暗闇の中の少女
私は闇の中で生きてきた。
組織の命令で、私はたくさんの人間を殺してきた。
それはこれからも変わることはない。この世に生を受けて瞬間から、私の生き方は定められていた。研究者によって人工的に生み出された私は、ありとあらゆる面で“旧人類”を凌駕する力を持っている。
洞察力に運動性、それに機転。
このどれもが、暗殺者に必要なものらしい。そして、そのすべてを私は備えている。
私は命令されて、初めて生まれてきた意味を感じる。
それまでは鎖で繋がれ、逃げ出さないように。いや、逆らわないように厳重に閉じこめられる。
飯は扉の下にある僅かな隙間から入れられる。どのほとんどが必要な栄養素以外を含んでいないため、簡単に言えばまずい。
それでも食べなければ、無理矢理にでも食べさせられる。前に一度、私は食べることを拒否したことがあった。すると、機械で押さえつけられて、栄養剤を打たれた。彼ら“旧人類”からすれば、栄養素さえとれればいいと考えているのだろう。
私は日の光を見たことがない。地下奥深くに作られた研究所に、日光の光など差し込まない。
あるのは蛍光灯か電球の、人工的な灯りでしかない。
だが、私の任務は外に連れ出される。それでも太陽を見たことがない。任務はいつも深夜で、私が見られるのは天に浮かぶ月ぐらいだ。
時間がたてば、見られるかもしれない。だけど、私には活動できる時間に制限がある。それを破れば、首に巻かれたチョーカーが爆発する。
私は一度でいいから、日の光を浴びてみたかった。
たった、それだけでいい。
私はそれ以上は望まない。
「S-4483 仕事だ、出ろ」
扉が開く。そこにいたのは筋肉質な男だった。私と同じ、“旧人類”によって作られた道具。
男は私に繋がれている鎖を乱暴に引っ張った。繋がれている腕にしびれるような痛みが走る。それでも、私は表情に出さない。出せば、欠陥品として処分されるから。
いや、すでに欠陥品なんだろう。
私が知っているほかの“道具達”はもっと日の出る場所で使われているのだろう。
そんなことを考えているうちに、目的の場所にたどり着いた。
「お連れしました。S-4483です」
男が部屋の中にいた研究者に報告する。研究者はどちらかと言えば細身だが、その顔は鋭く、そして身震いするほどおぞましい。本当に研究者なのか、私は何度か疑ったことがある。
「もういい、さがれ」
「はっ!」
研究者に言われて、男は去っていく。
残されたのは私と研究者。
「S-4483。お前に新しい任務を持ってきた」
研究者はもったいぶった口調で話しかけてくる。私は決して返事はしない。返事をすることは禁じられていないのだが、私はこの研究者と口をきくのが嫌だったのだ。
幸いなのが、研究者は私が黙っていても、なにもしてこないことだ。その点は感謝してもいいだろう。
「こいつ……いや、これを壊してこい」
研究者は一枚の写真を取り出す。これ、と言い直したのは、おそらく――
「A-0000 最初の被験体……お前達の母体だな。こいつが数ヶ月前に逃げ出したらしい。かたづけてこい。場所は――」
やはり、と私は思った。これ、と言い直した理由。
私と同じ道具。
そして本来使われることしかない道具が、逃げ出した。
使われることを拒んだ道具などいらない。
私の任務はそういった――
同族殺しだ。
「ここか」
陳腐な場所だと思う。
真っ暗なここでは“旧人類”いや、おなじ道具でさえ、視界を確保するのは難しいだろう。私の眼は夜でもよく利く。研究者の話では暗視ゴーグル以上だそうだ。
目に映るのは、木と草それに海ぐらいだ。
こんな変哲もない場所に本当にいるのだろうか?
私は乗ってきたバイクから降りる。バッグから必要な物を取り出した。今回は隠密で活動する理由はない。この近くにほかの研究所はないから、私の情報が漏れることはない。
この世界に研究所はいくつもある。いくつもある研究所は多少は違いがあれども、ほとんどが同じ研究に取り組んでいる。
新人類の制作だ。
その理由は私などが知るわけない。知る必要がないとさえ思っている。道具には必要な知識以外いらない。
私はバッグから取り出した拳銃を腰のホルダーにつるした。肘ぐらいの長さのナイフを右の太ももに装着する。
情報によれば、この森の先に目標A-0000が潜んでいる。
私は注意深く進んでいく。
相手は私と同じ、道具だ。どんな能力を持っているのか見当さえ付かない。慎重になるのは当たり前だ。
森はうっそうと茂っていて、私の進路を拒んでいるようにさえ思えてくる。しかし、ここで邪魔だ、とナイフで進路を切り開いていけば、跡が残る。
だから私は枝を折らないように暗闇の中を進んでいく。
やがて、広場に出た。
綺麗に円形を描いた芝生。Cの文字になるように木が周りを囲んでいて、開いた隙間から海が見える。
その中央には、一本の大木が立っていた。
何百年とそこにあり続けていたのだろうか、堂々とした威厳が感じられた。
そして――
その木の根元で、一人の少女が小さな寝息を立てていた。
まだ小さい、子供のような少女だった。腰まで長い髪も、それに肌まで、まるで色素が抜け落ちたような白さだ。手足も小さく、抱きしめてしまえば折れてしまいそうな。
本当にこんな幼気な少女が?
そう思わずにいられなかった。
だが、任務は絶対だ。私は腰にあった拳銃を握りしめ、少女に向けて照準を合わせる。銃を握りしめた瞬間、私の心にあった迷いは消え去った。
後は引き金を引くだけ。
せめて、少女が眠りについている間に終わらせたい。
苦しまないように。
しかし、私の願いはかなわなかった。
「…………んっ」
少女がそう声を漏らし、ゆっくりと起きあがった。眼をこすり眠たそうである。その両目がしっかりと開かれた。
そして私と目が合う。
「……お姉……ちゃん……だれ?」
「………………」
私は沈黙した。少女の問いかけに答えられないからだ。
黙っている私に見かねたのだろう。少女が頼りない足取りで、私に近づいてきた。銃を持っている私に。少女は気が付いていないのだろうか、そんなわけがない。
自分の考えを振るい払う。
きっと、暗闇で見えていないのだろう。私はそう結論づけ、ふらふらと動く少女に照準を合わせ続けた。
ただ引き金を引くだけでいい。
それだけなのに。
少女は、もう目と鼻の先にいた。そこからなら、私が銃を持っていることに気づくだろう。
しかし、少女は違った。銃を見ても首をかしげるだけ。
戸惑うのは私の方だった。
そして気が付いたときには、少女は私の目の前にいた。
少女は私の胸の所までしか身長がない。少女は見上げるように私を見つめてきた。その瞳には、自分を殺しに来たとは微塵も感じていない。
なんでなんでなんでなんでなんでッ!
なんで引き金を引けない!
私の葛藤に似た感情が抑えられなかった。
目の前にいる少女を殺すだけなのに、いつもと変わらず、いや、もっと簡単に終わるはずだった。
それなのに少女を殺すことができない。
「お姉ちゃん……誰?」
「わ、わた……し、は……」
疑うことを知らない少女の問いかけに、私は答えかけていた。自分でも知らない間に。
「わたし、は……ころ――」
「それ嫌なにおいがする」
少女は私の首に巻かれているチョーカーを指さした。手をいっぱいに伸ばして、私の首筋に触れてくる。
瞬間、カチャ、となにかが外れるような音がした。
「これじゃま、捨ててもいいよね?」
少女が手に持っていたのは黒いビニール製のチョーカーだった。ついさっきまで私を拘束し続けた忌まわしい鎖を。
少女はあっさりと解き放ってしまった。
そして、私はチョーカーが外されたときの、処置を思い出した。私が自分でチョーカーを外さないように、外せば物の数秒で爆発することを。
「!? あぶ――」
「えいっ」
少女はそんなかけ声をあげると、大木に向かってチョーカーを投げつけた。その後の私の反応は早かった。少女を抱きしめ、木々の陰に隠れる。この程度で爆発が防げるわけではないが、せめて私が少女の盾となる。
大木はまるで意志があるかのように枝を伸ばすと、チョーカーを引っかけた。そして淡い光がそれを包み込んだ。
私は爆発に備えた。少女をかばうように抱きしめる。
少女は暖かかった。
誰も抱いたことも、触れたこと知らない私はこの暖かさに身をゆだねた。
いつまでそうしていたのだろうか。
想像していた爆発はいつになっても襲ってこなかった。
「!? ……なぜだ……」
私は少女を抱きかかえたまま、起きあがった。
予想していた爆音が聞こえなかったず、私は戸惑った。チョーカーに仕込まれた爆弾は半径数百メートルを無に返すほどの威力があったのだ。それがまったく襲ってこない。
そのことに私は戸惑いを覚えた。
ただ、私が抱きかかえている少女の反応は違った。
「えへへ」
少女は誇らしげに笑う。自分のしたことを褒めてもらいたいように、おのずと頭を差し出してきた。私はその行為がなんなのか理解できなかった。
理解できなかったのだが、私は自然と少女の頭をなでていた。
それが当たり前のように。
そのとき、私の胸にある感情が生まれた。
いままで、感じたことのない。暖かな感情。
憎しみとも、軽蔑とも、悲しみとも、嫌気とも違う。
それは暖かかった。
少女のぬくもりを感じて、私は生まれて初めて涙を流した。
とぎれることなく、私は少女を抱きしめる。
「……だいじょうぶ?」
そんな私を少女は慰めてくれる。
大木の下で私は、誓った。
この少女を守ろう、と。
それから幾年か経った。
私はあの少女とともに“新人類”のための組織を作った。いや、組織と言わないだろう、どちらかといえば仲間。
私たちは、あれから施設に収容されている同族たちを救い出した。全員が私たちの元にきたわけではない。何人かは私たちと決別し、私が殺した。
いくら心を入れ替えようとも、私は狩人なのだ。
必要とあれば、私は殺すことをためらわない。それが仲間のためなのだ。血で汚れている私の役目なのだ。
殺さない。なんて都合のいいことは言わない。誰にも言わせない。
それはただの偽善だ。私たちは生き残るための戦うのだ。
後からわかったことだが、私を救ったあの少女はある特殊な能力を持っていたらしい。
和解。
それが少女の能力の名前……だそうだ。少女はふれた物と会話し、解り合えるそうだ。人や機械を問わず、少女は相手の心の奥底に潜り込める。その能力を使ってチョーカーに仕込まれた爆弾の信管を無力化したそうだ。ただ、この能力は限定的な物で、少女一人では起こすことすらできない。あの大木が少女の持つ能力を増幅している。
まあ、さすがにその事をそのまま鵜呑みにはしてない。
それに、まだ救わなければならない仲間が多くいる。それらを助け出すには、まだまだ解決しなければならない問題が山積みだ。
一つだけ言えることがある。
私はもう闇の中にいない。
たった一つだけ望んだ物が手に入ったのだ。
いや、それ以上のモノを
私は手にしたのだ。
光というの名の希望を。
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闇に中でしか生きる事ができない少女は、ただ命令されるがままに同族を殺していく。そして少女を殺せ、と命令が下り、少女は一人の女の子に会う。そして同族殺しの少女は……