「さぁて、どうしたもんかなぁ…」
雨合は異国の品が多く並ぶ通りの前に立つとそう呟いた。
今から一刻ほど前、暇潰しにと入ったいつもの峠の茶屋で雨合はある貼り紙を見つけた。
「……ばれんたいんでぇ?」
どうやらまた、異国の行事らしい。一体店主はこんな情報をどこから仕入れてくるんだ…などと思いながら読み進めていく。どうやらバレンタインとやらは、普段大切に思っている人に「チョコレート」という異国の甘味を渡す日らしい。
だがこの茶屋では少し内容を変え、チョコレート以外にも贈り物をしてもよい、ということになっていた。
と、ここまで読み終えて雨合は誰に送るかを考える。
本当ならここのつ者の皆に送ってやりたいくらいだが、どうやら点数制もあるらしく、限られた数しか渡せないらしい。
ならば今回はその中でも特に送りたい人に送ろう、雨合はそう考えた。
そうして今通りの前に立っているのだが、とりあえず雨合は一人目──雀崎朔夜に送る物を探した。
彼女への贈り物は案外早く見つかった。綺麗な桜色の箱とリボンで装飾された、酒の入ったチョコレートだ。確か彼女は酒も飲めたはずだ。それに箱の模様も上品でいい。
次に二人目に送る相手──それは、金烏梨だ。雨合は彼女のことも他のここのつ者と同様に可愛がっていたが最近その感情とは別に可愛く思ってしまっていた。年が離れすぎていて鬼月などにはからかわれるが…。この際何か渡してやろう。そう思って通りを眺めていたのだが…
「(金烏の嬢ちゃんって甘味好きだったっけか……?)」
肝心なことを忘れてしまっていた。そういえば最近梨とは手合わせくらいしかした記憶がない。だが貼り紙にはチョコレート以外にも贈り物をしてもいいということだったはずだ。
ならば何か、身に付けるものを買ってやろう。そこまで一気に考えると、雨合は異国の品物で溢れている通りを歩き出した。
「(にしても何を贈ろうかねぇ……)」
一口に装飾品といっても種類は様々だ。まず耳、手、首や指に着けるものなどがある。更には材料も宝石や金属や木などと数えだしたらきりがない。
とりあえず雨合は手近な店に入ってみる。しかしどうやらそこは主に男物の装飾品を扱っていたようで、やたらと厳つい骸骨模様の装飾品が多い店だった。一瞬、梨が骸骨の耳飾りをつけている姿を想像してしまったが頭を振って店を出る。流石にこんなものは似合わないだろう。というか似合っても困る。
次に入った店はやたらと内装が華美な店だった。
とりあえず入ってはみたが男でしかもおっさんの雨合には少々、いやかなり気まずい。女物を買うのだからしょうがないと割りきって店内を見回してみる。しかし内装と同じようにこの店の装飾品は幾つもの鮮やかな石があしらわれたり、じゃらじゃらと細かい鎖で編まれたようなものが多かった。梨は男である黒犬や十助たちともよく手合わせをするくらいよく動き、戦うことも好きだ。こんなものをつけていたら邪魔になってしょうがないだろう。そう思い諦めて店を出る。
そんなことを五回ほど繰り返しただろうか。体力に自信がある雨合もこういうことには慣れていないのか大分疲れた様子だ。(見る目がないともいう)
六件目に入った店は落ちついた雰囲気の店だった。置いてある装飾品も素朴なものが多いがひとつひとつ丁寧に作られている。
その中のひとつが雨合の目に留まった。小さな鳥の羽の形をした飾りのついた金色の首飾りだ。
細い鎖に羽の形の飾りがついただけのなさっぱりした首飾り。店主に聞いたところこういった首飾りはネックレスと言うらしい。
梨の苗字は金烏だ。このネックレスなら彼女の名前にも合う。それに手首や耳に着けるものよりも動くとき、邪魔になりにくいだろう。
そこまで考えて、雨合はそのネックレスを買うことにした。値段は少々張ったが雨合の趣味といったら酒と体を動かすことがほとんどだ。それに一番金を使う酒は涼に飲みすぎだと注意され控えている。なので雨合の懐は思ったよりも温かかった。
ネックレスは黒い小さな箱を金色の飾り紐で飾った箱に入れてもらった。
そして2月14日。
雨合はバレンタインの企画を立ち上げた茶屋へと向かった。
他の企画同様、茶屋の内装は大きく変えられており異国情緒溢れる感じになっていた。
とりあえず店の中を見回す。まだ人はそこまで居なかったが、その中に朔夜さんが居たので渡すことにした。どうやら喜んでもらえたようで、探した甲斐があったと、雨合もほっとした。
次に渡すのは梨だが……梨はなかなか茶屋にあらわれなかった。途中寧子と鴇の演奏と躍りを見たり、疲れた鴇の面倒を見ていたがなかなかあらわれない。さっきは茶屋においてある酒入りのチョコ食べたら鶯花に
「酔っているときに渡すなんて失礼ですよ!」
と怒られてしまった。確かにこのまま待っていれば洋酒などの誘惑に負け、酔ってしまうだろう。
いつまでも待っていては埒が明かない。雨合は席を立ち、梨を探すことにした。
梨は案外早く見つかった。
彼女は忍社で一人で稽古をしていた。皆がいないのには気づいていないのだろうか、真面目に木刀を素振りしている。
雨合は懐に忍ばせた小箱に手を伸ばす。髪も服も真っ黒な彼女に金色のネックレスはよく映えるだろう。
「よぉ、金烏の嬢ちゃん。ちょっといいか?」
そう言いながら、雨合は梨の元へと歩いていった。
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バレンタイン企画で
雨合鶏から金烏梨への家族チョコ(アクセサリー)になります
ちょっとお借りしたここのつ者
雀崎朔夜
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