第二章 島風、出撃~伊島沖~
東の空が白みはじめ、船は播磨灘に差し掛かっていた。
「提督、緊急事態です!」
艤装態の榛名が慌てて寝室を訪ねてきた。様子からするとよほどのことだろう。
「何があった?」
着替えながら報告を待つ。
「紀伊半島沖、外洋警邏中の重巡利根が黒潮に乗って北上する深海棲艦の艦隊を捕捉したとのことです。進路からおそらく紀伊水道へ侵入してくるものと予想されます。」
「…敵の戦力が知りたいな。可能か?」
「やってみます。」
艤装態の艦娘、それも戦艦である榛名は通常船舶であるこの船よりも遙かに高性能の通信機が搭載されているのでこの場では榛名に通信役を任せることにした。
「…筑摩、敵戦力の把握は可能?」
通信の相手は警邏中の重巡、利根の姉妹艦である筑摩のようだ。
重巡洋艦の中でも索敵に秀でた利根型の二隻が早期警戒艦として交代で警邏しているのだろう。
「利根艦載機からの報告によりますと、空母一、戦艦一、雷巡二、駆逐艦二とのことです。いずれもグレードは白!」
「戦艦と空母が出てきているか…。こちらの手の内を暴くついでに一撃くれるつもりだろうな…。なるべくならこちらの手の内を晒すことなくお帰り願いたいところだが…。榛名、こちら側で迎撃可能な戦力はあるか?」
「少々お待ちください。」
榛名は友ヶ島基地通信士に通信回線を開く。
「大型艦は補給が済んでいませんが元々哨戒任務に就く予定だった駆逐艦三、軽巡二はすぐにでも出られるとのことです。…え?ああ…貴方のせいではないわ、気にしないで…。」
何かアクシデントか、榛名の顔が曇る。
「どうかしたのか?」
「駆逐艦一…勝手に出撃してしまいました。」
「………。」
「…提督?」
「すまん、大体想像がついた。」
船越は配備艦娘の名簿に思い当たる名があった事を思い出した。
やはり実験部隊じゃないのかと毒づきそうになったが当の艦娘達の前でこぼすわけにもいかず、そのまま言葉を飲み込んだ。
「すぐに出せる軽巡というのは?」
「長良と阿武隈です。」
「駆逐艦は?」
「ここにいる電を除いた第六駆逐隊の三隻が出撃可能です。」
「よし、その五隻で先行した馬鹿を追いかけて援護するように伝えてくれ。白とはいえ空母と戦艦が混じっている。深追いはせず被害を最小限に抑える事を第一にくれぐれも油断はするなと。」
この「白」というのは深海棲艦のグレードである。
現在確認されているのは最も低いグレードとされる「白」、公式記録では「エリート」と呼称される「赤」、同じく「フラッグシップ」と呼称され最上位に位置する「黄」という三つのグレードが艦種艦級それぞれ全てに存在するのだ。
この色は現場でのやりとりに使われる、いわば俗称であるが、これらの由来は全ての深海棲艦が纏っている燐光の色によるものである。
徳島県伊島。蒲生田岬沖に位置する小さな島である。この蒲生田岬から本州側、和歌山県の日ノ御碕を結んだ直線こそが外敵・深海棲艦から瀬戸内海を護るための防衛線であり、船越艦隊がこの先幾度となく激戦を繰り広げる主戦場でもある。
その伊島付近を南下する一隻の駆逐艦があった。
最大船速40ノットを誇る海軍最速の水雷駆逐艦、島風である。
「ふっふ~ん♪みんな遅~い!」
兎の耳のように長い髪飾りを潮風になびかせ、紀伊水道を南に向かって疾走する。
「…島風が敵艦隊に接触するのに今から一時間ほど後だ。援軍を向かわせたとして、到着まで十分から三十分ほどは島風単艦で六隻の相手をすることになる…か。あまり良い状況ではないな。」
横に控えている三人の艦娘に目をやる。
「最悪利根に協力要請という手もあるが、早期警戒艦の正確な位置情報はなるべくなら秘匿しておきたい。水偵に捕捉されたことはさすがにばれているだろうが、警邏ルートまで敵に教えてやる必要は無いからな。」
「でしたら提督、私達も…」
「それはダメだ。確かに現状出撃できる艦で長距離砲撃を仕掛けることができる兵装は榛名の主砲だけだ。だがそれには鳴門海峡をショートカットしなければ間に合わない。これから潮も上がってくる。さすがに海難事故にはなりはしないだろうが、潮目に逆らっては速度も出ないだろう。違うか?」
「それは…確かに…そうですが…。」
船越はしばらく考え込むと榛名に指示した。
「榛名…島風と直接電話は可能か?」
「新型艦の島風なら十分可能かと思いますが。」
「では早速だがやってみてくれないか。私に考えがある。」
「了解いたしました。…駆逐艦島風、聞こえますか?こちら戦艦榛名。」
「あー、榛名?どうしたの?」
船越に向けて榛名が「どうぞ」と目で合図する。
「私が艦隊司令の船越だ。挨拶がこのような形で済まない。君が島風だな?」
「提督?ちょっと待っててねー。いまから島風が悪者やっつけてくるからー。」
「その件で話がある。おそらく敵の狙いはこちらの戦力を探ることだ。私もなるべくなら手の内は晒したくない。そこで貴艦の任務だが、…可能な限り直接交戦は避けろ。」
「ええーーーっ!」
戦う気満々だった島風は不満を露わにする。
「足を止めて狼狽えている敵艦を叩くのは構わないが、できる限り貴艦は敵の注意を引きつつ足を使って引っ掻き回して陣形を崩してやれ。貴艦の速さを以てすれば可能なはずだ。」
「了解!提督、島風に任せといて!」
船越は通信を終え、一息つく。
横の榛名がクスクスと笑っている。
「何か、おかしかったか?」
「いえ、島風もその足に期待されるような命令をされれば彼女の性格ならば従うより他ないでしょう。中佐はきっとよい提督になれます。」
「世辞は良いさ。島風が回避に徹して陣形が崩れたところに援軍が到着すれば何とかなる…とはいえ現状五分五分だ。危ない橋には違いない。」
気がかりは敵戦艦及び空母の存在である。
島風の機動力を以てすれば魚雷はそうそう当たらない。だが、敵艦載機によって立体的に追い込まれた場合、島風の俊足が活かせなくなる可能性が出てくる。船越はそれを危惧していた。
そして、その予感は悪い方向で的中することになる。
「私に追いつこうなんて、十年早いんだから!」
俊足を活かし、敵艦砲射撃の的を絞らせずことごとく翻弄する島風。
また敵艦隊は速力に優れ高い雷撃能力を秘めた島風に背を向けてしまうと背後から酸素魚雷の斉射を受けるため進撃もままならなかった。
島風は船越の指示を十二分にこなしているといえた。
そのときである。
島風の目に入ったのは敵駆逐艦二隻がお互いの進路をふさぐ形で重なり合っている光景だった。
好機と捉えた島風は駆逐艦二隻に向けて五連装魚雷発射管を作動させた。
「おっそーい!」
果たして島風より放たれた九三式酸素魚雷は見事命中し、駆逐艦二隻は船体を真っ二つに折り、轟沈していった。
そう、轟沈を確認することに気を取られていた島風はこのとき完全にその足を止めてしまっていたのだ。
「こいつら…駆逐艦を囮にした…?」
爆煙を切り裂いて現れる敵艦載機。
直撃こそ免れたものの、水中で炸裂した爆弾の破片が島風のスクリューにダメージを与えていた。
高性能であるが故にシビアな機関はわずかなダメージですらその性能を大きく減退させる。
このとき島風は己の慢心を悔いながらこの先待ち受ける死を予感していた。
「島風、被弾…。提督、ごめんね…。」
最後の通信を榛名に向けて打つ。
この爆煙が晴れたとき、自分は死ぬのだと思うと情けないやら悲しいやらで島風の目からは涙がぼろぼろとこぼれた。
「やだ…死にたくない…助けて、提督…もう勝手なことしません!だから…」
最後の方はもはや言葉の体を成してはいなかったが、その始終を無電により榛名と船越は受け取っていた。
泣きじゃくる島風にどうしてやることもできず、言葉一つかけてやることもできなかった。
ガン!
船越は力一杯壁を殴りつけた。全身を無力感と怒りが駆け抜ける。他の誰にでもない、自分自身に対する怒りだった。
そして、運命の爆煙が晴れる。
無電の向こうから聞こえる爆音、上がる水柱。
このまま為す術もなく終わってしまうのか?
轟音は響き続けた。
そう、轟音は止むこと無く鳴り続けた。
鳴り続けたのである。
轟音が鳴り止むまで、時間にしておよそ十分。
「提督…船越提督…応答されよ。」
無電から聞こえてきたのは凛とした女性の声であった。榛名が応答する。
「…貴方は?」
「貴艦は…そうか、榛名か…久しいな。故あって名を名乗ることはできぬこと、容赦願いたい。そこに船越提督はおられるか?提督の判断は間違っていなかったと、おかげで間に合った、島風を失わずに済んだと、そうお伝え願えるだろうか。」
およそ半刻の後、後発の水雷戦隊は無事放心状態で漂流している島風を発見、友ヶ島泊地まで曳航することができたのだった。
発見時、先刻の声の主はもう既に立ち去ったのか影も形もなかったという。
さらに程なくして船越らを乗せた輸送艦も到着。正式に船越艦隊発足が宣言された。
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艦隊これくしょん~艦これ~キャラクターによる架空戦記です。
新任提督と秘書艦榛名がエピソード毎の主役艦娘と絡んでいく構成になっています。
艦隊発足エピソードの中編となります。