「作戦完了のお知らせなのです♪」
――リンガ泊地、とある鎮守府。
その執務室にて、オリョール海での海戦から帰還したばかりの少女は。
満面の笑顔で、作戦完了の報を届けた。
「おっけ、完璧!オリョール行き、ほんっとお疲れ様!」
そんな満面の笑顔を向けてくる少女――睦月を、執務室の椅子から立ち上がった少女は、抱き締める様にして迎えた。
「いひひ…♪睦月をもっともっと褒めるがよいぞー♪」
「うんっ、もっと褒めちゃう!すごい!すっごい!」
「いっひひ~♪提督、もっともっとー♪」
――巫山戯け合う様に互いの体を触り合うスキンシップをしながら、執務室で騒ぐ二人。
かたや高校生か大学生、もう一方は中学生…ともすればその容姿の幼さから小学生とも思える二者であったが。
高校生か大学生に見える、ところどころに金の刺繍をあしらった将校服を着る少女は「提督」と呼ばれ。
もう一人の、背が低く、容姿も幼く見える少女は…「艦娘」と呼ばれ。
共にこの泊地にて、深海棲艦の名で呼称される異形の存在と戦う、歴戦の戦士であった。
「うりゃー!髪もわしゃわしゃするぞー♪」
「きゃー♪」
……戦士であった。
戦士である。一応。ただのイチャイチャしてる女の子二人に見えても。
***
そんな流れで、「提督」がひとしきり、褒めて撫でてほめて撫でて褒めたあと。
「あ、そうだ…!オリョールに行った理由を、忘れるところだったのです!」
「……おっと、そうだった!ごめん、楽しくて忘れてた!……で、どうだった?」
「いひひ、だからさっき作戦完了って言ったのです…ほらほら、提督!」
そう言って睦月は、深緑色のスカートのポケットに手を入れ、何かを取り出す。
提督に向け、開かれた手に乗っていたのは……。
「……うわ、綺麗」
「如月ちゃん達と、頑張って一番いいものを探してきましたから!」
「うん……ほんと、綺麗な珊瑚……」
……東部オリョール海への出撃を行った、睦月率いる泊地第一艦隊。
その目的は戦闘……では、なく。東部オリョール海にて、珊瑚を探す事であった。
珊瑚をじっと見つめその色を堪能した後、ふむん、と提督は頷き、
「……うん。これならいい物が出来そうだよ、睦月!」
「はいっ!」
睦月と二人、どのように加工を行うか話し始めたのであった。
***
――それから、少しのち。
ある艦娘によって加工を終え、表面に光沢を得た珊瑚は……。
「おおお、睦月の12cm単装砲と7.7mm機銃の部品がこんなきれいな指輪に……。提督、すっごい……」
「ふふん、こういう加工は得意なんだよ」
廃棄品になった、睦月の古い装備……12cm単装砲と7.7mm機銃、
それぞれから取った部品で加工・作成、彫金されたツイスターリングに嵌められ、2つの指輪が出来上がった。
……そう。今回の東部オリョール海への出撃は、この指輪を作る為の珊瑚採取を目的としたものだったのである。
深海棲艦との戦いを行っているこのリンガ泊地で、何故戦闘ではなく、その様な事が行われているのか。
頭の固い軍人であれば、そのような遊びの出撃は非常識だ、と言うだろう。
……しかし、彼女達には―――ひいては、このリンガ泊地に鎮守府を構える「艦娘」達には、そんな事は関係ない。
……何故なら。
この後に行われることは、女の子にとって永遠の憧れであり、いつかは自分も、と想像するものであり。
その「この後に行われること」には、その指輪も珊瑚もどうしても必要だから、である。
頭の固い軍人の常識など、考慮に値しない。女の子の夢への想いの強さは、軍人の石頭よりはるかに重いのだ。
んふふー、とにやけ顔になり、出来上がったばかりの指輪を見つめる提督と睦月。
しかし、そうしてばかりはいられない――と、高校生の様な見た目の少女提督は顔に緊張を走らせる。
「……」
そう。
彼女は――提督は、これからこの指輪を贈るのだ。
誰に?そんなものは決まっている。目の前にいる、苦楽を共にしてきた少女だ。
……しかし、言葉が思いつかない。戦闘では的確に指揮を飛ばし、前線に立ち多くの戦果を挙げた少女も、
指輪を贈っての告白など、人生で初めての経験である。
普段通りに、言葉を掛ければいいのか?それとも、この大事な時だからこそ格好を付けるべきなのか?
共に戦った相手に、戦友あるいは友達のような気安さで伴侶になることを求めるのか。
それとも、提督と艦娘という立場を、ある程度は考慮すべきなのか。いやしなくてもいい気もするが一応。
「……」
うんうんと、表情を硬くし唸りだす提督。
そんな提督の顔を見て、何を悩んでいるかを睦月は何となく察した。
……二人は、長い付き合いである。提督がどんな事を悩むかなど、すぐわかる。
どうしようか、と少し考え。……睦月は、おずおずと言葉を作る。
「……『司令官、どの』」
「…………え」
懐かしい呼び方をされ、提督の思考が中断する。
顔を上げ、睦月の方に向けると……睦月は、少し恥ずかしそうにしながら、もう一度、
「『司令官殿』。……ふふふ、睦月、久々に呼んじゃいました」
そういった彼女は、顔にわずかに恥ずかしさを浮かべながら、いひひ、と笑った。
提督はそう呼ばれ固まっていたが、不意に。
「……ぷ」
緊張が、決壊した。
「あは、あっはははははは……!んもう、何その呼び方…すっっごい懐かしい!」
「ひっどぉい!提督が緊張してるから、ちょっとでもリラックスさせてあげようと思ったのにぃ!」
ああ。
……懐かしいにも程がある。
その呼び方は、まだ深海棲艦と戦い始めたばかりの…まだ、一つの艦隊の運用すらまともに出来ない、艦隊司令官の頃の。
睦月と電と暁、そして響……その4人しかいなかった時の、睦月の呼び方だ。
あの時、睦月と出会ってまだ間もなかった頃は、電達にならって睦月もそう呼んでいた。
それからしばらくして、鎮守府もだいぶ大所帯になった頃…睦月は、「提督」と呼ぶようになった。
今思えば、「司令官殿」と「提督」の時でだいぶ、距離感も変わった気がする。
提督と呼ばれるようになってから、睦月はこんな、友達に近いような距離感で接してくれるようになったのだ。
「ね、提督……あのね、睦月は……」
少しだけ恥ずかしさをにじませながら、けれどとびきりの笑顔で。
「実は、『司令官殿』に褒めてもらいたくて、とってもと…っても!睦月、頑張っていたのです」
そう言った後、睦月は恥ずかしさを誤魔化すように笑った。
その言葉に、少しだけ勇気づけられ……そして、自分が何を言うべきか、やっと決める事が出来た。
……二つの指輪の片方が入った箱を、睦月に差し出して。
「ね、睦月」
「……はい!」
「これからも、ずっと、ずっと……ずーっと!!私の傍に、いてほしいの!
私はずっと、睦月と一緒がいい。艦娘と一緒がいいなんて、ダメな提督かもしれない。
提督なのに、睦月に甘えちゃうかもしれない。……でも、私は。」
軽く息を吸って。
「私はこんな関係のまま、睦月と一緒に過ごしたい!……結婚して!!」
「……」
そして、睦月は。
「その告白、お受けするのです。
……睦月も提督と一緒がいいのです。だから、離れるなんて嫌だから、ね?」
にひ、と笑い。
差し出された指輪を、左手の薬指に嵌めた。
***
「さて、それじゃ……」
「二人の共同任務、頑張りましょー!」
左手の薬指。
そこに嵌めた指輪を、互いに見せ合うようにした後、微笑んで。
「睦月『達』の艦隊、いざ参りますよー!」
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付き合いは、長く、長く。
共に戦ってきた戦友が、将来を誓い合い新しい道を歩き始める、そんな物語。
(2/15に一度某所に投稿済み。)
***
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