咲蘭と及川、そしてカガミはフードを目深にかぶって白帝城の大通りを歩いている。
辺りの人々は皆忙しそうに走り回っている。
しかしその表情からは疲労は感じられない。
皆が皆笑みをこぼしながら、時には本当に声を出して笑いながら咲蘭たちの横を通過していく。
子どもたちがリンゴ飴やら綿あめを頬張り、射的屋の強面の親父も大きな声で客引きをやっている。
途中で小柄な女の子二人が大食い対決を行っており、客を盛り上げていた。
「ずいぶん賑やかやな~」
及川はキョロキョロと辺りを見渡しながらそう呟く
「そうですね。もともと白帝城下は三国の中心地となってからとても活気のある町になりました。でも、このにぎわいには理由があります」
「へぇ~~、お祭りでもあんの?」
「はい、その真っ只中です。魏・呉・蜀の三国が同盟を結んでちょうど一年となったので三国主催で『三国同盟成立1周年祭り』が開催中です。そして今日がその6日目、祭りは7日間行われますので、最終日の二日前というわけです
」
「でも、なんちゅーか。三国時代やねんやろ?三国時代に綿あめとかリンゴ飴とかあったんか?それに弓矢で射的とかやったら分かるけど・・・普通に俺らの時代にもあったライフルやんか」
確かに中華らしい食べ物を持っている人たちもいるが、行列を作っている店はどちらかといえば綿飴や、リンゴ飴といった商品を販売する店である。
「それらのものは皆、北郷一刀が彼らに知識として与えたものですよ」
「えっ!!かずっちってリンゴ飴の作り方とか綿飴作る機械とかしっとったっけ?」
「この外史の住人が北郷一刀のそれらの話を聞き、再現したものが販売されているのです」
「・・・話だけ聞いて再現できるもんなんか?」
「それは外史ゆえ・・・ということでしょうね。この時代の人々にとって北郷一刀が生きた世界の技術などオーバーテクノロジーです。しかし、それを難なくと再現して見せる。それが外史という世界です。もちろん限界はあるでしょうけど」
「外史・・・作り話だから何でもあり・・・というわけでもないけど何でも出来てしまう可能性がある?」
「はい。何でも許さないためにも外史には様々な制限が存在します。例えばこの世界には魔法という概念は存在しませんが、相手を惑わせる“幻術”“妖術”の類はわずかですが、認められています。そして、この世界の戦闘においてもっとも重要視されているのが“気”の存在です。こちらも制限はかなり強めですが・・・」
「・・・魔法とどうちゃうねん」
「その話は追々としまして・・・どうかしましたか?咲蘭さん」
白帝城に入ってから一言も言葉を発さない咲蘭を見る。
フード越しからはその表情の詳細までは見えなかったが、明らかにその場の雰囲気には合致していない。
「いえ・・・作り話の世界の人々を見て・・・ほんとに同じみたいだなって・・・」
「ん?何と何がや?」
「私達“正史の人間”と“外史の人間”が・・・」
「いいえ、違います」
ここできっぱりと否定したのがカガミであった。
「外史の人間はいわば物語の登場人物です」
そう言ったカガミの横を20代前半ぐらいの青年が歩いていく。
その青年を指さしながら、カガミは言葉を続ける
「あの青年にはおそらく両親が存在し、仕事をし、物を食べ、恋人もいるといった生活を送っていることでしょう。しかし、それは外史にそう設定されたからです。正史には存在しなかったかもしれない人物です」
「でも・・・」
「ん?話が見えへんな。咲蘭ちゃんは一体何を言ってるんや?」
「私には見えてきました。咲蘭さん・・・外史を潰すことにためらいが出てきたのでしょう?」
「・・・そうなの・・・かも」
作り話は所詮作り話
咲蘭はこの白帝城に入るまではこの外史を潰すことになにもためらいはなかった。
しかし、町に入ってい見れば自分たちと同じ人間が楽しそうに生活し、生きていくために商売を行っていた。
外史を潰すということはこれらの人々の生活をも潰すということ
「あなたは心の優しい人です。ですが・・・これだけは断言できます。この外史を潰さなければあなたのもとに北郷一刀は帰ってきません」
「っ!?」
「あなたは何のために正史の世界を捨て、外史の世界に来たのか?もう一度考えてみてください」
カガミは少し冷たさを感じる声でそう言った後、歩くペースを変えずにそのまま雑踏の中へと入っていく。
咲蘭はその言葉を聞いて一瞬立ち止まりそうになるも、及川の“行くで“という声を聞いて我に返り、そのままカガミのあとについていった。
「ここです」
そう言ってカガミは立ち止り、それにならって二人もカガミの後ろ側で足を止める
その場所は白帝城城下と白帝城を結ぶメインストリートで、先ほどの場所以上のにぎわいを見せていた。
「ここが目的地かいな?」
及川はカガミが立ち止った場所から左手にある建物を見上げる。
その建物には大きく“風緑庵”という看板が掲げられていた。
「宿屋?」
「はい、この宿のメインストリート側の部屋を予約しています。」
「ほうほう、えらい豪華な宿とちゃいまんの?」
「ここからならよく見えるのですよ。今日のパレードが」
「パレード?そんなの見てどうするの?」
「そのパレードに北郷一刀が主賓として出席します」
「お兄ちゃんがっ!?」
「北郷一刀は三国同盟締結の立役者です。当然でしょう。では、その時間まではゆっくりと部屋でおくつろぎください」
カガミは風緑庵の扉をがらがらと開けた後、二人にも入るように促した。
それに応じるように及川が入ろうとするが、咲蘭は入ろうというそぶりさえ見せない
「咲蘭ちゃん?はよ、行こうや」
「えっ・・・」
「大丈夫ですよ。お部屋は二つ用意しています。及川さんとは別のお部屋ですよ」
「マジでかっ!?それちょっとショックやわ・・・心の片隅でちょっと期待してたのに・・・」
「ふふっ・・・咲蘭さんも早く」
「うん・・・」
咲蘭はそう言われて初めて宿の中へと入り、仲居さんに誘導されながら及川と一緒に中へと入っていく。
(このままでは・・・)
その様子の中、カガミはじっと咲蘭の方をきついまなざしで見つめていた。
宿の部屋に入ってから数時間が経過した
咲蘭が休む部屋は宿の2階で、表通りが一望できる一室であった
咲蘭はその数時間の間、ずっと窓から外を見ていた。
太陽の位置が西の方へと傾き、辺りの景色に赤みが帯びてきている。
普通なら表通りの人の数が減っていく頃なのだろうが、今日の晩はパレードが開かれるからであろうか咲蘭に人の数が増していた。
しかし、咲蘭はそのような様子には一瞥もせずに、ただただ赤みを帯びていく空を眺めていた。
「はぁ~~~」
咲蘭は大きなため息をつく。
「私がやることって正しいことなのかなぁ~」
この外史に来る前の咲蘭は北郷一刀を取り戻すことしか考えていなかった。
しかし、その思いがこの白帝城の城下に入って揺らぎ始めていることに気が付いた。
自分の兄はこの世界の救世主的存在“天の御遣い”という立場らしい
通りを歩いているだけでも“御遣い様”や“北郷様”といった声が聞こえてくる。
果ては酔った男性が“北郷様バンザ~イ”と恥ずかしげもなく大きな声で叫び、周りはそれを笑うのではなく“そうだそうだ”と首を縦に振っていた。
それだけで兄はこの世界の人々に必要とされているのだなと感じてしまう
その人たちから自分は北郷一刀を奪おうとしている。
それどころかこの人たちが暮らしている世界を北郷一刀自身に崩壊を望ませようともしている。
カガミはこの外史に住む人間は人間ではなくただの登場人物だと言った。
しかし、咲蘭にはどうしてもそう思えなかった。
自分と同じ人間
そうとしか思えなかった。
その人たちの幸せのために戦ったのが北郷一刀なのだ
そんな兄を私のもとに戻ってきてほしいからというわがままだけで、彼らから奪い去るのはどうなのだろうか
いろんな考えが頭の中を駆け回り始めていた。
「はぁ~~~」
もう一度大きなため息が出た。
すると、扉からコン、コン、コンとノックが聞こえてきた。
「開いてるよ」
「失礼します」
そう言って入ってきたのはカガミであった。
「少しよろしいですか?」
「なに?」
「何を悩んでおられるのです?」
「・・・・・・」
「やっぱり、この外史を終焉させることをためらっているのですか?」
「・・・そうなのかも・・・しれない」
今まで空を見ていた視線が自然と下へ下へと下がっていく。
「北郷一刀が戻ってきませんよ?この外史を破壊しないと」
その鏡の言葉に身体をこわばらせた咲蘭であったが、数秒後に首をゆっくりと横に振る
「お兄ちゃんに戻ってきてほしいというのは・・・私のわがまま・・・なんじゃないかなって思うようになっちゃって・・・」
カガミはなにも言葉を発さない。
それを言葉を続けろというように察した咲蘭が言葉を続ける。
「この世界の人々は・・・お兄ちゃんを必要としている・・・。そんな人たちの思いと私一人のわがままを天秤になんてかけられないよ」
「つまり・・・北郷一刀をあきらめると・・・言うことですか?」
「・・・・・・あきらめたくない」
「なら・・・」
「だから・・・お兄ちゃんの意思を聞いてみたいと思うの」
「北郷一刀の意思?」
「今日のパレードが終わったらお兄ちゃんに会いに行く。それで聞くの。本当の世界に戻りたい?って」
「それを許すつもりはありませんが・・・もし会えたとして、聞いてどうするのですか・・・」
「もし、お兄ちゃんが戻りたいって言うならカガミの言う方法を教える。もし、戻りたくないって言ったら・・・私もこの物語に住んじゃおうかな・・・」
「そうですか。ならば・・・」
カガミは咲蘭に気づかれないようにゆっくりと立ち上がる。
咲蘭は通りを眺めていてカガミが立ち上がったことに気がつかない。
カガミはその距離を徐々に徐々にと縮めていく。
カガミの右手にはまがまがしく光る勾玉が握られていた。
「ごめんね。カガミ、はじめと言ってることが・・・ってああああっ!!」
カガミがその勾玉を咲蘭の首元に押しつけようとしたその時、咲蘭は急に大きな声をあげた。
「どうしたのですかっ!?」
それに驚いたカガミも窓から咲蘭の視線の先を見つめる。
「お・・・お兄ちゃん・・・・・・」
その視線の先には三国の中心であるはずの自分の兄、北郷一刀がいた。
「北郷一刀・・・ちっ・・・」
カガミは咲蘭に気がつかれないように小さく舌打ちを討つ。
しかし、その北郷一刀の横にいる人物を見た瞬間、少しの笑みを浮かべた。
「カガミ・・・今からお兄ちゃんの所に・・・」
「待って下さいっ!!」
カガミはすぐにでも外へ出ようとする咲蘭の腕をつかむ。
「放してッ!!お兄ちゃんが・・・」
「よく見てください。確かにあれは北郷一刀ですっ!!しかし、その隣にいる人物をっ!!」
「えっ・・・」
咲蘭はカガミに促される形で再び、一刀の方へと視線を送る。
そこには見間違えようがない確かに北郷一刀の姿があった。
そして一刀の横にはピンク色のショートヘアで露出が多めで赤一色の服を着た女性がいた。
「あれ・・・誰?」
「あれは呉の女王孫権です」
「孫権って呉の王さまじゃないっ!!」
「はい・・・なぜこのような時間にこのような場所に・・・」
咲蘭は兄の隣にいる女性に釘つけになっていた。
兄とその女性は髪飾りなどを売っている店を見ているようであった。
「・・・おにいちゃん。こっちでもモテモテなのね・・・へぇ~~~」
咲蘭の額から青筋が出ており、明らかに怒っている様子であった。
カガミも咲蘭から少しの殺気がにじみ出ているのを感じ取る
「私がこんなにお兄ちゃんのこと考えてたってのに・・・おにいちゃんはのんきにデートですか・・・ふ~~~ん」
眉毛と瞼をぴくぴくとさせながら、笑みを無理やり作っているようであった。
その隙をついてカガミは右手に持っていた勾玉を咲蘭の首元付近に押しつけた。
「えっ・・・」
咲蘭は何をされたのか分かっていないらしく、カガミの方を振り返ろうとしたその時
『言霊よ・・・顕現しなさい』
その瞬間、咲蘭の心臓がドクンと跳ねる。
「くっあぁぁ・・・・・」
その動悸は徐々に強く強くなっていく。
「なに・・・急に…胸・・・苦し・・・」
『見てください・・・幸せそうですね』
「えっ・・・」
『北郷一刀が・・・ですよ』
カガミは首元に勾玉を押しつけながら、左手で一刀の方を指さした。
『とても幸せそうです・・・・・・』
咲蘭は胸の苦しさが徐々に徐々に強まっていく中、とある違和感を感じていた。
自分の心の中から何か・・・黒い気持ちが溢れてくるような・・・そんな感じ・・・
それは嫉妬の感情
自分が中学時代・・・一刀が他の女生徒いる現場を目撃した時に初めて感じたあの感情
私のお兄ちゃんなのに・・・
私の方が大好きなのに・・・
そんな中でも咲蘭はカガミが指さす北郷一刀と孫権の方を見ていた。
『ですが・・・そう見えているだけかもしれません』
「えっ・・・」
『北郷一刀は・・・帰りたいと思っているかもしれません。ですが、彼女がこの外史に北郷一刀を縛り付けているのです』
そんな中、咲蘭の心の中からある感情が一気にあふれだした。
「そう・・・なの・・・」
咲蘭の中の黒い感情が徐々に咲蘭の心を侵食していく。
『はい。その他にも北郷一刀を外史に縛りつけようとする女性たちがいます。そのような女性が暮らす世界なのですよ?この外史は・・・』
「が・・・いし・・・」
『この外史を潰さない限り・・・北郷一刀はあなたのもとへ戻ってこない。北郷一刀は帰れない・・・』
「もどって・・・帰って・・・」
『あなたの兄を救うためにも・・・協力してくれませんか?』
そして咲蘭の心は完全に黒い感情に支配されてしまった。
(アイツがいるから・・・おにいちゃんが帰ってこない・・・)
(お兄ちゃんを取り戻すには・・・どうしたらいい?)
(がいしを・・・ツブス)
首元に押しつけられていた勾玉のまがまがしい光が消える。
それを確認したカガミはスッと胸元にその勾玉をしまい込んだ。
「カガミ・・・」
「何ですか?」
「お兄ちゃんは・・・きっと帰りたがってるよね」
「・・・そうですね」
「お兄ちゃんはこの世界では天の御遣いって呼ばれてたんだよね」
「はい」
「なら私も天の御遣いってことだよね。お兄ちゃんの妹だから・・・」
「はい、それはもちろん」
「お兄ちゃんは天の御遣いとしてこの外史を救って・・・平和にしたんだよね。」
「はい」
「そのせいで・・・お兄ちゃんは私のもとに帰ってこない。あの女達に縛られてるから・・・」
「はい」
「なら、私はお兄ちゃんと同じ天の御遣いとしてお兄ちゃんを救う。そのために私は・・・この外史を潰す」
今までと同じことをすればいいのだ。
ファンクラブを潰してきたように・・・外史を・・・潰す
「そうですか」
「お兄ちゃんがこの外史を救ってしまったから、この外史に縛られている。あの女達に縛られている。なら私はその鎖を・・・壊すっ!!」
「ともに・・・がんばりましょう」
その様子を見たカガミは咲蘭には気づかれないように黒い笑みをこぼすのであった。
END
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どうもです。
6章は第1部の謎の核心に迫っていく予定です。
なお、次の物語から恋姫が必ず登場します。
ここまでが長かった・・・