焼けるような激痛が、やがて寒気に変わってゆく。体温とともに失われてゆくのが、生命力だった。後悔はしていないが、本当にこれが自分の望んだ結末だったのかは、正直のところ自信がなかった。
「劉協様!」
北郷一刀が、自分の名前を呼んでいる。眉を寄せ、苦痛と悲しみの表情を浮かべていた。思えば彼のことが、決して嫌いではなかった。出会い方さえ異なれば、友人になれたかも知れない。
(共に、笑いあえたのかな?)
想像してみる。未来を憂い、国を案じる二人の若者。理想を信じ、それを成すべき力を持つものたちだ。
衝突することもあるだろう。それでもきっと、心は通じ合っているはずだ。
(北郷……一刀……)
決して幕を開けることのない永遠。けれど心のどこかで思う。『もしも』の世界もまた、この外史ならば存在するのではないかと。だがそれを確かめる術は、自分にはない。
(所詮は、ただの駒だ。役目を終えれば、はじかれる)
もしも再び生まれるとするなら、今度は平凡がいいと思った。普通にあるものがただあるだけの、そんな日向のような世界。
(これで僕は解放される。けれどそれは、君にとって良かったのか、今はもうわからない。きっと新たな『楔(くさび)』が、すでに選ばれているはずだから)
劉協の意識が、光の中に呑まれてゆく。死ぬのは怖いと思っていた。でもその瞬間は、悩むのも馬鹿らしいほどあっけなく、そして空虚だった。
月は力なく床に倒れた劉協のその手を取り、優しく包むように握りしめた。
「始まりは、お友達になれたらって気持ちからでした……」
誰にともなく、月は語り始める。
「洛陽にやって来て、初めて出会う同じ年頃の子に、そんな気持ちが湧いてきたんです。最初は帝だって事も知らない、誰か貴族のお子様なんだと思っていました」
けれど知ってしまった。そして最初に距離を置いたのは、自分だ。
「もっと違う形で出会っていれば、違ったのかな? あの時、私が身を引かなければ、もっと違う結果になっていたのかな?」
「月……」
気遣うように詠が、月の肩をそっと抱いた。
「詠ちゃん……私……」
「違うよ。月が悪いんじゃない。だって私は、月と友達になれたもの。立場とか色々違うけど、大切な友達になれたもの」
きっと、些細な事だった。些細な一言で、些細な行動一つで運命は変わっていたのかも知れない。
手を取り合う月と詠のように、月と劉協が同じ目線で語り合うこともあったのかも知れない。
「……」
互いを支え合うように肩を抱いた月と詠の二人の様子を、一刀は黙ったまま見つめていた。小刻みに震える手を隠すように、握りしめながら――。
沈黙が痛いと感じるのは、初めてのことだった。今までは義姉妹の間で会話がなくとも、互いにわかり合っている安堵感があったのだ。でも今、愛紗は桃香を感じることが出来ない。
「桃香様、お腹は空きませんか?」
布団にくるまって身動き一つしない桃香に、愛紗は声を掛ける。何かを話していなければ、落ち着かなかった。しかし何を言っても、返事はない。鈴々は桃香の手を握って、うとうとと舟を漕いでいた。
「はあ……」
溜息を漏らしながら、愛紗は考える。
(どうしてこんな事になってしまったんだろうか)
桃香の様子がおかしいことに、気づいていたはずだ。悩みを聞く機会は、何度もあったはずなのに自分は逃げた。
(何より……)
愛紗の胸に寂しさが込み上げる。
(どうして、こんな事になる前に話してくれなかったのか。私は、義妹なのではないのか?)
悔しい。どんな敵も恐れない自分が、まったくの無力だということが無性に悔しかった。
「桃香様」
義姉の名を呼び、そっと手を伸ばしかけた愛紗は不意の気配に身を強ばらせた。
「誰だ!」
桃香の枕元に、宙に浮いた黒装束の姿があった。
黒装束が手を差し出すと、操り人形のように桃香がむくりと起き上がった。
「我が元に来い」
地の底から響くような声が、頭の中に語りかけてくる。
「桃香様!」
起き上がる義姉に追いすがろうとする愛紗だが、体が動かない。横の鈴々を見るが、これほどの気配を感じても目覚める様子はなかった。
「新たな礎として、その心を闇に染めるがいい」
「いけません、桃香様!」
だが、桃香は虚ろな眼差しで、差し伸べた黒装束の手を握った。そして吸い込まれるように、黒装束の中にその身を沈めていったのだ。
「桃香様!」
叫ぶ愛紗の声は、もはや桃香には届かなかった。
「義姉を取り返したくば、長安に来るがいい」
「長安――!」
闇が嗤う。霧のように薄く、やがて冷たい空気だけ残して消えた。体の自由を取り戻した愛紗は、天幕を飛び出す。だが消えた桃香の姿が、あるはずもない。
「桃香様……また、守れなかった!」
愛紗は挫けそうになる心を。寸でのところで奮い立たせた。
「まだだ! 私は諦めない。必ず桃香様を闇から助け出す!」
強い決意を胸に、愛紗は鈴々を起こすため天幕に戻った。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。