No.654460

天馬†行空 四十一話目 深紅の旗、銀の壁

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

続きを表示

2014-01-13 23:09:41 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:6529   閲覧ユーザー数:4813

 

 

「お?」

 

 不思議そうな声を漏らした男は、強い風が吹き抜けた腹へと視線を落とし、

 

「お、おお?」

 

 そこに在るべきもの――腹だけでなく腰、どころか足の先まで――が無くなっているのを見て再び不思議そうな声を漏らす。

 

「――か……っ」

 

 ぐらり、と視界が揺れ、次いで奇妙な浮遊感を覚えた男の口から紅いものがつうっと流れ出したかと思うと、胴から真っ二つにされた男は地に落ちた。

 

「え……?」

 

 真っ二つになった男と同様に、道端の岩に腰掛ける少女へと殺到していた二番手の男は眼前の光景を見て間抜けな声を漏らす。

 

「……」

 

「――がっ、あ!?」

 

 信じ難い光景を目撃して半ば放心した男が我を取り戻しかけるのと同時、紅いなにかが視界を掠め……そして、この男は頭から両断されて崩れ落ちた。

 

「なぁっ!!? ――――な、何モンだ手前ェ!!」

 

 瞬きの間に眼前で物言わぬ骸と化した仲間の最後を目の当たりにした賊徒の一人が、震えを隠せぬ声を張り上げる。

 身の丈を越える方天画戟を右腕一本で軽々と振り切った紅髪紅眼の少女は、凪いだ湖面のような揺らがぬ光を宿す瞳を賊徒の群れに向け、

 

「……董卓軍、第一師団師団長、呂奉先」

 

 抑揚の無い、静かな声で名乗りを上げた。

 

「董卓軍……だと……?」

 

「でも、なんで一人なんだよ? コイツ馬鹿じゃねえのか?」

 

「ははっ! 違いねぇな、手前一人で何が出来るってんだ!」

 

 倒されたとは言え、それは先走って馬鹿をやらかした二人だけ。

 たかが二人の損失など、二万もの兵力を誇る彼らにとっては酒樽から酒一滴地面に垂れた程度のことである。

 全員で――いやさ、数十名程が纏めて掛かれば如何に武名を誇る将軍であろうと容易く地に沈める事が出来よう、と男達は思っていた。

 

「人の皮を被った獣共! お前達など、どれだけ集まろうとも恋殿の敵ではないのですぞ!」

 

「……ねね殿、あまり前には出過ぎられぬように」

 

 突然響いたその声に男達が目を剥いた先、深紅の武人のやや後ろには何時現れたのか明るい緑色の髪の小さな少女と、銀髪で戦装束もまた銀を基調とした長身の少女の姿。

 

「ねね……旗を」

 

「御意ぃ!」

 

 切っ先を地に向けたまま深紅の武人は股肱の臣を促し、主を敬愛する小さな軍師は自身の倍以上はある旗を誇らし気に蒼天へと掲げる。

 

「それでは香円殿! 手筈通りに頼みますぞ! ――遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ!」

 

「私如き若輩者が口上のお手伝いを任せられるとは……恐縮です! ――蒼天に翻るは、血で染め抜いた深紅の呂旗!」

 

「天下にその名を響かせる、董卓軍が一番槍!」

 

「悪鬼はひれ伏し、鬼神すら逃げる、飛将軍呂奉先が旗なり!」

 

「天と、それを支える御遣いに唾する悪党共よ! その目で篤と仰ぎ見るが良いのです!」

 

 傍らに立つ『銀騎』こと徐公明と、飛将軍の軍師は息を合わせて主の口上を高らかに謳い上げた。

 

「……あっ!? お、おい、あの紅い旗って――」

 

「…………まさか!?」

 

 二人の少女達の口上と、蒼天にたなびく深紅の旗に、賊徒達の内何人かは何かを思い出して驚きの声を上げる。

 

「……ここから先は通さない」

 

 吹き抜ける風に身を任せ、瞑目していた恋はそこで一旦言葉を切り、

 

「――――お前達は、ここで死ね」

 

 双眸をカッと見開き、言葉と共に目には見えぬ『圧』を男達に叩き付けた。

 

「……な、何をぉーーーーっ!!!」

 

「っ!? ふ、ふふふざけんな! 野郎共、三人纏めてやっちまえ!!!」

 

『おうっ!!!!!』

 

 恋の気迫に怖気付きそうになった男達は、それでも数の差を恃みに仲間を鼓舞し、一斉に少女達へと殺到せんとする。

 

「ねね、下がれ」

 

「はいです! 恋殿、御武運をっ!」

 

 土煙を立てて迫る野獣の群れを前に、得物を肩に担ぐ主の背を見詰めながらねねは本気で戦う主の邪魔にならぬよう、後ろへと下がった。

 

「香円」

 

「はっ!」

 

「ねねを頼む」

 

「承知っ!」

 

 深紅の旗を掲げる軍師の防壁となるべく、銀がその前に進み出る。

 

「くたばりやがれーーーッ!!!」

 

 先頭を走る、血走った目の男が粗末な剣を紅の少女に振り下ろした。

 

 が――。

 

「――死ぬのはお前」

 

「――ぎゃああああっ!!?」

 

 ――僅か半歩。

 唯それだけの体捌きで男の一撃をかわした恋が戟を一振りすると、男は血飛沫を上げながら地に伏せる。

 

「く、くそ! 纏めて掛かるんだ!」

 

『応っ!!!』

 

 目の前で上がった血の柱を見た賊徒は密集し、四人掛かりで少女を圧殺せんと各々の得物を振り上げて――

 

『がああああっ!!!??』

 

 横一閃――五人同時に両断された。

 

「――ひっ! な、なんだよこいつ!」

 

「お、怯えんじゃねえ! いくら化け物じみた奴でも数で押されりゃ、いつかはくたばるんだよ!」

 

「囲め囲め! 四方から掛かればどんな化けモンだって――――ぐあああっ!?」

 

 早くも一部の者が恐慌をきたし始めるも、未だ圧倒的な数の差という優位からくる楽観が男達の逃走を押し留める。

 故にこそ、男達は血を流し続ける――その内、状況が好転するのだと信じて。

 

「おう! 何人かついて来い! 後ろの二人をやるぞ!」

 

「あのチビガキをとっつかまえりゃ、化け物も止まる!」

 

 次々と深紅の少女に返り討ちにされていく中で、多少は頭の回る幾人かが旗を持つねねと彼女の前に立つ香円に目を向けた。

 ここまでで二千を越える損害を被る賊徒達だが、件の少女は些かも疲れを見せてはいない。

 これ以上は危険だと踏んだ彼等は、暴風を迂回して後方の弱そうな獲物を狩らんとする。

 

「化けモンの周りに千は残した……よし、今だ!」

 

「ひひっ! いくら強くても所詮は一人の人間だ! 伸ばせる手の長さには限度が有るんだよッ!!」

 

「ははははは! 覚悟しやがれ!」

 

 千を越える野獣の群れが渦を巻いて恋を取り巻く中、後方に控えたねね達を与し易い相手と見た五十名余の男達は、真正面から深紅の旗へと殺到し――

 

「――今、敵を遮る盾と成りて」

 

「が……っ!?」「ぎゃひぃっ!?」「うわあああっ!?」「ご……ほっ!?」

 

 ――銀の光が閃いて、尽くが斬り倒された。

 

「外道共! 我が武に賭けて…………一歩たりとも、ここは通さん!!」

 

 大斧をくるりと回し、『銀騎』が猛る。

 

「ち、畜生! 何なんだよこいつらは――――ひいっ!?」

 

 容易く討ち取れると思っていた銀の少女もまた難敵であることを思い知らされた賊徒が立ち竦むと同時、凄まじい破裂音と共に地が鳴動する。

 

『ぐわあああああああっ!!!!』

 

『――なっ!?』

 

 さながら、地に叩きつけられて砕け散る土塊の如く、深紅の武人を取り巻いていた賊徒千名余――その全てが宙を舞っていた。

 呆然とその光景を見詰める男達の目が、爆音の中心へと移り……ソレを目撃する。

 

「…………次は誰だ?」

 

『!?』

 

 もうもうと上がる土煙の切れ間、地に叩き付けた方天画戟を構え直し、ゆらりと立ち上がった少女を。

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!!!?」

 

 ――それが限界だった。

 

「い、嫌だ! 俺はまだ死にたくねぇ!」

 

「や、やってられっか! 俺は逃げるぞ!」

 

「畜生! 何が割りの良い仕事だ! こんな化け物が居るなんて聞いてねえぞ!」

 

 この時点で既に半数を失った賊軍は、完全に戦意を喪失していた。

 ありえない現実。

 誰が信じるというのだ…………たった一人の人間が一万もの軍に匹敵するなど。

 

 ――だが、その”ありえない現実”が今。彼等の眼前に存在する。

 

『ぎゃあああああああっ!!!!』

 

『うぐわああああああっ!!!!』

 

 続け様に上がる悲鳴は止まらず、爆音は最後方に居る賊軍にもはっきりと聞こえて来た。

 音が一つ鳴る度に、千人が空を舞う。

 男達にとって、それは正しく悪夢の光景だった。

 

「や、野郎共、ずらかるぞっ!!」

 

「言われなくとも!」

 

 迫りくる死神の足音から、一刻も早く逃れるべく踵を返した男達だった――――が。

 

「…………逃がさない」

 

『わ、ぅわあああああああっ!!!?』

 

 恋は男達の思考よりも尚迅く、その刃を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 事が始まってから一時辰後。

 

「…………これ、は」

 

 主君劉表からの命に従い、二万の兵を率いて一路長沙へと南下していた文聘は一面に広がる屍の山を見て絶句する。

 そして、紅く染まった大地に佇む三人を見て――掲げられたその旗印を見て震えた。

 

「深紅の、呂旗!? まさか……まさかあの話は本当だったのか!?」

 

 黄巾の乱――大陸を混乱に陥れたあの大乱の最中、一つの逸話が生まれる。

「たった一人で黄巾の軍三万を討った」というソレは、明らかに常軌を逸したものだった為に、荊州では唯の笑い話として伝えられた。

 

「するとあれが飛将軍、呂奉先なのか……?」

 

 内心の呟きが声に出る文聘。

 それに呼応するかのように、全身を返り血で深紅に染めた少女が文聘とその軍を真っ直ぐに見据える。

 

「――っ!?」

(――ぐっ!? 何なのだこの圧力は!)

 

 一里程の距離を隔てて尚、深紅の武人が発する”何か”は文聘をたじろがせた。

 

「……お前達、どこに行く?」

 

 抑揚の無い、静かな声が紅く染まった少女の口から発せられる。

 この距離では聞こえる筈の無い声――しかし、文聘の耳には確りと聞こえていた。

 

(ここに呂布が居るという事はつまり、殿の策は既に董卓に見抜かれていたのか……)

 

「随分と立派な身なりの”賊軍”ですな。……香円殿、あれではまるで正式な訓練を受けた軍のようですぞ?」

 

「はい、ねね殿。しかもおまけに軍旗まで掲げているとは……”文”の旗印、まさか劉表殿麾下の文仲業殿か? ……いや、違いますね。高潔な人柄で知られる文仲業殿がかような”賊軍”を率いている筈はないでしょうから」

 

 少女の問いに沈黙を返す文聘の耳に、緑と銀の少女達の声が届く。

 

(旗を持つ者はおそらく呂布の腹心。そしてもう一人は…………銀の鎧に具足、それに銀の大斧。まさか!? 『銀騎』徐公明か!)

 

 よもや董卓軍の武の要が二人もここに来ていたとは――ここに至り、文聘は戦慄する。

 その暢気な口調とは裏腹に少女達の視線は鋭く、まるで自分を射殺さんばかりだと文聘は感じた。

 

(…………策は成らずか。ならば、これ以上進めば要らぬ厄を呼び込む結果になろう)

 

 じっとその場に佇んだまま、強い視線を投げかけてくる三人を前にして作戦の失敗を悟った文聘は右手を挙げて軍を止める。

 

「引き揚げるぞ!」

 

 劉表の兵である事を喋ってしまえばここで戦端を開く事になる……それは主君も望むところではあるまいと文聘は考えた。

 態々賊に情報を流すという回りくどい手を使い、あくまで「長沙を救う」という大義を得ようとする程の念の入れよう……なれば、主はここで短気を起こして開戦するような判断を自分に求めてはいないだろうと。

 彼女達が文聘達を『賊軍』とは思っていないのはあのわざとらしい言動からも明らか。

 あくまで文聘の口から劉表軍であるという事実を喋らせたいのだろう……鎧を見れば劉表軍なのは判るであろうに。

 

(迂闊に喋って言質を取らせる訳には行かぬ)

 

 彼女達が武陵へと帰還すれば、長沙との国境を越えて文聘達が侵攻して来た事実は間違いなく董卓に知られよう。

 今は急ぎ江夏へと引き返し、襄陽の主に報告すべきだと文聘は考えた。

 

「急げ! 後ろを振り返るな!」

(……戦端が開かれるのは、そう遠くはないな)

 

 文聘は後ろを振り返らずに馬を走らせる――――後ろからの追撃はなかった。

 

 

 

 

 

 ◆――

 

 

 

 

 

「……逃げた」

 

「むー……挑発には乗りませぬか」

 

「流石は詠殿や月季殿が認める将ですね」

 

 反転し、北へと引き揚げていく劉表軍を眺めて恋達はようやく一息ついた。

 ねねは返り血に染まった二人に手拭いを渡し、持って来た荷物袋をごそごそと探り始める。

 

「恋殿、香円殿、お水を」

 

「……ねね、ありがと」

 

「これは有り難い」

 

「なんのこれしき、なのです!」

 

「……ねね、ご飯は?」

 

「…………長沙の名店八件でおみやを仕入れてありますぞ」

 

「ねね、ありがと」

 

「な、なんのこれしき……なのですぞ」

 

(ねね殿、荷物持ちくらいでしかお役に立てず申し訳ない……)

 

 食べ物の恨みは恐ろしい――――数日前に身をもってこの格言を味わったねねは阿蘇阿蘇編集長の韓玄に対して内心で拳を握り締めながら、やや引き攣った笑顔で荷物から点心やら御飯物やらが詰まった籠を取り出した。

 無表情のまま、まるで栗鼠の様に食べ物を頬一杯に詰め込み始めた恋と、どことなく哀愁漂う背中のねねに同情する香円。

 

「…………な、なにこれ?」

 

 遅れて到着した韓浩は荒野に広がる賊軍の惨状と、敷物を敷いて食事をしている三人の姿を見て呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

 ◆――

 

 

 

 

 

 紅く染まった地を見下ろす、小高い丘の上。

 木々に隠れるようにして、一人の男が下の様子を窺っている。

 怒りからか赤黒く染まった男の顔は、文聘に劉表からの命令を伝えた文官のそれであった。

 

「文聘は退いたか……まあ仕方なかろう」

 

 文聘が後退するのを見て、その男は視線を先程まで戦場だった場所に戻す。

 そこには、二万の軍の成れの果てがあった。

 

「ちっ……あの屑共が」

 

 眉間に皺を寄せて屍を見る男は、長沙に到達する事すら出来なかった賊徒を罵倒し、唾を吐き捨てる。

 

「だが……この戦場に呂布と徐晃を引き付けただけでも使い潰した価値はあったか」

 

 最早視界に入れることすら汚らわしいと言わんばかりに顔を背けた男は、休息を取る恋達三人を見て歪んだ笑みを浮かべた。

 

「くくく……董卓の軍師、賈駆と荀攸はいずれも愚かよな。こちらの計略を見抜いた眼力は有れど、よもや捨て駒の方に主戦力を集中させるとは、くく」

 

 抑え切れない喜悦を口元に浮かべた男は西――武陵の方角――を見て目を爛々と輝かせる。

 

「さあ、始まるぞ…………くくくく、はははははは!!!」

 

 男の脳裏には、今正に武陵へと進軍する劉表軍の姿が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「てっめぇ陳到! よくも小ずるい手を使ってくれたなぁ!!」

 

「性懲りもなくまたお前か、文醜」

 

 再度の戦。猪々子は麗羽やその取り巻きに罵倒された経緯もあってか、会うなり斎姫を詰る。

 だが斎姫は、猛る猪々子を素気無くあしらった。

 

「悪いがゆっくり相手してやれぬのでな。――今度は手早く済まさせて貰うぞ、文醜」

 

「ふっ――ざけんなぁーーーーっ!!」

 

 あからさまな挑発にあっさりと引っ掛かった猪々子は大剣を振り上げ、藍色の瞳の武人に斬り掛かる。

 一撃で決める――ここで陳到を討ち、陣を取り返せば最近冷たい斗詩も喜んでくれるだろうと思い、猪々子は斬山刀を握る両手に力を籠めた。

 

「くたばれぇーーっ!!!」

 

 鉄と鉄が打ち合う音は一瞬――次いで、ギャリギャリと鉄同士が擦れる音が響き、大剣は斬り付けた勢いのまま流れて、

 

「隙有り」

 

 穂先を地へと斜めに向け、大剣を受け流した蒼い槍が下段から閃く。

 

「――うわぁっ!?」

 

 顎から頭の天辺までを貫かんと迫った蒼い閃光を、猪々子は首を捩ってからくもかわす。

 紙一重だったのか、猪々子の頬から紅い雫が一筋つうっ、と流れた。

 

「ぬ、浅かったか」

 

 突き上げた槍を薙ぐ様に払い、斎姫は猪々子から距離を取る。

 

「未だ慢心は消えていないようだな文醜。――次は、取らせて貰うぞ」

 

「――なっ!? く、畜生っ!」

 

 師とは違い穂先を真下へと向ける奇妙な構えを取った斎姫を前に、血の気が引いた猪々子は震える手で大剣を担ぐ。

 

「ここで負ける……訳にはいかないんだよっ!!!」

 

 焦りに衝き動かされた猪々子の剣筋は先程と同様の軌跡を描き、

 

「――次は取る、と言ったぞ」

 

 最早受け流すまでもないと判断した斎姫は、右に避けながら一歩踏み込んで『蒼一閃』を奔らせた。

 

(――しまっ!!?)

 

 手応え無く空を裂いた剣と、喉元に迫る蒼い切っ先――猪々子はやけにゆっくりと進む時間の中で、逃れようの無い結末を知る。

 

(――ああ、ここで終わりかぁ。斗詩ぃ、何で怒らせたか分かんなかったけど……ごめんなぁ)

 

 コマ送りのように迫る蒼を確りと見詰め、猪々子は後方に控えている親友に侘びを告げた。

 

(姫……斗詩……)

 

 あと三寸(約七センチ)まで迫った穂先――猪々子は静かに目を閉じて、

 

「――ぬっ!?」

 

「…………え?」

 

 鉄が打ち合う、ぎん、という鈍い音が響き渡る。

 目を見開いた猪々子は、先程まで迫っていた死が遠のいた事を知り、目を白黒させた。

 斎姫は、後ろに飛び退くと猪々子の後ろに鋭い視線を送っている。

 

「来たか、顔良」

 

「斗……詩……?」

 

 ――果たして。

 

「交代だよ――文ちゃん」

 

 そこには、背中に背負った『白い槍』を抜き放つ斗詩の姿が有った。

 

 

 

 

 

 ◆――

 

 

 

 

 

「右翼! 撃ち方用意! 間断無く攻め立てよ!」

 

「左翼ぅ、続いて撃ち方用意してくださぁ~い」

 

「甘寧隊斬り込むぞ! 亞莎、我に続け!」

 

「はいっ!」

 

『応っ!!!!』

 

 ――寿春城。

 孫家と呼応した汝南や廬江、秣陵などの豪族達の混成軍は城壁に押し寄せ、蓮華と穏の指揮で抵抗する守備兵と交戦していた。

 上からの攻勢が弱まった隙に掛けられた梯子を目指し、思春と、この戦から本格的に参戦した亞莎が隊を率いて駆け上がる。

 

「ひっ!? て、敵が上がって来たぁ!!」

 

「くっ! 怯むな、敵は少数――ぐああっ!?」

 

「た、隊長ぉ!!?」

 

 真っ先に駆け上がった思春の剣が閃き、守備兵の隊長らしき男の首が飛ぶ。

 

「良し! 亞莎の部隊はここの制圧だ!」

 

「了解しました!」

 

「甘寧隊は我に続け、城門を開けるぞ!」

 

『応っ!!!』

 

 梯子周りの敵兵を手早く片付け、思春は階下を目指す。

 

「――退けっ!」

 

「ぎゃあっ!?」「うわあっ!?」「ここは死んでも守――あああっ!!?」

 

『鈴音』が奔り、思春が身に付けている鈴が鳴る。

 

「終わったか……良し、門を――――何ッ!!?」

 

 一刻も経たず城門前の制圧が終わり、思春が門を開けようと命を下そうとしたその時。

 

「…………政庁に、火が」

 

 同時期、城壁の上に群がる袁術軍の制圧を完了した亞莎は空を焦がさんばかりに紅い舌を伸ばす、紅蓮を目にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、そう来るのは当然ですか」

 

「予想通りと言うか――ふん、見え見えの策なのよ」

 

「ふむ――では、始めますか詠殿?」

 

「ええ、劉表に見せ付けてやるわ――ボク達の新しい力をね――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました! 天馬†行空 四十一話の更新です!

 四十話の続き、各方面の戦と月vs劉表の開戦前をお届けしました。

 恐らく次回で美羽vs雪蓮が決着するかと。

 

 

 では、次回四十二話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超絶小話:レアカード誕生秘話

 

 

「温泉とか何年ぶりだろ……」

 

 成都近辺のとある山中。

 秘湯があると聞いた俺は戦勝祝いを兼ねて皆を誘い、ここにやって来た。

 いや~、こっちでは入浴とかたま~にしか出来ないし、ましてや温泉なんてこっちじゃ初めてだ。

 久し振りにゆっくりしよう――――ってこの気配はっっ!?

 

「そこだっ!」

 

 振り返りながら、脱衣所にあった手拭いの塊を投げる。

 岩場に大きな板を立てて仕切っただけの脱衣所……塊はその板の上に顔を覗かせていた人物に命中し、

 

「うわらばっ!!?」

 

 奇妙な悲鳴と共に女性――韓玄さん――は仕切りから落下した……あ、なんか鈍い音したなぁ。

 さて、覗き魔が滅びたところで着替え着替え――!?

 

 ――カシャカシャカシャッ!

 

「ふはははははははははは甘いですぞ御遣い様あれは変わり身と言う名の下に用意した鼻血娘! お宝も手に入ったのでこれにておさらば――!?」

 

「ちょ――! なにやってんのアンタ! かず、じゃなくて御館様の入浴を襲うなんてそんなうらやま――じゃなくて恐れ多いことを!」

 

「鷹様、ところどころ本音が漏れてます」

 

「稟ちゃ~ん、お兄さんの裸を見た感想など…………あ、まだ伸びてますねー」

 

「……ぶはっ!」

 

「ふむ、確り見ていたようだな」

 

 シャッター音が連続で鳴り、フラッシュが目を焼く。

 高笑いを上げた韓玄さん(本物)は、仕切りから一旦顔を覗かせるとカメラを誇らしげに掲げる。

 で、その直後に鷹さんに見付かったらしく、声が遠くなっていった。

 …………身代わりにされた稟には後で謝るとして、風と星がなにやら聞き捨てならない事を言ってるような……。

 

「気にするな一刀」

 

「ぅぉわぁぁっ!!!? り、竜胆さん!?」

 

「そう、私だ」

 

「いや、私だ、じゃなくてなんでここに!?」

 

「今日の一刀警護は私と獅炎様の番だからな。たとえ火の中温泉の中、だ」

 

「ちょ!? 竜胆さん胸張らないで! タオルがずれる! ずれ落ちるから!!」

 

 見えるから! なんか二つの丘とかピンク色とか色々見えかけてるから!!

 

「どの道入ったら取るんだし気にすんなよ一刀。寧ろ役得じゃねえか?」

 

「いや獅炎さんも――――ってなんで裸なんですか!!?」

 

「うわー……すぐに目を逸らすとか傷つくわー。なあ竜胆?」

 

「ですな。ここは一つ、嫌でも意識させるしかありますまい」

 

「ん、どうすんだ?」

 

「入浴する前には身を清めるが作法。ならば――」

 

 ふにゅり。

 

「――!!!!!???」

 

「こうして体を洗ってみてはどうかと」

 

「……ぉ、おお……竜胆、お前意外と大胆だな……」

 

「――りりり竜胆さんッ!!? ヤバイ! それはヤバイって!!!」

 

「では獅炎様もどうぞ」

 

「…………ふぇ!? い、いやオレはそんな恥ずかしい事――ってわぁ!? 引っ張るな竜胆!?」

 

「良し、獅炎様が加わった事で前後から挟み撃ち出来る」

 

「「やめて!!?」」

 

 どこまでもマイペースな竜胆さんが放った一言に、俺と獅炎さんの突っ込みが重なる。

 

 

 

 

 

「悔しいわ~、あそこで隣のクジを引いていれば今頃はご主人様と……」

 

「ぬう……紫苑、いっそ我等の番の時には”朝駆け”でもせぬか?」

 

「黄忠将軍、桔梗様! 御二人とも自重して下さい!」

 

「竜胆ちゃん、一刀さん困らせてないですよね? ね? 蓬命ちゃん?」

 

「あはははは……なんか僕、嫌な予感しかしないんだけど」

 

「お姉様、今からでも一刀様と一緒に入って来たら?」

 

「そそそそそ!!? そんな事、出来る訳ないだろっ!!!!」

 

「……騒々しいな。誰が一緒でも良いだろうに」

 

「華雄はホンマにいつも通りやな……」

 

 浴場の外には、一刀と護衛役が上がった後に入浴する面々が談笑? していた。

 

 

 

 

 


 
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