逢いたくもない。

ふと視線を空に移す。

長江の流れ以上に果ての無い蒼天が広がる。

「お前は今何をしている?相変わらずふらふらとしているのか、それとも良い主に巡り合えたか……」

いずれにせよ彼が彼らしく生きていればそれで良い。

「お前にまた逢いたくないと言えば嘘になるが……」

ふと、自分を呼ぶ声がした気がして思春は空から視線を外し耳を澄ませる。

「思春~どこにいるの~?」

下の階から蓮華の声が聞こえた。

大方、また孫登が姿をくらましたのだろう。

父親に似たのか母親に似たのかそれとも両方か、一刀と蓮華の間に生まれた子供はやんちゃで周りも手を焼いていた。

「……もう少ししたら行くか」

以前の思春だったら飛ぶように駆け付けたであろうが、今は良い意味で力が抜けている。

無論。主の危機にはすぐさま駆けつける心構えだが。

「逢いたくないと言えば嘘になるが、それには少しばかり私は忙しい」

視線を空に戻し、腰の鈴を外して空にかざす。

屋敷に置いていた鈴は、戦乱の中でも失われることなく保管されていた。

 

リーン

 

澄み渡った空に、それに負けぬ澄んだ鈴の音が響く。

 

 

「義兄さん。偵察に行った美琉さんからの伝令が来ました」

「おう、それで何と?」

別の外史の幽州・北平。

執務室の椅子に腰かけた龍志は、珍しく少し慌てて入ってきた蒼亀に目を丸くしながら報告の続きを待つ。

「それが…例の光が見えたというところを探索したところ、天の御遣いらしき人物を発見したと」

「魏蜀の決戦の後に姿を消した一刀か!?」

驚いて立ち上がる龍志。

彼の首から下げられた紐に結ばれた鈴が、小さく鳴き声を上げる。

「ええ…どうやらこの外史。まだ終わってはいないようです」

「そうか…では例の謀反の計画、少し練り直す必要がありそうだな」

顎に手を当てて龍志は思考を巡らす。

三国安定の為の反乱計画はすでに秒読み段階に入っていた。

「彼を主に頂きますか?」

「あいつには辛い選択を迫ることになるがな…」

「それよりも、義兄さんはいいのですか?彼が主でも」

「……今のところは良いと思う。足りない所は補えばいいさ。それが俺の忠誠だ」

執務室の窓から空を見る。

果てしない蒼天が彼方へと続いている。

 

 

リーン

 

風に龍志の胸の鈴が揺れた。

「…思春殿の事を思い出されているのですか?」

「ああ…正直、まだ俺は迷っていることも多い。どうして生きているのか、どう生きるか、それらを含めてすべての意味……」

でもな。と龍志は笑い。

「あいつに恥ずかしくない…そんな生き方をしたいと思う」

「そうですか……」

蒼亀もまた笑みで返す。

 

 

チリーン……リーン

 

 

 

「ん?」

「え?」

 

 

 

「今、どこからか鈴の音が……」

「思春~手を貸して~~!!」

自分のものとは違う鈴の音が聞こえた気がして辺りを見回した思春だったが、耳に入って来たのは主の声。

やれやれと苦笑を浮かべて、思春は敬愛する主の元へと駆けだす。

 

「どうしました義兄さん?」

「いや。今、これとは違う鈴の音が……」

「?聞こえませんでしたが…」

「そうか…」

今の鈴の音は何だったのか?

一瞬考え込む龍志だったが、考えてもどうしようもない気がしてすぐにやめた。

今は目の前の事態をどうするかだ。

「蒼亀。計画の改定案を作ろう。会議場に諸将を呼んでくれ」

「はい!」

部屋を出て行く蒼亀に続いて、龍志も外へと歩みを進める。

 

 

こうして二人は、様々な偶然と不可抗力の果てに得たものを胸に、それぞれの道を行く。

 

鈴の音を聞きながら。

 

                       ~終~

 

 

後書き

どうも、タタリ大佐です。

終わったーー!!

何とか書き終わりました。正直、途中で断念する事態になるかもと思っていましたが、何とか完成させることができました。

悲恋譚と名乗った通り、報われることのない、後味も良いとは言えない話です。正直、全てが元に戻った中でほんの少しの変化があった程度の物語。

でも、それで良いと思って書きました。この二人の物語は意味が有ったのか無かったのか解らない泡沫の夢なのですから……。

御意見御感想、お待ちしています。

 

さて、息抜きにこうして本編とは違う話を書いてみましたが、次は本編に戻りたいと思います。とはいえ、色々と煮詰ったりしたらまた何かしら書くかもしれませんが。

 

では、次の夢でお会いしましょう。

 

追伸

本編の龍志は思春と一方的な面識を持っているのかと言う質問がございましたが、これは半分正解です。多くの外史を見てきた龍志にとって、違う外史の同一人物はほぼ別人としてとらえています。時折懐かしくなる程度には認識しているでしょうが、面識と言うほど本編の思春を知っているつもりにはなっていません。

本文中で言及できませんでしたので、この場を借りて補足させていただきます。

 


 
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