No.661587

お得意様は裁判官! 最終巻【連載中】

瀬高 澪さん

 
月活動を手伝う女性仕立屋(モブ女性)視点のシリアス。
最終巻(全話web掲載)です。
 
 

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2014-02-08 14:57:36 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:595   閲覧ユーザー数:595

 不穏な言葉を告げたバルドーさんが立ち去ったその後は何事もなく1日が終わった。店の扉に鍵を掛けブラインドを下ろす。居住スペースに繋がるドアにも鍵とチェーンを。そうして指紋認証の扉を開けて隠し部屋へと入る。いつもはぎょろりとルナティックマスクに睨まれるけれど、今日ばかりはほんの少し気分が落ち着いた。

 黙々とマスクを作っていると肩を叩かれ、柔らかな声で「根を詰めると身体を壊しますよ」と声を掛けられた。心臓が弱くなくて本当に良かったと思う。そうでなければ今頃あの世行きの直行便に飛び乗っているところだ。

「ユーリさん、何度言ったら分かるんですか! 急に来るのは、しかも音なしで忍び寄って来るのはいい加減にしてって私いっつも言ってるでしょう!! ニンジャごっこが好きなら折紙サイクロンとだけにして下さいよ、ホント毎回心臓止まりそうなぐらい驚くんだから勘弁して下さいっ!」

 ユーリさんは目を丸くしてこちらを見下ろしていたが、噴き出すと慌てて口元を押さえた。そんなことしたって馬鹿受けしてるの丸分かりですからね。

「く、くくっ……これは、し、失礼……くくっ……今後は気を付け……はははっ! 驚き過ぎですよ、貴女、今凄い顔をしてましたね!」

 遂に抑え切れなくなって声を上げて笑い始めた。くそっ、好きでびっくりしたわけじゃないってのに。「ユーリさんは金輪際隠し部屋への出入り禁止です! ほんっとに失礼しちゃう!」

 机を叩きながらぷりぷり言い放つが益々相手は身体を震わせるだけだ。この人意外と笑い上戸なんだな。ツボに入ってちょっと苦しそう。あ、咽て咳き込み始めた。笑い過ぎだよ。

 彼の背中を摩りながら「あれ?」と、見過ごしそうで見過ごしてはいけない点に思い至った。店舗兼住宅なので出入口は1箇所しかない。鍵を掛けた挙句チェーンまでしたあの扉だけだ。合鍵をユーリさんは持っているけれど流石にチェーンをどうこうすることは外からでは出来ない。とするとこの人は一体どうやって入って来たんだろう。「ユーリさん、ユーリさん。鍵もチェーンも掛けてたのにどうやって入ったんですか?」

 笑いの発作から解放された裁判官は「ああ」と頷く。その説明によると彼の能力は空間制御なんだとか。自身の支配が及んだ空間にはその証として蒼の炎を出すことが出来るらしい。試しにやって見せてと告げると壁に手を突っ込んでくれた。そうか、だから彼の実家で隠れ家に案内された時は壁をすり抜けられたんだな。

「この能力のおかげで隠れ家の扉を塞ぐことが出来たんです。出入口を完全に封印してしまえば、家を取り壊さない限りあの場所は決して知られることはないですからね。わたしに万が一のことがあっても安心というわけです」

「だからご実家と自宅、どちらの隠れ家にも出入口はなかったんですね」

「別々の物ではなく同一の物ですから。貴女が訪れたのは全て同じ場所ですよ」

「空間制御ってそんなことまで出来ちゃうんですか!?」道理で似てると思ったわけだ。「具体的にどんな感じでやるんです?」

「空間を操り人形に喩えると分かり易いかもしれません。糸を手繰り寄せて人形を操るんですよ。手元から離れればその距離に応じて次々に糸は切れていく。だから支配が及ぶ範囲も狭くなる。それに炎が燃やせる対象は支配下に置いた空間でただ1つのみ。ルナティックがボウガンを常備しているのはそれが理由です。ボウガンが放つ矢だけがわたしの能力の及ぶ範囲であり、結果『ボウガンで放たれた矢に触れた物全て』にしている。わたしが去ったにも関わらず教会で炎が消えなかったのはそれが理由です」

「便利ですねー、その能力……あれ? でも1つしか燃やせないって、確か試作スーツの時はマントだけじゃなくスーツも一緒に燃やしてましたよね?」

「耐火性を見るつもりでしたので、対象を『マント』ではなく『身に着けている物全て』にしましたからね」

「成程」

 ぽすりとユーリさんが左肩に頬を乗せて来た。座ったまま彼を見上げていたので至近距離で相手の顔が迫り、視界いっぱいに翠の瞳が広がった。お疲れのご様子らしい。

「ユーリさん。ヘインズを燃やした時に爆弾が爆発しなかったのは、ひょっとしてその能力があったからですか?」

「ええ」

「もしかしてあの時私が動けるようになったのは……?」

「わたしの能力を単純に炎を出すものだとヘインズが勘違いしてくれていましたからね。少しずつ空間を支配下に置いていったんです。貴女の制限を解けばすぐにでもヘインズをと思っていましたが、まさかあんな無茶をするとは!」

「今になってお小言とか、ユーリさんは本当に色々面倒な人ですよね……」

「言いたくもなりますよ」ユーリさんは私を立たせると代わりに椅子に腰を下ろし、自身の膝に私を抱き寄せた。左肩に顎を乗せてふぅと息を零す。「貴女が無茶をする前にヘインズを仕留めたかったんです。先を越された時のわたしの焦りがどれ程だったか、貴女は永遠に分かってくれないでしょうね」

「分かろうと努力する姿勢は見せてあげますよ。もしお望みでしたら」

「……言うようになりましたね」

「鍛えられてますから」

 裁判官が首筋で笑う。息が掛かって擽ったい。首を竦めると相手が少し離れてくれた。髪を払う動作を見て、ヘインズ事件の時、ルナティックだった彼の仕草を思い出した。

「そういえばユーリさん、ヒーローズの攻撃を受けた時に口元を拭ってましたよね。あれってある一定年齢以上の男性の特徴なんでしょうか。タイガーもスーツの上から良く頭や頬を掻いたりするでしょ?」

「……ワイルドタイガーとはそれなりに年が離れています。“一定年齢以上の男性”と一括りにされるのは心外ですね」

「でも三十路越えっていう点では一緒でしょ?」

 ユーリさんは暫し押し黙ると悪戯を思い付いた子供のような表情で脅してきた。「次に似たようなことを言ったら後悔する目に遭わせますよ」

「わあ怖い。でもちょっぴり期待する自分が居ます」

「本当に跳ねっ返りですね。いつだったか義娘に欲しくはないと言いましたが、本音を言えば貴女自身は欲しい。あまり理性を試さないで下さい」

「そういえばそんな会話をした記憶がありますね。舅には正直欲しくないけど、ユーリさんの理性を試してみたい気はあります」

 オリーブグリーンの瞳に覗き込まれた。こちらが本気だと見て取ると微かに目尻に皺が寄る。ここまで楽しそうにしているのは珍しい。目尻に触れると人差し指を齧られた。

「試してみますか、仕立屋殿?」

「試してみましょう、裁判官殿」


 
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