No.655816

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第三十話

ムカミさん

第三十話の投稿です。


今回は洛陽における連合の様子がメインとなります。

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2014-01-19 03:39:21 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:9982   閲覧ユーザー数:7085

「~~~っ…くぁっ」

 

起き抜けに伸びを一つ。

 

そしてすぐに側に置いてあった得物を取って意識を覚醒させる。

 

昨晩就寝した時から状況に変化が無いことを確認してから、一刀は天幕を出た。

 

洛陽を出立することおよそ十日。

 

一刀達は変わらず回り込むように進路を取って陳留を目指していた。

 

とはいえ、まだ日が昇ったばかりのこの時間、陣営内はひっそりと寝静まっている。

 

そんな中、一刀が日課の鍛錬のために野営地の出口まで来ると、脇に立つ兵が目に入った。

 

「お疲れ様。何か変わったことはあったかな?」

 

「御遣い様、おはようございます。特に変わったことはありません。伝令もまだです」

 

「そうか。了解」

 

「御遣い様はどちらへ?」

 

「ああ、ちょっと鍛錬に、ね」

 

「このような時間から、ですか?」

 

「日課だからね。それに、何を為すにもまずは基礎から。弛まぬ努力が大きな力になるんだ」

 

「なるほど、確かに」

 

「もう少ししたら皆起きてくるだろう。それまでよろしく頼むよ」

 

「はっ」

 

例の一件以来、兵と日常会話も交わせるようになり、集団規律は非常に良いものとなっていた。

 

簡単な会話を交わした後、一刀は基礎鍛錬に入る。

 

行う内容は、ランメニュー、筋トレ、素振りといった本当にごく一般的なもの。

 

他と違うといえばそのこなすスピードくらいのものであった。

 

いつもの通りに基礎鍛錬を終えるとそのまま座禅を組んで瞑想に入る。

 

すると、どこからかトコトコとセキトが歩いてきて足の前で丸まった。

 

この光景も最早お馴染みのもの。

 

一刀が心を落ち着かせ、静かに瞑想している空間は動物にとって居心地の良いものなのかもしれない。

 

そんな状態で半刻程が過ぎようとしたその時、セキトが突然首を上げてとある方向を注視し始めた。

 

「セキト、どうかしたのか?」

 

「ワン!」

 

一刀の問いかけに答えるかのように、視線を動かさずに一吠えするセキト。

 

だが警戒している様子では無い。

 

セキトの野生の勘を信ずるならば、これは敵意を持たぬ何者かが陣に近づいているということなのだろう。

 

そう結論づけた一刀は、そこで瞑想を終え、セキトを足元に従えて陣へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、御遣い様!丁度伝令を送ろうとしていたところなんです。先程、洛陽にて任務に当たっていた兵達が帰還致しました」

 

陣に戻ってきた一刀を見つけた兵が声をかけてくる。

 

その内容は一刀の考えを裏付けるに十分なものであった。

 

「ありがとう。それじゃあ、今は詠のところかな?」

 

「はい、そのはずです」

 

再び謝意を示した後、一刀は詠のいる天幕へと向かう。

 

すれ違う兵と挨拶を交わしながら陣の中央に赴き、天幕の中へと声を掛けた。

 

「詠、入るぞ」

 

「あら、早かったわね、一刀」

 

「セキトが気付いてくれたもんでね。…恋はいないのか」

 

「恋さんはまだ睡眠中みたいです」

 

天幕内には月と詠がおり、その前には報告の為に兵が控えていた。

 

董卓軍は解散になったとは言え、今からのことは実質的に軍議に当たる。

 

となれば、幹部であった恋も当然来ているものと考えていたからこその質問であった。

 

「ま、無理に連れてくる必要もないでしょ」

 

「…それもそうか」

 

春蘭に通じるところがあるのだが、恋もまた本能で生きているタイプの人間である。

 

軍議の場に引っ張ってきたとて、それが絶対にプラスになるとは限らない。

 

そこで、もうこのままでよい、と考えた詠は兵に報告を促した。

 

「それじゃあ、報告お願い」

 

「はっ。それでは順を追って…―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎牢関を落としてから数日、汜水関から虎牢関への道のりの時とは異なり慎重に歩を進めていた連合軍が洛陽をその視界に収めていた。

 

虎牢関より連合のブレインとなっている3人の軍師は絶えず斥候を放っていたにも関わらず、ついに何の障害に当たることもなく洛陽に着きそうであることに疑問を抱く。

 

「待ち構えてすらいないな。となれば、籠城戦でも取ろうとしているのか?」

 

「ここまで来て姿を見せないとなると、普通はそうでしょうね」

 

「とにかく進みましょう。平原に罠が仕掛けてあるかも知れませんからなるべく慎重に」

 

元々連合のほとんどの勢力にとって董卓軍の情報は不足している。

 

ほぼ唯一の情報が汜水、虎牢関で戦い、逃げ帰ったと考えられる陳宮という軍師の策の傾向。

 

だが、董卓の本拠地ともなれば指揮を執るのは筆頭軍師であろう賈駆となるはず。

 

その策の傾向が分からないことには連合側には策も何もあったものではない。

 

結局、なるべく警戒しつつ進むことしか出来ないのである。

 

そのまま洛陽が近づきその門が大分大きくなった頃、洛陽から一筋の煙が上がり始める。

 

始めこそ連合は気にしていなかったものの、洛陽に向けて進んでいく中でその煙は徐々に太く、黒くなっていく。

 

それを見てようやく連合の間に動揺が走った。

 

「はわわ!あれは火事による煙です!間違いなく洛陽の中からでしゅ!」

 

「む、まずいな。董卓がヤケを起こして洛陽に火でも放ったのか?明命、いるか?」

 

「はっ、ここに」

 

「一足先に行って内偵を頼む。詳細まではいらん。素早く済ませるんだ」

 

「はっ!」

 

諸葛亮と周瑜が急く気持ちを抑えて連合の歩速を上げるために伝令を各軍に飛ばす。

 

そんな中、同じく中心軍師としてその場にいた桂花は別の事を考えていた。

 

(一刀の報告では董卓は民衆想いの良き為政者だったはず。だとすれば、民を巻き込むような手を打ってくるとは考え難いのだけれど…)

 

唯一事前情報を持っている桂花の意見は必然、他の2人とは異なるものとなる。

 

だが、この情報は連合の存在意義そのものを無に帰してしまうもの。

 

それ故に公開は出来ず、従って桂花も2人の考えに即した指示を出すしかないのだった。

 

 

 

洛陽の門前にまで辿り就いた連合は、周瑜が出した斥候の報告を待つ。

 

連合が待ち始めて間もなく、周泰がどこからともなく帰還してきた。

 

「冥琳様、只今戻りました」

 

「ご苦労だったな。で、どうだった?」

 

「はっ。洛陽の街中は穏やかなものなれど、一角にある屋敷が火事に見舞われておりました。先より見えていた煙はこれが原因です。それと、街の様子で気になることが…」

 

「何だ?」

 

周瑜の促しに何かを思い出すかのように少し目を閉じた後、周泰は続きを報告する。

 

「…街中には禁軍所属と思われる警備兵の姿は見られたのですが、董卓軍と思われる兵がどこにも見当たりませんでした」

 

「ちょっといいかしら?それは路地裏も含めて、ということなの?」

 

「はい、そうです。さすがに後宮までは確認出来ませんでしたが…」

 

「いや、十分だ。助かったよ、明命」

 

「いえ…」

 

報告を終えて周泰は自身の部隊の下へと去っていく。

 

手に入る限りの情報が出揃った所で軍師組がここからの動きを話し合う。

 

「董卓軍の姿が無い、か。逃げた、と見るべきか?」

 

「状況を見るにそうかも知れません。ただ、屋敷の火事、というのが引っかかります」

 

「今回の件と無関係、とは思えないわね。時期が絶妙すぎるわ」

 

「ああ、私もそう思う。やはり何か考えがあると見て動くべきだろう」

 

「そうなると難しいですね…軍全体は到底洛陽に入れません。かと言って少人数での突入も危険と思われますし…」

 

打つ手に困り、議論を交わす軍師達。

 

いくつか案を出すものの、情報不足から決定打に欠け、中々決まらない。

 

他方、君主達もまた一所に集まって同様の議論を交わしていた。

 

「ようやく洛陽に到着したというのに一体何をやっているんですの?!」

 

「そうじゃそうじゃ!さっさと中に入ればよかろう?」

 

「あんたらは……ちょっとは学習しな!

 

 虎牢関からここまで、向こうからの妨害が何も無かっただろう?これは明らかに不自然だ。

 

 あいつらはそれが分かってるから対応を練ってるんだよ」

 

「麗羽、あなたは連合を壊滅でもさせたいのかしら?

 

 洛陽は董卓にとって最後の砦。最後だからこそ今まで以上に綿密な策が必要なことくらい自明でしょう?」

 

虎牢関での教訓をまるで学んでいないような袁家の2人に溜息を漏らす孫堅と華琳。

 

だが、その溜息の対象はこの2人だけに留まらなかった。

 

「あれ?街に入らないですか?折角着いたのに」

 

「何だ何だ?洛陽に着いたんだったら早く陛下のとこまで行っちまおうぜ」

 

こちらはこちらで能天気という表現そのものと言えるような反応を示す劉備と馬超。

 

その顔からは先程孫堅と華琳が言ったような懸念を全く持っていないことがはっきりと読み取れた。

 

盛大に突っ込みたい気持ちを抑えつつ、孫堅が言葉を発する。

 

「あんたらもかい…一つ、言っておくよ。袁家の2人、あんた達にも関係あることだ。

 

 君主であるなら、多くの命をその身に背負っていることを忘れるんじゃない。

 

 軍の動向一つでその命は散りもすれば守られもする。それらを最終的に決めるのは、結局の所は君主の判断だ。

 

 だからこそ君主たる者は常に考えて行動しろ。曹操ぐらいじゃないか、それが出来ているのは」

 

「あら、それくらいは常識でしょう?

 

 如何にして自軍の被害を抑えるか。それくらいはいつも考えていないと。

 

 細かい所は軍師に任せるにしても、大方針まで任せきるのは愚の極みと言えるでしょうね」

 

実例を目の当たりにしていることもあって、劉備も馬超も反論出来ずに口を噤む。

 

結果的に、君主間の議論と言いつつも喋っているのは孫堅と華琳の2人だけ、という形になってしまっていた。

 

そのまま時間だけが無為に過ぎ去って行くかと思われた時、突然洛陽の門が開き始めた。

 

白熱した議論を交わしていた君主や軍師達のみならず、各陣営の武官もまたその事態に身構える。

 

だが、連合の警戒をよそに門は開けども何事かが起こることは無かった。

 

果たして、開いた門から姿を現したのは、現皇帝・劉協その人と前皇帝・劉弁その人だった。

 

「皆の者、長い旅路ご苦労じゃった。ここでは何じゃ、朕の宮へ参ろうぞ」

 

「へ、陛下!?ど、どのようにしてこちらまで?!」

 

「そう畏まらずともよい、文台。母上は主には寿成と共に人並み以上に信を置いておられた。

 

 朕もまた、主のことは伯母のように思っておるし、真の忠臣じゃと思うておる。楽にして良い。

 

 朕がここにいる理由は簡単じゃ。董卓は少し前に姿を晦ました。

 

 行方は朕にも分からぬ」

 

「そうでしたか。理解しました。

 

 忠臣の誉れ、ありがたき幸せです、陛下」

 

再拝稽首で対応する孫堅に、楽にしろ、と促す劉協。

 

自らを忠義の士と呼ぶだけあって、その対応の速さは流石の一言。

 

何よりも劉協の言がその忠誠の度合いを裏付けてもいた。

 

劉協の言を受けて孫堅は通常の拝手に直る。

 

他の諸侯も各々礼を取る中、劉弁が話しかける。

 

「皆さんには宮にて協から今回の事の顛末についてのお話を。

 

 代表の方だけ付いてきて下さい」

 

連合側は軍師連と君主連が素早く話し合い、各陣営から君主及び軍師、武官各一名を追随させることを決定した。

 

劉協はそれで構わん、と頷くと踵を返して奥に見える宮へと向かう。

 

連合の代表連もその後に続いて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉協に続いて洛陽の大通りを宮に向けて歩む連合代表連。

 

そんな一団を街の人々は遠巻きに見ていた。

 

「おぉ…連合が遂に来てくれたのか」

 

「ちょっと前から兵士も見えないし、これでやっと暴政が終わる…」

 

集まった民達の間からちらほらとそんな会話が聞こえてくる。

 

だがどういうことか、連合の者を見る大半の民達の目に好意の色は薄い。

 

あからさまに悪意を持っているのでは無く、言ってみれば只々無感情に見つめていたのである。

 

勿論のことながらそれに気づく者達がいた。

 

気づいてしまった者は必然、針の筵の上を歩くような気分に陥る。

 

やがて宮に達し、民の目が届かなくなった辺りで一部の者が声を抑えて話し合い始めた。

 

「はわわ…民の皆さんの視線、愛紗さんは気づかれましたか?」

 

「ああ、何かしらの感情を無理矢理抑え込んでいるような感じだったが…」

 

「…どうやら、あたしらは踊らされたようだね。全く、あたしも衰えたもんだよ…」

 

「孫堅殿?それは一体どういう?」

 

それまで思案していた孫堅が関羽と諸葛亮の背後でぼそりと呟く。

 

関羽がそれを聞き止めて孫堅に内容を問うものの。

 

「いや、何でもないさ。知らぬが仏、ってね」

 

軽くあしらわれ、孫堅は周瑜と孫策の所へと行ってしまう。

 

他方では華琳と桂花、そして秋蘭が声を潜めて話し合っているのが見えた。

 

表情の推移から考えるに、桂花が何らかの情報を2人に伝えているようだ。

 

決して周囲に声が漏れないよう配慮していることから、緊急性と重要性の高い案件なのだろう。

 

先の孫堅の件といい、どうにも自身の陣営が取り残されているような感覚に陥る関羽であったが、その考えもすぐに終わりを迎える。

 

「到着しました。皆さんはここでしばらくお待ちください」

 

劉弁はある部屋の前にてそう告げる。

 

そして劉協と共に別の部屋へと入っていってしまった。

 

待機を命じられた連合は余計なことをせずに大人しく待つ。

 

やがて、装いを新たにした劉協が部屋に再びやってきて、正面にある豪華な椅子に座った。

 

綺麗に並んで礼を取る面々を見渡してから劉協が語り始める。

 

「皆、此度の件、真にご苦労じゃった。朕の為に、と立ち上がってくれたその心意気に感謝する。

 

 聞くところに依れば、連合の発起人は本初であるとか。

 

 本初よ、主は朕の窮状を如何様に知り得たのじゃ?」

 

「袁家当代頭首、袁本初です。この身に勿体無いお言葉、ありがとうございます。

 

 本件に関しましては民の間で噂に上っている、と報告がありまして…」

 

「ほう。どのような内容だったのじゃ?」

 

「それは、確か…えぇと…」

 

詳細を問われしどろもどろになる袁紹。

 

そんな袁紹を見かね、その後背に控えていた顔良が補足する。

 

「陛下、発言をお許しください。袁本初様配下の武官、顔良と申します。

 

 先程本初様の申された兵よりの報告は私を介しており、内容をお答えできます」

 

「そうか。では顔良とやら、発言を許可し、主に問う。報告の内容とはどのようなものなのじゃ?」

 

「はっ。情報元は本初様の領地、南皮の民。報告者は休暇に街に出た兵となります。

 

 兵が昼食の為に飯店に入った際、聞くともなく聞いていた民の話の中に件の話題が上ったとのことです。

 

 民が話すには、董卓が相国の地位に就けたのは陛下が脅されたのではないか、と」

 

「……む?それだけかの?随分と情報不足な感が否めんのじゃが?」

 

「陛下に万が一の事などあってはなりません故!

 

 私袁本初は一刻も早く陛下をお助け致す為に、多少情報不足なれど、それを押して連合を募った次第でございます!」

 

自信満々にそう言い切った袁紹。

 

だが、劉協の反応は袁紹の望むものとは大きく異なっていた。

 

袁紹と顔良の話を聞くと、劉弁を手招きして顔を近づけて密談を交わす。

 

それなりの時間が経過した後、2人の間で結論が出たのだろう、劉協が袁紹に、そして連合の皆に告げた。

 

「本初よ。主の義心、よく理解した。

 

 皆も、突然の呼びかけにも関わらず、迅速な対応を見せ、朕の為に駆けつけてくれたこと、今一度感謝する。

 

 じゃが、今は宮中も立て込んでおっての。よって皆には後ほど褒賞を与えることとする。

 

 詳細は決まり次第書簡にて知らせるとしよう。それで良いかの?」

 

『はっ』

 

「朕からは以上じゃ。下がって良いぞ」

 

この劉協の宣言を持って、反董卓連合の結成から始まる一連の戦は幕を閉じることとなった。

 

ほぼ全ての諸侯が各々何らかの達成感を覚えながら恭しい装いで退室していく。

 

その中、孫堅だけはその場を動こうとしていなかった。

 

「月蓮様?どうかなされたのですか?」

 

「どうしたのよ、母さん?」

 

「…先に行ってな」

 

そんな孫堅の様子を心配したのか、周瑜と孫策が声を掛ける。

 

だが孫堅はそれに答えるのでは無くただ一言発するだけだった。

 

2人は訝しげな表情を浮かべるも、孫堅が考えも無しに妙な行動を取ることは無いと理解している。

 

その孫堅が自分達にすら何も言わないとなれば、これ以上の詮索は無意味だと悟り素直に従ったのだった。

 

一人部屋に残った孫堅は、他の諸侯連が皆退室したことを見計らった後に劉協に声を掛けた。

 

「陛下、少々お時間を宜いいでしょうか?」

 

「うむ、構わぬ」

 

劉協の許可を得た孫堅は一拍置いた後、質問を投げ掛けた。

 

「無礼を失礼します。一体、陛下は何を隠しておいででいらっしゃるのでしょう?」

 

劉協の指先がピクリと動く。

 

劉弁もまた、表情に出さずに静かに驚いていた。

 

「…それはどういう意味じゃ、文台?」

 

揺れる心を押さえつけて惚ける劉協。

 

だが孫堅は更に手札を切ってくる。

 

「先程の街中においてですが、遠くより盗み見るようにして白い視線を向ける者達がおりました。

 

 断片的に聞き取れたその者達の会話の中に気になる語が」

 

「申してみよ」

 

「『御遣い様がきっと…』、と。こちらも関係があるのではないですか?」

 

「……」

 

返答に困り黙り込んでしまう劉協。

 

暫し黙して返答を待っていた孫堅は、やがて静かに問いかけた。

 

「陛下御自らが忠臣と認めてくださったこの孫文台にも、何も話せないことでしょうか?」

 

「……すまぬ…」

 

劉協はただ一言謝るのみ。

 

結局劉協は孫堅の質問に何一つ答えることが出来なかった。

 

それによって孫堅が落胆を示すか、或いは怒りを示すものと考えていた。

 

だが、実際に孫堅が見せたのはそのどちらでも無く、柔らかい微笑であった。

 

「ご立派になられましたな、陛下。

 

 かつて劉宏様のお足元に隠れられていた頃とは最早似ても似つきますまい」

 

「お、怒っておらぬのか?」

 

「いえ。陛下がご自身の意思を持って貫き通そうとしていることがある、と。それが分かっただけで十分でございます。

 

 ただ、お一つだけ。

 

 私、孫文台は何があろうと漢王朝皇帝たる貴方様のお味方でございます。

 

 それだけはお忘れなきよう。勿論、劉弁様もです」

 

「文台…うむ。礼を言う」

 

「それでは私もこれで」

 

そう告げると孫堅は立ち上がり退室していった。

 

部屋に残った2人はどちらからともなく顔を見合わせる。

 

「相変わらず鋭い人ね、文台さんは。協、あなたはこれで良かったの?」

 

「ええ、姉様。何より忠臣だからこそ言えないこと、と考えたんです。

 

 私達がいくら一刀のことを認めようと、臣下の皆が皆そうとは限らないのですから…」

 

「そう…そうね。私達と一刀さんの本来の立場は正反対と言ってもいいものだものね。

 

 …うん。さ、協。私達も執務に戻りましょう」

 

「はい、姉様」

 

しんみりした空気になりかけたので、劉弁が話題転換を図る。

 

劉協もそれに乗ることで場が重たくなることだけは避けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虎牢関の戦から、ずっと姿が見えていないのですわよね?

 

 でしたら早々に洛陽に戻り、謀反でも起こしたのではありませんの?」

 

「で、ですが、謀反を起こしたにしては洛陽の情勢は落ち着きすぎています。いくら何でも丸々一つの軍が反旗を翻すようなことにはならないでしょうし…」

 

「あたいらに恐れをなして逃げたんじゃねぇの?

 

 数だけはいたんだしさ~」

 

御前を退いた孫堅が廊下を進んでいると、先に退室していった連合の者達が何らかの話し合いを持っていた。

 

どういうわけか、そこには先程までいなかった周泰の姿も見える。

 

「雪蓮、冥琳。何があったんだい?」

 

「月蓮様。実は洛陽の街の様子を探らせていた明命がとある情報を持ってきまして。明命」

 

「はっ。報告します。

 

 燃えていた屋敷は先程鎮火した模様。街の者達の話を聞くに、あの屋敷は董卓所有の屋敷だそうです。

 

 そして屋敷の燃え跡から3体の焼死体が発見されました」

 

「つまり、今はその3人ってのが誰なのか、って話をしている所よ、母さん」

 

周瑜、周泰、孫策が相次いで孫堅の問いに答える。

 

その内容と先程の会話から大体の成り行きも捉えられた。

 

だが、孫堅にはどうにもそこが引っかかる。

 

劉協の隠し事に気づいてしまった今となっては、全てが出来すぎているようにしか考えられないのである。

 

まるで思考の方向性を知らぬ間に強制されているような、嫌な感じであった。

 

「あたしは先に戻ってるよ。話し合いには冥琳、あんたが参加しときな。

 

 後で結果だけを報告してくれりゃあ、それでいい」

 

「月蓮様?……わかりました。後ほど、報告に伺います」

 

背中越しに片手を上げて応え、孫堅はそのまま去って行ってしまった。

 

 

 

その後、連合の話し合いは遺体を董卓だと断定しようとする袁家勢と様々な可能性を考慮しようとする軍師勢との討論になったが、最終的に文醜が放ったとある一言からの一連が決定打となった。

 

「なんかさ~。あたいら色々と話し合ってるけどさ、あいつが何考えてるか、ちょっとでもわかる奴いんの?

 

 ちなみにあたいは一切分からなかった!」

 

これに誰かが言い返せば少しは展開も変わったのであろうが、この場にいた呂布に当たった武官は揃いも揃って目線を逸していた。

 

「ほら、誰も分かんないんじゃん。

 

 だったらさ、別に呂布が謀反を起こしてもおかしくないじゃん?

 

 あ、もしかしたら心中とかかもしんないし!」

 

「それですわ!猪々子さん、流石ですわね!」

 

文醜の思いつきのような推論。

 

それに袁紹は真実を得たとばかりに同調する。

 

「そ、それはさすがに論理が飛躍しすぎでは…!」

 

「天下無双の武人ならではの考え方とかがあったんじゃねぇの?」

 

「ふむ…朱里よ、案外否定出来ぬ考えかも知れん。

 

 いくら呂布の武が高かろうとも董卓軍と連合では多勢に無勢。

 

 持久戦に持ち込まれ、ジリ貧の末に無様な敗けを晒すくらいならばいっそ、と考えることもあるかも知れない。

 

 首を晒されることを嫌って火に身を投じたとしても何ら不思議は無い」

 

武人としての一意見とでもしてくれ、と関羽は言うものの、これもまた否定出来る材料が無い。

 

結局、董卓は腹心の賈駆、筆頭将軍の呂布と共に火に巻かれて死んだ、と結論付けられたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――…以上が我々の見聞きした情報、及び陛下の側近の侍女より寄せられた情報の全てとなります」

 

持ち帰った情報を一息に報告し終えた兵はそこでようやく一息つく。

 

報告を聞きながら詠と一刀は何やら考え込んでいる。

 

僅かな後、詠より先に思考状態から脱した一刀は兵に問いかけた。

 

「報告の最後にあった連合の話し合いなんだけど、曹操の陣営はどうしてたんだ?

 

 それと孫堅のその後の反応は分からないか?」

 

「曹操陣営は軍師が偶に意見を出す程度で至って静かなものだったそうです。

 

 孫堅の方は、すいません。この後すぐに各陣営とも帰路についておりまして…」

 

「なるほど。あそこにはさすがに潜入出来ないからな。

 

 分かった。本当にご苦労だった。詠からは何かあるか?」

 

「いいえ、何も無いわ。下がっていいわよ」

 

「はっ」

 

兵が天幕を退出したことを確認してから詠が問いかける。

 

「…あんたはどう見る?」

 

「桂花には月と詠の人柄について話してあったからな。それに詠の情報戦における強さも知っている。

 

 それを踏まえると、華琳には偽装がバレているかも知れないな。

 

 孫堅は…ちょっと分からない。何というか、掴みどころがなかったんだよ。だから何を考えているのかちょっと予想がつかない」

 

「概ねボクと同じ意見ね。曹操に関しては疑っている、ぐらいにしか見てなかったけど。

 

 そこから月の生存が漏れる可能性はある?」

 

「言い切れないけど、しばらくは大丈夫だろう。

 

 今、わざわざ董卓の生存の可能性を示唆しても利点はほとんど無い。

 

 取り敢えず様子見、になるんじゃないかな」

 

「そう。だったら当面は問題無しと見てよさそうね」

 

「ああ。それと話は変わるが、兵も揃ったことだし、行軍速度を少し上げよう」

 

「ええ、そうね。月もそれでいい?」

 

「うん、構わないよ、詠ちゃん」

 

「それじゃ、皆には行軍速度を上げることだけ伝達。

 

 それと今日はは1刻後に出発するわ」

 

当面方針に大きな変化は無し。

 

この日決まったことはこれだけであった。

 

 

 

ここから一行は宣言通りに行軍速度を増して進行する。

 

進路は相も変わらず遠回りながら、然したる障害もなく歩を進め、陳留の北に位置する街近くまでやってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直日も暮れるとあって、一同は街からある程度離れた位置に野営地を設営する。

 

設営は兵に任せ、一刀は月、詠と共に街に食料の購入に来ていた。

 

現在は既に買い物を終え、それぞれが食料の入った袋を手に通りを歩いていた。

 

「この分なら用意しておいた路銀も足りそうね」

 

「そうだね。恋さんも控えてくれてるし、途中の森で色々と補給出来たのが大きいね」

 

詠と月がにこやかに話す横から一刀が真面目な表情を作って話しかける。

 

「あと2、3日もすれば陳留に着くはずだ。そこで今の内に言っておくことがある。

 

 陳留に着いたら即座に華琳の下に向かう。もう戻ってるはずだし、長期遠征から返って早々に別の遠征とは考えにくいからまずいるだろう。

 

 そこでの華琳との交渉は俺が行う。ただ、月、詠、それから恋にも、これを着て付いてきて欲しい」

 

そう言って一刀は食料を詰めた袋とは別の袋を差し出す。

 

月が受け取り、中身を見て一言漏らした。

 

「これは…外套、ですか?」

 

「それも随分と長いものね」

 

「ああ。皆、顔まで隠すのに十分なものを買っておいた」

 

「…分かったわ。ボク達は何もしなくていいの?」

 

「ああ、交渉の矢面に立たせるようなことは無いと思うよ。

 

 ただ、一言二言話してもらうことがあるかも知れないけど」

 

「私も問題ありません」

 

「ありがとう、二人とも」

 

華琳との交渉を見据えた一つの布石。

 

それに月と詠が快く応じてくれたのは僥倖だった。

 

そのまま一刀が交渉をどう進めていくかに思いを巡らせようとしたその時、3人の前方で話し込んでいた2人の少女の内1人が突然倒れた。

 

「ぷはーーっ!」

 

しかも盛大に血を撒き散らして…

 

「え?ええ?!」

 

「ちょ、ちょっと!何よ、あれ?!」

 

月は突然のことにオロオロとするばかり。

 

詠はしきりに辺りを、そして民家の屋根の上に睨みを効かせている。

 

だが、そんな中で一刀だけは至って冷静に2人に声を掛けた。

 

「落ち着きなって。詠、暗殺とかじゃないから。

 

 月も。恐らくただの鼻血だろうし、心配はいらないと思うよ。量はアレだけど…」

 

「そ、そう。ならいいのよ」

 

「な、何だ。そうなんですか」

 

そうこうしていると、その少女の隣にいた空色の服を着た少女が倒れた少女を抱き起こす。

 

そして首筋をトントンと叩き始めた。

 

「あ~…月、詠、ごめん、ちょっと行ってくる」

 

「え?って、ちょっと?!」

 

一言断りを入れて、一刀は2人の少女の下へと駆け出す。

 

そして近くまで行くと空色の服の少女に声を掛けた。

 

「ちょっといいかな?鼻血の対処でそれはやめた方がいいよ」

 

「おお?お兄さん、それはどういうことでしょうか?」

 

「鼻血が出た時に首筋を叩いても効果は無いんだよ。むしろ、強く叩きすぎると頚椎を損傷する恐れがあって危険なくらいだ。

 

 鼻血が出た時は、これを使うといい」

 

そう言って一刀は綿花を取り出す。

 

それを適当な大きさに千切って少女に手渡した。

 

「まずは座らせるか頭を高くして寝かせ、それからそれを鼻に詰め込んであげてくれ。

 

 しばらくしたら止まるだろう。その後も無理に鼻をかんだりしちゃダメだよ?」

 

「ほほぅ。それは風も知りませんでした。

 

 どうもありがとうございます、お兄さん」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

ペコリと少女が頭を下げて礼を言う。

 

そして一刀に言われた通りの処置を倒れた少女に施していった。

 

取り敢えず鼻血が収まるまでは様子を見るか、と考え、一刀はその場に留まる。

 

その間、手持ち無沙汰から改めて2人を観察していた。

 

倒れた方の少女は緑を基調とした服に蝶ネクタイ、下には黒ストッキングのようなものを着用している。

 

両手には肘近くまであるロンググローブを嵌めており、こちらは足に合わせて黒い。

 

眼鏡を掛けた顔にどこか理知的なものを感じる少女であった。

 

鼻血まみれではあるのだが…

 

もう一人の少女は裾がふんわりと広がった、空色基調のドレスを着用。

 

長い金髪は膝近くまでも伸ばしているだろうか。

 

だが、何より目を引くのはその少女の頭の上に鎮座している太陽の塔のような人形であった。

 

ただ、どちらにとっても言えることであるが、一般人とは思えない。

 

服装等もそうであるが、何よりも雰囲気が一般人とは異なっていたのである。

 

そこまで観察した時点で月と詠が追いついてきた。

 

「ちょっと、一刀!いきなり駆け出すんじゃないわよ!」

 

「まあまあ詠ちゃん。えっと、そちらの方は大丈夫ですか?」

 

「おお、これはご親切にどうも。稟ちゃんなら大丈夫ですよ~。いつものことですから~」

 

「いや、いつもって…見たところ気絶してるみたいだけど、気絶する程の鼻血なんて命に関わるでしょ?」

 

思わず呆れたような声を出してしまう詠。

 

だが金髪の少女は問題無いとしか言わない。

 

その後、すぐに眼鏡の少女も目を覚ました。

 

「ん、う~ん…あれ?風、私は…」

 

「起きましたか、稟ちゃん?まあ、あれです。稟ちゃんのいつものです」

 

「ああ、そうでした…おや?あなた方は?」

 

「ただの通りすがりですよ。貴女が鼻血を出して倒れられたので、対処法を教えていただけです」

 

「そうでしたか。どうもありがとうございます。私は郭嘉と申します。何かお礼が出来たら良いのですが…」

 

「おお、そう言えば名乗っていませんでしたね。風は程昱と言います。

 

 実は風たち、今お金が無くて困っているところだったのですよ」

 

「お恥ずかしながら風の言う通りでして…

 

 今はこの街の定食屋で働かせて頂きながら路銀を貯めているところなので…って、どうされました?」

 

2人の名前を聞いて一刀は驚愕していた。

 

郭嘉と程昱と言えば、魏の曹操を支えた名軍師の2人である。

 

そんな大人物とこんなところで巡り会えたことは僥倖であろう。

 

ならば、と思い、一刀は2人にある提案を持ちかけようとする。

 

「郭嘉さんに程昱さん、だね。俺の名は北…夏侯恩だ。もし君達が良かったらなんだけ…」

 

「あなたがあの夏侯恩殿ですと!?」

 

一刀が言い切る前に郭嘉が一刀の名乗りに喰らいつく。

 

その様は一刀が思わず引いてしまう程のものであった。

 

「おお。これは僥倖ですね~、稟ちゃん」

 

「ええ、全くもってその通りです、風!」

 

何やら2人して話していたかと思うと、郭嘉が再び一刀に詰め寄る。

 

「夏侯恩殿!折り入ってお願いがあります!どうか我々を曹操殿の下に連れて行ってはくださいませんか?!」

 

なんと、一刀が提案しようとしたことを向こうから持ちかけてきたのである。

 

勿論断る理由がない一刀は即座に了承する。

 

「全然構わないよ。寧ろこっちから提案しようとしていたところだしね」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

郭嘉は感極まって腰が折れるのではないかという程の勢いで礼をする。

 

だが、一方で程昱は一刀をじっと見て何事かを考え込んでいた。

 

やがて、程昱が一刀に対して問いかける。

 

「お兄さんは何故風達が曹操さんのところへ行こうとしていることを知っていたのです?」

 

事情を知らぬ者にとっては至極当然の疑問。

 

だが、一刀はここではあまり取り合わないことにしたようである。

 

「それはすぐに分かることになると思うよ。

 

 詠、2人分増えることになるけど、食糧は足りそうかな?」

 

「それは大丈夫よ。少し余裕を持って買ってあるからね」

 

明らかなはぐらかしではあるものの、程昱は何を思ったか追及してこようとはしなかったので一刀はそのまま話を進めることにした。

 

「そうか。それじゃあ行こうか、郭嘉さん、程昱さん。街の外に野営地があるんだ」

 

『はい(は~い)』

 

 

 

 

かくして、思わぬ収穫も交えつつ一刀達は陳留を目指した。

 

一行が陳留の城門を目前にするのはそれから3日後のことである。

 


 
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