No.665113

夢の残り香

天川さん

戦国†恋姫をクリアして、エーリカさんに感動した結果書きました。
まだクリアしてない方はネタバレですので注意して見るか、クリアしてからまた見に来てください。

2014-02-21 23:56:19 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1437   閲覧ユーザー数:1297

 

 

頬を撫でるように降り注ぐ朝の光。

その光に反応するかのように、彼女は目を覚ました。

 

「う・・・ん・・・朝、ですか・・・」

 

もう慣れた、ベッドで寝る故郷とは違う地べたで寝ている感触。

 

(故郷・・・)

 

違う。と、脳が否定する。

 

(泡沫の存在である私に、故郷などと・・・)

 

思わず、フッと笑ってしまう。

零れた嘲笑には、ほんの少し寂しさを孕んでいた。

 

(しかし、ここはどこでしょう)

 

昨日までの記憶が無いと言ってしまっては語弊があるが、おぼろげなまるで昨日見た夢のように思い出せないその様は、平生冷静沈着な彼女であってもお手上げであった。

 

(ひとまず出ましょう)

 

寝る時には必ず枕元に置いてある剣を手に取り、彼女は襖を開け外に出た。

すると、見慣れた風景が彼女の目の前に飛び込んでくる。

 

「ここは・・・美濃?」

 

彼女が目にした風景は、織田の傘下に入った時に宛がわれた家から見える美濃の活気溢れる町の姿であった。

 

「一体、何が・・・」

 

寝起きのせいか、頭がボーッとする。

 

もう一度寝てしまおうか、などと彼女らしくない思考に走りかけたその時、彼女を呼ぶ声が庭に響き渡った。

 

「おーい、エーリカ!」

 

「剣丞・・・さま・・・?」

 

門から彼女――エーリカ――を呼ぶ声。

それは、田楽狭間に現れた天人、阿弥陀如来の化身、天下御免の人蕩しと様々な通り名を持つ新田剣丞その人だった。

 

 

 

 

 

 町

 

「よーし今日はどこに行こうか!」

「あ、あの剣丞さま?」

 

エーリカは剣丞に連れられて町を歩いていた。

聞いてみたところ、今は越前攻めの直前の美濃らしい。

皆が大変な時期に誘うなんて、変わらないなとエーリカは思った。

 

「ん、なに?」

「今日はどういった用事で町に来ているんですか?」

「用事?うーん・・・」

 

そう言ったきり、剣丞は明るい顔で悩みだす。

エーリカはそもそも、剣丞とこのように一緒に町を歩いた経験がそこまで多くは無かった。

故に戸惑う。

 

(私は普段から皆と距離を置いていたから・・・)

 

コミュニケーションが取れてないと捉えられて気を遣われたか、それとも・・・

 

「嫁さんと町でデートしたいってのは夫として当然だろ?」

「・・・・・・え?」

 

今、きっと自分の顔は人生で数える程度しかないほどに間抜けなのだろう。

そう思いつつエーリカは尋ねる。

 

「よ、嫁ですか?」

「あれ、そうじゃなかった?」

 

そんな記憶は無い。

確かに足利将軍である一葉と織田久遠ので剣丞を中心とした同盟が形成されつつある。

それも『鬼と戦う覚悟のある者は剣丞と結婚できる』という剣丞にとっての禁裏からの蕩し御免状という規格外の策だから成るものだ。

 

そう考えると確かに鬼を追うエーリカにも剣丞と結婚する資格はある。

しかし、エーリカにその気は無かったのだ。

 

(おかしい・・・私はそんなこと)

「でも昨日エーリカから言ってきたんだよ?」

「ええっ!?」

 

「うむ、確かにエーリカは言っておったの」

「ええ、それも皆の前で」

 

どこからともなく聞きなれた声が聞こえてくる。

 

「あ、一葉」

「やぁ主様、それとエーリカも」

「お二方ご機嫌麗しゅう」

「ど、どうも・・・」

 

常に甲斐の祭り並と言われる美濃の大通りの中で話しかけてきたのは、一葉と幽だった。

別段、町中で知り合いが話しかけてくるのは大したことではないが、問題はその話題にあった。

 

「私が剣丞さまに?」

「ああ、評定が終わって剣丞が上段から下がった時にソッコーでな」

「『剣丞さまぁ~!私もお嫁さんになりたいですぅ~!!』とまぁこんな感じに」

「えええぇぇっ!?」

 

意味がわからない。

剣丞に求婚したことよりも幽の言う昨日の自分の方が意味がわからなかった。

 

「主様も主様でな、余が隣に居たというのに鼻の下を伸ばしおって」

「エーリカ殿はそのことを覚えてらっしゃらないのですかな?」

 

一葉が拗ねたように剣丞を睨む。

剣丞はというと苦笑いをして後頭部に手を置いていた。

 

「え、ええ・・・」

「では昨日のアレはエーリカ殿の気が触れていたと」

「おい幽、それは流石に失礼なんじゃ・・・」

 

見かねた剣丞がそろそろいいだろうとエーリカをフォローする。

 

「そりゃあ言われた時にはびっくりしたけど、エーリカみたいな可愛い女の子に迫られたら嬉しいし」

 

それはフォローになっているのか?

という気持ちを乗せてエーリカはジト目で剣丞を見る。

 

「剣丞さま、それはフォローに――」

「うー!幽ー、また剣丞が他の女子(おなご)を蕩してるー!」

「よしよし公方さま、いい子ですからそろそろ仕事に行きましょうね~」

「なに!?今日の仕事は終わったはずでは・・・」

「公方の仕事に終わりはありません。さぁ、行きますぞ」

 

いやだ!と言い張っていた一葉も、2人の邪魔をする気かという幽の言葉に大人しく着いて行くことになり。

 

「それでは剣丞殿、エーリカ殿、喚くばかりの猪公方のことは忘れて今日は楽しんでくだされ」

「こら幽!今のは聞き捨てならんぞ!幽、おい幽ってばー!」

 

町の活気に負けず劣らず、一葉と幽は城の方へ歩いていった。

 

その姿が見えなくなったところで、剣丞は浅いため息を吐く。

 

「じゃあそろそろ行こうか」

「えっ、は・・・はい」

 

あの2人のテンションは今に始まったことではないが、状況に問題がある。

 

「あの、剣丞さま?」

「なに?」

 

剣丞は軽く返事を返してくれる。

 

「私は、本当に剣丞さまのワイフになったのですか?」

「ワイフって・・・まぁ、昨日のアレが現実なら本当だね」

「そう、ですか・・・」

 

(これは・・・『ここ』はどこで、なんなのでしょうか・・・)

 

エーリカの胸中に、不安とも言える違和感が訪れる。

昨日までのはっきりとしない記憶、身に覚えの無い出来事。

なのに、堺で剣丞達に会って越前進行を決めるまでの記憶は存在する。

だが、この違和感はなんなのだろうか。

まるで違う世界に来たかのようだ。

 

ただはっきりしているのは――

 

(私の使命は、まだ完遂されていない)

 

全てが不安定な中で、エーリカの中には確固たるモノがあった。

 

(私はルイス・フロイスで、明智十兵衛であるということ、それだけは絶対に変わりはしない・・・なら)

 

私は、使命を全うするまで。

 

(この際、状況は気にしなくていいかもしれませんね・・・剣丞さまの嫁であろうが、敵対勢力であろうが、私は役目を果たさなくては)

 

「・・・カ、・・・-リカ」

 

(なら、まずはここからどうするか)

「エーリカ!」

「ッ!?はっ、はい!」

 

気がつくと、剣丞の顔が目の前にあった。

 

「大丈夫か?なんか難しい顔してたけど」

「は、はい。大丈夫、です・・・」

 

エーリカは今日一番の違和感を感じていた。

 

おかしい。

こんなにも取り乱すなど、自分らしくもない。

たかだか、新田剣丞が目の前にいるだけなのに。

 

(・・・?)

 

しかし、自分の胸は、陣太鼓でも打っているかのように高鳴っていた。

 

「-----ッ!」

 

自覚した瞬間、顔が赤くなる。

 

(ま、まさか・・・そんな馬鹿な!)

 

認めたくは無い。だが、認めざるを得ない。

 

「・・・どうした?」

 

自分は今、目の前に居るこの男に、心を奪われているのだ。

 

「な、なんでもありません。それより、行きたいところというのは決まったんですか?」

「あー、決まったというか今居るというか」

「今?・・・あっ」

 

 

 

 

 

 

 

エーリカと剣丞が居る場所――そこは、小さく流れの緩やかな川だった。

いつのまに入っていたのか周りは森に囲まれており、木漏れ日が差し込む川は宝石のように煌いている。

 

「・・・きれい」

思わず、口から零れてしまうそんな風景。

 

「だろ?俺もこの前散歩してたら見つけてさ。デートするにはもってこいだと思ったんだ」

「ッ!」

 

そう言われて、また胸が高鳴る。

 

「そ、そうですか・・・」

「うん!」

「ですが、他にも誰か連れて来たのではないのですか?久遠さまや公方さま、それに側室の方々も」

 

思っても無いことを、とエーリカは自嘲した。

今自分は、1つの答えを求めるためにわざといじけてみせたのだ。

そして目の前に居るこの男も、答えは1つしか持ち合わせていない。

 

「そんなことないって。ついこの前見つけた穴場だから、ここは俺とエーリカしか知らないよ」

 

ほら、と自分の心が微笑んでみせる。

 

「そうですか・・・・・・フフッ」

「ん?なんだよ」

「いいえ、フフフッ」

 

(まさか、こんなに自分をコントロールできない時があるなんて・・・面白いですね)

 

嬉しそうに笑うエーリカに何かを感じたのか、剣丞もヘヘッと笑う。

2人で笑い合うことの楽しさを、初めて知ったような気がした。

 

「それで、ここでどうするんですか?」

 

ひとしきり笑った後、川辺に揃って腰を下ろす。

 

「あ、お昼持ってきたから食べようよ。エーリカはご飯は?」

「私は起きてからまだ・・・」

「そっか!よかったぁ、実はエーリカの分も持ってきてるんだ。ころの手作りだから味も保障するよ」

「ふふ、剣丞さまの手作りではないのですね」

「あ、あははー!べつに寝坊したわけじゃ、ないんだからねっ!」

「なんですか?その喋り方」

「ツンデレを実践してみたが、ごまかせないか・・・」

「というより、自分で言っている気が」

「しまったぁぁ!」

 

川を前に食べているころ特製のおにぎりはいつもより美味しく、いつもより幸せな昼食となった。

 

その間は、エーリカも普段の冷静さを捨ててしまっていて。

 

(やっぱり、エーリカも女の子なんだな)

剣丞は優しい笑みをエーリカに向けた。

 

エーリカはというと、使命を忘れたわけではなかったが。

 

(このような美しい川のせいですね、こんな楽しい気分、川の・・・それと、剣丞さまも)

 

エーリカは目を細め剣丞を見る。

 

(私は私の運命に従う。明智光秀として・・・そして私の対となる存在、新田剣丞・・・ある意味ではあなたは運命の人でした。だから・・・)

 

「ねぇ、剣丞さま」

「どうした?」

 

(きっと、この行動も・・・川のせい)

 

きっと森の小鳥、川の魚が、証人となってくれる。

 

「私たち、夫婦なんですよね?」

「まぁ、そうだね。照れくさいけど」

「フフッ、なにを今更」

 

そう、彼は人蕩し。

 

「なら、こういう行動も・・・夫婦として当然ですね」

 

私たち2人は今確かに、夫と妻、一組の男と女なのだ。

 

「ん・・・んっ、ちゅ・・・」

 

貪るように剣丞の唇を求めるエーリカ。

 

「エーリカ?」

「だって、夫婦なんでしょう?んっ・・・」

 

剣丞も負けじと頭を押し返してくる。

そんな小競り合いがとても愛おしくて、エーリカは段々と着実に虜になっていった。

 

「んっ、ぷはっ・・・あなたは運命の人・・・」

「ははっ、エーリカがそんなことを言うなんて意外だなぁ」

 

自分だって、恋心で言っているのであれば意外だ。だが、これは恋なのだ。

 

「だから・・・可愛がってください、剣丞さま・・・この身を、あなたに捧げます」

「エーリカ・・・」

「来て、ください。私を・・・染めて、あなたの物にしてください。剣丞さま」

 

運命の人とは、エーリカという役の運命の路上に横たわる石のような存在。

恋物語でいう『運命の人』とは大違いなただの言葉遊びのはずなのだ。

 

(これは役目じゃない、そう信じたい)

 

今、この男の腕の中に居る女は、誰なのだろう。

 

(私は、エーリカ)

 

今、この男を喘ぎ喘ぎ求めているこの女は、誰なのだろう。

 

(ルイス・フロイスでも、明智光秀でもない・・・私は、エーリカ)

 

今、この男のすべてを自分の内に受け止め離そうとしない私は、誰なのだろう。

 

(私は・・・あなたを愛している)

 

今、この男の隣で衣服を布団代わりにして寝ているエーリカは、誰なのだろう。

 

 

 

 

 

堺の教会で出会ったときは、ただの手駒のような存在だった。

いや、京にいた頃も、小谷にいた頃も、こうして美濃に帰ってきた時も、彼の事はただの舞台上の役者として、自分の役柄を演じているだけだった。

 

では何故なのか。彼を意識したのは。

 

(今日、でしょうね・・・)

 

例えば、今まで一緒にいた幼馴染を急に異性として見だすような、そんな感覚。

 

(軽い女ではないつもりなのですが、今日一日で随分と惚れてしまった)

 

今となっては、勝手に婚姻を結んだ『昨日のエーリカ』などどうでもいい。

 

(今は私が、私だけがこの人と一緒にいる・・・剣丞さま)

 

隣で同じく衣服を布団代わりにして横になっている剣丞に抱きつく。

 

「エーリカ起きたの?」

「はい、ありがとうございます。さっきは・・・」

「う、まぁいいじゃないか!こうしてエーリカも素直になってくれたわけだし!」

「うふふ、照れ隠しが下手ですね」

 

(私には役目がある。この人を傷つける役目が・・・)

 

「エーリカだって、普段からは想像もできないくらい俺を」

「こーら、そういう事は言わない約束ですよ」

 

と、このように自分も照れ隠しが下手なのだ。

 

「むむむ・・・仕方ないなぁ」

「ならいいんです」

 

剣丞はエーリカを抱きしめると、ひとりごちた。

 

「これから越前攻めだ。次はいつこうしてエーリカと過ごせるか」

「あら、蕩しの剣丞さまはもう次をご所望ですか?」

「それは是非と言わせてもらうけど、そのためにはエーリカが・・・俺達が鬼に負けないように頑張る必要がある」

 

胸の奥がチクリと痛む。

彼が本当のことを知ったらどう思うだろう。

 

許してくれるのだろうか、それとも有無を言わさず殺しにかかってくるのだろうか。

できれば前者が良いと、男の腕の中で眠る女はそう願った。

 

「ええ、そうですね。そうですが」

 

エーリカは剣丞を強く、強く抱きしめた。

 

「今は私を、私だけを見て、感じてください・・・剣丞さま」

「エーリカ・・・」

「ふふ・・・もう一回、します?」

 

それを最後に、2人の間に言葉という言葉はなくなった。

 

まだ日は高い。

きっと神も祝福してくれるだろう。

儚くも悲しい運命に立ち向かう男と、運命という名のレールを進む女のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!」

 

遠くから聞こえてくる鬨の声に、彼女は目を覚ます。

 

「ここは・・・」

 

木漏れ日が差し込む川ではない。むしろ、屋内――寺の本堂のような。

 

「・・・・・・フ、フッフッフッフ」

 

ひとりでに笑いがこみ上げてくる。

 

「ハーッハッハッハ、ハッハッハッハ!!」

 

天を仰いで、ひたすらに笑う。

その笑いも空間に霧散し、エーリカは真顔を努めた。

 

「結局は、こうなるのでしたね」

 

ツカツカと、エーリカは本堂の中を歩く。

 

「ええ、わかっています。役者に台本以外の行動は許されない。アドリブなど認められない」

 

(私のこの昂ぶった気持ちは、おそらく夢の残滓)

 

「剣丞さま・・・できるなら、もう少し共にいて蜜月を楽しみたかったのですが・・・まぁいいですね」

 

数百人の人間が、こちらに向かってくるのがわかる。

 

「来てくれた・・・やっぱり、私とあなたは運命の人」

 

その先頭に立つのは、間違いなく彼なのだと直感する。

 

「お待ちしていますよ、剣丞さま・・・終幕の舞台で」

 

 

 

 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
5
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択