~聖side~
作戦は上手くいっている。
連合軍の兵数は当初の三分の二ほどになっているし、此方の被害もそう多くは無い。
時間も順当に稼げている…。
なのに、なんなのだこの不安感は…。
胸の内に留まって消えない靄みたいな不安感の正体は…。
これから、何かが起ころうとしているとでもいうのか…。
「どうかなさいましたか~聖様??」
虎牢関の一室。
ここは、作戦本部になっていて、虎牢関付近の地形を記した地図やこの関に蓄積されている兵糧や武器の数の報告書などが机の上に並べられている。
その机の前で頭を悩ませている俺に、芽衣はお茶を渡しながら心配そうにたずねてきた。
「いや……なに……大きな戦いを前にして、緊張しているだけさ…。」
受け取ったお茶を一口飲んでから、芽衣に心配をかけないように微笑みながら返事をする。
それを聞いた芽衣は少し驚いたような顔をした後に、くすっと笑った。
「ん??何かおかしな事言ったか??」
「申し訳ありません。ただ……聖様でも緊張などなさるのだな~と思ったら少し可笑しくて…。」
何が可笑しかったのか気になった俺はそれを問いただしてみると、その答えは俺らしくないということだった。
確かにあまり緊張やらをする性質ではないし…これを緊張と表現するのも少し間違っている気もする。
………ぎゅっ……。
「っ!?」
「そんなにお気になさらなくても……聖様には私たちが居りますからきっと大丈夫ですよ~…。」
不意にぎゅっと後ろから抱きつかれて驚く俺に、芽衣はゆっくりと諭すように語りかける。
人に包まれるというのは安心感が増して、精神が落ち着いてくる。
すると、今までの不安が嘘のように軽くなった。
「…………大丈夫………きっと上手くいきますよ~…。」
芽衣の言うとおりだ…。
言い知れぬ不安に襲われただけなのだから、それに気を回しすぎるのも良くは無い。
今はまず、目の前のことから片付けていかねば………。
「………ありがとな。おかげで落ち着けた…。」
「それなら良かったです~…。」
「でも、そろそろ離れておかないと他の人が来ちゃうぞ?」
「…………嫌です…。」
「…あのな…。」
そこまで言ってようやく芽衣も震えているのだと気づく。
きっと彼女も始めての大きな戦に緊張を隠せないのであろう。
だからこそ彼女も抱きついていたいのだ…。
そこまで分かった以上、芽衣を引き剥がすわけにもいかないので、芽衣の頭に手を乗っけて撫でてあげる。
「……………他の人が来るまでだぞ…。」
「………はい♪」
それから数分間、お互いにお互いを励ましあい、支えあう心の抱擁は続いたのだった。
「さて、今から虎牢関決戦の軍議を行う。皆、覚悟は出来ているか!?」
虎牢関の作戦本部の一室には、徳種軍、董卓軍の主な将たちが集まっていた。
俺の言葉に、その場の空気はピリッと引き締まり、皆の顔には決意の色が伺える。
俺はそれらを一瞥した後、視線を目前の地図へと落とした。
「今回の作戦はいたって単純だ。汜水関から引き上げてきた軍と虎牢関に残しておいた軍を合わせて、まず初めに野戦で攻撃を仕掛ける。数の少ない俺たちのほうが不利だとは思われるが、そこは将の数と士気の高さで五分五分というところだろう。主な狙いは袁紹軍と袁術軍。この二軍は兵の錬度も低く、さらに兵糧の問題で士気も低い。狙いとしては申し分ないだろう。更に、両袁家は今回の虎牢関攻略は前線に出張ってくると思われる。だから他の軍の救援が到着するまでに手痛い被害を与えなければならないため、騎馬中心の軍で攻め込もうと思っている。今のところで何か質問はあるか?」
「騎馬中心ってことは、ウチが前曲やな。」
「いやっ、霞と華雄には左翼方面を抉ってほしい。右翼方面には俺の軍の音流と奏に動いてもらうから、両翼でかき乱して戦場を混乱させてくれ。」
「では、中央は誰がやるというのだ!?」
「恋と俺と雅で行く。恋と雅は長旅の後直ぐで申し訳ないんだが、袁紹軍を正面から叩くならこれぐらい戦力を集めたい。頼まれてくれるか?」
「…………。(コクン)」
「ひ~ちゃんの為なら疲れなんて感じてられないよ!!」
「ありがとう、助かるよ。」
「残りの人はどうするのですか~??」
「残りは後曲及び関の死守だ。一刀の隊を中心に防御陣形を展開。俺たちが袁紹軍にぶち当たっている内に脇を抜けてきた奴らを討ってくれ。」
「引き際はどうするのですか、先生。」
「ある程度被害を出せたと思ったら俺が天に向かって火矢を放つ。それを見たら銅鑼を鳴らしてくれ。銅鑼の音が鳴ったら全軍関の中に戻って、汜水関と同じく篭城戦を引き続き行うこととする。」
「全軍が退却完了するまで俺たちの隊で足止めをすれば良いのか?」
「あぁ。一刀の隊の負担は少し大きくなってしまうが、関に戻り次第直ぐにお前の隊が戻ってこれるようにこっちの方でも手助けをする。以上が戦いの方針だが、何か聞いておくことがある人はいるか?」
全員を見渡すが、誰からも質問があがることは無い。
「よしっ、明日明朝に点呼。二刻後には出発だ。各自準備をしておくこと、解散!!!!」
「「「「「「「応っ!!!!!!!!!」」」」」」」
こうして、虎牢関にいる徳種・董卓連合軍の戦準備は進んでいた。
~連合軍side~
「明日の出陣は我等袁家が先陣を務めますわ!!!!」
「うむ!!! わらわたちの力を存分に見せ付けてやるのじゃ!!!!」
連合軍の軍議を行う天幕内には、自信と矜持に包まれた甲高い笑い声が響いていた。
連合軍は汜水関を落とした後、そのままの勢いで虎牢関前五里へと詰め寄せた。
そして、明日の出陣を前に誰が先陣を務めるかという話になって先ほどの発言へと戻る。
「あの……曹操さん。あの二人が先陣で良いんですかね??」
「………今、私に聞かないでくれる…。あの二人の馬鹿笑いを聞いてると頭が痛むのよ…。」
「じゃあ、周瑜さん…。」
「………あの二人がやると言っているんだ…。好きにやらせておけば良いだろう…。」
「でも、この前アレだけの被害を出したのに…。」
「だからこそだろうな…。我等孫家が活躍をしたのだから余計に手柄が欲しいのだろうよ…。」
袁家二人が高笑いをあげる中、困ったような顔をする桃香と頭を抱える曹操と冥琳の姿がそこにはあった。
「手柄が欲しいのは分かるけど……そんな簡単に上手くいきますかね??」
「虎牢関には汜水関にいた将を含め、飛将軍の呂奉先、鬼の化身の徳種聖までいる…。そう簡単に攻略など出来るはずがない…。」
「………その通りよ…。まず間違いなく私たちは苦戦する。もしかしたら大敗するかもしれないわね…。」
「いくら数で勝ろうが、呂布と徳種は別次元の強さだ…。まともにやって勝てる相手ではない。そんな奴らを前に先陣をきってくれると袁家二人は言っているのだ。好きにさせておけば良いだろう…。」
「でも、総大将が敗れたら全軍の士気が…。」
「勿論私たちも助けには行くけれど、それよりも彼は袁紹を討つことはしないでしょう。」
「何でそんなことが分かるんですか?」
自信たっぷりに話す曹操を前に、何故そう言い切れるのか疑問に思う桃香。
それを見て曹操はにやっと笑う。
「私に聞くよりも、後であなたの後ろに控えてる軍師にでも聞きなさい。きっと全てを分かっているでしょう。」
「そうなの、朱里ちゃん?」
「はわわ!!? えっと……はい……一応は……。」
急に話を振られて驚く朱里であったが、何とか桃香に対して返事を返す。
その姿を見て曹操、冥琳は共に諸葛亮という人物に対して、侮れない人物だという認識を強めるのだった。
軍議も終わり天幕へと帰る最中、桃香は朱里に先ほどの曹操の発言の意味について聞いていた。
「どうして曹操さんは袁紹さんが討たれることはないって言い切れるのかな??」
「はい。それなんですが、もしかしたら事態は既に私たちにとって悪い方向へと進んでいるかもしれません…。」
「どういうこと??」
「桃香様は聖さんのことをそれなりにはご存知ですよね??」
「うん…。まぁ、それなりには……。」
「その知識から聖さんはどんな人ですか??」
「う~ん……頭が良くて、強くて、指揮も出来て、政事も出来て……完璧な人かな…。」
「特に戦いにおいてはどうでしょうか…。」
「事前に作戦を練ってその通りに事を運ぶよね…。」
「そうです。聖さんは前もって作戦を練っている。そして一度戦いが始まれば、その通りに物事を運びます。」
「でも、それがどう繋がるの??」
「では、もしこの戦いの全て……汜水関の戦いの以前より、彼が考えていた作戦通りに事が進んでいるとしたら、どうなると思いますか??」
「えっ!?そんなの勝ち目がないじゃん!!」
「普通はそうなりますが、今回の聖さんの目的を考えると私たちは負けないんです。」
「目的……。真実を公にするって言うあの……??」
「はい。真実を公にするために一番効果的なものは、私たち連合軍に全ての真実を見せることです。私たちが負けて帰ってしまっては意味がないのです。」
「成程……。総大将である袁紹さんを討っちゃうと私たちが敗走しちゃうから目的を達せなくなっちゃうんだね…。」
「しかし、何もしないまま単純に真実を公にするだけでは聖さんに旨みは少ないです。そこで聖さんは更に二つの目的をそこに加えたのです。」
「更に二つの目的………。」
「一つは、私たち連合軍相手に戦いを挑むことで、彼の軍の強さを知らしめることが出来ます。これは、今後の各諸侯との戦いにおいて大きな力となるでしょう。」
「名前を売るっていう事だね…。」
「その通りです。そして、二つ目の理由が私たちにとっては都合が悪いんですが………巨大勢力になりうる前に袁家の両名の軍を縮小化させることです…。」
「ん…??それのどこが私たちにとって都合が悪いの??」
「袁紹、袁術の両名はその領地が曹操、孫策と隣り合っています。今まではその圧倒的な兵力で有無を言わさなかった袁家の両名ですが、今回の戦でその数が激減すればその隙を曹操、孫策に狙われてしまいます。もしそうなれば曹操、孫策の二名はその名前を全国に売ると共に大きな地盤を手に入れることが出来るのです。」
「そっか……私たちは隣接してるわけじゃないから……。」
「はい………。袁家の力が弱まったところで指をくわえて見ているしかないのです…。もっと早くこの展開を予測出来ていれば、私たちにも何かしらの利が得られるように出来たはずなのですが……。」
沈痛な面持ちの朱里に対してなんて声をかければ良いのか分からない桃香。
しかし、彼女の心には不安と同時に変な期待感がある。
彼は皆が皆手を取り合って生きる世界を目指すと言った。
ならば、彼が考えていることは強国を二つ作り出すことではなく、それ以上に別な目的があるのではという変な期待感が……。
だからこそ、桃香は朱里の肩を掴んで言った。
「大丈夫だよ、朱里ちゃん。相手は聖さんだから……。」
笑顔でそういう桃香に対して、その言葉の意味を朱里は確りと理解することは出来ず、渋い顔を浮かべるのだった。
弓史に一生 第九章 第十七話 戯曲 END
後書きです。
今話は会話中心の回となっていますが、あえて誰が話しているとかというのは書かずに、セリフ中にその人独特の表現を加えて書いてみました。
誰だかわかり難いところもあるのですが、大方は皆さんの脳内補正で理解できることと思います。
前回のVD企画にコメントいただきありがとうございました。
あの物語を多くの方が読んでくださったことにも感謝いたしますし、皆さんがどう思ったのかと言うのも気になるところではありますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
さて、次話に関してですが、予定では二週間後の3月16日に投稿予定です。
もしかしたら早く投稿することが出来るかもしれませんが、投稿するにしても日曜日であることに変わりはありませんので、3月9日になると思います。
それでは、また次話出会いましょう!!!!
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どうも、作者のkikkomanです。
投稿が遅れてしまって本当に申し訳ありません。
前言撤回を何度すれば気がすむのか……本当に申し訳ありません。
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