No.66748

龍王放浪記:壱~鈴の音を聞きながら:後之壱~

龍王放浪記の続き
見やすいように分割

オリキャラ注意

2009-04-03 04:15:14 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:4162   閲覧ユーザー数:3529

『龍王放浪記:壱~鈴の音を聞きながら:後之一~』

 

 

「……結局戻るんですか?」

地面に横たわる于吉を爪先でぐりぐりしながら蒼亀が言った。

「少し気になるんだ。これが類似する外史の脚本と大筋が同じならば、思春はこれから北郷軍に降ることになるのだろうが……」

針山のように剣の刺さった左慈にさらに一本剣を刺して龍志が言う。

于吉も左慈もこの外史で実態を得ることができなくなったらしく、その体が徐々に崩れ落ちて行く。

「私達が動いたことでそうならないかもしれないという事ですね。この通り、于吉と左慈ものしてしまいましたから」

「この外史に類似した外史では、大体がこの二人の暗躍で終幕へと向かっているからな。北郷と呉が戦端を開くのには間に合わなかったが、この段階で片づけておけば周喩の謀反以降、この外史は新しい展開をたどるだろう」

すでに跡形もなく消え去った于吉と左慈が倒れていた場所を何の感慨も無さげに見て龍志は剣を鞘に収めた。

思春のもとを去って三ヶ月。龍志は蒼亀と共にこの世界の外史否定派管理人である于吉と左慈を討つべく奔走していた。

「我々異端者が初めて外史に深く関わった…さあ、これは吉と出るか凶と出るか……」

「さてな。そもそも俺達はそんな大それたことはしていないのかもしれないさ。未来を開くは個々の思い。この外史の先はこの外史に生きる者達が紡いでいくものだ」

「まあ、義兄さんは甘寧が助かればそれで良いんでしょうがね」

ふふふと笑う蒼亀。

「な、何を言っているんだ!?」

戸惑い…というよりは照れの目立つ表情を龍志は浮かべる。

その頬は微かに紅い。

「このタイプの外史は、時として北郷一刀とその最愛の人を除いて消滅してしまう事がある……耐えられなかったのでしょう?彼女が消えてしまうのが」

「そ、そんなことは……」

「良いじゃないですか。解らないとか何とか言っておきながらもう自覚はあったみたいですし。五百年ぶりの愛……それなりに浪漫チックじゃないですか」

クスクスと笑う蒼亀に、憮然とした表情でそっぽを向く龍志。

この性格は変わらないなぁ。と蒼亀はより笑みを濃くした。

「何はともあれ、俺は行く」

「ええ、行ってらっしゃい。そして……」

一迅の旋風を起こして姿を消す龍志を見送りながら、蒼亀は笑みを消して消えゆく背中に小さく呟く。

「決めてください…不老の業を背負ったまま彼女と共になるか、今まで通り次の外史に行くか……」

その声は風にまぎれて龍志には届かない。

 

 

龍志達が于吉達と熾烈な戦いを繰り広げている間、大陸の情勢は再び大きく動いた。

居場所を突き止められるより速く展開された于吉の策によって、北郷と呉は戦端を開くことになる。

結果は多くの外史でそうあるように北郷の勝利。最初にして最大の戦いにて呉王・孫権以下、多くの武将が北郷に捕らえられ、実質呉は孫呉としての形を失う事となる。

ただ北郷側も孫呉側も知る由も無かったが、他の外史と違う事が一つあった。

蓮華と共に捕えられる。それが常である甘寧こと思春が未だに逃亡を続けていたのである。

 

北郷と呉の決戦が行われた地からさして離れていない山の中。

暗い闇の中、人の通る山道を大きく外れた小さな獣道を行く少女が一人。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

苦しげに漏れる息は疲労だけの為ではないだろう。その深紅の衣服は所々が切り裂かれ、どす黒い染みが出来ている。

愛用の曲刀も刃毀れを起こし、すでに切れ味も殆ど失われているだろう。

それでもなお、少女―思春は歩みを止めることはない。

目的は一つ、乱戦の中で見失った主・蓮華の安否を確認すること。

完全な失態だった。

奇襲部隊を率いて北郷軍を突いた思春は、当たるべからざる勢いで立ちはだかる馬超隊を突破して北郷一刀まであと一歩のところまで肉薄した。

しかし、どうしても本陣の壁が破ることができずに結局は撤退し本隊に合流しようとしたのだが、深入りした甘寧隊は逆に敵陣を離脱するのに時間がかかり、その結果思春は蓮華と合流することが出来なかった。

もしも馬超隊を突破できずに引き返していたならばそんなことはなかっただろう。

(ただひたすらに戦った…その結果が裏目に出るとは……)

泣きたいような悔しいような、言いようのない気持ちが心の奥底からせりあがって来る。

自分の大切な主。そう、龍志が去った後自分に残された大切な人の為にこの数ヶ月我武者羅に生きてきた。

龍志は天が自分に蓮華への忠誠心を試すべく遣わしたのだと言い聞かせて、龍志のことを忘れるように遮二無二働いた。

その結果が、これだ。

思春は主すら失った。

「蓮華様…龍志……」

力無い呟きは誰の耳に入ることもなく闇に溶ける。

いっそこの身もこの闇に溶けることができたらどれほど楽だろう。そう思春が思った時だった。

「うん?」

さほど離れていない所に、小さな火が見えた。

追手のものかとも思ったが、それにしては一所に留まり続けている。

(猟師か何かのものか……)

もしもそうだとしたら、何か情報が聞けるかもしれない。

なるだけ音をたてないように思春は火へと近付いて行く。

やがてそれが小さな焚火であると視認できる位置まで近づいた時、思春は奇妙な事に気付いた。

「誰もいない……?」

そう、焚火の周りには誰もおらずただ火が揺れているのみ。

「……しまった!!」

思春が叫ぶのと矢が飛んでくるのはほぼ同時であった。

転がるようにしてそれを避けた思春だったが、その勢いを生かして曲刀を手に体勢を整える。

「夜を行く者は自然と火を求める…軍師殿の言ったとおりだったな」

暗がりから姿を現した兵達をそれを率いる四人の将に、思春は心中で驚きながらも引き攣った笑みを浮かべた。

「関羽、張飛、趙雲、馬超……蜀の誇る猛将がそろい踏みだな」

曲刀を握る手に汗が滲んだ。

一人でも手に余る北郷の五虎将の内、四人が目の前にいるのだ。

恐らく、思春を捕らえる為に。

「お主をできるだけ傷つけずに捕えるよう主に命じられたのでな」

「北郷が…?」

「お主の主…孫権に泣きつかれたようだ」

良い主を持ったなと笑う趙雲。しかし思春は聞いていない。

ただ彼女の言った孫権という単語だけが彼女の思考を捉えた。

 

 

「生きていらっしゃるのか!?」

「ああ。孫呉の王として丁重に扱っている」

関羽の答えに、ほっと思春は胸を撫で下ろした。

少なくとも蓮華は生きている。捕虜という立場ではあるが。

「主の性格から言って、これからも手を出すつもりはない。甘寧。お前も大人しく降れ」

「……随分と傲慢な物言いだな関羽」

軽く頭を振った後、冷やかな視線を携えて思春は関羽を見た。

その眼は猛虎ですら気押されんばかりの殺気に満ちている。

「悪いがお断りだ。蓮華様に仕えるのはやぶさかではないが、私も一人の将。そのような物言いをされて降るのは誇りが許さん」

「何!?」

「それにな…どうせ捕えられるなら名将の手にかかって捕えられたいものだ」

おもむろに思春は曲刀を構える。

「成程…将としての誇りか。よかろう。その心がけに免じて私が捕えてやろう」

関羽もまた獲物を構える。

「素直じゃない奴なのだ」

「まあ、気持ちは解んないでもないがな」

「良いではないか。面白いものが見れそうだ」

その周りで張飛、馬超、趙雲が三者三様の反応を見せていた。

関羽と対峙しながら思春は思う。

生け捕るとは言っているが、こちらが本気である以上関羽も手を抜きはしないはずだ。手負いであろうと相手の心意気に応じるのが関羽流。それは関羽が当代きっての名将と呼ばれる所以たる心の気高さ。

(巧く行けば楽に死ねるな……)

心の中で笑う思春。

始めから彼女は生きるつもりはなかった。生きていたとはいえ蓮華を守るという責務を果たせなかった身。死してその罪を償うは当然の理…。

(いや、自分は死に場所が欲しかっただけかもしれないな。龍志が去り、あの乱戦の中で蓮華様を見失ってからずっと)

龍志。

過ごした日々以上に別れてから時間は経っているが、その顔は今でも鮮明に思い出される。

(お前がもしも人にあらざるものなら…冥土でまた会えるだろうか?)

「行くぞ甘寧!!」

「……来い」

曲刀を構えて相手の動きを見る。

相手に気取られぬよう、あくまで自然に一撃を受けなばならない。

振り上げられた関羽の刃が、月光の輝きを受けてきらりと瞬く。

その刃はそのまま思春へと振り下ろされた。

思春はそれを曲刀で受けるふりをして、手の力を抜く。

(………さらばです蓮華様)

思春の刃を押し込んで、関羽の刃が思春の頭を割る……。

 

ギィン

 

刹那。

飛来した一迅の光が関羽の得物を弾き返した。

 

ガガガガガ!

 

そして関羽と思春以外の北郷の将兵を囲むように四本の光が舞い降りる。

それは、刀身に対して非常に柄の短い細剣だった。

その剣から何かを感じて、張飛、馬超、趙雲の三人は素早くその場から飛び退く。

「雷!!」

鋭い男の声が響いた次の瞬間。五本の剣が大地に五芒星を描き、それから発せられた電撃が逃げ遅れた北郷の将兵に襲いかかった。

「ぐわあああああああああああああああああ!!!」

悲鳴を上げて崩れゆく兵士達。

やがて電撃が治まったと思うや、地に突き立った剣は一瞬で何か文字の書かれた護符のようなものに変化し燃え尽きる。

「な、何なのだ!?」

「兵士達は!?」

「息はあるようだ。しかし……」

そう言って趙雲の見つめる先。

そこには何時の間にか思春を庇うように関羽の前に立つ龍志の姿があった。

「戻って来て正解だった。大丈夫か思春?」

「あ……ああ…」

「……思春?」

応えの無い思春を訝しげに思った龍志が首だけで彼女を振り返る。

 

 

そこには、ポロポロと両目から涙をこぼす少女の姿があった。

「し、思春?」

驚いて首だけでなく体ごと彼女を向く龍志。

彼が伸ばした腕に倒れ込むように、思春は彼の胸の中へと収まった。

「お、おおおおい」

状況を忘れて顔を紅くする案外初心な朴念仁一人。

「すまない…お前の顔を見たら…安心してしまって……力が…抜けてしまって……」

「……頑張ったな。今は休め」

ふっと笑みを浮かべてそっと思春の目を覆うように龍志は手を置く。

それを外した時、そこには穏やかな顔で眠る思春の姿があった。

その体を龍志は優しく地面に横たえる。

「……冷静になって考えてみると、人間に人外の力を使ったのは初めてだな」

今更ながら(本当にそうだ)気付いた。

上空から思春の姿を見つけるや考えるより先に手が動いてしまっていたが、思えばこれは龍志の主義に反している。

『人の相手は人として。人外の相手は人あらざる人として』それが龍志の信条なのだが……。

「思わず破ってしまうとは……やれやれ、これじゃ蒼亀の言った通りじゃないか」

信条を破ったというのに後悔が無い。

その理由はやはり……。

「……というわけでここは退いてくれないか北郷の諸君」

いきなり話を振られて置いてきぼりをくらっていた面々ははっと現実世界に戻ってきた。

「ば、馬鹿な!そんな話が聞けるわけがない!!そもそもお前は何者なのだ!?」

「俺は…まあ、甘寧将軍の食客だ」

元だがね。と小さい声で付け加えておく。

「では、主を救うためにやって来たとでも?」

「半分は正解だ。元々どうこうするつもりはなかったんだが……つい手が出てしまった」

「何にせよ。敵ってことで良いんだろ?」

十文字槍を下段に構えて馬超が言う。

良い方こそ冗談めかしているが、その身から滲み出る殺気は本物だ。

「兵士を一瞬で倒したのは凄いけど、鈴々達にも通じると思わないのだ」

蛇矛を右肩に担ぎ、左手を相手に突きだすという独特の構えで張飛が言った。

「やれやれ、血の気の多いことだ」

そう笑いながらも趙雲は二又槍を構えた。

「甘寧は渡せん。我ら四人を相手では貴様もただではすむまい。悪いことは言わないから大人しく……」

「『渡せん』とは所有権を握っている者の言葉だ。残念ながら思春は君達のものでなければ俺のものでもない、不適切なもの言いは控えろ」

それからもう一つ。と紡ぐ龍志。

「俺を甘く見るな。伊達に君達よりも長く生きていない」

ぎらりと深緑の瞳が輝きを増す。

夜の闇。小さな焚火や兵士の落とした松明の灯りしかない中でその眼は異様なほどに光り輝いていた。

「やはり妖(あやかし)の類か!?」

「惜しいな…人間だよ。ただ一般的なその範疇に収まっていないだけ……」

風が吹く。

龍志を取り巻くように風が強くなる。

ざわめく木々。それは山の精の呻きの如く。

猛る風。それは風の子の嘲りの如く。

「毒を食らわば皿まで…信条を破った今夜だけの特別公演だ。堪能しろ。人を超えるということがどういう事なのかを」

爛々と輝く己の相貌に照らされて、きゅっと口の端を釣り上げた龍志の顔が闇に浮かぶ。

その顔がどこか泣いているようだと言う事に気付ける者は、四人の中にはいなかった。

 

 

「う……ん?」

「気付いたか」

頬を撫でる冷たい風に、思春は重い瞼をゆっくりと上げた。

まず目に映ったのは、微笑みながらこちらを見つめる龍志の顔。

「出来れば目を閉じていて欲しい…君にはこの姿は見られたくないから」

「ん……解った」

素直に再び目を閉じる思春。

視覚を封じたことで、頬に当たる風の強さや冷たさがより一層感じられる。

「……龍志」

「あ、寒いか?」

「……いや。お前が温かいから大丈夫だ」

龍志の温もりもまたしかり。

「それよりも…ひょっとして空を飛んでいるのか?」

「……よく解ったな」

「高い所から飛び降りた時の感覚に似ている……」

「どれだけ高い所から飛び降りたんだ君は」

感心したような呆れたような声を出す龍志。

しかしその声は微かに震えている。

彼にとっては、地に着くまで彼女に眠っていてもらった方が良かった

「…龍志。お前は一体……?」

ビクリと龍志の体が震える。

若干の緊張に彼の体が強張ったことが思春にも解った。

「俺は…多分、君の考えている通り……」

「……いや、いい」

「え?」

「お前が何であろうとお前はお前。私はそれだけで充分だ」

だから。と思春は頬を龍志に擦り付ける。

突然の出来事に軽く墜落しかけた龍志だったが、何とか持ちこたえた。

「な、何だいきなり!?」

「……行くな」

「?」

「もうどこにも行くな。私の所に居ろ」

それは到底約束できない事柄。

外史を渡り歩く人に非ざる人間たる龍志には聞くことのできない願い。

ましてや龍志は不老。常の時間を生きる思春と今は共に歩くことが出来ても、いずれは取り残される。

その苦しみは幾度か味わった。

愛しい者とではなく、友とであったが。

「……約束できない」

「だろうな」

答えを予想していたように思春はふんと鼻を鳴らす。

少しだけ寂しそうに。

「思春…」

「……お前が好きだ」

「んなっ!?」

思わぬ告白に再び墜落しかける龍志。

というか、実際に数メートル落下した。

「危ないな…」

「い、いきなりそんなことを言うからだ!!」

「仕方ないだろう…言っておかないといつぞやみたいに勝手にいなくなるだろうがお前は」

それを出されてはぐうの音も出ない。

消える直前にああは言ったが、龍志も結構気にしていたのだ。

「……すまなかった」

「いい。その代わりお前も言え。私をどう思っているか」

「……多分」

一呼吸置いて。

「愛している」

「そうか……」

それを機に両者の周りに落ちる沈黙の帳。

二人の耳に入るのは風を切る音のみ。

どれほど時間が経ったろう。それは短く二人にとっては少しだけ長い時間。

「…龍志」

「うん?」

「ありがとう」

「こちらこそ」

夜闇の海を月光の輝きを背に、少女を抱えた有翼の人影が泳いで行く。

 

                        ~続く~

 

 

後書き

 

長い!!長すぎる!!

そして蜀ファンの皆さんすみません!!

今回のコンセプトは…『そろそろ二人をデレさせよう』

何気に龍志もツンデレだと思うんですよ。というか、私の書く男はほとんどがツンデレになります。

ツンデレスキーって訳じゃないんですけどねぇ……。

 

それから龍志の実力について。

すみません。昔書きましたが、龍志って自分が個人的に構想を練っている作品の主人公なんです。今回の能力はその名残…っていうかそのまま持ってきました。

いやぁ…最近のオリキャラもの見ていると、あれくらいあっても別に良いかなって…(言い訳ですねすみません)

 

個人的には、数ヶ月の時間が思春や龍志に与えた影響とか、龍志&蒼亀と于吉&左慈の戦いなども書きたかったんですが……長くなりすぎるのでカットしました。ああ、消化不良。

 

何はともあれ、次で終わらせるつもりですので、皆様もうしばしおつきあいを

 

 


 
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