No.65823

暗闇の中の少女

冬雪さん

闇に中でしか生きる事ができない少女は、ただ命令されるがままに同族を殺していく。そして少女を殺せ、と命令が下り、少女は一人の女の子に会う。そして同族殺しの少女は……

2009-03-29 12:10:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:661   閲覧ユーザー数:627

 暗闇の中の少女

 

 

 私は闇の中で生きてきた。

 組織の命令で、私はたくさんの人間を殺してきた。

 それはこれからも変わることはない。この世に生を受けて瞬間から、私の生き方は定められていた。研究者によって人工的に生み出された私は、ありとあらゆる面で“旧人類”を凌駕する力を持っている。

 洞察力に運動性、それに機転。

 このどれもが、暗殺者に必要なものらしい。そして、そのすべてを私は備えている。

 私は命令されて、初めて生まれてきた意味を感じる。

 それまでは鎖で繋がれ、逃げ出さないように。いや、逆らわないように厳重に閉じこめられる。

 飯は扉の下にある僅かな隙間から入れられる。どのほとんどが必要な栄養素以外を含んでいないため、簡単に言えばまずい。

 それでも食べなければ、無理矢理にでも食べさせられる。前に一度、私は食べることを拒否したことがあった。すると、機械で押さえつけられて、栄養剤を打たれた。彼ら“旧人類”からすれば、栄養素さえとれればいいと考えているのだろう。

 私は日の光を見たことがない。地下奥深くに作られた研究所に、日光の光など差し込まない。

 あるのは蛍光灯か電球の、人工的な灯りでしかない。

 だが、私の任務は外に連れ出される。それでも太陽を見たことがない。任務はいつも深夜で、私が見られるのは天に浮かぶ月ぐらいだ。

 時間がたてば、見られるかもしれない。だけど、私には活動できる時間に制限がある。それを破れば、首に巻かれたチョーカーが爆発する。

 私は一度でいいから、日の光を浴びてみたかった。

 たった、それだけでいい。

 私はそれ以上は望まない。

 

 

「S-4483 仕事だ、出ろ」

 扉が開く。そこにいたのは筋肉質な男だった。私と同じ、“旧人類”によって作られた道具。

 男は私に繋がれている鎖を乱暴に引っ張った。繋がれている腕にしびれるような痛みが走る。それでも、私は表情に出さない。出せば、欠陥品として処分されるから。

 いや、すでに欠陥品なんだろう。

 私が知っているほかの“道具達”はもっと日の出る場所で使われているのだろう。

 そんなことを考えているうちに、目的の場所にたどり着いた。

「お連れしました。S-4483です」

 男が部屋の中にいた研究者に報告する。研究者はどちらかと言えば細身だが、その顔は鋭く、そして身震いするほどおぞましい。本当に研究者なのか、私は何度か疑ったことがある。

「もういい、さがれ」

「はっ!」

 研究者に言われて、男は去っていく。

 残されたのは私と研究者。

「S-4483。お前に新しい任務を持ってきた」

 研究者はもったいぶった口調で話しかけてくる。私は決して返事はしない。返事をすることは禁じられていないのだが、私はこの研究者と口をきくのが嫌だったのだ。

 幸いなのが、研究者は私が黙っていても、なにもしてこないことだ。その点は感謝してもいいだろう。

「こいつ……いや、これを壊してこい」

 研究者は一枚の写真を取り出す。これ、と言い直したのは、おそらく――

「A-0000 最初の被験体……お前達の母体だな。こいつが数ヶ月前に逃げ出したらしい。かたづけてこい。場所は――」

 やはり、と私は思った。これ、と言い直した理由。

 私と同じ道具。

 そして本来使われることしかない道具が、逃げ出した。

 使われることを拒んだ道具などいらない。

 私の任務はそういった――

 同族殺しだ。

 

 

「ここか」

 陳腐な場所だと思う。

 真っ暗なここでは“旧人類”いや、おなじ道具でさえ、視界を確保するのは難しいだろう。私の眼は夜でもよく利く。研究者の話では暗視ゴーグル以上だそうだ。

 目に映るのは、木と草それに海ぐらいだ。

 こんな変哲もない場所に本当にいるのだろうか?

 私は乗ってきたバイクから降りる。バッグから必要な物を取り出した。今回は隠密で活動する理由はない。この近くにほかの研究所はないから、私の情報が漏れることはない。

 この世界に研究所はいくつもある。いくつもある研究所は多少は違いがあれども、ほとんどが同じ研究に取り組んでいる。

 新人類の制作だ。

 その理由は私などが知るわけない。知る必要がないとさえ思っている。道具には必要な知識以外いらない。

 私はバッグから取り出した拳銃を腰のホルダーにつるした。肘ぐらいの長さのナイフを右の太ももに装着する。

 情報によれば、この森の先に目標A-0000が潜んでいる。

 私は注意深く進んでいく。

 相手は私と同じ、道具だ。どんな能力を持っているのか見当さえ付かない。慎重になるのは当たり前だ。

 森はうっそうと茂っていて、私の進路を拒んでいるようにさえ思えてくる。しかし、ここで邪魔だ、とナイフで進路を切り開いていけば、跡が残る。

 だから私は枝を折らないように暗闇の中を進んでいく。

 やがて、広場に出た。

 綺麗に円形を描いた芝生。Cの文字になるように木が周りを囲んでいて、開いた隙間から海が見える。

 その中央には、一本の大木が立っていた。

 何百年とそこにあり続けていたのだろうか、堂々とした威厳が感じられた。

 そして――

 その木の根元で、一人の少女が小さな寝息を立てていた。

 まだ小さい、子供のような少女だった。腰まで長い髪も、それに肌まで、まるで色素が抜け落ちたような白さだ。手足も小さく、抱きしめてしまえば折れてしまいそうな。

 本当にこんな幼気な少女が?

 そう思わずにいられなかった。

 だが、任務は絶対だ。私は腰にあった拳銃を握りしめ、少女に向けて照準を合わせる。銃を握りしめた瞬間、私の心にあった迷いは消え去った。

 後は引き金を引くだけ。

 せめて、少女が眠りについている間に終わらせたい。

 苦しまないように。

 しかし、私の願いはかなわなかった。

「…………んっ」

 少女がそう声を漏らし、ゆっくりと起きあがった。眼をこすり眠たそうである。その両目がしっかりと開かれた。

 そして私と目が合う。

「……お姉……ちゃん……だれ?」

「………………」

 私は沈黙した。少女の問いかけに答えられないからだ。

 黙っている私に見かねたのだろう。少女が頼りない足取りで、私に近づいてきた。銃を持っている私に。少女は気が付いていないのだろうか、そんなわけがない。

 自分の考えを振るい払う。

 きっと、暗闇で見えていないのだろう。私はそう結論づけ、ふらふらと動く少女に照準を合わせ続けた。

 ただ引き金を引くだけでいい。

 それだけなのに。

 少女は、もう目と鼻の先にいた。そこからなら、私が銃を持っていることに気づくだろう。

 しかし、少女は違った。銃を見ても首をかしげるだけ。

 戸惑うのは私の方だった。

 そして気が付いたときには、少女は私の目の前にいた。

 少女は私の胸の所までしか身長がない。少女は見上げるように私を見つめてきた。その瞳には、自分を殺しに来たとは微塵も感じていない。

 なんでなんでなんでなんでなんでッ!

 なんで引き金を引けない!

 私の葛藤に似た感情が抑えられなかった。

 目の前にいる少女を殺すだけなのに、いつもと変わらず、いや、もっと簡単に終わるはずだった。

 それなのに少女を殺すことができない。

「お姉ちゃん……誰?」

「わ、わた……し、は……」

 疑うことを知らない少女の問いかけに、私は答えかけていた。自分でも知らない間に。

「わたし、は……ころ――」

「それ嫌なにおいがする」

 少女は私の首に巻かれているチョーカーを指さした。手をいっぱいに伸ばして、私の首筋に触れてくる。

 瞬間、カチャ、となにかが外れるような音がした。

「これじゃま、捨ててもいいよね?」

 少女が手に持っていたのは黒いビニール製のチョーカーだった。ついさっきまで私を拘束し続けた忌まわしい鎖を。

 少女はあっさりと解き放ってしまった。

 そして、私はチョーカーが外されたときの、処置を思い出した。私が自分でチョーカーを外さないように、外せば物の数秒で爆発することを。

「!? あぶ――」

「えいっ」

 少女はそんなかけ声をあげると、大木に向かってチョーカーを投げつけた。その後の私の反応は早かった。少女を抱きしめ、木々の陰に隠れる。この程度で爆発が防げるわけではないが、せめて私が少女の盾となる。

 大木はまるで意志があるかのように枝を伸ばすと、チョーカーを引っかけた。そして淡い光がそれを包み込んだ。

 私は爆発に備えた。少女をかばうように抱きしめる。

 少女は暖かかった。

 誰も抱いたことも、触れたこと知らない私はこの暖かさに身をゆだねた。

 いつまでそうしていたのだろうか。

 想像していた爆発はいつになっても襲ってこなかった。

「!? ……なぜだ……」

 私は少女を抱きかかえたまま、起きあがった。

 予想していた爆音が聞こえなかったず、私は戸惑った。チョーカーに仕込まれた爆弾は半径数百メートルを無に返すほどの威力があったのだ。それがまったく襲ってこない。

 そのことに私は戸惑いを覚えた。

 ただ、私が抱きかかえている少女の反応は違った。

「えへへ」

 少女は誇らしげに笑う。自分のしたことを褒めてもらいたいように、おのずと頭を差し出してきた。私はその行為がなんなのか理解できなかった。

 理解できなかったのだが、私は自然と少女の頭をなでていた。

 それが当たり前のように。

 そのとき、私の胸にある感情が生まれた。

 いままで、感じたことのない。暖かな感情。

 憎しみとも、軽蔑とも、悲しみとも、嫌気とも違う。

 それは暖かかった。

 少女のぬくもりを感じて、私は生まれて初めて涙を流した。

 とぎれることなく、私は少女を抱きしめる。

「……だいじょうぶ?」

 そんな私を少女は慰めてくれる。

 大木の下で私は、誓った。

 この少女を守ろう、と。

 

 

 それから幾年か経った。

 私はあの少女とともに“新人類”のための組織を作った。いや、組織と言わないだろう、どちらかといえば仲間。

 私たちは、あれから施設に収容されている同族たちを救い出した。全員が私たちの元にきたわけではない。何人かは私たちと決別し、私が殺した。

 いくら心を入れ替えようとも、私は狩人なのだ。

 必要とあれば、私は殺すことをためらわない。それが仲間のためなのだ。血で汚れている私の役目なのだ。

 殺さない。なんて都合のいいことは言わない。誰にも言わせない。

 それはただの偽善だ。私たちは生き残るための戦うのだ。

 後からわかったことだが、私を救ったあの少女はある特殊な能力を持っていたらしい。

 和解。

 それが少女の能力の名前……だそうだ。少女はふれた物と会話し、解り合えるそうだ。人や機械を問わず、少女は相手の心の奥底に潜り込める。その能力を使ってチョーカーに仕込まれた爆弾の信管を無力化したそうだ。ただ、この能力は限定的な物で、少女一人では起こすことすらできない。あの大木が少女の持つ能力を増幅している。

 まあ、さすがにその事をそのまま鵜呑みにはしてない。

 それに、まだ救わなければならない仲間が多くいる。それらを助け出すには、まだまだ解決しなければならない問題が山積みだ。

 一つだけ言えることがある。

 私はもう闇の中にいない。

 たった一つだけ望んだ物が手に入ったのだ。

 いや、それ以上のモノを

 私は手にしたのだ。

 

 光というの名の希望を。

 

 


 
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